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2006/05/26のBlog
[ 06:33 ]
[ スポンタのウェブ進化論 ]
060510のアクセス数833---。エントリーを書いてから、3日を越えて、M嬢の知名度からさまざまな反応があり、その結果、痛切に思うのは、
他者を語るときに感傷的になりがちである。
そして、それが正義などという極めて恣意的・個人的なものにも関わらず、絶対的なものだと幻想してしまう思いに囚われたとき、それは顕著にあらわれる。
今回、私が反省しなければならないのは、そういうこと。
だから、私にそういう「気づき」を提供してくれた、自らの嫌悪感を示してくれた当事者の方々に心から感謝したいと思います。
☆
既存のマスコミの構図・傲慢。市民参加型ジャーナリズムのあり方。今回のことで、私は多くのことを学ぶことができました。
私は5月9日のエントリーで、言論の最終単位という概念を提出しています。
※さらに関連項目
http://www.doblog.com/weblog/myblog/12516/2475065#2475065
http://www.doblog.com/weblog/myblog/12516/2477654#2477654
そのことを受け取ってもらえないと、理解できない話で申し訳ないのですが、Love.Love.Loveという本の一般ライターの特徴は、主体がなく、文体だけがあり、意志はない。
※ もし、あまりに明確な意志があれば、それは芸術ではなく宣伝。プロパガンダになってしまう。
Love.Love.Loveが芸術かどうかというのは微妙な問題である。個にとって切実な思いは、芸術として昇華する。だが、芸術を志さない個にとっては、迷惑に感じるだろう。
私の感傷的な洞察によれば、
この本の無名の書き手のほとんどは、この文章に何かが起きることを模索していない。
ほとんどの無名者は、相手にほとんど伝わらないという可能性が高いからこそ書いた。
そして、ほとんどの無名者は、書いたことが相手に伝わったとき、書いたことを否定するだろう。
勿論、ほとんどの無名者は、書いたことに嘘はない。
そして、ほとんどの無名者は、それがリアルな社会に流布することを知っているし、望んでいるのだが、そのことを間接的な目標とすることに自らの良識であると任じている。
私には、無名者たちがユニセフに寄付するために労働したとはどうしても思えない。
売文家や無名な私のような、すれっからしではない。
そこが人の心を打つのだ。
私は、コメント者に対して、次のように書いた。
もし、リアルなあなたを知っていたら、あなたに同情するかもしません。でも、ハンドルネームだけのあなたしか知らないので、純粋に私はあなたに心を寄せることができる。あなたも私も「同情」という言葉で汚されることはない。
Love.Love.Loveはすばらしい本である。1000円を出せば、そのことを確かめられる。
☆
メタ議論との指摘は私のブログに常についてまわるものです。以下のエントリーにあげています。
議論を有効なものとするものは、多くの経験や実験(トライアル)。そういうものによって、議論は有効性を持って結論を導き、それは社会に活用されるのだと思います。
他者を語るときに感傷的になりがちである。
そして、それが正義などという極めて恣意的・個人的なものにも関わらず、絶対的なものだと幻想してしまう思いに囚われたとき、それは顕著にあらわれる。
今回、私が反省しなければならないのは、そういうこと。
だから、私にそういう「気づき」を提供してくれた、自らの嫌悪感を示してくれた当事者の方々に心から感謝したいと思います。
☆
既存のマスコミの構図・傲慢。市民参加型ジャーナリズムのあり方。今回のことで、私は多くのことを学ぶことができました。
私は5月9日のエントリーで、言論の最終単位という概念を提出しています。
※さらに関連項目
http://www.doblog.com/weblog/myblog/12516/2475065#2475065
http://www.doblog.com/weblog/myblog/12516/2477654#2477654
そのことを受け取ってもらえないと、理解できない話で申し訳ないのですが、Love.Love.Loveという本の一般ライターの特徴は、主体がなく、文体だけがあり、意志はない。
※ もし、あまりに明確な意志があれば、それは芸術ではなく宣伝。プロパガンダになってしまう。
Love.Love.Loveが芸術かどうかというのは微妙な問題である。個にとって切実な思いは、芸術として昇華する。だが、芸術を志さない個にとっては、迷惑に感じるだろう。
私の感傷的な洞察によれば、
この本の無名の書き手のほとんどは、この文章に何かが起きることを模索していない。
ほとんどの無名者は、相手にほとんど伝わらないという可能性が高いからこそ書いた。
そして、ほとんどの無名者は、書いたことが相手に伝わったとき、書いたことを否定するだろう。
勿論、ほとんどの無名者は、書いたことに嘘はない。
そして、ほとんどの無名者は、それがリアルな社会に流布することを知っているし、望んでいるのだが、そのことを間接的な目標とすることに自らの良識であると任じている。
私には、無名者たちがユニセフに寄付するために労働したとはどうしても思えない。
売文家や無名な私のような、すれっからしではない。
そこが人の心を打つのだ。
私は、コメント者に対して、次のように書いた。
もし、リアルなあなたを知っていたら、あなたに同情するかもしません。でも、ハンドルネームだけのあなたしか知らないので、純粋に私はあなたに心を寄せることができる。あなたも私も「同情」という言葉で汚されることはない。
Love.Love.Loveはすばらしい本である。1000円を出せば、そのことを確かめられる。
☆
メタ議論との指摘は私のブログに常についてまわるものです。以下のエントリーにあげています。
議論を有効なものとするものは、多くの経験や実験(トライアル)。そういうものによって、議論は有効性を持って結論を導き、それは社会に活用されるのだと思います。
2006/05/25のBlog
[ 15:19 ]
[ スポンタのウェブ進化論 ]
仕事の帰りに、国立近代美術館で、藤田嗣治展を観た。
藤田嗣治氏はトランスジェンダーだった。彼は日本の画壇から執拗にバッシングされた。
だが、森鴎外の後輩であり、陸軍軍医総監になった父親の名誉を守るため、彼が自らのトランスジェンダーを告白することによって、バッシングを終息させることができなかった。彼は韜晦の画家と言われるが、韜晦、つまり隠そうとしたものは、自らのイタ・セクスアリスである。と、先のエントリーで書いた。
会場でフジタの戦争画をはじめて見た。
あの作品を見て、戦争讃美を感じ取るような感性は節穴だ。なのに、フジタは戦争讃美者として画壇から責任を追及され、トランスジェンダーという引け目がある彼は、その議論をさけるために日本から永遠に立ち去った。
美輪アキヒロ氏やカルーセル麻紀氏のように、すべてを棄てられる家柄ではなかった。東京は都である。東京という都を棄てても、まだ輝いていられ場所は世界中にパリしかない。それは、いまも変わらぬと私もパリに憧れる。
そして、作品を観ていないで、フジタを批評した人がなんと多かったのか。それを痛感させられる。
フジタの戦争画を観れば、戦後もてはやされた丸木夫妻など、平和のときの平和論でしかないとさえいえる。
同様に、あの日、あの夜、あの新宿の地下のスペースで何が起きていたのか。それぞれが心に刻めばいいと思う。私は、私なりの感情をこのブログに書いた。それでいい。
そして、それが私の思いであって、それが必ずしも全体を現さぬことも見えてきた。
たしかに「皆」そう思っていたという人も多いけど、かならずしもそうではない。
私は、そういうのが、面白いし、尊いし、ほんとうに素晴らしいことだと感じる。
これほどまでに沈黙に意味があると悟ったことは、私の人生の中でないといってもいい。そんな、価値ある沈黙があったのだ…。
☆
昨日(060509)のアクセスが865を数えているが、そのことに対する感慨は何もない。
アルファブロガーのある女性は、そのようなものは、風が吹いたようなものだから、あまり気にしない。と、告白しているが、私もそのように思う。
一昨日の400程度から一気にアクセス数が増えたのは、有名人のM嬢が自身のブログで私のことを名指しで非難したから、それで増えたのだと思う。リンクも張られていないから、トラックバックで私のことを探してやってきたか、もしくはググッてやってきた方が多いのかもしれない。
やはり、トラックバックやコメント欄は観客席であって、エントリーこそがステージなのだ。
☆
発言することによってバッシングされ続ける私と、日本が世界に誇る巨匠・レオナール・フジタを比べるのは傲慢かもしれない。しかし、フジタが感じていた日本という社会の歪みとやさしさは、百年近い時を経ても同質なものだと思えてならない。
☆
私は物を言う異形のものである。そのことを痛感している。
Love.Love.Loveは、異形のものとならずに、物を言うことが出来た稀有な出来事である。
私は、叩かれずに物を言うなどという都合のいいことを求めていない。もし、ものを言うことで、気持ちがよくなったとしたら、そこに耽溺の芽があるとして、反省しただろう。
そのような異形のものである私とは別に、異形のものにならずに、たくさんの人たちがものを語るようになる時代が早く来ることを願っている。
そして、そのために尽力したいというのが、私が市民参加型ジャーナリズムについて、書き続けている理由だ。
エスタブリッシュと非エスタブリッシュの間の闇は深い。
私の力ではなんともできぬようだ。少しでも、力を貸してくれる人がいれば…。そんな弱音を吐いても見たい。
追記:
前のエントリーで、「黒の舟歌」のことを話題にしたのは、大島渚のパーティーでいつまでも呼ばれないからと言って、マイクで大島を殴った野坂昭如のことを思い出していたからです。そして、大島も殴り返した。あのとき、大島渚の眼鏡が歪んで顔にかかっていたのを鮮やかに憶えている。
彼らが病床についている今、そういう時代ははるかかなたに行ってしまった。
