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ヒメヒカゲ備忘録
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2008/06/12のBlog
ルクソールの中心部にあるルクソール神殿は、カルナック神殿の副殿。こちらはざっと200年がかりで、アメンヘテプ3世やラムセス2世らによって建てられた。アレキサンダー大王の時代にも改築が加えられている。
遺跡が砂に埋もれていた時代に遺跡の上に建てられたモスクが、敷地内に共存。古いモスクと新しいモスク、2本のミナレットが突き出ています。

入場料を払って見学したのはルクソールに到着した夜。第1塔門前の対のオベリスクの片割れはパリのコンコルド広場にある。代わりに(?)フランスは遺跡保存の技術援助などをしているようです。
第1塔門の前にはラムセス2世の2つの座像と4つの立像が建っていたが、立像で残っているのはこの頭部のみ。ここも像といえばラムセス2世だらけなのだ
閉花式パピルス柱と王の立像に囲まれたラムセス2世の中庭。

2体の王の座像の後ろに第2塔門があり、アメンヘテプ3世の中庭へと導く開花パピルスの大列柱廊がある。
第2塔門内側で出迎えるツタンカーメンとその妻の像。でも、ツタンカーメンの名前を示すカルトゥーシュは、後にラムセス2世が自分の名前に掘り直してしまっている。
大列柱廊の左右の壁には、カルナック神殿からルクソール神殿まで神輿を運び、また戻っていく祭りの様子が細かく描かれている。

これは曲芸師。
2列の閉花式柱に囲まれたアメンヘテプ3世の中庭。ここはナイル川が近いため地盤が弱い。一度は崩壊した柱の下から石像や宝物が見つかり、今はルクソール博物館に展示。
スフィンクスが両側に並ぶ参道は、2.5キロ離れたカルナック神殿まで続いていた。







ルクソールでは翌晩、急遽オプションでルクソール博物館を見学。
200年前にイギリスに持ち出され、アメリカの大学に売られた後にエジプトに返還されたラムセス1世のミイラがあったり、優しい顔に立派な付け髭のトトメス3世の像、ワニ神とアメンヘテプ3世の像、人気の高いアメンヘテプ4世(アクエンアテン)の像と独特な作風のアメン神殿の復元壁画、金箔が施された牡牛姿のハトフル神、ツタンカーメンの戦車など・・・。
ルクソールでの出土品が時代順に整然と展示され、ライティングも暗くていい雰囲気。所蔵品が多すぎて並べて置いてあるだけのカイロ考古学博物館とは対照的に、美術館のようでした。

2008/06/09のBlog
エジプト旅行のハイライトは、国家最高神であるアメン神信仰の総本山、カルナック神殿! 約2000年をかけて歴代の王たちが建造物を追加したり改築してきたため、とてつもなく広く、まだ発掘されてない区域も広大。3時間の見学時間ではとても全部回り切らず、見落としたところもいっぱいあります。ここはもう一度行ってみたい。
まずは第1塔門前にある羊頭のスフィンクスの参道。当時はこの辺りがナイル川岸だったようです。

神殿は奥に進むほど時代が古くなる。一番外側の第1塔門はエジプト人最後の王ネクタネボ1世、2世の時代に建造途中で終わっており、内側には塔門を建てるための日干し煉瓦の足場が残されている。
第1中庭の左手にはセティ2世神殿があり、アメン、ムト、コンスのテーベ三柱神を祭っている。
中庭右手にはラムセス3世神殿。両脇にオシリス姿の王が並びます。先を急ぐので素通り。
第1中庭の中央にはアラバスター石の生け贄台。両脇に5本ずつの巨大列柱。
第1中庭の巨大列柱、1本のみが柱頭まで残っている。
第2塔門の前に建つラムセス2世の巨像。対の像のうち1体だけが残る。足もとの女性は妻だけれど、実娘でもあるのだ。
塔門の壁のレリーフ。レリーフはまず朱色で下絵が描かれ、ベテラン職人が墨色で修正し、彫って顔料で彩色した後に、卵白とハチミツを混ぜた上塗りをしたそうですが、ナイル川の洪水にも洗われるなどして色はすっかり消えている。
門の裏にひっそりと佇む。若きラムセス2世?
大列柱室は134本の巨大な石柱が林立する広間。中央通路の開花式パピルス柱の高さは21メートル。その周りの低めの柱は閉花(未開花)式。
柱で埋め尽くされているのはパピルスの生える沼を表現しているから。昔は神々の石像も柱の間に並んでいたらしい。
大列柱室はもとは石の天井付きで、壁上には明かり取りの窓がある。
どこもかしこもレリーフ。梁に鮮やかな彩色の名残が。
列柱室の壁には、セティ1世と息子ラムセス2世の力を誇示するレリーフがたくさん刻まれている。これはエジプトを治める権力を授けられるラムセス2世。身体を囲んでいるのは常緑の木。月桂樹かな。
征服した地域の数を捕虜たちで表している。一人ひとり刻まれたヒエログリフがそれぞれの征服地の地名。北方系(アジア)と南方系(スーダン方面)の捕虜が描き分けられていて、これはシリア辺りの顔つき。
第3と第4の塔門の間のトトメス1世のオベリスク(左)、その奥に立つハトシェプスト女王のオベリスク。どちらも残っているのは1本で、もう1本は折れてしまっている。女王のものは現存するものの中では最大で高さ約30メートル、重さ300トン以上。風化もなく表面はツルツル。3500年前のものとは思えない。先端のピラミッド型の部分は金箔で覆われていたらしい。
第4塔門前から列柱室を振り返る。
3時間のツアーなので一休みしている時間はないのだ。
第6塔門奥の小さな礼拝室。ホルス神とトト神から永遠の命を授かるファラオ。頭から注がれているのはアンク。ファラオはハトシェプスト女王で、継息子のトトメス3世の時代に削り取られている。
削られたレリーフの中で、再生・復活の象徴スカラベだけは残されている。ご利益にあずかろうと触る人が多いので黒光り。ルクソール神殿では生殖の神ミン神の勃起した長大な性器が黒光りしていた…。
トトメス3世が海外遠征に出る前の儀式の様子を描いたリリーフ。これは征服した国からの貢ぎ物の数々。金のブレスレット、宝石、アラバスター製品など。
上のリリーフの左側に立っているトトメス3世。手にしているのは権力を示すセケム笏とこん棒。
神殿後方にあるトトメス3世の祝祭殿は、遠征用のテントを模した建物。キリスト教会として使われた時期があり、柱にうっすらとフレスコ画が見える。でも、それよりも3500年前の彩色のほうがしっかり残っている。祝祭殿の外にはトトメス3世のボタニカルガーデンと呼ばれる中庭があり、海外遠征で見つけた珍しい動植物が壁に記録されています。
至聖所の一つ。殺風景な部屋なので覗く人は少ないのだ。
パピルスを束ねた形でしょうか。
聖なる池。体を清めるための場所。ナイルから水を引いています。池の脇にはスカラベの石像があって、みんなが触ったり、周りのぐるぐる回って歩いたりしていました。

中王国時代の神殿跡だったと思う。
神殿は途中で南に分岐していて、第7から第10塔門まで続く。この第7塔門付近からは、20世紀初めに何千何万という石像や木像が発掘されたそう。
腰から下だけが残っているトトメス3世の巨像。

第8塔門あたりから先はまだ調査中。
カルナック神殿ツアーはここまで! 疲れた…。正確には見学したのはアメン大神殿の中心部だけで、ここより先の南側にあるムト神殿、北側のメンチュ神殿を合わせて「カルナック神殿」と称します。