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2008/08/23のBlog
[ 10:17 ]
[ コマゴマ ]
ロンドン五輪ってロンドンコーリングみたいですね。
さてクラッシュ大好きっ子にオナジミ、ソウルフラワーユニオンの
新しいアルバム「カンテ・ディアスポラ」が9月17日にリリースされます。
特設サイトが出ているので、是非ご覧くださいね。
ライブでお馴染みの楽曲が音源になっており、ライブ会場で恍惚と
なされた方々はあの興奮と共に17日はお店へゴーでありますよ。
お店で買えないシャイな貴方は、ネットショッピングなんて手も
ありますよ。幸い、Artist-Direct shop 405ですと、限定生産紙ジャケ仕様!こちらはまた
お店では買えないネットとライブ会場限定販売になっておりますので、
シャイな貴方に相応しく、シャイでない貴方にも相応しい、お部屋の
インテリアに最適の一枚になっております事ですYo!
個人的な補足として、ライブで覚えている楽曲を少し。
パレスチナは幽玄な響きと共に、中東の厳しい季節と夜を伝える
ナンバー。道草節は世界中の道草愛好者の琴線をくすぐるナンバー。
海へ行く、ラヴィエベル~人生は素晴らしい、寝顔を見せて、辺野古節など、
既発シングル曲はお馴染みながらも、こうして並んでいると、
改めてソウルフラワーユニオンのみせる、孤独に怯まず楽しく活きる
人間に寄り添うミュージックの側面を浮かび上がらせてくれます。
以前の、「ロロサエ・モナムール」のツアーの時に聴いた時にはその楽曲の多くは
出来ていたと思いますが、その「ロロサエ~」の楽曲と並べても
調和の取れていたセットリストでしたので、今度のアルバムも唄メインに据えられた
アルバムだと思います。その点では以前のアルバムの延長にもあるアルバムだと言えますが、
前のアルバムが、ソウルフラワーモノノケサミットでの東ティモールライブや海外での
ライブから生まれた生活者の為の楽曲だとしたら(スカやブルーズ、
ラテンの要素を取り入れた楽曲群、
アル・ファジュル、パンチドランカーの夢、零年エレジー、完璧な朝~ア・ルータ・コンティヌーア、
星降る島~オー・マルシーラ・オーウルシーラ)、
今回のアルバムは、勿論既発シングルを参照としていますが、楽曲のアレンジは
雑多な音楽の参照をメインに据えずともソウルフラワーユニオンの唄があった上での
アレンジになっているのではないかと思います。
簡単に言うと、スカっぽい曲、ブルーズみたいな、というよりもそれが唄の奥に
潜んでいるような曲たちだという事です。
「ロロサエ~」から2年。それ以来ユニオンのライブを観ていないので
何とも言えない
もどかしさがあります!仙台に来てライブをやって欲しい!
そうすりゃこんなゴタクを並べずとも、楽しいライブがあるから行こうぜで、
全て事足りるんですよ。ソウルフラワーのライブは外れナシ。
老若男女総ダンス!
あ、個人的な近況は特になしです。
ソウルフラワーのアルバムが出るそうなので、それまでは生きています。
後、このBLOGを近々閉鎖します、長らくのご愛顧ありがとうございました。
さてクラッシュ大好きっ子にオナジミ、ソウルフラワーユニオンの
新しいアルバム「カンテ・ディアスポラ」が9月17日にリリースされます。
特設サイトが出ているので、是非ご覧くださいね。
ライブでお馴染みの楽曲が音源になっており、ライブ会場で恍惚と
なされた方々はあの興奮と共に17日はお店へゴーでありますよ。
お店で買えないシャイな貴方は、ネットショッピングなんて手も
ありますよ。幸い、Artist-Direct shop 405ですと、限定生産紙ジャケ仕様!こちらはまた
お店では買えないネットとライブ会場限定販売になっておりますので、
シャイな貴方に相応しく、シャイでない貴方にも相応しい、お部屋の
インテリアに最適の一枚になっております事ですYo!
