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maison 1812
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2007/08/15のBlog
今日も変わらず暑さが続く。
いつもと同じく窓を開け放ち影を作る。
またじりじりと暑いんだろうと思っていたら以外にも風があったりして。

ああやっぱり
もう次の季節がめぐってきている。
確かに、陽が落ちるとずいぶんと涼しい。
蝉の声に重なるように虫たちが囁き始めている。

そう思うととたんに昼の暑さが名残惜しくなる。
きっとあと1週間もすれば渡る風もひんやりする
そうなればこの暑さは取り戻すことはできない。

時には夏が来ないこともあるこの街の
久しぶりの夏らしい暑さを
あと少し堪能しよう。

残された夏の残骸を
切り取りに出掛けよう。
2007/08/12のBlog
あまり多くを期待しないでおこう
なぜなら
思う通りに行かないときがっかりして悲しくなるから

でも少しだけ
希望は持っていたい


どうか
夢でありませんように


2007/08/06のBlog
PCという機械を通じて、ネットという電波に乗せて
たくさんの願いと思いがいつでも飛びかい、そして伝わっている。


小さくて、とても心の温まるニュースが
短いメールで届いた。

ブログという場所から、いつもたくさんの勇気と元気をくれていた人の魂が
今またようやく次の世代に繋がった。
彼もまた同じようにみんなに元気をくれるだろう。
あるいは私たちと同じくそこからたくさんの勇気と力を貰うかもしれない。


この不思議な電波に乗せて
叩くキーの一つ一つに気持ちをこめて
時には助けられ、励まされ
喜びや悲しみを伝え合い
そうしてどこまでもいつまでもずっと繋がっていくのだ。

この素晴らしい繋がりと関わりの中に
私がいられることに
みんながいることに
心から感謝したい。
2007/07/30のBlog
もうすぐ仙台の七夕。
暦よりひと月遅れで開催されるこのお祭りは毎年必ず1日は雨に見舞われる。
前日の花火大会も含めて4日のあいだのどこかは面白いように集中豪雨的大雨だったりずっとくすんだ霧雨だったり。
時期が悪いのか仙台はいつも夏が寒いからなのか、からっと晴れた七夕を思い出せない。

たぶんねぇ、ここにだけ天の川が停滞して洪水をおこすんだと思うな。
西の山に引っ掛かって東の平地を駆け下り海へと注ぐ。
その途中で街に雨を振り落とすんだ。
きっと空の上はからっと晴れてるんだろうな。

まあそのおかげで織姫と彦星が出会えてるのなら仕方ないけど
地上ではなかなかそうもいかない。
目に見えない天の川にずいぶんと邪魔されてる気がする。
雨は降ってもいいさ。少しくらい寒くても我慢するよ。
でも邪魔ばかりされてると夏が終わるんだよなぁ。

仙台の夏は寒くて短い。
終わらないうちに晴れますように。
2007/07/26のBlog
身体を壊してから普通にすたすた歩くのも大変になった。まるでおばあちゃんが歩いてるみたいなスピードで動いてもすぐめまいがするし動悸がひどい。もちろん階段なんかとんでもない!上がるのも降りるのも大変です。

毎週恒例、ちびっこのバレエに送りついでにお天気もいいことだし、と散歩してみた。久々だなぁ。ここしばらく送ってきても身体がきつくて車の中で寝ていたりしてたから。
まあでもまだ普通のスピードでは歩けないので信号もぎりぎりで渡り切るくらいですけど。
大きな通りを渡って向い側のメディアテークを外から覗いて写真を撮る。隣のビルも写真を撮ってみる。ここしばらくカメラを抱える気力がなかったので撮りたくなって撮ったのも久し振り。
工事中のビルもパチリ。
物おじせず堂々と道の真ん中で寝そべる猫を撫でつつパチリ。
少しだけ、ようやく少しだけ身の回りの景色に気持ちを向ける余裕ができたかな。でもまだ体はきついけど。いつ倒れるかわからないしちゃんと回復してくれるかどうかもわからないけど、気持ちが上向いてるときは周りを見渡して少しだけでも歩くようにしよう。
まだ梅雨明けしてないみたいだけど、仙台の夏らしい湿度の高い暑い日が続く。明日も暑いみたいです。
夏を乗り切って涼しくなるころには少し良くなってることを祈っておこう。

