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2004/09/18のBlog
[ 15:25 ]
[ イラク ]
イラクを取材していて、自爆や外国人誘拐・襲撃などがあると、決まってイラク人達は「これはイラク人の仕業じゃない。CIAやモサドなどイラクを混乱させたがっている勢力によるものだろう」と言う。イラクの人々は自分達が野蛮だと思われるのを極端に嫌っているし、陰謀論が好きだからだろう、と私は思っていたし、今でもそう思っている。
ただ、イラク人達の言う「外国の諜報機関の暗躍」について、全て根も葉もないデタラメと決め付けるのも、もしかしたら、早計なのかもしれない。
イタリアのNGO、「Un Ponte Per Baghdad(バグダッドへの架け橋)」の女性職員ら4人が拘束された事件にも、いくつか奇妙な点がある。この問題について書かれた、反グローバリズム系のニュースサイト「Znet」の記事を、ジャーナリストの益岡賢さん が邦訳、彼のブログで公開している。
*イタリアNGO:誘拐者は誰か?
私も、女性を拘束するという行為がイスラム圏で激しい批判にさらされることゆえに、どうも奇妙だと思っていた。それに、邦訳記事中にもあるように、反占領ゲリラ活動に対しての批判が高まることが、誰に利するかということは言うまでもない。
Znetの記事の筆者は、「バグダッドへの架け橋」職員らの拉致事件にイラク当局、もしくはCIAの関与があったのではと疑ってる。記事中、決定的な証拠はあげられていない。だが、この間、イラクの治安当局が、米軍の軍事行動を支援するかのような振る舞いをしていることは見過ごすべきではない。先月のイラク中部ナジャフでの米軍とサドル派との衝突の際、イラク警察が「ここで銃殺されるか、ナジャフから出て行くか選べ」と脅迫するなど、外国人ジャーナリストを弾圧した(関連記事)。私の取材の中でも、アブグレイブ刑務所に家族との面会に来た人々から、米軍だけでなく、イラク警察も十分な証拠も無く人々を拘束、刑務所送りにしているという話をいくつ聞いた。
歴史を振り返ってみれば、米国は世界各地でその傀儡政権が、人々を拷問したり虐殺することを支援してきたし、そのノウハウを伝授してきた(ウィリアム・ブルムの「アメリカ国家犯罪全書」や、ノーム・チョムスキーの著書を参照)。
もはやタチの悪い冗談だとも言えるが、現在、米国の在イラク大使をしているのは、あのジョン・ネグロポンテ氏である。1980年代、中米ホンジュラスの大使であった彼の任務は、同国を、当時中米諸国で広がっていた、農民や先住民族による革命を叩き潰すための基地とすることだった。ネグロポンテ氏の庇護の下、反革命軍「コントラ」は隣国ニカラグアのサンディニスタ政権転覆に多大な貢献をした。この時の内戦で数万人の人々が死に、ニカラグアの国土は回復不能といえるまで荒廃した。
ホンジュラスにおいても、CIAから拷問のノウハウを学び、拷問器具も供与された治安部隊・「死の部隊」316大隊が、数百人もの市民を拉致・拷問・殺害していたが、これらの事実をネグロポンテ氏は米国議会や市民の目から覆い隠してきたのである。
そのネグロポンテ氏は今年4月、在イラク大使就任を承認する米上院の公聴会で「イラク人治安維持部隊の確立」を最重要課題の一つにあげていたが、正に本領発揮という訳なのかもしれない。
建前では今年6月末に主権移譲が行われ、来年1月にはイラク国民議会の直接選挙も予定されている。だが、主権移譲後も米軍が好き勝手に活動している上、もし、イラク治安組織が(外国の諜報機関と連携して)サダム時代を彷彿させるような行動をするのであれば、イラクの民主化などありえない。そのような文脈において、イタリアのNGO職員達の誘拐事件に関する疑問も、今後さらに追求していく必要があるだろう。
画像は誘拐されたイタリアNGO職員達の解放を求める国際アピールに賛同署名できるサイト。アピール文の日本語訳はこちら。
ただ、イラク人達の言う「外国の諜報機関の暗躍」について、全て根も葉もないデタラメと決め付けるのも、もしかしたら、早計なのかもしれない。
イタリアのNGO、「Un Ponte Per Baghdad(バグダッドへの架け橋)」の女性職員ら4人が拘束された事件にも、いくつか奇妙な点がある。この問題について書かれた、反グローバリズム系のニュースサイト「Znet」の記事を、ジャーナリストの益岡賢さん が邦訳、彼のブログで公開している。
*イタリアNGO:誘拐者は誰か?
