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2008/01/30のBlog
[ 10:29 ]
[ コマゴマ ]
titleはァ、ヤクスとォ、「アナタ、のォ、gorila、にィ、ナリタイ、です」。
※日本語で話そうとする外国人の物真似口調で読んでいただけると幸いです。
何となくリズムが良さそうだから書いてみただけで、摩擦や偏見を意図したものでは御座居ません。
「go back to china」も語感が良いですよね。
「誤爆 to チャイナ」にすると、陰謀めいてきますね。
※日本語で話そうとする外国人の物真似口調で読んでいただけると幸いです。
何となくリズムが良さそうだから書いてみただけで、摩擦や偏見を意図したものでは御座居ません。
「go back to china」も語感が良いですよね。
「誤爆 to チャイナ」にすると、陰謀めいてきますね。
2008/01/28のBlog
[ 07:08 ]
[ ネタ ]
昨日道歩いてたら
「おい、そこの地球の奴」ってカツアゲされました。
相手はスカウター?片目だけサングラス掛けてました。
カカロットにもされた事無いのに。
警察行って被害届け出そうとしたら、
「戦闘力2が吠えちゃいかんよ」とたしなめられました。
これパワハラですよね。
「おい、そこの地球の奴」ってカツアゲされました。
相手はスカウター?片目だけサングラス掛けてました。
カカロットにもされた事無いのに。
警察行って被害届け出そうとしたら、
「戦闘力2が吠えちゃいかんよ」とたしなめられました。
これパワハラですよね。
2008/01/25のBlog
[ 09:28 ]
[ コマゴマ ]
タカシは、物事を具体的に語り始める時、一つの確信を手にしていた。
それは覚悟であり復讐だった。一旦その決意がよぎると、
口から流れ出るのは、蜜に似た嘘だった。
口は詳細に背景を描写し、次々とエピソードを紡いだ。
感嘆の声が聞く者から漏れた時、
タカシの覚悟はマスターベーションを終えた性器のようにうなだれた。
元来誠実であろうとすればする程、言葉はタカシの手から擦り抜けて行くのだ。
喫茶店で窓際の席に腰を降ろし、安定しない椅子にもどかしくも、
それ以上に急に不安が襲ってきた時にも。
また、布団を被り身体が本当に止まってしまうか、
精神というものが崩壊してしまうのかと怯え、
エンスト間近の車の挙動のように震えが増幅し続けた夜も、
言葉はタカシに何物も投げ掛けはしなかったし、
麻酔すら与えはしなかった。言葉は無力だと知った夜から
タカシが望んだのは喋らない事だった。
その一週間後、両親に発覚し、一月後、病院に連れてこられた。
頑なに話そうとはしないタカシに必要なものは薬や治療ではなかった。
嘘を吐く事や無責任が必要な事もあると知る事だったのかもしれない。
だから今タカシは必要に駆られ嘘を吐く。嘘は胃袋の欲求に駆られて食べる食物の、
口の端から零れる食べかすに似ていた。
ミルフィーユを舌を伸ばし頬張る時の、唇に乗り損ねたかつてミルフィーユだったもの。
床に何時の間にか落ちている、かつてタカシだった髪の毛。
タカシの吐く嘘は、そうしたかつてタカシだったものによく似ていて、
タカシには無い気安さがあり、人はそんなタカシに胸を撫で下ろした。
両親は安心し、また無言の食卓につくようになったのかもしれない。
視線は互いの関心事に、新聞紙や選び抜かれた食器などに注がれたのかもしれない。
タカシは、一切の行動を放棄して、嘘に奉仕を始めるのだった。
口から零れるものに合わせて、身振り手振りは加速し、食卓や通学、
あらゆるプロセスから離れて行き、TPOが舞台の書き割りになる程遠く、
嘘を吐いている事だけが呼吸のように、嘘に奉仕し始めた。
それは覚悟であり復讐だった。一旦その決意がよぎると、
口から流れ出るのは、蜜に似た嘘だった。
口は詳細に背景を描写し、次々とエピソードを紡いだ。
感嘆の声が聞く者から漏れた時、
タカシの覚悟はマスターベーションを終えた性器のようにうなだれた。
元来誠実であろうとすればする程、言葉はタカシの手から擦り抜けて行くのだ。
喫茶店で窓際の席に腰を降ろし、安定しない椅子にもどかしくも、
