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2008/04/20のBlog
[ 18:52 ]
[ 映画 ]
映画館で予告を観て気になっていた映画。列車が風を切って走るシーンを楽しみにしていたけど、列車が走らなくなってから始まるストーリーだった。
「今夜、列車は走る」(2004年 アルゼンチン)
★★★☆
鉄道とともに栄えたアルゼンチンの地方都市。しかし民営化に伴い、ある日突然、路線の廃止が言い渡される。交渉に当たった組合代表は自殺。鉄道員たちは自主退職を促され最初は抵抗を示したものの、家族や生活を思い次々にサイン。新たな職探しを始めるが、就職難でコネを頼るしかない。その一方で徹底抗戦を訴え一人で工場に立てこもる老いた整備工もいた…。
90年代初頭のアルゼンチンで、約6万人の鉄道員が職を失うことになった国鉄民営化の実情を題材にした映画。同じ職場で働いていた5人の男たちの、職を失ってからの苦境や奮闘が描かれるが、どんどん辛い話になっていくと想像させておいて、するっと種明かしして笑わせてくれたりと、ユーモアをきかせているところがなかなか良かった。特に白タクの運転手になった男の話が面白かった。イギリスの炭坑労働者の町を舞台にしたヒューマン・コメディ映画に似ている部分がある。
しかし、鉄道員の誇りを捨てることでなんとか新しい仕事にありつき、次第に現実と折り合いをつけていける者はともかく、老いた鉄道員たちの現実の描き方には遠慮がない。終盤、ある事件を通じて元同僚たちの人生が再び交差するのだが、そこに至る加速的展開がこの映画のいちばんの見どころと思う。その後は、個人的には面白さが失速するんだけど、着地点としては悪くなかった。結局あれかな、現実がそれによって変わろうが変わるまいが、言うべきことは言っておけということかな。でも、社会派映画というふれこみはどうだろう。この映画には荷が重すぎる気がするけど。
映画を観た渋谷ユーロスペースの周辺はライブハウスがいくつかあって、その一つには開演何時間も前から客が列をなしていた。「誰が出るのか聞いてみる?」「そうやって何でも人に気軽に聞けちゃうのが典型的なオバさんだよね」と友人と笑い合ったのだが、別に誰かに迷惑がかかるほどでもなし、聞きたいことは聞いておけばいいのに、やっぱりオバさんと思われるのが癪で遠慮してしまったのが、この日ばかりは情けない気がしましたね・・・って映画から飛躍しすぎですか?(笑)
2008/04/15のBlog
[ 21:10 ]
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昨日から今日にかけてのトラックバックスパムの数。
削除したのに、画面表示から消えないスパムもある! お手上げ。
2008/04/13のBlog
[ 08:32 ]
[ 本 ]
ワシントンDCを描き続ける著者の、黒人探偵デレク・ストレンジ・シリーズ4作目。
『変わらぬ哀しみは』ジョージ・P・ペレケーノス著/横山啓明訳
(ハヤカワ文庫 2008年邦訳)
真面目で働き者の両親のもとで育ったデレク・ストレンジは、12歳のとき、イタリア系の不良少年ドミニクに挑発されるままに万引きをし、デパートの保安係に見つかってしまう。しかし、保安係はデレクの事情を見抜いて、その場で叱るに留め、逆に「将来は警官になりたい」というデレクの夢を聞き出して励ます。そして10年後の1968年、自分の育った街で黒人警官として職務をまっとうするデレクの姿があった…。
シリーズ4作目はデレクの警官時代にさかのぼっての物語。ペレケーノスの小説は、時代はそれぞれ違えど、当時の音楽、ファッション、車、NBA、西部劇映画などの話題を小ネタに盛り込み、最後は法を無視した復讐に終わるという、どれも同じといえば同じ内容。けれど、皆それぞれに弱さを抱えている人物の描き方に共感を覚えつい読んでしまう。特にどうしようもないチンピラの若者を描かせたら抜群にうまい。
よく分からない邦題がついているが、原題は「Hard Revolution」で、ストレンジ一家も巻き込まれることになる2件の殺人事件と、その物語の背景としてキング牧師の暗殺、それを受けて約8000人もの逮捕者を出したワシントンDCでの暴動の様子が、当時の関係者の取材をもとに事細かに描かれる。結局、暴動というのは、商店を襲っての略奪と放火に尽きるのだなあ。群集心理で子供も老人も関係なく、いつもより少しエゴに走る人は走る。