個人的な補足として、ライブで覚えている楽曲を少し。
パレスチナは幽玄な響きと共に、中東の厳しい季節と夜を伝える
ナンバー。道草節は世界中の道草愛好者の琴線をくすぐるナンバー。
海へ行く、ラヴィエベル~人生は素晴らしい、寝顔を見せて、辺野古節など、
既発シングル曲はお馴染みながらも、こうして並んでいると、
改めてソウルフラワーユニオンのみせる、孤独に怯まず楽しく活きる
人間に寄り添うミュージックの側面を浮かび上がらせてくれます。
以前の、「ロロサエ・モナムール」のツアーの時に聴いた時にはその楽曲の多くは
出来ていたと思いますが、その「ロロサエ~」の楽曲と並べても
調和の取れていたセットリストでしたので、今度のアルバムも唄メインに据えられた
アルバムだと思います。その点では以前のアルバムの延長にもあるアルバムだと言えますが、
前のアルバムが、ソウルフラワーモノノケサミットでの東ティモールライブや海外での
ライブから生まれた生活者の為の楽曲だとしたら(スカやブルーズ、
ラテンの要素を取り入れた楽曲群、
アル・ファジュル、パンチドランカーの夢、零年エレジー、完璧な朝~ア・ルータ・コンティヌーア、
星降る島~オー・マルシーラ・オーウルシーラ)、
今回のアルバムは、勿論既発シングルを参照としていますが、楽曲のアレンジは
雑多な音楽の参照をメインに据えずともソウルフラワーユニオンの唄があった上での
アレンジになっているのではないかと思います。
簡単に言うと、スカっぽい曲、ブルーズみたいな、というよりもそれが唄の奥に
潜んでいるような曲たちだという事です。
「ロロサエ~」から2年。それ以来ユニオンのライブを観ていないので
何とも言えない
もどかしさがあります!仙台に来てライブをやって欲しい!
そうすりゃこんなゴタクを並べずとも、楽しいライブがあるから行こうぜで、
全て事足りるんですよ。ソウルフラワーのライブは外れナシ。
老若男女総ダンス!
あ、個人的な近況は特になしです。
ソウルフラワーのアルバムが出るそうなので、それまでは生きています。
後、このBLOGを近々閉鎖します、長らくのご愛顧ありがとうございました。
2008/06/06のBlog
[ 15:37 ]
2008/06/04のBlog
[ 08:08 ]
[ コマゴマ ]
2日に中田英寿氏の出演するドキュメンタリィ番組を観た。
中田氏が世界各国を見聞するという内容で、彼は地元の人たちとサッカーをしたり
話したりと、忙しくも活発だった。
彼が元々は日本を代表するサッカー選手である事は日本人なら周知だし、
サッカー(世界最大のスポーツ)という「共通言語」を駆使して振舞う彼は、
多くの人とコミュニケーションするツールを持ち、国を代表する
サッカー巧者(そのトピックのプロフェッショナル)としての自身を如何なく発揮させていたと思えた。
この時点で、一人のバックパッカーとは言えないほどのアドバンテージを持っていて、
番組構成上ともすればサッカーに頼りすぎたコミュニケーションだと思えた。
(それでも伝えるに足るトピック、伝達可能なツールを持っている点で、彼の行うアクションは
独りよがりではないのだが)
個人的に、人に伝えるに足るトピックと共通言語についてつらつらと考えたりするが、
サッカーを通じてコミュニケーションをとっている彼に軽い嫉妬さえ感じた。
ミュージシャンにも同様の嫉妬を感じるが、サッカーという新たなツールを目の当たりにして、
驚きも相まって投げ遣りな気分にさえなった。
もう皆人と気まずい雰囲気になったり、オチに困ったりしたら、
サッカーボール持って「サッカーしようぜ!」で片つければいいやん!
