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ヒメヒカゲ備忘録
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2008/05/06のBlog
太陽が昇るナイル東岸は生者の街、日が沈む西岸は死者の街。数多くの遺跡によって今もそれを実感できるのが、4000年前の中王国時代から新王国時代にかけて古代エジプトの首都が置かれていたルクソール(ギリシャ語ではテーベ)。
写真は早朝、東岸のホテルからの眺め。対岸の裸の丘陵地の奥に「王家の谷」があります。
王家の谷の中心地まではこんなのに乗っていく。大した距離ではないけれど、冬以外は死ぬほど暑いらしいから必要な足。
ピラミッドなどの新王国以前の墓で盗掘が相次いだのを踏まえ、岩山の奥に埋葬施設が掘られるようになり、山の上には監視小屋が置かれた。また、秘密を守るために墓づくりの職人は世襲制で、西岸に職人だけの村を形成していたそう。これまでに見つかっている墓は64で、レリーフなどが未完成のものもある。墓が完成する前に亡くなった王の墓。
観光客はチケット1枚で3つの墓に入れます。ヌート女神の天井画が有名なラムセス6世の墓は閉鎖中。時間も限られているので、近場のラムセス4世、ラムセス1世、ラムセス9世の墓に入りました。通路の壁一面には来世へのガイドブック「死者の書」が刻まれ、奥に行くほどレリーフの色がきれいに残っていて見惚れます。


唯一盗掘を免れたツタンカーメンの墓。ファラオ名簿から名前が抹殺されていたのと、ラムセス6世の墓のすぐ脇にあった(急逝により神官の墓を譲ってもらった)ために見つからなかったといわれる。
ここだけは入場するのに80エジプトポンド(約1600円)の別料金がかかる。人型棺が置かれた部屋のみの墓だったけど、後続の団体客に、1分もたたずに地上へ追い出されてしまいましたよ。

西岸の見学ポイントの一つ、高さ18メートルの「メムノンの巨像」。ギリシャ神話にちなんだ名前で呼ばれているけど、アメンヘテプ3世の葬祭殿跡で、建物は紀元前の大地震で崩壊。現在、葬祭殿復元プロジェクトが進行中。
2008/04/30のBlog
さぼり気味だけどまだまだ続くのだ、エジプト旅行記。

エジプトの住宅街。民間が建てるビルはほとんど鉄筋+レンガ積みで、日除け扉が付いた色とりどりの窓がアクセント。通りに面した部分のみ漆喰だかペンキを塗ってあったりする。
建設中。
戸建ての家に住もうと思ったら、貯めたお金でまず平屋を建て、何年何十年かかってまたお金が貯まったら2階3階と増築していく。そのため天井の鉄筋はむき出しのまま。エジプトに限らず、シリアなどでもそうでした。
この建物の持ち主は商売が順調なのかな。1階に比べて、後から増築された2階3階がずいぶん立派。
屋根はかなりいい加減。ヤシの葉などで塞いであるだけの家も郊外では当たり前。お金がないとは限らず、屋根の必要性が低い。でも、砂が舞い込んでこないかな?

こういう木造の出窓のある建物はけっこう古そうです。ルクソール市内。
バスで移動中、道路沿いに素焼きの水ガメが置かれているのをひんぱんに目にした。素焼きのカメは、カメの表面から少しずつ水が蒸発していくときの気化熱によって、中の水は冷たいままなのだ。
道行く人が誰でもどこでも水を飲める。
ルクソールやカイロの街中では、水ガメがこんなものに変わっていた。
これは鳩の飼育小屋。日干しレンガで作ったいろいろな形のを目にした。
鳩はエジプト人が結婚祝いのときなどに食べるご馳走。鳥インフルエンザで死者が多く出ている国なので、自己責任のもと食べました。骨ばかりで食べるところは少ないけどコクがある。シリアで食べたときには中にライスが詰まっていた。
そうそう、エジプトのお米はなぜかジャポニカ米。メインの肉料理が薄味で、付け合わせのご飯に塩味がついていることが多かった。


鳩料理のついでに食べたもの。
最もポピュラーなアエイシと呼ばれるパン。
パンと一緒にヒヨコ豆やごま、ナスなどのペーストが出る。これはキュウリだったかな。
塩辛すぎていつも食べられないピクルス。
レンズ豆のサラダ。
米粒大のパスタのスープ。雀の舌という名前のパスタらしい。







メイン料理がないぞ(笑)。旅行中はホテルのバイキングが多くて、写真はあまり撮らなかったのです。
贅沢だと思ったのは、果肉たっぷりのジュース類。特にホテルの朝食バイキングのイチゴ100%ジュースには感激したが、シロップが足してあって甘すぎる。2回目に飲んだときは、イチゴ独特の生臭ささに気付いてしまって、もうだめだった。残念だったのは生のナツメヤシがなかったこと。当然、実のなる秋でもないのに、生はありえないのだった。