藤田嗣治氏はトランスジェンダーだった。彼は日本の画壇から執拗にバッシングされた。
だが、森鴎外の後輩であり、陸軍軍医総監になった父親の名誉を守るため、彼が自らのトランスジェンダーを告白することによって、バッシングを終息させることができなかった。彼は韜晦の画家と言われるが、韜晦、つまり隠そうとしたものは、自らのイタ・セクスアリスである。と、先のエントリーで書いた。
会場でフジタの戦争画をはじめて見た。
あの作品を見て、戦争讃美を感じ取るような感性は節穴だ。なのに、フジタは戦争讃美者として画壇から責任を追及され、トランスジェンダーという引け目がある彼は、その議論をさけるために日本から永遠に立ち去った。
美輪アキヒロ氏やカルーセル麻紀氏のように、すべてを棄てられる家柄ではなかった。東京は都である。東京という都を棄てても、まだ輝いていられ場所は世界中にパリしかない。それは、いまも変わらぬと私もパリに憧れる。
そして、作品を観ていないで、フジタを批評した人がなんと多かったのか。それを痛感させられる。
フジタの戦争画を観れば、戦後もてはやされた丸木夫妻など、平和のときの平和論でしかないとさえいえる。
同様に、あの日、あの夜、あの新宿の地下のスペースで何が起きていたのか。それぞれが心に刻めばいいと思う。私は、私なりの感情をこのブログに書いた。それでいい。
そして、それが私の思いであって、それが必ずしも全体を現さぬことも見えてきた。
たしかに「皆」そう思っていたという人も多いけど、かならずしもそうではない。
私は、そういうのが、面白いし、尊いし、ほんとうに素晴らしいことだと感じる。
これほどまでに沈黙に意味があると悟ったことは、私の人生の中でないといってもいい。そんな、価値ある沈黙があったのだ…。
☆
昨日(060509)のアクセスが865を数えているが、そのことに対する感慨は何もない。
アルファブロガーのある女性は、そのようなものは、風が吹いたようなものだから、あまり気にしない。と、告白しているが、私もそのように思う。
一昨日の400程度から一気にアクセス数が増えたのは、有名人のM嬢が自身のブログで私のことを名指しで非難したから、それで増えたのだと思う。リンクも張られていないから、トラックバックで私のことを探してやってきたか、もしくはググッてやってきた方が多いのかもしれない。
やはり、トラックバックやコメント欄は観客席であって、エントリーこそがステージなのだ。
☆
発言することによってバッシングされ続ける私と、日本が世界に誇る巨匠・レオナール・フジタを比べるのは傲慢かもしれない。しかし、フジタが感じていた日本という社会の歪みとやさしさは、百年近い時を経ても同質なものだと思えてならない。
☆
私は物を言う異形のものである。そのことを痛感している。
Love.Love.Loveは、異形のものとならずに、物を言うことが出来た稀有な出来事である。
私は、叩かれずに物を言うなどという都合のいいことを求めていない。もし、ものを言うことで、気持ちがよくなったとしたら、そこに耽溺の芽があるとして、反省しただろう。
そのような異形のものである私とは別に、異形のものにならずに、たくさんの人たちがものを語るようになる時代が早く来ることを願っている。
そして、そのために尽力したいというのが、私が市民参加型ジャーナリズムについて、書き続けている理由だ。
エスタブリッシュと非エスタブリッシュの間の闇は深い。
私の力ではなんともできぬようだ。少しでも、力を貸してくれる人がいれば…。そんな弱音を吐いても見たい。
追記:
前のエントリーで、「黒の舟歌」のことを話題にしたのは、大島渚のパーティーでいつまでも呼ばれないからと言って、マイクで大島を殴った野坂昭如のことを思い出していたからです。そして、大島も殴り返した。あのとき、大島渚の眼鏡が歪んで顔にかかっていたのを鮮やかに憶えている。
彼らが病床についている今、そういう時代ははるかかなたに行ってしまった。
2006/05/24のBlog
[ 09:29 ]
[ スポンタのウェブ進化論 ]
私が書いたことを私がまとめるのは、自作自演みたいで嫌なんだけど、(…そのものだよね)することにする。
私の要点は3つ。
Love.Love.Loveは素晴らしい本である。
Love.Love.Loveの企画は素晴らしい。
Love.Love.Loveに原稿を寄せた人たちは心優しい日本人たちである。
そのことが私のエントリーから伝わらなかったら、悲しいが、それも私の実力のうち。誰を責めることもできぬ。
☆
枡野浩一さま。
ドブログの調子がよくないみたいで、ご迷惑をおかけしております。
くぬぎのしっぽさんのブログのコメント欄にも書いたんですが、無名の私の反省文なんです。
おっしゃる通り、私は勝手な「アウェイ」幻想に囚われてしまって、被害妄想に陥っていたのだと思います。会場があれほど暗くなく、そして、舞台があれほど明るくなければ、私はもう少し違う行動をしていたのかもしれません。一年ほど前に、彼女からブログ上で怒鳴られ、疎外感を感じていたのかもしれませんね。勿論、エントリーの冒頭で私のことを名指しで罵倒するのですから、彼女のやさしさをそのとき、とっても感じましたよ。
あなたは、止まり木に座っている私の3メートル先にいた、私がステージを見るとき、あなたのまるまった背中が常に見えていました。
私はあなたに話しかけたい衝動にかられていた。だが、結局、それをする勇気はなかった。それは、そんなことをしたら、有名人にすり寄る目立ちたがり屋のスポンタという印象を多くの人に与えることを恐れたかたらだと思う。
否。私があなたに声をかけなかった理由はそうではない。あなたが彼女のリアルな世界での仲間だったからだ。あなたはステージから客席のうす明かりの世界に戻ってきても、ネットというアンリアルな世界の同胞たちではなかった。
だから、私はあなたに声をかけられなかったのだと思う。
私が何故、あそこで改善提案のために手をあげなかったのか。発言しなかったのか。その理由はただひとつ。あの会場にいた彼女のリアルな世界の友人たちを傷つけたくなかった。
そして、どう考えても、ここは、リアル者たちがホームであるリアルの場だった。
野坂昭如が歌った「黒の舟歌」よろしく、エンヤコラ今夜も舟を漕ぐ。をすりゃよかったんですけど、あの場所の私の立場ではできなかった。私があそこで発言をしても、舟を沈めることにしかならないと予想した。
私は結局、「北帰行」を口ずさみながら、小田急線で帰路についた。
☆
アイランド現象なんですよ。
とはいえ、新幹線で帰らなければならない人たちが現れたときに、その一瞬、ネット者側のアイランドができつつあった。だが、その動きをリアル者たちは無視した。そのようにして、リアル者側のアイランドと化学変化を起きなかったし。ネット者たちはアイランドすら形成することができずに会場を後にしたのだ。
だが、私は佑月氏がリアル者でありつづけて、ネット者である自分を内に隠したことの事情を理解するので批判しない。もちろん、それは美しき誤解であってもかまわない。
☆
私は、コミュニティーの健全さは、ニューカマーの参入をスムーズに行うことで達成されると思っている。
Love.Love.Loveは、リナックスの思想(無名の人たちが報酬も期待しないで、ひとつのものを作り上げる)でできあがったと思っている。
それが、本では出来たのに、オフ会というリアルではできない。否、オフ会というのもひとつのアイランドであって、それをリアル者たちとも共有しようとした彼女の思惑が頓挫しただけのことだ。
のっぽおじさんは、彼女が雇っている男の子に「一般人」と言われて憤慨したようだが、ネット者は客でさえなかった。だが、私は、ネット者たちが客ではなくなったことに、一縷の光明を見る…。
先のエントリーで、私は文壇交流会などという表現をしているが、長幼の序で老人をいたわる彼女を微笑ましいと思った。それは事実であり、のっぽおじさんはそのことを嫌悪したようだが、私はそうではない。
あなたの子育てに関わりたい父親の思い。私はそういうものに興味を持つから楽しいと思った。
ただ、何度か出た「やった、やってない」なんてのは、つまらぬ話だと思った。
彼女は作家・高橋氏とやったに違いないが、彼の味方でもないし敵でもないだろう。そのことが彼女と高橋氏の何を語るわけでもない。そんなことが、情念を主戦場とする作家たちの発言だとすると、まことに情けない。
私は、粘膜は個人的な問題だから語らぬとグルメとセックスを語らなかった吉行淳之介氏を尊敬する。
☆
昨日、本屋さんで、Love.Love.Loveという本を手に取った。パラパラとめくってみた。イベントでの蹉跌があったから、買わなかったんだけど、ほんとうにいい本なんですよね。
そして、今日。私はあの本を買う。
短歌の専門家である枡野さんが、あの本について、どういう感想を持っているのか。その思いを聞けなかったのが、とても残念です。
たぶん、ブログに書評を書く。すでにステークホルダー(利害関係者)となった私には、絶賛する記事しか書けぬ立場だが、あえてそれをしようと思う。真実の声であればそれは恥ずかしいことではない。
そして、それが、あのイベントで発言をしなかった私に唯一できることかもしれない。
報われぬ思いが表現につながる。そう思っている。
追記:
《やさしさに騙されてはいけない。批判や対立にさらされることによって、それぞれが自分自身を見つけることができるのである。》
と、あなたはお書きになりました。
私はそれは、ブロガーの皆さんに対しても言っていい言葉だと思います。スポットライトが当らず、淋しく孤独な思いをした人ほど、ある強度を持った優れた表現をするものです。
室井佑月さんは常に、自らの知恵と勇気で道をきりひらいてきた作家なので、マイクを受け取ってくれと呼びかけても反応できないような、シャイすぎる皆さんの気持ちはよくわからないのだと思います。
そんなシャイすぎる人たちを喜ばせるイベントを企画することは、難しくなかったかもしれない。けれど、そんなお膳立てをするということは、じつは客席にいる皆さんをあらかじめ下にみることです。あなたの理想とする世界は、そんな「優しさ」の周辺には、絶対に生まれない。……あなたは、ほんとうは、そのことをご存知なのではないですか?
