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なべちゃんの散歩道
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2006/03/09のBlog
[ 17:26 ] [ 丹(に)の国・綾部 ]
教育の杜(もり) 1
 日本における学校教育の普及率は、今後10年以内に後期中学校教育が90%、高校教育でも30%を超すものと予想されている。だがその中味が従来通りの立身出世のための受験教育だとしたら、その弊害は大きい。
 「園児450人の半分が塾に通っている幼稚園まであらわれ、0才からの英語教育、3才からの漢字教育など異常な早期教育」に熱中する傾向まであらわれている。
 今日の学校教育は、経済成長に適合させた極端な能力主義にゆがめられ、人間の成長を促す真の教育は影を潜めたともいえる。そのために先ず教育の姿勢を正すべきでないか。
 そのためには「教育が倫理的基礎、それも神よりきたる絶対的倫理のうえに統一」されねばならない。そして勇気をもって社会の方向を企業中心から民衆生活中心にきりかえ、人と自然と技術の調和した社会の造成へ向けねばならぬ。
 今日こそ「平和、文明、自由、独立、人権を守り、これを破る者に向かってあくまで戦う」人間を必要とし、「人の心にかんながらに内在する愛善の力を発揚せしめて、もって国家社会を正しくする道」としての教育、政治、「物質に内在する愛善の力を正しく利用する道」としての科学や産業が要請される。
 小学校から大学までこの方針で貫き、従属でなく自律と自治の教育、模倣でなく創造の教育、暗記でなく思考の教育が尊重されねばならぬ。
 こうした全人的教育の前提として、胎教、幼児のしつけ、女子教育を忘れることはできない。この目的を果たすためには上からの行政的画一化をさけて、地方自治、住民参加のシステムが配慮されねばならない。
[ 17:25 ] [ 丹(に)の国・綾部 ]
まつりの宴(うたげ) 2
 旧七月6日から7日間は、神集祭がおこなわれる。「末代の規則を制定(きめる)場所は綾部の大本と末代きまりたのであるぞよ。天のミロクの大神様と地の国常立尊が天地の王で末代の規則を制定(きめる)ぞよ」と筆先にも示されているように、八百万(やほよろず)の神々が主神を中心に天で集会され、1年間の世界の経綸を決められるときとされ、この間本宮山の月山不二で毎夕祭典が行われる。これは世界の将来にかかわることである。
 これからはせめて各方面の代表参拝でも行われるよう、意義の周知徹底など適当な方策がたてられてゆく。
 春の大みまつりは「みろく大祭」、秋は大本開祖大祭として行われ、豊年祈願祭、新穀感謝祭があわせて厳修されている。
 また大本と綾部の産土神との関係を見落とすことはできない。旧綾部町には熊野神社、若宮八幡、八幡宮、二の宮、三の宮、笠原、斎の七社が(尊崇されている)あるが、明治36年旧5月24日(4月28日)に開祖みずから、弥仙山の岩戸開きの御礼参拝をされ、今日も信徒は、(秋祭りの宵宮には)多数揃って参拝がなされている。
 とくに熊野神社は、開教以来総産土神として崇敬され、王仁三郎は「太古に素戔嗚尊が出雲から出て来られた時に、本宮山の上に母神である伊邪那美尊さまをおまつりになりこれを熊野神社と名づけられた」と神話的に述べられている。
 夏祭りは、7月28日水無月祭りとして人々に親しまれているが、この夜由良川の闇を彩る万燈流しは、明治40年(1907)旧9月に竜宮様へ献燈するため大本で28燈を点じ、王仁三郎の手によって川に流されたのが始まりとされる。
 こうして産土神のお祭りを通して大本と綾部の一体化がふかまり、氏子である市民の生活や、綾部の繁栄が促されていく。
 まつりはもともと民衆のものであり、神迎え・神と人の交歓・神送りの素朴な神事に芸能が結びついて、民族文化の素型として受け継がれ、培われてきたものである。しかしいつの間にか、まつりは儀式化、職能化して民衆性を失い、一方では土着的な神々への信仰と生産への喜びが失われてただ伝習として無気力な形骸と堕して行く。分極化しつつあるまつりを再び民衆の手にかえし、民衆のエネルギ-を結集し、新しい時代への文化創造の担い手となさなければならぬ。 綾部の発展の糸口は、またそこから開けてゆくにちがいない。