それ以上に急に不安が襲ってきた時にも。
また、布団を被り身体が本当に止まってしまうか、
精神というものが崩壊してしまうのかと怯え、
エンスト間近の車の挙動のように震えが増幅し続けた夜も、
言葉はタカシに何物も投げ掛けはしなかったし、
麻酔すら与えはしなかった。言葉は無力だと知った夜から
タカシが望んだのは喋らない事だった。
その一週間後、両親に発覚し、一月後、病院に連れてこられた。
頑なに話そうとはしないタカシに必要なものは薬や治療ではなかった。
嘘を吐く事や無責任が必要な事もあると知る事だったのかもしれない。
だから今タカシは必要に駆られ嘘を吐く。嘘は胃袋の欲求に駆られて食べる食物の、
口の端から零れる食べかすに似ていた。
ミルフィーユを舌を伸ばし頬張る時の、唇に乗り損ねたかつてミルフィーユだったもの。
床に何時の間にか落ちている、かつてタカシだった髪の毛。
タカシの吐く嘘は、そうしたかつてタカシだったものによく似ていて、
タカシには無い気安さがあり、人はそんなタカシに胸を撫で下ろした。
両親は安心し、また無言の食卓につくようになったのかもしれない。
視線は互いの関心事に、新聞紙や選び抜かれた食器などに注がれたのかもしれない。
タカシは、一切の行動を放棄して、嘘に奉仕を始めるのだった。
口から零れるものに合わせて、身振り手振りは加速し、食卓や通学、
あらゆるプロセスから離れて行き、TPOが舞台の書き割りになる程遠く、
嘘を吐いている事だけが呼吸のように、嘘に奉仕し始めた。
[ 05:56 ]
[ コマゴマ ]
寒い日々ですね。ここ仙台では横殴りの雪が喘息に苦しむ喉から吐かれる
息のような音と共に昼夜問わず辺りを白く染めながら街中を冷やかして廻る
日々です。皆様お加減如何でしょうか?
季節外れではありますが、昨年の8月の日々を振り返る事をお許しください。
皆様の去年の夏を引っ張り出して、少しでも寒気払いにお役に立てれば幸いです。
5日
前日までの撮影が一段落し、この日は久々に何もせず。
夜、この場所での最後の花火を友達と観ました。
彼は大曲出身で、競技花火大会を見慣れている為、
打ちあがる花火の見立ての絵解きをしてくれた事がとても新鮮でした。
6日
戸惑う。仙台七夕の為、街は人がごった返していて、コーヒーを飲みに
街へ出てきた僕は大変混乱してしまいました。
映画を創っていない事がこんなに手持ち無沙汰になったのは久しぶりで、
時間をどう過ごすかとても分からない、何とも言えない、色々な物事に
置き去りにされた気分を味わいました。あの混乱はもう二度と味わいたくないと、
心底思わされた日でした。
7日
次の撮影が10日にある為、前日の混乱を引き摺っている間もなく、少しだけ
撮影した映像のキャプチャと小道具の制作に。何かする事が決まっているのは
大変心が落ち着きます。一つずつ、パーツを作っていって、最終的には一つの
大きな作品が出来る。泥臭くもこうして積み重ねる感覚がこの時の僕には
とても確かな手触りを持っていて、唯一の拠り所となるものでした。
また、少しだけキャプチャした映像を観てみて、意外と思っていたよりも
強度があると思えた事も、安らぎをもたらしてくれました。
まだ映画と呼べるには大いなる流れが産まれていませんが、素敵な河川の
ある瞬間を垣間見た気がして、それは興奮させられました。
映画という長い期間の継続的な創作において、この瞬間的な興奮の連続こそが
回転運動を止めようとするスタミナに爆発をもたらす圧縮されたガスそのもの
なのかもしれません。
8日
前日に少しだけ足場のようなものが見えて、今後の小道具の制作にも少しだけ
やる気が漲りました。慣れない作業で友人に助言と助太刀を求めつつ、少しずつ
作業を進め、見通しが立ってきた事が安定をもたらしてくれました。
9日
早朝海へ。日の出をみに。安直だけど自然って本当に素晴らしい。
刻々と変化しながらも美しい。一時として同じ表情を見せないし、
時間の経過はその色かたちの変化からわかり過ぎるほどに分かるのですが、
同じところに留まらずに美しい空というものに信仰めいた興奮を感じてしまいます。
この8月は週に3回ほど、こうして海へ日の出をみに出掛けていたように思います。