…に、ついて大人気なく説明させてください。
あの言葉は、ブロガーたちに向けて発信したものでものでもあります。
ブログの主である彼女はともかく、トラックバックという機能だけで、あの発言は桝野さんに届くとは、私はまったく予想していませんでした。
枡野さんが、私の市民参加型ジャーナリズムとの関わりをご存知かどうかは分かりませんが、私は、この一年あまり、その実践者としてさまざまな失敗を繰り返してきました。
そして、そこから得た結論は、ライブドア・パブリックジャーナリズムやJANJANがいまだに、世論を形成する要素として社会的に認知されていないのは、運営者たちの問題もあるけれど、そこに集っている市民たちの意識の問題も大きいということです。
そして、市民参加型ジャーナリズムという健全な民主主義の世の中にとっては不可欠なものが成立するためには、市民の側が変わらなければならない。そう痛感しているのです。
私は魚屋のご主人がジャーナリストになるのではなく、魚屋のご主人が魚屋のまま記事をかく。それが市民のあるべき発言の姿だと思っています。逆にいえば、魚屋のご主人は自分にスポットライトがあたってしまったとたんに、語ることができなくなる。そういうことを危惧してもいます。
Love.....という本は、匿名と原稿料は寄付するというシステムによって、作者個人にスポットライトを当てずに、表現を可能にした。それはとても素晴らしい出来事だと捉えています。
「電車男」とちがって「Love......」は、確信犯である。それがすごい。
匿名者で本として成立したのは、山本七平氏が固定ハンドルネームともいえるイザヤ・ベンダサンの名前で書いた「日本人とユダヤ人」以来かもしれぬ。
インターネットの匿名性を否定する意見がさまざまなところで見られますが、それは言論・表現の場で既得権益を持っている人たちの意見に限られると思っています。わたしは、今回のLove....の本のように、匿名性を担保に無名の人たちの表現を可能にした企画に感動を覚えます。
私や室井さんのような、ある意味はしたない人(日本社会にとっての異形のもの)は、発言や表現に躊躇しない。だから、それでいい。
後注:私は「はしたない」というのは表現者としては勲章だと思っています。今回の私の指摘は、はしたない。だけど、それで一人でも心を癒される人がいたならそれでよし…。
もし、島崎藤村の人生をはしたないと感じないなら、それは彼の名声だけに酔っている読者だと思えてなりません。
でも、せっかくインターネットの世の中になったのだから、そうではなくて、異形のものでない人たちが発言をする。そのような時代になって欲しいと私は考えているのです。
その意図は、短歌の世界にいらっしゃる枡野さんなら、同感してもらえるのではないでしょうか。新古今和歌集よりも、万葉集のほうが骨太の魅力がある。そんな感じなのかなぁ…。
☆
仏教研究家の鈴木大拙氏は、妙好人という本で、「経典を専門的に学び修行をした僧よりも、日々農作業に明け暮れ念仏を唱える人たちにこそ仏教の本質をつかんでいる」と書きました。
私の母方の祖先は、北陸・金沢周辺の農家なので、鈴木氏の言説を痛切に感じることで、母方の祖先たちに思いをはせています。
そして、それらを語ることで、多弁で、かくもはしたない自分を反省したい。そんな感じです。
やはり、私のエントリーは反省文なのですね。
愚痴と蛇足:
でも、ほんとうに、イベントのタイトルとイベントの中身の大いなる違いについて、リアルの側の住人たちが誰も気づいていなかったのかなぁ…。
私は、入り口のところで話をした出版社の女性を責めたくないからいうんだけど、ネット側の人間だけでなく、リアルな世界の人たちも気づいていたんじゃないかなぁ…。
だけど、それができない構造になっていた。
それは、日本人ならよく分かる良識。
御見合いの席じゃないけれども、もし康氏が、「あとは若いもの同志にして年寄りは退散しましょう」との一言があれば、出版作そのものや、ブロガーたちの交流がもっとできたのではないか。と思っている。座持ちのいいことで世の中を渡ってきたはずの彼女が不本意な振る舞いを強いられたのは、それにつきると私は確信する。
だから、彼女は悪くない。
私が意見をしなかったのも、今思い返してみると、それがすべてだったような気がする。
もちんん、私は残念だなぁって、言っているだけで、もし次があるんだったら、もっと楽しいのにしようよ。って言ってるだけなんだけど。…さ。
ま、どっちにしても、彼女がまだ、私のことを怒鳴ってきていないのが、無性にさびしい。
後注:060509時点で、怒鳴っていただいたようです。この場を借りて、ご立腹されるに至ったエントリーを書きましたことをお詫びもうしあげます。今日、LoveLoveLoveの本を読んで、私も妻を目頭を熱くしています。その感情が一昨日にあれば、どうなっていたのでしょうか。私には検討がつきません。そして、その場合こそ、私にもっと批判が集まっていたと確信しています。
追記:実際に怒鳴られてみると、その怒鳴りの源泉となった自己肯定感が、私には気になりました。私は、ブログにおいて、自分の自己肯定感が読者の批判にもっともさらされるものだと自戒しているので、最終的にそういうものをチェックし削除します。しかし、氏は、リアルなところの住人であるためか、そのキャラクターか、性別のためか、そういうものが許容されているようですね。
☆
蛇足2:
ステージにあがるためには、靴を脱がなければならぬ。そいつが舞台がブロガーたちを寄せ付けなかった一番の障害だった。だから、これからは、みんなサンダルで集まればいいんだけどさ…。
コメント採録:その1
【タイトル】ご迷惑かもしれないけど、コメントさせてください。
masayoさんは、私のブログのエントリーを批判だと書きましたが、私は批判をしているつもりはありません。Aという意見にnon-Aというのが批判であって、私は、Bという意見(現実の解釈)をしたのです。
私が指摘したかったのは、もの言わぬブロガーたちが悲しい思いをしたこと(けっして怒ったのではない)。その思いに心を寄せたかっただけです。
もうひとつは、あのイベントで彼女がリアルな世界の先輩や同僚や仲間たちを招いてしまったために、身動きがとれなくなってしまったということなんです。
実は、そのことを表に出さないと、彼女の贖罪の気持ちはうやむやになる。だから、そのためにブログにエントリーをあげたのです。
自らの非礼や粗相を認めるのか。それは今後どうなるのか分かりません。ただ、まる一日経っても、エントリーは更新されていない。
たったひとこと、「来てくれた皆さん。みんなありがとう。愛しているよ」とエントリーを書くこともできないでいる。
つまづいてしまった彼女を、温かく見守っていきたいと思っています。
後注:私は、テレビ出演者である以上、提供スポンターの消費者は自分の顧客であるという認識を持つべきだと思っています。それ以上は、大人気ないので何ももうしません。勿論、顧客におもねる必要はありません。ただ、私にとって、「つまづき」と表現したのは、かなり婉曲した表現でしたが、それさえお気に召さなかったようです。失礼しました。そして、ごめんなさい。
☆
コメント採録:その2
masayoさま。
了解です。
というか、そうなんですよね。(^o^)
他にも、私の選民意識を指摘する人がいました。
私のあのエントリーの、他者の心情を語りながら、自らの思いを素直に語らぬ私の卑怯さをあなたが感じたとしたら、私のテクニックを見抜かれていますね。
それから言えば、戯れ話や一般人に嫌悪した自分の気持ちを素直にかかれたあなたは、評価にあたいする。
…私はすれっからしだ。
ただ、それはテクニックなんだけど、それによって、対話があらぬ方向に逃げるのを避けることが期待できる。
個人攻撃をされることはかまわないんだけど、そのことであるべき議論・対話が行われないなら、悲しい。そんな感じなんですよ。
☆
コメント採録:その3
私のブログのエントリーを丁寧に読んでくださるとともに、それに関する感想を書いていただけたことに、とても感謝いたします。
私は、あなたが感じたことを否定するつもりもないし、そう感じた私の言動に、まず反省します。私は、あなたを不愉快にする意図はなかった。もし、そのようなことが起きたとしたら、それは副産物であって、そのことを私は、謝罪します。
今回、あのブログに、あのようなエントリー(このブログの前のエントリーのこと)をあげたのは、何よりも批判をすることは避けたかったということです。それをしたときに現れてくるのは、拙さではなく、気持ちのなさだった。だから、そのことを指摘することは、感情的な対立になるだけなので、避けたいということです。
※後注:桝野氏への返事で明らかにしているように、気持ちのなさでああいうイベントになったのではないと、2006.05.09時点の私は断定しています。
ウェブ進化論については、字数制限の中では語ることはできませんが、このイベントの本来の主役であるはずだった本の著者であるブロガーたちが一切話題にされぬという状況に、観客の一人である私が何もできなかった。しなかった。
あのエントリーは、鑑賞者である側の私が、他の鑑賞者に対して何もできなかった。そのことにたいする自分への反省文です。その意味で、ウェブ進化論において、鑑賞者が表現者になるという楽観論は間違いであると関連づけたのです。
☆
「裏方」というのが選民思想というご指摘について、書き忘れました。
私は当初、「業界関係者」という語を使っていたのですが、その言葉にある選民思想を感じ取って、裏方としたのですが、それでも払拭されなかったようですね。
素直に、いろいろなイベントで運営や演出をやってきた経験があるが…。と、素直に書けばよかったのかもしれない。
反省ばかりの私です。
たびたび失礼いたしました。重ねてお詫びもうしあげます。
追記:写真は左から、ココログの「枡野浩一のかんたん短歌blog」で有名な枡野浩一さん、「虚人魁人康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝」などの本を出されている康芳夫さん、室井さん、ソフトバンククリエイティブのオリモさんです。(引用させていただきました。感謝いたします。)
