ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | DoblogMusic | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
☆シバレイのblog☆ イラク取材日記
Blog
[ 総Blog数:115件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
前のページ   |   次のページ
2004/10/10のBlog
シバレイより皆さまへのお知らせ。開設から13万件ものアクセスをいただいた、本ブログですが、本日よりエキサイトに引越し致します

シバレイのblog 新イラク取材日記 http://reishiva.exblog.jp/
*こちらはとても軽く、すぐアクセスできます^^。

 Doblogもけっこう使いやすかったのですが、いかんせん重過ぎですね。これまでもたびたびサーバーが落ちたりしてせっかく皆さまが本ブログにアクセスしてくれたのに、見れないということがありました。やはり読者は大切にせねば、ということで引越しを決めた次第です。えんさんや、ぽよこさん、JITさん、HAL5525さん、隊長さん、くろよんまきさんなど、Doblogユーザーの常連読者の皆さまには申し訳ないのですが。

 引越し後も、私のブログへ見に来てくださいね。今後ともよろしくお願いしますm(ーー)m

P.S. こちらのブログも過去ログとして保存しておきます。もし、Doblogが非常に軽くなれば、再びこちらを使うこともあり得るかと思います。

P.S.S. 当初引っ越し先候補だったネヴァちゃん(笑)は、悪女なので、ふることにしました。シバレイのブログNAVER版はまもなく閉鎖いたします。いーぐるかふぇさん、しっぽさん、せっかくコメント書き込んでくれたのにごめんなさい。
2004/10/07のBlog
ここ数日、異様にサーバーが重いっていうか、全然アクセスできないじゃん。いよいよ引越しする潮時かなぁ。とりあえず、試験的にNAVERのブログレンタルサービスも使ってみることにしました。というわけで、引っ越した方がいいよ~という声が多ければ、本格的に引っ越します。ご意見ぷりーず。
*結局エキサイトの方に引越ししました>新ブログ

 画像は、ネヴァハット、通称ネヴァちゃん(とお子様たち)。以前、マケドニア~コソボ取材に行った際、ロマ(ジプシー)難民救援NGOの運営する保育園で少しの間一緒にボランティアしてました。いや、あまり意味ないです。

*10月9日に更新↓
 うーむ、NAVERの著作権に対する感覚、困ったものだ。マグさん、mugenさんアドバイスありがとうございました。じゃあ、やはりエキサイトにしようかしら・・・。

 NAVERは名前が悪かったか。ネヴァちゃんも「あなたのモノはあたしのモノ、あたしのモノはあたしのモノ」というタイプ(ジャイアニズム!)のコだったんで(苦笑)。呆れたというか、面白かったのは、ある日ネヴァちゃんが「今日あたしの誕生日なの。何かプレゼントちょうだい☆」と言うので、(安物の)アクセサリーをプレゼントしたのだが。その翌日も「今日は私の誕生日☆」とのたまってくれた^^;それ以来、私が難民キャンプにいる間、彼女は毎日誕生日だったのであった。知らん振りしてたけど。
2004/10/06のBlog
このところ、イラク中部のサマラ、ファルージャ、バグダッド北部のサドルシティーなどで米軍や新イラク軍による空爆や掃討作戦が行われ、一般市民にもかなりの被害が出ているようだ。来年1月の選挙実施に向け、反米・反政府勢力を一掃するつもりなのだろう。だが、建前にしてもイラクに民主主義を根付かせるための選挙なのに、選挙実施の環境つくりを銃や爆弾といった暴力に頼り、非戦闘員にまで血を流させるのでは、民主主義という概念自体を否定しているようなものだ

 さて、イラクで誘拐された各国民間人の安否が気になるが、そもそも、何故イラクで誘拐が頻発するようになったのか。反米・反占領武装勢力による「人質作戦」には、その「お手本」があるように私には思われる。イギリス人技術者ケネス・ビグレイさんを誘拐した犯行グループは「女性囚人達を解放せよ」を要求しているが、米軍によるイラク人女性の拘束には、正に「人質作戦」と言うべき事例もあるようだ。

 武装勢力による外国人誘拐が頻発する前の今年2~3月、米軍によるイラク人の不当拘束や収容所での虐待について取材していた私は、「武装勢力のメンバーらを拘束するため、その妻や姉妹、娘などを米軍が誘拐している」という噂を幾度も耳にした。匿名を条件に取材に応じたイラク人達の話によれば、米軍は武装勢力のメンバーと思しきイラク人の家に突入して、その家の男性が不在の場合、女性を拘束、「家族は預かった。出頭せよ」という手紙を置いていくのだという*。こうした「人質作戦」によって、ファルージャのような反米感情の強い地域でも、一定時期、抵抗活動が沈静化したのだという人もいた。