2007/07/23のBlog
おかげさまでみなみが11歳になりました。
はやいなぁ。
うかうかしてる間に母はどんどん追い越されそうです(笑)。



最近ではカメラを持たせると興味津々であれこれ撮りまくっています。
カメラのせいかはたまた腕のせいかボケボケのブレブレばっかりですが
たまーにものすごいのとかあるんですよね(笑)。
こないだ花屋さんで撮ったやつは結構面白いのが何枚かありました。
ここしばらくは妹たちの子供たちと会う機会が多くてよく撮っています。
これは一番下の妹の子供「じんくん」。
こちらはアメリカに住む妹の子供「まさむねくん」。
隣に覗いてるのは弟です。

今週いっぱい実家に滞在中なので毎日子守で楽しそうです(笑)。
どうやら小さい子と遊ぶのが好きみたいです。
おまけ。

ワタクシ久々に髪を切りました。
わかりにくいけど(笑)。







仕事のバタバタもひと段落したので
私も写真を撮りに行こう。
ぼーっとしてると追い越されるからね(笑)。
2007/07/20のBlog
今日は眠い

そういえば私もずっと忙しいんだ
そうしてあまり寝てない

私も眠いよ
どうやら
眠りは伝染するみたいだ


少し早めにゆっくり寝ようか
身体を休めなくちゃね


一緒に眠ろうか
気持ちが伝わるように
きっと眠りも伝播する

ぐっすり寝て
明日はまた元気になろうね
2007/07/18のBlog
もうそろそろ遅い時間に
遠くから聞こえる声

優しいいつもの声が少しだけ擦れる

どうしたの
疲れているの

いつもより深い呼吸の奥から
少しだけ辛さが覗く

身体が辛いのかな
それとも心が痛むのかな


優しいが故にたくさんの辛さをすべて受け止めて
深く呑み込んでしまう
だからきっと気が付かないうちに
心がどんどん重くなるんだよ

もう
見えないふりはしなくていいよ
無理に忘れようとしなくても
言葉に出すのがつらければ
深い溜息で教えてくれればいい

そしたら
小さな声で返事をするから
何か他愛もない話を少しづつ話すから
細くて長いこの糸に乗せて
遠くまで届くように願いながら
ひとつひとつすべてを聞くよ



そうして
深くあなたを包んであげるよ
いつでも
どんなときでも
2007/07/14のBlog
立っていても座っていても
目の前がちらちらしたり血の気が引いたり
あるいは常に頭痛がしたり足がむくんだり

どうやら持病と認定されたようです(笑)
投薬を続ければ改善はされるのですが
薬をやめるとまただんだん悪くなる
結局はこの先付き合っていく羽目になりそう

原因はよくわからないけど
倒れるまでは若いころも含めてだいぶ無茶をしたし
そうなる前からも貧血の症状はあったから
きっと元々あったのだろうな

ここしばらく体力も低下してるので治りが遅い
きっと今までどおりに身体が動くことはもうないかもしれない
走るのも階段を登るのも相当きつい
自分がこの先どうなってしまうのか見当もつかないけど
突然突きつけられたこの事態を
どうにか飲み込もうと試みる

誰でもいずれは身体が動かなくなるし
記憶も薄らいでいく
でもそれまでにもっと楽しいことややりたいことを
心の中にたくさん積み重ねておきたい

もっと時間が欲しい
お願いだからまだ終わらないで
2007/07/10のBlog
しゃべらないほうではない
むしろ余計なくらいよくしゃべる
会話がないと生きていけないくらいに




