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2008/03/04のBlog
[ 22:45 ]
[ カフェ Cafe ]
マガジンハウスの雑誌「Hanako(ハナコ)」の2008年3月13日号に、アラビアンカフェ「レイラ」のオーナー、ムハンナド・アルカイエムさん(記事では、モハンナド・アルカエム)が紹介された。
「みんなの吉祥寺」と出した特集のうち、「ボクらがこの街を愛するワケ」と題した企画で紹介された吉祥寺大好き人間の一人としてだ。「水タバコをくゆらせながら、アラビア料理をいただく。シリア人のモハンナドさんが昨年オープンさせた、小さなカフェだ」と紹介。
先日NHKテレビ「アラビア語会話」でもおなじみのアルモーメン・アブドーラ氏と話していて、日本でアラブ圏出身者が仕事をする場合、「アラブ」という冠がどうしても必要になってしまう、というようなことを聞いたのだが、モモことムハンナド氏にしても、出身国シリアよりは、「アラブ・カフェ」というくくり方をされてしまうことも多いのだろう。
ただし、今回のHanakoの記事では、シリアの文字が計3回登場。ムハンナド氏は「将来的には、シリアと日本、文化や人が交流できる、アラブ街を作りたいんです」とも語っている。
ちなみに、カフェバグダッドが提唱する、「下北沢アラブ街」は、こんな感じ。
「みんなの吉祥寺」と出した特集のうち、「ボクらがこの街を愛するワケ」と題した企画で紹介された吉祥寺大好き人間の一人としてだ。「水タバコをくゆらせながら、アラビア料理をいただく。シリア人のモハンナドさんが昨年オープンさせた、小さなカフェだ」と紹介。
先日NHKテレビ「アラビア語会話」でもおなじみのアルモーメン・アブドーラ氏と話していて、日本でアラブ圏出身者が仕事をする場合、「アラブ」という冠がどうしても必要になってしまう、というようなことを聞いたのだが、モモことムハンナド氏にしても、出身国シリアよりは、「アラブ・カフェ」というくくり方をされてしまうことも多いのだろう。
ただし、今回のHanakoの記事では、シリアの文字が計3回登場。ムハンナド氏は「将来的には、シリアと日本、文化や人が交流できる、アラブ街を作りたいんです」とも語っている。
ちなみに、カフェバグダッドが提唱する、「下北沢アラブ街」は、こんな感じ。
2008/03/02のBlog
[ 00:11 ]
[ ことば・文学 ]
カフェバグダッド第8弾のゲストだった、エジプト出身のアルモーメン・アブドーラさんが、月刊誌「ドバイビジネストゥデイ」に連載している、「アラブ人の取扱説明書」というコラム。最新の2月号では、「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人!」とのタイトルで持論を展開している。
ある日本のテレビ局のロケでカイロ旧市街(いわゆるイスラミック・カイロのこと?)に行ったとき、探している場所が見つからず、例えば水タバコをふかしているおじさんなどに道を尋ねたところ、誰も地図を読めなかったという話。これは、エジプト経験者なら、誰でも身につまされる話。
だが、モーメン氏は、「アラブ人には、地図をうまく使える能力が備わっていないが、困った人をほっておけないという気持ちに関しては、彼らに勝るものはないだろう」と話を展開していく。これも確かにそうなのだ。その親切心が逆に事態を複雑にする可能性も含めて。相手の喜ぶ顔を見たい、というのが、アラブ人の行動原理の重要原理を占めているのは、間違いないだろう。
モーメン氏の記事のオチは、ロケ班に、年配の女性が道を訪ねたときのエピソード。さっきまで地図を読めないエジプト人にいらだっていた日本人ディレクターが、嬉々として、道を教えようとした、というのだ。モーメン氏は、人間同じ、といいたかったのだろうか。それはともかく、「ええ話」ではあった。
