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カフェバグダッド(アラブ、イラン、トルコなど中東の文化を紹介するブログ)Cafe Baghdad
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2008/01/19のBlog
[ 21:00 ] [ ことば・文学 ]
カフェバグダッド第8弾にゲストとして来ていただいた、アルモーメン・アブドーラさんが、ドバイビジネストゥデイという月刊誌に、「アラブ人の取扱説明書」と題したアラブ文化やアラブ人像に関する連載記事を執筆している。ドバイビジネストゥデイは、どうも、コネックス・アジア・ネットワークという会社が発行しており、同社は、ほかにも韓国、中国、ベトナム、マカオ、インドの「ビジネストゥデイ」も発行するなど、手広く出版事業を展開している会社のようだ。

例えば、2007年11月号では、「情と規則がアラブ人と日本人の規則の違い」と題して、頼みごとに対するアラブ人と日本人の考え方の相違を紹介している。モーメン氏によれば、日本人が規則を重視するのに対し、「アラブ人にとって大切なのは、規則ではなく、人間なのだ」そうだ。つまり、「アラブ人は相手を説得するときに理屈よりも、情に訴えようとする」のに対し、日本人は「理屈や論理に訴えようとする」というのが、モーメン氏の見方。

モーメン氏は、自らを日本とアラブの間のインタプリターと称している。実際、マハムード・アッバースなど、アラブ要人の通訳をこなしているが、モーメン氏が強調したいのは、さまざまな違いがある日本とアラブの文化の「通訳」とならん、ということのようだ。この連載企画こそ、モーメン氏が日本で取り組みたいテーマのキモの部分であるのかも知れない。
2008/01/13のBlog
[ 13:00 ] [ ベリーダンス ]
「いまベリーダンスが脚光を浴びている」と産経新聞1月8日付の渋沢和彦記者の記事。

産経ニュース

記事では、「ベリーダンスの第一人者」として、小松芳さんを紹介。小松さんのレッスンの盛況ぶりを紹介している。記事中の小松さんのコメントによればベリーダンスの「”エロかっこいい”ところが、時代に合っている」のだという。

小松芳舞踊団のサイト

カルチャーセンターでは、池袋コミュニティ・カレッジのベリーダンス講座の人気ぶりが紹介されている。
さらに、以前本ブログで紹介した「はじめてのベリーダンス」というイカロス出版の紹介本にも言及、さらに同社は、「ベリーダンス・ジャパン」なる季刊誌を昨年9月に創刊。すでに2号も発売され、「6万部出版し、ほぼ完売」だという。
2008/01/10のBlog
新年明けましておめでとうございます。
今年初めて観た中東映画は、他意はないけれど、イスラエル映画。「迷子の警察音楽隊」という東京国際映画祭「東京サクラグランプリ」受賞作だ。
人類学的見地からイスラエル社会を研究している樋口義彦氏からの強い勧めもあり、有楽町の丸井などが入る商業ビルの中に入る「シネカノン有楽町2丁目」にて。ここ、初めてはいったが、まだぴかぴかということもあり、なかなか快適な映画館。

さて本題。一部のメディアの映画紹介では、「ヒューマン・ストーリー」とか「人間は分かりあえるもの」みたいなメッセージが読み取れるみたいな書き方をしているものもあった。チラシには「言葉も国境も越えて人と人とをつなぐ、あたたかい一夜が始まる」といった紹介がされている。が、それは、むしろ方向性は、逆で、「異なる立場・生活環境」にあるものが、分かり合ったり、心を通わせるのは、難しいという点が、この映画が表現していたものなのでは。
この辺は、朝日新聞で作家の沢木耕太郎氏が、読売ウィークリーで映画評論家の土屋好生氏なども指摘していたような気がする。