[ 17:24 ] [ 丹(に)の国・綾部 ]
まつりの宴(うたげ) 1
 まことの神の住まいどころである綾部は、大本の発祥の地であり、祭祀の中心的地場である。毎年節分大祭(2月)、みろく大祭(4月)、神集祭(旧7月)、大本開祖大祭(11月)の大みまつりが行われ、月々には大神様、竜宮乙姫、塩釜様、祖霊などの月並祭が執行されている。
 人々は、まつりをとおして神の心にかえり、あわせて世界の平和と人類の幸福を祈る。また、まつりによって神と人と自然の調和がもたらされ、神とともに生き、働き、楽しむ地上の天国が実現される。大本の祭神は、宇宙の主宰神であり、一教団の神ではない。
 「万教同根」「万教帰一」を主張する大本は、ひらかれた宗教としてひろく民衆に呼びかけ、民衆が参加できうるよう、より一層の工夫がはらわれていく。
 大みまつりは、まず節分の夜からはじまる。祭典の状況は第一部で述べてあるが、大本の節分の意義づけは、今までの解釈とは全く違う。一般の人々には耳新しいことでもあるが、節分は太古に艮金神が隠退させられた受難の日であり、明治25年に再び綾部の大本に出現された記念の日なのである。
 この夜世間では「鬼正らい」(鬼償い(おにやらい))として年男が煎豆をまくが、しかしその「鬼」が艮の金神と知る人はすくない。この神を再び世の表に出させまいとして、太古から邪神のしくんだ艮金神調伏の儀式が、(長く社会的習慣として)神事や仏事の習わしとして民間に広められてきたのである。
 「鬼は外」といって煎豆をまくのは、艮金神を鬼にたとえて「煎豆に花が咲いたら世に出しましょう」ということで、煎豆に花が咲くはずはないから、この神を万却末代おしこめるというナゾなのである。(そこには、宗教上の大切な価値の転換が鮮やかに見受けられる。
 正月にシメなわをはるのも金神をおしこめて世に出さないためで、五節句の祝い行事の起源はすべて艮金神の調伏につながっている。だから大本では白豆をお供えし「福は内鬼も内」といってお下げするのである。ついでだが大本では節分に神々へ甘酒を供えて祝い、一同にこの甘酒の接待がある。
 この夜は節分大祭に引き続き潔済の神事、人型大祓などが、みろく殿内と由良川で夜通し行われ、苑内は大篝火にかがやき、甘酒や福引きでにぎわう。
 せめて1年365日のうち節分の一夜だけは、殿内で祝詞をあげるのもよし、大篝火や甘酒でおかげをいただくのもよし、また家にありて静かにゆく年を追憶し、来る春の幸を祈るもやし、信徒も市民も共々に節分を祝い、節分に祈りたいものである。(節分の夜に追放(やらわれ)し、艮の金神の再び現れます時は来にけり、-
[ 17:23 ] [ 丹(に)の国・綾部 ]
神の都・あやべ 2
 「錦の宮」とは、仏教で七堂伽藍というように、神殿、拝殿を中心とした諸施設の総合体をさし、その青写真が次第に具体化されてゆく。今のみろく殿にかわる中心的拝殿は、今後の教勢の発展にてらして少なくとも約2万人が(一時)に収容できるくらいの規模は必要とされる。
 海外からの参拝者も考慮して畳と椅子を併用した神殿形式で、現代建築の粋を集めて丹波路にその偉容を見せることだろう。その時は、今のみろく殿が祖霊社となる。
 神殿としては、国常立尊、稚姫君命のお宮のほか、庶民になじみのふかい神々として、物質を守護する竜宮の乙女、安産の神・塩釜さま等のお宮、出口家の氏神であり大本とゆかりの深い熊野神社をはじめ、また悪魔ばらいとして知られる杵の宮などがつくられる。葬祭ならびに新霊を祭祀する新祭殿の建築もいそがれている。
 付帯の施設として参拝者、修行者を受け入れるため、休憩、食事、宿泊などを総合したホテル形式の宿舎をつくるが、これは機能主義に偏ることを避け、人と人が十分対話できるような構造、設備が配慮される。
 全国から集まった人々が膝つきあわせて語り合い、一夜にして10年の知己となりうるのも神都ならではの恩恵である。
 また駅前には、案内所を設けて参拝者の便宜をはかる。その他事務所をかねた社務所も必要なことであり、総合結婚式場も別棟に建設され、若き人々の新しい人世を飾ることだろう。