と思った。
「みんな笑ってくれるし、僕もそんなに悪い気はしない筈だよ」
中田氏が世界各国を見聞するという内容で、彼は地元の人たちとサッカーをしたり
話したりと、忙しくも活発だった。
彼が元々は日本を代表するサッカー選手である事は日本人なら周知だし、
サッカー(世界最大のスポーツ)という「共通言語」を駆使して振舞う彼は、
多くの人とコミュニケーションするツールを持ち、国を代表する
サッカー巧者(そのトピックのプロフェッショナル)としての自身を如何なく発揮させていたと思えた。
この時点で、一人のバックパッカーとは言えないほどのアドバンテージを持っていて、
番組構成上ともすればサッカーに頼りすぎたコミュニケーションだと思えた。
(それでも伝えるに足るトピック、伝達可能なツールを持っている点で、彼の行うアクションは
独りよがりではないのだが)
個人的に、人に伝えるに足るトピックと共通言語についてつらつらと考えたりするが、
サッカーを通じてコミュニケーションをとっている彼に軽い嫉妬さえ感じた。
ミュージシャンにも同様の嫉妬を感じるが、サッカーという新たなツールを目の当たりにして、
驚きも相まって投げ遣りな気分にさえなった。
もう皆人と気まずい雰囲気になったり、オチに困ったりしたら、
サッカーボール持って「サッカーしようぜ!」で片つければいいやん!
と思った。
「みんな笑ってくれるし、僕もそんなに悪い気はしない筈だよ」
2008/05/30のBlog
[ 05:57 ]
[ コマゴマ ]
近くの河川敷で昨年から見かけた、鴨と家鴨のつがいに産まれたコドモが居なくなりました。
昨日見かけた二羽の鴨の飛び立つ姿が、巣立ちを意味するのならば、鴨と家鴨のつがいは
子育てを終えたのだと思います。二羽だけになったつがいは、心なしかその距離を縮めた
ように見えました。
玄関脇の大きな針葉樹、多分杉の木、に営巣しているカラスのつがいも最近慌しく、
僕が玄関の側に居ると、廊下の欄干や隣のアパートの屋根に止まっては落ち着かない
様子を見せています。多分産卵を済ませたのだと思いますが、忙しなくとも新しい
命の誕生と真剣に向き合うカラスのつがいの姿を、微笑ましくも興味を持って眺めています。
新しい命や始まりは、その是非を問わず、ダイナミックで人を惹き付ける何かがあり、
騒ぎ立てられるような気分になります。願わくば、新たな胎動の現場に1回でも多く
立ち会える事を。
では。
昨日見かけた二羽の鴨の飛び立つ姿が、巣立ちを意味するのならば、鴨と家鴨のつがいは
子育てを終えたのだと思います。二羽だけになったつがいは、心なしかその距離を縮めた
ように見えました。
玄関脇の大きな針葉樹、多分杉の木、に営巣しているカラスのつがいも最近慌しく、
僕が玄関の側に居ると、廊下の欄干や隣のアパートの屋根に止まっては落ち着かない
様子を見せています。多分産卵を済ませたのだと思いますが、忙しなくとも新しい
命の誕生と真剣に向き合うカラスのつがいの姿を、微笑ましくも興味を持って眺めています。
新しい命や始まりは、その是非を問わず、ダイナミックで人を惹き付ける何かがあり、
騒ぎ立てられるような気分になります。願わくば、新たな胎動の現場に1回でも多く
立ち会える事を。
では。
2008/05/28のBlog
[ 07:26 ]
[ コマゴマ ]
25日で倉庫の撮影は終了します。撮り残したシーン7と9を撮影するためです。
HR君、MR君、KN君にマスターを含めたメンバーで撮影。
最初にシーン9を撮り、その後、体調を回復されたマスターを招いてシーン7を撮影しました。
このシーンは二つとも合成が必要な為、カメラにとても苦労しました。
カットの計算もそうですが、撮影全体を通してハンディで撮影していたので、合成しやすくする為に
