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2005/07/19のBlog
[ 12:34 ]
[ 社会・政治・経済 ]
今月に入り、『静かなる時限爆弾』として問題視されているアスベスト(石綿)による生命・身体に携わる健康被害が相次いで報告され、世を賑わしているのは周知の通りだが、かつて『バビロンの塔』にもアスベストが使用されていた事で問題視された一件は果たしてどうなったのだろうか…?
連日に渡って報道されるアスベストに於ける実害の事実はともかく、少なくとも私(現在30歳代以上の人間)にとっては、アスベストが及ぼす健康被害に関する危惧感は今に始まった問題ではなく、今から約15年も以前からアスベスト塗れの怪物とされた存在を現在でも記憶している人間がどれだけいるのだろうかという不安感に駆られる…。
アスベスト塗れの怪物―――それこそは、現在の都庁舎である。かつて、有楽町にあった旧都庁(現在の跡地は『東京国際フォーラム』)が現在の西新宿へ移転する決定が下された際に、新たに新設されたのが現在の都庁舎であり(1991年[平成3年]4月1日より開庁)、丹下健三氏の手によるこの現都庁舎は建設当時から様々な波乱が渦巻いていた…。
まづは、威圧感さえも感じさせるデザイン(人によっては悪趣味の集大成とも…)と共に、その巨大さ故の莫大な建造費。いくら首都と言えども余りの浪費だという声と同時に、そんなにも巨大な公官庁舎(1993年にランドマークタワーが出来るまでは、正に日本一の高層ビルだった)が必要なのかという疑問の声が今だに上がる始末であるが、何よりも一番問題視されたのは、昨今より問題となっているアスベストの使用であったと記憶している。
現都庁舎の外壁(といっても、外壁の内部ではあるが)にはアスベストが全面使用されているのではないかという報道がされ、世間は騒然となった(当時よりアスベストの危険性は世間的にも認知されていた)事は容易に想像が尽くだろう。そんな都庁舎に対して、(少なくとも私は)当時から皮肉を込めて『バビロンの塔(バベルの塔)』と呼んでいるが、世間では『アスベスト庁』と呼ぶ方々も決して少なくはない…。
しかしながら、結局のところアスベスト使用の是非がどうなっているのかは未だに明確になっていない(単に、私が知らないだけかもしれないが…)訳だが、以前アーティクルでも取り上げた様に、30年以内にはマグニチュ-ド7前後という南関東直下型地震に見舞われる推測が高い以上、仮にアスベストの全面使用が今尚もされている場合を考慮すれば、このような大型震災に見舞われた際は、間違いなく首都近圏には想像を絶する程の大量なアスベストが飛び散る事となるのは容易な憶測が出来る筈だろう…。
また、都庁に限らず、日本全国の都市圏にはアスベストが使用されている老朽化したビルが多く存在しており、実は阪神淡路大震災の時には、既に将来の被害者が発生しているのではないかという危惧間も拭えない事実もある。
いづれにしろ、現在のマスメディアの報道姿勢を目にする限りでは、単に現在の事実を報道するばかりで真のジャーナリズム性が稀薄に思えてならないのは残念に思えてならないと同時に、少なからず、各自治体もマスメディアも今後はこういった懸念を調査・追求、並びに善処してもらいたいものだと願わずにはいられない今日この頃である…。
PS>
ちなみに、私が学生だった20年も昔…小中学校の校舎や体育館といった施設に規定外の『アスベスト噴き付け材』が利用されているケースがある事が問題視され、横浜市では(市立に限る)一部の学校で撤去作業が実施された経緯がある。尚、今月16日には連日の騒動の影響もあってか、全市立520校を対象にあらゆる『アスベスト噴き付け材』の撤去を市独自の活動とする事が報道された。正直なところ、規格内であろうがなかろうか、公共財とりわけ児童の為の施設に於ける安全性の確保に対して、今まで一体何をやっていたのだろうかと首を傾げたいのは事実ではあるが、横浜市以外の地域に関しては(今回の様な)こういった活動すら耳にしない現実を考慮すれば、一応それなりの対応をしている事は賞賛に値するのかもしれないと同時に、少なからず、各自治体や地域はこういった処からも早急の善処をされては如何なものだろうかと考える次第である…。
◆ 関連サイト
世界一危険な都市「東京」に於けるBCPは大丈夫? ――― ミュンヘン再保:自然災害リスク指数
連日に渡って報道されるアスベストに於ける実害の事実はともかく、少なくとも私(現在30歳代以上の人間)にとっては、アスベストが及ぼす健康被害に関する危惧感は今に始まった問題ではなく、今から約15年も以前からアスベスト塗れの怪物とされた存在を現在でも記憶している人間がどれだけいるのだろうかという不安感に駆られる…。
アスベスト塗れの怪物―――それこそは、現在の都庁舎である。かつて、有楽町にあった旧都庁(現在の跡地は『東京国際フォーラム』)が現在の西新宿へ移転する決定が下された際に、新たに新設されたのが現在の都庁舎であり(1991年[平成3年]4月1日より開庁)、丹下健三氏の手によるこの現都庁舎は建設当時から様々な波乱が渦巻いていた…。
まづは、威圧感さえも感じさせるデザイン(人によっては悪趣味の集大成とも…)と共に、その巨大さ故の莫大な建造費。いくら首都と言えども余りの浪費だという声と同時に、そんなにも巨大な公官庁舎(1993年にランドマークタワーが出来るまでは、正に日本一の高層ビルだった)が必要なのかという疑問の声が今だに上がる始末であるが、何よりも一番問題視されたのは、昨今より問題となっているアスベストの使用であったと記憶している。
現都庁舎の外壁(といっても、外壁の内部ではあるが)にはアスベストが全面使用されているのではないかという報道がされ、世間は騒然となった(当時よりアスベストの危険性は世間的にも認知されていた)事は容易に想像が尽くだろう。そんな都庁舎に対して、(少なくとも私は)当時から皮肉を込めて『バビロンの塔(バベルの塔)』と呼んでいるが、世間では『アスベスト庁』と呼ぶ方々も決して少なくはない…。
しかしながら、結局のところアスベスト使用の是非がどうなっているのかは未だに明確になっていない(単に、私が知らないだけかもしれないが…)訳だが、以前アーティクルでも取り上げた様に、30年以内にはマグニチュ-ド7前後という南関東直下型地震に見舞われる推測が高い以上、仮にアスベストの全面使用が今尚もされている場合を考慮すれば、このような大型震災に見舞われた際は、間違いなく首都近圏には想像を絶する程の大量なアスベストが飛び散る事となるのは容易な憶測が出来る筈だろう…。
また、都庁に限らず、日本全国の都市圏にはアスベストが使用されている老朽化したビルが多く存在しており、実は阪神淡路大震災の時には、既に将来の被害者が発生しているのではないかという危惧間も拭えない事実もある。
いづれにしろ、現在のマスメディアの報道姿勢を目にする限りでは、単に現在の事実を報道するばかりで真のジャーナリズム性が稀薄に思えてならないのは残念に思えてならないと同時に、少なからず、各自治体もマスメディアも今後はこういった懸念を調査・追求、並びに善処してもらいたいものだと願わずにはいられない今日この頃である…。
