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DAKKAN
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2008/05/15のBlog
8月2日公開となる『スカイ・クロラ』のレビューをアップしました。
この映画が気になっている方、ぜひぜひご覧ください。
これまでにもいくつかの機械の最期を看取ってきたが、いよいよ僕のパソコンまでもが末期的な状態に陥ると、気が動転してなかなか現実を受け入れられないでいる。今日も電源を入れるとグズグズと実が入らず、もう一度再起動させてみても駄々をこねてなかなか先へ進まない。

普段は温厚な性格を装ってはいるものの、そういうことが10回も続くと、いっそのこと破壊してやろうかと巨大なハンマーさえ持ち出したくもなり、こっちがそういう態度を垣間見せるとパソコンもパソコンで先ほどまでの病弱ぶりが嘘のようにケロッと持ち直し、あ、もう、大丈夫、大丈夫なんですよ、とサッサ起動させてみせるのだから、じゃあこっちもお前を使ってやらないこともない…とまあ、こんな具合に20年付き添った男女のようなベタベタな関係を続けているわけである。

もちろん、復旧したとしてもそれは一時的なものだ。本質的な完治にはいたっていないものだから、当然、パソコンで処理などしていると途端にへそを曲げ、ビビッ、ビビビビッと不穏な音を発したあと、シュンとどこかへフェイドアウト。まるで修学旅行の消灯時間のようだ。

この前、起動が上手くいってから強制消灯するまでの時間を計ってみた。すると、ちょうど30分00秒。つまり僕はたった8分間しか記憶がない物語の主人公と同様、30分間しかパソコン処理ができないことになる。それを「30分しか」と捉えるか「30分も」と捉えるかは個人の価値観、世界観、宗教観の違いによって様々なのだろうが、まあごく便宜上のことでいうと、明らかに不便極まりないことは間違いなく、こちらとしては思い切って三行半を突きつけたいところではあるが、まさか病気の連れ合いをそのように無下に扱うこともできまい。

というわけで、事態はまるで夫婦で支えあった闘病記のような様相を呈しており、しかもいまだロングラン。なかなか最終回、もしくは千秋楽を迎えられずにいるのである。
5月17日公開の話題作、『マンデラの名もなき看守』300文字レビューをアップしました。どうぞご覧ください!
2008/05/14のBlog
風呂に入っているときはラジオを付けっ放しにしている。特に聴きたい番組があるわけでもなく、いつも出たとこ勝負。どうせ5分もすれば風呂から上がるので、身を入れて聴いていないことも多い。今日はスイッチを入れた瞬間に、イタリアからの現地中継が風呂場に響いた。といっても他愛もないレポートだ。特派員の住む町で「007」の新作の撮影が行なわれたとか、そんなはなし。

「たぶん私も、近所のみんなも、初日に劇場へ観にいくことになるでしょう。きっと劇場は私の知ってる顔でいっぱいになるんじゃないかと思います」

そういうコメントのあとで、特派員が「ちなみに・・・」と切り出す。

「イタリア語で007はゼロ・ゼロ・セッテ。ドイツ語ではヌル・ヌル・ズィーベンとなります」

なるほど、稀代のベテラン・スパイも、国によって呼び方が強そうにも、弱そうにも自在に変化するのだ。ドイツにおけるそれはまるで軟体動物の必殺技のようである。

「お前が…ヌルヌルズィーベン(007)か!」

もはや思い浮かぶのは「グヘヘヘ」とよだれを垂らす怪物でしかありえない。仮に順番が一個ずれたにしても、登場するのは

「ヌル・ヌル・アハト(008)!」

である。なんだかヌルヌルしていることには変わりないのが、この国における熟練スパイの避けられぬ受難というべきか。


□■□■□■□■

ちなみに、007最新作の邦題決定のお知らせが入ってきました。
そのタイトルは『007/慰めの報酬』(原題は“Quantum of Solace”)。

前作のラストで命を落としたヴェスパーを影で操っていた男、Mr.ホワイト。
彼の正体を追及していくうちに、ボンドはある悪の組織の陰謀を知る。
舞台はパナマ、チリ、バハマ、イタリア、オーストリア、イギリスと
世界中を破格のアクションで席巻しながらの大横断。
そしてボンドの内面では、自らに課せられたスパイとしての任務と
復讐心との狭間でとめどない葛藤が渦巻いていく・・・。

日本での公開は2009年お正月第二弾だそうです。

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5月17日より公開の日本映画『丘を越えて』のレビューをアップしました。