カメラを固定させる点が最も厄介でした。(編集で見直すとヤッパリ…な塩梅で…)
そのためHR君、KN君だけのシーン9でも、カット数は5カット程度ながらもその倍はカットを
撮っていますし、何度も何度も撮り直しをする事に。
どうにか撮影が終わり、マスターと合流しシーン7を。このシーンの合成は2カットだけなので、
その前に撮影したシーン9と比べて楽に撮影できました。マスターも、撮影に初参加ながらも
僕の変な要求に戸惑う事も無く、色々な演技をしてくれたりと、とても前向きに参加してくれた
事が印象的でした。
ようやく倉庫を使った撮影が全て終わり、皆撤収を手伝ってくれて、残すは最後のシーン39を
残すのみ。
夕方5時に解散と相成りましたが、KN君、HR君、と長きに渡って参加してくれた方たちも
クランクアップとなり、幾ばくか淋しくもありました。
年の瀬の風が染みてきました。
ともあれ、ここまでどうもありがとうございました。
翌26日は、本当に最後の撮影。ラストシーン39の撮影の為、長町へ。
Sさん一人のシーンを撮りました。
Y君が手伝ってくれ、長町駅側の広瀬川河畔へ。
最後を締めくくるよく晴れた素晴らしい日だったのですが、前日に小道具を買い逃してしまい、
当日慌てて探す事になり、最後の日に遅刻という失態…。
面目ない事火の如しなんですが、二人とも集中を切らすことなく振舞ってくれたのが救いでした。
ラスト3カットは、今にも落ちてきそうな空の下、とても清清しい気持ちで終えられました。
例によって野外の撮影でしたので、予想できない事態を懸念していましたが(具体的には警察やクレーマー)、
仕事納め間際とあって、誰に咎められる事も無く無事に撮影を午前中に終えられました。
これにて映画「或る死者の書~all she shouts~」の全シーンの撮影を終了した事になりました。
これでSさん含め、役者の方がた全員クランクアップ。
8月から撮影していて、僕自身これほど長丁場になると思っても居ませんでしたし、これほど
色々と考えさせられた事もありませんでしたが、最後には少しだけ寂しい気分でした。
役者の方たちを始め、協力してくれた方たちにも多くのご迷惑を掛けた撮影でしたが、
終わった時には、まるでフジロックに行った時の様にまだこの時間が長く続いてくれたらという
気持ちも少しありました。この緊張感は他のどんな事からも得られないものだと思います。
こうして、もう去年になる事を振り返っていてツクヅク僕は映画に向いていないと思わされます。
それでも何で映画を撮ってしまうかと言うと、一人で完成しない事がそこにあるからだと思います。
今回僕が言いだしっぺで、沢山の人たちに迷惑を掛けながらもクランクアップしてみて思ったのが、
僕自身が最もこの映画に要らないという事と、僕以外の誰が欠けてもこの映画が完成しないという
二つの事実でした。僕の至らなさからか、この作品が素晴らしいとは口が裂けても言えませんが、
参加してくれた誰が欠けても、代わりが居ませんでしたし、この作品の質は落ちていました。
何より、僕は関わってくれた人たちと一緒に居られてとても嬉しかったし、この体験は代え難い。
どこまでも作品の質から離れて個人的な体験にこの文章が占められて行くのが、読んでくださる皆様に
心苦しくもありますがもう少しだけお付き合いください。
この作品を創るプロセスとして良かった部分もまたあって、それは自らの傲慢さを気付かせてくれる
キッカケがあった事と、自分自身でまだ出来なかった部分が心を挫く程に圧し掛かってきながらも
まだ映画を、映像を撮り続けたいと思っている事が分かったことでした。
僕が監督として一つの理想像を持つとするならば、それは日露戦争の海軍を率いた東郷平八郎元帥の