たゆたいながら変化してゆく空の色は、初めて観たサーカスのように人を人事不省に
陥らせる魔法のようなものでした。
翌日の撮影の準備。小道具の調達の為走り回り、制作。何とか間に合いました。
また、以降の撮影に必要なロケ地の使用交渉の為の準備も。
しかしながら、この時点ではまだ翌日撮影するシーンの画コンテを切っておらず。
この作業は翌日に持ち越される事になってしまいました。
しかしながら、随分と撮影をしていなかったせいか、本当にこれが映画になるのかと
いう不安はいつでも僕の傍からは離れてはくれませんでした。その不安は僕から
睡眠と食欲を奪い、生き物として不能であると突きつけようとしてきました。
今までどんな時でも食欲だけは無くした事がなかったので、この初めての経験には
とても参らされました。生物としての自信を喪失させられるなんて思ってもみませんでした。
なんか、書いてると凹んだだの参っただの、大袈裟な事ばかり書かれてますが、
実際やってる事といえば、子供が砂場でお城を作ったりトンネルを掘ったりと大差ない
事ばかりなんですね。そこんとこ補正して読んでいただけると幸いです。
最後に近況を少しばかり。
先週一部アフレコを終えました。効果音、音楽を考えると、まだまだこの作品は
化けるのかな、なんて思ったり。
正直な事を申し上げますと、僕の感覚からいうと、ラッシュが出来た時点で
結構満足しちゃったんですよ。それは何でかというと、自分の頭の中で
声を入れて、音楽も何となく付けちゃったりして、作品というより
強度を持った動的な映像という当初の目論見を達成した気になったからです。
もちろん作品として観た場合、始まりがあって終わりがある、単なる映像に
終始しない映画としての大いなる連なりは産まれていない為、まだ及第とは
いかないのですが。ラッシュを見返し、少しずつ編集を繰り返したり止めたり
する中で、何となく現在ある素材の中での流れが見えてきたので、現在は
以前感じた満足と別のモチヴェイションで作業をしています。
「早く皆様に御見せしたい!」と胸を張って言うにはモチーフに好き嫌いが分かれる
作品ですが、完成したら御見せ出来る機会を作るつもりですので、その時は
どうか観てやってくださいませ。
息のような音と共に昼夜問わず辺りを白く染めながら街中を冷やかして廻る
日々です。皆様お加減如何でしょうか?
季節外れではありますが、昨年の8月の日々を振り返る事をお許しください。
皆様の去年の夏を引っ張り出して、少しでも寒気払いにお役に立てれば幸いです。
5日
前日までの撮影が一段落し、この日は久々に何もせず。
夜、この場所での最後の花火を友達と観ました。
彼は大曲出身で、競技花火大会を見慣れている為、
打ちあがる花火の見立ての絵解きをしてくれた事がとても新鮮でした。
6日
戸惑う。仙台七夕の為、街は人がごった返していて、コーヒーを飲みに
街へ出てきた僕は大変混乱してしまいました。
映画を創っていない事がこんなに手持ち無沙汰になったのは久しぶりで、
時間をどう過ごすかとても分からない、何とも言えない、色々な物事に
置き去りにされた気分を味わいました。あの混乱はもう二度と味わいたくないと、
心底思わされた日でした。
7日
次の撮影が10日にある為、前日の混乱を引き摺っている間もなく、少しだけ
撮影した映像のキャプチャと小道具の制作に。何かする事が決まっているのは
大変心が落ち着きます。一つずつ、パーツを作っていって、最終的には一つの
大きな作品が出来る。泥臭くもこうして積み重ねる感覚がこの時の僕には
とても確かな手触りを持っていて、唯一の拠り所となるものでした。
また、少しだけキャプチャした映像を観てみて、意外と思っていたよりも
強度があると思えた事も、安らぎをもたらしてくれました。
まだ映画と呼べるには大いなる流れが産まれていませんが、素敵な河川の
ある瞬間を垣間見た気がして、それは興奮させられました。
映画という長い期間の継続的な創作において、この瞬間的な興奮の連続こそが
回転運動を止めようとするスタミナに爆発をもたらす圧縮されたガスそのもの
なのかもしれません。
8日
前日に少しだけ足場のようなものが見えて、今後の小道具の制作にも少しだけ