でも

どうしても伝えたい気持ちを
どうしてもうまく言葉にできない

たった一言なのに
それは
言葉を発してみるけど
なんだかしっくりこない

気持ちの中にはあるのに
いつでも伝えたいのに
私の持っている言葉では
きっと表せないのかもしれない


けど、表に出さなければ
いつまでも伝わらない
言葉って
なんてもどかしい
2007/07/04のBlog
次々と、悲しいニュースが飛び交う
親が子を殺めたり、抱えきれなくなって捨ててしまったり
あるいは自分で道を閉ざしたり



人の命の重さはどれも同じ
どんな命にも手をかけることを許されないのは百も承知
でも
自分が同じ過ちを犯さないと果たして言いきれるか

自分ひとりならいざ知らず
一人ではまだ生きていけない命を抱えてしまうことへの不安と恐怖
毎日の生きる糧を必死で作り出してもあっという間に搾取されて
怯えるようにして暮らさなくてはいけない現実
それでもまだ
話す人もいて少しだけでも聞く耳があれば心に余裕も持てるけど
心を閉ざして誰とも関わらず誰にも手を差し伸べられないとしたら
もし一人で途方に暮れたとしたら
手の中にあるものどころか自分の命さえ支えていくことが難しい

押し潰されないように流されないように
必死でしがみついてもがいている我が身を
辛いニュースに重ねてみる
消えてしまった命に想いを馳せながら
罪を背負って残された者たちの
その時の気持ちはどうだったんだろう、と思う

なぜ一人で背負わなくてはいけなかったのか
その理由が誰にわかる?






2007/07/02のBlog
離れていて
なかなか会うこともままならないなら

せめて今日はあなたの夢を見て眠ろう



傍にいて優しい声で話をして
静かに微笑む顔を夢に見て眠る



明日の朝目が覚めたら
きっと優しい気持ちになれるから

きっと
傍にいるような気持ちになれるから
2007/06/30のBlog
物事を成し遂げるには
どんなことであれ
頭の中だけで考えていては成し得ない、のだそう。

ああしたい、こうしたい
どこかに行きたい、何かを食べたい
どんなことでも
些細なことでも
ほんの一言だけでも言葉に出して言うと叶うんだって。

もちろん
大人になってしまった今
なかなか物事の融通がきかなかったり
タイミングが合わなかったりと
そうそう簡単に実現することばかりではないのは重々承知している。
でも、それでも
頭の中にだけおいてても誰にも伝わらないし目にも止まらない。
だから言葉に出して言わないと。

呟きでも愚痴でもいいから声に出そうよ。
毎日言葉にしていればきっとすぐにかなうから。
2007/06/29のBlog
心と身体のバランスって思っているより繊細なんだなぁと最近つくづく思った。

自分はどちらかというとうまくバランスを取れないほうなので崩れたなと思ったら我慢しないで声を上げてしまうけど、それでも身体が動かなくなったりどうにも気持ちが塞いだりする。

だから、傍目にはしなやかで強靭な精神力の持ち主でもさして我慢してないつもりでも実は静かにストレスが溜まっているのだ。
そういうのが何かのきっかけで噴出すると普段我慢しない人よりも事態は深刻なことになる。
気がついたらぼろぼろだったり、危ないといわれる一歩手前だったり。

深く考えないことも大事かもしれないけどそこはやっぱりストレスが溜まっていることも自覚した上で流していかないとだめなんだと思う。
動けない状況だからと無意識のうちに自分の感情を封じ込めてしまって気がつくと溜まり溜まっていることになってしまうから。

そんなときはちゃんと病院に行って治るまでおとなしく薬を飲むのが一番だけど、食べるものや日々の生活も少しづつ変えていけるのがほんとはいいんだよな。
忙しくても少しだけでも手をかけたものを食べる、ゆっくり自分の時間を持つ、一番気持ちが緩む相手と話をする。
何も特別なことなんかしなくてもいい。
小さな声で話をして笑うだけでも、そっと撫でながら頷くだけでも、目を見て傍で声を聴くだけでも、それだけでも十分。
ほんとは
そんな些細なことであっさりと治ってしまったりすることもあるんだから。

本当に身体を治したいなら薬よりも何よりも
そういう小さな時間をどうにかしてでも作り出すことが一番大事なのかもしれない。
ほんとに身体が壊れてしまったら
もう元には戻らないのだから。