アラブの反イスラエル世論懐柔の思惑が露骨に見える作品なのでは、という当初の予断は、基本的に思い過ごしだったようだ。

実際、主人公のエジプト人楽団長、トゥフィークに好意を寄せたユダヤ人女性、ディナは、結局、楽団若手のカーレドの方と行きずりの一夜を過ごすわけだ。欲望や孤独に流されてしまう人間像。まあ、その辺や、他のユダヤ側主人公の設定も含め、イスラエルのユダヤ社会の「どうしようもなさ」がリアルに描かれているとはいえる。よくもわるくもユダヤ人側からの「露悪的映画」なのかも知れない。

一方、エジプトの地中海岸の都市アレクサンドリアから来たエジプト人警官たち。演じるのが、エジプト人とはやや容貌の異なるシャーム(大シリア)顔のイスラエル国籍のパレスチナ人(イスラエル大使館が後援しているわけだから当然だろうが、パンフレットでは、アラブ人と書かれている)であるのが、哀しみを誘うと感じた。
エジプトの俳優組合だかが、この作品のエジプト人像に対して抗議した、という話も聞いたが、実際、どういう文脈で不満を持ったのか、興味深い。

主演男優インタビュー記事

警察音楽隊が、西洋的マーチングバンドでなく、アラブ伝統音楽団だ、という設定は、ややアラブ人におもねっている感じなのかなあ、と思いつつ、作品の味わいを高めていることは間違いないだろう。
2007/12/30のBlog
[ 13:02 ] [ ことば・文学 ]
もう一人、今年会った印象的な人物として、イラクのヌール・マリキ首相を挙げたい。今年春に来日した際、通訳をはさんで一時間ほど話を聞く機会があった。
身長180センチをゆうに超える堂々たる体格。偉丈夫は、中東政治家にとって重要な要素。握手した手は柔らかかったが、筆者の1・5倍見当の大きさで、強い握力を感じた。

ただ、彼のイラク政界での処し方などを遠く日本から見ている限りでは、米国と、反米的な色彩も強いイラク地元政治家などの間で、強いイニシアチブを発揮できていないようにも見えた。時には、「この人、あまり当事者意識がないんじゃないか」「首相の座にもそれほどこだわっていないのか」とも思えるような人間的な淡白さを感じることが多かった。

ところが、会見の最後のころ、イラク暫定政府首相を務めた世俗派政治家で、マリキ首相の批判を繰り返していたイヤード・アラウィ氏の動きについて聞いたとき、マリキ氏の表情ががらっと変わった。
「あいつはクーデターを画策している」などと、敵意とライバル意識をむき出しにして、アラウィ氏批判をまくしたてたのだ。
フセイン政権時代のイスラム教シーア派反体制政治組織「ダーワ党」の幹部だったマリキ氏。フセインと同じとまではいかないまでも、政敵への敵がい心は、相当強いものがある、と実感した。
数々のクーデターによる政権転覆を繰り返してきたイラクの血塗られた現代史の一角に立つマリキ氏も、やはりイラクらしい政治家なのだ、と得心した思いがした。
マリキ氏は、現在、これまでの政権基盤だった、ムクタダ・サドル派から距離を置き、アブデルアジズ・ハキーム師率いる親米の色も濃いイスラム教シーア派政党「イスラム最高評議会」に接近し、新たな政治基盤のもと、指導者としての生き残りを図って、これまでのところ、ある程度は成功しているようだ。やはり、ただの朴訥なヒゲオヤジではなかったというわけだ。

2007/12/26のBlog
[ 20:08 ] [ 映画・演劇(中東) ]
今年の思い出といってはなんだが、印象に残った人物の一人を挙げるならば、やはり、2003年のノーベル平和賞受賞者シリン・エバディさんを外すことはできそうもない。11月の来日時に、幸運にもサシで話を聞く機会があった。小柄で小太りなおばちゃん然とした風貌ながら、眼力の強さが印象的だった。

あくまでイラン国内にどとまりながら、イランの人権状況を批判し続けていることはもちろん知っていたが、1979年のイスラム革命で樹立された「イスラム法学者による統治」体制にどれだけ直接的な発言をするか、正直言って、予測できなかった。

