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カフェバグダッド(アラブ、イラン、トルコなど中東の文化を紹介するブログ)Cafe Baghdad
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2008/10/11のBlog
今年も東京国際映画祭が、10月18日から開催される。同映画祭は、昨年から中東映画に力を入れ始めているが、今年も10本が上映される充実ぶりだ。とはいえ、テヘラン在住の身としては、映画祭鑑賞は不可能だ。残念。まあ、ここでイラン映画をたっぷり見ろ、ということか。

ユーセフ・シャヒーン監督(写真)の「カイロ中央駅」も上映される。今年7月末に82歳で死去したエジプト映画の巨匠の代表作の一つ。同作は、国際交流基金主催の2007年アラブ映画祭でも上映されたが、筆者は、残念ながらみていない。

シャヒーン監督といえば、自伝的作品「アレキサンドリア WHY?」が代表作。日本で「炎のアンダルシア」が劇場公開された1998年に来日した。一緒に、エジプトのスター歌手で同作に吟遊詩人役として出演したムハンマド・ムニールや、エジプト若手人気俳優ハニー・サラマもやってきて、記者会見では、あのムハンマド・ムニールが、挿入歌の歌と踊りを披露したものの、列席の日本人の反応が極めて悪かったため、ムニールが、踊りの後、寂しそうな顔をしていたのが、思い出される。

シャヒーン監督来日の際、通訳を務めたのが、NHKテレビ「アラビア語会話」で講師を務めた師岡カリーマさんだ。「1950年代以降のエジプト映画を牽引してきた。オマル・シャリーフ(「アラビアのロレンス」などで知られるエジプト出身俳優)を見いだしたのも彼。存在は大きかった」。カリーマさんは、シャヒーンの訃報に接して、こう語る。

だが、一方で、世のシャヒーン評価について、カリーマさんは「イスラム原理主義と戦う、という側面が強調されすぎだった」と冷静な見方をする。確かに「炎のアンダルシア」など、イスラム原理主義を暗に批判した作品もあったが、キリスト教徒のエジプト人として、「アレクサンドリア3部作」で描かれたような、王制時代の世俗的空気の中で育ったシャヒーンには、「あらゆる宗教的なものを否定する傾向」があったのであり、特にイスラム原理主義批判を行っていたわけではない、というのが、カリーマさんの見方のようだ。

鑑賞していないので、断言できないが、シャヒーンの初期の作品にあたる「カイロ中央駅」にも、そうした政治的なメッセージはないはずだ。「炎のアンダルシア」にしても、イスラムの側による「焚書」を批判的に描いてはいるが、随所に盛り込まれるムハンマド・ムニールなどの歌や踊りなど、エンターテイメント的要素も色濃い。

政治的なメッセージから、娯楽的要素まで盛りだくさんに詰め込むのがシャヒーン流とも言える。カリーマさんによると、シャヒーンは「若者のために映画を作っているのに、若者たちは映画を見ようとしない」と不満を漏らしていたという。

そうした感情から発したシャヒーン監督の「力み」が、よくも悪くも、ぎっしり中身が詰まった感のある作品を生み出したのかも知れない。

今映画祭の中東関連では、ほかにレバノンの「キャラメル」も注目作。監督は、レバノンが生んだ現代アラブの歌姫ナンシー・アジュラムのビデオ・クリップ監督でも知られるナディーン・ラバキ。ちなみに、ナディーン・ラバキは、以前、このブログでも紹介したレバノン映画「ボスタ」に「アリア」役てで出演している。「ボスタ」は、アラブ映画祭2008で上映されている。
2008/09/24のBlog
[ 04:11 ] [ イラン(IRAN) ]
イランはペルシャ湾をはさんで、アラブ諸国と対峙しているわけで、アラブ発の衛星テレビを視聴することは、テヘランでも可能だ。
ただ、イランの場合、衛星テレビ受信用アンテナ設置は、基本的に禁じられている。
ただし、筆者宅は、当局の許可をもらっているので、これらのアラビア語放送の視聴が一応おおっぴらに可能だ。そこで、リモコン片手にさまざまなチャンネルを視ていて、驚かされたのが、アラブ首長国連邦ドバイの芸能音楽衛星テレビ「ロターナ」(Rotana)の充実ぶりだった。
映画専門チャンネルの「CINEMA」、音楽ビデオクリップ専門の「CLIP」、コンサートなどを放映する「Music」、昔の古き良きエジプト映画専門の「ZAMAN」、古き良きエジプトのアラブ歌謡専門の「TALAB」。湾岸地域向け「ハリージ」・・・・といったチャンネルがずらりと並び、これらをちょこちょことチャンネルを変えて視ているだけで、まったくあきない。「TALAB」では、ラマダン(イスラム教の断食月)期間中、なぜか、「褐色のナイチンゲール」こと、エジプトのアブドルハリーム・ハーフェズのコンサート録画をいつもやっているが、エジプトが生んだアラブ世界の「ディーバ」(歌姫)ウンム・クルスームのコンサート(写真)もやっていた。「CINEMA」では、作品上映だけでなく、最新映画情報を紹介する番組もやっていたりいるので、アラブを離れて4年で、穴のあいた芸能情報を補足するのに有益だ。

