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ペンギン夫婦の山と旅
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2004/10/02のBlog
[ 20:20 ] [ 身辺雑記 ]
アメリカ大リーグ、マリナーズのイチローが、なんと84年ぶりにジョージ・シスラーの記録を塗り替え、年間259安打を記録しました。
本名が○イチローの変愚院としては、まるで我がことのように嬉しいです。
残念なことにタイ記録も新記録もその瞬間を見逃しました。(まちろんTVでのことですが)しかし、259本目はしっかり確かめました。イチローらしい、足をからめた素晴らしい内野安打でした。

ところで、皆さんは「一刀齊は背番号3」という五味康佑の小説をご存知でしょうか?
数十年前、たしか「サンデー毎日」に連載されていた剣豪野球?小説です。
伊賀だったか甲賀だったかの忍者のが、プロ野球(おそらく、あのジャイアンツ)に入団し、次々登場する各球団のエースを打ち崩していく…どんな球でも打ってしまう…。
イチローを見るたびに、あの小説のヒーローを思い出してしまいます。
あと二試合、記録はどこまでのびるのでしょうか?

あ、これは私のTシャツです。何年か前、麒麟麦酒のキャンペーンで当たりました。

[ 10:31 ] [ 身辺雑記 ]
1日は共同募金の始まる日、朝6時半からタスキを掛け箱を首からぶら下げてバス停に立ちました。
これで6年目ですが、毎年、バス(奈良交通)利用客が減っているのに気付きます。
ラッシュには10分間隔のバスに、このバス停から一人も乗らない時があります。
近鉄駅までマイカーで送迎される方が増えたためでしょう。その代わり、8時近くには道路は大渋滞です。
前の信号から次の信号までずらりとマイカーの列です。自分もマイカー族のくせに、ふと地球温暖化の根源のことを考えてしまいます。

1時間の休憩を挟んで、11時から今年出来た大型スーパーの前に移動。
こちらは募金してくださる人が多いのですが、嬉しいのは小さい子どもがお母さんから10円玉を貰って喜んで箱に入れてくれること。
お昼休みの時間、近くの建設現場からお弁当を買いに来た、二人連れの若い衆(表現は悪いが、そんな印象)が「ご苦労さん」と笑顔でかなりの金額を入れてくれました。
そっぽを向いて知らん顔をする、こざっぱりした服装の小母さんが多い中で「人は見かけによらぬもの」を実感しました。
2004/09/29のBlog
[ 11:22 ] [ 身辺雑記 ]
昨日夕方から弟夫婦に招待されていた甲子園の対横浜戦に行きました。
いつもの一塁阪神ベンチの上、貴賓席横の席です。
試合が始まってからすぐ、私たちの3列ほど前に大助花子の大助さんがTVでよく顔を見る娘さんと腰をおろし、試合終了まで熱心に観戦していました。
すぐ前の席にはタイガースグッズに身を固めた可愛い子どもが3人並んでいましたので、私たちもお相伴でオーロラビジョンに映りました。(ただし、二人の顔下半分)
試合は阪神が矢野の2点タイムリー、今岡のHRなどで先行したものの、藪がぴりっとせず7回で降板。
ひやひやさせられたものの最後は久保田がしのいで、決勝打を打った金本兄貴がヒーローインタビュー。
試合終了後も六甲颪に声を枯らし、各選手の応援歌をまたドラ声張り上げて歌い、いい憂さ晴らしでした。試合は辛勝でしたが、ストレスは快勝、いや解消。
すっかり満足して家路につきました。
デジカメを忘れたので、♀ペンのケイタイで写真を撮りました。
2004/09/27のBlog
笙ノ窟の岩壁にしがみつくように咲いていたダイモンジソウ
リンドウ(日本ヶ岳のコル近くで)
アキノキリンソウ(石ノ鼻近くで)
矮性のトリカブト(大普賢岳頂上)
岩場で咲いていた「たずね花」です。

ミヤマママコナ でした。

もぐさん、bakobaさん、だめちゃんに名前を教えて頂きました。
ありがとうございました。

「moutrekker 山遊記」の「たずね花」にTBさせて頂きました。
2004/09/26のBlog
世界遺産にも登録された大峰山系・奥駈道を8回に分けて踏破中です。
第4回目は前回終点の大普賢岳から行者還岳を経て一ノ垰(タワ)まで。
鎖と梯子の連続する岩稜から、一転して笹原やコケ蒸す原生林などを行く、厳しいが変化に富んだコースです。
まず、和佐又ヒュッテ前から鎖と鉄階段、梯子などに助けられて大普賢岳へ登ります。
写真は靡き(行場)62番・笙ノ窟にて。
昨日までの雨で、岩壁からシャワーのように水が滴り落ちていました。
標高差約630mを登り、大普賢岳1779.9mni に立ちました。
山はそろそろ秋の粧いを始めています。昼食を済ませ、いよいよ奥駈道に入ります。
内侍落とし、薩摩転げなどという難所を通過します。
国見岳、七曜岳を通過すると、道は静かな緑の笹原やブナの林を行くようになり、小さな上り下りで行者還岳に向かいます。
行者還小屋でとうとう雨になり、雷鳴も聞こ出しました。
薄暗い林の中、細かいアップダウンを繰り返して一ノ垰に着き、滑りやすい笹原の急坂を行者還トンネル東口に下りました。

