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募集・シックスクール児童の詩&作文
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2004/08/31のBlog
6月17日にアップさせた記事です。

このブログは、世の中の人にシックスクール児童の存在を知って頂くために立ち上げました。

日々の出来事を通してのシックスクール児童とその親の姿は、「猛母参戦」をご覧ください。

シックハウス情報は「シックスクール東京」という掲示板にアップしてあったのですが、2005年1月現在では管理人の都合により、閉鎖しています。後日、「猛母参戦」の方に移動していく予定です。

一人でも多くの方に、このブログを立ち上げた主旨を多くの人にご理解頂きたいので、
この記事を閲覧のトップにくるようにしました。

一人でも多くの理解者が増えます様に....。

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娘がシックスクールになって1年を過ぎようとしています。

…学校へ行けないだけではなく、生きる意欲すら失い、外出することもままならない被害児童がいます。

…子供たちは、声を上げてその苦しみを訴える術を持っていません。

…将来に夢や希望を持つことすらできずに、鬱々と日々を送っている子供たちがいます。

最近のこと(2004.6月)あれだけ難関と思われていた、「シックハウス症候群」の傷病コードができました。「この病気治療に有効と思われる治療行為は、保険対象とすべき」という厚生労働大臣の一声で決定されました。

この決定は官報に掲載されるだけなので、医療機関への周知はこれからのようですが、シックハウス症候群から化学物質過敏症に移行してしまい、学習の権利を奪われた多くの被害児童たちがいます。

このブログを通じて、名も知らぬ児童たちの気持ちが世の中に広がって行けたら…。

わたしは、普通の人のやさしさを信じています。



この詩集発行の意図は、シックハウスの現実を多くの人に身近な問題として認識してもらうためです。
「電池が切れるまで」という小児病棟に入院中の子供が書いた詩集が出版されて話題
になっています。
その結果、小児病棟に入院している子供たちが通う院内学級のことに多くの目が行く
ようになり、そこに通う子供たちのことが周知されました。

この詩集は、それに続くものとして、旬なものにしたいと思います。

シックハウス症候群がやっと疾病として認知されたのに、化学物質過敏症に移行して
しまうケースが多いものの、化学物質過敏症だけ取り残されてしまいまいました。

化学物質過敏症も疾病として認知されるためには、世間にムーブメントを起こさなく
てはならないと思ったのです。



シックハウスというと、「家を新築したからじゃない」とか、「家を改築してきれいにしたからじゃない」
とどのつまりは、「お金がある人の病気。うちは家なんて建てられないから関係ない」とひがみも少し入って色眼鏡で見る人が結構いることにびっくりしました。

そうじゃないんだ。皆が被害者にも加害者になる可能性があるんだ。家だけが原因で
はないんだということを知らない。

大人がなっても辛いことだけど、環境を自ら選べない子供たちが被害者になると言う
ことがどういうことなのか。ましてや、シックハウスになった原因が学校だとしたら、それ
は逃げようがない。
この子たちが救われないのなら、日本の将来はない。
ということを多くの人に知ってもらいたい。

大人が書いた体験談や医者が書いた専門書などは沢山ありますが、当事者である子供たちの声が聞こえてこない。

私も体験談などを読みましたが、肝心の子供の声が聞こえてこなかったのです。



「あなたは、自分がシックハウスになって、どう思った?」
「あなたが、シックハウスになって、何が一番悔しい?何が一番悲しい?」
「あなたは、誰に何をしてほしいですか?」
「あなたは、これからどうしたいですか?」
「あなたは、シックハウスになって、何に一番困ったの?」

そういう切り口から、詩という形で書いてほしいと思います。
作文や体験談では、文章能力やら、体力やらが問われますが、詩という短いものな
ら、それらがあまり問われないと思います。

素直に感じたことを詩や作文などで書くほうが、子供の声がしみじみと伝わるのではないかと思いました。

シックスクールという切り口でまずははじめてみて、学校以外が原因でなった子供た
ちまで広げて行こうと思います。


詩の投稿を頂いた暁には、夫はプロのライターですので、出版に向けてご本人の意思を尊重しつつ、校正していきたいとのことです。

また、そのお子さんの取材も必要に応じてメールなどで行い、出版に向けてまとめて
行きたいと思います。

子供たちがその思いを「詩」という形で表現することは、時には辛いことをフラッシュバックさせることになるのかもしれませんが、「自分の苦しさ」「自分の悲しさ」を伝えることが出きると手段としては、心の開放にもなり良いことだと思っています。