人の命の時間は、決まっているのだから。
2007/06/26のBlog
彼女は歌うことが苦手だった

ひとの心を歌う歌は彼女の心には重すぎる
だから彼女は歌を聴かなくなった

ある時
彼が歌を教えてくれた

ただ歌うだけではなく
一つ一つの言葉に意味を込めて
心を尽くして歌うことを知ったとき
歌は自分の心の言葉なのだとわかった

それから彼女は小さな声で歌うようになった



彼は花が苦手だった

季節ごとに微笑みかける花と向き合って
ひとつひとつ写真に収めてはみるが
どうにも居心地が悪かった

だから彼は花の名前を覚えられないでいた

ある時
彼女が花の名前を教えた

空き地に咲く小さな花
つつましい家に彩を添える花
季節を先取りし見るたびごとに気持ちを穏やかにする花
そうして
その花のある景色と空気
伝えたい気持ちを
花を写した写真に込めて送った

見えているのが花だけではないことがわかったとき
彼は少しづつ
今までと違う花の写真を撮り始めた



そのうちに
彼が見せてくれた花から
彼女が心に響いた言葉を紡いで
二人は歌を歌った






ようやく音の出るPCで
穏やかで切なく
だけど力強い
優しい歌を聴いた

私は歌を歌えない
でも
この歌と
歌う二人を物語にたとえるなら
こんな風だといいなと思った

どこかで
こんな風に響きあう二人がいるなら
まだこの先も歩いていけそうな気がする
2007/06/17のBlog
ここしばらくの不安定な状態をどうにか押さえ込んで、ようやく少しだけ改善されつつあります。
ご心配をおかけしてすみません。
ひとまずだいぶいいです。ほんとうにありがとうございます。


まだ自分が一人で立ててないというのがたぶん原因なんだろうと思います。
遡って考えると本当に小さいころから一人で置いておかれるのは苦手だったような気がします。
それと、やはり周りにいる人との距離のとり方がどうも上手ではないようです。
一番傍にいると思っていた人に急に突き放されたり
安心しきってすべてをさらけ出した相手から自分の根本を否定されたり
それでももういい歳なのですから随分と同じ目に遭ってきたのでいい加減学習していたつもりなのですが、やっぱり同じようなことで痛い目に遭うし精神的に参ってしまうようです。

ここに越してきて1年は近くに住んでいてことあるごとに相談に乗ってくれたり飲んだり話したり出来る友達が何人かいたのですが、それぞれの事情でほぼ同じ時期にいなくなってしまったり、自分ではうまく距離をとりつつ付き合っていたつもりの友達から突然突き放されたり、そういうときに限って心を委ねて何でも話せる相手とは連絡が取りにくい状況になったり、話す人がいないときの唯一の手段であるネットも、PCの不調でやり取りもままならなかったり、といろんなことがいっぺんに重なってのしかかってきたせいもあります。
どれも一つ一つは時間をかけて対処していけば解消できる類のものなのですが、どれもがほぼ同時に起こってしまったせいもあって、どれかに対処するにも結局誰にも話せない状況になってしまったのと、そういうときに書いて出来るだけ吐き出そうとしていたはずなのに何ヶ所かあるそういった場所で、それぞれに本音が書けなくなってしまっていたことも大きな原因かもしれません。

よく相談に乗ってくれる人にたまたま話す機会があったのでふと漏らしたら、気にせずに本音を書かないと苦しくなるよと言われたけど、書く事で心配をかけてしまうかと思うとどうしても書けない。
それで仕方なく本当に誰も見ないところをひとつこしらえて書き連ねてみたのだけれど、やり取りのない言葉の羅列というのはただ身体に悪いだけなんだということに気がついた。書いても書いても答えは出ない。結局はアタマの中でずっと悩みがループしているのとなんら変わりないということ。
それでどんどん苦しくなって溜まっていた言葉を吐き出したら今度は気持ちと現実のギャップで余計に辛くなってほんとうにもう話すことも考えることも苦痛になった。塞いでしまって誰とも関わりたくないとまで思ってしまった。

