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キリンは泣かない… -Xanthous Xenodestroy-
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2005/04/05のBlog
あらゆるガジェットがアナログからデジタルに推移する中、カメラの世界も一眼レフのデジタル化・低価格化が進み、情報管理のし易さや速報性といった即時流通の面からも、コンシュマーはもちろんプロフェッショナルの現場でもデジタルカメラ(デジカメ)の浸透が一般化している。そんな時流に反した様に、昨年、ある画期的なアナログ(銀塩)カメラがリリースされた…。

 富士写真フイルム(以降、フジフイルム)が提唱する『NP(ナチュラルフォト)システム』というコンセプトの下、昨年2004年9月21日に同社より『NATURA』というブランドが発表され、翌10月に発売が開始されました。
このNATURAというシステムは、ISO1600を誇る『NATURA 1600』という高感度のネガフィルムと、このNATURA1600のフィルム特性に特化した機能を備える『NATURA S』というコンパクトカメラによって構成されています。そもそも、このNPシステムとは何かといえば、あらゆるシーンに於いてフラッシュを一切を使用しないノンフラッシュ撮影を用いる事で、写真をより美しく撮影するものです。
例えば、夜景や光量の少ない場所での撮影では、イメージ通りの綺麗に撮る為には、シャッタースピードや露出といった調整はもちろん三脚も不可欠であり、カメラ自体にもこれらの調整が可能である事が必要ですが、銀塩やデジカメを問わずに安価なカメラではこれらの機能が省略されていますし、何よりも撮影技術が伴って、初めて綺麗な画を撮る事が可能となる旨は周知の通りです。一応、私の所有する撮影機材を挙げさせて頂ければ、既に骨董品の価値にならない故にお恥ずかしい限りですが、キャノンのEOS5に同社EF28-80mm / F2.8-4L USMといったレンズを使用しています(スピードライトは同じくキャノン製の533Gと大袈裟なものですが…)。フィルムは主にフジのPROVIA(プロビア)の100と400及び、コダックのEKTACHROME(エクタクローム)320Tといったリバーサルフィルムを用途によって使い分けています。とは言っても、ヘタクソ極まりないですが…(笑)。
さて、このNATURA Sというカメラの特筆ですが、間違いなくレンズにあります。伝統のフジノンレンズ単焦点24mmという超広角レンズであると同時に、f値1.9という極めて明るいレンズを使用しています(この時点で、私のEFレンズを凌駕してるぅ…(T_T))。このレンズのお陰で、ISO1600というフィルム特性を最大限有効に駆使する事で、夜などの明らかな光量不足なシーンでもフラッシュを使用せづ、撮影技術も問わずに誰でも簡単にハイ・アマチュアな写真を撮影出来ます。そもそも、ファインダーを覗いて、シャッターを押すだけというカメラですから、どんな場所でも気軽に綺麗に撮れる事は、正に画期的であると同時に写真を撮る事が非常に楽しくなるのではないと思います。これは、フジフイルムという国内の老舗が永年に渡って培ってきた経験と技術の賜物である事は間違いないでしょう。

 実は今回フジフイルムさんよりモニタリングとしてお借りする事が出来まして、
『NATURA S』と『NATURA 1600』を2本支給して頂き、早速一本目を夜景というシチュエーションでイヂめて見ました(笑)。実際の画は、次回のアーティクルにて。



◆ 関連サイト
 富士写真フイルム:NATURA
 富士写真フイルム:ニュースリリース「ナチュラルフォト(NP)システム」NATURA新発売

 誰でもハイ・アマチュアになれるコンパクトカメラ ――― 富士写真フイルム『NATURA』(2)
 誰でもハイ・アマチュアになれるコンパクトカメラ ――― 富士写真フイルム『NATURA』(3)
2005/04/02のBlog
belageさんの『入社したとき嬉しかったことは?』へのT.B.募集を目にして、これまでの事を振り返ってみた…。

 私は現在までに数社の会社で御世話頂いた後、独立という形で現在に到っている。最初の会社に入社させて頂いたのは、もうかれこれ15年も前となるのだから、今回こうして振り返ってみると、月日の経つのは本当に早いものだと改めて実感した…。