一人でいくつでも書いてください。
素直に自分の思いを表現してください。

辛いのは、けしてあなただけではない。
悲しいのは、けしてあなただけではない。
多くの詩が寄せられることで、被害児童たちは孤独感から救われます。

シックスクール児童は、学校で孤独です。でも、けして一人じゃないんです。
皆で書いて、皆の思いを世の中の人たちに知ってもらいましょう。

2004/08/05のBlog
[ 18:58 ] [ つれづれなるままに ]
シックスクール児童の保護者を通して、夏休に文集(詩集)の原稿依頼をしておりました。

ところが、先日、どんなものかと近況をお尋ねしたところ、事故から1年ほどしか経過していないので、とても心の中を解放せる時期ではないと、ご返事が返ってきました。

公立小学校で起こった事故なので、学校の傍を嫌でも通るわけです。

すると、担任の無理解から受けた仕打ちや、友人からのいじめなど、そのときの辛い記憶が、フラッシュバックしてしまう。

中学に進んでからも、一人くらいの友達と会うことは何とかできても、複数の人数の友人とは会えない。

やはり友達から受けたいじめの数々がフラッシュバックしてしまう。

悲しいことです。辛いことです。

シックハウス症候群の患者にドラマがない人が一人もいません。

シックスクール児童の一人として、いじめに合わなかった子はいません。

それももっとも信頼すべきはずの担任からの無理解による「いじめ」が多い。

学習する心や大人への信頼感が根底から崩される出来事があまりにも多すぎます。

そして、人間関係にもっとも大切なコミュニケーション力がしっかり身につくはずの小学校時代なのに、「人は信じるな」「人は恐ろしい」「友達なんかいない」ということを刷り込まれる出来事の数々。

脳神経障害のある、なしに限らず、DVに走りたくなるような日々を強いられているのがシックスクール児童たちです。

中々、文集発行への道のりは厳しいようです。

ドラマは一杯あっても、子供の心のばねでは、傷を癒すには時間がかかるのかもしれませんね。

2004/07/14のBlog
[ 00:21 ] [ つれづれなるままに ]
公立小学校は来週の20日が終業式です。
いよいよ夏休みです。

今年の夏は暑いですね。
私が子供のころと比べても、随分と暑さがましたように思います。

夏の風物詩と言えば、

風鈴やー。風鈴....。 
金魚えー。金魚ー。

大きなリヤカーの屋根からは無数の風鈴がぶら下がり、売り声に誘われて、姉とつっかけをひっかけて、走っていった夏。

「どれにしようかー」
「私、赤いのー」
「じゃあ、私は朝顔のね」

今買ったばかりの風鈴を空に高く上げては、すぐ上の姉と音比べをした日々。

庭の池に入れようと、金魚屋さんのおじさんに「ねえ、一番元気なの頂戴!」と選んでもらう。
ビニールの袋の中で目をしばたかせながら、居心地悪そうに泳いでいる金魚たち。