PS>
ちなみに、私が学生だった20年も昔…小中学校の校舎や体育館といった施設に規定外の『アスベスト噴き付け材』が利用されているケースがある事が問題視され、横浜市では(市立に限る)一部の学校で撤去作業が実施された経緯がある。尚、今月16日には連日の騒動の影響もあってか、全市立520校を対象にあらゆる『アスベスト噴き付け材』の撤去を市独自の活動とする事が報道された。正直なところ、規格内であろうがなかろうか、公共財とりわけ児童の為の施設に於ける安全性の確保に対して、今まで一体何をやっていたのだろうかと首を傾げたいのは事実ではあるが、横浜市以外の地域に関しては(今回の様な)こういった活動すら耳にしない現実を考慮すれば、一応それなりの対応をしている事は賞賛に値するのかもしれないと同時に、少なからず、各自治体や地域はこういった処からも早急の善処をされては如何なものだろうかと考える次第である…。
◆ 関連サイト
世界一危険な都市「東京」に於けるBCPは大丈夫? ――― ミュンヘン再保:自然災害リスク指数
(C) Akira O. [Free Photograhic Stuff from Tokyo]
2005/07/14のBlog
[ 17:11 ]
[ TV・映画・音楽・芸能 ]
The SAGA is complete……永きに渡って展開され続けてきたスターウォーズ・サーガの最終章『スターウォーズ:エピソードIII ~シスの復讐~(STAR WARS Episode III -Revenge Of The SITH-)』は、伝説の終幕に相応しい、間違いなくスターウォーズ・シリーズの最高傑作だ…。
1977年(日本では1978年)の公開以来、28年間にも及んだ一大叙情詩『スターウォーズ』の幕を閉じる作品となる『スターウォーズ:エピソードIII ~シスの復讐~』(以降、EP-III)を鑑賞してきました♪ 恒例のオープニングから既に様式化されたアクションシーンへと続く構成は、過去の5作品以上に(板野サーカスばりに)エキサイトでスリリング、更にはスラップスティックなギャグも満載な作品に仕立てられています。そして、何よりもEP-IIIの最大のキーである、アナキン・スカイウォーカーが如何に暗黒面(ダークサイド)に浸透し、シスの暗黒卿(ダースベイダー)へと化すのかが克明に描かれており、これから20年後の物語となる第一作(エピソードIV)へとリンクする形に描かれていました。
また、これまで全作を手掛けてきたジョン・ウィリアムズの手による音楽(スコア)も、かなりの変化が見受けられます。これまでは旧三部作と新三部作とされる前二作品では、スコアの区分けがあったにも関わらず、EP-IIIはEP-IVへリンクするターニング・ポイントな作品だけあって、新旧のスコアテイストが徐々に反映されていく構成になっていました。
くぅぅぅぅぅっ…正にどこを取っても、EP-IIIは「わんだふぉぉぉぉぉ~っ(>▽<)!」の一言であります。
◆ 古今東西を問わず、現代社会にも通じるテーマ(暗黒面)を描写…?
1977年(日本では1978年)の公開以来、28年間にも及んだ一大叙情詩『スターウォーズ』の幕を閉じる作品となる『スターウォーズ:エピソードIII ~シスの復讐~』(以降、EP-III)を鑑賞してきました♪ 恒例のオープニングから既に様式化されたアクションシーンへと続く構成は、過去の5作品以上に(板野サーカスばりに)エキサイトでスリリング、更にはスラップスティックなギャグも満載な作品に仕立てられています。そして、何よりもEP-IIIの最大のキーである、アナキン・スカイウォーカーが如何に暗黒面(ダークサイド)に浸透し、シスの暗黒卿(ダースベイダー)へと化すのかが克明に描かれており、これから20年後の物語となる第一作(エピソードIV)へとリンクする形に描かれていました。
また、これまで全作を手掛けてきたジョン・ウィリアムズの手による音楽(スコア)も、かなりの変化が見受けられます。これまでは旧三部作と新三部作とされる前二作品では、スコアの区分けがあったにも関わらず、EP-IIIはEP-IVへリンクするターニング・ポイントな作品だけあって、新旧のスコアテイストが徐々に反映されていく構成になっていました。
くぅぅぅぅぅっ…正にどこを取っても、EP-IIIは「わんだふぉぉぉぉぉ~っ(>▽<)!」の一言であります。
◆ 古今東西を問わず、現代社会にも通じるテーマ(暗黒面)を描写…?
EP-IIIは内容的に於いて上述の描写故に、シリーズ中で最も暗い作品とされていますが、正確には「暗い」のでは「重い」というべき作品であり、少なからず、個人的にはEP-IIIは二つのテーマが描かれている様に見受けられました。一つはアナキンを通して、一般的な若者が抱く『愛』と『力』を欲するが故の葛藤で欺瞞さを生じさせ、それがいつしか傲慢さへと変貌して自らの破滅を招いていく様。そして、もう一つはジェダイ騎士団の崩壊(Order 66)は、『儀』や『和』を諭しながらも知らず知らずのうちに傲慢さ(もしくは頑なな厳格さ?)が生じている事に気付かないが故に、自ら墓穴を掘る結果となる様…。まるで、現代グローバリズムといった一方的な価値観や、マネージメントの重要性といった社会生活に於けるバランス感覚への警鐘とも見受けられる事からも、過去の全作品とは明らかに(良い意味で)違う作風に捉えられました。
◆ スターウォーズ・サーガはルーカスの描く『愛』へのオマージュ…?
◆ スターウォーズ・サーガはルーカスの描く『愛』へのオマージュ…?
しかし、EP-IIIを通してスターウォーズの全6作品を改めて振り返ると、スターウォーズ・サーガとは、周知の通りにアナキン=ダースベイダー(新三部作)とルーク(旧三部作)という二人のスカイウォーカーを通した青春群像の在り方であったと同時に、ジョージ・ルーカス自身が語っている『アナキンの贖罪の物語』である事はもちろんですが、スカイウォーカー父・息子による『“愛”という名の連立方程式』の過程と解を導き出す為に描かれた作品だった事の様に思えます。とりわけ、EP-IIIを知る事で、初めて『帝国の逆襲(エピソードV)』と『ジェダイの帰還《公開当時はジェダイの復讐》(エピソードVI)』に於けるダースベイダーの心情が、実は想像以上に深い愛だった事と解釈出来ると共に、結末を考慮すれば、やはりアナキン=ダースベイダーこそが唯一の『選ばれし者』だった事が間違いなかったと分かります。すなわちスターウォーズ・サーガとは、愛を求め、愛が強い故に翻弄する事となる人間(アナキン=ダースベイダー)の生き様を描いた一大愛憎劇だったともいえるのではないでしょうか。
いづれにしろ、私のいい加減な解釈はともかく(笑)、ローティーンにも満たないキッズの頃から27年間に渡ってリアルタイムで見続けてきた一ファンとして、エピソードIIIは間違いなくスターウォーズ・サーガの最高傑作と明言します。尚、最終作だけあってか、あるシーンではジョージ・ルーカス自身も初めてスクリーン上にその姿を焼き付けていますので、これから御覧になられる方々はこういった見方を楽しまれるのも一興ではないでしょうか♪
May the Force be with you...