それで、遠慮がちに聞いてみたのだが、現行体制を「イスラム教を恣意的に解釈している」と厳しく批判するとともに、イランの政治体制は「政教分離」であるべきとあっさり明言したので、やや拍子抜けといか、ここまで言っちゃっていいのか、と聞いているほうが心配になった。もっとも、エバディさんの政教分離の持論については、今年邦訳がランダムハウス講談社から出版された自伝的著書の「私は逃げない」でも触れていると、後で知ったのではあるが。

いわゆる改革派として、1997年から2005年まで、イラン大統領を務めたモハメド・ハタミ氏についても、「彼とほかの大統領との違いは、言論弾圧などの逮捕状が出される際、『残念ですね』と言ったか言わないかぐらい」と、バッサリ切って捨てた。自身も標的にされたことなどが著書にも詳細に記されている連続知識人暗殺事件もハタミ政権時代に起きたものだ。エバディさんから見れば、いくらリベラル志向のハタミ氏であっても、イスラム法学者であり、革命体制の枠内での改革でしかありえない訳で、冷ややかに論評したのも、ある意味当然かも知れない。

イラン核問題が国際社会の焦点となる中、エバディさんは来日直前、テヘランで記者会見し、米国との軍事衝突を避けるためには、ウラン濃縮を停止すべきとして、「国民平和評議会」の設立を呼びかけた。

こうした、いわゆるイランの世俗主義者から見たイランを、マルジャン・サトラピという一人の女性の眼を通して描いたのが「ペルセポリス」という映画。
去年あたりから、同名の劇画がなんとなく話題になっていたのは知っていたが、劇画のほうを読む前に、映画のほうを見た。

中東イベント情報ブログ

作者で監督のマルジャン・サトラピさんは、エバディさんとは年齢がふたまわりほど違うが、イスラム革命体制への強い違和感という立ち位置は共通するものがある。異なっているのは、サトラビさんが、イランを「脱出」し、パリで創作活動を行っているのに対し、エバディさんは、あくまでイランにとどまり続けている点だ。
中央がエバディさん。
2007/12/24のBlog
[ 02:03 ] [ 水タバコ Waterpipe ]
アラブ首長国連邦ドバイ発行の英字紙「ハリージ・タイムズ」などが報じたところでは、イランで、公共の場所での喫煙を全面禁止する法律が、12月22日から施行された。

これがその記事

ホテルやレストラン、チャイハネ、カフェなどではすべて禁煙となるらしく、ゲリユンと呼ばれる水タバコも店舗での提供が禁じられるという。
警察には、違反した店への警告や営業の一時・永久停止処分の権限が付与されるという。
ただ、この記事は、ホテルなどを除いて、法律は無視される可能性も高いと見通しを語っている。
2007/12/14のBlog
[ 21:35 ] [ カフェバグダッド ]
ミューズ・アソシエイツ社長で、ネット社会の将来などに関して活発な文筆活動を続ける梅田望夫氏は、近著「ウェブ時代をゆく」(ちくま新書)で、「自らの志向性を強く意識し、『好きを貫く』ことこそが競争力を生む」などとして、「『好きを貫く』新しい生き方」の可能性が、ネット社会の進展ととも広がっていると指摘している。人々の関心や好みによってネット上に形成される「志向性の共同体」が、自己実現あるいは自己充足に重心をおいた新たな職業観を後押ししている、と言っているようだ。

ことはそう簡単じゃないよなあ、と思いつつも、力づけられるモノの見方ではあった。

このカフェバグダッドも、ネットというコミュニケーション手段がなければ生まれようがなかったし、「アラブ文化の紹介」を目指していく中で、「アラブ好きという同好の士」の結節点になりたい、という志をもってやってきたからだ。