やる気が漲りました。慣れない作業で友人に助言と助太刀を求めつつ、少しずつ
作業を進め、見通しが立ってきた事が安定をもたらしてくれました。
9日
早朝海へ。日の出をみに。安直だけど自然って本当に素晴らしい。
刻々と変化しながらも美しい。一時として同じ表情を見せないし、
時間の経過はその色かたちの変化からわかり過ぎるほどに分かるのですが、
同じところに留まらずに美しい空というものに信仰めいた興奮を感じてしまいます。
この8月は週に3回ほど、こうして海へ日の出をみに出掛けていたように思います。
たゆたいながら変化してゆく空の色は、初めて観たサーカスのように人を人事不省に
陥らせる魔法のようなものでした。
翌日の撮影の準備。小道具の調達の為走り回り、制作。何とか間に合いました。
また、以降の撮影に必要なロケ地の使用交渉の為の準備も。
しかしながら、この時点ではまだ翌日撮影するシーンの画コンテを切っておらず。
この作業は翌日に持ち越される事になってしまいました。
しかしながら、随分と撮影をしていなかったせいか、本当にこれが映画になるのかと
いう不安はいつでも僕の傍からは離れてはくれませんでした。その不安は僕から
睡眠と食欲を奪い、生き物として不能であると突きつけようとしてきました。
今までどんな時でも食欲だけは無くした事がなかったので、この初めての経験には
とても参らされました。生物としての自信を喪失させられるなんて思ってもみませんでした。
なんか、書いてると凹んだだの参っただの、大袈裟な事ばかり書かれてますが、
実際やってる事といえば、子供が砂場でお城を作ったりトンネルを掘ったりと大差ない
事ばかりなんですね。そこんとこ補正して読んでいただけると幸いです。
最後に近況を少しばかり。
先週一部アフレコを終えました。効果音、音楽を考えると、まだまだこの作品は
化けるのかな、なんて思ったり。
正直な事を申し上げますと、僕の感覚からいうと、ラッシュが出来た時点で
結構満足しちゃったんですよ。それは何でかというと、自分の頭の中で
声を入れて、音楽も何となく付けちゃったりして、作品というより
強度を持った動的な映像という当初の目論見を達成した気になったからです。
もちろん作品として観た場合、始まりがあって終わりがある、単なる映像に
終始しない映画としての大いなる連なりは産まれていない為、まだ及第とは
いかないのですが。ラッシュを見返し、少しずつ編集を繰り返したり止めたり
する中で、何となく現在ある素材の中での流れが見えてきたので、現在は
以前感じた満足と別のモチヴェイションで作業をしています。
「早く皆様に御見せしたい!」と胸を張って言うにはモチーフに好き嫌いが分かれる
作品ですが、完成したら御見せ出来る機会を作るつもりですので、その時は
どうか観てやってくださいませ。
2008/01/22のBlog
[ 07:09 ]
[ コマゴマ ]
友人に「BANANA FISH」を貸していて、週末戻ってきました。
吉田秋生…色々と思い出してしまう名前。
確か同名の演出家も居るが、ここでは漫画家の方。
高校生の時に友人に読ませてもらった「BANANA FISH」が始まり。
その後読めるものは全て読み、サリンジャーの「ナインストーリーズ」を辿りも。
去年刊行された「蝉時雨のやむ頃」は「イヴの眠り」以来の単行本で、「イブ」があまりに
「BANANA FISH」を引き摺り過ぎるのとで、刊行当初は敬遠していた、否、
吉田秋生自体を敬遠していたのでした。
そしてようやくその「蝉時雨のやむ頃」を読んだが、圧倒的な技量に打ちのめされてしまいました。
簡単に言うと、嗚咽が止まらなくなり、仕舞っておいた過去の著作を引っ張り出しては
読み返していました。僕にとっての吉田秋生は、漫画という表現には収まらず、
他の作品と密接に結びついています。
例えば、「河のように長くゆるやかに」は村上龍の「69」や吉田修一の「最後の息子」と。
「BANANA FISH」はサリンジャーの諸作品や高村薫の「李歐」と。
或いはアメリカン・ニューシネマや大友克洋とも。
そしてそれらの作品との僕なりの相関が、一層吉田秋生の作品を僕にとって
掛替えの無い存在にたらしめています。