 本宮山の南にある天王平には、開祖をはじめ歴代教主の奥津城を中心に、花弁を植え込んだ公園墓地がひろがり、信徒の納骨堂と世界の戦死者、遭難者の霊を慰むる世界万霊供養塔など、自然とマッチした造形の美がおりこまれる。
 ところでこれらの神殿や施設は、どの範囲に点在するのであろうか。筆先には「福知山、舞鶴外囲ひ、十里四方は宮の内」と示され、史実によると明治34年(1901)7月に、出雲の土を開祖の言いつけで、一班は熊野神社下から和知川にそって下り、位田渡場まで撒き、他の一班は和知川に沿って上がり、本宮山南側の田野川をのぼり、安場から四尾山麓をまわって、ともに中筋を経てかえっている。
 これは「宮屋敷取り」といわれている神事であるがまた、熊野神社から上町--本町を経て、てらこ履物店から田町をあがったあたりが、内苑となるという興味深い開祖の言葉が残されている。
 明治27年の筆先には「綾部本宮坪の内の出口直の屋敷は、神に因縁のある屋敷であるから、此屋敷に大地の金神様の御宮を建てるぞよ。気の毒乍ら村中家持って退いて下されよ。此村は因縁のある村であるから、人民の住居(すまひ)の出来ん村であるぞよ」と示されているように、だいたい旧綾部村の範囲が内苑となる。
 内外苑には、檜杉松榎などの常葉木や梅などが植え込まれ、植物園や神饌田がいろどりをそえる。本宮山を中心とした美しい自然の起伏と色合いの中に、神の都は生々として訪れる人々を迎えることだろう。
 この神殿づくりは、信徒をはじめ市民が世界の人々の協力により完成される。ここに注目されることは「今迄の世はぐわいこくの身魂が覇張(はば)る世で、金で面を張る世でありたなれど、二度目の世の立替えをいたす綾部の大本は、金では面は張らさんぞよ。今はわざとに此大本の中は淋しくいたしてみせてあれど、先に成りたら金銀は雨の降るごとくことわりにこまる様になりてくる世界の大本であるぞよ。
 此神表になりかけたら、我も私もと申して金銀持ちて世話さしてくれと申してつめかけてくるなれど、今後は身魂に因縁のなき人民の金は用いられんぞよ(明36)」と筆先で厳しく戒められ、庶民の宗教である大本神は、人々のまことの心を受けたまう。
[ 17:22 ] [ 丹(に)の国・綾部 ]
神の都・あやべ 1
 四尾山の尾根をふみしめて綾部をみわたせば眼下には由良川が、平野をおしわけて「く」の字に流れ、まちなみが人々のなりわいに息づいて横たわる。
 本宮山を中にした四囲の山々は丹波高原につながり、山なみがおだやかで緑が美しい。「山紫水明」がぴったりする平和な郷である。
 大本の神が、明治25年に「綾部は結構なところ、昔から神が隠しておいた世の立替えの真誠の仕組の地場であるぞよ」「三千世界の神々様守護神殿に気をつけますぞよ、谷々の小川の水も大川へ末で一つに成る仕組、綾部世の本誠の神の住いどころ」といわれたことばが、なるほどとうなずかれ、ズッシリと心にひびく。
 真誠の神とは、艮金神・国常立尊であることはいうまでもない。綾部を経綸の拠点としたこの神は、まず三千世界の立替え立直しを断行して「みろくの世」の実現を約束された。 では「みろくの世」とは、どんな世の中なのであろうか。筆先には「今度天地の岩戸が開けたら、草木も、人民も、山も海も光り輝いて誠にそこら中がキラキラいたして、楽もしい世の穏やかな世になるぞよ。是が誠の神世であるぞよ。
 雨も欲しい時分に降り、風も欲しいときに吹いて、人民の身魂も清らかになりて、天下泰平、天地の身魂が勇む世になるぞよ。月も日もモット光り強くなりて、水晶のやうに物が透き通りて見え出すから、悪の身魂の隠れる場所が無きようになるぞよ(明36・旧6・4)」と示されている。
 そしてこの大理想を地上に具現するために、人民の改心と御用をよびかけている。言葉をかえれば、「みろくの世」とは、神と人の共働のもとに実現される「神と人と自然の調和した世界」ということであろう。
 そのために世界中をますかけひきならし一つに丸めてしまおうとされる神の構想は、実に雄大であり、かつ悠久である。
 だがここで注目すべき神のことばがある。明治25年に神は「氏神様の庭の白藤、梅と桜は出口直の御礼の庭木に植えさしたのであるぞよ。福知山、舞鶴は外囲ひ。十里四方は宮の内、綾部まん中になりて金輪王で世を治めるぞよ」とのべ、またその翌年には「神、仏事、人民なぞの世界中の洗濯いたして此世を飜(かへ)すぞよ---