インターネット、とりわけ、ブログやソーシャルネットワークサイトの登場は、同じ志向性を持つ人々の相互認知を信じられないほど容易にした。先日、かつて関わっていたアジアに関するミニコミ誌の仲間と久しぶりに一堂に会する機会があった。回顧談でも盛り上がったが、10年前、そのミニコミ誌は、一号当たり2000部弱を郵送で発送していた。ちらしを織り込み、一部づつ手作業で封筒に詰める発送作業は10人ほどで人海戦術であった。紆余曲折をて、現在はPDF版をメール配信する形で発行を続けている。やはり、かつて紙で刊行されていたミニコミ誌「恋するアジア」も、現在は、ウェブサイトに移行した。

テクノロジーは、こうしたミニコミ的言論活動のあり方を大きく変えた。最近、たまたま神保町のアジア専門書店「アジア文庫」に行って妙な感慨にかられたが、昔、本棚にずらっと並んでいた(ような記憶がある)ミニコミ誌が、その数は減り、置いてあるものも何かくすんでいるように見えた。

ブログを利用することで、映画評や旅行記、食べ歩きなどのジャンルで、誰もが個人一人の単位で、「言論活動」をすることができるようになったことは事実だ。ネット上に、こうした一人ミニコミ誌がどんどん増えているという状況をどうとらえればいいのか。

梅田望夫氏の認識のように「志向性の共同体」の形成が容易になったというようにポジティブとらえることもできるだろう。また、ジャーナリストの佐々木俊尚氏がいうようにメディアの「フラット化」であり、マスメディアの相対化という意義づけもできるかも知れない。

ただ、ネットにおいて、人間の物理的接触の重要性が、低下しているとすれば、それをどうとらえればいいのか、などの疑問が個人的にはある。筆者のまわりには、「ブログ活動では、交流したことにならない」と考える人も少なくない。ネット社会の到来とともに提示されている「志向性の共同体」といった概念を、「現実のネット言論活動」の中で、検証していきたいと思っている。
2007/11/25のBlog
[ 17:16 ] [ 映画・演劇(中東) ]
秋の映画祭シーズンも終わった。東京フィルメックスで鑑賞したのは、特別招待作品だったアモス・ギタイ監督(イスラエル)の「撤退」一本のみ。今思えば、ダリウシュ・メールジュイ監督の「サントゥール奏者」は見ておけばよかった。メールジュイ監督は、イラン映画史で重要な位置を占める「牛」の作者だからだ。

それはともかく。「撤退」は、ギタイ監督の国境3部作の1つだという。あとふたつは「プロミスト・ランド」と「フリー・ゾーン」。過去いずれもフィルメックスで上映された。

プロミスト・ランドに関するギタイのインタビュー

こちらは、「フリーゾーン」に関する過去の拙文

抽象的な表現への理解がにぶいので、なんとも言えないが、「撤退」では、イスラエル・パレスチナ周辺に存在する複雑な境界線が厳然と存在するのと欧州のボーダレス化の進行を対照的に示したのは、監督がこめたメッセージの1つか。

すなわち、オランダだかの列車中で偶然出会ったパレスチナ人女性とユダヤ人男性(主人公の警察将校)が抱擁とキスを交わす場面と、2005年に実際に起きたガザ地区でのイスラエル治安部隊によるユダヤ人入植者の強制排除とその構図だ。

ユダヤ人入植者とそれを毛嫌いする世俗派ユダヤ人の間の境界。さらにその外側に存在するパレスチナ人という「絵」をギタイ監督は、ジュリエット・ビノシュ演じる母と入植地で暮らす娘の関係などを通じて描いていった。