それらの作品に触れたのが、高校生の時だったというのもまた大きな要素だったでしょう。
そして、この機会にもう一度作品を読み返してみて、僕にとっての思い入れを超えて、
真に大切な存在だと確認する事になりました。
僕の産まれる前から活躍されている作家なので、今の画風とデヴュー当時の画風で
隔たりはあるのですが、それ以上に今読んでも耐えられる、と僕には思える作品たちでした。
それは僕の変化が乏しいのか、ハテサテ作品が凄いのか。
正直ほっとした部分がとても大きいのです。
未だに僕はこの作品でヤられている事。それは僕がまだ初めて触れた時の事を覚えている事に
他ならないし、その時と今とが地続きである事こそ、今の僕が許されている事に他ならないと思えます。
勿論、当時と今とで僕の置かれている環境は違いますし、時間を経た結果、
そこに思い出といった余分な不純物が入ったり、またスレたりとした事があるでしょう。
ですが、今とは境遇の異なったかつての自分と今の僕が共通の事項で結びついている
事実が、とても頼もしく思えた事が大きな収穫でした。
イヤハヤ、過去のアルバムを見返すのが苦手で、そこには全く別人が写っていると
思う事がしばしばありまして。
意外と今も「少年」だったんだなぁと思いました。
多分、今後もっと知恵をつけるし、「取り引き」をしてゆく機会も増えて意に沿わぬ
条件や契約も増えると思いますが、根っこの部分がまだ腐ってなかった証左があって、
良くも悪くも自分の青さみたいな部分に少しほっとした気がします。
枯れたと思ってた老木に、新芽が。みたいな。
吉田秋生…色々と思い出してしまう名前。
確か同名の演出家も居るが、ここでは漫画家の方。
高校生の時に友人に読ませてもらった「BANANA FISH」が始まり。
その後読めるものは全て読み、サリンジャーの「ナインストーリーズ」を辿りも。
去年刊行された「蝉時雨のやむ頃」は「イヴの眠り」以来の単行本で、「イブ」があまりに
「BANANA FISH」を引き摺り過ぎるのとで、刊行当初は敬遠していた、否、
吉田秋生自体を敬遠していたのでした。
そしてようやくその「蝉時雨のやむ頃」を読んだが、圧倒的な技量に打ちのめされてしまいました。
簡単に言うと、嗚咽が止まらなくなり、仕舞っておいた過去の著作を引っ張り出しては
読み返していました。僕にとっての吉田秋生は、漫画という表現には収まらず、
他の作品と密接に結びついています。
例えば、「河のように長くゆるやかに」は村上龍の「69」や吉田修一の「最後の息子」と。
「BANANA FISH」はサリンジャーの諸作品や高村薫の「李歐」と。
或いはアメリカン・ニューシネマや大友克洋とも。
そしてそれらの作品との僕なりの相関が、一層吉田秋生の作品を僕にとって
掛替えの無い存在にたらしめています。
それらの作品に触れたのが、高校生の時だったというのもまた大きな要素だったでしょう。
そして、この機会にもう一度作品を読み返してみて、僕にとっての思い入れを超えて、
真に大切な存在だと確認する事になりました。
僕の産まれる前から活躍されている作家なので、今の画風とデヴュー当時の画風で
隔たりはあるのですが、それ以上に今読んでも耐えられる、と僕には思える作品たちでした。
それは僕の変化が乏しいのか、ハテサテ作品が凄いのか。
正直ほっとした部分がとても大きいのです。
未だに僕はこの作品でヤられている事。それは僕がまだ初めて触れた時の事を覚えている事に
他ならないし、その時と今とが地続きである事こそ、今の僕が許されている事に他ならないと思えます。
勿論、当時と今とで僕の置かれている環境は違いますし、時間を経た結果、
そこに思い出といった余分な不純物が入ったり、またスレたりとした事があるでしょう。
ですが、今とは境遇の異なったかつての自分と今の僕が共通の事項で結びついている
事実が、とても頼もしく思えた事が大きな収穫でした。
イヤハヤ、過去のアルバムを見返すのが苦手で、そこには全く別人が写っていると
思う事がしばしばありまして。
意外と今も「少年」だったんだなぁと思いました。
多分、今後もっと知恵をつけるし、「取り引き」をしてゆく機会も増えて意に沿わぬ
