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ヒメヒカゲ備忘録
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2008/05/06のBlog
2階テラスの柱。ファラオとして男装したハトシェプスト。テラス右側の列柱廊の壁には女王誕生神話、左側の列柱廊にはプント遠征のレリーフが刻まれているが、風化していて写真では何だかよく分かりません。
これは神殿の側面の壁。何かの儀式の様子。
色が残っているせいで、生き生きとして見えます。
葬祭殿左端にはハトホル女神の礼拝堂。屋根はなくなっていますが、壁には牛のリリーフなどが残っています。
右端にはジャッカルの頭をもつ死者の守護神アヌビスの礼拝堂。捧げ物を前にするアヌビス。

ではなくて、歳月の流れが感慨深い。
30年前のチャック・ブラウンと30年後のチャック・ブラウン。

http://jp.youtube.com/watch?v=nQmABbwneSU&feature
http://jp.youtube.com/watch?v=k9qh1Cp-7bY&feature


太陽が昇るナイル東岸は生者の街、日が沈む西岸は死者の街。数多くの遺跡によって今もそれを実感できるのが、4000年前の中王国時代から新王国時代にかけて古代エジプトの首都が置かれていたルクソール(ギリシャ語ではテーベ)。
写真は早朝、東岸のホテルからの眺め。対岸の裸の丘陵地の奥に「王家の谷」があります。
王家の谷の中心地まではこんなのに乗っていく。大した距離ではないけれど、冬以外は死ぬほど暑いらしいから必要な足。
ピラミッドなどの新王国以前の墓で盗掘が相次いだのを踏まえ、岩山の奥に埋葬施設が掘られるようになり、山の上には監視小屋が置かれた。また、秘密を守るために墓づくりの職人は世襲制で、西岸に職人だけの村を形成していたそう。これまでに見つかっている墓は64で、レリーフなどが未完成のものもある。墓が完成する前に亡くなった王の墓。
観光客はチケット1枚で3つの墓に入れます。ヌート女神の天井画が有名なラムセス6世の墓は閉鎖中。時間も限られているので、近場のラムセス4世、ラムセス1世、ラムセス9世の墓に入りました。通路の壁一面には来世へのガイドブック「死者の書」が刻まれ、奥に行くほどレリーフの色がきれいに残っていて見惚れます。


唯一盗掘を免れたツタンカーメンの墓。ファラオ名簿から名前が抹殺されていたのと、ラムセス6世の墓のすぐ脇にあった(急逝により神官の墓を譲ってもらった)ために見つからなかったといわれる。
ここだけは入場するのに80エジプトポンド(約1600円)の別料金がかかる。人型棺が置かれた部屋のみの墓だったけど、後続の団体客に、1分もたたずに地上へ追い出されてしまいましたよ。

西岸の見学ポイントの一つ、高さ18メートルの「メムノンの巨像」。ギリシャ神話にちなんだ名前で呼ばれているけど、アメンヘテプ3世の葬祭殿跡で、建物は紀元前の大地震で崩壊。現在、葬祭殿復元プロジェクトが進行中。
2008/04/30のBlog
さぼり気味だけどまだまだ続くのだ、エジプト旅行記。

エジプトの住宅街。民間が建てるビルはほとんど鉄筋+レンガ積みで、日除け扉が付いた色とりどりの窓がアクセント。通りに面した部分のみ漆喰だかペンキを塗ってあったりする。
建設中。
戸建ての家に住もうと思ったら、貯めたお金でまず平屋を建て、何年何十年かかってまたお金が貯まったら2階3階と増築していく。そのため天井の鉄筋はむき出しのまま。エジプトに限らず、シリアなどでもそうでした。
この建物の持ち主は商売が順調なのかな。1階に比べて、後から増築された2階3階がずいぶん立派。
屋根はかなりいい加減。ヤシの葉などで塞いであるだけの家も郊外では当たり前。お金がないとは限らず、屋根の必要性が低い。でも、砂が舞い込んでこないかな?