いまのところ、イラン人で、アラブ・ポップスが好き、という人物にでくわしていないが、国内に流通する音楽・映画が穏当なものがほとんどのこの国では、言語・文化圏が異なるとはいえ、ロターナのようなチャンネルは、かなりの潜在的需要があるのでは、という気もする。
2008/08/29のBlog
[ 01:33 ] [ イラン(IRAN) ]
アラブ世界で、「シーシャ」「アルギーラ」などと呼ばれる水タバコは、ここイランでは、「ゲリユーン」(ペルシャ語)と呼ばれる。日暮里にあった水タバコカフェの名前「カリユン」も、これに由来する。テヘランの水タバコカフェについて、ほとんど予備知識のないまま、やってきたが、まず、ここは、エジプト・カイロのように、街をぶらぶら歩いていれば、容易に水タバコカフェにでくわす、といった環境にはないことをすぐに悟った。

テヘランの代表的繁華街である、「フェルドーシー広場」や「ヴァリエ・アスル広場」周辺であっても事情は同じ。タクシー運転手に聞いたり、歩き回ったりして、ようやく発見する、といった具合である。写真は、ヴァリエ・アスル通りにある「ジャム」なる店。「レストラン」と銘打っていた。イランの名物料理「アーベ・グーシュト」なども供するようだ。

ただ、こうした市内中心部にあるカフェは、どうもぱっとしない印象だ。地下にある店も多く、暗く、古めかしすぎる。むしろ、水タバコの「楽園」は、郊外にある気がしてきた。テヘランの北方にそびえるアルボルズ山脈の麓には、いくつかの峡谷があり、それに沿って、避暑地的な行楽エリアがある。「ダルバンド」「ダラケ」など。写真は、「ダラケ」の峡谷を徒歩で少しあがったところにあったカフェ。店名は確かめるのを失念した。実際に試したのは、ここからさらに谷をのぼったところにあったカフェだったが、ここ「ダラケ」は、屋外の陽光とそよかぜのもとで水タバコを楽しめる格好の場所でもあったのだ。ちなみに、市内のカフェではほとんど見られない女性の姿も、ここでは普通に目にすることができる。ただし、どうやら、カフェで女性が水タバコを吸う行為が、最近当局の取り締まり対象になっており、閉鎖された店もあるようだった。

ダラケの難点は、市中心部から、やや遠いこと。殺人的な交通渋滞を考慮すると、最低でも車で一時間をみておかなければいけない。「楽園は、遠きにありて思うもの」ということにならなければ、いいのだが・・・
2008/08/19のBlog
[ 22:12 ] [ カフェバグダッド ]
一身上の都合により、イラン・テヘランに引っ越すことになりました。
次回のブログは、イランからアップすることになります。

カフェバグダッドが行ってきた活動は、基本的に今後も続けていこうと考えています。今後ともご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。

イランで、「カフェ・バグダッド」というのは、どうよ、という声もあるかと思いますが、テヘランと、イラクは、物理的にも心情的にも、距離は近いのではないかと思います。これまで通り、アラブ世界にも目配りをしつつ、ペルシャ世界の深淵にも踏み込んでいければ、と思っております。

ペルシャ語で、ゲリユンと呼ばれる、水タバコについても、適宜、情報をレポートできればと思っております。

では、さらば、東京。
2008/07/25のBlog
[ 11:28 ] [ 映画・演劇(中東) ]
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」をのぞくため、埼玉県川口市に行ってきた。SKIPシティは、「さいたま新産業拠点」ともいい、「映像関連産業を核とした次世代産業の導入・集積」を目指して、埼玉県や、すでにアーカイブ施設を進出させたNHKなどが中心に推進する産業ゾーンのようだ。会場は、JR京浜東北線川口駅からシャトルバス利用で10数分。

