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資本主義嫌いのなまけもの【仮】
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2007/03/18のBlog
■ご無沙汰してます。

 仕事決まりました。明日から出勤です。

■社労士の勉強もあるし、仕事も始まるし、いろいろ忙しいのですが、諸事情によりブログを移転することになりました。移転先は「アメブロ」です。

http://ameblo.jp/anti-capitalism

 今度はブログアドレスも英語で「アンチ資本主義」。わかりやすいでしょ(笑)

■とはいえ、相変わらずブログに書き込む暇がほとんど無い=8月末まで休止の方針は変わりません。時間を見て合間合間に、このブログから社会問題ネタを中心に移転します。レイヴパーティーや近況報告等、一部は移転しません。
 移転終了後、アメブロでの9月以降の再開をもって、こちらを削除します。←の予定でしたが、移転作業がなかなか面倒で、こちらもこのまま残りそうです。ただしコメント機能をロックしましたので、なにかあればアメブロに書くか、メールください。

■実はお休み宣言後、本当に少しですが「一月に一本でもいいから細々となんかやってください」というメールなどをいただきました。ありがたいことです。
 それぐらいならできるかな……とも思いましたので、気が向けば移転先のアメブロでなんか書きたいと思います。だけど8月までひとつも書き込みなくても、それはそれで勘弁してくださいね(笑)

 お手数かけますが、よろしくお願いします。
2007/02/10のBlog
[ 22:18 ] [ 近況・小ネタ ]
■まだ就職先が決まる気配はさっぱりないけど今月中には決まるだろうし、そしたら社労士の勉強もあるし今年こそは受かりたいし、となれば時間も無いしということで、試験終了の8月末までこちらの更新をお休みします。

 ミクシィからの転載もしません。あ、でも、ご心配なく。ミクシィ日記もほとんど書けなくなると思いますので。

 再開は2007年9月よりの予定。

■また、ここ以外の僕の関連ホームページやブログ(ここからリンク張ってるところ)をほぼ全て消去します。データなどを取っておきたいという奇特な方はお早めにセーブなさってください。

■連絡はtaifuu@hotmail.comまで。メールは毎日チェックしてます。

 コメントになにか書き込んでいただいても結構です。たまには見に来ますので、気がついたらレスします。

■ではみなさま、また再開できる時まで、ごきげんよう。
2007/02/01のBlog
[ 00:04 ] [ 書評・映画評・おたくネタ・etc ]
「松本零士氏 クリエーターの思い」著作権攻防

 「漫画家は、刀をペンに持ち替えた永遠の浪人だ。頼れるのは自分独り。自立してクリエーターと名乗れるようになるまでが、いかにすさまじい道のりか。退職金も年金もない。いつ奈落に落ちるかもしれない」

 クリエーターの境遇を語る松本氏の言葉は熱を帯びた。

 「著作権で保護されることが、家族や子孫がある自分自身の精神的な安らぎにもなり、創作意欲にもつながる。ある有名な作家のご遺族から、『私のところの著作権はもうすぐ切れます』と涙ぐまれたことがある。それが、いずれ自分の子孫にも訪れると思うと、どれほど切ないか。せめてあと20年。あの手塚治虫さんの権利すら、あと30年ほどで切れてしまう。とりわけ先進国では70年が増えてきている。しかも、次第に伸びる傾向にある。最終的には120年くらいになるかもしれない。少なくとも伸ばされることはあれ、短くなることはないでしょう」


 うーん、どうも抵抗あるんだよなぁ、氏の最近の発言は。

『私のところの著作権はもうすぐ切れます』??? 切れたって、作品がすばらしいものならその価値は永久不滅でしょう。それでいいじゃないの。それともなに? 遺産に頼って生きられなくなるのが嫌なの?
 仮に漫画家である夫をかいがいしく支えた妻だとしても、いままでだいぶ儲かったでしょうに。ちゃんと貯金しておけば、夫を支えた分以上の豊かな暮らしが出来るはず。

 作品の価値は、作者の個人的動機を超越する。それは当然としても、金儲けを目的に作られた作品だとしたら、名作でも興ざめするのは事実だ。

■氏が金儲けで作品を作ってきたとは思わないけど、最近の発言はなんかしっくりこない。時が来れば人類共通の財産になるべきなのが著作権だし、それが120年もかかるのは長すぎると思う。
 オタキングこと岡田斗司夫氏は(最近は著作を読んでないけど)昔に出した本で、将来はネットなどが普及することで著作権は有名無実化するから、いっそフリーにしたほうがいいと言ってたような記憶がある。まさにここ数年の流れそのものだろう。なんでも、それこそコミックですらスキャナー読み込みがダウンロード出来ちゃう時代だしね。

 おそらくこれからは、印税に頼って創作することは難しくなっていくと思う。一回限りの原稿料か、ファンの募金か、それとも……?