姿を浮かべます。彼は、秋山真之を始とする作戦参謀に作戦を任せ、完璧に部下を信頼し責任だけは
自分がとるという姿勢を見せた薩摩隼人でした。多分、映画が監督のものだとするならば、それは
作品の責任をとるのが監督だからだという一点にある言葉なのだと思いますが、
僕はそれが出来ませんでした。
まだ掌握すべき部分と緩める部分の緩急のバランスを取る事が出来ないし、
画面を創っても作品全体を創る事との間にできる隔たりを埋める事が出来ない。
出来ない事が多くて、とても挫折を経験させられた現場でした。その挫折は、
映画を創る上でだけでなく、今後人間として生きてゆく上で僕がこう在りたいと
願う姿に具体的な指針を与えてくれるもので、苦しくともその点で努力してゆく事は
とても有意義だし何よりもこれまでと違った映画が創れるかと思うと、
ワクワクさせられるものでもあります。
さて、今現在はといえば、MR君の協力で、年明けのアフレコも終え、効果音もほぼ完成して、
後はBGMとEDロールを付けてゆくのみです。ここまででディレクターズカットの完成。
9割3分は完成していると言えます。
公開の目途はまだ立ちませんが、これでひとまず「或る死者の書」撮影日誌を終えます。
長らくお付き合いくださってどうもありがとうございました。
公開の日取りが決まりましたら、すぐにでもこちらで記事にしますので、日本からこのblogを
ご覧の皆様はどうかお待ちくださいませ。
HR君、MR君、KN君にマスターを含めたメンバーで撮影。
最初にシーン9を撮り、その後、体調を回復されたマスターを招いてシーン7を撮影しました。
このシーンは二つとも合成が必要な為、カメラにとても苦労しました。
カットの計算もそうですが、撮影全体を通してハンディで撮影していたので、合成しやすくする為に
カメラを固定させる点が最も厄介でした。(編集で見直すとヤッパリ…な塩梅で…)
そのためHR君、KN君だけのシーン9でも、カット数は5カット程度ながらもその倍はカットを
撮っていますし、何度も何度も撮り直しをする事に。
どうにか撮影が終わり、マスターと合流しシーン7を。このシーンの合成は2カットだけなので、
その前に撮影したシーン9と比べて楽に撮影できました。マスターも、撮影に初参加ながらも
僕の変な要求に戸惑う事も無く、色々な演技をしてくれたりと、とても前向きに参加してくれた
事が印象的でした。
ようやく倉庫を使った撮影が全て終わり、皆撤収を手伝ってくれて、残すは最後のシーン39を
残すのみ。
夕方5時に解散と相成りましたが、KN君、HR君、と長きに渡って参加してくれた方たちも
クランクアップとなり、幾ばくか淋しくもありました。
年の瀬の風が染みてきました。
ともあれ、ここまでどうもありがとうございました。
翌26日は、本当に最後の撮影。ラストシーン39の撮影の為、長町へ。
Sさん一人のシーンを撮りました。
Y君が手伝ってくれ、長町駅側の広瀬川河畔へ。
最後を締めくくるよく晴れた素晴らしい日だったのですが、前日に小道具を買い逃してしまい、
当日慌てて探す事になり、最後の日に遅刻という失態…。
面目ない事火の如しなんですが、二人とも集中を切らすことなく振舞ってくれたのが救いでした。
ラスト3カットは、今にも落ちてきそうな空の下、とても清清しい気持ちで終えられました。
例によって野外の撮影でしたので、予想できない事態を懸念していましたが(具体的には警察やクレーマー)、
仕事納め間際とあって、誰に咎められる事も無く無事に撮影を午前中に終えられました。
これにて映画「或る死者の書~all she shouts~」の全シーンの撮影を終了した事になりました。
これでSさん含め、役者の方がた全員クランクアップ。
8月から撮影していて、僕自身これほど長丁場になると思っても居ませんでしたし、これほど