映画祭は、デジタル作品を対象として、2004年から、このSKIPシティで行われていたらしいが、恥ずかしながら、存在を知ったのは数週間前。映画祭スタッフによれば、過去に上映された中東の映画は、トルコ、イスラエルの作品で、今回見た「戦禍の下で」(レバノン映画)が初のアラブ映画上映のようで、それなら、知らなかったのも仕方ないか、という気も。

「戦禍の下で」は、今春のアラブ映画祭で上映された「BOSTA(ボスタ)」のフィリップ・アラクティンジ監督の長編第2作目。

2006年夏に一か月あまり続いた「レバノン紛争」下の南部レバノンが舞台で、生き別れになった我が子を探し求めてさまよう女性と、それに協力する南部出身のタクシー運転手を中心にした一種のロードムービー。

特筆すべきは、撮影が、まさに現在進行の紛争の渦中で行われている点。プロの役者起用は3人だけで、ほかは、実際に紛争の被害を受けた住民を登場させている。撮影開始は、「レバノン紛争」勃発直後で、空爆や、国連増派部隊(仏軍)の到着など、まさに今起きている紛争のリアルなシーンをロケ現場にした、「ドキュ・ドラマ」に仕上がっている。

来日して上映後のトークショーに出演した助監督のビシャーラ・アッタラ氏によれば、紛争勃発後すぐ、フィリップ監督が「ラフなアイディア」を考え、居住先のパリからレバノン入り。その後、フランス国籍を持つフィリップ監督が、国外避難を余儀なくされるなど中断があったが、紛争中・後の計3か月間で撮影されたものだという。主に屋外シーンを紛争中と紛争終結直後に撮影し、その後で、室内シーンを撮っていったのだという。

女性が港に着くシーンは、退避勧告に従ってフランス人がレバノン脱出のため軍艦に乗り込んでいる中で撮影されているし、国連舞台の到着のシーンも、一瞬、大規模なロケをやったのか、と錯覚するほど、ドラマと現実が違和感なく融合している。

「ボスタ」でダンサー役を務めたビシャーラ・アッタラ氏は今回、少数のチーム編成になったことからも、助監督に加え、俳優としても出演。多分、タクシー運転手を罵倒するアラブ人記者の役だったはず。

そのビシャーラ氏のトークショーでの映画解題も面白かった。ストーリーを明かすのはここでは避けたいが、映画中のフィクションは、「この戦争では普通であり、リアルなイメージだった」ことを強調していた。

私見だが、前作「ボスタ」と通底するメッセージがあるとすれば、それは、困難な状況下でのレバノン人の連帯の訴え、だろうか。作品で声高に叫ばれる訳ではない。だが、さまざまな立場にありながらも、レバノン国民は、この紛争の苦しみを共有したのだ、ということを、作品は強調していたようにも見える。つまり、海外を飛び回る経済人(主人公の女性)も、イスラエル協力者の弟(親イスラエルの民兵組織『南レバノン軍』(SLA)に加わり、2000年のイスラエルの南部レバノン撤退以後、イスラエルに亡命したという設定だったようだ)を持つタクシー運転手も、等しく戦禍に苦しんでいるのだ、という点を浮かび上がらせようとしていたようにも見えた。

フィリップ監督前作「ボスタ」については、拙ブログのこの記事も参照
2008/07/09のBlog
[ 21:25 ] [ 映画・演劇(中東) ]
日本アラブ協会が発行する、季刊アラブの2008年夏号に、エジプトの映画監督、ムハンマド・ハーン監督(写真右)のインタビュー記事を書かせてもらった。題して、「ハンム(アラビア語で「心配」、「悩み」の意)を欠いた時代」。ハーン監督は、イスラエルとの単独和平で歴史に名を残したアンワル・サダト大統領の伝記「サダトの時代」の監督を務めたエジプト映画界の重鎮。

今年春に、「アラブ映画祭」の招待で来日したハーン監督に話を聞いた。介添え役として、カフェバグダッドの第6弾イベントのゲストにも招いた佐野光子氏(写真左)が、かたわらに陣取る中で、ハーン監督に一時間ほど話を聞いた。