私の要点は3つ。
Love.Love.Loveは素晴らしい本である。
Love.Love.Loveの企画は素晴らしい。
Love.Love.Loveに原稿を寄せた人たちは心優しい日本人たちである。
そのことが私のエントリーから伝わらなかったら、悲しいが、それも私の実力のうち。誰を責めることもできぬ。
☆
枡野浩一さま。
ドブログの調子がよくないみたいで、ご迷惑をおかけしております。
くぬぎのしっぽさんのブログのコメント欄にも書いたんですが、無名の私の反省文なんです。
おっしゃる通り、私は勝手な「アウェイ」幻想に囚われてしまって、被害妄想に陥っていたのだと思います。会場があれほど暗くなく、そして、舞台があれほど明るくなければ、私はもう少し違う行動をしていたのかもしれません。一年ほど前に、彼女からブログ上で怒鳴られ、疎外感を感じていたのかもしれませんね。勿論、エントリーの冒頭で私のことを名指しで罵倒するのですから、彼女のやさしさをそのとき、とっても感じましたよ。
あなたは、止まり木に座っている私の3メートル先にいた、私がステージを見るとき、あなたのまるまった背中が常に見えていました。
私はあなたに話しかけたい衝動にかられていた。だが、結局、それをする勇気はなかった。それは、そんなことをしたら、有名人にすり寄る目立ちたがり屋のスポンタという印象を多くの人に与えることを恐れたかたらだと思う。
否。私があなたに声をかけなかった理由はそうではない。あなたが彼女のリアルな世界での仲間だったからだ。あなたはステージから客席のうす明かりの世界に戻ってきても、ネットというアンリアルな世界の同胞たちではなかった。
だから、私はあなたに声をかけられなかったのだと思う。
私が何故、あそこで改善提案のために手をあげなかったのか。発言しなかったのか。その理由はただひとつ。あの会場にいた彼女のリアルな世界の友人たちを傷つけたくなかった。
そして、どう考えても、ここは、リアル者たちがホームであるリアルの場だった。
野坂昭如が歌った「黒の舟歌」よろしく、エンヤコラ今夜も舟を漕ぐ。をすりゃよかったんですけど、あの場所の私の立場ではできなかった。私があそこで発言をしても、舟を沈めることにしかならないと予想した。
私は結局、「北帰行」を口ずさみながら、小田急線で帰路についた。
☆
アイランド現象なんですよ。
とはいえ、新幹線で帰らなければならない人たちが現れたときに、その一瞬、ネット者側のアイランドができつつあった。だが、その動きをリアル者たちは無視した。そのようにして、リアル者側のアイランドと化学変化を起きなかったし。ネット者たちはアイランドすら形成することができずに会場を後にしたのだ。
だが、私は佑月氏がリアル者でありつづけて、ネット者である自分を内に隠したことの事情を理解するので批判しない。もちろん、それは美しき誤解であってもかまわない。
☆
私は、コミュニティーの健全さは、ニューカマーの参入をスムーズに行うことで達成されると思っている。
Love.Love.Loveは、リナックスの思想(無名の人たちが報酬も期待しないで、ひとつのものを作り上げる)でできあがったと思っている。
それが、本では出来たのに、オフ会というリアルではできない。否、オフ会というのもひとつのアイランドであって、それをリアル者たちとも共有しようとした彼女の思惑が頓挫しただけのことだ。
のっぽおじさんは、彼女が雇っている男の子に「一般人」と言われて憤慨したようだが、ネット者は客でさえなかった。だが、私は、ネット者たちが客ではなくなったことに、一縷の光明を見る…。
先のエントリーで、私は文壇交流会などという表現をしているが、長幼の序で老人をいたわる彼女を微笑ましいと思った。それは事実であり、のっぽおじさんはそのことを嫌悪したようだが、私はそうではない。
あなたの子育てに関わりたい父親の思い。私はそういうものに興味を持つから楽しいと思った。
ただ、何度か出た「やった、やってない」なんてのは、つまらぬ話だと思った。
彼女は作家・高橋氏とやったに違いないが、彼の味方でもないし敵でもないだろう。そのことが彼女と高橋氏の何を語るわけでもない。そんなことが、情念を主戦場とする作家たちの発言だとすると、まことに情けない。
私は、粘膜は個人的な問題だから語らぬとグルメとセックスを語らなかった吉行淳之介氏を尊敬する。
☆
昨日、本屋さんで、Love.Love.Loveという本を手に取った。パラパラとめくってみた。イベントでの蹉跌があったから、買わなかったんだけど、ほんとうにいい本なんですよね。
そして、今日。私はあの本を買う。
短歌の専門家である枡野さんが、あの本について、どういう感想を持っているのか。その思いを聞けなかったのが、とても残念です。
たぶん、ブログに書評を書く。すでにステークホルダー(利害関係者)となった私には、絶賛する記事しか書けぬ立場だが、あえてそれをしようと思う。真実の声であればそれは恥ずかしいことではない。
そして、それが、あのイベントで発言をしなかった私に唯一できることかもしれない。
報われぬ思いが表現につながる。そう思っている。
追記:
《やさしさに騙されてはいけない。批判や対立にさらされることによって、それぞれが自分自身を見つけることができるのである。》
と、あなたはお書きになりました。
私はそれは、ブロガーの皆さんに対しても言っていい言葉だと思います。スポットライトが当らず、淋しく孤独な思いをした人ほど、ある強度を持った優れた表現をするものです。
室井佑月さんは常に、自らの知恵と勇気で道をきりひらいてきた作家なので、マイクを受け取ってくれと呼びかけても反応できないような、シャイすぎる皆さんの気持ちはよくわからないのだと思います。
そんなシャイすぎる人たちを喜ばせるイベントを企画することは、難しくなかったかもしれない。けれど、そんなお膳立てをするということは、じつは客席にいる皆さんをあらかじめ下にみることです。あなたの理想とする世界は、そんな「優しさ」の周辺には、絶対に生まれない。……あなたは、ほんとうは、そのことをご存知なのではないですか?
…に、ついて大人気なく説明させてください。
あの言葉は、ブロガーたちに向けて発信したものでものでもあります。
ブログの主である彼女はともかく、トラックバックという機能だけで、あの発言は桝野さんに届くとは、私はまったく予想していませんでした。
枡野さんが、私の市民参加型ジャーナリズムとの関わりをご存知かどうかは分かりませんが、私は、この一年あまり、その実践者としてさまざまな失敗を繰り返してきました。
そして、そこから得た結論は、ライブドア・パブリックジャーナリズムやJANJANがいまだに、世論を形成する要素として社会的に認知されていないのは、運営者たちの問題もあるけれど、そこに集っている市民たちの意識の問題も大きいということです。
そして、市民参加型ジャーナリズムという健全な民主主義の世の中にとっては不可欠なものが成立するためには、市民の側が変わらなければならない。そう痛感しているのです。
私は魚屋のご主人がジャーナリストになるのではなく、魚屋のご主人が魚屋のまま記事をかく。それが市民のあるべき発言の姿だと思っています。逆にいえば、魚屋のご主人は自分にスポットライトがあたってしまったとたんに、語ることができなくなる。そういうことを危惧してもいます。
Love.....という本は、匿名と原稿料は寄付するというシステムによって、作者個人にスポットライトを当てずに、表現を可能にした。それはとても素晴らしい出来事だと捉えています。
「電車男」とちがって「Love......」は、確信犯である。それがすごい。
匿名者で本として成立したのは、山本七平氏が固定ハンドルネームともいえるイザヤ・ベンダサンの名前で書いた「日本人とユダヤ人」以来かもしれぬ。
インターネットの匿名性を否定する意見がさまざまなところで見られますが、それは言論・表現の場で既得権益を持っている人たちの意見に限られると思っています。わたしは、今回のLove....の本のように、匿名性を担保に無名の人たちの表現を可能にした企画に感動を覚えます。
私や室井さんのような、ある意味はしたない人(日本社会にとっての異形のもの)は、発言や表現に躊躇しない。だから、それでいい。
後注:私は「はしたない」というのは表現者としては勲章だと思っています。今回の私の指摘は、はしたない。だけど、それで一人でも心を癒される人がいたならそれでよし…。
もし、島崎藤村の人生をはしたないと感じないなら、それは彼の名声だけに酔っている読者だと思えてなりません。
でも、せっかくインターネットの世の中になったのだから、そうではなくて、異形のものでない人たちが発言をする。そのような時代になって欲しいと私は考えているのです。
その意図は、短歌の世界にいらっしゃる枡野さんなら、同感してもらえるのではないでしょうか。新古今和歌集よりも、万葉集のほうが骨太の魅力がある。そんな感じなのかなぁ…。
☆
仏教研究家の鈴木大拙氏は、妙好人という本で、「経典を専門的に学び修行をした僧よりも、日々農作業に明け暮れ念仏を唱える人たちにこそ仏教の本質をつかんでいる」と書きました。
私の母方の祖先は、北陸・金沢周辺の農家なので、鈴木氏の言説を痛切に感じることで、母方の祖先たちに思いをはせています。
そして、それらを語ることで、多弁で、かくもはしたない自分を反省したい。そんな感じです。
やはり、私のエントリーは反省文なのですね。
愚痴と蛇足:
でも、ほんとうに、イベントのタイトルとイベントの中身の大いなる違いについて、リアルの側の住人たちが誰も気づいていなかったのかなぁ…。
私は、入り口のところで話をした出版社の女性を責めたくないからいうんだけど、ネット側の人間だけでなく、リアルな世界の人たちも気づいていたんじゃないかなぁ…。
だけど、それができない構造になっていた。
それは、日本人ならよく分かる良識。
御見合いの席じゃないけれども、もし康氏が、「あとは若いもの同志にして年寄りは退散しましょう」との一言があれば、出版作そのものや、ブロガーたちの交流がもっとできたのではないか。と思っている。座持ちのいいことで世の中を渡ってきたはずの彼女が不本意な振る舞いを強いられたのは、それにつきると私は確信する。