 あとは宜(よ)くなりて綾部を都といたすぞよ。綾部に天地の神々のお宮を建て三千世界を守るぞよ」ともあるように、綾部を「都」といたすと宣言されていることである。
 そこには綾部にたいする神のビジョンがズバリ明示される。神の住いどころであり、仕組みの地場に神の都をきづくことは当然のことであるがそれだけではない。
「世界の型をしてみせるところ」ともいわれているように、みろくの世の型、神と人と自然の調和した世界のヒナ型をまず綾部を舞台にして具体化されようとするところに、神の都としてのふかい意義が見出される。
 綾部の大本神苑がこの神のビジョンに基づいて着実に造営されつつあることは言うまでもない。綾部の神苑は、本宮山を中心として広がっていく。
 本宮山は「天の御三体の大神が天地へ降り昇りをなされて、この世の守護を遊ばす」最高の至聖所であり、山自体が御神体とされる。晩年の出口王仁三郎が直接に指揮監督してつくられた「月山不二」を、今は礼拝の対象としているが、ゆくゆくは山へ登ることが許されなくなる。
 その南麓の高台約8000坪には、100年の歴史をほこり、多くの人材を世に送り出した綾部小学校があるが、この敷地が市民の理解を得て大本の神苑に編入され、これを機会に壮大な「錦の宮」の建設が予定されている。(建設すみ
[ 17:21 ] [ 丹(に)の国・綾部 ]
丹の国・綾部 別冊:未来への対話
新しい生活圏の創造を目指して 別話:宗教都市として
綾部青年会議所編(なべちゃん注:昭和46年、38年前の綾部JC10周年記念事業)/なお、(斜字体)の部分は、出口栄二先生から再録に際し、いただきました加筆です。

別話:宗教都市として
<大本の未来論>
 この項は、編集者(注:綾部JC10周年記念事業:丹の国・綾部実行委員会)が、直接大本本部に執筆を依頼、許可を得て掲載した。
「ふるさと綾部」に、発祥すべくして発祥した「大本」は、現在にいたるまで、その町の盛衰に大きな影響を与えて来た。今後も又、それはますます密接な関係で強まるにちがいない。この「大本」教団の、はじめて公表される未来観は、わたしたち綾部市民にとって興味以上の強烈なものを感じさせてくれる。
 特に教育・文化への洞察と具体的な提示は、切実をもってせまるものがあろう。
「斜陽都市」の中で、現実日本列島の裏側に存在する都市をすべてこの範疇にはめこみ乍らも、「綾部」の項では、この「大本」を特記し、他都市の一般的斜陽化と区別しているのは面白い。
神の都・あやべ
まつりの宴(うたげ
教育の杜(もり)
生活の革新
平和のとりで
芸術の郷(さと)
[ 11:15 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
今回の島津室内テニス選手権大会の観戦は、昨年大風邪をひき京都府のスポ-ツ指導員講習会に出席できなかった代わりのポイント稼ぎである。4時間以上の観戦で1ポイント貰える。会場に9時前に着くと受付で指導者研修カ-ドをわたし申請をしておく(写真)。帰りに別棟にある大会本部までもらいに行けばカ-ドに大会印が押され返して貰える。C級スポ-ツ指導員は4年毎の更新で4ポイント必要。この種の大会観戦ポイントは2ポイントまで認められる由。
京都市体育館の室内テニスコ-トは、板フロアにテニスコ-ト用の植毛ゴム底マットを敷いたものである。砂を入れたオムニ・コ-トに外観は似ているが実際は固く、秋田史帆選手(愛知啓成高校)のように足をくじく場合もあるのかも。Bコ-トでシ-トの補修を試合を止めて行っていた。(写真)
主審の怪我をした選手に対するさりげない配慮に感心した。秋田史帆選手(愛知啓成高校)が靴を脱ぎ三度ほど包帯を巻く間待っている様子、また対戦相手の手塚玲美選手(プロ:フリ-)にも配慮し、肩が冷えないようにサ-ブ練習を許すなど見ていて好感の持てる名審判であった。ボ-ル・スタッフ、スコア・スタッフ(ライン・審判)なども良く統括されていた。