 ※ 尚、belageさんの謳うT.B.募集の趣旨(「入社したとき嬉しかったことは?」或いは「入社したとき失敗したことは」)とは少々ズレて受け止められる可能性があると思われますが、個人的には当件に於ける全ての記載が喜びと失敗の記述と考えてますが、趣旨にそぐわないと感じられた際には、心よりお詫び申し上げます。


◆ 『ヒューマン・マネージメント』と『ミーティングは意見を出す場である』

 さて、最初の会社にはプログラマとして入社させて頂くと、入社早々にいきなり某社へ出向という形となり、日本語ワードプロセッサの代表格とされる『OASYS』のWindows版とOS/2版の開発に携わらさせて頂く事となり、主に画像処理のロジック開発に従事させて頂く事となった。正直、典型的な文系人間であり、全くの素人の私がC言語とアセンブラを駆使する破目となる(「ポインタって何…?」「アドレス計算やメモリ消費量の考慮って何…?」というスキルの無い状況)と同時に、画像処理が当時では画期的な画像フォーマットとされたTIFFであった事から、米国アルダス社(現:アドビ社)から取り寄せたTIFFフォーマットに関する技術構造を理解する為の英文マニュアルと(難解故に居眠りとも…)格闘する日々が続き、想像とは違うとんでもない会社へ入社してしまったとの感に苛みながらも、一年半も携わらさせて頂き、これはこれで非常に楽しくなっていたし、一応最先端に近い事に従事させて頂いた自負や優秀プロジェクト賞を頂戴した事の喜びは大きかった。

 その後は、リコール隠しで大問題となった某企業の電機部門(笑)の工場に纏わるシステム開発や、某病院のレセプト(診療報酬)や薬価処理等々といったシステム等々に関与させて頂いた訳だが、入社した筈の会社の人間とはほとんど面識や付き合いも少ない状況にあった。そんな中で、社内の催し物への参加を強制されたりと、既に入社した筈の会社に心在らずといった感のあった私は当然にこれらの参加を拒否したり、上司には平然と逆らう社員となっていた。今思えば、誠にお恥ずかしい限りではあるが、まだまだ20代前半の余りに蒼過ぎた私には正常な意志表示としか捉えられなかった。

 そして、以前にアーティクルとした名古屋へ一年程出向し、某電信電話会社に関わる『フリーダイヤルVI期開発』や『CUSTOM』と称される顧客システムに従事させて頂いた後、個人的には既に小型(PC)に将来を見出していた私には、汎用(メインフレーム)への転換を迫られた事をきっかけに約四年に渡るエンジニア生活に終止符を打った。

 正直、会社自体には何も思い入れは無いが、幸いな事に人間的にもスキル的にも非常に優秀な先輩方に恵まれた事は救いであり、常にあらゆる上司と険悪な状況にあった私のような人間にとっては、公私を含めて常に先輩方にフォローして頂いた事から、如何に(人間の)マネージメントというものが重要なのかを実感して学ばさせて頂いた。

 また、こういった性格だった故に、賛否を問わずに常に意見する私のような人間は煙たがれる事が多々あるが、先輩のある一言は非常に良い勉強をさせて頂いたと感謝している。

 「仕事に関する事やミーティングの様な場では、357の様に賛否を問わずに意見する事が普通であり、何も気に病む事はない。これも給料分の仕事の内であり、むしろ、意見や口論が出来ない人間は仕事をサボってる輩に過ぎない」

 この一言は、今尚も…永遠に私の仕事に関する信条の一つとなった。


◆ 天国と地獄を見る事は己を鍛造する/運命の出会い…

 2社目は、CD-ROMの浸透によるマルチメディア時代の到来と、シカゴ(Windows95)とインターネットの登場によるネットバブル全盛のきっかけとなった頃で、新興のソフトウェア流通会社へ御世話頂く事となった。現在の私にとっては、最も思い入れのあった企業であり、最も感謝している存在だった。

 ここでは、国内外を問わない数百社に及ぶヴェンダーよりのバイヤー業務から、(ソフトバンク、コンピューターウェーブの三社による)秋葉原ヤマギワソフトの立ち上げといった営業活動、エンターテインメントソフトウェアの企画・製作といった商品開発等々、様々な事案を一人で好き勝手な権限(?)で携わらさせて頂き、現在の私が生きる為の基礎基盤を養わせて頂いた。但し、相も変わらず社長とは常に大喧嘩を繰り返していたが(あくまでも仕事上の対立であって、人間的な対立ではない)…。