私も、女性を拘束するという行為がイスラム圏で激しい批判にさらされることゆえに、どうも奇妙だと思っていた。それに、邦訳記事中にもあるように、反占領ゲリラ活動に対しての批判が高まることが、誰に利するかということは言うまでもない。
Znetの記事の筆者は、「バグダッドへの架け橋」職員らの拉致事件にイラク当局、もしくはCIAの関与があったのではと疑ってる。記事中、決定的な証拠はあげられていない。だが、この間、イラクの治安当局が、米軍の軍事行動を支援するかのような振る舞いをしていることは見過ごすべきではない。先月のイラク中部ナジャフでの米軍とサドル派との衝突の際、イラク警察が「ここで銃殺されるか、ナジャフから出て行くか選べ」と脅迫するなど、外国人ジャーナリストを弾圧した(関連記事)。私の取材の中でも、アブグレイブ刑務所に家族との面会に来た人々から、米軍だけでなく、イラク警察も十分な証拠も無く人々を拘束、刑務所送りにしているという話をいくつ聞いた。
歴史を振り返ってみれば、米国は世界各地でその傀儡政権が、人々を拷問したり虐殺することを支援してきたし、そのノウハウを伝授してきた(ウィリアム・ブルムの「アメリカ国家犯罪全書」や、ノーム・チョムスキーの著書を参照)。
もはやタチの悪い冗談だとも言えるが、現在、米国の在イラク大使をしているのは、あのジョン・ネグロポンテ氏である。1980年代、中米ホンジュラスの大使であった彼の任務は、同国を、当時中米諸国で広がっていた、農民や先住民族による革命を叩き潰すための基地とすることだった。ネグロポンテ氏の庇護の下、反革命軍「コントラ」は隣国ニカラグアのサンディニスタ政権転覆に多大な貢献をした。この時の内戦で数万人の人々が死に、ニカラグアの国土は回復不能といえるまで荒廃した。
ホンジュラスにおいても、CIAから拷問のノウハウを学び、拷問器具も供与された治安部隊・「死の部隊」316大隊が、数百人もの市民を拉致・拷問・殺害していたが、これらの事実をネグロポンテ氏は米国議会や市民の目から覆い隠してきたのである。
そのネグロポンテ氏は今年4月、在イラク大使就任を承認する米上院の公聴会で「イラク人治安維持部隊の確立」を最重要課題の一つにあげていたが、正に本領発揮という訳なのかもしれない。
建前では今年6月末に主権移譲が行われ、来年1月にはイラク国民議会の直接選挙も予定されている。だが、主権移譲後も米軍が好き勝手に活動している上、もし、イラク治安組織が(外国の諜報機関と連携して)サダム時代を彷彿させるような行動をするのであれば、イラクの民主化などありえない。そのような文脈において、イタリアのNGO職員達の誘拐事件に関する疑問も、今後さらに追求していく必要があるだろう。
画像は誘拐されたイタリアNGO職員達の解放を求める国際アピールに賛同署名できるサイト。アピール文の日本語訳はこちら。
2004/09/16のBlog
[ 16:14 ]
[ イラク ]
ついに認めちゃったね、パウエルくん。
*【毎日新聞】<米国務長官>イラク大量破壊兵器情報の誤り認める
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040914-00000046-mai-int
って「見つかりませんでした」で済むと思うのか、あんた達は???ブッシュ政権の皆さん、のん気に大統領選なんかやっている場合ではありません。あなた方は国際法廷の場で裁かれるべきです。旧ユーゴのミロシェビッチくんとかと同じように。
一緒になって騒いだアメリカのメディアの皆さまも、もはやジャーナリズムを語る資格ないですね。確かにNYタイムズだったかと思うけど、同紙のオンブズマンが、「うその犠牲者は新聞の読者だ」と批判したそうですが、最大の犠牲者は爆撃やその後の占領の中で殺されたイラクの人々ですよ。そーいう、どこまでも自分の国のことしか考えないところが世界中から嫌われているんですよ。
で、日本の我々も人事じゃないですよね。日本政府のイラク戦争支持の理由は、「大量破壊兵器」でしたもんね。結局、アメリカの情報に頼って独自の情報収集をしなかった外務省の皆さん、それを鵜呑みにした小泉シュショー、どう申し開きをしてくれるのでしょうか?
