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死者の書
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2004/11/12のBlog
[ 08:27 ] [ コマゴマ ]
[TB先:涙の彼方]
「コラム・インテリジェンス(しげる50さん)」


個人的にはどの位泣いたら自分が綺麗に見えるか?を鏡の前で研究してる方と
面識を持っていない積りなので、自発的に泣くという行為に対していう言葉を
持ってませんが、「泣いた」という行為の帰結に対しては泣いた本人に何かしらの
作用が及ぼされると考えています。個人的体験を下地とする為、信憑性の程は
定かではありませんが。


どんな時に泣くのか?これは個体差があり、悲しいから泣く、感動したから泣く…
様々でしょうが、悲しい或いは口惜しいから泣くのは、これは子どもの涙だと
思われます。少なくとも、「泣く」以外の行為で現状を打破できない為の代案として
なされる行為だと考えます。


では、「感動して泣く」。

耳にするものとして、「泣ける○○」。

これは、「泣く」という行為そのものに意味があり、要はオナニーにおけるズリネタ
みたいだな、というのが、乱暴な僕なりの感想です。

ですが、確かに僕も○○、に入る映画、や本で泣いた事があります。

この、泣いた事がある、という事が肝です。

泣いたポイントというのはきっと人ソレゾレあると思うので、どんな所で泣いたかは
置いといて、泣いた時、どうなったか?を書いてみようと思います。

「泣く」ではなく、「泣いた」をポイントとして言うと、「泣いた」前、様々な伏線や
張り巡らされた状況に、言葉や、その他のアウトプットのツールに適さないほどの
モヤモヤを抱えていた。そして、「泣いた」後は、そのモヤモヤが、部分的に
解消されていた。

これは、「泣いた」前後の起伏にアタマが耐え切れずに送ったシグナルでは
ないでしょうか?「泣いた」後にはその耐え切れなかった部分が緩和されている
と思われます。つまり、悲しくて、口惜しくて泣く、先ほど子どもの涙だといった
涙と同じモノが流れていると考えます。
その後、多少冷静になって他のアウトプットツールに還元されるのです。


コップいっぱいの水に更に水を加えると溢れてしまいます。脳のキャパシティを超えた
部分が涙として顕現しただけなのではないでしょうか。

ですから、整理するというニュアンスを持って泣くという行為を考えてしまいます。
つまり、「泣いた」を誘発させたものは、自分にとってそれ程感情を
揺さぶったものである。としか言葉に出来ませんが、揺さぶられた帰結として、
「泣いた」のだ、と。都合良く、結果論で締めます。

何故なら、「泣いた」という自分の肉体のリアクションを信じられずに他の何を
信じるというのか。他人の泣いた、というコメントか?

[ 07:35 ] [ コマゴマ ]
あのー、ディレンマの意味をよー知らんで使ってます。
ムズムズする感じでしょ?
でもムヒとかは効かないんだよね?
そんな感じだよね?


済みません。



人と、お話するときは、まずどういった言葉を使えばよいか悩んでしまいまして、
それは人それぞれある訳で、同じ年代の人と話すなら、経過してきたであろう
体験をそれとな~く手探りで話すと大失敗は回避されて、違う年代の人ならば
騙し騙し探って、ツボとなるトピックをある程度仮定して話をします。

これはある程度の支持は得られる方法だと思います。オーソドックスだと思ってます。



オーソドックスも、マッドマックスの親戚だと思います。

嘘です。



まだ、イントロダクションすら何もいってません。
何故にディレンマかと言えば、そういったトピックによらず、「具体的か抽象的か?」
という点が話をする時に最も悩ませるのです。

自分の感覚を伝達する為に形容詞を多用して話すか?勿論、自分は的確な形容が
出来て満足するし、或るトピックを相手と共有した錯覚は持てるが、
決定的な部分で相手に伝達するにはパンチが効かないという欠点がある。

それともある程度トピックを捻じ曲げて具体例に落とし込んで、会話の誤解や
錯覚の触れ幅を減らして話すか?だがしかし、これも、現実問題トピックそのものを
捻じ曲げてしまう為、根本で相手に嘘を吐いている事を念頭に置かねばならない。


この二つのパターンは時と場合によって使い分ける事が殆どです。

具体例を持ってくると、抽象的なパターンは、プロフェッショナルの会話。
プロ、というと誤解があるが、或る程度そのトピックに共通のコンセンサスを
持った、と錯覚しあった相手との会話に。

具体的なパターンは、教える教えられるという教師と生徒の会話であると
考えます。多少事実を端折って伝えるというもの。


こう言うと恐らくは解かり易いと思われますが、元来、僕は抽象的な表現を好みます。
何故ならば、具体例では削られる事実が多いからです。

事実を、事実としてレポートすると、それこそ広告は意味を成さなくなる。
広告の利点は、また別の部分にあるとして、会話にしても、とても楽しんでいられない
だろう。特に、初対面の人と会話を楽しむにはしてはいけない。



別の例を引くと、国会議員というのは、何故あんなにも断定できるのだろうか?
それに引き換え、学会のレポートは何故あんなに受身で書かれているのだろう?