実は、「サダトの時代」が公開された2001年、カイロでハーン監督の自宅を訪れ、インタビューしたことがあったが、監督は、その時よりも、リラックスした感じで、率直な意見を語ってくれた。
2008/06/22のBlog
20日から27日までの日程で、東京都内5会場で開催されている「難民映画祭」に、行ってきた。見ようと思いつつ、果たしていなかった、広河隆一氏が監督したドキュメンタリー「パレスチナ1948・ナクバ」を、渋谷のNHKふれあいホールにて。映画祭は、国連難民高等弁務官(UNHCR)駐日事務所の主催で、今回が第3回というが、初めての鑑賞となった。料金無料ということもあって、豪雨にもかかわらず、会場はほぼ満員。上映後には広河氏のあいさつと質疑応答が行われた。

作品は、広河氏が報道写真家などとしてイスラエル・パレスチナ紛争に関わり続けた40年間の総決算という意味合いが色濃い。広河氏は、この作品に織り込めなかったエピソード、ストーリーがたくさんあったと強調した上で、40時間以上の「完全版」の完成に向けて追い込み中、とアピールされていたが、今回上映の2時間11分のバージョンでも、「広河氏とパレスチナ」の関係性がわかる内容となっていた。
1948年の「イスラエル建国」のパレスチナ側の呼び名である「ナクバ」(アラビア語で破局の意)で故郷を追われ難民化したパレスチナ人のその後の苦難を追いかけるという基本的な流れがあるが、やはり、強烈な印象を観客に与えるのは、レバノンの「サブラ・シャティーラ難民キャンプ」の虐殺をとらえた広河氏の作品の数々だ。この事件は、広河氏が、世界に先駆けて報じた「スクープ」と評価され、今も、ジャーナリスト・広河隆一を象徴するものになっている。

あいさつでも言っていたように、広河氏がこの作品に込めたのは、「現在のイスラエル・パレスチナ問題の出発点はナクバにある」という点だ。

このほか映画祭では、イランのクルド人監督バフマン・ゴバディ監督の「亀も空を飛ぶ」や、NHK制作でテレビで放映された「リトル・バグダッド」など中東モノが上映されるようだ。

以前に鑑賞した際に拙ブログに書いた「亀も空を飛ぶ」評は、こちら
2008/05/31のBlog
アラブ音楽ライブをひんぱん開催していると、噂には聞いていた、東京・西荻窪のライブハウス「音や金時」に初めて行った。
先日、カフェバグダッド・イベントのゲストとして、師岡カリーマさんとのセッションに登場いただいた、ウード奏者、常味裕司さん率いる「ファルハ」のライブがあると聞いたからだ。
構成メンバーに若干の変更があったりするようだが、今回は、常味さんのほか、海沼正利(カーヌーン)、平松加奈(バイオリン)、西田ひろみ(バイオリン)、大坪寛彦(コントラバス)、和田 啓(レック)の各氏が加わった。エジプト在住経験がある西田さんは、今回が初参加とのこと。和田啓さんは、常味さんとの共演CDも出している著名なパーカッショニスト。海沼さん(写真に写っていなくてごめんなさい・・・)は、ダルブッカなど打楽器奏者だが、「趣味」で、複雑なカーヌーンも演奏するという奇才。平松さんは、スパニッシュ・コネクションという「フラメンコ・ジャズ」のユニットでも活躍しているようだ。
また、「ファルハ」より、構成メンバーが少ない、「ヒラール」という小ぶりのユニットもあるらしい。

ライブハウスなるものにほとんど足を運んだことがないこともあり、演奏者と観客の距離の近い独特の雰囲気に圧倒された。酒を飲みつつ、ゆったりとアラブ音楽を聞くことができる機会をこれまで逃していたことを、少し悔いた。去年の年末にやはりここで行われたライブは、地べた座りも出るほどの超満員だったようだが、今回は、席の7割程度の入りで、適度な感じだった。
前半が7曲、後半がアンコールを含め6曲。
前半には、ムハンマド・アブデルワッハーブ作曲の「ビント・エルバラド」「永遠なるナイル」「エル・ママリク」「ファルハ」「レバノンの夜」「アルジェリアの夜」など。
後半は、「ボルボル」「昼も夜も」「クル・ダ・カン・レ」など。アンコールは、歌手の松本泰子さんが飛び入りして、「夜、ジャスミンの木の下で」というチュニジアの曲を歌った。
松本さんは、最近、ウンム・クルスームの曲を歌うことで、名前が知られつつある。ご自身にうかがったところ、ウンム・クルスームの曲の現在の持ち歌は、「エンタ・オムリ」とのこと。ぜひ、聞いてみたいものだ。
2008/05/28のBlog
[ 19:05 ] [ 映画・演劇(中東以外) ]
イギリス映画の巨匠、ケン・ローチ監督の新作は、「弱者が弱者を搾取する」という、なんともやりきれない現実を描いた「この自由な世界で」。渋谷のシネカノンでの試写会で鑑賞。映画評論家で、明治学院大教授の四方田犬彦氏の姿も。