日本の外交の建前は「国連中心主義」だったかと思いますが、事務総長のアナンさんも、「イラク戦争は違法」と発言されましたよ。
この後に及んで「イラクに自由と民主主義をもたらした」とかブッシュ政権の主張のオウム返しをしないで下さいね。アブグレイブ刑務所には、今なお多くの一般市民がブチ込まれているんですから。
せっかく外務省の皆さんも、このブログにも遊びに来てくれているのですから、たまにはコメント書き込みしてくれると、大変嬉しいです。
画像はマッド・アマノさんデザインの反戦プラカード。
*【毎日新聞】<米国務長官>イラク大量破壊兵器情報の誤り認める
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040914-00000046-mai-int
って「見つかりませんでした」で済むと思うのか、あんた達は???ブッシュ政権の皆さん、のん気に大統領選なんかやっている場合ではありません。あなた方は国際法廷の場で裁かれるべきです。旧ユーゴのミロシェビッチくんとかと同じように。
一緒になって騒いだアメリカのメディアの皆さまも、もはやジャーナリズムを語る資格ないですね。確かにNYタイムズだったかと思うけど、同紙のオンブズマンが、「うその犠牲者は新聞の読者だ」と批判したそうですが、最大の犠牲者は爆撃やその後の占領の中で殺されたイラクの人々ですよ。そーいう、どこまでも自分の国のことしか考えないところが世界中から嫌われているんですよ。
で、日本の我々も人事じゃないですよね。日本政府のイラク戦争支持の理由は、「大量破壊兵器」でしたもんね。結局、アメリカの情報に頼って独自の情報収集をしなかった外務省の皆さん、それを鵜呑みにした小泉シュショー、どう申し開きをしてくれるのでしょうか?
日本の外交の建前は「国連中心主義」だったかと思いますが、事務総長のアナンさんも、「イラク戦争は違法」と発言されましたよ。
この後に及んで「イラクに自由と民主主義をもたらした」とかブッシュ政権の主張のオウム返しをしないで下さいね。アブグレイブ刑務所には、今なお多くの一般市民がブチ込まれているんですから。
せっかく外務省の皆さんも、このブログにも遊びに来てくれているのですから、たまにはコメント書き込みしてくれると、大変嬉しいです。
画像はマッド・アマノさんデザインの反戦プラカード。
2004/09/14のBlog
[ 19:21 ]
[ シバレイな日々 ]
[ 13:35 ]
[ 交流/雑談 ]
いやー、まいった。昨日の朝から今日まで全然見れないんだもん、doblog。いくら無料サービスだとは言え、この不安定さは困ったものだぜーー#
で、昨日書こうとして書けなかったんだが、東京・渋谷のUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)前でクルド人難民二家族が座り込みを開始してから、昨日で2ヶ月になる。
座りこみをしているのはカザンキランさん一家と、ドーガンさん一家。共に、クルド人に対しての激しい弾圧が行われているトルコから逃れて日本にやってきた難民で、その難民性を認めようとしない法務省を相手取り裁判中。UNHCRに日本の難民受け入れ行政の問題を訴えるため、座り込みを続けている。
日本は、政治活動・宗教・民族などの理由から本国で迫害を受ける恐れのある外国人を受け入れ保護する難民条約を批准しているが、実際には難民と認定される外国人の数は他の先進諸国に比べ極端に低い。昨年、日本で認定された件数は、わずか10件。他の先進諸国を見てみると、フランスが13,167件、カナダが17,682件、日本と同じ島国で国土も狭いイギリスは、なんと19,711件*。正に日本は「難民鎖国」だと言えるだろう。
*UNHCRのサイトより。
こうした日本の難民受け入れ行政の中でも、特に不可解なのが、トルコ籍のクルド人難民の扱いだ。1990年代に4000以上のクルド人の村々がトルコ政府によって焼かれるなど、人権侵害の深刻さは誰の目にも明らかであるにも関わらず、日本でトルコ籍のクルド人が難民として認定されたことは、日本が難民条約を批准した1981年以来、ただの一件すらもない。クルド難民支援関係者や弁護士の間では「親日国トルコに配慮して、トルコ籍クルド人を不当に除外しているのでは」という声も多い。
その上、7月には法務省がトルコ警察や軍と共に、現地で難民認定申請者の身元調査を行うという暴挙に出た。法務省は、「出稼ぎ目的で来日していると推測され、その出身地域を視察して生活実態を明らかにする必要がある」と主張するが、難民認定申請者だけでなく、本国の家族をも危険にさらす恐れがある。ドーガンさん一家が座り込みを始めたきっかけも、法務省の調査に抗議するためだったが、「トルコにいる家族は、弾圧を恐れて逃げ回っている。連絡もつき辛くなってしまった」と憤る。