レンズ豆のスープ。左奥は前菜の揚げたナス。なぜかよく登場。
ナスやピーマン、ひき肉などをトマトソースともに焼いたムサカという家庭料理。
シシカバブ。
モロヘイヤとニンニクのスープ、ナセル湖でとれる魚のフライ。
ツアー旅行だと中華料理の日や、日本食の日があるのです。これはルクソールのホテルの夕食。茶碗蒸し付き。
2008/04/29のBlog

ブルーノート東京でマルコス・ヴァーリのライブを観る。
演奏時間はアンコールも含めて1時間半くらいか。いやいやー、楽しかったわ! 熱心なファンというほどでもないので前回の来日は見送ってしまったが、思い切って行って良かった! やっぱり生で聴く、グルーヴ重視の、かつポップな音楽が大好きですねん、私。

現在64歳のマルコス・ヴァーリはボサノヴァ音楽の人、というよりは今はMPBのジャンルに括ったほうがしっくりくるのか。ステージに登場したいかにもサーファーらしいラフないでたちも、やっている音楽の内容もとてもそんな年齢を感じさせない。
メンバーは、ドラム、ベース、サックス&フルート、何曲かでデュエットを歌った女性ボーカル、そして、マルコス自身が歌をはじめ、フェンダーローズ(うぉ!久々に生を聴いた)やメロディカなどのキーボード類、ギターといったコード楽器をすべて一人で担当し、とっかえひっかえ演奏。忙しそうだったけど、それもまた楽しそう。
主に使っていたのはローズで、一緒に行った友人は「ギターの助っ人でも頼めばいいのに」と言っていたが、そこは何かこだわりがあるのでしょう。というか、ローズもいいけどメロディカの音色もいいなあ、欲しいなあ…。

最初の2、3曲は、メンバーの演奏が合っていないように感じることもあったが、ドラムスがサンバのリズムのソロで一度はじけてからはまったく気にならなくなった。インストが何曲かあったけれど、やはり歌入りがいいですね! ポルトガル語は、同じ言葉を繰り返したり、韻を踏んだりするだけで、なぜこんなに音楽的でうきうきしてくるんだろう。子供も喜んで口ずさんでしまうような単純な響きがいいんだ。

生で聴けて嬉しかったのは「Agua De Coco」という曲。2003年のアルバム「Contrasts』(写真)に入っている。クラブジャズ色の強い1枚だが、この曲は無性に好きで、しばらくこればかりをくり返し聴いていましたよ。ライブではアルバム収録よりずいぶん速いテンポでの演奏で、歌詞が早口言葉みたいだった(笑)。


2008/04/27のBlog

内勤の職種で就職したのに、年下の営業担当上司のサポートワークが増える一方。で、本来の仕事はその上司が帰宅してからこなしていると、ほんとストレス溜まるわ。こんな中途半端なポジションは社内で自分一人だから、仲間意識を持てる相手もいないし。
就職して2年になるが、いまだに自分の職場との意識が持てない会社だ…。大抵の人は、デスクの上に癒しグッズだのの私物を飾り、パソコンにはスクリーンセーバーや壁紙を貼っているが、そんな気にもならないよ。今でも通勤には定期ではなく、回数券(笑)を使っているのがささやかな抵抗。抵抗になっていないって? いいの、気分的なものだから。


女男爵の爵位をもち上院議員でもある作家レンデルのウェクスフォード警部シリーズ、1985年の作品。

『無慈悲な鴉』ルース・レンデル著/吉野美恵子訳
(ハヤカワ・ミステリ 1987年邦訳)

隣人からセールスマンの夫が戻らないとの相談を受けたウェクスフォード。最初は乗り気でなかったが、男が勤める塗料会社の役員を通じて、男が妻には職種を偽り、秘密の銀行口座を持っていたことを知る。やがて刃物で刺し殺された男の死体が郊外で発見されるが、死体発見を知って警察を訪れた妻と名乗る女は、隣人とは別の女だった。また、同じ頃、死体発見現場周辺では刃物を持った若い女が、声をかけた男に切り掛かる事件が続いていた…。

二重生活を送っていた男を殺した犯人の動機は何か。長年にわたり嘘をつき通してきたツケか、ロリ趣味か、近親相姦か、ハイスクールの生徒を中心に結成されたフェミニストグループの過激分子による無差別的犯行か・・・。どれも決定的な動機が欠ける中で、ウェクスフォードだけはある確信を深め、危険なおとり調査に賭ける。
いかにも英国の女性作家らしい鬱々とした内容。