◆ 関連サイト
Lucasfilm : STAR WARS Japan(スターウォーズ・ジャパン)
下手な商用映画を凌ぐ傑作同人映画! ――― STAR WARS "Revelations"
暗黒面(ダークサイド)の力(フォース)を我が手に… ―― ダース・ベイダー ボイスチェンジャー
(C) 2005 Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved.
May the Force be with you...
◆ 関連サイト
Lucasfilm : STAR WARS Japan(スターウォーズ・ジャパン)
下手な商用映画を凌ぐ傑作同人映画! ――― STAR WARS "Revelations"
暗黒面(ダークサイド)の力(フォース)を我が手に… ―― ダース・ベイダー ボイスチェンジャー
(C) 2005 Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved.
2005/07/04のBlog
[ 08:51 ]
[ モーターサイクル ]
銘品『YUZOチャンバー』を世に送り出し、ユーゾーの名称で知られていたYUZO MRDの柳澤雄造氏が、先月6月15日午前7時35分に息を引き取られたそうだ…。
知る人ぞ知る稀代のエンジニアであった柳澤“ユーゾー”氏の訃報は正に青天の霹靂であり、POP(ゴッドハンドと称された天才的なチューニング技術で『ヨシムラ』ブランドを世界中に知らしめ、1995年に故人となられた“ポップ吉村”こと吉村秀雄氏)の訃報を耳にした際と同様の驚きだった。
2st.乗り…とりわけ、RZのユーザーにとってYUZOチャンバー(中でも、クロスチャンバー)は正に生粋の業物の一つであり、絶対的ともいえるカリスマブランドだっただけに、今後完全に生産される事がなくなった事実は極めて残念でならない。と同時に、現状の時流に反するが故に(メーカーが自主的に市場から)締め出しを喰らわせた2st.(2ストローク)に沸いた一つの大きな時代を、ユーゾー氏自身の永眠と共に自らが(我々が勝手に考える)2st.の在り方という概念をも引き連れて鬼籍に入られたのではないのだろうかと少々大袈裟な妄想をしつつも、これで確実な終焉を迎えるキッカケとなったのかもしれない…氏の訃報とは、正にそんな思いに駆られづにはいられないのである…。
オートバイという乗り物に興味の無い方にはもちろんだが、80年代の強烈なまでのバイクブームや2st.マシンがメインストリームからすっかり駆逐され、ビッグスクーターとリッターマシンが席捲する昨今のバイク事情しか知らぬ者にとって、YUZOチャンバーのカリスマ性を存じ上げないのは当然かもしれないし、今や興味を抱く対象ではないのかもしれない…。しかし、当時を知る者にとっては、YUZOチャンバーという存在は明らかに夢の象徴であり、ステイタスを感じさせる逸品であった事は紛れもない事実だった筈だ。
しかしながら、そもそもユーゾー氏とは、YUZOチャンバーとはどういったものなのかをまるで存じ上げない方々にとっては、一体どういった了見をしていいのかすら分からないだろう。よって、ここでYUZOチャンバーとは何たるかを振り返ってみる事とする。それは、1970年代にまでさかのぼる事となる…。
◆ 時代に翻弄された不遇のヒーロー ――― 片山敬済と柳澤雄造
1975年より連載された『サーキットの狼』(池沢さとし著)の影響で巻き起きたとされるスーパーカーブームと共に、ニキ・ラウダという偉大なF1チャンピオンやタイレルフォードP34といった斬新なF1マシンの登場は、当時の日本では正に真性マニアだけの世界であったと言っても過言ではなかった海外のレース事情にも小中学生の目を惹き付けさせる事となった。そして、中には私達のような四つ輪はもちろんの事、二輪にまで興味を抱かせる輩をも輩出させる事となる。
1974年よりヤマハワークスのライダーとして活動していた“プリンス”こと片山敬済(かたやま たかずみ)氏が、1976年からはワークスライダーとしてではなくプライベーターとしてWGPへフル参戦を果たす事となる。そして翌1977年、氏はWGP史上日本人として初の(350ccクラス)ワールドチャンピオンに輝くこととなるのである(当時は350ccクラスが存在していた)。現在のモータースポーツシーンに於いては二輪・四輪を問わず、あらゆるジャンルで日本人選手が活躍している姿が普通に映るが、当時は日本人の活躍どころかワールドチャンピオンになる事などは正に妄想であった。何よりも、日本人のプライベーターという立場でありながら、チャンピオンとなった事は大快挙であった。
尚、この時に氏の駆ったマシンは、パラレルツイン(並列2気筒)のTZ250をトリプル(3気筒)化した変則のTZ350であり、氏と共にグランプリサーカスを周り、このチャンピオンマシンとなったTZ350を手掛けたメカニックこそがユーゾー氏なのであった。
しかしながら、80年代に入るまでモータースポーツというジャンルが一般に注目されていなかった日本では、この快挙を考慮するには余りにも時代が早すぎた。何よりも1977年の日本は、ハンク・アーロン氏の世界最多ホームラン記録755号を抜いて新たな世界最多となる756号というホームラン記録を(1980年の引退までに通算本塁打記録868本という大記録を打ち立て、名実共に世界のホームランキングである)王 貞治氏(当時・読売巨人軍/現・福岡ソフトバンクホークス監督)が打てるかどうかで沸いていた最中でもあり、この片山氏のチャンピオン奪取という大快挙は日本のメディアで大きく報道される事はなかった。
また、世界チャンピオンとなった翌1978年は残念ながらもランキング2位で幕を閉じ、1979年にはホンダワークスと契約して再起に掛けるも、今度はマシンに恵まれなかった…。Max2万1,000回転まで回るとされた8バルブ化されたオーバル(楕円)ピストンに、アンダーカウルを兼ねたアルミモノコックボディ、サイドマウントラジエター等々といった最新独創技術の塊が施された伝説の4st.レーサーNR500(0X)は、正にホンダの野心作にしてホンダイズムに溢れた画期的なマシンでこそあれ、レーサーとしては余りにも致命的な壮大なるプロジェクトマシンと化してしまった。
その後はNS500を駆る事にはなるが、500ccクラスには“キング”(ケニー・ロバーツ)や“ファースト・フレディ”(フレディ・スペンサー)といった猛者達や怪我にも泣かされ、惜しまれながらも1985年に引退する事で、残念ながら彼等の栄光は徐々に記憶だけに留まる事となっていくのであった。
◆ ナナハンキラーの登場 ―――「(RZには)やっぱりYUZOのクロスだよねっ!」
さて、話が反れた感がありますが、ユーゾー氏に話を戻す事としよう。当時、公道市販車のロードスポーツタイプとしてはまともな2st.マシンの存在が既に皆無だった1980年、ヤマハからTZレプリカ(あくまでも当時はね…(笑))とも思えたエポックメイキングな4L3(いわゆるRZ250の初期型)が発売され、翌年の1981年には“ナナハンキラー”と称された4U0(RZ350:通称『サンバン』)が発売された事で、世のバイク好き達はRZに飛び付き、RZはその後のベストセラーマシンの代表格ともなる。
