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死者の書
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2008/05/28のBlog
[ 07:26 ] [ コマゴマ ]
25日で倉庫の撮影は終了します。撮り残したシーン7と9を撮影するためです。
HR君、MR君、KN君にマスターを含めたメンバーで撮影。
最初にシーン9を撮り、その後、体調を回復されたマスターを招いてシーン7を撮影しました。
このシーンは二つとも合成が必要な為、カメラにとても苦労しました。
カットの計算もそうですが、撮影全体を通してハンディで撮影していたので、合成しやすくする為に
カメラを固定させる点が最も厄介でした。(編集で見直すとヤッパリ…な塩梅で…)
そのためHR君、KN君だけのシーン9でも、カット数は5カット程度ながらもその倍はカットを
撮っていますし、何度も何度も撮り直しをする事に。

どうにか撮影が終わり、マスターと合流しシーン7を。このシーンの合成は2カットだけなので、
その前に撮影したシーン9と比べて楽に撮影できました。マスターも、撮影に初参加ながらも
僕の変な要求に戸惑う事も無く、色々な演技をしてくれたりと、とても前向きに参加してくれた
事が印象的でした。

ようやく倉庫を使った撮影が全て終わり、皆撤収を手伝ってくれて、残すは最後のシーン39を
残すのみ。

夕方5時に解散と相成りましたが、KN君、HR君、と長きに渡って参加してくれた方たちも
クランクアップとなり、幾ばくか淋しくもありました。
年の瀬の風が染みてきました。

ともあれ、ここまでどうもありがとうございました。



翌26日は、本当に最後の撮影。ラストシーン39の撮影の為、長町へ。
Sさん一人のシーンを撮りました。
Y君が手伝ってくれ、長町駅側の広瀬川河畔へ。

最後を締めくくるよく晴れた素晴らしい日だったのですが、前日に小道具を買い逃してしまい、
当日慌てて探す事になり、最後の日に遅刻という失態…。
面目ない事火の如しなんですが、二人とも集中を切らすことなく振舞ってくれたのが救いでした。
ラスト3カットは、今にも落ちてきそうな空の下、とても清清しい気持ちで終えられました。
例によって野外の撮影でしたので、予想できない事態を懸念していましたが(具体的には警察やクレーマー)、
仕事納め間際とあって、誰に咎められる事も無く無事に撮影を午前中に終えられました。

これにて映画「或る死者の書~all she shouts~」の全シーンの撮影を終了した事になりました。
これでSさん含め、役者の方がた全員クランクアップ。
8月から撮影していて、僕自身これほど長丁場になると思っても居ませんでしたし、これほど
色々と考えさせられた事もありませんでしたが、最後には少しだけ寂しい気分でした。

役者の方たちを始め、協力してくれた方たちにも多くのご迷惑を掛けた撮影でしたが、
終わった時には、まるでフジロックに行った時の様にまだこの時間が長く続いてくれたらという
気持ちも少しありました。この緊張感は他のどんな事からも得られないものだと思います。

こうして、もう去年になる事を振り返っていてツクヅク僕は映画に向いていないと思わされます。
それでも何で映画を撮ってしまうかと言うと、一人で完成しない事がそこにあるからだと思います。
今回僕が言いだしっぺで、沢山の人たちに迷惑を掛けながらもクランクアップしてみて思ったのが、
僕自身が最もこの映画に要らないという事と、僕以外の誰が欠けてもこの映画が完成しないという
二つの事実でした。僕の至らなさからか、この作品が素晴らしいとは口が裂けても言えませんが、
参加してくれた誰が欠けても、代わりが居ませんでしたし、この作品の質は落ちていました。
何より、僕は関わってくれた人たちと一緒に居られてとても嬉しかったし、この体験は代え難い。
どこまでも作品の質から離れて個人的な体験にこの文章が占められて行くのが、読んでくださる皆様に
心苦しくもありますがもう少しだけお付き合いください。

この作品を創るプロセスとして良かった部分もまたあって、それは自らの傲慢さを気付かせてくれる
キッカケがあった事と、自分自身でまだ出来なかった部分が心を挫く程に圧し掛かってきながらも
まだ映画を、映像を撮り続けたいと思っている事が分かったことでした。

僕が監督として一つの理想像を持つとするならば、それは日露戦争の海軍を率いた東郷平八郎元帥の
姿を浮かべます。彼は、秋山真之を始とする作戦参謀に作戦を任せ、完璧に部下を信頼し責任だけは
自分がとるという姿勢を見せた薩摩隼人でした。多分、映画が監督のものだとするならば、それは
作品の責任をとるのが監督だからだという一点にある言葉なのだと思いますが、
僕はそれが出来ませんでした。