条件や契約も増えると思いますが、根っこの部分がまだ腐ってなかった証左があって、
良くも悪くも自分の青さみたいな部分に少しほっとした気がします。
枯れたと思ってた老木に、新芽が。みたいな。
2008/01/16のBlog
[ 07:32 ]
[ ポエム ]
あいつが死んだのは
日が昇る前、午前三時といわれてる
多分僕もその頃死んだ
示し合わせた日々が終わって
誰も逆らえない明日から
降板した舞台袖に 知らない人影と一緒に
父さんと母さんも居た 立ってた
ライトが灯り存外眩しい 誰彼照りつけて 誰彼狂わせた
日傘を差したなら 安心
後はゆっくりと歩いてくればいい
影が何処までも長く伸びてく
国道沿いには同じ景色がずっと続き
萌える草花もずっと一緒
長く伸びてく
置き去りにしても長く伸びてく
誰から産まれて誰に継ぐのか
日が昇る前、午前三時といわれてる
多分僕もその頃死んだ
示し合わせた日々が終わって
誰も逆らえない明日から
降板した舞台袖に 知らない人影と一緒に
父さんと母さんも居た 立ってた
ライトが灯り存外眩しい 誰彼照りつけて 誰彼狂わせた
日傘を差したなら 安心
後はゆっくりと歩いてくればいい
影が何処までも長く伸びてく
国道沿いには同じ景色がずっと続き
萌える草花もずっと一緒
長く伸びてく
置き去りにしても長く伸びてく
誰から産まれて誰に継ぐのか
[ 07:22 ]
[ コマゴマ ]
この日は、物語の発端が描かれるシーンの撮影。
3日連続の撮影。この日を終えるとしばしのインターバルが出来る日でした。
2日も撮影すれば、流れを把握してもおかしくないものですが、まだカメラを
回す僕自身が掴み切れて居なかったので、現場の段取り、撮影のテンポなど、
現場に大切な部分に不穏な影を落とし続けていました。
というのも、これまで撮影したシーンが、狙い通りに映画になっているかどうか
まだ編集もしておらず不明だったからでした。映画は他の創作と比べ、
長丁場になりがちです。そして多くのプロセスを踏んでようやく完成の目を見る
代物ですが、その為プロセス毎に良いか悪いか、何度も何度も試されるので、
本当に気が抜けないスタミナを試される行為だと思いますが、
この3日目にしてその最初のふるいが突きつけられる事になりました。
この日は主役を迎えての初の撮影、物語のトーンを決めるダイアローグ、と
前々日前日には無い雰囲気に、撮影3日目のくせに結構気合が空回り気味に。
悪く言えば今までのシーンが映画の勢いを借りて提示できるシーンだったのに
比べ、今回のシーンはその映画の勢いを醸成する為の、序盤の肝となる
トーンを創らねばならないシーンだったので、どう違和感無く膨らませてゆくか、
以降のシーンにうまくバトンを繋げるかに頭がいっぱいでした。
今回の撮影は全て画コンテを切って臨んでいたのですが、コンテと
実際のファインダ越しの画にみられるズレにカットごとのタイミングを
とるのに随分と迷いながら撮影。また、準備不足をK君に無理矢理補って
もらったりと、やっぱり色々と拙さが露呈。シーン2、4、8と映画の
時間軸に沿って撮影し、補足のシーンを撮影。気付けば夜の11時を回り、
役者の方、K君だけでなく、部屋を貸してくれたS君にも随分と迷惑を
掛けた撮影でした。
そうして撮る予定だったシーンを全て撮影し終えたにも関わらず、
後日観返すと、何も伝わってこないシーンになってしまい、自分の力量の
無さを露呈して愕然と。
結局再度みんなにお願いして撮り直しをする事になった撮影でした。
問題があったのは、このシーンで映画における何を伝えるかが
自分で把握しきれて居なかった事が原因でした。
その為再び画コンテを、大げさかもしれないけど徹底的に伝える点に
フォーカス出来るように切り直して、臨む事にしました。
撮り直しの撮影の話はまた後日。
しかしながら、こんなに監督が酷い現場にも関わらず、僕以外のK君やM君、
OさんSさんの献身的な姿勢には驚きで絶句する思いでした。
というのも、K君には小道具から撮影中の飲み物やお菓子の買出し、他、
カットの間に出来る待ち時間を楽しいものに変えてくれたり、役者の方たちからは
積極的に役に対しての意見をいただけたり現場に笑顔をもたらして