10年ほど前、離婚のために実家に戻っている間、今とほぼ同じような塞いだ状況が続いた。そのときは毎日起きることも出来ず食事もとれず子供とさえ会話できなかった。
いつも諍いが多い母親とも喧嘩することすら出来ないほどの無気力が続いて、あるとき明るい昼間にふと高いところから飛び降りたい衝動に駆られた。
幸いとっさに動こうとするほどの気力がなかったせいで行動には移さなかったけど、少しでもこの世からいなくなりたいと思ったのは確かだった。
そんなことが続いてあるときふと、このままではほんとうに自分で抑えが効かなくなるかもしれないという恐怖心が少しだけ頭をもたげたとき、少しだけ力を振り絞って状況を改善しようとした。
さすがに誰とも話せない状態で病院には行けなかったので、薬局で漢方の欝の薬を探して小さな粒を二つづつ、毎日欠かさず飲んだ。でもそのことは誰にも話さなかった。
そうして、2年近く経とうとしていたころようやく、毎日飲むのを忘れている自分に気がついた。少しだけ、よくなっていた。

そのあとはずっと、自分の気持ちと周りの人との距離のとり方や自分の立ち位置でずっと模索しながら来ているのだけれどいまだにうまくつかめない。
一人で立たなくてはいけないと判っていても一人では歩けないと思ってしまう。
相手に深入りしないようにしようと幾度となく自分を抑えてみては辛くなり声をあげて泣いたこともある。
周りにいて手を差し伸べてくれる人すべてが、一斉に背を向けて遠ざかってしまうような恐怖心に駆られたり、裏切られることを恐れるあまり心を開きたくても言葉を飲み込んでしまうこともしばしばある。そうして、ほんとうの気持ちを言葉に出来ない辛さと悲しさを抱えてどんどん沈んでしまった。

なんだかそんなことの繰り返し。自分で自分のことが嫌になってしまうことはもう慣れたけど、それでも誰かに肯定されたいしいつまでも手を差し伸べていてくれる約束がほしい。
そんなことをずっと繰り返し思いながらそれでも前に進まなくては生きて行けないものを抱えてしまったから幸いにしてまだ何とか踏みとどまっているのだろうなと思う。
多分、私に足りないものがたくさんあるからそういうものがそばにあるんだろうな。

毎日が明るい日ばかりじゃない。これからもそうだろう。
そうしてもしかしてこのままずっと一人で歩き続けなくてはいけないかもしれない。
その距離と、じぶんのスタンスを毎日模索しながら、これからも私は生きていくんだろうと思う。
きっと最後までうまく生きられないんじゃないかとさえ思うときがある。
それでもいいと、いつかは思えるようになるのかな。
長い道のりが辛くはないと思う日が、来るのかな。
2007/06/12のBlog
自分の中で気持ちが落ち着かなかったり
まとまりがなかったり
抑えが効かなくてどうしようもなかったりすることもあります。

何度同じようなことを掻い潜ってきても
結局はあまり成長していないのかもしれません。

でも少しづつまた浮かぶことぐらいは容易に出来るようにはなりました。
すっかり気持ちが落ち着くわけでも
納得がいくわけでもないんだけど
それでもこのままどうにか折り合いをつけていくしかないんだと
諦めに似た気持ちもどこかにあります。

まだ少し迷いや悩みは残っています。
でも本当にがんじがらめになって動けなくなったときは
ほんとうの自分の気持ちを一番に大事にしようと思います。
誰にも遠慮しない、本当の自分の気持ちを。


まだお返事がかける状態ではありません。
人と関わるということや話をすること自体が
とても苦痛に思えてしまって自分でも折り合いがつかないでいます。
ただ、たくさんの方に支えていただいてることは
ひしひしと感じています。