そして、このRZの登場は日本に戻っていたユーゾー氏の心に火を付け、WGPという稀有な大舞台で培った技術を駆使した製品を世に送り出した。それこそが“YUZO”のチャンバー(YUZOチャンバー)である。マニア達にとってはWGP、とりわけチャンピオンマシンを手掛けた氏のチャンバーに飛び付かない訳がなく、「(RZには)やっぱりYUZO(のクロス)だよねっ!」等と誰もが言いながら『RZ=YUZOチャンバー』という図式が自然と出来上がったと記憶している。
◆ YUZOチャンバーにはピークパワー以上に、ロマンが詰まっている
バイクが好きな方は普通に理解していると思うが、4st.がマフラー以上にカムシャフトが重要なように、2st.にとってはチャンバーは最も重要なパーツの一つであり、見た目以上にチャンバーの作り次第で性能も特性も大きく変化する。
それまでの4L3のチューンといえば、TZの市販レーサーのキャブやチャンバー、足回り等を入手してはセッティングする兵(つわもの)や、サンバンのEng.(エンジン)に乗せ換えるといった手法が一般的(これは車検制度の問題から、4L3をベースに4U0のEng.に換装するのが定石)だったのに対し、YUZOチャンバーの登場によって、少なくとも『サンバンEng.への換装+強化クラッチ+異常に後退気味のB.S.(バックステップ)+f.のS.B.(フロントフォークのスタビライザー)+フロントブレーキのダブルディスク化+ステダン(ステアリングダンパー)+YUZOの(クロス)チャンバー』といった手法をベースに好みの足回りで固める(例えば、RZ-RやFZといった後発マシンの純正パーツの移植やマルゾッキ等)スタイルが打ち出されるようになったと言っても過言ではないと思われる。
私の周囲にいた4L3乗りは、ほぼこれらのチューニングやカスタマイズ手法を因襲していた。とりわけ、容積をアップする為の(イニシャルロット版の)クロスチャンバーは性能面でも見た目的にも素晴らしく、(最終的には個々のセッティング次第だろうが)当時は正に暴力的に速く感じた(これは下が随分太ったお陰で、トルクの谷がノーマル状態に比べフラットで、下から上までスムーズに回るように感じたせいかもしれない)。但し、正座状態に近いB.S.と異常なまでに重い強化クラッチを入れた4L3は、非力な私には素直に「(街中では)ダメだ…コリャ…(T_T)」状態で、途轍もなく恐ろしいマシンに思えた…(笑)。
尚、ユーゾー氏はその後ストリートチューニングに於いては、トータルバランスの追及こそが最も速いマシンに仕上がるとの持論を展開し始め、初期の様なピークパーワーよりもトルク重視に振った仕上げやジオメトリーのセッティング等に傾倒していたようだ(いわゆる、モリワキ寄り(?)や一般の4st.マシン、ノーマルのMC21/MC28(90~最終NSR250R)みたいな感覚なのかもしれない)。
そんな折に幸か不幸か、私は3MA1(1989年式の後方排気型TZR250)を所有していた時期があり、YUZOチャンバーに換装・セッティングしていたが、中低速寄りが太い味付けであり、以前に4L3で感じたパワー感が若干稀薄だった事は個人的には残念ではあるが、フラット感がより高まった事でスムーズに速いマシンに仕上がったのは、如何にもYUZOらしい味付けに振るなと納得したものだったが、今後どういったチューニング持論を展開・形にするのかをもう体験する事が出来ない事実は、非常に残念だ…。
いづれにしろ、二度と作られる事の無いYUZOチャンバー…RZ系統やTZR系統を所有され、YUZOチャンバーに興味を抱かれている方は、流通在庫や程度の良いセコを目にしたならば即の購入をお薦めする。そこには紛れもないGPテクノロジーとロマンが詰まっているのは確かな筈だ…。
何よりも…RZにはやはりYUZOのクロスチャンバーが良く似合うのだっ!
PS>
『ああっ女神さまっ』や『サクラ大戦』のキャラクターデザインや、マニアとしても知られる漫画家:藤島康介氏の自身の作品『逮捕しちゃうぞ』の主要キャラクター:辻本夏実の駆る愛車(RZ250)は、上述したようなチューニングベースを更にカリカリに仕上げた感じの設定だったと思います(笑)。ようは皆さんが憧れる4L3のイメージって、ほぼ同じなのかもしれませんね♪
◆ 関連サイト
枻出版社/RIDERS CLUB・根本 健氏:Ken's Talk 2(Vol.215) 戦友、逝く。
ヤマハ発動機/21yamaha.com:Historic YAMAHA Vol.15 RZ250
(C) YUZO MRD
知る人ぞ知る稀代のエンジニアであった柳澤“ユーゾー”氏の訃報は正に青天の霹靂であり、POP(ゴッドハンドと称された天才的なチューニング技術で『ヨシムラ』ブランドを世界中に知らしめ、1995年に故人となられた“ポップ吉村”こと吉村秀雄氏)の訃報を耳にした際と同様の驚きだった。
2st.乗り…とりわけ、RZのユーザーにとってYUZOチャンバー(中でも、クロスチャンバー)は正に生粋の業物の一つであり、絶対的ともいえるカリスマブランドだっただけに、今後完全に生産される事がなくなった事実は極めて残念でならない。と同時に、現状の時流に反するが故に(メーカーが自主的に市場から)締め出しを喰らわせた2st.(2ストローク)に沸いた一つの大きな時代を、ユーゾー氏自身の永眠と共に自らが(我々が勝手に考える)2st.の在り方という概念をも引き連れて鬼籍に入られたのではないのだろうかと少々大袈裟な妄想をしつつも、これで確実な終焉を迎えるキッカケとなったのかもしれない…氏の訃報とは、正にそんな思いに駆られづにはいられないのである…。
オートバイという乗り物に興味の無い方にはもちろんだが、80年代の強烈なまでのバイクブームや2st.マシンがメインストリームからすっかり駆逐され、ビッグスクーターとリッターマシンが席捲する昨今のバイク事情しか知らぬ者にとって、YUZOチャンバーのカリスマ性を存じ上げないのは当然かもしれないし、今や興味を抱く対象ではないのかもしれない…。しかし、当時を知る者にとっては、YUZOチャンバーという存在は明らかに夢の象徴であり、ステイタスを感じさせる逸品であった事は紛れもない事実だった筈だ。
しかしながら、そもそもユーゾー氏とは、YUZOチャンバーとはどういったものなのかをまるで存じ上げない方々にとっては、一体どういった了見をしていいのかすら分からないだろう。よって、ここでYUZOチャンバーとは何たるかを振り返ってみる事とする。それは、1970年代にまでさかのぼる事となる…。
◆ 時代に翻弄された不遇のヒーロー ――― 片山敬済と柳澤雄造
1975年より連載された『サーキットの狼』(池沢さとし著)の影響で巻き起きたとされるスーパーカーブームと共に、ニキ・ラウダという偉大なF1チャンピオンやタイレルフォードP34といった斬新なF1マシンの登場は、当時の日本では正に真性マニアだけの世界であったと言っても過言ではなかった海外のレース事情にも小中学生の目を惹き付けさせる事となった。そして、中には私達のような四つ輪はもちろんの事、二輪にまで興味を抱かせる輩をも輩出させる事となる。
