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2005/01/31のBlog
[ 23:59 ]
[ 新版[ねむるまえに]new! ]
当分のあいだ、下記URLへと移行して更新を続けることにしました。↓
[ nemlog - ねむるまえに ]
http://nemlog.seesaa.net/
良ければ訪れてみてください。
できればDoblogで続けたかったのですが、いろいろ検討した結果、サーバに十分な改善が施される体勢になるまでは移行した方が良いという結論に至りました。
実をいうと地方へ転出していたため更新が滞っていたこの半年あまりの間にも幾度か記事を書こうとしたことがあったのですが、そのたびにサーバが重くてつながらないという事態が発生しておりました。場合によっては電話回線でつなぐこともあるため、これは更新を続ける上で致命的なロスでした。
ただDoblogの使い心地を割に気に入ってもいたので、いずれは戻って来たいなぁと思っています。だいぶ良くなっているようですし。 とりあえずご報告まで。
ある日々のこと: 季節の棲み処 ←こちらも時折更新を続けています。
[ nemlog - ねむるまえに ]
http://nemlog.seesaa.net/
良ければ訪れてみてください。
できればDoblogで続けたかったのですが、いろいろ検討した結果、サーバに十分な改善が施される体勢になるまでは移行した方が良いという結論に至りました。
実をいうと地方へ転出していたため更新が滞っていたこの半年あまりの間にも幾度か記事を書こうとしたことがあったのですが、そのたびにサーバが重くてつながらないという事態が発生しておりました。場合によっては電話回線でつなぐこともあるため、これは更新を続ける上で致命的なロスでした。
ただDoblogの使い心地を割に気に入ってもいたので、いずれは戻って来たいなぁと思っています。だいぶ良くなっているようですし。 とりあえずご報告まで。
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2004/07/31のBlog
[ 23:59 ]
[ 郵件 ]
≪ねむろぐ≫へようこそ^^ みなさんいかがお過ごしですか。 わたしはほんのりと元気です。
Doblog内での慣例に従い、掲示板用のコメント欄を設置します。 当Blogへのジェネラルなコメントは、本項の左下リンクより記入&一覧をお願いします。 内容は何でも結構です、お気軽に
コメントください。 (“7月31日”の日付は、この項を最上段に維持するためのものです。)
ある日々のこと: 季節の棲み処 [ref.他のArt系Blog: blog ranking/ blog king/ w.blog king]
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2004/07/05のBlog
[ 06:14 ]
[ 小説 ]
夏目漱石をまともに読むのはおそらく十年ぶり以上になる。
-
山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画が出来る。
-p.5
・・・・・・画が出来る。うむ。などとあまりによく知られた冒頭の一節を、その名調子ゆえそのまま引用するのではこの小説『草枕』を語り出すのにいかにもありふれたやり方かもしれないが、ともかくもこの小説は、山野を歩く身の回りで起こる様々な事象に思い巡らせ、それらの思念を最後は自らの描く作品へと帰結させるべくさらに思い重ねる一人の絵描きが主人公とされている。
実際に話のなかでどのように「画が出来る」のかあるいはできないのかは読んでの通りだが、森深い山村で周囲の登場人物たち、奔放な女性や達観した禅僧などに揉まれてああでもないこうでもないと考えあぐねる絵描きの内面を主とするこの小説の語り口は示唆にも富みテンポも良く、楽しめる。ああでもないこうでもないと頭を悩ませつつ山野に分け入る主人公の様はどこかコミカルで、読む者をそこかしこで笑いに誘い、またときに悲哀をも感じさせる巧さがある。
この作品を読んでいて、わたしの脳裡では主人公の表情に千円札の漱石のあの神経質な顔立ちがダブってしまい仕方がなかったのだが、さてその主人公が絵描きであるゆえに、この作中では絵画行為全般に関して核心を突く言及が多く為されてもいた。
-
普通の画は感じはなくても物さえあれば出来る。第二の画は物と感じと両立すれば出来る。第三に至っては存するものは只心持ちだけであるから、画にするには是非ともこの心持ちに恰好なる対象を択ばなければならん。然るにこの対象は容易に出て来ない。出て来ても容易に纏まらない。纏まっても自然界に存するものとはまるで趣きを異にする場合がある。従って普通の人から見れば画とは受け取れない。
-p.77
たとえばこの引用部分などはその前後の文章とも相俟って、近代絵画における抽象の始まりをとても端的に捉えていると思う。言うならば第一の絵画とは凡俗の写生画であり、第二は後期印象派における風景画や人物画、第三はキュビズムや、あるいは抽象表現主義の絵画群を脳裡に想い描いても良いだろう。