そのモーメン氏、これまで自称していた、「日本とアラブの間のインタプリター」ではあきたらなくなっているようだ。どうも、媒介者ではなく、もっと「表現者」でありたいと思っているようだ。
ある日本のテレビ局のロケでカイロ旧市街(いわゆるイスラミック・カイロのこと?)に行ったとき、探している場所が見つからず、例えば水タバコをふかしているおじさんなどに道を尋ねたところ、誰も地図を読めなかったという話。これは、エジプト経験者なら、誰でも身につまされる話。
だが、モーメン氏は、「アラブ人には、地図をうまく使える能力が備わっていないが、困った人をほっておけないという気持ちに関しては、彼らに勝るものはないだろう」と話を展開していく。これも確かにそうなのだ。その親切心が逆に事態を複雑にする可能性も含めて。相手の喜ぶ顔を見たい、というのが、アラブ人の行動原理の重要原理を占めているのは、間違いないだろう。
モーメン氏の記事のオチは、ロケ班に、年配の女性が道を訪ねたときのエピソード。さっきまで地図を読めないエジプト人にいらだっていた日本人ディレクターが、嬉々として、道を教えようとした、というのだ。モーメン氏は、人間同じ、といいたかったのだろうか。それはともかく、「ええ話」ではあった。
そのモーメン氏、これまで自称していた、「日本とアラブの間のインタプリター」ではあきたらなくなっているようだ。どうも、媒介者ではなく、もっと「表現者」でありたいと思っているようだ。
2008/02/28のBlog
[ 00:50 ]
[ 映画・演劇(中東) ]
国際交流基金主催の「アラブ映画祭2008」が3月17日から開催される。今年の新作上映は6本。国別では、エジプト1、シリア1、ヨルダン1、チュニジア1、アルジェリア・モロッコなどの合作が1。このほか、「アンコール」と題した過去の映画祭作品の再上映が8本。
このうち、エジプトの「へリオポリスのアパートで」は、アンワル・サダト大統領の伝記「サダトの日々」や昨年の第3回映画祭で上映された「ヒンドとカミリアの夢」などで知られるムハンマド・ハーン監督の作品。シリアの「サービス圏外」は、アブドゥルラティフ・アブドゥルハミド監督作品。過去上映作「ラジオのリクエスト」の監督だ。
アンコール上映には、このブログでも再三紹介してきた「テロリズムとケバブ」、昨年映画祭の目玉ともいえた「ヤコービエン・ビルディング」などが盛り込まれている。
このうち、エジプトの「へリオポリスのアパートで」は、アンワル・サダト大統領の伝記「サダトの日々」や昨年の第3回映画祭で上映された「ヒンドとカミリアの夢」などで知られるムハンマド・ハーン監督の作品。シリアの「サービス圏外」は、アブドゥルラティフ・アブドゥルハミド監督作品。過去上映作「ラジオのリクエスト」の監督だ。
アンコール上映には、このブログでも再三紹介してきた「テロリズムとケバブ」、昨年映画祭の目玉ともいえた「ヤコービエン・ビルディング」などが盛り込まれている。
2008/02/22のBlog
[ 02:00 ]
[ 映画・演劇(中東) ]
映画館がないサウジアラビアで、史上初の映画祭が今年5月に開催されると、同国の英字紙アラブ・ニューズ(19日付)が報じた。日経新聞も、この報道を引用する形で、21日朝刊に記事を掲載している。イスラム教で保守的なワッハーブ派が主流のサウジでは、徹底した偶像崇拝否定が行われている関係で、映画上映が禁止されている。
アラブ・ニューズの記事
映画祭は、東部州ダンマンの「ダンマン文学クラブ」が、「サウジ芸術文化協会」の協力のもとでで開催するといい、出品されるのは主に短編映画のようで、最高賞は、その名も「ヤシ(Palm)賞」。カンヌ映画祭のしゃれなのだろうか。
