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まこぴょんの“奥様は受験生”
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2007/05/15のBlog
[ 08:57 ] [ まこぴょん的グルメ王への道 ]
[山口旅行:種田山頭火をたずねる旅編2]

やっぱりありました、ご当地限定品!!

そしてやっぱり買ってしまいました、「限定品」の一言に弱い私…orz


まずは、さっそく湯田温泉駅で見つけちゃった♪
なっちゃん「温州みかん」味。でもね、味は普通のオレンジジュースでしたwまぁ、当たり前といえば当たり前なんですけどね…。
お次は津和野でハケーンしたアイスクリーム。

何味だと思います?

実は向かって左の緑色の物体は「わさび味」、右のピンク色は「さくら味」なんですよ。

わさび味のソフトクリームはわさび大好きなkumaちゃんの担当に。
一口もらったけど、鼻にツーンとくる不思議なアイスでしたw

kumaちゃん曰く

「大人のソフトクリームだよ」

だそうです。さくら味のほうは、ほんのりと優しいさくら風味がとても美味しかったです♪
こちらは宇部空港で見つけた「山口県 萩産 夏みかんのチューハイ」です。やっぱり山口は夏みかんの産地なんですねぇ。よくみかんのお土産を見かけました。

喉越しの良いお酒で、あっという間にのんぢゃいました。
我が家にお土産で買って来たのは、全部津和野土産となりました。

津和野名物の源氏巻き2本と、さわびマヨネーズとわさびドレッシングです。津和野ではわさびを使ったお土産がたくさんありました。きっとそれだけお水がきれいなところなんでしょうね!わさびマヨネーズはkumaちゃんの大のお気に入りになっております。昨日もカブに付けて「おいしぃ~」を連呼しながら食べてました(笑

わさびドレッシングもどんな味がするのか楽しみです♪
今日は和風テイストなお弁当に仕上がりました♪朝から卵焼きもせこせこ焼きました。今日のお弁当はkumaちゃん喜んでくれるかな?

【5/15のメニュー】
・若鶏の照り焼き
・卵焼き
・ひじきの煮付け
・エビクリームコロッケ
・たくあん
2007/05/13のBlog
[山口旅行:種田山頭火をたずねる旅編1 ]

其中庵の内部です。扉を開けるとすぐ土間があり、奥いいは6畳間1間に4畳半くらいのお部屋が手前にありました。

部屋の奥には流浪の俳人種田山頭火らしくケガサと衣服がぶらさがっていて、当時の雰囲気を出していました。
土間には草鞋が掛けられ、奥には台所が。

当時の鍋ややかんが掛けられていました。

山頭火が食事の準備をしている姿が見えるようでした。
家屋のすぐ横にあった「寝牛の像」です。

天然石を取り出してきたもので、山頭火の師である萩原井泉水によって選ばれた、頭火の俳句

「春風の鉢の子一つ」

の句が刻まれています。平成四年三月に其中庵に移設されたものです。
山頭火がいかに愛されていたのかがうかがえます。
山頭火が実際に使っていた井戸です。現在は枯れてしまっています。

山頭火の生活の臭いがしてくるようで感慨深いものがありました。
さすがは高台にある其中庵。

其中庵からは新山口の町並みが一望できました。空気も美味しく、とっても気持ちよかったです。山頭火が住んでいた頃は、こんな高台の上のほうまで住宅はなかったのかもしれませんね。独り静かに創作活動と向かい合っていたのかもしれません。

こうして私たちの山口の旅は終わりました。
特に予定していたわけではないのですが、文学にいっぱい触れることのできる充実した旅になりました。自称文学青年のkumaちゃん大満足♪もちろん私も大満足な旅になりました♪♪

また、どっか旅行行こうね、kumaちゃん。
[山口旅行:3日目の宿編 ]

宿を後にし、宇部空港にむかうために新山口に出た私たち。ところが、バスの出発までには微妙に時間がある…。

はてはて困った。。。どーやって時間を潰そうか?

と悩んでいた私たちの目に飛び込んできたのが、「種田山頭火の其中庵(ごちゅうあん)」の案内図!

徒歩20分…ということは、車でならすぐぢゃん♪

ということで、流浪の俳人種田山頭火のおまけまでついできた山口旅行となりました♪
さっそく二人でタクシーに乗り込み、其中庵へGOGO!!

それが、すっごく住宅街のど真ん中を延々登っていくんですよ。

「え~、こんな住宅街の中にあるわけ?」

とびっくり。もっと人里はなれたところの印象があったのです。

そして、出てきました!住宅街の高台の一番頂上に!!
これが其中庵の見取り図です。

平成4年(確か…)に復元されたものです。山頭火自身がもちろん住んでいて多くの俳人友達と親交を交わした場所なのですが、家屋の老朽化のために居住を断念。昭和14年頃に山口市内に移住したとのこと。その後復元されたのが現在の其中庵です。
外観の全体図はこんな感じ。

小さな軒下などもある木造平屋建てです。障子だらけのお家なのですが、冬場は隙間風が寒くなかったのでしょうか?とちょっと心配になってしまうお家です。
其中庵の入り口からお庭を眺めた風景。