 なんにせよ、自分の子供の生活のため(?)に著作権を保護しろってのは、なにかおかしいと思ってしまうのだ。

■作品の価値を正当に評価するにはどうしていけばいいのか。ほんと難しい問題だよねぇ。
2007/01/25のBlog
サンタクロースを信じられなくなると大人?!

 子どものときにはできなくて、大人になったらできるようになったことはたくさんありますが、逆に大人になってできなくなってしまったこともあります。大人になってできなくなってしまったことの上位には《サンタクロースを信じること》や《冬場の薄着》など。心がピュアだったからこそできたことや、我慢強さがあったからこそできたことがランク・インしました。
 1位には《サンタクロースを信じること》。クリスマスが近づいてくると「いい子にしていないとサンタさんがプレゼントくれないよ」と言われて、言いつけを守った人も多いのでは? 3位には《冬場の薄着》がランク・イン。今は「冷え性」で冬になると重ね着万全の寒さ対策をしてしまう人も、子どもの頃は真冬でも半ズボンやスカートで外を走り回っていたのかもしれません。また、昔は「子どもの頃によく遊んでいた遊びランキング」の上位にもランク・インする「鬼ごっこ」や「ドッジボール」など、外で思いきり体を動かして遊ぶ機会も多く、元気に遊んでいる間に寒さもどこかへいってしまいました。5位に入ったのは《虫をさわる》。子どもの頃はだんご虫やカタツムリ、バッタやカマキリなど、草むらで見つける虫は恰好の遊び相手だったのに、大人になるとなぜか触れなくなってしまった人も多いのではないでしょうか。
 自分が子供の頃、どんなことをしていたのでしょうか。たまには昔を思い出してみるのは如何でしょうか? (gooランキング)

■おいおい冗談じゃないぞ。サンタは本当にいるんだぞ。
 我が家は父母がプレゼントをくれるのとは別に、深夜に「変な親父」が我が家に来て、プレゼントを置いていった。
 そのプレゼントがまたびみょーなんだよね。正直ほしくないものばかりで、もらっても困ることが多かった。野球はやらないのにバットとか。なぜかホラー系の絵本とか。
 よく世間では「親がサンタの振りをする」とか言って、親がサンタの正体であることを知ることがひとつの通過儀礼のようになってるけど、我が家では子供の頃からまったく別の話だった。親は親、サンタはサンタ。

■その変な親父、というかサンタ、年がたつほど来る時間が早くなっていった。親の話だと小学校低学年の頃は朝4時とかに家のベルを鳴らす迷惑な奴だったらしいが、それが3時になり2時になり、どんどん早くなっていった

 そして、僕が中学2年のクリスマスイブ。なんと22時にベルが鳴った。僕は自室のドアからそっと玄関を見た。すると会ったこともない白人の親父がサンタのコスプレして、母に「メリークリスマス」とか言ってプレゼント渡してるんだよ。母は「毎年すいませんねぇ」とか言ってた。

 家はマンションの2階で、正面出入り口が見えるんだよね。帰っていくサンタもしっかり見えた。雪なんか降ってないただの冬の夜、サンタはでっかい袋を抱えて去っていき、角を曲がって見えなくなった。

 それ以来、サンタは来なくなった。姿を見られると来なくなると言うのは本当だったのだ。

■その後、地元のスーパーなどでそういう企画をやったことがあるか聞き込み調査をしたことがあるが、そんな店は存在しなかった。
 小中学校の同級生にも、そういう体験をした人間は居なかった。皆が皆、プレゼントはサンタの振りをした親がくれるものだという認識だったのだ。

 でもその晩、父母そろって家に居たし、親戚は近くに誰も居ない。そういうことをやってくれる人間が思い当たらないんだよね。

よって、今でも本気でサンタクロースは居ると信じている。
 あの白人親父の正体はいまでも謎のままだ。

 ということは……無視は子供の頃から触れないし、冬場の薄着は出来なくなったけど、サンタクロースをいまでも信じてる僕はまだまだ子供って事なのかなぁ(笑)
2007/01/24のBlog
[ 10:26 ] [ 近況・小ネタ ]
NHK特集 『Google革命の衝撃~あなたの人生を検索が変える~』 って見ました? 実は僕は見忘れたんですが(笑)、googleと言えば、いまやその検索で上位に入ると誰も彼もがそのポジションを欲しがるとか、売り上げに大きな影響を与えるとか言われてますよねぇ。