記事によると、2006年にも、類似のイベントが西部ジェッダで開催されてはいたといい、この際は、「ジェッダ・ビジュアル・ショー・フェスティバル」との名称で、「映画」という単語の使用が避けられていたという。
サウジアラビアの新時代の到来を期待させるニュースだ。
アラブ・ニューズの記事
映画祭は、東部州ダンマンの「ダンマン文学クラブ」が、「サウジ芸術文化協会」の協力のもとでで開催するといい、出品されるのは主に短編映画のようで、最高賞は、その名も「ヤシ(Palm)賞」。カンヌ映画祭のしゃれなのだろうか。
記事によると、2006年にも、類似のイベントが西部ジェッダで開催されてはいたといい、この際は、「ジェッダ・ビジュアル・ショー・フェスティバル」との名称で、「映画」という単語の使用が避けられていたという。
サウジアラビアの新時代の到来を期待させるニュースだ。
2008/02/03のBlog
[ 10:05 ]
[ 音楽 Music ]
2月1日夜、東京・汐留の「キューバン・カフェ」(Cuban Cafe)で、アラブ音楽をテーマにした、「中東カフェ」イベントが行われた。題して「踊るアラブ人」。カフェバグダッド第一弾のゲストだった、中町信孝氏(早稲田大学助手)と、音楽評論家?のピーター・バラカン氏が招かれた。
「中東カフェ」は、中東と日本の相互理解促進のため文部科学省の助成を受けて進められている事業の一環。主催者は、酒井啓子・東京外国語大学教授。「踊るアラブ人」は第12回目。
イベントでは、中町氏が自身のアラブ・ポップスとの関わりの進展をベースに、主にエジプトのビデオクリップを、基本的に発表年代順に並べて紹介(15曲)。さらに休憩をはさんで、ピーター・バラカン氏が自身の好きな、アラブ関連の曲(映像なし)を紹介した。最後に質疑応答といった流れ。
キューバに行ったことがないからなんともいえないが、会場のキューバン・カフェは、あまりキューバ風とは思わなかった。それはいいとして、中町氏とバラカン氏という取り合わせの「妙」がこのトークショーの面白味だったようだ。もちろん、全く畑違いのゲストを組み合わせてしまうと、まったく対話が成立しない、というリスクを抱えるわけだが、逆に、例えば中東専門家ばかりを集めると、話が「中に中に」とはいってしまい、広がりがなくなってしまうこともある。こうしたカフェの目的を考えれば、誤解を恐れずいえば、後者のような形式はとらないほうがいいのだろう。
今回のイベントは、自称「音楽バカ」のバラカン氏と、「エジポップ」という造語まで作った中町氏という筋金入りのマニア2人ではあったものの、2人の焦点がほどほどに違っていたため、面白いものになったのではないか。つまり、中町氏が、エジプト中心にアラブポップスのコアを重点に紹介した後で、バラカン氏が、アルジェリアなどの北アフリカ、あるいは欧州のアラブ音楽を紹介して、アラブ音楽の幅広さを示したというイメージだ。
中町氏紹介のビデオ・クリップは以下の15曲(続く)
「中東カフェ」は、中東と日本の相互理解促進のため文部科学省の助成を受けて進められている事業の一環。主催者は、酒井啓子・東京外国語大学教授。「踊るアラブ人」は第12回目。
イベントでは、中町氏が自身のアラブ・ポップスとの関わりの進展をベースに、主にエジプトのビデオクリップを、基本的に発表年代順に並べて紹介(15曲)。さらに休憩をはさんで、ピーター・バラカン氏が自身の好きな、アラブ関連の曲(映像なし)を紹介した。最後に質疑応答といった流れ。