より具体的な言及を試みるなら、この一節を読んでわたしが直ちに想起したのはその初期には印象派における点描の習作を多く残したピエト・モンドリアンが、のちにニューヨーク・マンハッタンの街角のビルや雑踏や信号の灯りを思わせる“ブロードウェイ・ブギウギ”(右画像)を通過して、世によく知られた白地に黒枠と大胆な矩形の色面構成を施す“モンドリアンスタイル”へと至る過程であった。それは絵画における現実を巡る思考が、絵画という現実へと緩やかに定着していく道のりと言っても良い。
『草枕』を読んだのは今回が初めてで、絵画を巡ってこのような言及があることをわたしは先月参加した近代絵画を巡るシンポジウムでの画家の岡崎乾二郎によるコメントで知ったのだが、この箇所に留まらずここまで鋭い指摘がこの小説の内に見留めたことは、今まで漱石に対して抱いていた浅薄なわたしのイメージを根底から覆すほどに、非常に刺激的な体験だった。
いま読んでも面白い。こと古典文学を巡ってはこうした褒め言葉をよく耳にするけれど、この言い方にはむろん、古いものは概して退屈なものだけれどまぁ読んでみろ、という相反するカンネンたちによる緊縛の意図が裏にある。
というのはあまりに邪推に過ぎるかもしれないが、実のところ幼年時よりわたしが文学作品一般に対して抱えてきた言い知れない抑圧的な感情の源は、おそらくはこの邪推からそう遠くない。その阿呆らしさはさておくとしても、現にわたしには現存作家による作品を除くと小説あるいは文学なるものをこれまでかなり疎んじてきた事実がある。
『草枕』に話を戻せば、絵画論的な箇所とは別に、作品後半の「お前は屁をいくつ、ひった、ひった、いくつ、ひった」の部分(p.131)、および末尾近くの「―あぶない、あぶない。気をつけねばあぶないと思う。現代の文明はこのあぶないで鼻を衝かれる位充満している」の部分(p.167)の双方に、作品全体の基底トーンからは明らかに浮き出た尋常でない破れを感じたのだけれど、ここでは忘備録的に書き付けるに留めこの小説を考える今後の糸口としておきたい。
ともあれそんなことをしている場合じゃないのは承知のうえで、少々引き篭もって読書づけの時間を過ごしてみたくなってきた。今更できるかという実能力の問題はまた別の話として、たぶん初めてそう思い出している。どうしよう。
夏目漱石 『草枕』 1906 (新潮文庫/227p/1950)
引用画像はネット上より拾得: Piet Mondrian, "Broadway Boogie Woogie", 1942-43
普通の画は感じはなくても物さえあれば出来る。第二の画は物と感じと両立すれば出来る。第三に至っては存するものは只心持ちだけであるから、画にするには是非ともこの心持ちに恰好なる対象を択ばなければならん。然るにこの対象は容易に出て来ない。出て来ても容易に纏まらない。纏まっても自然界に存するものとはまるで趣きを異にする場合がある。従って普通の人から見れば画とは受け取れない。
-p.77
たとえばこの引用部分などはその前後の文章とも相俟って、近代絵画における抽象の始まりをとても端的に捉えていると思う。言うならば第一の絵画とは凡俗の写生画であり、第二は後期印象派における風景画や人物画、第三はキュビズムや、あるいは抽象表現主義の絵画群を脳裡に想い描いても良いだろう。
より具体的な言及を試みるなら、この一節を読んでわたしが直ちに想起したのはその初期には印象派における点描の習作を多く残したピエト・モンドリアンが、のちにニューヨーク・マンハッタンの街角のビルや雑踏や信号の灯りを思わせる“ブロードウェイ・ブギウギ”(右画像)を通過して、世によく知られた白地に黒枠と大胆な矩形の色面構成を施す“モンドリアンスタイル”へと至る過程であった。それは絵画における現実を巡る思考が、絵画という現実へと緩やかに定着していく道のりと言っても良い。
『草枕』を読んだのは今回が初めてで、絵画を巡ってこのような言及があることをわたしは先月参加した近代絵画を巡るシンポジウムでの画家の岡崎乾二郎によるコメントで知ったのだが、この箇所に留まらずここまで鋭い指摘がこの小説の内に見留めたことは、今まで漱石に対して抱いていた浅薄なわたしのイメージを根底から覆すほどに、非常に刺激的な体験だった。
いま読んでも面白い。こと古典文学を巡ってはこうした褒め言葉をよく耳にするけれど、この言い方にはむろん、古いものは概して退屈なものだけれどまぁ読んでみろ、という相反するカンネンたちによる緊縛の意図が裏にある。
というのはあまりに邪推に過ぎるかもしれないが、実のところ幼年時よりわたしが文学作品一般に対して抱えてきた言い知れない抑圧的な感情の源は、おそらくはこの邪推からそう遠くない。その阿呆らしさはさておくとしても、現にわたしには現存作家による作品を除くと小説あるいは文学なるものをこれまでかなり疎んじてきた事実がある。
『草枕』に話を戻せば、絵画論的な箇所とは別に、作品後半の「お前は屁をいくつ、ひった、ひった、いくつ、ひった」の部分(p.131)、および末尾近くの「―あぶない、あぶない。気をつけねばあぶないと思う。現代の文明はこのあぶないで鼻を衝かれる位充満している」の部分(p.167)の双方に、作品全体の基底トーンからは明らかに浮き出た尋常でない破れを感じたのだけれど、ここでは忘備録的に書き付けるに留めこの小説を考える今後の糸口としておきたい。
ともあれそんなことをしている場合じゃないのは承知のうえで、少々引き篭もって読書づけの時間を過ごしてみたくなってきた。今更できるかという実能力の問題はまた別の話として、たぶん初めてそう思い出している。どうしよう。