三名の専属カメラマンが大口径のレンズを短い一本足の三脚に付け、座りこんで選手を撮影していた(写真)。観覧席からの試合の撮影はフラッシュを使わない限り良いと云うことであったが、練習中に撮り試合中は遠慮するのが良いと思う。カ-ド型の記録用カメラで撮って見たが選手の動きが速く、流れた写真しか撮れなかった。望遠レンズのつくカメラで撮れば良い写真がゲット出来ると思う。
2006/03/08のBlog
[ 20:20 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
第3試合Aコ-トは、秋田史帆選手(愛知啓成高校)と手塚玲美選手(プロ:フリ-)の対戦。主審が先攻決定のコイン・トスをしているところ。
手塚玲美選手Teduka,Reimi(プロ:フリ-)
1980年6月9日生まれ、JTP:25
戦績:イサワ・クリスマス・オ-プン2005ベスト16
大会パンフレットよりコピ-
秋田史帆選手(愛知啓成高校)
高校生ながら第一セットは最初のゲ-ムを先取されたあと、強力なサ-ビス・エ-スと強烈なパワ-ショットを決め、見事はね返して6-2で先攻した。ところが足を捻挫?肉離れ?で救急スタッフの世話を受けるが頑張って試合続行。
左足に包帯を巻く秋田史帆選手(愛知啓成高校)
痛みに耐えながらゲ-ム毎に靴を脱いで包帯をまくなど第2セットを頑張ったが1-6で落とした。第3セットに入り見事なドロップ・ショットを決め、2-2で並び、やったと思ったが、あとが続かず3-6で終わり手塚玲美選手(プロ:フリ-)が勝った。
主審と握手する両選手。
秋田史帆選手(愛知啓成高校)は、強力なサ-ブ、決定的な返球コ-スなど優れた技術が見られ成長が楽しみな選手と思った。
手塚玲美選手(プロ:フリ-)もサ-ブも良く、沈着なゲ-ム展開で素晴らしかった。プロ選手として12日までの残り試合で活躍され、優勝されることを期待する。
この島津室内選手権大会(JTTツア-)は、来春の東レPRO本戦(WTAツア-)予選ワイルド・カ-ドで出場、さらにウインブルドンなど(グランドスラム大会)へと繋がっている。
[ 19:49 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
風邪をこじらせ咳が抜けないままJR二条駅からタクシ-で京都市体育館に行く。
3月8日の第1試合Aコ-トは青山香織選手(プロ:田辺工業)と尾崎真衣加選手(プロ:フリ-)のどちらも予選出場選手同士の対戦であった。Bコ-トも女子シングルス対戦、Cコ-トは女子ダブルスの対戦であったが、もっぱらAコ-トのみを観戦した。
対戦結果は、6-2、6-3で尾崎真衣加選手の勝ち。
第2試合Aコ-トは、ミハル・メルティナク選手(スロバキア)とヤコブ・アダクソン選手(スエ-デン)の対戦だった。
ヤコブ・アダクソン選手(スエ-デン)
対戦結果は、6-3、6-3でミハル・メルティナク選手の勝ち。強烈なサ-ブが決まり勝因となっていた。
第4試合Aコ-トは、リ-・チャイルズ選手(イギリス)と廬彦勲選手(ソニ-)の対戦。
主審がコインをトスしてサ-ブ権を決めているところ。
2時を廻ったので試合結果は見ずに帰った。
廬彦勲選手Lu,Yen-Hsun(ソニ-)
1983年8月14日生まれ、国籍:TPE、ATP:131
大会パンフレットよりコピ-
2006/03/05のBlog
[ 19:17 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
1.京都府テニス協会から下記の島津全日本室内テニス選手権大会の案内が来ております。
入場券はスポ-ツショップ・OZ(角野副会長)にあります。
スポ-ツ指導員の皆様には観戦(4時間以上)されると、1ポイントになります。
(記)男子国際大会:SHIMADZU CHALLENGER
第42回 島津全日本室内テニス選手権大会
2006年3月6日~12日:9時頃から試合開始
場所:京都市体育館
主催:財団法人日本テニス協会
主管:京都府テニス協会
2.播磨町テニス協会メンバ-と交流試合
3月12日(日)丹波自然公園テニスコ-ト(須知)
兵庫県播磨町のテニス協会一行が11~12日合宿で見え、当協会有志と交流試合を行います。都合のつく方は参加ください。連絡先:塩尻理事長まで。