 この企業の躍進振りは異常な速度で急成長し、日経や業界紙、各種メディアでも大きく取り扱って頂いたりした事もあり、日本を代表する某総合商社よりの資本提携や大幅な増資によって、会社規模は一年足らずで肥大化した。しかし、この急速な肥大化は日常の業務にも様々な支障を来たす事にもなり、結果的には社内対立をも促進させ、私を含む一部社員によるグループ(堅実志向派)と社長派(成長志向派)による対立のような構図が浮かび上がった途端、亀裂は一気に広がり、会社自体の崩壊を招く事となってしまった。

 そして、残ったのは莫大な負債だけとなり、会長とC氏と私の三名による数十億という負債の返済プロジェクトを組む破目に陥った。正直、今でこそ笑い話だが、私の名が挙げられた時は「何故に私がっ…?!」という思いで、一気に血の気が引いた…。結局、私は数億円程度の相殺を各社に懇願し、債務を放棄して頂ける事の確約を頂戴した事で役目を終わらせて頂き、残りは全て会長が引き受ける事となった訳だが、現実的にこういった経験は一会社員が経験すべき事ではなく、良くも悪くも良い経験をさせて頂いたと心底から思っている。

 正に企業経営に於ける天国と地獄を一気に経験すると、人間はつくづく強くなると実感した。その半年後、相殺を受けて頂いた各社へ、別の仕事として平然と(とはいえど、流石に気は引けたが…)新規の取引契約を取り付けに行き、受けて頂けるのだから…(笑)。

 人は、信用(やその人間のスキルとモラル感)で動いて頂けるものである…。そして、それを心から感謝する気持ちを抱き続ける事が重要なのだろう。

 尚、この企業にて、K君(コチラコチラを参照の事(笑))と出会う事となり、共に修羅場をくぐった人間(正に戦友)の信頼が如何に厚いかという事でもある。


◆ つくづく…

 belageさんのような立派な生き様は出来ずに、何ともいい加減な人生を歩み、現在では名目上コンテンツ屋と称した怪しい人間ではあるが…それなりに楽しくは生きているつもりだ…♪

 少なからず現実社会に於いては、今後も『喜怒哀楽』ならぬ…『喜楽』に生きていきたいものだという事が、今までに学んだ事だと思うばかりだ…。



◆ 関連サイト
 belageさん/Rolling 55:「TB募集:入社したとき嬉しかったことは?」

 名古屋の思い出… ――― モーニング、ランチ、地下鉄のラッシュ…そして名古屋美人
 その時、私はフリーズした… [其の一] ――― ある商品試写会の場合。
 その時、私はフリーズした… [其の二] ――― ある漫画家さんのパーティーの場合。
2005/04/01のBlog
恥ずかしながら…今頃になって『ハウルの動く城』(宮崎 駿監督作品)を観てきた…。

 『踊る大走査線 THE MOVIE 2 ~レインボーブリッジを封鎖せよ!~』や『APPLESEED』、『MATRIX -REVOLUTIONS-』等々、このところ(といっても随分経ちますが…(汗))わざわざ劇場へ足を運んで鑑賞した映画の出来は余りに酷く、入場料はもちろんのこと時間も無駄になったと感じる大作的駄作が多かった故に、今回観た『ハウルの動く城』は大傑作に思える出来映えに、久々に文句無しに面白かった一本でした。
但し、宮崎 駿が役者に拘ったCVを起用し始めたジブリ作品に関しては、正直大半の作品が「勘弁してよ…」と思える唯一最大にして最低のスポイル要素の懸念があったにも関わらず、今回は文句無しで良かった事も素敵でした。何よりも、ハウルのCVを務めるキムタクこと木村拓哉には(大体がワンパターンな演技が多いだけに…)今回唯一の不安材料でしたが、いやぁ~、キムタク見直しちゃいました(惚)。