仮説として、国会議員の性質上、多くの有権者に、端的に「理解した」と思わせねば
ならないからで、「~と思われます」よりも「~なんですっ!」の方が歯切れが良く、
言い方悪いと、騙せるから、なんでしょう。アジテートしてるんでしょう。


逆に、論文等は断定をするにも、色々と前置きや条件付けをコマゴマと書いた上で、
「その条件下でこのような現象が観測された」としかいえない訳です。
決して、「この現象が起こります」とは言えないのです。何故ならば、正確さ、精密さを
何よりも大切にするから(だから根拠として引用に足るものが出来る)でしょう。


日常、抽象的な会話をする事は経験上余り無いと言える。多少、強引な例を
持ち出して、解かった気にさせる事もあるでしょう。

極端にどちらかに偏ると言う事は無いまでも、なるべく自分に誠実に
(嘘を言っているという呵責が付き纏うから)、相手にも誠実に(会話をしてるんだから
楽しく、理解してもらえるようにしたいから)話す事が難しい。具象と抽象、
この塩梅が未だ見極められないです。


※タイトルのディレンマ、塩梅を考えると言う事でとりあえず解消を迎えました。
[TB企画:あなたの好きな俳優(女優)さんはだぁれ?]「風に吹かれて-Blowin' in the Wind-(chibisaruさん)

う~ん、正直悩みます。トラックバックしたものの、僕は女優で映画を観た事が無い。
でも書きたい。このアンビバレンッな感情をどーにかしようと、僕なりの妥協を
試みました。この映画の時の彼女は凄かった、ということで記事を作ろうと思います。


「レオン(完全版)」のナタリー・ポートマン

この時の彼女は太字にする価値ありです。アミダラとか言ってらんない。
家族を麻薬密売してる悪い奴らに殺された10代の少女、マチルダの役を
演じてらっしゃるのですが、そこにレオンというイタリア移民の殺し屋(ジャン・レノ)と
出会って、殺し屋にしてくれと頼み、共同生活を始める…

という話です。この映画で観ものなのは、ゲイリー・オールドマン(不良刑事、
ヤクの売買に関わる)が、真昼間からベートーベンを聴きながら室内でショットガンを
ぶっ放すとか、マチルダの復讐に手を貸したレオンを追い詰める為に
SWAT級の警官を動員してアパートを破壊するといった点ではなく、

マチルダとレオンの関係の変化、最初はお互いに知り合っていなかったので
律儀に弟子と親方という関係が親密になってくると、男と女の関係になり、
情が移り、レオンがマチルダを止める時には依頼人と殺し屋という関係を
マチルダが要求してくる。二人の関係の移り変わりがとても美しい。

複雑な関係を見事に演じきったナタリー・ポートマンはこの時、神でした。



「ガタカ」のユマ・サーマン

ユマ・サーマンというと最近は「KILLBILL」が話題です。また、「パルプフィクション」の
ギャングのボスの若妻役でしょうか。はすっぱな演技をする人というイメージが
無きにしも非ずな人ですが、この「ガタカ」を観ると価値観変わります。

どちらかというと、主演のイーサン・ホークを脇で支えているイメージです。

ストーリーは遺伝子で将来が決定してしまった未来で、遺伝的に劣等なイーサンが、
優秀な人しかなれない宇宙飛行士になるために遺伝子を誤魔化すという話。

ユマ・サーマンはこの宇宙飛行士養成所で出会うガールフレンドなのですが、
恋人の秘密を薄々は気付きつつ、制度の問題から悪い事を悪いと言えない
イーサンに振り回される女性を演じてらっしゃいます。熱演、とか
そういった類の演技ではなく、さりげなくイーサンに寄り添う姿は、
こういった演技が上手いっていうんだと感心し、ラストのシーンでは
自然と涙がこぼれて来ました。
悲しいとかではなく、美しかった(僕が言うのもどうかと思うけどね)。

断然オススメ!


作品ごとの記事になっちゃいましたが、作品を通じて好きな女優ってのは居ないので
こんな中途半端なものになっちゃいました。冗長になってゴメンナサイ。
[ 05:01 ] [ 映画 ]
「アリー・マイ・ラブ」ってドラマが好きです。ってな事を言うと、僕を知る知人友人親類は
きっと変な宗教に嵌っただとか、古い例で言うと明日雪が降るだとか仰る。


残念だったな。俺はひと時の気の迷いでも、グルに悟りを授かっても居ない。
もう一度言う、いいか?よく聞け、俺は、「アリー・マイ・ラブ」が、好きだ。
百%声を大にして、世界の中心があったら、シェンロンが居たら、
叫ぶであろう程好きだ。(シェンロン如き爬虫類は所詮爬虫類だからして、
僕の声明は理解できず返答に困ると思うが)