……実はこの「資本主義嫌いのなまけもの」、資本主義・嫌いという2つの単語で検索すると、一番にヒットするんです(笑)。647000件中、一番ですよ!? 世の中には検索順位を上位に持ってくるためだけに試行錯誤してくれる会社もあるっていうのに……なんか畏れ多いですね、この順位。
 共産主義・嫌いでは367000件……なんだ、資本主義嫌いの件数のほうが多いじゃん。
 ま、ブログやHPのタイトルで堂々と「資本主義なんて嫌い!」と唄ってるのがこのブログだけってこともあるみたいなんですけどね……こうなると(仮)ってつけてるけど、下手に変えるともったいない気がしてきたなぁ。

■そこでみなさんのご意見、大募集します。この1位という順位、何か有効に生かせないものでしょうか?
 プロパガンダでも選挙活動でも、なんでもいいと思うんですよ。共産党に売りつけてもいいかもしれない(大笑)。

 んー、なんかすばらしい有効活用法はないものでしょうか???
2007/01/23のBlog
[ 23:11 ] [ 旅ネタ(国内外・バックパッカー) ]
■バックパッカーについて書いた作家は何人か居る。一番有名なのは『深夜特急』の沢木耕太郎だろうし、『ゴーゴー・インド』を書き雑誌「旅行人」編集長の蔵前仁一もそこそこ有名だろう。前川健一素樹文生も入るだろうか。
 それでは下川裕治はどうなのだろう。どうもバックパッカー作家というには抵抗を感じる。いったい彼らと氏の違いはなんなのだろうか。

 言ってしまえば「旅を楽しむ」のか、「アジアに逃避する」かの違いだ。
 多くの作家は旅を魅力的に描く。青春の1ページを彩る体験談として書く。だが下川氏は違う。あくまでも旅を、逃避の手段として淡々と描写する。そこに漂う哀愁感こそが、下川氏を他の作家とは比較にならないほどの「達人」と僕に認識させるのだ。「上手に日本社会から逃げ続ける達人」として……。

■氏の代表作は『12万円で世界を歩く』だが、これがバックパッカー旅行かというとそうでは無いように思う。一言で言えばやはり「貧乏旅行」だ。限られた予算でどこまで行けるのか……ただそれだけを追い求めた本だったからだ。実際読んでも、楽しい旅をしてるとはとても思えない(笑)。バブル全盛期に出されたこの本は、金を湯水のように使う世相に反しどこまでもストイックさを突き詰めるものであって、「楽」という言葉とは対局にあったとさえ言えるのだ。
 それは「安宿に泊まり他の旅人と交流する」「現地人に親しく交わる」という旅行スタイルありきのバックパッカーではない。あくまでも予算ありきの貧乏旅行。

 深夜特急は、バスだけを乗り継いでデリーからロンドンを目指すという目的があった。「目的を達成するためにお金がどれだけ必要か」ではなく、まずバスで行くという目的を掲げ、そのあとで沢木氏は貯金通帳を見て確認して、これなら行けると思って出発した。
 他の作家も多かれ少なかれそういう面はあるだろう。だがそれはやはりバックパッカーであって、貧乏旅行ではない。

 たしかにバックパッカーは、通帳を見てお金を確かめ、この金額でどれだけの旅が出来るかと考えることもある。だがそれだって、インドに行きたい、アンコールワットが見たい、南米に行ってみたい、世界一周をしたいという漠然とした夢があり、通帳の残額にあわせその中から実現可能な目標をピックアップするだけとも言える。あくまでも目標ありき。特に世界一周をまともにやろうとすれば最低でも100万円以上は必要であり、しっかりとした目標意識を持たなければ貯金すらままならないのが普通だ。