 また、御馴染みの久石 譲の音楽ですが、今回はメインスコアをベースに、様々なアレンジを施して多用する手法も今回の様な作品にはドンピシャでしたし、音響効果も徹底的にディテールまで再現したSEにも脱帽モノでした。

 何よりも、何も考えずに単純明快(すぎ…(笑))かつ所々目頭が熱くなるストーリー進行は、国籍も老若男女も問わづに素直に楽しめる一本であると同時に、このところの余りにも(ビジネス的に)文芸寄りに奔り過ぎた宮崎作品とは違い、宮崎節(演出)大復活の一本であり、『紅の豚』以来である冒険活劇と愛と笑いに満ちた本来の宮崎 駿の魅力が詰まった久々本物の宮崎作品であり、心より大満足の『ハウルの動く城』でありました。

 ぁあぁぁぁ…DVDのリリースが待ち遠しぃ…(笑)。



◆ 関連サイト
 ハウルの動く城


(C) 2004 二馬力・TGNDDDT
2005/03/28のBlog
初めて自分で買った本…残念ながら忘却の彼方であり、既に私の記憶にはない。ただ、当時の記憶を色々と振り返ってみると、様々な想い出が甦ってきた…。

 natsuko-zaruさんのブログを拝見させて頂き、初めて自分で買った本というものの記憶は既に無いものの、幼少時の頃に繰り返し目にしていた本を思い出した…。タイトルこそ思い出せないが、お気に入りのキンダーブックの何冊かと学研の児童向け百科事典を何度も目にしては、心ときめかしていた筈だ。

 但し、残念ながらそれらのキンダーブックは既に我が家にも実家にも存在しない。私が成長すると共に、近所や親戚といった幼少の子供のいる家庭へ差し上げた筈である。今となっては想い出に浸る事も出来ずに少々残念な気もするのは確かではあるが、本や玩具に限らず、こういった行為は当時(現在でも?)の一般庶民の風習である事を考えれば致し方無い事であったと認識せざるえないだろうし、有効なリサイクルを学ぶ最初の一歩だった事を考えれば、やはり有益だったのであろうと考える。

 さて、最初に自分で買った本という記憶は無いものの、最も古い記憶だと『ドラえもん』だった様な記憶が微かにある。また、当時は古本屋ならぬ貸本屋というものが少なからず存在しており、一週間で\100のお小遣いだった頃故に貸本屋をたまに利用していた記憶があり、『紫電改の鷹』(ちばてつや)や『烈風』(貝塚ひろし)、『キャプテン』(ちばあきお)や『サスケ』(白戸三平)、『サイボーグ009』(石森章太郎)等といった漫画ばかりを目にしていた、当時から典型的なおバカだった筈だ…(苦笑)。

 また、小学校の中学年頃からやっと図書館を頻繁に利用し始めた記憶があり、エドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人事件』や『黒猫』等といったミステリーや、星 新一のブラックショートばかりに熱中していたと同時に、『キャプテンハーロック』や『戦場まんがシリーズ』といった当時絶頂を極めていた松本零士作品群を読み漁り、人生哲学に於ける美学というものを子供心なりに解釈し、現在にまでその教えは到っているのではないかと思っている(笑)。

 尚、中高生になると漫画に限らず本というものを余り目にしなくなった。この頃より音楽と映画に完全に心奪われ、例に漏れずにディープ・パープルやレッド・ツェッペリン、AC/DCはもちろん、NWOBHMのムーブメントの到来と共にジューダス・プリーストやアイアン・メイデン等といったハードロックを中心に、ラジオやオーディオ、レコード収集やギター、バイク等々といったものに趣味が大きく拡がっていった時期だった。但し、大和和紀の『あさきゆめみし』だけは目にしており、このおかげで日本の最高文学の古典とされる『源氏物語』を最低限理解出来たのは大きかったと思える…(照)。

 しかし、大学に通い始めてからは再び――六法全書やジュリストといった――活字ばかりに浸る事となった。但し、この頃は通学中の車中での時間を活用する目的意識が強く、恐らく積極的かつ多くの本を読んだ時期でもあっただろう。この時期は科学、文学、政治、哲学等々、ジャンルを問わずに読み漁っていた。特に、マキャベリズムで知られるニッコロ・マキャベリの著書は最も読み耽っていた筈だ。また、当時はサイバーパンクの伝道書とされるウィリアム・ギブソンの『クローム襲撃』と『ニューロマンサー』が発刊され、表紙がボロボロになるまで何回も繰り返し読んだ、正に愛読書の一冊であり、チバシティという滑稽なニッポンが何とも夢のある姿に映ったものだった…。