頼むからここから始めさせてくれ。確かに言動が異常だとか、異常に痩せてるとか、
無駄な屁理屈が多いとか空気読めないとか、妄想が激しいとか言いたい事は
沢山あるだろう。だがな、俺が「アリー(略)」が好きだって事とは関係無いだろう。
別に前世はナメ猫でした、とか、ナメエリマキトカゲでした。ウーパールーパーでした、
とか意味不明なカミングアウトをしてる訳では無いのだし。

何故にこんな前置きをするかというと、この海外ドラマがいわゆる恋愛モノだからって
だけだろう。それだけの為に僕はこんなに前置きをしなくては語ってはいけない
ドラマだと認識している。そう、確かに僕は「死神」とか「ダルシム」「枯木」「タナトス」
等、余り生の喜びからかけ離れたあだ名を頂戴し、およそ「恋愛を嬉々として語る
大学生」のイメージからかけ離れたところで過してきた。そうだ。当たり前だ。

では「ア(略)」とは何なんだ、と。それはCGだ。簡単に紹介しておくと、
オーヴァー30の弁護士が恋に仕事に奔走して自分探しをする海外ドラマだ。
アリー女史は弁護士になって自分はイケテル筈なのに彼氏が出来ない。
何で?ドボヂデ?と自問自答。しかもかつての彼氏が同じ職場に!!!!
な~んでぇ~やねぇ~ん!!!とかそんなコンナなドラマである。それだけなのに
アメリカでは4シーズンまで出来るほどの人気である。

イカン、こんな紹介で僕は観ないな、遺憾である。そこに、海外ドラマ特有のユーモアと
比喩にCGでイメージ化されたギャグに僕は打ちのめされるのである。

嫉妬に狂って実際に顔面が赤くなって燃えたドラマがあったか?
―あったのかもしれない。しかも実際に燃えたかどうか僕は覚えていない。
ボォーッとしてて赤ん坊が見えると錯覚するようなドラマがあったか?
―これもあったかもしれない…でも余り赤ん坊は人間っぽくなかった…
 余談だがこの赤ん坊はダンシング・ベイビィとして、日本のCMにも登場した。


こうして、↑のように墓穴を掘って自分で穴に落ちるっていうのも「A(略)」の醍醐味だ。
しかも、訴訟大国として名高いアメリカ、一話一話テーマごとにそれに見合った
訴訟を戦うっていうのも、ご都合主義通り越して恋に仕事にっていう「A(略)」の筋に
合っている。こうも偉そうに語ってみたものの、結論は「あ(略)」のギャグが僕の
ツボに嵌ったってことです。そして最も大切なのは「あ(略)」の主演でらっしゃる
キャリスタ・フロックハートさんがすっげぇ好みだってことです。
それだけのために僕は見知らぬ方の時間を奪うし、僕を知ってる方の時間を
余り罪悪感を感じずに奪う。そして、その罪悪感は、

アリを踏む>>見知らぬ人の時間を奪う>>>>>>>>>>>知人の時間を奪う

である。
「ビッグセイフ作戦」

ミスは許されない

ゴルゴ13にちなんだコンドームが
「ミスは許されない」ってコピーで
オカモトから売られてるみたいです。

パッケージは迷彩でした。

最高です。

テレビで知りました。

リンク
[ 00:24 ] [ コマゴマ ]
焼肉食べました。これでもう騙されませんですよ、牛じゃない肉を掴まされて焼肉と
か言われたとしても、言われたとしてもッ

「これは牛、あっちは牛、違う」言えますから!

それに、友達と食べに行ったんですけれど、変な気を使ってくれまして、
「お前頬がコケてるからもっと喰えよ」とか「コレ焼けたよ」とか
僕に勧めてくれるんです。

貧困で猜疑心強くなっちゃってたので太らされて喰われちゃうかも…と思ったけれど、
周りの奴はもっとフクヨカやったからそんな心配なくモリモリ食べました。

が、当然そんな幸せの中に陰を落とす事もある訳でして…

喜び勇んで食べたらローなんです(僕が気を落としていなければここに
くずおれる男のAAを張っていただろう、コレね→_│ ̄│○)

カート・コバーンが「やあ、どれ位ロウ?」って聞かれても「…ボチボチやね」
としか返せないほど。柔らかい筈のお肉が噛み切れなかったんですもの…

教訓・肉は焼いてから。ナマに手を出すな。
都立高校で「奉仕」必修

笑わせて頂きました、教育委員会さん。

こういった身体をはったギャグって良いよ?もっとやってよ?生徒の思い出に
黒い汚点を残すような、「私、元ギリギリガールズだったんです」とじゃなく、
履歴から抹消したくなるような、そんな感じですよ?
僕が生徒なら「奉仕」の単位を取りました、って絶対言いたくないです。
持ってても要らないです。
昔の勘違いしてた頃の写真と同じ、消し去りますよ。僕の自伝が出版される時は
必ず消す項目ですね。

でも、こういう迷惑な人居ますよね?ホラ、近くにいると迷惑だけど遠くから
見てる分には楽しい人って。