まだ掌握すべき部分と緩める部分の緩急のバランスを取る事が出来ないし、
画面を創っても作品全体を創る事との間にできる隔たりを埋める事が出来ない。
出来ない事が多くて、とても挫折を経験させられた現場でした。その挫折は、
映画を創る上でだけでなく、今後人間として生きてゆく上で僕がこう在りたいと
願う姿に具体的な指針を与えてくれるもので、苦しくともその点で努力してゆく事は
とても有意義だし何よりもこれまでと違った映画が創れるかと思うと、
ワクワクさせられるものでもあります。


さて、今現在はといえば、MR君の協力で、年明けのアフレコも終え、効果音もほぼ完成して、
後はBGMとEDロールを付けてゆくのみです。ここまででディレクターズカットの完成。
9割3分は完成していると言えます。
公開の目途はまだ立ちませんが、これでひとまず「或る死者の書」撮影日誌を終えます。
長らくお付き合いくださってどうもありがとうございました。

公開の日取りが決まりましたら、すぐにでもこちらで記事にしますので、日本からこのblogを
ご覧の皆様はどうかお待ちくださいませ。
23日と24日に撮影したシーンはクライマックスのシーン38のみ。
ですが、このシーンだけで40ものカットを撮らねばならず、
この倉庫での撮影の一番の懸念材料でした。

役者として撮影に参加してくれたのは、HR君、MR君、KN君、Y君、Sさん、
メイクとしてまたも卒論の忙しそうなTKさんを呼び出しての撮影。
暖房の乏しい寒い倉庫で、みんな息を白くしながら頑張ってくださいました。
特にこのシーンを盛り上げる発端であるMR君とKN君には、演技のみならず現場を明るく
保ってくれたりと裏方の部分でも頼りっきりでした。最初に彼ら二人だけのカットを
10カット程撮影した後、幽霊役のHR君、Y君、Sさんたちの出るシーンも撮影しました。

このシーンはストーリーの締めを担うシーンでもありますが、映画としてのギミックを多く
盛り込んで、兎に角映画の持つケレンとカタルシスを満足させたくて必死でした。
それだけに、ストーリーとしての起伏とケレンの両立が最後まで読み切れませんでした。
この撮影、最も難しかったのが、編集での繋ぎ方が読めなかった点にあり、どれ位の長さで
撮れば良いのかがハッキリとせず、ガムシャラにカメラを回していました。
ですので、編集していて最も難しかったシーンでした。撮影した後でも原因が分からないので、
悔いはないのですが、もっと力量があったらと思わずには居られません。

この日、ラストへと雪崩れ込む最も大切な部分だけを残して、8時間ほどの撮影も無事終了。
翌日の撮影に何とか持ち越す事が出来ました。


明けて24日。前日のメンバーにKW君を加えて、シーン38のクライマックスの撮影を。
今回の撮影で一番活躍した霧吹きを用いて、何度も何度も布に水をかけまくる撮影、主人公役の
Sさんのアップ、解説カットと撮った後、ようやく最も撮影したかったカタルシスまで撮った時、
とても清清しい気持ちでした。この撮影で、MR君、Y君がクランクアップ。
休憩の後、KW君の撮影をする為にロフトへ。彼の名演技を漏らすまいとカメラで追い掛けました。

このシーンの撮影が終わり、気が抜けそうになりましたが、クランクアップまで後2日の予定。
次回は25日、26日の撮影を振り返りたいと思います。
[ 05:56 ] [ コマゴマ ]
22日を振り返ります。

22日はこれまた倉庫で撮影。この日はシーン32とシーン18の撮影。
映画がある方向を指し示しつつも膨らんでゆくテンソルの様なものだとしたならば、
撮影したシーンはそのテンソルの中核を成す部分です。

参加してくれたのはKN君、ONさん、Sさん、TKさん、FK君でした。
最初にKN君、ONさん、Sさん出演シーンを撮り、その後KN君とSさんのシーンを撮りました。
中核を担うシーンなのですが、この撮影を通して僕自身どうやって物語をドライブさせて良いか
不明だった点が、この撮影を通してクリアになった気がします。

映画の持つ冷静さ、これは宿命みたいなものですが僕はそこからどうやって逃れられるのかを
ずっと考えてきました。その答えの一つが身体と身体の距離感にあると思えてなりませんが、
このシ-ンでようやく一つの方向性が見えてきたように思えます。