 その後、社会に出てからは、ボブ・カルロス・クラークやエリオット・アーウィット、小松崎 茂氏や夏目雅子さん(共に故人)等々といった方々の作品集関連に少なからず携わらさせて頂いたり、キンダーブックの影響もあってだろうか、落合恵子さんが営むクレヨンハウスという専門店へ自ら営業へ出向き、取引先としての契約をさせて頂いたりと、活字よりヴィジュアル面に傾倒してしまい、現在では『東洋経済』や『週間ダイヤモンド』といった経済誌、各種業界紙や実用書以外、ほとんど目を通す事はなくなってしまったが、やはり活字メディアといったものは未来永劫に永続するだろうし、今後も想い出となる書籍にも出会える事だろう。本とは、やはり素晴らしい一つのメディアである事だけは事実であろう…。


PS>
 今回こうして振り返って見ると、マキャベリを読み耽っていたにも関わらず、何かとモラルを口にする様になった事を考えると、何とも皮肉なものだと改めて実感した。良くいえば、それだけ角が取れた人生観を抱ける事となったのか、それとも単に歳を重ねるうちに弱くなっただけなのか…書籍と自ら歩んだ足跡から振り返る人生とは、何とも摩訶不思議で楽しいものである。



◆ 関連サイト
 フレーベル館/あ・の・ね…:キンダーブック
 フレーベル館
 natsuko-zaruさん/とっとり撮ったり旅したり:モモちゃんとアカネちゃんに会いに行く。
2005/03/21のBlog
この一ヶ月、世間を賑わしているライブドアとフジテレビジョンによるフジサンケイグループの支配権争いであるが、両社の一挙手一投足に一喜一憂する国民やマスメディアの様は余りに滑稽に映ると同時に、ウンザリな感情を覚えずにはいられなかった。よって、この騒動に関与するつもりは毛頭無かったが、『週刊!木村 剛』にて目にした『ホリエモンはビジョナリーか?』というアーティクルへの[投稿]という形で、この騒動に関してまとめてみる事とした…。


◆ ライブドア(ホリエモン)は悪性ウイルスの一つにすぎない…

 今や時の人として注目のライブドア代表取締役社長であるホリエモンこと堀江貴文氏の言動についての是非はともかく、ライブドアの実施したニッポン放送(以降、LF)株の取得方法に関しては、2月8日にサウスイースタン・アセット・マネージメントより取得したLFの972万株(発行済株式29.6%)の調達手段が時間外取引という明確なゲリラ戦術であった事には感心出来ないが、現行法上に於いては違法行為ではない以上、兎角ケチを付けるのは筋違いであろう。また、LFが突如駆使した新株予約権発行に於ける地裁の判断も、確固たる正論とは誠に言い難いが、あくまでも現行法上では妥当な判断ではあろう。

 では、堀江氏は正義なのか? といえば、決して正義のヒーローでもなく、悪の象徴でもない。個人的に喩えれば、自ら狂い始めている事に気付いていないマスメディアや陳腐化した道徳教育や社会を媒介に、永い期間に渡って培養され続けてきた様々な要因から発生した『株価・金銭第一主義』という、数字と理屈と金銭以外しか見えない典型的な悪性ウイルスの一つにすぎないというのが私の見方だ。


◆ 現状のライブドアに真の企業価値はない…

 そもそも堀江氏のこれまでの経緯を見ていると、商才には長けている事は確かである。しかし、それはM&A(合併・買収)という手法による事業かつ収益性の拡大に賭けた才能であり、社会的な企業価値(ブランド)やコア・コンピタンス(Core Competence)を高めるといった企業の理想とする姿を実現させる才能ではない。

 すなわち、ライブドアという企業が倒産もしくは消滅したところで、困惑したり残念と思うのは株主(ギャンブラー)とされる人間やホリエモンを支持している従業員程度であり、社会的にも業界に於ける重要性にもまるで影響がない。すなわち、ライブドアの現状の事業実態を考慮すれば、ライブドアの企業価値はあまりに希薄すぎるという事だ。但し、これはライブドアに限った事ではないのが現実ではある…。