雰囲気を明るくしてくれたりと、ホント言うと、何でみんなこんなに
献身的なんだろうかと悩みさえしました。これ以降、作品を創るという事と
別の課題が僕に突きつけられる事になりました。それはこの創作において
僕がしなければならない事という課題でした。
そしてこの課題に自分なりの回答を作り上げる事が、映画を創るのと匹敵するほど
大切な事だとこの頃から薄々と自覚し始めました。
ま、その話はまた後日って事で。クダラン与太話と共に喋る機会に。
※参加してくれる人たちの呼称に関してですが、将来ある皆様なので、実際の呼称を
用いると支障が出る恐れがあります。ですので、
この日誌の呼称は全てイニシャルに変えさせていただきます。
ご了承ください。
3日連続の撮影。この日を終えるとしばしのインターバルが出来る日でした。
2日も撮影すれば、流れを把握してもおかしくないものですが、まだカメラを
回す僕自身が掴み切れて居なかったので、現場の段取り、撮影のテンポなど、
現場に大切な部分に不穏な影を落とし続けていました。
というのも、これまで撮影したシーンが、狙い通りに映画になっているかどうか
まだ編集もしておらず不明だったからでした。映画は他の創作と比べ、
長丁場になりがちです。そして多くのプロセスを踏んでようやく完成の目を見る
代物ですが、その為プロセス毎に良いか悪いか、何度も何度も試されるので、
本当に気が抜けないスタミナを試される行為だと思いますが、
この3日目にしてその最初のふるいが突きつけられる事になりました。
この日は主役を迎えての初の撮影、物語のトーンを決めるダイアローグ、と
前々日前日には無い雰囲気に、撮影3日目のくせに結構気合が空回り気味に。
悪く言えば今までのシーンが映画の勢いを借りて提示できるシーンだったのに
比べ、今回のシーンはその映画の勢いを醸成する為の、序盤の肝となる
トーンを創らねばならないシーンだったので、どう違和感無く膨らませてゆくか、
以降のシーンにうまくバトンを繋げるかに頭がいっぱいでした。
今回の撮影は全て画コンテを切って臨んでいたのですが、コンテと
実際のファインダ越しの画にみられるズレにカットごとのタイミングを
とるのに随分と迷いながら撮影。また、準備不足をK君に無理矢理補って
もらったりと、やっぱり色々と拙さが露呈。シーン2、4、8と映画の
時間軸に沿って撮影し、補足のシーンを撮影。気付けば夜の11時を回り、
役者の方、K君だけでなく、部屋を貸してくれたS君にも随分と迷惑を
掛けた撮影でした。
そうして撮る予定だったシーンを全て撮影し終えたにも関わらず、
後日観返すと、何も伝わってこないシーンになってしまい、自分の力量の
無さを露呈して愕然と。
結局再度みんなにお願いして撮り直しをする事になった撮影でした。
問題があったのは、このシーンで映画における何を伝えるかが
自分で把握しきれて居なかった事が原因でした。
その為再び画コンテを、大げさかもしれないけど徹底的に伝える点に
フォーカス出来るように切り直して、臨む事にしました。
撮り直しの撮影の話はまた後日。
しかしながら、こんなに監督が酷い現場にも関わらず、僕以外のK君やM君、
OさんSさんの献身的な姿勢には驚きで絶句する思いでした。
というのも、K君には小道具から撮影中の飲み物やお菓子の買出し、他、
カットの間に出来る待ち時間を楽しいものに変えてくれたり、役者の方たちからは
積極的に役に対しての意見をいただけたり現場に笑顔をもたらして
雰囲気を明るくしてくれたりと、ホント言うと、何でみんなこんなに
献身的なんだろうかと悩みさえしました。これ以降、作品を創るという事と
別の課題が僕に突きつけられる事になりました。それはこの創作において
僕がしなければならない事という課題でした。
そしてこの課題に自分なりの回答を作り上げる事が、映画を創るのと匹敵するほど
大切な事だとこの頃から薄々と自覚し始めました。
ま、その話はまた後日って事で。クダラン与太話と共に喋る機会に。
※参加してくれる人たちの呼称に関してですが、将来ある皆様なので、実際の呼称を
用いると支障が出る恐れがあります。ですので、
この日誌の呼称は全てイニシャルに変えさせていただきます。
ご了承ください。