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なべちゃんの散歩道
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2005/10/06のBlog
[ 17:39 ] [ あやべの文化財 ]
文化財を守る会の会報61号(秋号)を配りに行った。年会費1000円の会で、年2回の会報(一部カラ-刷り31ペ-ジ)を発行している。
送料が出せないので、常任幹事以上の役員が手分けして配布している。
会員には、高齢者も多く、見るのを楽しみにして待って貰っている。
萩の花と大師像
萩祭りはとっくに終わっているが、まだ赤、白の萩が綺麗だった。
会員のおられるお寺境内である。
白萩
赤萩
HP「綾部の文化財」にアップしました。
画像をクリックしても見られます。
本当は記事の最終に入れたかったのですが、イメ-ジのホ-ムペ-ジリンクは、Doblog ツ-ルバ-からのログインしか受け入れず、すでに投稿済みの三番目に入れる方法が分かりませんでした。知っている方あれば、アドバイスください。
[ 09:25 ] [ あやべの文化財 ]
冬「雪中はんぽ反哺の孝」・・・巣立ちした三羽のカラスが、成長し、親に恩返しをする場面。「鳩に三枝の礼あり、鴉に反哺の孝あり」の故事に基づく。
なお、弁財山の池の近くには、一禾画伯が全国各地で用いた筆を納めた筆塚がある。
2005/10/05のBlog
[ 19:45 ] [ あやべの文化財 ]
夏「高野杉に鴉」・・・高野山(真言宗の聖地)の老杉とカラス。「鴉百態」といって、様々なカラスの姿が描かれている。
秋「湖畔の鴉」・・・湖のほとりで休息するカラス、一方、川に通ずる広大な空間を飛翔するカラスで、静と動の対象である。
[ 13:41 ] [ あやべの文化財 ]
庫裡の「長井いっか一禾」の四季の鴉(襖絵) と「一禾筆塚」
長井一禾は明治2年新潟県水原町に生まれる。東京に出、中野其明、平福穂庵に師事し、円山派の画法を学ぶ。明治37年(1904)に、当時、東京美術学校に招かれていたフエノロサ博士に見出され、博士の帰国と共に渡米。五年間滞在し、日本画の紹介を兼ね、洋画を研究。ポーランド大博覧会では名誉賞を受賞。帰国後、特にカラス絵の技法が妙を得、大隈重信公から「鴉博士」の称号を贈られる。当山には昭和12年(1937)から翌年かけて滞在。庫裡の四座敷に春夏秋冬のカラスの絵を描く。昭和15年(1940)に没。
春「いく育すう雛の間」両親のカラスが巣にえさを運び、三羽のひなをいつくしみ育てている。カラスのオス、メスはくちばしに特徴があるといわれる。
[ 10:04 ] [ あやべの文化財 ]
本堂(本尊 薬師瑠璃光如来、日光・月光菩薩、十二神将)
旧本堂は元禄時代(1688~1703)の建立であったが、柱等の主要部分が松材であった為、総体的に老朽化が甚だしく、遂に全面改築となり平成14年春着工、15年秋、新本堂が完成した。 
 本堂内部は折り上げ格天井で枠数96面の秋田杉の板に岩絵具で彩色された様々の花の絵が描かれている。画家は円山応挙から直系八代目・円山慶祥氏とその弟子・真祥氏である。「瑠璃光華曼荼羅」が現出されている。
梵鐘
 綾部藩・九鬼領内に時を知らせる鐘として寛政四年(1792)に鋳造。「同國天田群福知山住 統領 惣官鋳物師 足立 大和藤原重延」の銘がある。廃藩後、綾部町が保管していたものを、昭和24年(1949)に当山に招致。表面には文化二年(1805)の綾部大火の際、斧で乱打した傷跡が残る。
2005/10/04のBlog
[ 16:48 ] [ あやべの文化財 ]
綾部の文化財シリーズ (第五回)
(丹波のカラス寺)
塩岳山 吉祥院りょうごんじ楞嚴寺(高野山真言宗)
本尊薬師瑠璃光如来 
関西花の寺霊場第2番(綾部唯一)
綾部西国観音霊場第十四番
「縁起」
 楞厳寺は奈良朝、聖武天皇の天平四年(732)林聖上人の開基である。以後、幾多の時代の変遷と再三の兵火により寺坊は悉く焼失し古記・古文書の多くが散逸し、歴代住職の事歴も不明のまま多くの年を経ている。しかし南北朝時代の楞厳寺敷地紛失状(綾部市指定文化財)によれば、寺領は可成り広大であったことがわかる。