◆ ホリエモンはジャック・ウェルチのコピーキャット…

 今月3日に行われた外国人記者クラブ(外国特派員協会)での講演にて、堀江氏の言動から今後のライブドアの方向性と堀江氏の真意が垣間見えた気がする。堀江氏はこの席で、私同様の拙い英語で「We're planning to be Media & IT & Finacial conglomerate.」と述べた。つまり、『メディアとITとファイナンシャル(金融)のコングロマリット(複合企業体)』を目指しているという事だが、『ITとメディア』ならば現在の同社の本質の流れからも十分に理解出来るのだが、『ファイナンシャル』という発言が正にキーワードと推測する。

 これは明らかにGE(ゼネラル・エレクトリック)の戦略である。ニュートロン・ジャックと畏怖されながらも、『20世紀最高の経営者』と称されたジャック・ウェルチ [John F. Welch Jr.] 氏がGEを再建・拡大させた手法の一つが大胆なM&Aを繰り返す事であり、そのM&Aの要となったのがファイナンシャル戦略である。ジャック・ウェルチ氏の経営手法に関しては御存知の方も多いと思うが、GEは本体である家電事業よりも、子会社であるGEキャピタルという金融事業の利益が4割をも占めるまでに変貌させた事や、医療機器分野でのコア・コンピタンスを金属疲労検査分野に転換させ、航空機メンテナンスサービス等に巧く流用させる事などで現在のコングロマリットの代表格であるGEを存在させた。

 現状までにライブドアの進めてきた急速なM&Aを診る限りでは、堀江氏は明らかにジャック・ウェルチ氏の経営手法を参考・真似ているのは間違いないであろう…。


◆ GE手法から憶測する今後に於けるライブドアの戦略性…

 このGEの手法は、SONY(ソニー)も同様に金融事業に乗り出すきっかけともなったともされるが、GEもSONYも本体事業が芳しくなかったり、収益性が希薄になりつつある危惧感から金融に走ったともされている。つまり、裏を返せばライブドアの本業とされているインターネット事業での今後の展望が怪しいとの解釈がされてもおかしくない言動とも受け止められる。

 しかし、来月4月より国内でもペイオフの完全解禁が実施される事等を考慮すれば、今後ライブドアがファイナンシャル事業に本格的に展開する事を否定はしない。同社のファイナンシャル事業が堅実な拡大を見込めれば、今後は株式市場からではなく、自前の金融システムからの資金調達が可能となり、実質的にはM&A屋となったライブドアにとっては今後もより円滑かつ大型のM&Aが可能になる筈であり、コア・コンピタンスを有しない同社にとっては、当分の間もM&Aをし続けなければ、それこそ企業価値の証はもちろん収益性の拡大も見込めない事は明白なのだから…。


◆ ニッポン放送買収は正論…

 今回のライブドアによるLF買収劇は、フジテレビ(以降、CX)及びフジサンケイグループの支配権を奪取する事にあるのは間違いない。しかし、手法こそ感心出来ないが、LFに対してM&Aを掛ける事は正論である。少なからず、LFの価値はCXとポニーキャニオンの資産であり、CXの親会社である事に間違いはないのである。

 1月17日、CXがLFの子会社化を目指す為のTOB(株式公開買付け)を発表した時点で、M&Aを仕掛ける最後のチャンスであった事は紛れも無い事実であると同時に、最も美味しい買い物である事も確かだ。マスメディア連鎖の頂点に立つテレビ放送局のM&Aを考慮すれば、LFのおまけで付いてくるCXと、TBSしかM&Aの成功率は高くない。他局であるNTV(読売テレビ)、ANB(テレビ朝日)、TX(テレビ東京)の裏には、それぞれ読売新聞、朝日新聞、日経(日本経済新聞)という強固な筆頭株主がおり、まづM&Aは頓挫する。また、TBSのM&Aに成功しても緑山スタジオ程度のおまけしか付かない。すなわち、LFほど旨みのあるM&A案件はない事は周知の通りであり、M&Aの観点からすればLFへM&Aを仕掛ける事は正論なのである。