色々と考えさせられた事もありませんでしたが、最後には少しだけ寂しい気分でした。
役者の方たちを始め、協力してくれた方たちにも多くのご迷惑を掛けた撮影でしたが、
終わった時には、まるでフジロックに行った時の様にまだこの時間が長く続いてくれたらという
気持ちも少しありました。この緊張感は他のどんな事からも得られないものだと思います。
こうして、もう去年になる事を振り返っていてツクヅク僕は映画に向いていないと思わされます。
それでも何で映画を撮ってしまうかと言うと、一人で完成しない事がそこにあるからだと思います。
今回僕が言いだしっぺで、沢山の人たちに迷惑を掛けながらもクランクアップしてみて思ったのが、
僕自身が最もこの映画に要らないという事と、僕以外の誰が欠けてもこの映画が完成しないという
二つの事実でした。僕の至らなさからか、この作品が素晴らしいとは口が裂けても言えませんが、
参加してくれた誰が欠けても、代わりが居ませんでしたし、この作品の質は落ちていました。
何より、僕は関わってくれた人たちと一緒に居られてとても嬉しかったし、この体験は代え難い。
どこまでも作品の質から離れて個人的な体験にこの文章が占められて行くのが、読んでくださる皆様に
心苦しくもありますがもう少しだけお付き合いください。
この作品を創るプロセスとして良かった部分もまたあって、それは自らの傲慢さを気付かせてくれる
キッカケがあった事と、自分自身でまだ出来なかった部分が心を挫く程に圧し掛かってきながらも
まだ映画を、映像を撮り続けたいと思っている事が分かったことでした。
僕が監督として一つの理想像を持つとするならば、それは日露戦争の海軍を率いた東郷平八郎元帥の
姿を浮かべます。彼は、秋山真之を始とする作戦参謀に作戦を任せ、完璧に部下を信頼し責任だけは
自分がとるという姿勢を見せた薩摩隼人でした。多分、映画が監督のものだとするならば、それは
作品の責任をとるのが監督だからだという一点にある言葉なのだと思いますが、
僕はそれが出来ませんでした。
まだ掌握すべき部分と緩める部分の緩急のバランスを取る事が出来ないし、
画面を創っても作品全体を創る事との間にできる隔たりを埋める事が出来ない。
出来ない事が多くて、とても挫折を経験させられた現場でした。その挫折は、
映画を創る上でだけでなく、今後人間として生きてゆく上で僕がこう在りたいと
願う姿に具体的な指針を与えてくれるもので、苦しくともその点で努力してゆく事は
とても有意義だし何よりもこれまでと違った映画が創れるかと思うと、
ワクワクさせられるものでもあります。
さて、今現在はといえば、MR君の協力で、年明けのアフレコも終え、効果音もほぼ完成して、
後はBGMとEDロールを付けてゆくのみです。ここまででディレクターズカットの完成。
9割3分は完成していると言えます。
公開の目途はまだ立ちませんが、これでひとまず「或る死者の書」撮影日誌を終えます。
長らくお付き合いくださってどうもありがとうございました。
公開の日取りが決まりましたら、すぐにでもこちらで記事にしますので、日本からこのblogを
ご覧の皆様はどうかお待ちくださいませ。
[ 06:31 ]
[ コマゴマ ]
23日と24日に撮影したシーンはクライマックスのシーン38のみ。
ですが、このシーンだけで40ものカットを撮らねばならず、
この倉庫での撮影の一番の懸念材料でした。
役者として撮影に参加してくれたのは、HR君、MR君、KN君、Y君、Sさん、
メイクとしてまたも卒論の忙しそうなTKさんを呼び出しての撮影。
暖房の乏しい寒い倉庫で、みんな息を白くしながら頑張ってくださいました。
特にこのシーンを盛り上げる発端であるMR君とKN君には、演技のみならず現場を明るく