だから、彼女は悪くない。
私が意見をしなかったのも、今思い返してみると、それがすべてだったような気がする。
もちんん、私は残念だなぁって、言っているだけで、もし次があるんだったら、もっと楽しいのにしようよ。って言ってるだけなんだけど。…さ。
ま、どっちにしても、彼女がまだ、私のことを怒鳴ってきていないのが、無性にさびしい。
後注:060509時点で、怒鳴っていただいたようです。この場を借りて、ご立腹されるに至ったエントリーを書きましたことをお詫びもうしあげます。今日、LoveLoveLoveの本を読んで、私も妻を目頭を熱くしています。その感情が一昨日にあれば、どうなっていたのでしょうか。私には検討がつきません。そして、その場合こそ、私にもっと批判が集まっていたと確信しています。
追記:実際に怒鳴られてみると、その怒鳴りの源泉となった自己肯定感が、私には気になりました。私は、ブログにおいて、自分の自己肯定感が読者の批判にもっともさらされるものだと自戒しているので、最終的にそういうものをチェックし削除します。しかし、氏は、リアルなところの住人であるためか、そのキャラクターか、性別のためか、そういうものが許容されているようですね。
☆
蛇足2:
ステージにあがるためには、靴を脱がなければならぬ。そいつが舞台がブロガーたちを寄せ付けなかった一番の障害だった。だから、これからは、みんなサンダルで集まればいいんだけどさ…。
コメント採録:その1
【タイトル】ご迷惑かもしれないけど、コメントさせてください。
masayoさんは、私のブログのエントリーを批判だと書きましたが、私は批判をしているつもりはありません。Aという意見にnon-Aというのが批判であって、私は、Bという意見(現実の解釈)をしたのです。
私が指摘したかったのは、もの言わぬブロガーたちが悲しい思いをしたこと(けっして怒ったのではない)。その思いに心を寄せたかっただけです。
もうひとつは、あのイベントで彼女がリアルな世界の先輩や同僚や仲間たちを招いてしまったために、身動きがとれなくなってしまったということなんです。
実は、そのことを表に出さないと、彼女の贖罪の気持ちはうやむやになる。だから、そのためにブログにエントリーをあげたのです。
自らの非礼や粗相を認めるのか。それは今後どうなるのか分かりません。ただ、まる一日経っても、エントリーは更新されていない。
たったひとこと、「来てくれた皆さん。みんなありがとう。愛しているよ」とエントリーを書くこともできないでいる。
つまづいてしまった彼女を、温かく見守っていきたいと思っています。
後注:私は、テレビ出演者である以上、提供スポンターの消費者は自分の顧客であるという認識を持つべきだと思っています。それ以上は、大人気ないので何ももうしません。勿論、顧客におもねる必要はありません。ただ、私にとって、「つまづき」と表現したのは、かなり婉曲した表現でしたが、それさえお気に召さなかったようです。失礼しました。そして、ごめんなさい。
☆
コメント採録:その2
masayoさま。
了解です。
というか、そうなんですよね。(^o^)
他にも、私の選民意識を指摘する人がいました。
私のあのエントリーの、他者の心情を語りながら、自らの思いを素直に語らぬ私の卑怯さをあなたが感じたとしたら、私のテクニックを見抜かれていますね。
それから言えば、戯れ話や一般人に嫌悪した自分の気持ちを素直にかかれたあなたは、評価にあたいする。
…私はすれっからしだ。
ただ、それはテクニックなんだけど、それによって、対話があらぬ方向に逃げるのを避けることが期待できる。
個人攻撃をされることはかまわないんだけど、そのことであるべき議論・対話が行われないなら、悲しい。そんな感じなんですよ。
☆
コメント採録:その3
私のブログのエントリーを丁寧に読んでくださるとともに、それに関する感想を書いていただけたことに、とても感謝いたします。
私は、あなたが感じたことを否定するつもりもないし、そう感じた私の言動に、まず反省します。私は、あなたを不愉快にする意図はなかった。もし、そのようなことが起きたとしたら、それは副産物であって、そのことを私は、謝罪します。
今回、あのブログに、あのようなエントリー(このブログの前のエントリーのこと)をあげたのは、何よりも批判をすることは避けたかったということです。それをしたときに現れてくるのは、拙さではなく、気持ちのなさだった。だから、そのことを指摘することは、感情的な対立になるだけなので、避けたいということです。
※後注:桝野氏への返事で明らかにしているように、気持ちのなさでああいうイベントになったのではないと、2006.05.09時点の私は断定しています。
ウェブ進化論については、字数制限の中では語ることはできませんが、このイベントの本来の主役であるはずだった本の著者であるブロガーたちが一切話題にされぬという状況に、観客の一人である私が何もできなかった。しなかった。
あのエントリーは、鑑賞者である側の私が、他の鑑賞者に対して何もできなかった。そのことにたいする自分への反省文です。その意味で、ウェブ進化論において、鑑賞者が表現者になるという楽観論は間違いであると関連づけたのです。
☆
「裏方」というのが選民思想というご指摘について、書き忘れました。
私は当初、「業界関係者」という語を使っていたのですが、その言葉にある選民思想を感じ取って、裏方としたのですが、それでも払拭されなかったようですね。
素直に、いろいろなイベントで運営や演出をやってきた経験があるが…。と、素直に書けばよかったのかもしれない。
反省ばかりの私です。
たびたび失礼いたしました。重ねてお詫びもうしあげます。
追記:写真は左から、ココログの「枡野浩一のかんたん短歌blog」で有名な枡野浩一さん、「虚人魁人康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝」などの本を出されている康芳夫さん、室井さん、ソフトバンククリエイティブのオリモさんです。(引用させていただきました。感謝いたします。)
2006/05/23のBlog
[ 07:23 ]
[ スポンタのウェブ進化論 ]
「Love Love Love」出版記念 室井佑月とブログの仲間たち打ち上げ飲み会。というのが、5月7日に新宿歌舞伎町で行われた。6時スタートということだったが、田舎者の私は歌舞伎町で迷い、少し遅れて6時10分頃に会場に到着した。
私と佑月氏の関係は定かではないが、スポンタ、佑月とググっていただければ、何がしかのことは分かると思う。私は参加表明のメイルに、「仲間かどうかは分かりませんが、楽しみにしています」と書いた。会場で隣に座った若い女性は、「私は今日はアウェイの気分なの」と、言っていたが、私の心のうちもそのようなものである。
☆
100人以上の人たちが集まっていたと思う。小上がりのような場所には、照明がガンと当たり、常設のテレビカメラがその小上がりの大テーブルに座っている人たちを映している。テーブルには、室井氏を真ん中に、文壇関係者が座っていた。室井さんは、「私は女村上龍って言われてデビューしたんだよ」と、言いながら、作家たちの交流や銀座での出来事を照明のあたった人たちとの間で交わしていた。
私はアウェーの気持ちだから、室井氏のいるステージから遠い、止まり木のような場所に陣取った。
文壇交遊座談会は、1時間以上つづいただろうか。イベントがスタートしてから、今回の本が話題になったり、寄稿したブロガーたちが紹介されることはなかった。ただ、室井氏が、「ここにブロガーの人たちどれくらいいるのかな?」と会場に問いかけたシーンがあった。私は、やっとブロガーたちとの交流が始まるのかなぁ…。と期待した。「Love Love Love」出版記念 室井佑月とブログの仲間たち打ち上げ飲み会というタイトルに相応しい内容になるのかと胸をなでおろした。
だが、私の予想はそうそうに裏切られる。「みんな。ブログにやばい話を書くなよな」。舞台上の同業者も、はてなダイアリーで検索すると、沢山検索されるような状況を危惧するような発言をした。
私のオフ会幻想は一瞬のうちに打ちのめされ、文壇交遊座談会に戻っていった。
まだ、文壇交遊座談会は続いている。
止まり木に座っている私の隣には、遅れてやってきた参加者が座った。出版記念オフ会とはあまりに異なる進行に呆れていた私は、隣の女の子と男性に声をかけた。すると、かなり背の高い男性は、「私はネット上で知り合った人に会いたい」と言う。女の子は、本を持っていて、室井氏にサインをして欲しいという。どうやらふたりとも自分の文章が本に採用された人らしい。室井氏のブログはコメント欄がないから、彼らもブロガーである。私は、ふたりの気持ちを察しながら次のように話しかけた。
梅田望夫の「ウェブ進化論」という本を読みましたか。そこでは、これからは、普通の人が単なる情報の受け手だけじゃなくて、情報の作り手にもなると書いてある。今回、室井さんがつくった本は、そういう意味でとても意味があるんだけど、じゃぁ、現実はどうなのか。といえば、どうなんだろう。
いま、ステージにいる人たちはエスタブリッシュの側にいる人たちで、暗い会場でステージを見つめている私たちはあきらかに非エスタブリッシュた。このイベントはそういうことを象徴的に現していると思うよ。
私は、ブログはステージであり、コメント欄は観客の最前列だ。と、すでに書いている。
室井氏のブログにはコメント欄がないから、構造はすこし違っているが…。
陽気にはしゃぐ室井氏を批判するつもりはもうとうないが、本に原稿を書いてここに集まっているブロガーたちの心を思うと、私はとても切ない思いに陥ってしまった。
自分の書いた文章が活字になり、出版されるということが一般の生活者にとって、どんなに素晴らしい出来事なのか。文壇にデビューしてテレビにひっぱり蛸の室井氏は、ミスコンをしながら世に出ようともがいていた昔のことを忘れてしまったのだろうか。昨年、彼女は生死に関わる手術も経験している。だから、人のことなどかまっている余裕はない。そんな心境になのだろうか。