夏目漱石 『草枕』 1906 (新潮文庫/227p/1950)
引用画像はネット上より拾得: Piet Mondrian, "Broadway Boogie Woogie", 1942-43
2004/07/03のBlog
[ 22:29 ]
[ 美術 ]
思ったよりも、展覧会場に長居をしてしまった。
“マネ、モネ、ルノワールから20世紀へ”と副題のあるこの企画展示は、ブリジストン美術館のコレクションにより構成されている。後期ルネサンス以降の名品を時代順に配置していく展示室は、展示された作品から醸し出される部屋ごとのトーンの緩やかな変化が心地良く、落ち着いた雰囲気のなかで鑑賞を楽しめる。
展示作品はヨーロッパのものがメインだけれども、最後の展示室は日本の作品に充てられていて、浅井忠、藤島武二、岸田劉生、黒田清輝から青木繁、安井、梅原、藤田、国吉、佐伯とコンパクトに続いていき、さながら日本洋画の歴史教科書といった按配である。どれもが名品揃いで感心もし、いままでこうした作品群にあまり深い関心を持ってこなかった分、新鮮さもあった。
さて副題の“マネ、モネ、ルノワールから・・・・・・”というのはいかにも集客を見込んだもので、実際には展示はレンブラント、アングルから始まり、クールベやコローにルオーにクレー、ドランやルドンにロダンや(だんだん言葉遊びみたいになってきました)ブランクーシ、ピカソにマティス・・・・・・とまぁ実に惜しげもなく巨匠の名に落ちない作家たちの作品が並んでいるのだけれども、ここではとりわけわたしの目についた、ジャン・フォートリエによる<人質の頭部>[1945] とジャン・デュビュッフェによる<暴動>[1961] の二作品について少し書きたい。
大量の名品群のなかではともすれば控えめにも映りかねないこれら二作品が目に留まったのには、むろん個人的な事情がある。
というのも端的に言ってしまえばそれは、美術館を訪問する前日にたまたま漱石の『草枕』を読み終えていたからだ。この小説のなかではたびたびミレーの<オフィーリア>[1851-52] が持ち出されるのだが、主人公の想念の内において巡らされるのは主に目に映る現実と絵画による表現との連続性についてであり、いかようにも繋げうる両者にどのような関係性を具えるかが焦眉の問題となっている。フォートリエやデュビュッフェが立っていたのは、漱石が世紀の変わり目に持ち帰ったこのテーマがその産本たるヨーロッパにおいてはその後ピカソやマティスに至って一応の解決をみたのちに、あらためて絵画と現実との関わりが鋭く問われな直されてきた時代である。そうした背景を以ってこの二作品が描かれたとみると、絵の見方も自ずと変わってくる。
美術館訪問時にはそうとまでは気がつかず、この二作品が妙に引っかかったのでその場で足を留めていたに過ぎないが、あとで考えてみるとどうやらそういうことらしい。
フォートリエの<人質の頭部>はタイトルと描かれた年、1945年からも推測できるように、第二次世界大戦における体験を元にした作品であるとみて誤りはないだろう。それが画家の直接な体験によるのか否かにわたしは詳らかでないが、厚塗りの画面がそこかしこでひび割れており、そのなかに歪み軋んだ人の頭のような形象が鋭利でときにささくれ立ちもする刻線を以って描かれる。
超硬質の論理に駆動される戦争は、関わる人々の実生活に混沌として無慈悲な極限状況をもたらすが、そうした状況に寄り添ってなお己を保とうとする人間の底にあるものを、フォートリエの描く頭部はその軋んだ描線により逆説的に明瞭な形で浮かび上がらせているように、わたしには思える。
デュビュッフェは、精神障害者による絵画や彫刻を“アール・ブリュット(生の芸術)”と名付け、そこにある芸術性を見出してのちアメリカで開花する抽象表現主義の担い手たちへ強い影響を与えた人物としても知られるが、たしかに本展覧会におけるその出展作<暴動>は、濃色の輪郭線に原色の塗りを組み合わせたその強烈な色彩構成の感覚が直ちに幼児の描いた絵画やアール・ブリュットの作品群を想起させるものである。
だがデュビュッフェが彼自身の賞賛したアウトサイダーたちと根本的に異なるのは言うまでもなく、どこまでも残忍になりうる人間の本性を描くために、意図してそのような描法を採用している点である。そのためもあるのだろう、画中に描き出される人物の醸す凶暴性は、ユーモアすら感じさせる深みをその内に湛えてみえる。
この二人の画家に共通する要素を探るなら、それはその絵画行為における現実への姿勢だろう。彼らは眼前する事象をただ具象的に写すことを選ばず、といって完全な抽象に閉じこもることもせずに、混沌とした現実をどのように絵画へと結実させるかにこだわり続けたが、そのような格闘の痕跡として残された作品もまたこのように名品展の一部として、各々まるで異なる背景をもつ作品群に囲まれ並列的に展示されている光景は、あらためて考えてみずともなかなかに興味深い出来事ではあると思う。
ところでこのブリストン美術館、行くたびに思うのだけど、一階の訪問客用コインロッカーの前に並んだ二つの椅子とその脇の飲料水の自販機が目につきますよね。大理石製の大きくて平べったい椅子はコインロッカーの前でいかにも窮屈そうで不似合いだし、自販機はなぜかボタン選択が可能な収蔵作品解説モニターが付いています。このなぞの取り合わせは何と言うか、もしかして物凄く前衛狙ってる?わけないですね。