今月始め、渋谷のUNHCR前で、カザンキランさん一家、ドーガンさん一家に会ったが、長引く路上生活で疲労はピークに達しているようだった。難民認定申請が却下されたため、仕事をすることも出来ず、知人・友人からの借金もかさみ、体調を崩しても、もう入院できないと言う(アハメト・カザンキランさんは8月下旬に倒れ病院に運ばれたが、入院はしなかったらしい)。それまで埼玉にある土建会社で働いていたエルダル・ドーガンさん(30)は「私は経験も技術もある。働けさえすれば誰からも助けを借りずに自立して生活していけるのに…」と悔しそうだった。
アハメト・カザンキランさん(48)は「座り込みは100日は続ける。つらいけど頑張ります」と言う。日本の政府関係者は事あるごとに「国際貢献」だの「人道支援」だの口にするが、それなら何故、迫害から逃れようとする人々を救おうとしないのか。他方、カザンキラン、ドーガン一家を支援しているのは、自然発生的に集まった若者たちだった。ここにも、日本の「国際貢献」「人道支援」のかたちが現れている気がする。
画像は法務省・東京入国管理局前でのデモ。手前左がエルダル・ドーガンさん、右がアハメト・カザンキランさん。この日は、メルヤム・ドーガンさん(エルダルさんのパートナー。写真真ん中)が入管に出頭する日だった。今回は何とか収容されず、「仮釈放」となったのだが、在日難民達は常に収容の恐怖に怯えている。9月1日撮影。
で、昨日書こうとして書けなかったんだが、東京・渋谷のUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)前でクルド人難民二家族が座り込みを開始してから、昨日で2ヶ月になる。
座りこみをしているのはカザンキランさん一家と、ドーガンさん一家。共に、クルド人に対しての激しい弾圧が行われているトルコから逃れて日本にやってきた難民で、その難民性を認めようとしない法務省を相手取り裁判中。UNHCRに日本の難民受け入れ行政の問題を訴えるため、座り込みを続けている。
日本は、政治活動・宗教・民族などの理由から本国で迫害を受ける恐れのある外国人を受け入れ保護する難民条約を批准しているが、実際には難民と認定される外国人の数は他の先進諸国に比べ極端に低い。昨年、日本で認定された件数は、わずか10件。他の先進諸国を見てみると、フランスが13,167件、カナダが17,682件、日本と同じ島国で国土も狭いイギリスは、なんと19,711件*。正に日本は「難民鎖国」だと言えるだろう。
*UNHCRのサイトより。
こうした日本の難民受け入れ行政の中でも、特に不可解なのが、トルコ籍のクルド人難民の扱いだ。1990年代に4000以上のクルド人の村々がトルコ政府によって焼かれるなど、人権侵害の深刻さは誰の目にも明らかであるにも関わらず、日本でトルコ籍のクルド人が難民として認定されたことは、日本が難民条約を批准した1981年以来、ただの一件すらもない。クルド難民支援関係者や弁護士の間では「親日国トルコに配慮して、トルコ籍クルド人を不当に除外しているのでは」という声も多い。
その上、7月には法務省がトルコ警察や軍と共に、現地で難民認定申請者の身元調査を行うという暴挙に出た。法務省は、「出稼ぎ目的で来日していると推測され、その出身地域を視察して生活実態を明らかにする必要がある」と主張するが、難民認定申請者だけでなく、本国の家族をも危険にさらす恐れがある。ドーガンさん一家が座り込みを始めたきっかけも、法務省の調査に抗議するためだったが、「トルコにいる家族は、弾圧を恐れて逃げ回っている。連絡もつき辛くなってしまった」と憤る。
今月始め、渋谷のUNHCR前で、カザンキランさん一家、ドーガンさん一家に会ったが、長引く路上生活で疲労はピークに達しているようだった。難民認定申請が却下されたため、仕事をすることも出来ず、知人・友人からの借金もかさみ、体調を崩しても、もう入院できないと言う(アハメト・カザンキランさんは8月下旬に倒れ病院に運ばれたが、入院はしなかったらしい)。それまで埼玉にある土建会社で働いていたエルダル・ドーガンさん(30)は「私は経験も技術もある。働けさえすれば誰からも助けを借りずに自立して生活していけるのに…」と悔しそうだった。
アハメト・カザンキランさん(48)は「座り込みは100日は続ける。つらいけど頑張ります」と言う。日本の政府関係者は事あるごとに「国際貢献」だの「人道支援」だの口にするが、それなら何故、迫害から逃れようとする人々を救おうとしないのか。他方、カザンキラン、ドーガン一家を支援しているのは、自然発生的に集まった若者たちだった。ここにも、日本の「国際貢献」「人道支援」のかたちが現れている気がする。