キューバに行ったことがないからなんともいえないが、会場のキューバン・カフェは、あまりキューバ風とは思わなかった。それはいいとして、中町氏とバラカン氏という取り合わせの「妙」がこのトークショーの面白味だったようだ。もちろん、全く畑違いのゲストを組み合わせてしまうと、まったく対話が成立しない、というリスクを抱えるわけだが、逆に、例えば中東専門家ばかりを集めると、話が「中に中に」とはいってしまい、広がりがなくなってしまうこともある。こうしたカフェの目的を考えれば、誤解を恐れずいえば、後者のような形式はとらないほうがいいのだろう。
今回のイベントは、自称「音楽バカ」のバラカン氏と、「エジポップ」という造語まで作った中町氏という筋金入りのマニア2人ではあったものの、2人の焦点がほどほどに違っていたため、面白いものになったのではないか。つまり、中町氏が、エジプト中心にアラブポップスのコアを重点に紹介した後で、バラカン氏が、アルジェリアなどの北アフリカ、あるいは欧州のアラブ音楽を紹介して、アラブ音楽の幅広さを示したというイメージだ。
中町氏紹介のビデオ・クリップは以下の15曲(続く)
2008/01/29のBlog
[ 06:09 ]
[ 水タバコ Waterpipe ]
欧米では、タバコをたて続けに吸うことを「トルコ人のように吸う」と言ったりするようだ。そのトルコでも、来年から公共の場所での喫煙が禁止になる、とAFP通信が報じていた。禁煙法案が可決されれば、50トルコ・リラ(42米ドル)の罰金が課されるとか。欧州連合(EU)加盟を目指す諸改革の一環ということのようらしい。
AFPの記事
気になる水タバコも、当然、禁止の対象に含まれているようだ。記事は、アンカラの下町のカフェの客の「アンカラの冬は寒い。外でタバコを吸うのは、まるで拷問だ」との声を紹介。そりゃ、そうですよ。ところで、このカフェのあるアンカラ下町のKizilay地区は、最近、水タバコバーが「リバイバル」しているのだという。
さらに、ところで、以前、紹介したイランでの水タバコ禁止だが、どうやら実質的に撤回されたらしい。「日本語で読む中東メディア」が、イラン紙ジャーメジャムの1月27日付の記事を紹介している。
ジャーメジャムの記事
(写真は、イスタンブール・トプハーネのカフェ、画像クリックで拡大)
AFPの記事
気になる水タバコも、当然、禁止の対象に含まれているようだ。記事は、アンカラの下町のカフェの客の「アンカラの冬は寒い。外でタバコを吸うのは、まるで拷問だ」との声を紹介。そりゃ、そうですよ。ところで、このカフェのあるアンカラ下町のKizilay地区は、最近、水タバコバーが「リバイバル」しているのだという。
さらに、ところで、以前、紹介したイランでの水タバコ禁止だが、どうやら実質的に撤回されたらしい。「日本語で読む中東メディア」が、イラン紙ジャーメジャムの1月27日付の記事を紹介している。
ジャーメジャムの記事
(写真は、イスタンブール・トプハーネのカフェ、画像クリックで拡大)
2008/01/19のBlog
[ 21:00 ]
[ ことば・文学 ]
カフェバグダッド第8弾にゲストとして来ていただいた、アルモーメン・アブドーラさんが、ドバイビジネストゥデイという月刊誌に、「アラブ人の取扱説明書」と題したアラブ文化やアラブ人像に関する連載記事を執筆している。ドバイビジネストゥデイは、どうも、コネックス・アジア・ネットワークという会社が発行しており、同社は、ほかにも韓国、中国、ベトナム、マカオ、インドの「ビジネストゥデイ」も発行するなど、手広く出版事業を展開している会社のようだ。
例えば、2007年11月号では、「情と規則がアラブ人と日本人の規則の違い」と題して、頼みごとに対するアラブ人と日本人の考え方の相違を紹介している。モーメン氏によれば、日本人が規則を重視するのに対し、「アラブ人にとって大切なのは、規則ではなく、人間なのだ」そうだ。つまり、「アラブ人は相手を説得するときに理屈よりも、情に訴えようとする」のに対し、日本人は「理屈や論理に訴えようとする」というのが、モーメン氏の見方。