こういう木造の出窓のある建物はけっこう古そうです。ルクソール市内。
バスで移動中、道路沿いに素焼きの水ガメが置かれているのをひんぱんに目にした。素焼きのカメは、カメの表面から少しずつ水が蒸発していくときの気化熱によって、中の水は冷たいままなのだ。
道行く人が誰でもどこでも水を飲める。
ルクソールやカイロの街中では、水ガメがこんなものに変わっていた。
これは鳩の飼育小屋。日干しレンガで作ったいろいろな形のを目にした。
鳩はエジプト人が結婚祝いのときなどに食べるご馳走。鳥インフルエンザで死者が多く出ている国なので、自己責任のもと食べました。骨ばかりで食べるところは少ないけどコクがある。シリアで食べたときには中にライスが詰まっていた。
そうそう、エジプトのお米はなぜかジャポニカ米。メインの肉料理が薄味で、付け合わせのご飯に塩味がついていることが多かった。


鳩料理のついでに食べたもの。
最もポピュラーなアエイシと呼ばれるパン。
パンと一緒にヒヨコ豆やごま、ナスなどのペーストが出る。これはキュウリだったかな。
塩辛すぎていつも食べられないピクルス。
レンズ豆のサラダ。
米粒大のパスタのスープ。雀の舌という名前のパスタらしい。







メイン料理がないぞ(笑)。旅行中はホテルのバイキングが多くて、写真はあまり撮らなかったのです。
贅沢だと思ったのは、果肉たっぷりのジュース類。特にホテルの朝食バイキングのイチゴ100%ジュースには感激したが、シロップが足してあって甘すぎる。2回目に飲んだときは、イチゴ独特の生臭ささに気付いてしまって、もうだめだった。残念だったのは生のナツメヤシがなかったこと。当然、実のなる秋でもないのに、生はありえないのだった。

レンズ豆のスープ。左奥は前菜の揚げたナス。なぜかよく登場。
ナスやピーマン、ひき肉などをトマトソースともに焼いたムサカという家庭料理。
シシカバブ。
モロヘイヤとニンニクのスープ、ナセル湖でとれる魚のフライ。
ツアー旅行だと中華料理の日や、日本食の日があるのです。これはルクソールのホテルの夕食。茶碗蒸し付き。
2008/04/29のBlog

ブルーノート東京でマルコス・ヴァーリのライブを観る。
演奏時間はアンコールも含めて1時間半くらいか。いやいやー、楽しかったわ! 熱心なファンというほどでもないので前回の来日は見送ってしまったが、思い切って行って良かった! やっぱり生で聴く、グルーヴ重視の、かつポップな音楽が大好きですねん、私。

現在64歳のマルコス・ヴァーリはボサノヴァ音楽の人、というよりは今はMPBのジャンルに括ったほうがしっくりくるのか。ステージに登場したいかにもサーファーらしいラフないでたちも、やっている音楽の内容もとてもそんな年齢を感じさせない。
メンバーは、ドラム、ベース、サックス&フルート、何曲かでデュエットを歌った女性ボーカル、そして、マルコス自身が歌をはじめ、フェンダーローズ(うぉ!久々に生を聴いた)やメロディカなどのキーボード類、ギターといったコード楽器をすべて一人で担当し、とっかえひっかえ演奏。忙しそうだったけど、それもまた楽しそう。
主に使っていたのはローズで、一緒に行った友人は「ギターの助っ人でも頼めばいいのに」と言っていたが、そこは何かこだわりがあるのでしょう。というか、ローズもいいけどメロディカの音色もいいなあ、欲しいなあ…。

最初の2、3曲は、メンバーの演奏が合っていないように感じることもあったが、ドラムスがサンバのリズムのソロで一度はじけてからはまったく気にならなくなった。インストが何曲かあったけれど、やはり歌入りがいいですね! ポルトガル語は、同じ言葉を繰り返したり、韻を踏んだりするだけで、なぜこんなに音楽的でうきうきしてくるんだろう。子供も喜んで口ずさんでしまうような単純な響きがいいんだ。

生で聴けて嬉しかったのは「Agua De Coco」という曲。2003年のアルバム「Contrasts』(写真)に入っている。クラブジャズ色の強い1枚だが、この曲は無性に好きで、しばらくこればかりをくり返し聴いていましたよ。ライブではアルバム収録よりずいぶん速いテンポでの演奏で、歌詞が早口言葉みたいだった(笑)。