行動時間7時間半、厳しいが充実した山行の一日でした。
2004/09/24のBlog
初瀬山の下り道でみたヤマジノホトトギスです。
暗い森の中でひっそりと並んで咲いていました。
他に花が少なかっただけに、この花に出会えて嬉しかったです。
[ 10:39 ] [ 花日記 ]
[自然満喫☆みちくさ日記♪]にTBさせて頂きました。

息子宅(長野県松本市郊外)の庭に顔を出していたキノコ?です。
なんという名前でしょうか?
2004/09/23のBlog
初瀬山はボタンで有名な長谷寺の裏にある低山です。
いいお天気になった秋分の日、長谷寺から都祁に抜ける県道を上り、駐車場所を探すうちに初瀬ダムの下まで来てしまいました。
最初は長谷寺参道から登るつもりでしたが、2万5千図の破線路が西に向かっているのでそれを登ることにします。(09:40)
民家の横から山に入ります。もちろん道標はなく、正しいルートかどうかも分かりません。右手は谷に向かって切れ落ち、左手はこんな傾斜の斜面、その間の心細い踏み跡を拾っています。
急登で稜線に出ると左手からの登山道に合流し、やっと歩きやすくなりました(10:15)。
しかし、それも束の間…
今度は凄い藪漕ぎです。生い茂った熊笹とイバラを漕いで行くと、こんな標識がありました。右に藪を漕いで少し登ります。
山頂はこんな感じです。木に囲まれて展望はなく、風もなく、山名板もなくただただ暑いだけ…おまけにブヨは寄ってくるし…。
すぐに元の道を下りました(10:45~10:52)。
途中で朝から初めて休んで、水分を補給。そのまま、どんどん下りました。
駐車した場所のちょっと下に出て、今日の山行は終わり(11:45)。
2時間足らずでもの足りませんでしたが、2日後に奥駈山行を控えていることもあり、向かいに見える天神山はパス。長谷寺参道で名物の草餅を買って、1時間のちには家に着きました。

2004/09/21のBlog
お彼岸の入りというのに、暑いことです。
夕風が吹くのを待って、松尾寺からまほろば展望台まで往復しました(所要時間2時間)。
南僧坊池はすっかり干上がって、雑草の緑が生えています。今は野の花も少なく、僅かにキンミズヒキが咲き残っています。半月ほど前は盛んに顔を出していたキノコの類も見えません。
花といえば矢田寺近くのヒガンバナも盛りを過ぎました。
今はちょうど夏から秋への花の端境期なのでしょうか?
矢田辻近くでようやく咲き始めたキセルアザミを見つけました。
[ 22:01 ] [ 山日記 ]
「野生の旅」blog管理人さんから、「地獄谷と松平温泉跡」のページに8月2日付けの「過去の今日」をTBしていただきました。
さて、松平温泉の名称ですが…
当時の山日記の記述をそのまま写しましたが、記憶を辿ったところ正しくは立山温泉、もしくは立山温泉の一部…ではなかったかと思います。昔は近くに硫黄採取所もあり、かなり賑わったと聞きました。

1971年刊の「世界山岳百科事典」に次の記事がありますので転載します。
立山温泉…立山山麓湯川の左岸、標高1340mの地にある。天正(1573~92)の頃、開湯の単純泉で、佐々成政も入湯したと伝えられるが、史実は不明。古称、多枝原(たしはら)温泉または立山下(りゅうざんした)温泉。越中人の湯治場であり、立山登山の基地でもあった。ウェストンもここに泊まり、剣岳初登頂の柴崎測量官もここから出発した。現在ではさびれてしまった。<広瀬誠>

蛇足ですが、日本山岳遭難史上に名高い松方三郎、槇有恒、板倉勝宣パーティが豪雪の松尾坂付近で遭難し、松方さんが幻覚に悩まされながら必死に救援を求めて下った先が、この立山温泉です。

当時、山の書物に読みふけっていた私には聞き知った地名であり、思いがけずその地を通ることになったので、一層感慨深かったことを覚えています。