ここのエジプト猫は緑青の煌きがかなり素敵。いつ来ても姿勢正しく迎えてくれる、凛とした猫である。
“巨匠たちのまなざし -マネ、モネ、ルノワールから20世紀へ-” ブリジストン美術館 2004年6月11日-10月3日
画像上: パブロ・ピカソ <腕を組んですわるサルタンバンク> 1923, 画像下: 制作者不詳 <聖猫> エジプト出土 B.C.950-660 ※画像は美術館HPから。無断掲示につき著作権者よりクレームがあれば削除します。
2004/07/02のBlog
[ 16:32 ]
[ 舞台 ]
パントマイムを本領とするダンスカンパニー、“水と油”。その名は方々で耳タコになるくらい聞いていたけれど、いままで観る機会を持てずにいた。それで今回、ようやく初鑑賞と相成った。
しかしまぁなかなかに、評するのが難しい。何がしたいのか、よくわからなかったのだ。要はつまらなかった、期待外れだった、ということになるのだけれど、それがこの公演にのみ当てはまり、彼らによる別の舞台はまた別の魅力を持っているのだろうとも了解できなくはない。パントマイムの身振りそのものが決定的な役割を果たすことは予想外に少なくて、動きのネタが切れたのだろうか、舞台のまとめ方に難があり、シーン構成にも無理を感じた。
また舞台を大きく使って、あるいは舞台中央に置かれた机や椅子の周囲の狭い範囲で、“水と油”の4人のメンバーが相互にクルクルとポジションを交換していく動きが舞台全編を通して繰り返されていたのだけれど、これがまったくいただけない。観客を飽きさせるという以外に、この振り付けにどんな意図効用が含まれていたのだろう。
それにエッシャーの絵のように水平面と垂直面を転換させてみせる演出、メンバーの半分が寝そべって立ち姿を演じたり、横滑りを垂直飛びに見立てたりする一連の動作はそれ自体、慣れてしまえばそう面白味のあるものではない。
テレビ番組の仮装大賞で常連の社会人グループが2,3年前に同様の演出で大賞を獲得し、その後欧米のプロデュース会社から呼び声がかかったという話をしばらく前に目にしたが、たしかに数分のあいだ人の目を釘付けにする力はある。だが今回の舞台のようにそうした一発芸的な演技をも延々と繰り返していくことに、どういった妙が匿われているというのだろう。
と何だか酷評めいた書き方になっているけれど、ヒドい舞台だった、という訳では必ずしもなくて、たぶん鑑賞前の期待値の高さがわたしにこうした不満を抱かせているだけだ。小劇場で催される舞踊公演にしてはよく抑制も利いていたし、良質のエンターテイメントであることは間違いない。
あとはいかに劇場という表現の場が要請しがちなナラティヴに耐えるパントマイム劇を開拓していくかだろう。それがないと長続きできない、とこの舞台を観て感じたのは確かだ。マイムの表現性の高さには感心するシーンも多くあり、新鮮だった。
水と油 “スケジュール” シアタートラム 2004年6月17日-27日
※画像は劇場HPから。無断掲示につき著作権者よりクレームがあれば削除します。
2004/07/01のBlog
[ 23:45 ]
[ 凡膳 ]
睡眠:3 + 1.5時間 ・・・・・・ 長風呂すると、あまり眠る必要がない不思議
食事:2度半
運動:水泳 1000m ・・・・・・ ちょっと久々
深夜お風呂あがりにしばらく裸で過ごしたあと、本を読んでいたつもりがエアコンを付けっぱなしにしたまま薄着で眠ってしまい、目が覚めたらしっかりと鼻カゼをひいていた。
そこでそこはかとなくカゼに対して奮起している自分をみつけ、さっそく泳ぎに出かけたところ、1km泳の終盤をなぜか隣のレーンで泳ぐイケメンのおにいさんと張り合うことに。 こちらは最後の2,3往復だったのでそれなりにキツかったのだけれど、、、勝利。(-_-)v
馬鹿っぽい。
日が暮れて、自宅近くのマツモトキヨシを覗いたら、不幸にも目薬の半額売りをやっていた。 このところ身の回りでやたらと気塞ぎなことが続いたためもあってか、突如なぞのヤケ買いに。 同じ目薬を5箱も買ってどうするつもりなのか、わたしにはわからない。 生理か? ・・・・・・久々に、夜風の涼しい夜である。
1箱290円 x 5箱 ⇒ 1490円也。 (・・?
食事:2度半
運動:水泳 1000m ・・・・・・ ちょっと久々
深夜お風呂あがりにしばらく裸で過ごしたあと、本を読んでいたつもりがエアコンを付けっぱなしにしたまま薄着で眠ってしまい、目が覚めたらしっかりと鼻カゼをひいていた。
そこでそこはかとなくカゼに対して奮起している自分をみつけ、さっそく泳ぎに出かけたところ、1km泳の終盤をなぜか隣のレーンで泳ぐイケメンのおにいさんと張り合うことに。 こちらは最後の2,3往復だったのでそれなりにキツかったのだけれど、、、勝利。(-_-)v
馬鹿っぽい。
日が暮れて、自宅近くのマツモトキヨシを覗いたら、不幸にも目薬の半額売りをやっていた。 このところ身の回りでやたらと気塞ぎなことが続いたためもあってか、突如なぞのヤケ買いに。 同じ目薬を5箱も買ってどうするつもりなのか、わたしにはわからない。 生理か? ・・・・・・久々に、夜風の涼しい夜である。
1箱290円 x 5箱 ⇒ 1490円也。 (・・?