1974年よりヤマハワークスのライダーとして活動していた“プリンス”こと片山敬済(かたやま たかずみ)氏が、1976年からはワークスライダーとしてではなくプライベーターとしてWGPへフル参戦を果たす事となる。そして翌1977年、氏はWGP史上日本人として初の(350ccクラス)ワールドチャンピオンに輝くこととなるのである(当時は350ccクラスが存在していた)。現在のモータースポーツシーンに於いては二輪・四輪を問わず、あらゆるジャンルで日本人選手が活躍している姿が普通に映るが、当時は日本人の活躍どころかワールドチャンピオンになる事などは正に妄想であった。何よりも、日本人のプライベーターという立場でありながら、チャンピオンとなった事は大快挙であった。
尚、この時に氏の駆ったマシンは、パラレルツイン(並列2気筒)のTZ250をトリプル(3気筒)化した変則のTZ350であり、氏と共にグランプリサーカスを周り、このチャンピオンマシンとなったTZ350を手掛けたメカニックこそがユーゾー氏なのであった。
しかしながら、80年代に入るまでモータースポーツというジャンルが一般に注目されていなかった日本では、この快挙を考慮するには余りにも時代が早すぎた。何よりも1977年の日本は、ハンク・アーロン氏の世界最多ホームラン記録755号を抜いて新たな世界最多となる756号というホームラン記録を(1980年の引退までに通算本塁打記録868本という大記録を打ち立て、名実共に世界のホームランキングである)王 貞治氏(当時・読売巨人軍/現・福岡ソフトバンクホークス監督)が打てるかどうかで沸いていた最中でもあり、この片山氏のチャンピオン奪取という大快挙は日本のメディアで大きく報道される事はなかった。
また、世界チャンピオンとなった翌1978年は残念ながらもランキング2位で幕を閉じ、1979年にはホンダワークスと契約して再起に掛けるも、今度はマシンに恵まれなかった…。Max2万1,000回転まで回るとされた8バルブ化されたオーバル(楕円)ピストンに、アンダーカウルを兼ねたアルミモノコックボディ、サイドマウントラジエター等々といった最新独創技術の塊が施された伝説の4st.レーサーNR500(0X)は、正にホンダの野心作にしてホンダイズムに溢れた画期的なマシンでこそあれ、レーサーとしては余りにも致命的な壮大なるプロジェクトマシンと化してしまった。
その後はNS500を駆る事にはなるが、500ccクラスには“キング”(ケニー・ロバーツ)や“ファースト・フレディ”(フレディ・スペンサー)といった猛者達や怪我にも泣かされ、惜しまれながらも1985年に引退する事で、残念ながら彼等の栄光は徐々に記憶だけに留まる事となっていくのであった。
◆ ナナハンキラーの登場 ―――「(RZには)やっぱりYUZOのクロスだよねっ!」
さて、話が反れた感がありますが、ユーゾー氏に話を戻す事としよう。当時、公道市販車のロードスポーツタイプとしてはまともな2st.マシンの存在が既に皆無だった1980年、ヤマハからTZレプリカ(あくまでも当時はね…(笑))とも思えたエポックメイキングな4L3(いわゆるRZ250の初期型)が発売され、翌年の1981年には“ナナハンキラー”と称された4U0(RZ350:通称『サンバン』)が発売された事で、世のバイク好き達はRZに飛び付き、RZはその後のベストセラーマシンの代表格ともなる。
そして、このRZの登場は日本に戻っていたユーゾー氏の心に火を付け、WGPという稀有な大舞台で培った技術を駆使した製品を世に送り出した。それこそが“YUZO”のチャンバー(YUZOチャンバー)である。マニア達にとってはWGP、とりわけチャンピオンマシンを手掛けた氏のチャンバーに飛び付かない訳がなく、「(RZには)やっぱりYUZO(のクロス)だよねっ!」等と誰もが言いながら『RZ=YUZOチャンバー』という図式が自然と出来上がったと記憶している。
◆ YUZOチャンバーにはピークパワー以上に、ロマンが詰まっている
バイクが好きな方は普通に理解していると思うが、4st.がマフラー以上にカムシャフトが重要なように、2st.にとってはチャンバーは最も重要なパーツの一つであり、見た目以上にチャンバーの作り次第で性能も特性も大きく変化する。
それまでの4L3のチューンといえば、TZの市販レーサーのキャブやチャンバー、足回り等を入手してはセッティングする兵(つわもの)や、サンバンのEng.(エンジン)に乗せ換えるといった手法が一般的(これは車検制度の問題から、4L3をベースに4U0のEng.に換装するのが定石)だったのに対し、YUZOチャンバーの登場によって、少なくとも『サンバンEng.への換装+強化クラッチ+異常に後退気味のB.S.(バックステップ)+f.のS.B.(フロントフォークのスタビライザー)+フロントブレーキのダブルディスク化+ステダン(ステアリングダンパー)+YUZOの(クロス)チャンバー』といった手法をベースに好みの足回りで固める(例えば、RZ-RやFZといった後発マシンの純正パーツの移植やマルゾッキ等)スタイルが打ち出されるようになったと言っても過言ではないと思われる。
私の周囲にいた4L3乗りは、ほぼこれらのチューニングやカスタマイズ手法を因襲していた。とりわけ、容積をアップする為の(イニシャルロット版の)クロスチャンバーは性能面でも見た目的にも素晴らしく、(最終的には個々のセッティング次第だろうが)当時は正に暴力的に速く感じた(これは下が随分太ったお陰で、トルクの谷がノーマル状態に比べフラットで、下から上までスムーズに回るように感じたせいかもしれない)。但し、正座状態に近いB.S.と異常なまでに重い強化クラッチを入れた4L3は、非力な私には素直に「(街中では)ダメだ…コリャ…(T_T)」状態で、途轍もなく恐ろしいマシンに思えた…(笑)。
尚、ユーゾー氏はその後ストリートチューニングに於いては、トータルバランスの追及こそが最も速いマシンに仕上がるとの持論を展開し始め、初期の様なピークパーワーよりもトルク重視に振った仕上げやジオメトリーのセッティング等に傾倒していたようだ(いわゆる、モリワキ寄り(?)や一般の4st.マシン、ノーマルのMC21/MC28(90~最終NSR250R)みたいな感覚なのかもしれない)。
そんな折に幸か不幸か、私は3MA1(1989年式の後方排気型TZR250)を所有していた時期があり、YUZOチャンバーに換装・セッティングしていたが、中低速寄りが太い味付けであり、以前に4L3で感じたパワー感が若干稀薄だった事は個人的には残念ではあるが、フラット感がより高まった事でスムーズに速いマシンに仕上がったのは、如何にもYUZOらしい味付けに振るなと納得したものだったが、今後どういったチューニング持論を展開・形にするのかをもう体験する事が出来ない事実は、非常に残念だ…。
いづれにしろ、二度と作られる事の無いYUZOチャンバー…RZ系統やTZR系統を所有され、YUZOチャンバーに興味を抱かれている方は、流通在庫や程度の良いセコを目にしたならば即の購入をお薦めする。そこには紛れもないGPテクノロジーとロマンが詰まっているのは確かな筈だ…。
何よりも…RZにはやはりYUZOのクロスチャンバーが良く似合うのだっ!