画像は法務省・東京入国管理局前でのデモ。手前左がエルダル・ドーガンさん、右がアハメト・カザンキランさん。この日は、メルヤム・ドーガンさん(エルダルさんのパートナー。写真真ん中)が入管に出頭する日だった。今回は何とか収容されず、「仮釈放」となったのだが、在日難民達は常に収容の恐怖に怯えている。9月1日撮影。
2004/09/12のBlog
[ 00:51 ]
[ シバレイな日々 ]
もう昨日(11日)になっちゃいましたが、北海道より戻りました。で、本日12日は東京・狛江で朝日新聞記者・伊藤千尋さん のトークショー『奇聞総解』にゲスト出演、30分ほど伊藤さんと対談します。お近くの皆さま、もしお時間・ご興味あればウェルカム。時間・場所の詳細は上記サイトでご確認ください。
北海道にいた時も イラクで拉致されたイタリアのNGOスタッフ達のことが気になっていたのだが、ATTAC Japan の秋本さんが、彼女達の解放を求める各国の団体からの共同アピールを転送してくれて、それをJVCの田村さんが邦訳してくれました。ちょっと長いけど全文転載します。
画像は人質の解放を呼びかけるブログ"Freeourfriends"。転載の共同アピールの原文はこちらに載っています。賛同署名も出来るようなので、英語OKの方はこちらから。
------------------------------------------------------------
バグダッドで拉致されたイタリア人・イラク人援助従事者の釈放を求める声明
―彼らは占領者の道具ではない―
私たちは、イラクにおける占領に反対し続けている世界中の個人および組織であり、2004年9月7日にイラクで拉致された2人のイタリア人と2人のイラク人の援助従事者の釈放を懇願します。
イタリア人のシモナ・パリとシモナ・トレッタ、およびイラク人のラアド・アリ・アブドゥル・アジズ、マハノアズ・バッサムは、1992年からイラクで活動しているイタリアの独立した人道組織、「Un Ponte Per Baghdad(バグダッドへの架け橋)」のメンバーです。経済制裁の間、他の人道組織がイラクで活動することを拒んでいた時期に、このイタリアの組織は、民間人の苦しみというのが政治的な交渉に使われてはいけないという信念のもと、活動を続けてきたのです。
この占領では、米国とその同盟国(軍)は人道と政治の境界線を曖昧にし、援助と人道支援をイラク人の沈静化のための道具として使ってきました。その結果、イラク人は日増しに、そして理解に難くないことですが、国際的な人道機関に疑いの目を向けるようになりました。このような混乱によって引き起こされた危険にも関わらず、「バグダッドへの架け橋」は、イラク人が彼らの活動の意図を汲み取ってくれるだろうとの信念のもと、イラクでの活動を続けることを決意したのです。
「バグダッドへの架け橋」は、占領をイラク人にとって我慢しうるもの、許容しうるものにするためのイタリア政府の道具でもなければ、米国主導の同盟軍の道具でもありません。そもそも最初から、「バグダッドへの架け橋」はそのスタンスにおいて明らかであり、一貫していました。この組織は、経済制裁に反対し、侵略に反対し、そして占領に反対してきたのです。イタリアにおいて「バグダッドへの架け橋」は、米国主導の同盟に加わるという政府の決定を批判してきました。また、彼らは百万人以上のイタリア人が戦争に反対して行進した2003年2月15日の行進、その後の多くの平和デモなどの全国的な運動を率いてきたリーダーでもあります。「バグダッドへの架け橋」は、その世界的な反戦運動において活躍し、世界中の反戦組織とのネットワークを築きながら、バグダッドの「占領ウォッチセンター(Occupation Watch Center)」の設立に中心的な役割を果たしてきました。このセンターは、占領を監視するために様々な国の反戦組織・ネットワークによって作られたものです。
シモナ・トレッタは、彼女の人生の3分の1をイラクで過ごしてきました。シモナ・パリは2003年にトレッタに合流したのです。「バグダッドへの架け橋」の現場代表として、シモナ・トレッタは破壊され機能していなかったイラクの水インフラや学校の建物を再建するプロジェクトを監督していました。シモナ・パリは、他の多くのことに加え、イラクのトラウマを持った子どもたちのための教育プログラムを組織していました。ラアッドはイラクの技術者で、この組織のバグダッドとバスラの学校事業に責任を持っていました。マハノアズは社会福祉事業に関わっていました。これらの活動のほかに、「バグダッドへの架け橋」はイラク現地の組織が占領軍による人権侵害の事例を記録できるよう助けていました。今年の4月には、「架け橋」は攻撃下にあったファルージャの民間人に食糧、水、血液、医薬品などを送る人道コンボイを組織し、支援を行いました。先月、米国軍とイラク暫定政府の軍がナジャフを攻撃している間も、「架け橋」はそこにいて、砲火に挟まれたイラク人を救うための救援活動をしていました。