私はブログで起きていることを、リアルな世界にひっぱり出そうとしている。そして、ブログで起きていることを論評することで、あたらしい時代が生み出せるとの期待を持っている。だから、少なくとも最後まで会場に居ようと思っていた。また、途中で帰ることで意思表示をするような大人気ないことをしようとは思わなかった。
イベントの終了予定時間が9時30分。10時に近づいたので、私は会場を後にした。だが、その時点でも、執筆したブロガーたちが書いた文章とともに紹介されることも、編集経緯について語られることもなかった。
新幹線の終電に遅れるからといって、業をにやした参加者がステージに歩み寄り、ひとときの歓談やサインや記念写真を撮ることはあっても、事実上の本の執筆者たちが、出版記念パーティーに相応しいかたちで遇されるということは一切なかった。
9時も過ぎた頃、室井氏が本にサインをしたり、一緒に記念写真を撮ることになった。だが、それは普段の出版イベントでおなじみの風景であり、本来の執筆者たちが室井氏にサインをしてあげるなどという微笑ましい光景は一切起きなかった。
室井氏がサインや記念写真に忙しい間、ステージではオカマたちが戯れ話を繰り返す。私が会場を後にしたのは、そんな場面だった。きっと二次会は関係者だけでもっと盛り上るのだろう。
私は帰り際に出版社の女性と立ち話をした。素直に不満を露にした私に、本を出してそれでおしまい。それでもよかったんですが、こういうイベントをすることにしたんです…。
彼女の言うことは正しい。でも、こんなイベントをしなければ、ブロガーたちはかくも強烈に自分たちが一般ピーポーであることを思い知らされることはなかった。
私は裏方の人間だから、頼まれて、有名人・芸能人にサインをお願いすることはあっても、自分のためにサインをねだることはしない。それは、私の職業観だ。もし、サインをねだったら、自分は一般ピープルになる。そう感じている。
執筆者が著作にサインをする。そんな誇らしい思いをブロガーたちに経験させたかった。無名のブロガーたちが自著にサインをしあう。演出者である私は、そんな微笑ましい光景がなかったことをとても残念に思った。
会場を後にするとき、私のいた止まり木の前に座っていた学生か社会人なりたてといったふたりの男性の姿が眼に入った。知り合いではなかったのだろう。同じテーブルで接していても、ふたりは4時間近く一言も語らず、スタートのワンドリンクだけで、会場の片隅で座っていた。彼らはこの本に原稿を書いたのだろうか。ステージの盛り上がりとはまったく無縁だった彼らが心の中でどんなやりとりをしながら、4時間近くを費やしたのだろうか。そんな彼らに、私は表現の場を求めていた20代の自分を思い出した。
その頃の暗い気持ちを考えると、怖くて声をかけることができなかった。それは、表現する場を得た室井氏の至福と正反対の世界に触れることになるだからだ。
表現をする側にいることと鑑賞する側にいることは、必ずしも、スポットライトがあたる場所にいることと観客の群集にまぎれることを要請しない。
それを実現するのがブログだと思っている。だが、それはなかなか難しく、このようなイベントが続けられていくと、それが不可能だと世の中が信じてしまう。私は、それが間違いであることを今後も指摘つづける…。
追記:
心優しきブロガーたちは、自分たちの不満をネット上で明かすことはないだろう。
自分がステージにいて、「誰もしゃべってくれないよ」と客席に向かって嘆くことだけで、ステージと観客席の間を埋める努力を終了した室井氏の怠慢を私は悲しく思う。
そんな無礼・非礼なことをされても、ブロガーたちは決して不満をもらさない。それはブロガーたちの最新のエントリーでも感じることができる。「お先に失礼します」「ちょっと雰囲気が違ったんだよね」。それがあるべき日本人の良識であり、日本人のやさしさである。
やさしさに騙されてはいけない。批判や対立にさらされることによって、それぞれが自分自身を見つけることができるのである。
私と佑月氏の関係は定かではないが、スポンタ、佑月とググっていただければ、何がしかのことは分かると思う。私は参加表明のメイルに、「仲間かどうかは分かりませんが、楽しみにしています」と書いた。会場で隣に座った若い女性は、「私は今日はアウェイの気分なの」と、言っていたが、私の心のうちもそのようなものである。
☆
100人以上の人たちが集まっていたと思う。小上がりのような場所には、照明がガンと当たり、常設のテレビカメラがその小上がりの大テーブルに座っている人たちを映している。テーブルには、室井氏を真ん中に、文壇関係者が座っていた。室井さんは、「私は女村上龍って言われてデビューしたんだよ」と、言いながら、作家たちの交流や銀座での出来事を照明のあたった人たちとの間で交わしていた。
私はアウェーの気持ちだから、室井氏のいるステージから遠い、止まり木のような場所に陣取った。
文壇交遊座談会は、1時間以上つづいただろうか。イベントがスタートしてから、今回の本が話題になったり、寄稿したブロガーたちが紹介されることはなかった。ただ、室井氏が、「ここにブロガーの人たちどれくらいいるのかな?」と会場に問いかけたシーンがあった。私は、やっとブロガーたちとの交流が始まるのかなぁ…。と期待した。「Love Love Love」出版記念 室井佑月とブログの仲間たち打ち上げ飲み会というタイトルに相応しい内容になるのかと胸をなでおろした。
だが、私の予想はそうそうに裏切られる。「みんな。ブログにやばい話を書くなよな」。舞台上の同業者も、はてなダイアリーで検索すると、沢山検索されるような状況を危惧するような発言をした。
私のオフ会幻想は一瞬のうちに打ちのめされ、文壇交遊座談会に戻っていった。
まだ、文壇交遊座談会は続いている。
止まり木に座っている私の隣には、遅れてやってきた参加者が座った。出版記念オフ会とはあまりに異なる進行に呆れていた私は、隣の女の子と男性に声をかけた。すると、かなり背の高い男性は、「私はネット上で知り合った人に会いたい」と言う。女の子は、本を持っていて、室井氏にサインをして欲しいという。どうやらふたりとも自分の文章が本に採用された人らしい。室井氏のブログはコメント欄がないから、彼らもブロガーである。私は、ふたりの気持ちを察しながら次のように話しかけた。
梅田望夫の「ウェブ進化論」という本を読みましたか。そこでは、これからは、普通の人が単なる情報の受け手だけじゃなくて、情報の作り手にもなると書いてある。今回、室井さんがつくった本は、そういう意味でとても意味があるんだけど、じゃぁ、現実はどうなのか。といえば、どうなんだろう。
いま、ステージにいる人たちはエスタブリッシュの側にいる人たちで、暗い会場でステージを見つめている私たちはあきらかに非エスタブリッシュた。このイベントはそういうことを象徴的に現していると思うよ。
私は、ブログはステージであり、コメント欄は観客の最前列だ。と、すでに書いている。
室井氏のブログにはコメント欄がないから、構造はすこし違っているが…。
陽気にはしゃぐ室井氏を批判するつもりはもうとうないが、本に原稿を書いてここに集まっているブロガーたちの心を思うと、私はとても切ない思いに陥ってしまった。
自分の書いた文章が活字になり、出版されるということが一般の生活者にとって、どんなに素晴らしい出来事なのか。文壇にデビューしてテレビにひっぱり蛸の室井氏は、ミスコンをしながら世に出ようともがいていた昔のことを忘れてしまったのだろうか。昨年、彼女は生死に関わる手術も経験している。だから、人のことなどかまっている余裕はない。そんな心境になのだろうか。
私はブログで起きていることを、リアルな世界にひっぱり出そうとしている。そして、ブログで起きていることを論評することで、あたらしい時代が生み出せるとの期待を持っている。だから、少なくとも最後まで会場に居ようと思っていた。また、途中で帰ることで意思表示をするような大人気ないことをしようとは思わなかった。
イベントの終了予定時間が9時30分。10時に近づいたので、私は会場を後にした。だが、その時点でも、執筆したブロガーたちが書いた文章とともに紹介されることも、編集経緯について語られることもなかった。
新幹線の終電に遅れるからといって、業をにやした参加者がステージに歩み寄り、ひとときの歓談やサインや記念写真を撮ることはあっても、事実上の本の執筆者たちが、出版記念パーティーに相応しいかたちで遇されるということは一切なかった。
9時も過ぎた頃、室井氏が本にサインをしたり、一緒に記念写真を撮ることになった。だが、それは普段の出版イベントでおなじみの風景であり、本来の執筆者たちが室井氏にサインをしてあげるなどという微笑ましい光景は一切起きなかった。
室井氏がサインや記念写真に忙しい間、ステージではオカマたちが戯れ話を繰り返す。私が会場を後にしたのは、そんな場面だった。きっと二次会は関係者だけでもっと盛り上るのだろう。
私は帰り際に出版社の女性と立ち話をした。素直に不満を露にした私に、本を出してそれでおしまい。それでもよかったんですが、こういうイベントをすることにしたんです…。
彼女の言うことは正しい。でも、こんなイベントをしなければ、ブロガーたちはかくも強烈に自分たちが一般ピーポーであることを思い知らされることはなかった。
私は裏方の人間だから、頼まれて、有名人・芸能人にサインをお願いすることはあっても、自分のためにサインをねだることはしない。それは、私の職業観だ。もし、サインをねだったら、自分は一般ピープルになる。そう感じている。
執筆者が著作にサインをする。そんな誇らしい思いをブロガーたちに経験させたかった。無名のブロガーたちが自著にサインをしあう。演出者である私は、そんな微笑ましい光景がなかったことをとても残念に思った。
会場を後にするとき、私のいた止まり木の前に座っていた学生か社会人なりたてといったふたりの男性の姿が眼に入った。知り合いではなかったのだろう。同じテーブルで接していても、ふたりは4時間近く一言も語らず、スタートのワンドリンクだけで、会場の片隅で座っていた。彼らはこの本に原稿を書いたのだろうか。ステージの盛り上がりとはまったく無縁だった彼らが心の中でどんなやりとりをしながら、4時間近くを費やしたのだろうか。そんな彼らに、私は表現の場を求めていた20代の自分を思い出した。