PS>
『ああっ女神さまっ』や『サクラ大戦』のキャラクターデザインや、マニアとしても知られる漫画家:藤島康介氏の自身の作品『逮捕しちゃうぞ』の主要キャラクター:辻本夏実の駆る愛車(RZ250)は、上述したようなチューニングベースを更にカリカリに仕上げた感じの設定だったと思います(笑)。ようは皆さんが憧れる4L3のイメージって、ほぼ同じなのかもしれませんね♪
◆ 関連サイト
枻出版社/RIDERS CLUB・根本 健氏:Ken's Talk 2(Vol.215) 戦友、逝く。
ヤマハ発動機/21yamaha.com:Historic YAMAHA Vol.15 RZ250
(C) YUZO MRD
2005/06/25のBlog
[ 21:28 ]
[ TV・映画・音楽・芸能 ]
最近あちらこちらで目にする『Musical Baton(ミュージカル・バトン)』なる企画が巡ってきた…。
Musical Batonとは海外のブログを発端として急速に広まったようで、音楽に関する(以下の)簡単な質問に答え、賛同して頂いた他者へ同様に廻していくといったチェーンメールの様な主旨ですが、いわば強制力や悪意といったものは存在しないチェーンメールならぬチェーンアーティクルのような企画だそうで、今回普段お邪魔させて頂いているTerrapinさんよりMusical Batonを頂戴した次第となりました。
◆ Total volume of music files on my computer
~コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量~
海外のネットラジオに繋げているケースも多くなっているので、、クライアントPCにはこの処2~300MB程度しか収納しなくなりました。
◆ Song playing right now
~今聞いている曲~
【麻帆良学園中等部2-A(鳴滝風香・鳴滝史伽・葉加瀬聡美・長谷川千雨・Evangeline. A.K. McDowell)『ハッピー☆マテリアル ~5月度OP~』】
よりによって、ナンて曲がぁ…(笑)。あぁぁっ?! おまけに丁度『おしえてほしいぞぉ、師匠(マスター)』(師匠となやめるオトメ組)にチェンジしてしまったぁ…(汗)。う~ん…ノリノリで高笑いするエヴァちゃんにね…遂々萌えるんです…(照)。
◆ The last CD I bought
~最後に買ったCD~
【METALLICA『st.anger』】
メタリカ『セイント・アンガー』
既に約2年程度もCDを購入してないんですねぇ…。ただ、知らぬ間(って、随分と経ってる…(汗))に(ロブ・ハルフォードが復活していた事すら知らなかった…)ジューダス・プリーストとイギー・ポップ、『Who Else!』以降ジェフ・ベックも間髪入れづに新作をリリースしてた事を知らなかったので、久々にこれ等3枚(JUDAS PRIEST『Angel Of Retribution』、Iggy Pop『Skull Ring』、Jeff Beck『You Had It Coming』)は購入すると思います…。
◆ Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me
~よく聞く、または特別な思い入れのある5曲~
★音楽自体に感動を抱いた一曲(二曲…(汗))。
【I Musici / Antonio Vivaldi『Le Quattro Stagioni』】
イ・ムジチ合奏団/アントニオ・ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集作品8の1~4『四季』
【Wilhelm Furtwängler / Ludwig van Beethoven『Symphony No.9 'Choral'』】
バイロイト音楽祭:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮/ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調『合唱』
既に彼此30年もの昔、小学2~3年生辺りに最初に丸々聴いたのが、今尚もクラシック史上最強の布陣ともされる“ムジチの四季”だったのが幸いだったのかもしれません。と同時に、名盤“バイロイトの第9”も耳にし、音楽とは何と素晴らしいのだろうと一日中興奮していた記憶があります(レコード自体は中1だか中2の夏休みに程度の良いセコ盤をやっと見つけ出して購入)。
また、この頃から(当時はNHKとTokyoFMの二局だけだった)FMラジオを聴き始め(この頃に故・城 達也の『JET STREAM(ジェットストリーム)』も聴き始めたのかな)、ワグナーやバッハ、ムソルグスキーやポール・モーリア(笑)といったものも耳にするようになりました。
★洋楽に興味(感動)を抱いた一曲。
【Billy Joel『Honesty』】
ビリー・ジョエル『オネスティ』from "52nd Street (ニューヨーク52番街)"
私が小学4~5年生の頃にネッスルのCFで使用されていた同曲を耳にしたがキッカケでした。同様にこの当時の前後、どこかのバブルガム(どうやらカネボウらしいが、どうにも記憶が定かではない…)のCFでTHE BEATLES『Please Please Me』(ビートルズ『プリーズ・プリーズ・ミー』)、グッドイヤーかダンロップのCFでTHE BEACH BOYS『I Get Around』(ビーチボーイズ『アイ・ゲット・アラウンド』)等を耳にしながら、レンタルレコードも無い時代(私が中学生になってから登場した筈だ)故にFMラジオの洋楽プログラムやFENの『Wolfman Jack Show』(ウルフマン・ジャック・ショー)等といったプログラムを必死に聴き漁るようになり、その後レコパルやミュージックライフ誌等を購入し始め、すっかり『音楽=洋楽』という図式にのめり込んでいったと記憶しています。
★おこづかいで自ら初めて購入したEP盤(シングルレコード)。
【Yellow Magic Orchestra『Technopolice』】
イエロー・マジック・オーケストラ『テクノポリス』
YMO…イモです(笑)。その後のスネークマン・ショーと並んで、私達の世代では音楽性はもちろん、テクノカットに到るまで見事なまでに影響を受けた方々が多いと思います。確か、小学5~6年生の時に上大岡(伊勢佐木町、横浜駅周辺と並ぶ横浜の老舗の繁華街)にあった『すみや』で勇気を振り絞って購入した(とりわけ裕福な家庭ではない当時の小学生には\600は結構な大金と同時に、レコードにお金を掛ける事自体に勇気が必要だった…(笑))筈で、「時代はニューウェーブ」とされていたような時代だった気がします(笑)。
★おこづかいで自ら初めて購入したLP盤(アルバムレコード)。
【AC/DC『Riff Raff』】
AC/DC『リフ・ラフ』from "POWERAGE(パワーエイジ)"
一応、曲を挙げましたが、実質的にはアルバム自体の選択です。中学生の頃、近所のお兄さんから彼等の『BACK IN BLACK(バック・イン・ブラック)』と『Let There Be Rock(ロック魂)』を聴かせて頂き、一発でAC/DCのハードブギーの虜になり、関内のヤマギワで『POWERAGE』を購入。世間一般では上述二作品の評価が高く、この『POWERAGE』はあまり代表作としては挙げられないようですが、個人的には『Let There Be Rock』と『POWERAGE』の二作品がAC/DCの最高傑作だと思うと同時に、ロック史上の名盤だとも思ってます。