[ 08:50 ]
[ 講演 ]
ローズリー・ゴールドバーグは、ニューヨークで1970年代後半に開設された世界初のパフォーマンス専門のギャラ リー“The Kitchen”の初代キュレーターで、現在は“The Kitchen”での仕事のほか、NYUで教鞭を採るなどパフォーマンスアートの分野を中心に精力的な活動を続けている。今回の講演は、2005年に予定されて いるニューヨーク・パフォーミング・アート・ビエンナーレの調査のための来日に併せて企画された。
戦後から現在にいたるまでパフォーマンスアートの実演はダンスや演劇、音楽や美術といった多岐に渡るジャンルに沿って分散的に展開されてきたため、そこにありうるパフォーマンスアートの流れに特有の時代や社会との関係性の網目が、芸術一般を語る今日の表立った言説からは抜け落ち、沈潜したままでいる。という指摘から講演は始まった。
未来派やダダイズムに端を発し、シュルレアリズムやロシア構成主義を経由して戦後のヨーロッパにおけるイブ・クライン、60~70年代のニューヨークのフルクサス、マリーナ・ アブラモヴィッチへと話を展開させてゆくゴールドバーグの語り口は、他ではあまり見ることのなかった大量の映像群による助けもあって強い説得力があった。
パフォーマンスアートと演劇との違いは前者の場合、そこで起こる出来事がすべてリアルだということ。そう簡潔にまとめていたことが印象に強く残っている。実際パフォーマンスアートという表現領域は概して現場性が高いためもあり、すでに述べたようにこの分野の流れを俯瞰的に語ることのできる人物は極めて稀といってよいだけに、彼女の言葉はどれも非常に示唆に富んでいた。
ただ講演の最後に、現在注目しているアーティストの一人としてイラン人女性のシリン・ネシャットを挙げていたのはかなり意外だった。現代美術の領域ではすでに、世界各地でのビエンナーレ・トリエンナーレの常連アーティストとして知られた彼女の作品は、ゴールドバーグ本人の語り口に沿って考えてもパフォーマンスというよりはむしろ演劇的なものである。
尤もそこで彼女がシリン・ネシャットを持ち出したのは、身体表現の可能性を巡る一端のさらなる開示という文脈があってこそのことだ。だが講演会を終えて後日、自身もパフォーマンスを手がける友人の一人からもこの点での違和感を聞かされてあらためて考えてみたのだけれど、講演全体の流れにとっては枝葉であるとしても唯一不明瞭なものが残る箇所ではあった。
やはり自らパフォーマンスを行う別のある友人は、ゴールドバーグの社会学的な語り口にかなり疑問を感じていたらしい。それはとてもよくわかることで、やっている本人たちの多くにとって、パフォーマンスはおそらく自身の内面を掘り下げていくところからしか生じえず、アーティスト自身によるその他の社会的な身振りがパフォーマンスの内容自体にとって明瞭な意味をもつことはあまりない。
そこに意味が生じうるとすればそれはパフォーマンスアートというジャンルがジャンルとしての構造を社会なり関連する人々の間なりに根付かせたあとの話で、もしいま東京にパフォーマンスアートシーンがすでにあると考えるなら話は別だが、いまのところそのように考えてパフォーマンスを組み立てる必然性はそう大きくないだろう。
だがそれでもなお、少なくともそれら表現行為の受け手にとって、ゴールドバーグの語ったような俯瞰的な視線のあり方は、個人の身体性・感性の無垢さを信じず、そこにありうる時代や社会による制約を自覚するのであれば外すことのできないものであることもまた確かだ。
21世紀を迎え、前世紀全般を占めたモダニズムとはいったい何だったのかを再考する機運は、昨今さらに勢いを増してみえる。だがそれが何々だったのだという“説明”もまた、ある意味ですべて一面的で、そこからこぼれ落ちる背景、要素が必ずある。それは言葉というものの本質の一つだろうが、それゆえにこそモダニズム的な従来の歴史観に疑いを挟まずにいることは、それ自身が取りこぼしてきたズレや偏りへの対応に失していると言えるはずだ。
ゴールドバーグは講演中、村上三郎や白髪一雄、土方巽やダムタイプの名を挙げる程度であまり日本のパフォーマンス事情に言及はしなかったが、その点をあらためて考えていくことは、わたしたち講演参加者の今後の課題だろう。
RoseLee Goldberg 『身体へ浸透する美術: パフォーマンス アートの30年ニューヨークの視座から』
同時通訳 木幡和枝, 渡辺真也 / 東京藝術大学美術学部中央棟第1講義室 / 2004年5月28日(金)18時-20時
2004/06/30のBlog
[ 23:50 ]
[ 郵件 ]
みなさん、おはこんばんにちわ。 Doblog内での慣例に従い、掲示板を設置します。
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[ 07:21 ]
[ 映画 ]
この人の昨今のメディアへの露出ぶりは、わたしも人並みによく目にしていたし、こういう人がこういう文脈でしっかり活躍できるのはアメリカ文化の美点の一つでもあるのだろうが、こういう形で社会問題が消費されてしまうかもしれない危うさもそこにはある、というような見方をしていたからこそなのだろう。マイケル・ムーアのカンヌ・パルムドール受賞には驚いた。
商業映画のアカデミー賞に対して、芸術映画のカンヌ、みたいな通念に照らすなら、この人のつくる映画に対するわたしの憶測に誤りがあったということになるわけで、ともかくもまずは観るべしと考えて、DVDを借りてみた。ちなみに本作“Bowling for Columbine”はアカデミー賞の受賞作であって、カンヌのそれではないけれど。