フィルメックスのコンペティション部門では、最優秀作品賞にイスラエルのラファエル・ナジャリ監督作品「テヒリーム」が選ばれたようだ。東京国際映画祭もコンペグランプリはイスラエルの「迷子の警察音楽隊」だった。折しも27日には、東部アナポリスの米海軍士官学校で中東和平会議が開かれる。
2007/11/22のBlog
イラクの元計画相で現在国民議会議員のメフディ・アル・ハーフェズ氏の来日講演会に行ってきた。氏は、2004年から05年にかけてイラク暫定政府のイヤード・アラウィ首相のもとで、計画相を務めたという。アラウィ元首相は、アハマド・チャラビ氏と並び、イラクの世俗派の代表的政治家。ハーフェズ氏は、元々アラウィ氏と政治的行動をともにしてきたという。確認はしなかったが、アラウィ氏が代表を務めるフセイン政権時代の反体制派組織の流れをくむ「イラク国民合意」のメンバーだったのかも知れない。だが、本人によると「今はたもとを分かった」のだという。「政治路線の相違が理由ではない」と説明していた。

確かに、ハーフェズ氏の発言は、国会議員選挙の仕組み改正など、アラウィ氏が主張していることと、似通っている印象があった。世俗派では、あまり関係ないかも知れないが、2人はともにイスラム教シーア派でもある。

記憶に残った発言としては、
「(イラク駐留米軍の)ペトレイアス司令官がとった(地元スンニ派勢力と外国人系スンニ派武装勢力の離反を促す)作戦は非常に賢い」
「イラクの治安は改善された。これを持続させるためには、国民和解などの政治プロセスの進展が重要」(ニューヨーク・タイムズに、米側がそんなようなことを考えているとの記事が出ていた)

「(政党リスト制の)国民議会議員選挙の仕組みは変更すべき。小選挙区制を盛り込んだものは一つの考え」

イランによるイラク情勢への介入の有無についてイラク・シーア派はどう理解しているか、との問いには「人々の間でそうしたことがある、と理解されている」とあっさり、認めていた。

だが最も面白かったのは、2005年に暫定首相を退任したイヤド・アラウィ氏が今後、イラク政治の中心に復帰することはあるか?との質問に「絶対にない」と言い切ったこと。アラウィ氏はこのところ、内外マスコミにひんぱんに登場し、イラクの現マリキ政権批判を展開するなと、「倒閣運動」を展開しているだけに、今後が注目されるところだ。

ところで、メフディ氏に同行していたイラク外交官によれば、バグダッドのチグリス川に面したアブ・ナワス通りは、テロ警戒のための封鎖は解かれ、マズグーフと呼ばれる魚を焼いて食べさせるレストランの営業も始まっているという。もちろん、シーシャ(水タバコ)も。

追伸・共同通信は、こんな記事を配信したようだ。
2007/11/15のBlog
[ 21:52 ] [ ことば・文学 ]
先日、エジプト作家連合会長で、エジプト最古の新聞、アル・アハラム紙のコラムニストでもあるムハンマド・サルマーウィ氏の来日講演会にいってきた。

面白かったのは、民主主義とイスラムの共存に関する以下の発言。

 「イスラミック・デモクラシーなどというのはナンセンスだ」
 「民主主義は、何も西洋が発明したものではない。バイア(忠誠の誓い)はまさに民主主義といえるもの。民主主義とは普遍的なものだ」
 「西洋にも神権政治というものがあった。(ちなみに)イスラムはそうした方法をとらなかった」
 「『西洋流の民主主義』という言い方は間違い。民主主義とは普遍的なもの。ムスリムは21世紀流の民主主義を取っている」

個々の発言はやや矛盾しているようにも感じられるが、サルマーウィ氏に代表されるエジプト世俗派勢力の、イスラム勢力に対して抱く脅威の大きさが感じられた。

一方で、こんな発言も。
 「米ブッシュ大統領の「中東民主化」はスローガンにすぎない。エジプト議会政治はブッシュ大統領が生まれる前からの長い伝統がある」
 「米軍侵攻前のイラクのほうがより民主的だった」
 「米国が民主主義の手本を示しているといえるのか。中東のほうが民主主義の手本を示しうる。ブッシュ大統領が教えてくれるものは何もない」

米国などによる「押し付け」の民主主義に対する反発の強さもまたひしひしと感じられる氏の発言だった。