 しかし、誠に失礼ながら元衆議院議員の糸山氏が述べられた様に、つくづく堀江氏という人物は人間というものやメディアというものをまるで理解出来ていないように思えてならない…。


◆ メディアとヒューマン・マネージメントに無知な人間がメディアを語る事が誤りの元凶…

 堀江氏はテレビのビジネスモデル、すなわちアドヴァタイジング(広告収入)の否定や衰退を謳っているようだが、実はこれほど確実なビジネスモデルは稀有なケースである事を理解しているのだろうか。恐らくは理解した上での発言なのかもしれないが、現状のインターネットという媒体ではアドヴァタイジングに頼りたくとも頼れない状況であるのが事実である。海外に於ける多数のケーブルテレビの普及とは違い、国内での民放地上波でのテレビ環境は、主要な在京キー局は僅か5局のみというほぼ独占市場故に成り立つビジネスモデルであり、インターネットという百花繚乱ならぬ万花乱立したメディアでは正にパイの取り合いで、Yahoo!(ヤフー)やMSN、goo等といった極々一部の大手ポータルサイトでしか大きな収益性が成立しないだけにすぎないという事だ。

 また、『インターネットとメディアの融合』という既に確立されている姿にも関わらず、あまりにも陳腐で実の無いメディア戦略やシナジー効果などと平然と口にする姿は、あらゆるコンテンツ及びメディアを問わずに従事する私の様な一コンテンツ屋には「何、戯言を言ってるんだ…この坊や…」という感覚が募ると同様、渦中にあるフジサンケイグループの人間も同じ思いなのではなかろうか。

 いづれにしろ、彼は『面白そう、儲かりそう、安く買い叩けそう』だけのポリシーである事は明白であろうし、陳腐なヴィジョンしか語れない以上、敵対買収と受け止められて批難されるのは致し方ない事だろう…。



◆ 道徳なき経済は犯罪である…

 「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」――二宮尊徳こと二宮金次郎の言葉である。更に、個人的には「道徳なき社会(人間・経済・会社等々)は、存在する価値すらない」と付け加えよう。

 堀江氏の「選挙には一度も行った事がない」との発言を耳にした事がある。例え、事実であろうとなかろうと、30歳を過ぎた大人の発言とは到底思えない浅はかさである。また、以前、同社が近鉄の買収に名乗りを挙げ、プロ野球に参戦しようとした目論みの際に挙げたアーティクル『ライブドアがプロ野球参戦に相応しくない理由…』でも述べたが、現在の同社はポルノコンテンツの温床どころか、3月12日より『アダルトプラス』などという有料サービスを開始し、自ら積極的にポルノ産業(アダルト業界)の一環を担っている以上、ライブドアはポルノ屋もしくはアダルト屋と呼んでも差し支えはないだろう。大手のISP業者が企業モラルという倫理面からもポルノコンテンツを排除していく中、自ら積極的に時代を逆行していく様は、果たしてビジョナリーなどいえるのだろうか。


◆ 「ホリエモンはビジョナリー?」などとは笑止千万

 少なからず、『ビジョナリー・カンパニー』(日経BP出版センター:ジェームズ・C・コリンズ/ジェリー・I・ポラス著)からすれば、『ビジョナリー(カンパニー)』とは以下の要件に沿ったものを指す訳だが、ライブドアと堀江氏に当てはまる要件はあるのだろうか…。個人的には、堀江氏はビジョナリーどころか第二の横井秀樹にしか映らないのが現状だ…。

 ・業界で卓越した企業(人間)である。
 ・見識ある経営者や企業幹部たちの間で広く尊敬されている。
 ・社会に消えることのない足跡を残している。
 ・製品やサービスのライフサイクルを超えて繁栄している。

 今回の騒動に纏わる人間でビジョナリーとされる人間は、恐らくは良くも悪くも通称:村上ファンドと称される投資ファンド運用会社、M&Aコンサルティングを率いる村上世彰氏位ではなかろうか。

 そもそも、木村氏は理解されている上で、ネタ振りとして『ホリエモンはビジョナリーか?』などと掲げたのだろうが、根本的に愚問であると考える。何よりも、仮に木村氏ほどの人物が堀江氏をビジョナリーなどと定義されているようであれば、日本の金融業界は危険極まりないものかもしれない…。