池の上でビニール袋の紐をほどき、一揆に入れると、金魚は藻の間に隠れてしまい見えなくなる。

「お姉ちゃん。さっきの金魚、どれか分からなくなっちゃたよー」
ふくれっ面の私。

「そうねー。一番、元気なのじゃない?」
「どうして?」
「ホラ、狭いところから広い池に移ったから、元気に伸び伸びしてるのがそうじゃない?」

池の藻を掻き分けて見るが、見分けがつかない。

ジーと池の中を覗いていると、姉がスイカを切ってきた。

縁側に座って、一番大きいスイカを口いっぱいに頬張りながら、風鈴の音の合唱に耳を澄ます午後。

ゆっくりと時間が流れ、夏の終わりには、日暮が鳴き、夏の終わりを告げる。

氷屋さんから買った大きな氷には、手ぬぐいがかけられ、その後ろからは扇風機が回っている。
何という贅沢だろう。

昔を懐かしむほど年は重ねてはいないが、昔の夏には風情があった。

ゆっくりと夏休みを過ごすことができない今時の子供たち。

化学物質、大気汚染、環境ホルモン

便利と引き換えに、健康が害されている。

スローライフ。
ゆっくりと熟成させたい子供たちの心と体。

たまには風鈴の音を聴きながら、夏の夜を過ごすのも良いかもしれない。

(おたま)
2004/06/19のBlog
「百点をめざせふうちゃん」を読んで
 「心にほうたいをまきたい日のまき」
 三年 T子
 私も、心にほうたいをまきたい時があります。けれど、私のばあいは、まけない心と、ほうたいみたいです。
 この本のしゅじんこうのふうちゃんは、とてもまきやすいほうたいと、心を持っています。
 良いなー。うらやましいなー。
 私もふうちゃんのように、心のほうたいがほしいな。体がつらいのは、しかたがないのかもしれないけど、病気をわかってくれない人に会ったとき、心のほうたいがほしいです。私の病気は、なかなかなおらないかもしれません。もしかしたら、一生なおらないかもしれません。
 もし、同じ病気の人がいたら、いっしょにほうたいをまきっこできるのに。そして、いっしょにこの病気とたたかっていけたらいいのに。
 私もふうちゃんのように、心のほうたいをじょうずにまけるようになりたいです。

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これは発案者である私の娘が書いた読書感想文です。

娘の作文は区議会の本会議で議員さんが様々なシックスクールに関する要
望や改善提案につき発言をした後に、「シックスクールにより、苦しんでいるお子さんがいます。そのお子さんが書いた読書感想文を今から読みます」といって発表されました。

多くの議員や行政の役人が泣き、議会が終わったあとに、一度私がお会いした元保健
所の所員だった現学務課長が「あれはこの間会ったお母さんのお子さんが書いたのですか?こんな思いを子供にさせてはいけないですね」と涙ぐんでいたそうです。

ことは一転して、いろいろなことが動きだしました。

親がいくら上手な要望書を山のように出しても、親がいくら切々と訴えても、子供の
素直な叫びにはかなわなかったということです。

(中村公美)
2004/06/18のBlog
[ 07:12 ] [ ポリシー・基本的な考え方 ]
コメントへのお答えです。

具体的にいえば、責任を追及されるのを恐れるために、問題をひた隠しにした学校関係者がいたという経験に基づいています。
この学校関係者は実際に校内の改装を指示した人間でした。
彼は、こどもたちによかれと思って、役所の命令ではなく、自分の判断で学校の環境をよくしようと改装をすすめました。
その結果、シックスクールが発生したすべての責任が彼に集まってしまいました。
とはいえ役所の側としても彼を糾弾すると管理責任を問われるわけで、立場のとり方がむずかしい。
現実問題として、当事者の学校関係者の協力がないと、原因究明も再発防止もすすみません。
そうした状況がつづいていても、こどもたちは毎日学校に通っている。
…ならば。



航空事故調査委員会などでは、パイロットに責任を追及しないことを約束して、事実を公表させ、同様な事故の再発を防いでいます。
しかし、最近ではパイロットに事故の刑事責任を負わせるため、事件の真相解明ができにくくなっているということがあります。



トヨタのカイゼン活動などでも、ラインを止める原因になった人の責任を追及するのではなく、事故を犯した人に協力をもとめながら解決策を練るということが一般的に行なわれています。
あるアメリカの日本企業の工場では、ミスを犯して会社に損害を与えてしまったアメリカ人従業員がクビを覚悟でいたところ、その責任を追求されることはありませんでした。
カイゼンの手法にしたがって、ミスを起こした本人にいろいろと調査をして、現状の問題をみんなで共有し、その共通認識のうえで、みんなが知恵をふりしぼって、事故の再発を防止する施策考え、実施していきました。
労使関係が契約にもとづいていて、何事にもドライなアメリカ人には考えられないことで、とても感動したというエピソードがテレビで流されていたことがありました。



世の中では利害関係によって人々が動くことはしかたがないこと。でも、このブログではそういうものにとらわれずに書きこんでいただければ幸だと思います。

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