*同様の話はアルジャジーラでも報道されていたようだ。

 確かに「人質作戦」は、イラク人達を怯えさせ、萎縮させるのに絶大な効果があっただろう。連れ去られた女性達は収容所に拘禁されるだけでなく、様々な性的虐待を受けていたからだ。今年2~3月の取材では、バグダッド周辺の住民達から「トイレの際に米兵はドアを閉めさせず一部始終を見ている」「女性の衣服を剥ぎ取った上で、男性囚人達の房に入れる」という話を聞いた。
 さらに今年5~7月の取材では、収容所内での女性への虐待について調査しているイラク人女性弁護士達から話を聞くことができた。調査チームのリーダーであるアマル・カダム・スワディさんは「ある女性がアブグレイブ刑務所にいる夫を訪ねた時、彼は涙をボロボロ流しながら"君がここに収容されてないことを神に感謝したい。毎日のように女性達が泣き叫ぶ声が聞こえるんだ"と話したそうです。恐らく、性的虐待は日常的に行われていたのでしょう」と語る。
 また、性的虐待は尋問の手段としても使われていたようだ。「武装勢力との関係が疑われ拘禁されているイラク人男性が尋問に対して口を割らないので、彼の妻を拘束してきて、目の前で米兵達がレイプしたというケースもあります」(スワディさん)。
 虐待問題に関しての米軍の内部調査では、「米兵がイラク人女性とセックスした」という報告があるが、実態はそんな生易しいものではないようである。 
 
 こうしたイラク人女性への人権侵害は、多くのイラク人が知っていることであるが、被害者が公の場に出ることは、ほとんど有り得ないと言っていい。日本や欧米諸国でも性犯罪の被害者が人前に出ることは大変困難ではあるが、「名誉は命より重要」とするアラブ・イスラーム文化の中でも、家族の女性が外部の者に危害を加えられることは、最大の不名誉とされる。スワディさん達によれば、収容所から出てきたイラク人女性は、良くて国外へ移住、最悪の場合、「名誉を守るため」に自殺するという。イラク占領を監視するため、国際的な反戦ネットワークが設立したNGO「Occupation Watch」の調査によれば、家族の手で女性が殺されたと思われるケースすらあるのだという。

 イラクにおいて、女性が戦闘に参加するということは、まず有り得ない。米軍のイラク人女性拘束・虐待には、一片の道理も無く、武装勢力による各国民間人の誘拐と同じか、それにも劣る恥ずべき行為だと言えよう。イラク人達が激怒するのも当たり前である。そう、批難されるべき民間人の誘拐を武装勢力に「レクチャー」したのは、ザルカウィ一派のようなイラク国外からの反米勢力ではなく、もしかしたら、米軍であるのかもしれない。 

 画像は、イラク人女性への性的虐待に抗議するオブジェ。バグダッド芸術大学の隣、へワードギャラリーにて。
2004/10/03のBlog
昨日は、午前中は、ニュースチェックと記事企画書作成、そしてネコと戯れる。午後は冷凍食品のピラフを食ってから、本屋に寄ったあと、井上玲さん の個展を見に行く(画像)。オイラとYatch(画像右のヒト)がイラクから持って帰った新聞を使ってのコラージュ他、けっこうたくさん作品が展示されている。画像のコラージュに関して井上さんは「ちょっと描きこみすぎたかも」と話すが、シバレイはけっこう気に入った。井上さんは今月、アメリカに行くそうだが、これらの作品も持ってくそうだ。
井上さんの個展は昨日が最終日だったが、シバレイや他のお客さんも作品の搬出をお手伝いしたあと、井上さんと一杯飲む。もう少しゆっくりしたかったのだが、この日は友人で映画監督の海南友子さんの結婚式。友人向けの2次会パーティーに参加しなければ、ということで、表参道はUNCAFEに駆けつけ、カメラマンとして活躍。このブログ見てるかどうか知らないけど海南さんおめでとう。みんなパーティー楽しんでいたようですぜ。

 そんなこんなで終電逃して、今頃昨日の日記書いているわけです。ちゃんちゃん。

P.S. どうでもいいけど、しゃがんだ時にバランス崩したのか、変な格好で写っているね、オイラ。

P.S.S. 常岡さん、電話取れなくてすみません。オイラも見たかったスよ、『金色の雲は宿った』。
2004/10/01のBlog
[関連したBlog]

 いけない、いけない、紹介するのを忘れてた。

 画家の井上玲さんが、私がイラクから持ち帰った新聞を使ってコラージュ作品を作っているという話を以前紹介したけれど、今、東京・新橋で個展をやっていて、その中でイラクコラージュも展示しているそうです。てゆーか、今日(2日)
17時までだとのこと。開場は11時から。詳しくはこちらです。