保ってくれたりと裏方の部分でも頼りっきりでした。最初に彼ら二人だけのカットを
10カット程撮影した後、幽霊役のHR君、Y君、Sさんたちの出るシーンも撮影しました。
このシーンはストーリーの締めを担うシーンでもありますが、映画としてのギミックを多く
盛り込んで、兎に角映画の持つケレンとカタルシスを満足させたくて必死でした。
それだけに、ストーリーとしての起伏とケレンの両立が最後まで読み切れませんでした。
この撮影、最も難しかったのが、編集での繋ぎ方が読めなかった点にあり、どれ位の長さで
撮れば良いのかがハッキリとせず、ガムシャラにカメラを回していました。
ですので、編集していて最も難しかったシーンでした。撮影した後でも原因が分からないので、
悔いはないのですが、もっと力量があったらと思わずには居られません。
この日、ラストへと雪崩れ込む最も大切な部分だけを残して、8時間ほどの撮影も無事終了。
翌日の撮影に何とか持ち越す事が出来ました。
明けて24日。前日のメンバーにKW君を加えて、シーン38のクライマックスの撮影を。
今回の撮影で一番活躍した霧吹きを用いて、何度も何度も布に水をかけまくる撮影、主人公役の
Sさんのアップ、解説カットと撮った後、ようやく最も撮影したかったカタルシスまで撮った時、
とても清清しい気持ちでした。この撮影で、MR君、Y君がクランクアップ。
休憩の後、KW君の撮影をする為にロフトへ。彼の名演技を漏らすまいとカメラで追い掛けました。
このシーンの撮影が終わり、気が抜けそうになりましたが、クランクアップまで後2日の予定。
次回は25日、26日の撮影を振り返りたいと思います。
ですが、このシーンだけで40ものカットを撮らねばならず、
この倉庫での撮影の一番の懸念材料でした。
役者として撮影に参加してくれたのは、HR君、MR君、KN君、Y君、Sさん、
メイクとしてまたも卒論の忙しそうなTKさんを呼び出しての撮影。
暖房の乏しい寒い倉庫で、みんな息を白くしながら頑張ってくださいました。
特にこのシーンを盛り上げる発端であるMR君とKN君には、演技のみならず現場を明るく
保ってくれたりと裏方の部分でも頼りっきりでした。最初に彼ら二人だけのカットを
10カット程撮影した後、幽霊役のHR君、Y君、Sさんたちの出るシーンも撮影しました。
このシーンはストーリーの締めを担うシーンでもありますが、映画としてのギミックを多く
盛り込んで、兎に角映画の持つケレンとカタルシスを満足させたくて必死でした。
それだけに、ストーリーとしての起伏とケレンの両立が最後まで読み切れませんでした。
この撮影、最も難しかったのが、編集での繋ぎ方が読めなかった点にあり、どれ位の長さで
撮れば良いのかがハッキリとせず、ガムシャラにカメラを回していました。
ですので、編集していて最も難しかったシーンでした。撮影した後でも原因が分からないので、
悔いはないのですが、もっと力量があったらと思わずには居られません。
この日、ラストへと雪崩れ込む最も大切な部分だけを残して、8時間ほどの撮影も無事終了。
翌日の撮影に何とか持ち越す事が出来ました。
明けて24日。前日のメンバーにKW君を加えて、シーン38のクライマックスの撮影を。
今回の撮影で一番活躍した霧吹きを用いて、何度も何度も布に水をかけまくる撮影、主人公役の
Sさんのアップ、解説カットと撮った後、ようやく最も撮影したかったカタルシスまで撮った時、
とても清清しい気持ちでした。この撮影で、MR君、Y君がクランクアップ。
休憩の後、KW君の撮影をする為にロフトへ。彼の名演技を漏らすまいとカメラで追い掛けました。
このシーンの撮影が終わり、気が抜けそうになりましたが、クランクアップまで後2日の予定。