モーメン氏は、自らを日本とアラブの間のインタプリターと称している。実際、マハムード・アッバースなど、アラブ要人の通訳をこなしているが、モーメン氏が強調したいのは、さまざまな違いがある日本とアラブの文化の「通訳」とならん、ということのようだ。この連載企画こそ、モーメン氏が日本で取り組みたいテーマのキモの部分であるのかも知れない。
例えば、2007年11月号では、「情と規則がアラブ人と日本人の規則の違い」と題して、頼みごとに対するアラブ人と日本人の考え方の相違を紹介している。モーメン氏によれば、日本人が規則を重視するのに対し、「アラブ人にとって大切なのは、規則ではなく、人間なのだ」そうだ。つまり、「アラブ人は相手を説得するときに理屈よりも、情に訴えようとする」のに対し、日本人は「理屈や論理に訴えようとする」というのが、モーメン氏の見方。
モーメン氏は、自らを日本とアラブの間のインタプリターと称している。実際、マハムード・アッバースなど、アラブ要人の通訳をこなしているが、モーメン氏が強調したいのは、さまざまな違いがある日本とアラブの文化の「通訳」とならん、ということのようだ。この連載企画こそ、モーメン氏が日本で取り組みたいテーマのキモの部分であるのかも知れない。
2008/01/13のBlog
[ 13:00 ]
[ ベリーダンス ]
「いまベリーダンスが脚光を浴びている」と産経新聞1月8日付の渋沢和彦記者の記事。
産経ニュース
記事では、「ベリーダンスの第一人者」として、小松芳さんを紹介。小松さんのレッスンの盛況ぶりを紹介している。記事中の小松さんのコメントによればベリーダンスの「”エロかっこいい”ところが、時代に合っている」のだという。
小松芳舞踊団のサイト
カルチャーセンターでは、池袋コミュニティ・カレッジのベリーダンス講座の人気ぶりが紹介されている。
さらに、以前本ブログで紹介した「はじめてのベリーダンス」というイカロス出版の紹介本にも言及、さらに同社は、「ベリーダンス・ジャパン」なる季刊誌を昨年9月に創刊。すでに2号も発売され、「6万部出版し、ほぼ完売」だという。
産経ニュース
記事では、「ベリーダンスの第一人者」として、小松芳さんを紹介。小松さんのレッスンの盛況ぶりを紹介している。記事中の小松さんのコメントによればベリーダンスの「”エロかっこいい”ところが、時代に合っている」のだという。
小松芳舞踊団のサイト
カルチャーセンターでは、池袋コミュニティ・カレッジのベリーダンス講座の人気ぶりが紹介されている。
さらに、以前本ブログで紹介した「はじめてのベリーダンス」というイカロス出版の紹介本にも言及、さらに同社は、「ベリーダンス・ジャパン」なる季刊誌を昨年9月に創刊。すでに2号も発売され、「6万部出版し、ほぼ完売」だという。
2008/01/10のBlog
[ 12:05 ]
[ 映画・演劇(中東) ]
新年明けましておめでとうございます。
今年初めて観た中東映画は、他意はないけれど、イスラエル映画。「迷子の警察音楽隊」という東京国際映画祭「東京サクラグランプリ」受賞作だ。
人類学的見地からイスラエル社会を研究している樋口義彦氏からの強い勧めもあり、有楽町の丸井などが入る商業ビルの中に入る「シネカノン有楽町2丁目」にて。ここ、初めてはいったが、まだぴかぴかということもあり、なかなか快適な映画館。
さて本題。一部のメディアの映画紹介では、「ヒューマン・ストーリー」とか「人間は分かりあえるもの」みたいなメッセージが読み取れるみたいな書き方をしているものもあった。チラシには「言葉も国境も越えて人と人とをつなぐ、あたたかい一夜が始まる」といった紹介がされている。が、それは、むしろ方向性は、逆で、「異なる立場・生活環境」にあるものが、分かり合ったり、心を通わせるのは、難しいという点が、この映画が表現していたものなのでは。