 ・・・ということは、東京近辺の方々は、午後、井上さんの個展に行った後、夜は東中野で「金色の雲は宿った」を観れば完璧ですね(笑)。

 画像は、井上さんの作品の一つ。彼女のHPから拝借しました。

P.S. 「LAN TO IRAQ in OKINAWA」展も10月10日から始まるようです。詳しくはこちら

P.S.S. Chronic Futureビデオクリップが結構傑作だ。イラクの米兵達も、「お前、もういいからママのところへ帰れ!」と言いたくなるよーな坊や達が少なくなかったなあ。
*Yahoo! USAに登録してないと観れないかも。無料だし、広告メールも来ないんで、登録しても特に問題はないみたい。
2004/09/30のBlog
日本に限ったことではないだろーが、報道というものにおいて人間の命は平等ではないらしい。で、この国のメディアで、その命が尊いとされている順にあげてみた。

 日本人(イラクで人質にされた3人は含まれないらしい)>>>>米国人>>>>>>>>イスラエル人(≒ロシア人)>>>>>>>>>>>>>>>>>イラク人(≒パレスチナ人)>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>チェチェン人。

 そして、何百万人死んでいても、全く注目もされず、もはや判定不能なのが、アフリカの国々の人々だ

 ここ最近、私はイラクを主に取材してきたが、それは、これがイラクの問題というより、米国とその「属国」状態の日本の問題であり、私は一人の日本人として、この問題に向き合う義務があると感じているからだ。ただし、人的被害の規模で言うなら、他にも注目すべき国際問題はいくらでもある。

 昨年6月、国際問題評論家の北沢洋子さんがHPに「アフリカの危機―イラク戦争報道の陰に隠れたもの」と題した文章を書かれていたが、今読んでもムウ、と唸らされる。恐ろしいことだが、これは現実なのだ。

 昨年、サハラ以南のアフリカ諸国で4000万人という人々が飢餓に苦しむという史上最悪の事態を日本のマスコミはロクに取り上げようとしなかった。
#その半年程前、シバレイは南部アフリカ1440万人が苦しむ飢餓と、温暖化や債務問題との関係についての記事企画書を某誌に出したが、あと一歩で通らず。理由は「アフリカは遠いから」。

 周辺6カ国が介入し、「アフリカ大戦」と呼ばれたコンゴ(旧ザイール)の内戦では、1998年の内戦勃発からの4年間で300万人以上が戦闘と飢餓・病気などにより死亡したというが、このことを報じた記事やニュース番組はあまりに少ない。
#内戦が激化した理由の一つに、高額で取引されるコルタン鉱石という地下資源の奪い合いがあったと言う。このコルタン鉱石を精製したタンタルという物質は、携帯電話など私たちが日常的に使っている電子機器の部品・コンデンサーの原料である。

 そして、アフリカ北東部・スーダンのダルフール地方では、昨年2月以降から現在に至るまで、同国政府の支援を受けたアラブ系民兵「ジャンジャウィード」により5万人以上のアフリカ系住民が虐殺されたといわれ、150万人もの難民が発生している。
#米国は自分のことは棚に上げといて虐殺を非難したが、それは下手人がアラブ人だからだろう。アラブ諸国もひどいもので、「スーダンを第二のイラクにするな」と叫び、凄惨を極める人権状況から目を背けてきた。スーダンから石油を買っている中国は、自分の権益を守ることに腐心してたようで、人権状況の改善が見られなければ、スーダンに経済制裁を行うという安保理決議に対し拒否権をチラつかせることまでした。
 
 そう、今スーダンは大変な状況なのだ。あーあ、現地取材に行きたくなってきたなぁ。現地のことは全く知らないし、協力者もいないのだが・・・。現実的な問題として資金のこともある。アフリカの取材はとにかくコストがかかる割には、どこの新聞や雑誌、テレビ局にもそっぽを向かれ、下手をするとマトモな発表もできず、借金だけを抱え込むことになる。私のような貧乏なフリージャーナリストはこういう時にすごく悔しい思いをするのだ。むう。

 イラク絡みで、ここ数ヶ月は重要な動きがいくつもあるだろうから、ほって置くわけにもいかないのも辛いところだ。バックパッカーの若者でもフラフラできた今年3月末頃までと異なり、それ以降のイラクであちこち動き回って取材できたジャーナリストは、日本人ではごく限られている。自分で言うのもなんだが、私もその一人で、やるべきことがないわけでもないだろう。
 
 うーむ、困ったなぁ。とにかく、アフリカには世界のありとあらゆる問題が凝縮されていると思う。「人権」だの「ジャーナリズム」だの言う以上、避けては通れないのが、アフリカなのだ。毎日新聞の白戸圭一記者はいい仕事をしているが、私も頑張らなくては…。むう。

 画像は2000年に南部アフリカ・ジンバブエの自然保護区を訪れた時に撮影。
前のページ   |   次のページ