ですので、32、18は特にその距離や動きを大切にして演出しました。
ですが、通常ではあり得ない事を役者のみんなには強いていまして、中でもこの倉庫のシーンに
出ずっぱりのKN君には負担が大きかった事が反省点です。
彼からの信頼、彼に限った事ではありませんが、役者という、画面の中を活き活きと動き回って
映画を創ってくれる役者からの信頼を得られなかった事、これはこの映画の致命的な部分かも
しれません。

そんな戸惑いを他所に僕は演出をしましたし、手を抜くことなく僕の言う事に耳を傾けてくれ
芝居をしてくれたKN君、OSさん、Sさんにあの場所で感謝を伝えられなかった事、
気配りの出来なかった事を今は悔やんでいます。

ともあれ、この長きに渡る撮影に終わりが見えた事が救いです。
この撮影でOSさんがクランクアップ。本当にありがとうございました。
[ 05:17 ] [ コマゴマ ]
12月15日の事を振り返る


昨年の15、19日の撮影に関して。

この撮影始まって唯一のアクシデント。予定していたキャストのMSさんが、
風邪をひかれてしまい、参加できないという事態に。そこで、予定のシーンを予備日に回し、
この日は2シーンのみの撮影を倉庫で。

KN君(12月は出ずっぱりです。何てったって彼のシーンばかりですから。)、KW君、MR君、OSさん、HR君に
出演いただき、名メイキャッパーTKさんにメイクを!
TKさんに出演者の方たちをメイクをしてもらっている間、撮影準備を。

撮影は本編の半ばにさしかかるシーンを撮影。ほぼ順撮り。
毎回ですが、シーン入りの、みんなの戸惑いがよくわかる状態から、撮影後のやり切った
表情が出てゆくまでのプロセスが個人的にとても好きで、今回も現実的には特異なシーン。
ただ、演出上デフォルメしまくっていて、少しずつでも役者がその戸惑いの中から
演技を出してもらってゆく過程に毎回頭を垂れてます(イメージですが)。
今回、OSさん、MRくん、KNくん、KWくんが共演するシーンでしたが、
特にKNくんは戸惑ったと思います。OSさん、MRくんはとても徹してくれて僕の言う事に
耳を傾けてくれました。ですがKNの場合は勝手が違います。こんな芝居はありえません。
役の設定から意味が分からないと思います。この映画中もっとも特異なキャラクタだと思います。
彼とはこれまでの撮影で色々話してきましたが、そのキャラクタが際立つ今回の撮影が
最も苦労したと言っていました(たぶん)。
撮影は次に彼がステージに立つシーンから。彼何となくだけど浪速のプレスリーこと
西田敏行さんを思わせるところがあって、意外と映えるんですよ。
(ただ、本人がシャイすぎるのがタマキズ)
何度も何度も彼のステージをやり直して、彼が疲れてきているんだけども止められなくて、
ようやく納得ゆくものを撮影。でも、時間はさほどかからず。KNくんが疲れを滲ませていたのが
心に残りました。何とか撮影を終えて、次は鉄板役者KWくんのシーンを。

今回、仙台協同組合卸商センター様からお借りしたこの倉庫にはロフトがありますが、
そのロフトで彼が大暴れするというシーンを。KWくんはこれまで色々な自主制作映画に
出演してきていますが、彼自身こんな役をやった事がないといっていました。
その分不安もあったでしょうが、それを感じさせる事無く、過剰に芝居をしてくれた事が
印象的でした。彼の芝居は、その後のポスプロでも多くの話題をていきょうしてくれています。

彼の大一番が終わりようやくシーン撮影終了。

休憩し、次のシーンへ。ここでHRくん登場。KWくん、KRくん、HRくんの共演シーンです。
数カットと短いながらも、役の特徴が出たシーンになっていると思います。


そして19日の撮影も振り返ります。
この日は夕方3時くらいから撮影。この日の主役はサトウさん。以前から頼んでいた
小道具をKSくんが完成し持ってきてくれました。見れば見るほど精巧で、彼にとても
面倒な事を頼んでしまい少し反省です。この小道具は出来が素晴らしく、飾っておきたいほど。

この日撮影するシーンは、KSくんの小道具が印象的なシーンも含めて二つ。
どちらも短いながらも、映画のイメージを彩るシーンで、個人的に撮影していて楽しい
シーン。10月の8日に撮影を予定していたシーンで、長町一丁目の河川敷にて撮影しました。
HRくん、YSくんが登場してくれます。

今回の映画で、彼らは幽霊役として、脇を担ってもらっていますが、特に派手な見せ場は無く、
スポーツ漫画でみられる解説してくれる通な観客のような立ち位置。
ですが、映画と観客との「繋ぎ役」で、映画を膨らませる為のシーンを考えると不可欠な
存在です。
確かに、人物にフォーカスする点では彼らへのスポットはありませんが、
映画が物語る以上の存在であろうとするならば、彼らの存在なくてはありえません。