それで実際に観てみて驚いた。作品に力はある。コロンバインでの銃乱射事件、近隣地区での幼児による射殺事件といった個別の事象から、銃器製造会社から軍需産業へと話を集約、展開させていき、その背景にある人種差別、貧困、福祉といった社会問題に切り込んでいくプロット構成は見事だし、編集も巧み、社会的弱者の立場に視点を定めた非常に訴求力のある作品に仕上がっている。
こういう時代のこういう国だからこそ、こういう作品がしっかりと撮られることの意義は大きい。だが、作品本位で観るならどうか。表現ジャンルとして成立している“ドキュメンタリーフィルム”として観るならば、“Bowling for Columbine”が達成している水準は決して抜群とは言えない、とわたしは思う。
たとえばの話だが、山形国際ドキュメンタリー映画祭の東京上映会でかつて目にした作品群に比べてどうかと考える。際立って見事だとも巧いとも感じない。衝撃度はむしろ小さい。
以前にドキュメンタリー映画作家の森達也が朝日新聞に書いていたマイケル・ムーア映画への批判はこれだったのかと、DVDを観終えて初めて納得した。
そして当のマイケル・ムーアによるカンヌ最高賞の受賞。芸術映画のカンヌ、みたいな通念には概ね誤りはなくとも、それは必ずしも賞の本質ではないし、むしろこうして授与される“賞”という制度の孕む政治性が、カンヌのようにその分野で最高の権威がアメリカという最強の国家に対したときこそ浮き彫りになるとしても、それは非難されるべきことでも落胆すべきことでもないだろう。
今回の彼の受賞を、わたしはそのように受けとめている。
ネット上にあったオスカー受賞のスピーチ映像。派手です。関心がおありの方はご覧ください。
“Bowling for Columbine” Michael Moore (dr) / US / 2002 / DVD
2004/06/29のBlog
[ 07:38 ]
[ 美術 ]
企画展“再考:近代日本の絵画 美意識の形成と展開”、<第2部>である。会場は、木場の東京都現代美術館。
上野の東京芸大を会場とする<第1部>を扱った前項では、個々の出展作品への言及にスペースを費やしたために話がいささか平板になったので、今回は書き方を少し変えてみる。
まずタイトルから話を始めたい。
この展覧会ではメインのタイトル冒頭に「再考:」と冠があり、サブタイトルでは「美意識の形成と展開」と示されているように、大量の作品群を媒介として様式的変遷を仄めかす類の一見オーソドックスな展示スタイルを採りながらも、必ずしも明示的ではないが観る者に従来の見方への再考を促すある種の仕掛けが施されている。この点については前項に若干述べたが、この仕掛けの謙虚さとは対照的に目に付いたのは、この展覧会の英語タイトル“― Remaking modernism in Japan 1900-2000 ―”の“Remaking”の語が放つ明確な意図の在り処であった。
会場を訪れたわたしは芸大美術館での<第1部>、「第1章 博覧会美術」と題された最初のコーナーに始まり、現代美術館の最初の展示室を占めた100点はあろうかという東京美術学校(現東京芸大)出身者たちによる自画像群を経て、戦争画へと通じていく展示構成のそこかしこで、実作品によりその意図の在り処を逐一確認していくことになった。
たとえば「第1章 博覧会美術」の入り口を飾っていた宮川香山(初代)による<色絵蟹高浮彫水鉢>[1881]等が見せる技巧の超絶性および異様さは、近世に連なる素地を持った美意識が対外的な事情から「美術」を巡る観念との摺り合わせを余儀なくされた時代背景を如実に反映していると今日的な視座からは言い得るし、卒業作品の一部として今日もなお描かれ続ける画学生による自画像群はモダニズム絵画の形成と切り離しがたいアカデミズムとの因縁を、戦争画のコーナーでは「戦争」という絵画表現における社会学的な要素もさることながら、ここにおいて洋画日本画の表現上の差異が際立って見えることは現在へとつながる両ジャンル並存のありようを、それぞれあらためて考えされられる。池上秀畝の日本画<山桜図>[1943]は、傍目には品の良いシンプルな霞に花桜の図でしかないのだが、小さく画中に添えられた「戦勝祈願」の文字がもつ意味の大きさが絵全体へのわたしの心象を再構成していく体験は新鮮だった。
といってこうして会場を歩くうち察することのできる「意図の在り処」など、どだいいずれも“どこかで聞いた話”の域を出ないものなのだけど、主催三館に国立近代美術館を加えればおそらく数で10万は下らない所蔵作品の選び方次第で広がる可能域のうち、この展示はうまく中庸の道を採りえているとは実感できる。
個々の作品のレヴェルでも発見は多く、良い展覧会だった。
前項でやっておいてこちらだけ気に入った5作品を選ばないというのも極私的にフェアでないので、一応気になった作品を挙げておく。逐次の言及は省く。
(右画像は榎倉康二<figure no.25 b>と志向の近い別作品。ネット検索をかけて見つけたもの)
・藤島武二 <造花> 1901
・三谷十糸子 <朝> 1933
・須田国太郎 <法観寺塔婆> 1932
・河原温 <孕んだ女> 1954
・榎倉康二 <figure no.25 b> 1984
“再考:近代日本の絵画 美意識の形成と展開”<第2部> 東京都現代美術館 2004年4月10日-6月20日
2004/06/21のBlog
[ 05:59 ]
[ 美術 ]
“再考:近代日本の絵画 美意識の形成と展開”と題されたこの展覧会は、展示会場が上野の芸大美術館と木場の東京都現代美術館の二ヶ所に配され、総出展作品数は六百数十点を超える大規模なものだった。