これ以前に書かれた『終わりなき孤独』と『魂よ眠れ』に登場するギャングのボス、グランヴィル・オリヴァーとデレクの関係が、この巻で初めて明らかになる。この部分の面白さは、シリーズを続けて読んでいないと分からない。
[ 02:07 ]
[ 本 ]
インド系の女性作家による、ブッカー賞と全米批評家協会賞、ダブル受賞作。久しぶりに単行本、久しぶりに文学文学した小説(文学って何?)。でも、出版元はいつもながら早川書房なのだ・・・どうしたものか抜け出せません、ハヤカワの回し者から。
『喪失の響き』キラン・デサイ著/谷崎由依訳
(早川書房 2008年邦訳)
両親を交通事故で亡くした少女サイは、修道学校を追い出され、彼女の唯一の身元がいるヒマラヤ山岳地帯のカリンポンへと送り届けられる。そこに住んでいたのは、判事を引退したトカゲ似の顔の祖父と、彼の使用人でアメリカにいる息子からの手紙を心待ちにしている料理人、そして祖父の愛犬マット。やがてサイ17歳のとき、家庭教師のネパール系青年ギャンと恋に落ちるが、折からのネパール系住民による自治独立運動の高まりにより、その恋にも暗雲がたちこめる…。
孫娘の登場により、孤独で偏屈な老人の気持ちにも変化が・・そんな話かと思って読んだら、まったく違っていた。清々しいほどの裏切られ様(笑)。いや、いい意味で。
西ベンガル州カリンポンは、インドの地図でいうと、ネパール、中国チベット自治区、ブータンに囲まれてぽこんと飛び出たところの付け根の位置する。お隣の町ダージリンとともに、もともとはシッキム王国の領土。場所が場所だけに、その歴史は常に周囲の国々に翻弄され、新たな国境が引かれてはまた消されのくり返し。そのため民族構成も複雑。ベンガル人、チベット人に加え、イギリスの植民地時代に茶葉栽培の労働者として大量に雇われたネパール人たちがいる。また、イギリス人の避暑地だったときに住み着いた人たちもいる。さらには同じインド人の間にもカーストというものがある。
やがて、1986年にネパール系住民によるゴルカ(グルカ)民族解放戦線の暴動が起きるわけだが、その前後の数年が小説の舞台。
雨が降り続き外界との交信が一切途絶えてしまうモンスーン月の話も印象に残る。まあ何がインパクトあるかって、この小説を読むまで名前すら知らなかったカリンポンという土地のこと。また、文章表現がかなり練り込まれていて個性的。少女ファンタジーとユーモアの合間に、人間や社会に対するかなりシニカルな描写も出てくる。
物語としては、サイの恋の話よりも、読み進むにつれて明かされる老判事の過去や、カリンポンの話と交互に登場するアメリカにいる料理人の息子ビジュの話のほうが面白い。終盤、ビジュに襲いかかる不幸を読み(ネタばれになるので書かない)、なんて救いようのない!と思ったが、そこで絶望を感じた自分はまだまだ青いぜと考え直した。
一部抜粋。
「しかし住民たちは暴力に衝撃を受ける一方で、暴力のありきたりなつまらなさにもまたしばしば驚いていた。・・・(略)・・・ここで彼らはまったく平凡であった。身の丈以上の問題にはまるで不釣り合いな人々が、過去対現在、正義対不正といった神話的な争いに捕われていた。最も月並みな人々が並外れた憎しみに心を奪われていたが、並外れた憎しみは結局のところ、まったくありふれた、平凡なものだった」
著者はニューデリー生まれ。母親も作家。15歳でイギリスへ。現在はアメリカに住んでいるらしい。
2008/04/06のBlog
[ 23:40 ]
[ エジプト ]
[ 23:22 ]
[ エジプト ]
[ 22:55 ]
[ エジプト ]
引き続き神殿遺跡。アスワンとルクソールの中間にあるエドフのホルス神殿(エドフ神殿)。イシス神殿やコム・オンボ神殿と同様に、古代エジプト史の中ではかなり新しい建造物で、保存状態もよいです。一番最後に増築された塔門にはクレオパトラの父親、プトレマイオス12世が描かれている。
第1列柱室の入り口。この中で転んで肘を捻挫しました! もう1カ月半以上たつというのに完治しません。左肘の捻挫だけでなく、左膝には大きなこぶができて直径10センチくらいの内出血になるし、顔面にも擦り傷。もう少し若かったらこんな怪我はしなかっただろう。しかし、もう少し年を取っていたらこの程度で済まなかったかも。
[ 22:55 ]
[ エジプト ]