えっと、ここでそんな事を言っている点が既に見も蓋もないとってつけたフォローのように
受け取られるでしょう。実際、その点も無きにしもあらず。
でも、観ていただければ僕の言っている事は理解いただけると思います。


実際の撮影ではそれぞれ4カット程度と短いながらも、個人的に撮ってみたかった
カットが撮れ、とても僕は満足ゆく撮影でした。
小道具を持ってきてくれて疲れているはずのKSくんも撮影を手伝ってくれ、
寒い中二人は文句も無く演じてくれる。改めて考えるととても恵まれた現場ですね。

この時点で残り半分、8シーンほど。
次は12月終盤の撮影を振り返ってゆきたいと思います。

2008/05/21のBlog
夜と背中 足早に踏む水たまりに
街灯が揺れる 油膜の虹が踊りだす

シャボンが父の背中を滑る
言葉に詰まり蟲を食うと
湯船に沈む亡き思い出が
笑うので手を伸ばして飛び込んでしまう

人より少し臆病で 広がる景色を千切りたくなってしまう
手遊びが止められず 宇宙が果ててしまう如くに
模様が紡ぎ出されてゆく
糸を吐き 生まれ変わるか覆い隠すか
動かずじっとうつむいて
指が調子よく素早くと 動くに任せて耽りこんでゆく

言葉の裏に潜む景色は 必ずそういうものだったように
思えてくるのだ
2008/05/14のBlog
[ 08:34 ] [ コマゴマ ]
どーでもいーんですが、オール電化を自分で出来ないかな、なんて思います。
自分の身体を改造したい。電気と金属で生まれ変わりたい。
生まれ変わるならスーパーカー。


スーパーカーと言えば、ジュネーブモーターショーで、奥山清行さんと一関市のMODI社
発表した車には皆さんもシビレまくったと思います。

奥山さんと言えば、泣く子も黙るferrariのデザインを手がけた事で日本中のド肝を抜きましたが、
その奥山さんと有名とは言えないMODI社の車がジュネーブモーターショーに出品した事で、
また日本中はド肝を抜かれました。
※この発表された車がまたとても格好よくて、、戦前のレースカーをホウフツとさせ、
かといって現代の技術力無しには産まれない車。塗装無しであの輝きを出すなんて、
今だからこその技術。

NHKの番組、クローズアップ現代とかで何度か取り上げられました。

美しい。とても美しいデザインです。

この美しいデザインはこちらで観られます。

あー機械になりたい。目的と手法とが美しいシステムに内包されたマシンになりたい。
2008/05/11のBlog
[ 22:12 ] [ コマゴマ ]
厚く重々しい雲が前日から居座って、粉ぬか雨が降ったりやんだりの空模様。
友達と夕飯を食べる。彼の家の近所の定食屋、初老の夫婦で切り盛りしている
学生街に似合った活気のある店で、空腹や睡眠不足や最近の事を話したりして、
モリモリと飯を食べる。喋りながら飯を食べるのか、食べながら喋っているのか、
遠慮のない時間が過ぎてゆく。

どんなタイミングだったかは忘れたが、
茶碗を片手に彼が「自殺する人ってのは孤食だったんだよ」と言った。
夜遅くに飯を喰う事の多い、久々に飯らしい飯を食べた、とか、
そんな話をしていた時だったように思う。

僕は彼の意見に対する返答を上手く出来かねないでいたけど、
人が死ぬ事実以上にその裏には他人が気付いてあげられなかった後悔だとかが
毎日の生活の中に、掃除されなくなった空き家につもるわずかな埃の様に
蓄積されてゆくような気がした。

一人ではいつでも飯が食べられる分、人と一緒に飯を食べるのは胃袋にも新鮮な行為だ。
最後の御御御付けも残さず平らげた。
食べるとゲンキンなモンで、すぐ眠くなったが、
動きたくないから僕らは、くだらない話をしばらく笑いながら続けた。


そうそう、午前中には先輩にも少しだけだけれど会ったんだ。多分2年ぶりだったし、
先輩も帰りの電車があるようで、30分にも満たない時間だったけれど、会ってくれた事が
嬉しかったし、ビビらずに先輩に電話出来たおかげでこうして嬉しい時間を過ごせた。
偶然にあった電話や、昔した話、出会った人や会った場所のおかげだけれど。
離れていても、思ってる以上に人はまた会える、繋がれる。