この辺は、朝日新聞で作家の沢木耕太郎氏が、読売ウィークリーで映画評論家の土屋好生氏なども指摘していたような気がする。
アラブの反イスラエル世論懐柔の思惑が露骨に見える作品なのでは、という当初の予断は、基本的に思い過ごしだったようだ。
実際、主人公のエジプト人楽団長、トゥフィークに好意を寄せたユダヤ人女性、ディナは、結局、楽団若手のカーレドの方と行きずりの一夜を過ごすわけだ。欲望や孤独に流されてしまう人間像。まあ、その辺や、他のユダヤ側主人公の設定も含め、イスラエルのユダヤ社会の「どうしようもなさ」がリアルに描かれているとはいえる。よくもわるくもユダヤ人側からの「露悪的映画」なのかも知れない。
一方、エジプトの地中海岸の都市アレクサンドリアから来たエジプト人警官たち。演じるのが、エジプト人とはやや容貌の異なるシャーム(大シリア)顔のイスラエル国籍のパレスチナ人(イスラエル大使館が後援しているわけだから当然だろうが、パンフレットでは、アラブ人と書かれている)であるのが、哀しみを誘うと感じた。
エジプトの俳優組合だかが、この作品のエジプト人像に対して抗議した、という話も聞いたが、実際、どういう文脈で不満を持ったのか、興味深い。
主演男優インタビュー記事
警察音楽隊が、西洋的マーチングバンドでなく、アラブ伝統音楽団だ、という設定は、ややアラブ人におもねっている感じなのかなあ、と思いつつ、作品の味わいを高めていることは間違いないだろう。
今年初めて観た中東映画は、他意はないけれど、イスラエル映画。「迷子の警察音楽隊」という東京国際映画祭「東京サクラグランプリ」受賞作だ。
人類学的見地からイスラエル社会を研究している樋口義彦氏からの強い勧めもあり、有楽町の丸井などが入る商業ビルの中に入る「シネカノン有楽町2丁目」にて。ここ、初めてはいったが、まだぴかぴかということもあり、なかなか快適な映画館。
さて本題。一部のメディアの映画紹介では、「ヒューマン・ストーリー」とか「人間は分かりあえるもの」みたいなメッセージが読み取れるみたいな書き方をしているものもあった。チラシには「言葉も国境も越えて人と人とをつなぐ、あたたかい一夜が始まる」といった紹介がされている。が、それは、むしろ方向性は、逆で、「異なる立場・生活環境」にあるものが、分かり合ったり、心を通わせるのは、難しいという点が、この映画が表現していたものなのでは。
この辺は、朝日新聞で作家の沢木耕太郎氏が、読売ウィークリーで映画評論家の土屋好生氏なども指摘していたような気がする。
アラブの反イスラエル世論懐柔の思惑が露骨に見える作品なのでは、という当初の予断は、基本的に思い過ごしだったようだ。
実際、主人公のエジプト人楽団長、トゥフィークに好意を寄せたユダヤ人女性、ディナは、結局、楽団若手のカーレドの方と行きずりの一夜を過ごすわけだ。欲望や孤独に流されてしまう人間像。まあ、その辺や、他のユダヤ側主人公の設定も含め、イスラエルのユダヤ社会の「どうしようもなさ」がリアルに描かれているとはいえる。よくもわるくもユダヤ人側からの「露悪的映画」なのかも知れない。
一方、エジプトの地中海岸の都市アレクサンドリアから来たエジプト人警官たち。演じるのが、エジプト人とはやや容貌の異なるシャーム(大シリア)顔のイスラエル国籍のパレスチナ人(イスラエル大使館が後援しているわけだから当然だろうが、パンフレットでは、アラブ人と書かれている)であるのが、哀しみを誘うと感じた。
エジプトの俳優組合だかが、この作品のエジプト人像に対して抗議した、という話も聞いたが、実際、どういう文脈で不満を持ったのか、興味深い。
主演男優インタビュー記事