 
◆ 株主優先意識は何をもたらすのか…

 いづれにしろ、今回の騒動を機に、今後はホリエモン以外の悪性ウイルスは多々出現し、蔓延する事となるだろう。これらの悪性ウイルスに侵食されない為には、やはり自ら対抗策やワクチンを接種する心構えは既に必要な時代であった事が事実であり、侵食された側の責任が重いのも真実である。

 また、株主優先という意識が今後の企業に於けるプライオリティ上で優先されれば、エンロンやワールドコムといった巨額粉飾決済の恐れもあり、今回の騒動は大買収時代の到来どころか、大破綻時代による日本初のアジア危機~世界恐慌時代へ突入した幕開けなのかもしれない…(流石に、これは考えすぎだろうが…(笑))。



◆ おまけ:ホリエモンという悪性ウイルスの元凶はマスメディアにある

 そもそも、単なる一M&Aにすぎないこの案件がここまで騒がれるのは、ライブドアとCXという格好の餌食である事や、一応公共財とされている巨大電波メディアへ及んだ買収劇であるという事も確かであるが、1996年に起きた(※)ANBの買収劇以降、外部勢力に参入される事への強い拒否アレルギーと、マスメディア自身が今回のケースを自らの立場と重ねて見ている事から、『壱』にすぎないものを『百』として報道している事は明白であり、今後、自らが同様のケースに陥った際の試金石にしようとしている意図が憶測出来る。その中で、投資家とされる層はもちろんだが、国民も政治も巨大マスメディアの勝手な錬金術に踊らされている事にまるで気付いていない事を、まづは忘れずにいて欲しい。

 そして、CXの代表取締役会長かつ民放連(民間放送連盟)会長である日枝 久氏であるが、テレビマンとしては非常に優秀な方であり、仲々に骨のある豪傑な人物である。しかしながら、日枝氏本人がホリエモンの様な人物達を輩出してきた元凶の片棒を担いでいた事には気付いていないのだろう。日枝氏を筆頭に、「楽しくなければテレビじゃない」とのスローガンで現在の幼稚でイカれた内容のバラエティ路線を時間帯を問わずに(レイティング無視で)放映し続けてきた事は、モラルハザードのトリガーとなり、十数年に渡って世にモラルハザードを蔓延させてきた事でCXを民放No.1に仕立てたと同時に、ホリエモンという悪性ウイルスを自ら精製してきた、正に因果応報というべきではなかろうか…。

 また、上述のANB買収や2003年9月に村上ファンドをLFの筆頭株主に許した時点で、今まで何も打開策を立てなかった事はツメが甘いと指摘されても致し方ないだろうし、なによりも、経営者としては失格の烙印が刻まれても文句は言えないだろう…。

(※)テレビ朝日(ANB)の買収劇
 1996年6月、孫 正義氏率いるソフトバンクと世界のメディア王であるルパート・マードック氏率いる(豪)ニューズ・コーポレーションによる(当時のANBの筆頭株主であった)旺文社メディアの買収によって、実質的なANBの支配に繋がりながらも、その半年後には朝日新聞に所有株全てを売却する形で撤退した、誠に不可解な結末(外資に対する反発が要因とされてはいるが、メディア王であるマードック氏がそんな些細な事で所有株の売却に応じるとは考えにくく、何かしらの裏取引があっただろうとされる)で幕を閉じた。



◆ 関連サイト
 週刊!木村 剛:[ゴーログ] ホリエモンはビジョナリーか?
 糸山英太郎さん/THE ITOYAMA ORGANIZATION:ITOYAMA DAYS「ライブドア堀江くんの下品な顔は見たくない ケンカのやり方を知らなすぎる」
 読売新聞社/Yomiuri On Line:ライブドア VS フジテレビ
 ニッポン放送
 フジテレビジョン
 ライブドア
 ライブドア:アダルトプラス開始

 ライブドアがプロ野球参戦に相応しくない理由… ――― ライブドアのモラルからの考察。
 iPod(アイポッド)に秘められた日本の職人技 ――― 日本技術の根底、町工場の”磨き屋”達