 下川氏は、注目されるきっかけとなった『12万円~』からして、他の作家と目的意識が違っていたのである。

■その後の氏の著作も、どれもこれもいまいちパッとしない。「旅って最高!」とは、これっぽっちも感じさせないのだ。
 ろくに働きもせずタイの語学学校に通う。よくわからんうちに格安航空券の雑誌編集長を任される。そうこうしてるうちにネットが普及して雑誌は休刊する。
 そんな時代の流れにあわせ、氏の旅のスタイルも徐々に変わっていく。打ち合わせや取材で海外に行くことが増えていく。単なる予算ありき、逃避ありきの旅が出来なくなっていく……。そんな中、氏は沖縄という安らぎの地を見つける。アジアから直接東京に帰ってくると気が滅入る、間に沖縄をワンクッション挟むと気が楽だという情けない理由で、航空券は沖縄を間に挟んで発券するようになるのだ。
 歳を取ることで、ノーエアコン、ドミトリー(相部屋)、水シャワーといった安宿は氏の身体に堪えるようになってくる。そこで氏は、中級ホテルに泊まるという選択をするようになる。

 やっと今回の本のテーマ、『アジアほどほど旅行』の登場だ。40代になった氏は中級ホテルに泊まっていく旅のスタイルを固めようと、いろいろ試行錯誤する。だが「パックツアー・個人旅行向け」の高級ホテルや「バックパッカー向け」の安宿の情報は多いのに、ほどほどの中級ホテルの情報は少ないと氏は嘆く。試行錯誤して見つけ、いざそこへ向かおうとしてもつい公共バスに乗ってしまいそうになる自分を叱咤し、エアポートバスやタクシーを使おうとする(笑)。長距離バスではなく、あえてポンコツでも飛行機や高速船にこだわる。
 もし氏が普通のバックパッカーだったらどうだろうか。歳をどれだけ取ろうが安宿にこだわり、旅人・現地人との交流にこだわり、ローカルバスにこだわったかもしれない。だが氏の旅の目的は常に、そういうバックパッカーを象徴するピンポイントな目的ではない。予算の範囲でいかに「楽に」過ごすか、それだけなのである。
 それに「歳相応」というのも加わる。そのこだわりは、バックパッカーでもパックツアーでもない。かといってここ数年盛り上がってるセレブな個人旅行者とも違う。あくまでも費用対効果というバランスにこだわる、貧乏旅行者そのものなのである。

 沢木氏も歳相応の旅行記というのをよく描く。だが氏のそれは、どちらかというと「バックパッカーを引退した」個人旅行者のそれに近い。『一号線を北上せよ』という著作で、彼はベトナム縦断バスという、バックパッカー御用達の激安バスに挑戦する。ところが滞在先では数十ドルもするリゾートホテルに泊まったりする。彼はバスに乗ることを目的とし、現地では一転してリゾートホテルに泊まることを満喫する、そういう旅のパーツの使い分けが出来る人間なのだ。
 かたや下川氏はそうではない。歳相応の旅にするには中級ホテルに泊まらねばならない、そのためには移動手段もローカルバスではなく、おんぼろでも飛行機でなくてはならない……そう思い込んでしまうのだ。そこには沢木氏が持ってる器用さのかけらもない。雑誌の企画で高級ホテルに泊まったりすると落ち着かなくなってしまう人間なのだ。

■そんな不器用な氏が描写するアジア。そこにこそ、僕らどうしようもないバックパッカー崩れを強く引き付けてやまない何かがある。
 確かに氏だって、他の作家同様、旅を描くことで生計を成り立たせることに成功した、旅行界の勝ち組と言えなくもない。だが、それにしたって内容があまりに情けないのである。
 この本でタバコの話が出てくるが、氏は家でもどこでもタバコを気軽に吸えなくなったことを嘆く。終いには「タバコを買ってくる」と家出してしまう男の話を書き、そんなしょーもない男を、タイのチェンマイで日本社会から逃げるように暮らす日本人男性にダブらせることまでする。そのあまりのしょーもなさには涙さえ出てくるのだが、そこにほんのちょっと輝く希望が見え隠れしたりもするのだ。
 そう、僕らもどうしようもなければチェンマイに逃げ込めばいいのかもしれない、と。「年金でオーストラリア暮らし」などの華麗さと比べてあまりにも情けなく、しょーもない人々だ。だがそんなしょーもない人間でも生きられる場所がある、生きられる世界がある。そこに希望を感じさせてしまうのである。