また、この頃から例に漏れずに(既にオールドウェイブとされていた(笑))ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンをはじめ、NWOBHMのムーブメントの到来によるアイアン・メイデンやデフ・レパード、プレイング・マンティス(ハッキリ言って、彼等は90年代後半の3rd、4thアルバムまで特に興味はなかった…(笑))といった台頭から、ジューダス・プリーストやオジー・オズボーン、スコーピオンズやマイケル・シェンカー等々といったHR/HMへの傾倒が強くなっていったと記憶してます。
何よりも、マイケル・シェンカーはもちろんですが、お兄ちゃん(ルドルフ・シェンカー)やランディ・ローズの影響もあり、その後ギブソンUSAのフライングVを学生時代に無理して購入する事にはなりましたが、アンガス・ヤングのリフスタイルやダックウォーク(ステップ)は見事に影響を受けてました(笑)。
★あぁ…オ・ト・ナの味って凄い
【Akira Terao『HABANA EXPRESS』】
寺尾 聰『ハバナ・エキスプレス』from "Reflections (リフレクションズ)"
故人かつ氏の実父でもある宇野重吉を彷彿させる、今やすっかり日本を代表する役者として活躍する寺尾 聰が石原軍団を抜けた後、ザ・サベージでの活動以来の歌手活動を復活させ、『ルビーの指輪』『Shadow City(シャドーシティ)』『出航 -SASURAI-』と邦楽史上初の3曲ベスト10入りを果たしながらも、TBS『ザ・ベストテン』のBest1連続記録を塗り替え、日本レコード大賞をも受賞した稀代の名曲『ルビーの指輪』を収めた名盤『リフレクションズ』のオープニングチューンを飾るのが『HABANA EXPRESS』です。
実は上述のAC/DC同様、アルバム自体の選択が主旨でもあります。上記3曲のヒットシングルはもちろんですが、それ以上に『HABANA EXPRESS』『二季物語』の何とも官能的な楽曲から、『喜望峰』『ダイヤルM』といった仲々にハードボイルドチックな楽曲が収められている事は、ヒットシングル以上の魅力的なアルバムです。
当時、中学生の私には『HABANA EXPRESS』『二季物語』には赤面と興奮と感動を憶え、オトナの物語を感じさせる貴重なものでもありました(笑)。何よりも、このアルバムが邦楽史上、今尚も稀な大傑作だという事を認識している人間がどれだけいるのだろうか…と思う度に残念と感じながらも、反面、こんなにも素敵なアルバムを知らないリスナーが大勢いる事に、20年以上に渡って優越感を感じているのでありました(笑)。
◆ Five people to whom I'm passing the baton
~バトンを渡す5人~
いやぁ~、既に多くの方々がMusical Batonに手を染めてらっしゃるので、私はここでストップです(笑)。
今後、気さくな方々でMusical Batonに携わっておられない方々がいらっしゃった場合、追記という形で掲載させて頂くかもしれません。申し訳ありません。
◆ 関連サイト
Terrapinさん/Rhythm Of Life:Musical Baton
ブロードバンド、活用してますか? ――― ネットラジオを聴いてみよう!
Musical Batonとは海外のブログを発端として急速に広まったようで、音楽に関する(以下の)簡単な質問に答え、賛同して頂いた他者へ同様に廻していくといったチェーンメールの様な主旨ですが、いわば強制力や悪意といったものは存在しないチェーンメールならぬチェーンアーティクルのような企画だそうで、今回普段お邪魔させて頂いているTerrapinさんよりMusical Batonを頂戴した次第となりました。
◆ Total volume of music files on my computer
~コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量~
海外のネットラジオに繋げているケースも多くなっているので、、クライアントPCにはこの処2~300MB程度しか収納しなくなりました。
◆ Song playing right now
~今聞いている曲~
【麻帆良学園中等部2-A(鳴滝風香・鳴滝史伽・葉加瀬聡美・長谷川千雨・Evangeline. A.K. McDowell)『ハッピー☆マテリアル ~5月度OP~』】
よりによって、ナンて曲がぁ…(笑)。あぁぁっ?! おまけに丁度『おしえてほしいぞぉ、師匠(マスター)』(師匠となやめるオトメ組)にチェンジしてしまったぁ…(汗)。う~ん…ノリノリで高笑いするエヴァちゃんにね…遂々萌えるんです…(照)。
◆ The last CD I bought
~最後に買ったCD~
【METALLICA『st.anger』】
メタリカ『セイント・アンガー』
既に約2年程度もCDを購入してないんですねぇ…。ただ、知らぬ間(って、随分と経ってる…(汗))に(ロブ・ハルフォードが復活していた事すら知らなかった…)ジューダス・プリーストとイギー・ポップ、『Who Else!』以降ジェフ・ベックも間髪入れづに新作をリリースしてた事を知らなかったので、久々にこれ等3枚(JUDAS PRIEST『Angel Of Retribution』、Iggy Pop『Skull Ring』、Jeff Beck『You Had It Coming』)は購入すると思います…。
◆ Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me
~よく聞く、または特別な思い入れのある5曲~
★音楽自体に感動を抱いた一曲(二曲…(汗))。
【I Musici / Antonio Vivaldi『Le Quattro Stagioni』】
イ・ムジチ合奏団/アントニオ・ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集作品8の1~4『四季』
【Wilhelm Furtwängler / Ludwig van Beethoven『Symphony No.9 'Choral'』】
バイロイト音楽祭:ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮/ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調『合唱』
既に彼此30年もの昔、小学2~3年生辺りに最初に丸々聴いたのが、今尚もクラシック史上最強の布陣ともされる“ムジチの四季”だったのが幸いだったのかもしれません。と同時に、名盤“バイロイトの第9”も耳にし、音楽とは何と素晴らしいのだろうと一日中興奮していた記憶があります(レコード自体は中1だか中2の夏休みに程度の良いセコ盤をやっと見つけ出して購入)。
また、この頃から(当時はNHKとTokyoFMの二局だけだった)FMラジオを聴き始め(この頃に故・城 達也の『JET STREAM(ジェットストリーム)』も聴き始めたのかな)、ワグナーやバッハ、ムソルグスキーやポール・モーリア(笑)といったものも耳にするようになりました。
★洋楽に興味(感動)を抱いた一曲。
【Billy Joel『Honesty』】