公式サイト

ロンドンを舞台に外国人労働者の派遣業に乗り出すひとりの女性が主人公。シングルマザーで、複雑な年頃を迎えた息子の問題も抱える。自らが生活するために、ポーランドやウクライナなどから来る外国人労働者を「食い物」にする。まさに「搾取される者が搾取する構図」。多分、今や万国共通の構図だ。

ケン・ローチ作品のすごさは、そのディテールの描写に対する誠実さだ。
たとえば、作品に登場するイラン人・マフムードの人物設定。出版業を営んでいた父が王制時代の1950年代に、石油の国有化を宣言した「ムサッデク首相を支持した」かどで、逮捕されたほか、イラン革命後には、マフムード本人が、現イスラム革命政権から、「反体制の本を出版した」として自らも逮捕された、というもの。この、予備知識がないと、かなりわかりにくい設定には、イランの現イスラム革命体制だけが、言論の自由を抑圧しているわけではない、というメッセージだ。

イスラムに対する無自覚な批判を避けようとする、自覚的な人物設定と思われる。

また、ケン・ローチ作品に通底するものだが、主人公アンジーの描き方からしても、善悪を簡単に決めつけない、ケン・ローチの、表現者として、非常に謙虚な態度が改めてみてとれた。

ケン・ローチ作品については、拙ブログのこの記事も参照。
2008/04/09のBlog
アラビア書道家として、今や世界的にも高い評価を受けている、本田孝一・大東文化大教授の話を聞く機会があった。3月上旬、サウジアラビアの首都リヤドで開催された国際ブックフェアーに招待された時の模様を聞くのが主な目的だった。
このフェアーで、本田教授は、「アラビア書道と私の経験」、「アラビア書道の審美理論」と題した2回の講演をアラビア語で行ったという。前者は、本田氏のこれまで歩んできた道がテーマ。後者は、アラビア書道の美しさを理論的に解明しようという、本田氏にとっても、初の試みだった。

本田氏によると、アラビア書道の世界では、これまで、その美しさについての理論的アプローチはなかったという。イスラム教に関わるものということもあり、「神聖なものということで、(理論には)あまり触れられてこなかったのでは」という。

「アラビア語を知らない人でも美しいと感じるのはなぜか」。この疑問について、本田氏は、「水が流れる線、木々が揺れる様子、山の稜線」などの自然(の美しさ)と、書道の線が類似しているからでは、との持論を展開する。

本田氏によれば、西洋のカリグラフィーは、機械的、無機質的であるのに対し、アラビア書道の線は、人工的ではない。多くの日本人がアラビア書道にひかれるのも、「日本人が最も愛する自然」がそこにあるからでは、という。

では、なぜ、アラビアの地にそうした書道ができたのか。本田氏は、(砂漠が多い過酷な風土の中で)「自然にあこがれ、精神世界の中に自然を生み出そうとしたのでは」との見方を示す。イスラム教という宗教の発生も「生活環境の中での必然性があるのでは」という。

本田氏はまた、イブン・ムクラというアッバース朝の時代の「書道の祖」と呼ばれる人物の言葉を紹介した。「書道は、人間の肉体的道具を通じて表現された、霊的な技術である」。その目的は、「真理の顕現」であり、日本の書道とは、根本的に違うのだというのが、本田さんの見方だ。

アラビア(イスラム)書道は、世界の芸術の中では「例外的な存在」だともいい、そのあり方は、西洋的な「個」を超越しており、「神に近づくための営み」として継承されてきたのだという。

難解なお話だったが、本田氏は、こうした「審美理論」を文章にまとめたいとの意向も持っておられるようだ。アラビア書道に関わる人々だけでなく、多くの日本人に、このユニークで新しい「アラビア書道芸術論」に関心をもってもらいたいものだ。

本田教授が会長を務める日本アラビア書道協会のサイトはこちら
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