その頃の暗い気持ちを考えると、怖くて声をかけることができなかった。それは、表現する場を得た室井氏の至福と正反対の世界に触れることになるだからだ。
表現をする側にいることと鑑賞する側にいることは、必ずしも、スポットライトがあたる場所にいることと観客の群集にまぎれることを要請しない。
それを実現するのがブログだと思っている。だが、それはなかなか難しく、このようなイベントが続けられていくと、それが不可能だと世の中が信じてしまう。私は、それが間違いであることを今後も指摘つづける…。
追記:
心優しきブロガーたちは、自分たちの不満をネット上で明かすことはないだろう。
自分がステージにいて、「誰もしゃべってくれないよ」と客席に向かって嘆くことだけで、ステージと観客席の間を埋める努力を終了した室井氏の怠慢を私は悲しく思う。
そんな無礼・非礼なことをされても、ブロガーたちは決して不満をもらさない。それはブロガーたちの最新のエントリーでも感じることができる。「お先に失礼します」「ちょっと雰囲気が違ったんだよね」。それがあるべき日本人の良識であり、日本人のやさしさである。
やさしさに騙されてはいけない。批判や対立にさらされることによって、それぞれが自分自身を見つけることができるのである。
2006/05/22のBlog
[ 07:58 ]
[ 芸術 ]
5月4日、東京近代美術館に行った。藤田嗣治の展覧会をやっていたからである。最近の国立の美術館は無料なので娘を連れて行った。だが、会館の入り口には、2往復合計100メートルほどの長い行列ができていた。このまま行列に並んでも、辛いだけだ。きっと中に入っても、ゆっくり鑑賞などできない。ましてや、成長したとはいえ、娘は160センチに満たない。私は早々と入館を諦め、売店に入った。そこで出会ったのが当該の本である。
展覧会は、平日に行くことにする。
☆
小学校の頃から東京で開かれるほとんどの絵画展に足を運んでいた私にとって、藤田嗣治は謎の作家だった。後期印象派の華やかな時代にパリで活躍した唯一の日本人画家なのに、その絵に出合うことはほとんどない。その作風は独特の乳白色の肌の表現だというものだから、これは印刷では鑑賞することができない。だから、ずうっと本物を見てみたいと思っていた。そして、画集などでも、なかなか藤田の絵にはお目にかからない。そのことを漠然と不思議に感じていたのだが、この本を読んで、そうだったのか。と納得した。
☆
この本は、藤田嗣治( Leonard Foujita )が受けた日本美術界からのバッシングをドキュメントしたものである。
エコールド・パリの時代にパリで注目され、サロンドドートンヌに入選し、レジオンドヌール勲章を得ても、日本では正当に評価されず、その振る舞いから、「宣伝屋」のレッテルを貼られた。
戦争末期、日本に帰り、戦争画を書くと、他の多くの画家たちが戦争画を書いたり、戦争に協力したにも関わらず、藤田だけが責任を追及された終戦戦後。そして、日本を離れた後も、ニューヨークでは日系人たちから非難を受け、舞い戻ったパリにおいても、日本から「フジタの絵は荒れた」との批判が噂として流されていることを知る。
フジタの父親は、森鴎外の次に陸軍軍医のトップに上り詰めた高官だったという。姻戚には小山内薫がいるし、医師や政府高官などが親戚に沢山いるセレブな環境で、彼は育った。学歴も、東京高等師範付属中学から東京美術学校と申し分のないものだから、彼の人間関係や社会的な立場というものが、おおよそ理解できると思う。
無名な私としては、その彼にして何故バッシングを受けたか。そのことが気になる。
私が最初に行き着いたのは答えは、日本人社会の悪弊である嫉妬だ。
無名人たちがパリでのフジタの名声に嫉妬しバッシングした。そして、その無名人たちの思惑の裏には、時の美術界の重鎮・黒田清輝へのゴマすりという意味もあったかもしれぬ。そう思ったとき、いまのネット上でのバッシングに思いをはせた。
もし、フジタの時代にインターネットがあったなら、誤解を解くためにフジタ自らが反論し、何らかの議論が交わされ、フジタの悲劇は起きなかったのではないか。インターネットなら画も載せることができる。
日本の美術界の批判のほとんどは、フジタの絵を見ないで展開された。それは、戦争画については典型的だ。終戦直後も、そして今も、戦争画の展示を巡っては、戦争を讃美しているのではないかとの批判が避けられない。だから、フジタの戦争画を見ることが難しい。多くの人が見ていない戦争画を批判する人は、山本夏彦氏が「平和のときの平和論」というように軽薄な輩だろう。
山本夏彦氏は、与謝野晶子は反戦歌として、「君死にたもうことなかれ」を書いたのではない。と断じている。与謝野家は堺の商家である。武家ではないのだから、戦争で命を落とすことはない。と歌っただけだ。
同様に考えれば、陸軍軍人の武家に生まれたフジタにとって、讃美するもしないも、戦争はもっと身近にあったと思われる。そして、フジタ本人も述べているように、横山大観は富士山の画や桜の画を描いて日本という国家の存続を願ったのと同じように、フジタはまったく同じ思いで、戦争画を描いただけのことである。そして、フジタが描いた戦争画を宗教画のように祈りをささげる人たちに感動したという。その作品は戦争を讃美されたものではなく、戦争で失われた魂たちに祈りをささげる作品であったことは言うまでもない。
そのようなエピソードも、フジタの心の底に仕舞われただけで、生前、けっして表に出ることはなかった。
私は、あれほどのバッシングを受けても、そんな宝石のような思い出を語らぬフジタをすばらしいと思うし、そこに彼の出自の高貴さを見る。だが、いろいろと本を読みすすめていると、はたとあることに気づく。私にそれを気づかせたのは、梅田氏の「ウェブ進化論」で、書かれなかったことほど、本質的であり重要だ。という子飼段氏の指摘だ。
それを明かせばすべての誤解が解ける説明を、何故フジタはしなかったのか…。
その理由は明らかだ。2006年の今と、百年以上前の社会風潮の違いを考えればいい。ましてや、父親は陸軍の高官だ。
書かれなかったことの重要さに気づくと、すべてに納得がいく。
人間は、自分のアイデンティティーを揺るがすようなことを指摘されないのならば、それ以外の物事については、我慢することができる。
後ろめたいことを持っていると、他人の悪口もやりすごすことができる。もちろん、それは自分が感じているうしろめたいこと以外についての悪口であれば…。である。
フジタは、ホモセクシュアルだった。それが私の結論である。
勿論、彼は子どもはいないが、何度も結婚もしている。だから、ホモセクシュアルではなく、バイセクシュアルものかもしれぬ。
おすぎとピーコほどのゲイではないかもしれぬが、2度の結婚をし、子どもをもうけ、恋人たち(男性)に見取られて逝った君島一郎ほどのホモセクシュアルではあったのだろう。
でなければ、陸軍総監の父が、息子に画家などという漂泊・放蕩の人生を、あっさり許すはずがない。イギリスの統計によれば、男性の3パーセントがホモセクシュアルだという。軍隊の精神的な健康も仕事にしていた父が、その分野に無知だったはずはない。きっと父は、息子の懊悩を知り、画家という異形の道を許したのではあるまいか。
そう考えると、フジタが派手(ゲイ)な格好をはずかしげもなくしていたことも理解できる。退廃したパリ時代、他の画家たちがモデルたちと交わったのに対して、フジタがそれをしなっかった理由も理解できる。
キキとは親友であって、セックスはしていないと、フジタは言う。世間はそれを苦しい言い訳ととるが、フジタがホモセクシュアルだと考えれば、キキとフジタの友情は簡単に理解できる。
フジタは友人たちのために料理をし、ドレスも作る。そういう日常は、フジタのホモセクシュアルな性向の表れだ。
年老いた父に対するフジタの撞着は、私に、母を語る淀川長治氏の姿を思い出させた。
作者の近藤史人氏は、日本に棄てられたフジタが、日本を棄てたのが、フジタの洗礼・フランスへの帰化だと述べいてる。
確かに、それは間違ってはいない。
だが、その解釈では、帰化後も日本人的な生活をつづけ、日本人を歓待したフジタを、理解できない。
私がそこに読み取らなければならないのは、「どんな罵詈雑言を吐こうとも、ぎりぎりのところで自分のことをホモセクシュアルと暴露しなかった日本社会の自分への優しさ」にフジタ自身が心の底で感謝していたということである。
彼が誤解をつづける日本に対して、反論しなかったのは、その感謝の表れに他ならない。
筆者の近藤氏は、そのことに気づいているのかどうか分からないが、ステークホルダーとなった近藤氏にそのことを書くことはできない。私はステークホルダーではないからそのことを書く。
そして、ホモセクシュアルな感性が日本社会で認められている今だからこそ、フジタがホモセクシュアル的な性向を持っていたことを指摘したい。
勿論、そう指摘するのは、私が自分のヘテロセクシュアルに劣等感を持っているからである。
追記:
この文章を書き上げた後、もう一度、最後の文章がどう書かれているかが気になって改めて確かめてみた。すると、次のように書いてある。
それは、アトリエにあった藤田の膨大な遺品をまとめて保管する古びた倉庫に埋もれていた。(中略)その人形は体長三十センチほどの大きさで、素朴な童女の顔立ちをしていた。(中略)その日本人形の胸には、フランス政府から授与されたレジオン・ドヌール勲章がしっかりと縫い付けられていた。
近藤氏は、最後のパラグラフの冒頭に、「フジタの生涯を書き終えようとしている今も心に引っかかっているのは、(中略)何とも解釈のしがたい藤田の遺品に出会ったことである」と書いている。
大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞するような名作である。聡明な作者が、不可解なエピソードをとりあげてエンドマークにつなげるとは思えない。
そして、作者はテレビディレクターであるから、かつてオーソン・ウェルズは、主人公が幼い日に遊んだソリを使って、主人公の行動の本質を表現しようとしたことも憶えているだろう。