次回は25日、26日の撮影を振り返りたいと思います。
[ 05:56 ]
[ コマゴマ ]
22日を振り返ります。
22日はこれまた倉庫で撮影。この日はシーン32とシーン18の撮影。
映画がある方向を指し示しつつも膨らんでゆくテンソルの様なものだとしたならば、
撮影したシーンはそのテンソルの中核を成す部分です。
参加してくれたのはKN君、ONさん、Sさん、TKさん、FK君でした。
最初にKN君、ONさん、Sさん出演シーンを撮り、その後KN君とSさんのシーンを撮りました。
中核を担うシーンなのですが、この撮影を通して僕自身どうやって物語をドライブさせて良いか
不明だった点が、この撮影を通してクリアになった気がします。
映画の持つ冷静さ、これは宿命みたいなものですが僕はそこからどうやって逃れられるのかを
ずっと考えてきました。その答えの一つが身体と身体の距離感にあると思えてなりませんが、
このシ-ンでようやく一つの方向性が見えてきたように思えます。
ですので、32、18は特にその距離や動きを大切にして演出しました。
ですが、通常ではあり得ない事を役者のみんなには強いていまして、中でもこの倉庫のシーンに
出ずっぱりのKN君には負担が大きかった事が反省点です。
彼からの信頼、彼に限った事ではありませんが、役者という、画面の中を活き活きと動き回って
映画を創ってくれる役者からの信頼を得られなかった事、これはこの映画の致命的な部分かも
しれません。
そんな戸惑いを他所に僕は演出をしましたし、手を抜くことなく僕の言う事に耳を傾けてくれ
芝居をしてくれたKN君、OSさん、Sさんにあの場所で感謝を伝えられなかった事、
気配りの出来なかった事を今は悔やんでいます。
ともあれ、この長きに渡る撮影に終わりが見えた事が救いです。
この撮影でOSさんがクランクアップ。本当にありがとうございました。
22日はこれまた倉庫で撮影。この日はシーン32とシーン18の撮影。
映画がある方向を指し示しつつも膨らんでゆくテンソルの様なものだとしたならば、
撮影したシーンはそのテンソルの中核を成す部分です。
参加してくれたのはKN君、ONさん、Sさん、TKさん、FK君でした。
最初にKN君、ONさん、Sさん出演シーンを撮り、その後KN君とSさんのシーンを撮りました。
中核を担うシーンなのですが、この撮影を通して僕自身どうやって物語をドライブさせて良いか
不明だった点が、この撮影を通してクリアになった気がします。
映画の持つ冷静さ、これは宿命みたいなものですが僕はそこからどうやって逃れられるのかを
ずっと考えてきました。その答えの一つが身体と身体の距離感にあると思えてなりませんが、
このシ-ンでようやく一つの方向性が見えてきたように思えます。
ですので、32、18は特にその距離や動きを大切にして演出しました。
ですが、通常ではあり得ない事を役者のみんなには強いていまして、中でもこの倉庫のシーンに
出ずっぱりのKN君には負担が大きかった事が反省点です。
彼からの信頼、彼に限った事ではありませんが、役者という、画面の中を活き活きと動き回って
映画を創ってくれる役者からの信頼を得られなかった事、これはこの映画の致命的な部分かも
しれません。
そんな戸惑いを他所に僕は演出をしましたし、手を抜くことなく僕の言う事に耳を傾けてくれ
芝居をしてくれたKN君、OSさん、Sさんにあの場所で感謝を伝えられなかった事、
気配りの出来なかった事を今は悔やんでいます。
ともあれ、この長きに渡る撮影に終わりが見えた事が救いです。
この撮影でOSさんがクランクアップ。本当にありがとうございました。
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