だから
もう少しだけ篭もっていようと思います。
わがままでごめんなさい。
2007/06/11のBlog
話がしたい
どんな小さなことでも
楽しいことでも、悲しいことでも
悩み事や懸案、相談事
自分が考えてること
したいと思うこと
なりたいことや行きたいところ
今までのこと
これからのこと
多分、全部最初は些細なことなんだ

思うとおりに行かなくて気が滅入ってるとき
すべてが背を向けたように感じて辛いとき
もがいてももがいても抜け出せなくて
自分ひとりでは糸口さえ見つからないとき
すべてを押し込めてしまう前に
頭で考えて言葉を押しとどめてしまう前に
行き場のない迷路に入り込む前に
少しでいいから話がしたい

でも
言葉が出る前に躊躇してしまう
回りまわった言葉は飲み込まれて
心に溜まった重い気持ちは
蓋をして押さえ込まなくてはいけなくなる
小さなことばかりなのに積もり積もって重くなる
すべてが糸のように絡み合って締め付ける
そうして
沈んだ気持ちを抱えてしまったあとは
時間をかけて軽くなるまで待つしかない
心の蓋が開くまでじっとしているしかない

無理に笑うことも出来るし
明るく振舞うことも上手に出来る
だから一人でいるときは余計に辛い
その孤独とも付き合っていかなくてはいけない
どこかで我慢して耐えていかなくてはいけない
これから先、ずっとひとりで
2007/06/09のBlog
相変わらず
心と身体のバランスが取れない
というより
心の中とアタマの中、というべきか。

判っているのにわからない
納得してるのに悲しくなる
理解していても泣きたくなるのはなぜだろう。


一人では答えを出せない
どうしたらいいかわからない。








一人でいることに
少し疲れたよ
2007/06/05のBlog
今の仕事を始めてようやく1年経ちました。

決まるまでの長かったこと
最初の1、2ヶ月の緊張と酷いむくみと疲労
身体を心配して食材や酒とともに遊びに来てくれる友達
遠くからやさしいメールや電話で心を支えてくれる人たち
涙が出そうなくらいやさしい社長と奥さん
居心地のいい会社
明るくて風通しのよい家
働き者の自転車
大きな病気もせず元気に育ってくれているみなみ
最初のころじろうを預かってくれた裏のおじさんとおばさん
そして最近は鳴かなくなったじろう
朝の青い空と帰りの夕陽に縁取られた景色
肌に纏わりつく湿度と雨
心地よい風
ふわりと浮かぶ、あるいは流されるように早い雲
すべてが毎日私のことを支えてくれている

言葉を尽くしても足りない
感謝の気持ちでいっぱいです。

心から、ありがとう。
そして
これからもよろしくお願いします。
2007/06/02のBlog
ようやく気持ちに余裕が出てきた。
おかげで少しだけ写真を撮りたくなったので散歩してきた。

夕陽になりかけの陽射しと、くっきりと青い影
撮るには一番いい時間。

久しぶりにフィルムに写し取ってみた。

前より少しだけ見え方が変わったかもしれない。
そう思った。


光と影が、もう少し見えるようになったら
今度はB/Wで撮ってみようかな。
2007/05/30のBlog
世の中便利になって、遠くても、夜中でも、メールや電話で会話や意志の疎通が図れるし、電話の画面でTVが見れたり動画で相手の様子がわかったりもするし、ほんとうに何でもできる時代になったものだなぁとしみじみ思う。

ここ1週間ほどPCが壊れてしまってネットもメールも何もできない状況になって、頼るはPHSからのメールと電話、そしてモバイルで見ることのできる範囲のものだけと、かなり苦痛だったけどそれでもまるでそういう情報やツールがないのよりはまだましかと思った。
ただやっぱり不便だし、そういうときに限っていろいろ不具合があったりいろんなことが重なったりしてどんどん一人で取り残されていような気分の状況に陥ってしまって、いつも以上に大変だったけど(笑)。


ネットやメール、そして電話。
どれも大切な人たちとの気持ちをつなぐ大事なツールだ。それぞれによさがありそのどれもが私にとって必要であり、すべてなくせないものばかり。
今回PCがないという事態を経験して改めて必要性を痛感したけど、さらにひしひしと感じたのは、実は一番大事なのはじかに人と会って近いところで話すということ。
いままでも何度となく同じことを繰り返しては同じように思っているけど、ほんとに、人と同じ空気の中で会話をすることにかなうものはないと思う。