近藤氏が、この作品で表現しようとしたものも、おかっぱ頭の童女の人形をつかってフジタの行動の本質を表現したに違いない。そして、それはあまりに分かりやすい直喩だ。
凡百の私は、次のようにあけすけに表現する。
日本人の少女人形はフジタ自身である。直喩が過ぎるので、作者はその人形がおかっぱ頭であることを明かしていない。
女性の心を持ったフジタは、そのことを妻は勿論周囲にも一切明かさなかった。それを知っていたのは、おそらく森鴎外の後輩だった彼の父親だけだったろう。
そういう辛さを、フジタは少女人形に彼の人生最大の勲章をつけさせることで、癒していた。それは、日の丸に蛙の画を描いて、出征兵士の無事の帰還をひそかに祈ったのと同様な行為である。
私は、この本の他の書評も読んでいないし、他のフジタ研究も知らない。だから、私の指摘が既に出ている凡庸な批評だとしても許して欲しい。
私の指摘で鬼籍にあるフジタ氏とともに近藤氏の肩の荷も落ちることを願ってやまない。
展覧会は、平日に行くことにする。
☆
小学校の頃から東京で開かれるほとんどの絵画展に足を運んでいた私にとって、藤田嗣治は謎の作家だった。後期印象派の華やかな時代にパリで活躍した唯一の日本人画家なのに、その絵に出合うことはほとんどない。その作風は独特の乳白色の肌の表現だというものだから、これは印刷では鑑賞することができない。だから、ずうっと本物を見てみたいと思っていた。そして、画集などでも、なかなか藤田の絵にはお目にかからない。そのことを漠然と不思議に感じていたのだが、この本を読んで、そうだったのか。と納得した。
☆
この本は、藤田嗣治( Leonard Foujita )が受けた日本美術界からのバッシングをドキュメントしたものである。
エコールド・パリの時代にパリで注目され、サロンドドートンヌに入選し、レジオンドヌール勲章を得ても、日本では正当に評価されず、その振る舞いから、「宣伝屋」のレッテルを貼られた。
戦争末期、日本に帰り、戦争画を書くと、他の多くの画家たちが戦争画を書いたり、戦争に協力したにも関わらず、藤田だけが責任を追及された終戦戦後。そして、日本を離れた後も、ニューヨークでは日系人たちから非難を受け、舞い戻ったパリにおいても、日本から「フジタの絵は荒れた」との批判が噂として流されていることを知る。
フジタの父親は、森鴎外の次に陸軍軍医のトップに上り詰めた高官だったという。姻戚には小山内薫がいるし、医師や政府高官などが親戚に沢山いるセレブな環境で、彼は育った。学歴も、東京高等師範付属中学から東京美術学校と申し分のないものだから、彼の人間関係や社会的な立場というものが、おおよそ理解できると思う。
無名な私としては、その彼にして何故バッシングを受けたか。そのことが気になる。
私が最初に行き着いたのは答えは、日本人社会の悪弊である嫉妬だ。
無名人たちがパリでのフジタの名声に嫉妬しバッシングした。そして、その無名人たちの思惑の裏には、時の美術界の重鎮・黒田清輝へのゴマすりという意味もあったかもしれぬ。そう思ったとき、いまのネット上でのバッシングに思いをはせた。
もし、フジタの時代にインターネットがあったなら、誤解を解くためにフジタ自らが反論し、何らかの議論が交わされ、フジタの悲劇は起きなかったのではないか。インターネットなら画も載せることができる。
日本の美術界の批判のほとんどは、フジタの絵を見ないで展開された。それは、戦争画については典型的だ。終戦直後も、そして今も、戦争画の展示を巡っては、戦争を讃美しているのではないかとの批判が避けられない。だから、フジタの戦争画を見ることが難しい。多くの人が見ていない戦争画を批判する人は、山本夏彦氏が「平和のときの平和論」というように軽薄な輩だろう。
山本夏彦氏は、与謝野晶子は反戦歌として、「君死にたもうことなかれ」を書いたのではない。と断じている。与謝野家は堺の商家である。武家ではないのだから、戦争で命を落とすことはない。と歌っただけだ。
同様に考えれば、陸軍軍人の武家に生まれたフジタにとって、讃美するもしないも、戦争はもっと身近にあったと思われる。そして、フジタ本人も述べているように、横山大観は富士山の画や桜の画を描いて日本という国家の存続を願ったのと同じように、フジタはまったく同じ思いで、戦争画を描いただけのことである。そして、フジタが描いた戦争画を宗教画のように祈りをささげる人たちに感動したという。その作品は戦争を讃美されたものではなく、戦争で失われた魂たちに祈りをささげる作品であったことは言うまでもない。
そのようなエピソードも、フジタの心の底に仕舞われただけで、生前、けっして表に出ることはなかった。
私は、あれほどのバッシングを受けても、そんな宝石のような思い出を語らぬフジタをすばらしいと思うし、そこに彼の出自の高貴さを見る。だが、いろいろと本を読みすすめていると、はたとあることに気づく。私にそれを気づかせたのは、梅田氏の「ウェブ進化論」で、書かれなかったことほど、本質的であり重要だ。という子飼段氏の指摘だ。
それを明かせばすべての誤解が解ける説明を、何故フジタはしなかったのか…。
その理由は明らかだ。2006年の今と、百年以上前の社会風潮の違いを考えればいい。ましてや、父親は陸軍の高官だ。
書かれなかったことの重要さに気づくと、すべてに納得がいく。
人間は、自分のアイデンティティーを揺るがすようなことを指摘されないのならば、それ以外の物事については、我慢することができる。
後ろめたいことを持っていると、他人の悪口もやりすごすことができる。もちろん、それは自分が感じているうしろめたいこと以外についての悪口であれば…。である。
フジタは、ホモセクシュアルだった。それが私の結論である。
勿論、彼は子どもはいないが、何度も結婚もしている。だから、ホモセクシュアルではなく、バイセクシュアルものかもしれぬ。
おすぎとピーコほどのゲイではないかもしれぬが、2度の結婚をし、子どもをもうけ、恋人たち(男性)に見取られて逝った君島一郎ほどのホモセクシュアルではあったのだろう。
でなければ、陸軍総監の父が、息子に画家などという漂泊・放蕩の人生を、あっさり許すはずがない。イギリスの統計によれば、男性の3パーセントがホモセクシュアルだという。軍隊の精神的な健康も仕事にしていた父が、その分野に無知だったはずはない。きっと父は、息子の懊悩を知り、画家という異形の道を許したのではあるまいか。
そう考えると、フジタが派手(ゲイ)な格好をはずかしげもなくしていたことも理解できる。退廃したパリ時代、他の画家たちがモデルたちと交わったのに対して、フジタがそれをしなっかった理由も理解できる。
キキとは親友であって、セックスはしていないと、フジタは言う。世間はそれを苦しい言い訳ととるが、フジタがホモセクシュアルだと考えれば、キキとフジタの友情は簡単に理解できる。
フジタは友人たちのために料理をし、ドレスも作る。そういう日常は、フジタのホモセクシュアルな性向の表れだ。
年老いた父に対するフジタの撞着は、私に、母を語る淀川長治氏の姿を思い出させた。
作者の近藤史人氏は、日本に棄てられたフジタが、日本を棄てたのが、フジタの洗礼・フランスへの帰化だと述べいてる。
確かに、それは間違ってはいない。
だが、その解釈では、帰化後も日本人的な生活をつづけ、日本人を歓待したフジタを、理解できない。
私がそこに読み取らなければならないのは、「どんな罵詈雑言を吐こうとも、ぎりぎりのところで自分のことをホモセクシュアルと暴露しなかった日本社会の自分への優しさ」にフジタ自身が心の底で感謝していたということである。
彼が誤解をつづける日本に対して、反論しなかったのは、その感謝の表れに他ならない。
筆者の近藤氏は、そのことに気づいているのかどうか分からないが、ステークホルダーとなった近藤氏にそのことを書くことはできない。私はステークホルダーではないからそのことを書く。
そして、ホモセクシュアルな感性が日本社会で認められている今だからこそ、フジタがホモセクシュアル的な性向を持っていたことを指摘したい。
勿論、そう指摘するのは、私が自分のヘテロセクシュアルに劣等感を持っているからである。
追記:
この文章を書き上げた後、もう一度、最後の文章がどう書かれているかが気になって改めて確かめてみた。すると、次のように書いてある。
それは、アトリエにあった藤田の膨大な遺品をまとめて保管する古びた倉庫に埋もれていた。(中略)その人形は体長三十センチほどの大きさで、素朴な童女の顔立ちをしていた。(中略)その日本人形の胸には、フランス政府から授与されたレジオン・ドヌール勲章がしっかりと縫い付けられていた。
近藤氏は、最後のパラグラフの冒頭に、「フジタの生涯を書き終えようとしている今も心に引っかかっているのは、(中略)何とも解釈のしがたい藤田の遺品に出会ったことである」と書いている。
大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞するような名作である。聡明な作者が、不可解なエピソードをとりあげてエンドマークにつなげるとは思えない。
そして、作者はテレビディレクターであるから、かつてオーソン・ウェルズは、主人公が幼い日に遊んだソリを使って、主人公の行動の本質を表現しようとしたことも憶えているだろう。
近藤氏が、この作品で表現しようとしたものも、おかっぱ頭の童女の人形をつかってフジタの行動の本質を表現したに違いない。そして、それはあまりに分かりやすい直喩だ。
凡百の私は、次のようにあけすけに表現する。
日本人の少女人形はフジタ自身である。直喩が過ぎるので、作者はその人形がおかっぱ頭であることを明かしていない。
女性の心を持ったフジタは、そのことを妻は勿論周囲にも一切明かさなかった。それを知っていたのは、おそらく森鴎外の後輩だった彼の父親だけだったろう。
そういう辛さを、フジタは少女人形に彼の人生最大の勲章をつけさせることで、癒していた。それは、日の丸に蛙の画を描いて、出征兵士の無事の帰還をひそかに祈ったのと同様な行為である。
私は、この本の他の書評も読んでいないし、他のフジタ研究も知らない。だから、私の指摘が既に出ている凡庸な批評だとしても許して欲しい。
私の指摘で鬼籍にあるフジタ氏とともに近藤氏の肩の荷も落ちることを願ってやまない。