過激なウーマン・リブを題材に使っているところが少々古くさく思えてしまった。80年代といえば、日本でも上野千鶴子の本などが話題になっていた時代。でも、古くさいと言い切るほど性差別の実態は変わっていなくて、今はより差し迫った少子化や経済的格差の問題に名目上は取って代わられているだけかな。女性だからという理由で揶揄されたり、逆に過剰に評価されたりといったことに対して、多くのマスコミは無神経のままだ。

性差別については、自分も一時期敏感だった。学校ではずっと男女平等で育ててこられたのに、社会に出た途端、まったく違っているのを身をもって実感する。失望は、何年もの間、静かな怒りとなってくすぶっていた。
でも、この小説は、その点で共感を得るような内容とはほど遠い。スカッとするところが一つもない。さまざまな人たちの心理が複雑に絡み合うことで解明困難となっていた事件の真相。最後に明かされる殺意の動機は、むしろ現代的ともいえ、不気味さだけが残るのでした。


『犬はどこだ』米澤穂信著
(創元推理文庫 2005年作品)

東京の銀行に就職したが、ストレスによるアレルギー発疹に悩まされ2年で退職。故郷に戻り、探偵事務所を開いた主人公。犬探し専門のつもりだったが、開業早々舞い込んだのは、失踪人探しと神社に残る古文書の解読。そんなとき、以前から探偵の仕事に憧れていたという高校の後輩が押し掛け、成り行き上、雇うことに…。

文庫の解説には、ロス・マクドナルド的な「私」(=主人公)の私立探偵小説と、ミッキー・スピレイン風の「俺」(=後輩)の私立探偵小説を併置したような小説とある。どっちも昔1冊ずつ読んだきりなのだけど、2種類のステロタイプな私立探偵像をなぞるように書かれてあるのは分かります。主人公のほうは、最近読み直したマイケル・Z・リューインの『A型の女』のそれにも似た雰囲気があると思った。
それにしても、事務所を構える私立探偵が25歳とは、若すぎるよ! まだ、子供じゃん。そういう年齢層が読者対象なのでしょう。わりとほのぼのしてる。でも、最後はきっちりハードボイルド探偵小説風。


2008/04/20のBlog

映画館で予告を観て気になっていた映画。列車が風を切って走るシーンを楽しみにしていたけど、列車が走らなくなってから始まるストーリーだった。

「今夜、列車は走る」(2004年 アルゼンチン)
★★★☆

鉄道とともに栄えたアルゼンチンの地方都市。しかし民営化に伴い、ある日突然、路線の廃止が言い渡される。交渉に当たった組合代表は自殺。鉄道員たちは自主退職を促され最初は抵抗を示したものの、家族や生活を思い次々にサイン。新たな職探しを始めるが、就職難でコネを頼るしかない。その一方で徹底抗戦を訴え一人で工場に立てこもる老いた整備工もいた…。


90年代初頭のアルゼンチンで、約6万人の鉄道員が職を失うことになった国鉄民営化の実情を題材にした映画。同じ職場で働いていた5人の男たちの、職を失ってからの苦境や奮闘が描かれるが、どんどん辛い話になっていくと想像させておいて、するっと種明かしして笑わせてくれたりと、ユーモアをきかせているところがなかなか良かった。特に白タクの運転手になった男の話が面白かった。イギリスの炭坑労働者の町を舞台にしたヒューマン・コメディ映画に似ている部分がある。

しかし、鉄道員の誇りを捨てることでなんとか新しい仕事にありつき、次第に現実と折り合いをつけていける者はともかく、老いた鉄道員たちの現実の描き方には遠慮がない。終盤、ある事件を通じて元同僚たちの人生が再び交差するのだが、そこに至る加速的展開がこの映画のいちばんの見どころと思う。その後は、個人的には面白さが失速するんだけど、着地点としては悪くなかった。結局あれかな、現実がそれによって変わろうが変わるまいが、言うべきことは言っておけということかな。でも、社会派映画というふれこみはどうだろう。この映画には荷が重すぎる気がするけど。


映画を観た渋谷ユーロスペースの周辺はライブハウスがいくつかあって、その一つには開演何時間も前から客が列をなしていた。「誰が出るのか聞いてみる?」「そうやって何でも人に気軽に聞けちゃうのが典型的なオバさんだよね」と友人と笑い合ったのだが、別に誰かに迷惑がかかるほどでもなし、聞きたいことは聞いておけばいいのに、やっぱりオバさんと思われるのが癪で遠慮してしまったのが、この日ばかりは情けない気がしましたね・・・って映画から飛躍しすぎですか?(笑)