たまたまようやくの思いで連絡が取れたと思ったら相当深刻な、思わず聞いて涙ぐんでしまうくらい体調が悪かったりするとなおさら心配が募る。
PCを、開けたはいいけど何をどうすればいいかわからず途方にくれている状況を、電話だけで説明しながら設定していくときのもどかしさ。
そうして、うれしい話や楽しいことを話すときに、笑い声から浮かぶ笑顔を想像して切なくなったとき。
電話口から手だけでも出てきて触れればいいのにと思う(笑)、ほんとに。
だから冗談でもなんでもなく時々切実にどこでもドアがほしいと思ってしまう。


いつものように、時々心が折れると周りで必ず手を差し伸べて支えてくれる人たちがいる。
青い空を切り取った写真を添えて、短い短いメールをくれる人。
心配して電話をかけてきて、開口一番必ず「大丈夫ですか?」と聞いてくれる人。
そしらぬ顔で甘いものを抱えてふらりとご飯を食べに来る人。
夜中に「今から行くから」と車を飛ばしてきてくれる人。

近い人もあれば遠くからの人もいる。
精一杯のありがとうを返すだけしかできない人もいる。
その人たちみんなに、いつでも会えればいいのにと思う。
言葉で、メールで、いつもの写真で、
いつもいつもたくさんありがとうを言うけど、でもほんとは会って顔を見て手に触れて感謝したい。
言葉だけで伝わる気持ちもあるし、声を聞いただけで元気になるし、メールで伝わるぬくもりもちゃんとある。

でも、やっぱり会って伝えることがしたい。
たくさんの、私を支えてくれている人たちに
いつか一人一人に、会いに行きたい。
2007/05/16のBlog
いろんな小さなことが積って
少しづつ重くなる

どうせ自分の中だけのことだからと
言葉を飲み込む
気持ちのなかで思いがループする
口元まで出かかってはまた飲み込まれていく

そうして気持ちには少しづつ穴があいていく

重い気持ちを支えようとすると
辛さに押し潰されそうになる
あまりに積りすぎて
言葉では表せない辛さ

耐え切れずに丸くなる
頭から毛布をかぶる
少しだけ静かにしていれば
だんだんに気が晴れるから

でも
やっぱり抜け出せない

暖かなぬくもりが恋しい
2007/05/12のBlog
優しい手
柔らかな言葉
静かな時間
思う気持ち

熱を出した友人に
引越しで忙しい友に
長いこと懸案を抱える知人に
そうして
ようやく疲れが出てきたあなたに



自分が辛いとき
みんなが包んでくれたように
私の気持ちがみんなに届くように
優しい気持ちで包めるように
ゆっくり歩くように話すように撮っていきたい

伝わりますように。
2007/05/11のBlog
バタバタと忙しい連休明け
毎日いつもより遅い日が続く。
このままだと来週もかな
ちょっとしんどい。
さらに寝不足と疲労が重なってちょっとあちこち痛み出す。
ううーん、まずいな。

仕事に集中しすぎて、終わるととたんに気が緩んで眠くなったりしてるけど
それでも気持ちはそんなに辛くない。
眠い朝、朦朧とした帰り道
ふと立ち止まってカメラを構える時間は、少しある。
そうして、心の余裕も。

身体の重い朝でも、
目の前を走りすぎていくたくさんの花の色や緑の景色に
少しだけ目を向けるとうれしくなる。

湿気を含んだ夕方の空気を、顔を上げて受け止める。
顎の先に、肌寒い首筋に
風と共に浴びてみると意外と気持ちがいいんだな。

そうやって、自分の周りのすべてのものが
優しく心地よく感じられるのは
なんとありがたいことかと思う。


何年も前にも、同じ道を同じように通っていたことがあった。
でもこんな風には見えていなかったし
感じる気持ちも持ち合わせていなかった。
ただずっと心が塞いでいた。

前と何ら変わらない同じ景色を
優しい気持ちで受け止められるのは
心の目のどこかに柔かいフィルターを手に入れたから。
きっと
周りのものすべてを観るとき、感じる時
そのフィルターを通して観ているのかもしれない、と思う。