二人のシモナとラエッド、マハノアズはイラクの人々の敵ではありません。彼らは、占領が今すぐ終るよう、イラクの人びとと肩を並べて求めているのです。彼らを拘束している人々に対し、我々は迅速な釈放を求めます。
また、私たちは、イタリア政府に対し、米国主導の同盟から脱退するよう要求します。
私たちは、米国とその同盟国に、占領を終えるよう求めるものです。
2004年9月8日 午後3時(GMT)
【組織】
Iraq International Occupation Watch Center
Alianza Social Continental (Latin America)
Campaign Genoa 2001 (Greece)
Continental Campaign Against FTAA (Latin America)
Code Pink (United States)
Global Exchange (United States)
Globalize Resistance (United Kingdom)
Focus on the Global South (Philippines, Thailand, and India)
International Civilian Campaign for the Protection of Palestinians (France)
Palestinian Workers Union
Stop the War Coalition - Greece
Stop the War Coalition - UK
--------------------------------------------------------------
転載ここまで。
北海道にいた時も イラクで拉致されたイタリアのNGOスタッフ達のことが気になっていたのだが、ATTAC Japan の秋本さんが、彼女達の解放を求める各国の団体からの共同アピールを転送してくれて、それをJVCの田村さんが邦訳してくれました。ちょっと長いけど全文転載します。
画像は人質の解放を呼びかけるブログ"Freeourfriends"。転載の共同アピールの原文はこちらに載っています。賛同署名も出来るようなので、英語OKの方はこちらから。
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バグダッドで拉致されたイタリア人・イラク人援助従事者の釈放を求める声明
―彼らは占領者の道具ではない―
私たちは、イラクにおける占領に反対し続けている世界中の個人および組織であり、2004年9月7日にイラクで拉致された2人のイタリア人と2人のイラク人の援助従事者の釈放を懇願します。
イタリア人のシモナ・パリとシモナ・トレッタ、およびイラク人のラアド・アリ・アブドゥル・アジズ、マハノアズ・バッサムは、1992年からイラクで活動しているイタリアの独立した人道組織、「Un Ponte Per Baghdad(バグダッドへの架け橋)」のメンバーです。経済制裁の間、他の人道組織がイラクで活動することを拒んでいた時期に、このイタリアの組織は、民間人の苦しみというのが政治的な交渉に使われてはいけないという信念のもと、活動を続けてきたのです。
この占領では、米国とその同盟国(軍)は人道と政治の境界線を曖昧にし、援助と人道支援をイラク人の沈静化のための道具として使ってきました。その結果、イラク人は日増しに、そして理解に難くないことですが、国際的な人道機関に疑いの目を向けるようになりました。このような混乱によって引き起こされた危険にも関わらず、「バグダッドへの架け橋」は、イラク人が彼らの活動の意図を汲み取ってくれるだろうとの信念のもと、イラクでの活動を続けることを決意したのです。
「バグダッドへの架け橋」は、占領をイラク人にとって我慢しうるもの、許容しうるものにするためのイタリア政府の道具でもなければ、米国主導の同盟軍の道具でもありません。そもそも最初から、「バグダッドへの架け橋」はそのスタンスにおいて明らかであり、一貫していました。この組織は、経済制裁に反対し、侵略に反対し、そして占領に反対してきたのです。イタリアにおいて「バグダッドへの架け橋」は、米国主導の同盟に加わるという政府の決定を批判してきました。また、彼らは百万人以上のイタリア人が戦争に反対して行進した2003年2月15日の行進、その後の多くの平和デモなどの全国的な運動を率いてきたリーダーでもあります。「バグダッドへの架け橋」は、その世界的な反戦運動において活躍し、世界中の反戦組織とのネットワークを築きながら、バグダッドの「占領ウォッチセンター(Occupation Watch Center)」の設立に中心的な役割を果たしてきました。このセンターは、占領を監視するために様々な国の反戦組織・ネットワークによって作られたものです。