結構緑豊かなお庭です。こんな新緑まぶしいお庭を眺めながら、山頭火は俳句の創作活動に没頭していったのでしょうか…。
2007/05/12のBlog
[ 19:40 ] [ 日々思ふこと… ]
[山口旅行:2日目の宿編 ]

いよいよ山口旅行も帰路に。楽しかった山口…。

最後に中原中也が結婚式を挙げた「葵の間」を覗かせていただくことができました。

お部屋の入り口から2日で中を覗きこんでいたら、旅館の方にハケーンされてしまいました。でも旅館の方の計らいで中に入れていただくことができました♪とっても親切な旅館でよかったです!
内装は少し変えたらしいけど、基本的に柱とか間取りは当時のままだとか。

「ここで中也が結婚式を挙げたのか…」

と思うと不思議な気持ちになりました。感無量です!>_<
お庭を望む。
部屋から眺めたお庭の風景はこんな感じ。

緑溢れる綺麗なお庭でした。中也が結婚式を挙げたのは12月だから、雪景色に彩られたこのお庭を、中也もこんな風に眺めたのでしょうかね…。感受性豊かな中也は、結婚式に臨むにあたって何を感じたのでしょうかね…。
最後に、旅館の人に記念写真をとってもらいました。

とてもよい記念になりました♪ありがとうございました&お世話になりました。


え、これで山口旅行は終わりかって?いやいや実はまだ続くのですよ。さすが文豪に愛された街・山口ですね!私たちの文豪を尋ねる旅はまだ終わりではなかったのです。
[ 14:12 ] [ まこぴょん的グルメ王への道 ]
[山口旅行:森鴎外を訪ねる旅編2 ]

この日は津和野からの良い電車がなく、宿への帰りが遅くなってしまいました。

小雨の中を帰り、冷え切った体を温泉で温めました。この日は女湯の方に露天風呂がついており、しかも入った時間が食事時だったのでほとんど貸切状態♪露天風呂なんて一人占めしちゃいました!!

そして温まった体をお部屋でまっていたのが、これ!→
なんと、季節はずれだからと諦めていた「ふぐ懐石」が~♪

やっぱり山口行ったらふぐ食べたいですよね!!やっとありつけました、ふぐ料理♪
この日持ち込んだお酒は(もちろん仕入先は中也記念館のお隣にあった「原田酒舗」です。超お得意さん状態ですw)萩の地ビール「村塾」のペールエールとヴァイツエン。
そして無濾過の山口の地ビール「雪船庭:スタウト」「貴婦人:ヴァイツエン」「瑠璃光寺:ペールエール」の3種類。各名所がプリントされていました。
あと何故か「オゼノユキドケ」を2本購入。なかなか飲みやすいビールでした。
さらにさらに、日本酒は「貴:山田錦」をチョイス。ふぐと合うんだ、これが。フルーティーな味わいで、女性に好まれそうな味でした。


こうして2日目の夜も大満足に過ぎていったのでした…。
2007/05/11のBlog
[山口旅行:森鴎外を訪ねる旅編1 ]

森鴎外の記念館は駅から徒歩で20分くらいとのこと。ちょっと離れてます。

「まぁ、お散歩もかねて」

と歩き始めたらほどなく雨が…(;´Д`)

おまけにお腹も空いたので、有名な稲荷神社のお稲荷さんを食べにちょっと寄り道。
私はそば定食を注文。

でも思った。。。。。

関西圏はうどんや~~~~!!!


あんまりお蕎麦美味しくなかった…。というかお出汁がおうどん向けですね、やっぱり。でもサッパリと美味しくいただきました。名物のお稲荷さんも美味しかったです♪
歩いていて思ったのは、水路にしろ途中の池にしろとにかく鯉が多い!!

まぁ、鯉は食用にもなってるらしいけど…。。。

しか~し!!

なぜに川でまで鯉で放流されてる!?

まったくもって謎でした!


写真は川で悠悠自適に泳ぐ鯉さんたちです。
やっと到着しました、森鴎外美術館です。なかなかお洒落な外観です。

もっとお天気がよければ、大きなガラス窓から陽がサンサンと降り注ぎ、気持ちよかったのでしょうけど…。

鴎外の生涯が展示されていました。10歳で津和野を離れてから、とうとう郷里に二度と足を踏み入れることができなかった鴎外。

「電車(現在のJR山口線)が開通したら帰るよ」

との約束もむなしく、電車が開通したのは、鴎外の死後1年後でした。本当は郷里に帰りたかったのかもしれないですね。。。懐かしい津和野の風景…私たちも鴎外が通った通学路などを歩きました。

しかし昔の家系としては驚くほど離婚率の高い家系でした、森家は。ちょっとびっくり!鴎外自身も1回離婚歴あるし、割とその辺は今に近い感覚で寛容な家風だったのかもしれませんね。
鴎外が暮らしていた生家です。外観よりは中は広い家だったけど、森家には鴎外まで嫡男が生まれなかったので、代々医者だった家系に生まれた割には小さな家でした。庭も広く、鴎外たち兄弟が駆け回って遊んでいたのかな?と思うと微笑ましかったです。