 元禄十六年から宝永五年(1708)にかけて旧本堂が完成され、その本堂建立の時の住職、盛長法印を中興開山としている。尚、これより五十年後の宝暦八年(1758)に現在の庫裡が建築され漸く伽藍が整えられている。
会報「綾部の文化財」61号(35周年記念号)よりのHP収録下書き
「綾部の文化財」「綾部の古木、名木」 会長: 大嶋文隆
6月8日、吉野山へご苦労さんでした。 
世界文化遺産にふさわしい深さと内容に満ちた印象深い研修旅行でした。
 次回は別掲でご紹介していますように、古都・奈良の中心へ参ります。
 今回は、特に東大寺のおはからいにより、特別に、普通一般では参拝、参観できない深奧の奈良の国宝を見学します。
 くわしくは別掲の説明をご覧ください。
 さて、私たちが常々関心を注いでいますのは、綾部の文化財であります。
 それぞれ地域に、町に昔から伝えている文化財は数限りなくあります。
 その一つ一つが大切に守られています。
その中で特に主要なものが、綾部市教育委員会発行の「綾部の文化財(図録)」の
中に、国宝1、重要文化財9、史跡名勝1、重要有形文化財1、府指定登録文化財19、綾部市指定文化財35、計66が紹介されています。
 これらは 神社13ヶ所、寺院17ヶ所、宗教法人1ヶ所、綾部市1ヶ所、公私有地4ヶ所、個人3ヶ所、計40ヶ所に保有・保管されています。
 又、「綾部自然の会」発行の「綾部の古木・名木百選」によりますと、市内にある樹木多数の中から選別された古木・名木百本が紹介されています。
 これは 貴重な「生きた文化財」であります。
 これらは神社境内25ヶ所、寺院境内15ヶ所、山・森林・川岸10ヶ所、公有地9ヶ所、個人17ヶ所、計76ヶ所で数百年から一千年の時間を刻んでいます。
 その内容は植物科目31、植物種類58に上ります。
 その中、「文化財」と「古木・名木」が重なって共存している場所が11ヶ所あります。
 内訳は神社4ヶ所、寺院6ヶ所、宗教法人1ヶ所であり、そこに文化財22点、古木・名木26点が共存しています。
 これらの文化財、古木・名木は、その地に生きた先人達や、自然が作り出した貴重な財産であり、大切に後世に伝えなければなりません。
 何よりも先ず、お互いの周辺、近くの文化財、古木・名木に関心を注いで、親しく見聞して、認識を深め、その歴史の深さ、先人のご努力、自然の偉大さを知って、みんなの力で ふる里の貴重な財産を守り、支え伝えていきたいと念じます。
[関連したBlog]
先に行われた両丹地区の古希を迎える会の記念写真が送られてきた。中に下記の新聞記事の切り抜きが入っていた。

両丹地区の古希迎えた人集う 「干支頭(えとがしら))の会」結成し今後は毎年開催
 綾部や福知山、舞鶴など近隣市町に住む、昭和11年生まれの人たちが10日、味方町のホテル綾部で「両丹地区・古希を迎える同年会」と銘打った同級会を開いた。
 綾部高校の昭和30年3月の卒業生たちが、中心となり、来年度に古希(70歳)を迎えるのを記念して開催した。(中略) 綾部在住者が世話役を務めた。
 丹波や丹後地域に住む同級生に広く参加を呼びかけたところ、当日は60人が来場。物故者に黙とうをささげたあと、歓談を楽しんだ。
 また同級生たちは、子(ねずみ)年と丑(うし)年の生まれであることから「干支頭(えとがしら)の会」というグループを結成、来年からは毎年、同級会を開くことを決めて散会した。
懇親風景
テ-ブルごとに記念写真も
随分賑やかに交流
懇親風景
2005/10/03のBlog
[ 16:10 ] [ あやべの街 ]
ゲ-ムがすんで食事を食べる。
成績発表順に大槻理事長より賞品を受ける
大きな賞品、重そう。色々と用意されている。
参加企業からの各社提供の賞品も混じる。自分の出した賞品が、偶然にもずばり自分に当たり苦笑の経営者も出た。皆大笑いの和気藹々。
用意された賞品も行き渡った。参加賞ももらい、一同解散。