この映画が気になっている方はぜひご覧ください!
2008/05/13のBlog
昼、ワーナー試写室で『スカイ・クロラ』を観る。

押井守の最新作だけあって、観客層はいつもとちょっと違う気もしたり。みんな緊張した面持ちをしている。僕はこの原作も知らなければ、押井守が今度の新作でどの領域を狙っているのかすらも情報を仕入れていない。稀代のエンターテインナーでありながら、時おり飽くなき実験者となって観客を煙に巻く…そんな二面性が僕の押井観なのだが、果たして今回はどういう作風で来るのだろうか。しっかりと目薬を差して、手に指圧を加えながら見守ろう。

僕はこの『スカイクロラ』にこれまでの押井作品の中でいちばん魅了された。アニメーションとしての作画のポイントは、リアリティとフィクションのちょうど中間領域にあたる、一ミリほど霧のかかった幻想性が覆い尽くしている。いつの時代かも知れない。既に国家に代わって企業間で戦争が行われている。ただし、闘う目的もよく分からない。住民たちも守られることに慣れっこになっている。そして闘うのは子供たち。といっても、ただの子供ではない。大人になることを拒否した、永遠の子供たち。いつ空中で散るかも分からない彼らに成長など必要ない。今日も警報が鳴り響き、彼らが戦闘機に乗り込む。激しい空中戦。そして仲間がまたひとり死ぬ。また新人が補充される。新入り?うん、よろしく。あれ、なんかどこかであったような気がする…。そんな会話が繰り返される。感覚が麻痺していく。今日は昨日の繰り返し?戦争の理由は?みんな本当は気づいているくせに、知らないふりをしているだけ?関わらないようにしてるだけ?また仲間が死ぬ。もはや哀しみも沸き起こらない。また死ぬ。無感覚。

押井守はこの映画を純愛物語と捉えているようだ。ビジュアルもさることながら、ストーリー、世界観が強靭に描かれている。そして行定勲の『春の雪』(三島由紀夫原作)にとても共鳴するものを感じ、若き脚本家、伊藤ちひろに原作の脚色を依頼している。これが素晴らしい相乗効果を生んでいる。『春の雪』と『スカイクロラ』、どちらも観た(読んだ)人にはその共通点がひしひしと分かると思う。脚本の言葉も強い。加瀬了がささやくような声で発しても、菊池凛子があの特徴的な猫のような声を発しても、どこまでも足腰強く、強靭に耳に届く。次々に入れ替わる登場人物たちのキャラクター描写もしっかりしている。

ちなみに脚本強力で行定勲の名前もクレジットされている。

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2008/05/12のBlog
夜中にテレビをザッピングしていると、舞踏家の田中民(本当はさんずいに“民”)さんが「ようこそ先輩」に出演していた。その気になる授業とは、目隠しして視界を閉ざし、視覚以外の感覚を駆使して完全なる“孤独”を楽しむこと。原題の小学生がはじめからその領域へ飛び込むことは難しいので、最初はふたり一組でペアを組んで、片方がガイドになる。時には手取り足取り、また時にはたった一本の糸を使って相手に情報を知らせる。これは非常に示唆に富んだ授業だ。小学生に民さんの意図が分かるのだろうか…と思っていたら、みんなおぼろげながら理解していることに驚かされた。しかも冒頭で披露された民さんの20分にも渡る大舞踏もきちんと理解していた。それも「良い子に映ろう」とするヘタレな虚栄心からではなく、自分の心に飛び込んできたものをそのまま素直に発したとても純粋なものだった。

「いつまでもピーピーギャーギャーわめくんじゃねえよ!」

ときには民さんは怒鳴る。そして最後に必ずこう付け加える。

「かっこ悪いぞ!」

その言葉がどれだけ効力を発していたかは一目瞭然。シーンと静まり返る小学生たち。それだけ「かっこ悪い」という言葉に敏感なのだろうか。

朝日ニュースターの「デモクラシーNOW」ではアカデミー賞ドキュメンタリー部門受賞作品『闇へ』の監督がゲスト出演していた。

日本ではNHKで放映されたが、アメリカでのテレビ放映権はディスカバリー・チャンネルが保持しているという。しかしこのデモクラシーの暗部をえぐったテーマ性に恐れをなしたのか、アカデミー賞直前に放送が取りやめになり、その後の放送予定もなければ、放映権を手放すつもりもないらしい。つまり国民は絶好の機会にこの名作をみすみす見逃していることになる。

「彼らはどうやら、何もディスカバーする気がないらしいのです」

ギブニー監督はそう語る。いっそのことチャンネル名も「アンディスカバリー・チャンネル」に変えてはどうか。

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