主催美術館には両館の他にセゾン現代美術館も名を連ね、東京国立近代美術館の全面的な協力をも得たこの展示は、内容の質・方向的にも展覧会史的な意味でも今年国内で企画される展覧会のなかで最も意義深く注目に値するものの一つと言って良いだろう。
展覧会の構成は時系列展示を大枠としており、前半を<第1部>として芸大美術館が、後半を<第2部>として現代美術館がそれぞれの展示会場を受け持っている。
「再考」と表題に冠されることからも読める通り、この展覧会は総覧的に日本近代美術史上のメインストリームに乗る傑作ばかりを集めた構成を敢えて避けている。
ここで“敢えて”と述べたのは、先に挙げた計四つの美術館が中心となればそれも全く不可能ではないからだが、逆を言えば、高橋由一の<鮭>[1877]や岸田劉生の<道路と土手と塀(切通之写生)>[1915 写真右上]のような主流中の主流作品が出展される一方で、たとえば萬鐵五郎や藤牧義夫の出展作のように、必ずしもその作家における代表作とは言えない作品がなぜ取り上げられているのかというこの点に着目することは、おそらくは展覧会企画者の意図を仔細に読み解くための鍵となるはずだ。
だが、この展覧会全体を引き受けて読み解くことをここでは省き、ともかくもこのようにして収蔵庫から引き出され陳列された雲霞の如き作品群から、わたし個人の目に映えた傑作を強引にも5つ選んでみた結果は以下の通り。
・萬鐵五郎 <地震の印象> 1924
・藤牧義夫 <隅田川両岸絵巻>No.3及びNo.4 1934
・山本芳翠 <浦島図> 1893
・小絲源太郎 <屋根の都> 1911
・坂本繁二郎 <鮭> 1949
萬鐵五郎の<地震の印象>は、関東大震災時の心象を後日作品化したものだけれど、絵のテンションが周囲に展示された静謐な作品群とは明白に異なっていて、とにかく筆致が弾けている。もともと萬の作品は全体的にぶっ飛んだ筆運びをその宗としているけれど、にしてもここで他の作品でなくこの作品を選んだ企画者のセンスには脱帽したい。なんだかわけもなく、良かったです。
藤牧義夫は版画作品がよく知られる作家だけれども、<隅田川両岸絵巻>は白描により描かれた“絵巻”である。ここで白描という技法や絵巻様式が採られたことの意味を考え出すと興味は尽きない。詳しくは鎌倉近代美術館の水沢勉氏による論考「藤牧義夫《白描絵巻》考」(『モダニズム/ナショナリズム』せりか書房 所収)を参照のこと。これはわたしが読んだことのある最も興奮する美術論文の一つ。
山本芳翠の<浦島図>を丹念に観たのは今回が二度目になる。しかし二たび時間をかけてもこの作品に独特の不思議感はまるで減じない。それだけの理由でここに挙げた。
小絲源太郎、<屋根の都>。この絵の具の盛り上げにしてこの描写の確かさと、そこに醸し出される情感の分厚さ。傑作である。珠玉の名画だ。国の宝じゃ。
坂本繁二郎の<鮭>は単独では足も止めなかった恐れがある(焦)。が、近くにド迫力の高橋由一の<鮭>や技巧精緻な土田麦僊の<鮭之図>があることで、この作品のもつ色彩の抑制がより際立って観えて来た。展示の妙。
岸田劉生の<道路と土手と塀(切通之写生)>と高橋由一の<鮭>は、個人的にもこの伝に載せて語るには絵の持つ次元が少し違う気がするので、5つには入れなかった。(ちなみにこの両作は、それぞれ3階主展示室の入り口正面と最奧中央という、いわばこの展示における顔役的な位置を与えられてもいた。船体の両端で材を締める楔の役割といったところか。)
次項 “再考:近代日本の絵画”<第2部>へ続く。
“再考:近代日本の絵画 美意識の形成と展開”<第1部> 東京芸術大学大学美術館 2004年4月10日-6月20日
2004/06/19のBlog
[ 02:38 ]
[ 映画 ]
ソフィア・コッポラの映画はどこか捉えどころに欠けてみえる。その捉えどころのなさはときに、ガーリッシュとか癒し系などといういかにも無粋な言葉たちにより彼女の作品が掬い上げられてしまう原因になっているようにも思うのだけど、わたしが彼女の映画を好む理由もまたしかとそこにある。
この作品はタイトルの示す通り、周囲の人や環境と主人公たちとの文化の差異や距離の開きが引き起こす内面の葛藤に焦点が当てられているのだけれど、そこで扱われているのが飽くまで“communication gap”であって、“disscommunication”ではないところはこの映画のミソになっている。
沢木耕太郎がしばらく前に朝日新聞で、この映画を「日本人への視線にいやな感じを持った」としてどちらかといえば酷評していて、それはこの映画への一般的な評価においておそらく一方の側を代表するものではないかと思うのだけど、おそらくこのミソの部分を彼(と彼ら)は取り違えて観てしまったんじゃなかろうか。
孤独感にまみれた主人公の視点を通して映し出される新宿や銀座の夜景のもつ温度はたとえばウィンターボトムのそれを想起させる巧さがあるし、ここで描かれる日本人たちの醸す可笑しさに感じるものはハリウッド映画一般にありがちな無意識的蔑視のそれではなくむしろ、ピーター・チャンによる傑作映画“甜蜜蜜”(邦題『ラヴソング』, 香港, 1996)に描き出されるNYのオラが天下的な白人たちを映す眼差しの優しさに近い。
そこにしっかりと温度や優しさが感じられるのはたぶん、それらギャップの存在など実際はどうでもよいことで、表現の質を決める要素になどなりえないという制作者の思想が作品の基底に流れているからで、この映画ではラストのワンシーンがそれまでのストーリー展開すべてに確とした輪郭を与える鍵として仕掛けられているのだけれど、捉えどころもないままに、その仕掛けのみがすんなりと功を奏してしまうように全体を配するソフィア・コッポラの技量はやはり、当分は目が話離せない。