ビリー・ジョエル『オネスティ』from "52nd Street (ニューヨーク52番街)"
私が小学4~5年生の頃にネッスルのCFで使用されていた同曲を耳にしたがキッカケでした。同様にこの当時の前後、どこかのバブルガム(どうやらカネボウらしいが、どうにも記憶が定かではない…)のCFでTHE BEATLES『Please Please Me』(ビートルズ『プリーズ・プリーズ・ミー』)、グッドイヤーかダンロップのCFでTHE BEACH BOYS『I Get Around』(ビーチボーイズ『アイ・ゲット・アラウンド』)等を耳にしながら、レンタルレコードも無い時代(私が中学生になってから登場した筈だ)故にFMラジオの洋楽プログラムやFENの『Wolfman Jack Show』(ウルフマン・ジャック・ショー)等といったプログラムを必死に聴き漁るようになり、その後レコパルやミュージックライフ誌等を購入し始め、すっかり『音楽=洋楽』という図式にのめり込んでいったと記憶しています。
★おこづかいで自ら初めて購入したEP盤(シングルレコード)。
【Yellow Magic Orchestra『Technopolice』】
イエロー・マジック・オーケストラ『テクノポリス』
YMO…イモです(笑)。その後のスネークマン・ショーと並んで、私達の世代では音楽性はもちろん、テクノカットに到るまで見事なまでに影響を受けた方々が多いと思います。確か、小学5~6年生の時に上大岡(伊勢佐木町、横浜駅周辺と並ぶ横浜の老舗の繁華街)にあった『すみや』で勇気を振り絞って購入した(とりわけ裕福な家庭ではない当時の小学生には\600は結構な大金と同時に、レコードにお金を掛ける事自体に勇気が必要だった…(笑))筈で、「時代はニューウェーブ」とされていたような時代だった気がします(笑)。
★おこづかいで自ら初めて購入したLP盤(アルバムレコード)。
【AC/DC『Riff Raff』】
AC/DC『リフ・ラフ』from "POWERAGE(パワーエイジ)"
一応、曲を挙げましたが、実質的にはアルバム自体の選択です。中学生の頃、近所のお兄さんから彼等の『BACK IN BLACK(バック・イン・ブラック)』と『Let There Be Rock(ロック魂)』を聴かせて頂き、一発でAC/DCのハードブギーの虜になり、関内のヤマギワで『POWERAGE』を購入。世間一般では上述二作品の評価が高く、この『POWERAGE』はあまり代表作としては挙げられないようですが、個人的には『Let There Be Rock』と『POWERAGE』の二作品がAC/DCの最高傑作だと思うと同時に、ロック史上の名盤だとも思ってます。
また、この頃から例に漏れずに(既にオールドウェイブとされていた(笑))ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンをはじめ、NWOBHMのムーブメントの到来によるアイアン・メイデンやデフ・レパード、プレイング・マンティス(ハッキリ言って、彼等は90年代後半の3rd、4thアルバムまで特に興味はなかった…(笑))といった台頭から、ジューダス・プリーストやオジー・オズボーン、スコーピオンズやマイケル・シェンカー等々といったHR/HMへの傾倒が強くなっていったと記憶してます。
何よりも、マイケル・シェンカーはもちろんですが、お兄ちゃん(ルドルフ・シェンカー)やランディ・ローズの影響もあり、その後ギブソンUSAのフライングVを学生時代に無理して購入する事にはなりましたが、アンガス・ヤングのリフスタイルやダックウォーク(ステップ)は見事に影響を受けてました(笑)。
★あぁ…オ・ト・ナの味って凄い
【Akira Terao『HABANA EXPRESS』】
寺尾 聰『ハバナ・エキスプレス』from "Reflections (リフレクションズ)"
故人かつ氏の実父でもある宇野重吉を彷彿させる、今やすっかり日本を代表する役者として活躍する寺尾 聰が石原軍団を抜けた後、ザ・サベージでの活動以来の歌手活動を復活させ、『ルビーの指輪』『Shadow City(シャドーシティ)』『出航 -SASURAI-』と邦楽史上初の3曲ベスト10入りを果たしながらも、TBS『ザ・ベストテン』のBest1連続記録を塗り替え、日本レコード大賞をも受賞した稀代の名曲『ルビーの指輪』を収めた名盤『リフレクションズ』のオープニングチューンを飾るのが『HABANA EXPRESS』です。
実は上述のAC/DC同様、アルバム自体の選択が主旨でもあります。上記3曲のヒットシングルはもちろんですが、それ以上に『HABANA EXPRESS』『二季物語』の何とも官能的な楽曲から、『喜望峰』『ダイヤルM』といった仲々にハードボイルドチックな楽曲が収められている事は、ヒットシングル以上の魅力的なアルバムです。
当時、中学生の私には『HABANA EXPRESS』『二季物語』には赤面と興奮と感動を憶え、オトナの物語を感じさせる貴重なものでもありました(笑)。何よりも、このアルバムが邦楽史上、今尚も稀な大傑作だという事を認識している人間がどれだけいるのだろうか…と思う度に残念と感じながらも、反面、こんなにも素敵なアルバムを知らないリスナーが大勢いる事に、20年以上に渡って優越感を感じているのでありました(笑)。
◆ Five people to whom I'm passing the baton
~バトンを渡す5人~
いやぁ~、既に多くの方々がMusical Batonに手を染めてらっしゃるので、私はここでストップです(笑)。
今後、気さくな方々でMusical Batonに携わっておられない方々がいらっしゃった場合、追記という形で掲載させて頂くかもしれません。申し訳ありません。
◆ 関連サイト
Terrapinさん/Rhythm Of Life:Musical Baton
ブロードバンド、活用してますか? ――― ネットラジオを聴いてみよう!
2005/06/01のBlog
[ 16:52 ]
[ Doblog ]
chibisaruさんのブログを拝見させて頂いた処、また悪い癖が出てしまったようだ…。
『タイトルロゴもしくはページタイトル画像募集』というアーティクルを拝見し、遂々(何ともベタな…(T_T))右記の様な勝手なロゴを作らさせて頂いてしまった訳なのですが…。
『タイトルロゴもしくはページタイトル画像募集』というアーティクルを拝見し、遂々(何ともベタな…(T_T))右記の様な勝手なロゴを作らさせて頂いてしまった訳なのですが…。
毎度の事ながら…調子に乗って(これまた、何ともベタなイメージな…)ヘッダーまで手を出してしまいましたぁ…(笑)。
しかしながら、ド素人とはいえどつくづくセンスというものが欲しぃ…ごめんなさい…(汗)。
PS>
一応、御本人(chibisaruさん)が素直に喜んで下さってくれた御様子で何よりでしたぁ…(堵)♪
◆ 関連サイト
chibisaruさん/風に吹かれて -Blowin' in the Wind-:タイトルロゴもしくはページタイトル画像募集
しかしながら、ド素人とはいえどつくづくセンスというものが欲しぃ…ごめんなさい…(汗)。
PS>
一応、御本人(chibisaruさん)が素直に喜んで下さってくれた御様子で何よりでしたぁ…(堵)♪
◆ 関連サイト
chibisaruさん/風に吹かれて -Blowin' in the Wind-:タイトルロゴもしくはページタイトル画像募集