シモナ・トレッタは、彼女の人生の3分の1をイラクで過ごしてきました。シモナ・パリは2003年にトレッタに合流したのです。「バグダッドへの架け橋」の現場代表として、シモナ・トレッタは破壊され機能していなかったイラクの水インフラや学校の建物を再建するプロジェクトを監督していました。シモナ・パリは、他の多くのことに加え、イラクのトラウマを持った子どもたちのための教育プログラムを組織していました。ラアッドはイラクの技術者で、この組織のバグダッドとバスラの学校事業に責任を持っていました。マハノアズは社会福祉事業に関わっていました。これらの活動のほかに、「バグダッドへの架け橋」はイラク現地の組織が占領軍による人権侵害の事例を記録できるよう助けていました。今年の4月には、「架け橋」は攻撃下にあったファルージャの民間人に食糧、水、血液、医薬品などを送る人道コンボイを組織し、支援を行いました。先月、米国軍とイラク暫定政府の軍がナジャフを攻撃している間も、「架け橋」はそこにいて、砲火に挟まれたイラク人を救うための救援活動をしていました。
二人のシモナとラエッド、マハノアズはイラクの人々の敵ではありません。彼らは、占領が今すぐ終るよう、イラクの人びとと肩を並べて求めているのです。彼らを拘束している人々に対し、我々は迅速な釈放を求めます。
また、私たちは、イタリア政府に対し、米国主導の同盟から脱退するよう要求します。
私たちは、米国とその同盟国に、占領を終えるよう求めるものです。
2004年9月8日 午後3時(GMT)
【組織】
Iraq International Occupation Watch Center
Alianza Social Continental (Latin America)
Campaign Genoa 2001 (Greece)
Continental Campaign Against FTAA (Latin America)
Code Pink (United States)
Global Exchange (United States)
Globalize Resistance (United Kingdom)
Focus on the Global South (Philippines, Thailand, and India)
International Civilian Campaign for the Protection of Palestinians (France)
Palestinian Workers Union
Stop the War Coalition - Greece
Stop the War Coalition - UK
--------------------------------------------------------------
転載ここまで。
2004/09/09のBlog
[ 06:22 ]
[ シバレイな日々 ]
今日から北海道に行ってきます。メインの目的は講演なんだけど、せっかくの初北海道なので、少しウロウロしてきます。戻りは11日深夜になるかと。
*志葉玲講演・北海道 9月11日
10:30~11:30 「江差診療所いきいき健康まつり」に出演
14:00~ 非核・平和函館市民条例を実現する会の9.11集会で発言
緊急連絡先は志葉携帯090-9328-9861。よろしくです。
北海道まで来れない方は、こんなイベントもありますぜ。イラク関係はもちろん、チェチェン関係の市民団体の人も発言したりブースを出したりするよーです。
P.S. イラクで拉致されたイタリア人NGOメンバーが心配だ。宗教指導者らも解放を呼びかけているし、イラクのイスラム教徒は女性を殺すことはないと思うのだが。
*志葉玲講演・北海道 9月11日
10:30~11:30 「江差診療所いきいき健康まつり」に出演
14:00~ 非核・平和函館市民条例を実現する会の9.11集会で発言
緊急連絡先は志葉携帯090-9328-9861。よろしくです。
北海道まで来れない方は、こんなイベントもありますぜ。イラク関係はもちろん、チェチェン関係の市民団体の人も発言したりブースを出したりするよーです。
P.S. イラクで拉致されたイタリア人NGOメンバーが心配だ。宗教指導者らも解放を呼びかけているし、イラクのイスラム教徒は女性を殺すことはないと思うのだが。