“Lost In Translation” シネマライズ
Sofia Coppola (dr) / Bill Murray, Scarlett Johansson,,,(cs) / US+JPN / 2003
2004/06/18のBlog
[ 05:51 ]
[ 映画 ]
久々に南アジア圏の映画を観た。バングラデシュの映画となると、ずいぶん前にアテネフランセか交流基金あたりで観たドキュメンタリーがおそらく最後で、3年ぶりくらいにはなる。実際にバングラデシュを旅行したのはもう6年前。早いものだ。
牛車に乗った二人の男がふとしたことで見知らぬ男の遺体を運ぶはめになり、行く先々で埋葬を拒否される。この映画の話の筋はそれだけだ。
映画のパンフにはブニュエル的不条理劇との類縁性、などとも書き付けられている。ヴェンダース流ロードムーヴィの趣きに不条理劇的要素を加え、ベンガルの田園風景に載せてみました。と言うことももちろん無理ではないだろうけれど、その本質を何かに引き付けて語るならむしろ持ち出すべきはタゴールの詩であろう。不条理劇の線で観るなら、ラストシーンの慟哭で意識に上るのは前近代性の醸す野暮ったさばかりということになってしまう。それではあまり、鑑賞法として豊かでない。
もっともこうした非営利の会場で資料的な価値も込みで上映される作品の場合、それが芸術作品であれ娯楽作品であれ金と人数をかけてよく作り込まれた映画に馴れたこの目には、どのような見方を採ろうともいささか冗長に映ってしまうケースは少なくない。
今回などはまさにそれで、こういうときは同行の友人がしていたように舟を漕ぎ出すのも良い手だが、これはこれでこういうときだからこそ沸き起こる想念の行方に身を任せる良い機会でもあるわけで、スクリーンに映る風景や植物や、人々の衣服や道具、録音に混じった様々な音のかけらに注意を向けているうちに、気がついたらこのベンガルの土地を旅していた頃を思い起こしていた。
インドの西ベンガル州を併せるとこの土地には都合三度滞在しているにも関わらず、映画を観ていてベンガル語の響きがずいぶんと縁遠いものに聞こえてきた。
この土地の、とりわけ農村に住む人はみな、ほんとうに詩的な眼差しと身振りをその底に湛えていた。それなりにこなれていたはずのフレーズのいくつかも、すでに忘れてしまった自分を少し、寂しく感じる。
“車輪” 東京国立近代美術館フィルムセンター 2004年5月15日・6月16日
Morshedul Islam (dr) / バングラデシュ / 1993
※同センター上映企画「アジア映画-“豊穣と多様”」では、当作品を含む54作品を逐次上映中
2004/06/16のBlog
[ 19:01 ]
[ 博物 ]
京橋のフィルムセンターへ行ってきた。展示室を観るのはたぶん今回が初めてだ。
常設展示は“展覧会 映画遺産”と題されている。リュミエール以降技術革新を重ねてきた代々の黒光りする撮影機がモノとしてドンと居並ぶ展示室は、やや暗めの照明のもとフィルムを回す機械音やトーキー映画の少し擦れた音声などが流れてきて、時代がかった趣きを味わえる。そこかしこに配置されたモニターにかかる映像はどれも巷のレンタル屋では早々揃わない代物だし、陳列された資料には複製や複写ではない現物も多く含まれており、相当に情報密度の高い展示になっていた。
展示解説によれば、小津で5割、溝口にいたっては8割にのぼる戦前に撮られたフィルムが、今日失われたままだという。以前のフィルムが非常に可燃性の高い性質をもつことは知ってはいたけれど、まさか残されているものがそこまで少ないとは意外だった。保存意識の低さなども災いしたようだけれど、消えていった無数のフィルムの後ろにはそれらの撮影に費やされたであろう大量の映画人たちの創造と努力の営みがあっただろうことを想うとやはり、それは悔やまれてならないことだ。
溝口映画における美術監督の水谷浩、黒澤映画におけるプロデューシングの本木荘三郎などといった、日本映画史のメインストリームにありながら脚光を浴びる舞台からは少し外れた所で作品を支えていた人物にフォーカスした展示も示唆に富むものだった。
黒澤映画“生き物の記録”のタイトル案を本木が書き出した幾枚もの原稿用紙のなかには、“狂った地球”、“凝視”、“中島家の記録”などなどたくさんの草案が並んでおり、“生き物の記録”の文字もそのなかの一枚の一番端に書き添えられていたのだけれど、こういう現物の展示は臨場感があって面白い。
隣接する企画展コーナーでは岡本忠成というアニメーション作家の特集展示が組まれていた。主にパペットアニメーションの分野に独自の境地を切り開いた人物らしく、展示物にも人形や絵コンテなど現物が多く採用されていた。分野を同じくする人々に、相当に惜しまれて逝った人であることが、残された未完の作品“ほたるもみ”(1986)のイメージ写真に見る完成度の高さからも窺える。
岡本の仕事を同業者が継ぎ完成させた“注文の多い料理店”(1991)は、少し異様なくらいに独特の雰囲気を持った作品になっている。展示室ではうち2分ほどを据え付けのモニターにより観ることができたが、このただならない感じはぜひとも全編を観てみたいと思わせるものだった。
東京国立近代美術館フィルムセンター
企画展“造形作品で見る 岡本忠成アニメーションの世界”は2004年4月6日‐6月27日/7月6日‐8月29日
※画像はセンターHPより。無断掲示につき著作権者よりクレームがあれば削除します。
2004/06/14のBlog