『してみたい!世界一周』という本がある。僕より若い夫婦が新婚旅行として世界を一周し、その経験から生み出された本の一冊である(他にその旅行自体の旅行記もある)。この中にたくさんの世界一周経験者が出てくるが、誰も彼もが前向きでポジティブで、言っちゃ悪いがうさんくささを感じさせるのだ。
 彼らは言う。旅の経験は自分らを大きくする。旅に出るのはいいことだらけだ、と。だが彼らだって知ってるはずなのだ。旅先で自殺する者がいることを。日本に帰ってきても社会になじめず、何度も旅とバイトを繰り返すうちに行方不明になる人間がいることを。ろくに貯金できぬまま重い病気に罹り、治療費を捻出できず死んでいく者がいることを。それでも「旅に出るのは最高だ!」と言い切る彼らのあっけらかんとした態度には、どうも違和感を感じざるを得ないのだ。

 かたや下川氏は、しょーがないから旅に出る。アジアの屋台にいると、気が安らぐ。チェンマイの日本人男性たちは、日本に居場所が無いから仕方なく向こうにいる。氏は、旅行界で名を上げた大物だというのに、まっすぐ東京に帰るのがしんどくて、つい沖縄に寄ってしまう……。
 なにが目的というわけではない。流れに乗せられてなるように乗っていった結果、今がある。ただそれだけで人は十分生きていける。場合によってはチェンマイに流れ着いてでも。

 いわば、下川裕治こそが飄々とこの世をサバイブする達人なのだ。ポジティブな心意気なんていらない。目的なんか無くてもいい。旅に何かを求める必要なんかない。ノーエアコンがしんどくなったら中級ホテルに泊まればいい。でもそれなら移動で飛行機ぐらいは使いたいけど、リゾートホテルは苦手(笑)
 そんな自分に悶々としつつ、それでも日々を生きていく下川裕治が、僕は大好きだ。

■下川さーん、以前SPA!で予告してた「外こもり」の本、出してくださいよ。ずーっと期待して待ってるんですから!!!
2007/01/22のBlog
急増中!? 「ランチメイト症候群」って何だ?

 仕事というものは、古来から辛くて面倒くさいものだ、と相場は決まっている。働かないで暮らせるとしたらどれほど楽なことか。毎日の仕事のことを考えると憂鬱になるが、昼休みの1時間だけは、僕らは辛い仕事から解放され、思い思いの行動を取れる。しかし、そんな昼休みを充分に楽しめない人々が最近増えているというのだ。

 最近巷で耳にする機会が多くなった「ランチメイト症候群」(ランチタイム症候群)とは、学校や職場において、一人で食事をすることが寂しくて食事がつらくて仕方ない、もしくは、一人で食事をしているところを同僚に見られると「あいつは友達が居ないんじゃないだろうか?」と周囲に思われるということを極端に恐れたりすることを指すようだ。また、この逆で、職場の暗黙の了解によって、ランチを常に職場の皆で一緒に食べなければいけない場合があり、昼休みぐらい一人でのんびりしたいのに職場の人間関係が壊れることを恐れて断れない、という場合もあるようだ。

 このように、何らかの事情で昼休みの食事の時間が億劫になることをランチメイト症候群と呼ぶ。精神科医の町沢静夫さんによって名付けられた精神症状の一つで、これがエスカレートすると、トイレなどで隠れて食事を行うようになったり、最終的には仕事を辞めたりするケースもあるようだ。
(以下略)


■最近は就職活動してて毎日のように面接行ってるんだけど、興味があるジャンルにのみ行くようにしてるとはいえしょせんは「賃労働」を目指す行為。面接で毎度のようにやる気を見せる自分のうそ臭さに嫌気が差す日々だ。世の中仕事好きもいるんだろうけど、実際は嫌々やってる人が多いに違いないと僕は思い込んでる。
 何度も書いた例だが、「大学卒の生涯賃金を即金でもらい一生働いちゃいけない・事業も起こしちゃいけないのと、今のまま働く生活、どっちがいい?」と聞いたら、おそらく大多数の人間は前者を選ぶんじゃないかなぁ。

 そんな中で見つけたこのニュース。少なくともこのライターさんは僕の意見に同意してくれそうです。

 あーあ。遺産相続で遊んで暮らせるぼんぼんがうらやましい。やっぱり早いとこ共産主義にして、国家や人民の生活に必要な労働は全国民が応分に勤めるべきだ。賃金格差はともかく、資産格差には断固反対し続けなければいけないな。

■え? 記事のメインテーマについてはどう思うか? うーん、ある日は一人で食べ、またある別の日はみんなで食べればいいんじゃない? 毎日同じじゃ疲れるでしょ。
 ……ずーっと一人で食べざるをえないのは拷問だがね。
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