薄曇の肌寒い日にも、通り雨の降る冷たい夜にも
美しく光る闇や、ほの暗く輝く影があることを教えてくれる
そうして
今まで見えなかったものが見えてくることで
なお一層、昼の光や明るい風が心地のいいと感じられるのだという事を
優しく語り掛けてくれる。



優しいフィルターをつけた心の目で
これから続く目の前の道を見るとき
今まで見えなかったものを見せてくれる

もしかして、もう半分は過ぎてしまったかもしれない人生の中で
まるで半身が欠けてしまったかのように
どうしても足りなくて必要としていたもの
曇りのない、心の目

いつまでも
このまま
心の中にいてと願う。
2007/05/07のBlog
[ 23:26 ]
花が終わって緑の季節

つぶつぶと降る雨も気持ちがいいと感じる





こんなにきれいなんだと
ようやく気がついた
2007/05/04のBlog
こないだひょんなことから大事な忘れ物を預かったまま飛行機で帰ってきた。
しかもそれを預かってたやつはさて今から税関、というときに渡すんだもの(笑)。
仕方なし、そのまま空を飛んできた。

約1時間の快適なフライトの途中、フィルムのカメラで何枚か写真を撮った。
ふと思い立って先ほどの忘れ物を取り出して
注いでもらった熱いスープと一緒に写真に収めた。

帰ってきてから無事忘れ物を送り返した後で
ようやく写真が出来上がってきた。
件の忘れ物の写真も、ちゃんといい具合に写ってる。
そうしてよくよく見たら小さな虹がかかっていた。

ちょうど空の上に上がりきったあたりで
雲の上に丸い虹がかかっていたんだ。
それは写真に撮り損ねたんだけど
気がついたら意外なところにちゃんと写っていた。

長年大切に使い込まれて
持ち主の穏やかな顔が浮かぶようなたたずまいの
小さな分身に
ちいさな丸い虹がかかる。




なにもなくても、きっといいことがありそうな気がしてくる。
2007/05/03のBlog
昨日はおかしな天気だったけど
今日はからりと晴れた。
後数日続く連休のあいだ、このままだといいな。

夕べは月がきれいだった。
その前は夕陽がきれいだった。
毎日何かしらで空を見上げる事が出来てるのは少し余裕があるからかもな。

気持ちが中に向いてるときは
気がつくとしたばかり見て歩いてる。
そういうのも大事だけど
気持ちが外へ向いてるときのほうが
やっぱり格段に気持ちがいいもんな。

風邪は少しづつ治まっています。
薬を貰って飲んだら多分効いたんだと思う、身体が軽くなった。
重心が15センチ位上がった感じ。
そうすると歩くのも軽いのね。
それが少しづつ気持ちにも伝わっていくんだな、きっと。

少しだけ軽くなった足で
今日は外に出かけてみようかな。
のんびり眺めるにも気持ちのいい空だよ。
2007/04/30のBlog
自分が
少しづつ自分らしく快適になればなるほど
誰かを傷つけるのはなぜだろう。


自分が心地よく幸せであるがために
誰かを不快にしてしまう

いつも抜け出せない矛盾

言葉を尽くしても答えの出ない歯がゆさ




それでも
すべてに向き合わなくてはいけない。
この辛さも
自分には必要な事だから。
2007/04/29のBlog
ご好評にお答えして(笑)
みなみのセルフポートレート集(?)


どうやらピースが好きらしい(笑)。
わざと横を向いてみてます。
さかさまだよぅ!
外でもピース(笑)
おまけ。
私の椅子で丸くなるじろう。



それにしても、こんなに自分ばっかり撮って
よっぽど好きなんだね(笑)。
そのうちまた面白いのがあったら載せますね。