警察音楽隊が、西洋的マーチングバンドでなく、アラブ伝統音楽団だ、という設定は、ややアラブ人におもねっている感じなのかなあ、と思いつつ、作品の味わいを高めていることは間違いないだろう。
2007/12/30のBlog
[ 13:02 ]
[ ことば・文学 ]
もう一人、今年会った印象的な人物として、イラクのヌール・マリキ首相を挙げたい。今年春に来日した際、通訳をはさんで一時間ほど話を聞く機会があった。
身長180センチをゆうに超える堂々たる体格。偉丈夫は、中東政治家にとって重要な要素。握手した手は柔らかかったが、筆者の1・5倍見当の大きさで、強い握力を感じた。
ただ、彼のイラク政界での処し方などを遠く日本から見ている限りでは、米国と、反米的な色彩も強いイラク地元政治家などの間で、強いイニシアチブを発揮できていないようにも見えた。時には、「この人、あまり当事者意識がないんじゃないか」「首相の座にもそれほどこだわっていないのか」とも思えるような人間的な淡白さを感じることが多かった。
ところが、会見の最後のころ、イラク暫定政府首相を務めた世俗派政治家で、マリキ首相の批判を繰り返していたイヤード・アラウィ氏の動きについて聞いたとき、マリキ氏の表情ががらっと変わった。
「あいつはクーデターを画策している」などと、敵意とライバル意識をむき出しにして、アラウィ氏批判をまくしたてたのだ。
フセイン政権時代のイスラム教シーア派反体制政治組織「ダーワ党」の幹部だったマリキ氏。フセインと同じとまではいかないまでも、政敵への敵がい心は、相当強いものがある、と実感した。
数々のクーデターによる政権転覆を繰り返してきたイラクの血塗られた現代史の一角に立つマリキ氏も、やはりイラクらしい政治家なのだ、と得心した思いがした。
マリキ氏は、現在、これまでの政権基盤だった、ムクタダ・サドル派から距離を置き、アブデルアジズ・ハキーム師率いる親米の色も濃いイスラム教シーア派政党「イスラム最高評議会」に接近し、新たな政治基盤のもと、指導者としての生き残りを図って、これまでのところ、ある程度は成功しているようだ。やはり、ただの朴訥なヒゲオヤジではなかったというわけだ。
身長180センチをゆうに超える堂々たる体格。偉丈夫は、中東政治家にとって重要な要素。握手した手は柔らかかったが、筆者の1・5倍見当の大きさで、強い握力を感じた。
ただ、彼のイラク政界での処し方などを遠く日本から見ている限りでは、米国と、反米的な色彩も強いイラク地元政治家などの間で、強いイニシアチブを発揮できていないようにも見えた。時には、「この人、あまり当事者意識がないんじゃないか」「首相の座にもそれほどこだわっていないのか」とも思えるような人間的な淡白さを感じることが多かった。
ところが、会見の最後のころ、イラク暫定政府首相を務めた世俗派政治家で、マリキ首相の批判を繰り返していたイヤード・アラウィ氏の動きについて聞いたとき、マリキ氏の表情ががらっと変わった。
「あいつはクーデターを画策している」などと、敵意とライバル意識をむき出しにして、アラウィ氏批判をまくしたてたのだ。
フセイン政権時代のイスラム教シーア派反体制政治組織「ダーワ党」の幹部だったマリキ氏。フセインと同じとまではいかないまでも、政敵への敵がい心は、相当強いものがある、と実感した。
数々のクーデターによる政権転覆を繰り返してきたイラクの血塗られた現代史の一角に立つマリキ氏も、やはりイラクらしい政治家なのだ、と得心した思いがした。
マリキ氏は、現在、これまでの政権基盤だった、ムクタダ・サドル派から距離を置き、アブデルアジズ・ハキーム師率いる親米の色も濃いイスラム教シーア派政党「イスラム最高評議会」に接近し、新たな政治基盤のもと、指導者としての生き残りを図って、これまでのところ、ある程度は成功しているようだ。やはり、ただの朴訥なヒゲオヤジではなかったというわけだ。