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なべちゃんの散歩道
Blog
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2004/11/15のBlog
[ 11:11 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
郡是(グンゼ)の創立者:波田野鶴吉翁銅像
2004/11/14のBlog
[ 10:42 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
隣の千手院の紅葉が見頃です。
ライトアップで夜の「もみじ」もまた格別です。
2004/11/13のBlog
今日から安国寺の紅葉祭り
昨日写真撮影に伺うと、総代の大槻正則氏はじめ総出でテント張りをしておられました。貴賓閣が開かれており、足利尊氏公以下15代の室町幕府将軍のご位牌、安国寺創設の天庵妙受上人像などを拝観できました。
2004/11/12のBlog
[ 12:54 ] [ 美術・芸術・展示館 ]
[関連したBlog]
JR西舞鶴駅 交流センタ-ホ-ルで開催中へ行ってきました。
ふじもと様の「雪景五題」5枚組写真が展示。その内の2枚です。
舞鶴市テニス協会で、いつも舞鶴市代表チ-ムの総監督を務められている、林正武氏の「浦凪の詩」5枚組写真の前で話し中、ふじもと様
[ 07:36 ] [ 山野草・滝(ふじもと様投稿) ]
[関連したBlog]
ふじもと様からコメントがありました。前日のブログの写真です。
由良川のゴミのかかった木々の丁度真後ろに見える山の裾付近から手前に国道に出た付近が、例の一躍有名になったバスが水害にあったところです。
 また、土嚢は一旦行政で機械的に土砂を上げてもらった川を、私たちの2町内合同で再度7日の日曜に土砂上げしたときの、土嚢の写真です。先方の町内会長が簡単だと思って急に決まった案だったのですが、土嚢袋を200予定して十分だと思っていたようです。ところが始めてすぐに200はなくなり、途中で購入に走り最終的に千個の土嚢ができたのですが、結局まだ3分の1の土砂は採れずに残っています。
 すぐ近くには知事の許可なく木や石や土砂を動かさないようにと言う大きな看板があるのですが、毎年少し強い雨や雪解けなどで上流から土砂が流れて堆積します。それを春と秋の2回川掃除として私たちが上げるのですが、まだ行政から1度も文句を言われたことはありません。でも、毎年2トンのダンプ一杯から多い時は2杯の土砂を、年々年を取った同じ人間が上げるのは限度が来つつありますので、最近行政に申し入れをしようと言う方向に変わりつつありますが、まだ実現していません。その間水がついたこともありますが、私が住んで35年間1度も行政が土砂を上げてくれたことはありません。そんないきさつを表わしたつもりの写真でした。
2004/11/11のBlog
[ 10:58 ] [ 山野草・滝(ふじもと様投稿) ]
舞鶴のふじもと様から、赤礁の「ツワブキ」と「ヤマラッキョウ」群生の花の写真の投稿を頂きました。投稿ギャラリ-に収録しました。
http://www5.nkansai.ne.jp/users/nbcayabe/toko.htm
「ヤマラッキョウ」の群生
樹林が綺麗
23号台風で流れ込んだ土砂の砂揚げなど、まだ地元では後かたづけの作業が終わっていないようです。由良川に引っかかったゴミの写真もいただきました。
随分高い位置にゴミが掛かっており、当時の水位の高さが分かります。
それにしても観光バス水没で、屋根に取り残された皆様の無事救出何よりでした。
昨日のあやべ市民新聞の投稿で、於与岐の吉田晟さまの息子さんがバスの前におられ、車が浮き出したので脱出の途中、助けを呼ぶ男女の内、女性を小脇に抱え、男性にはベルトを握らせ、暗闇の中みぞおちまで水に浸かりながら脱出、九死に一生を得ると書かれています。
吉田晟さまとは、23日の改心の道遊歩、日置谷コ-スで一緒の予定です。
2004/11/10のBlog
[ 20:14 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
綾部八幡宮の鳥居の所にある児童公園。
秋の紅葉が散って、赤い落ち葉の地面が綺麗だ。
園児達が思い思いに遊んでいた。
2004/11/09のBlog
[ 15:44 ] [ あやべの文化財 ]
綾部の蚕糸の歴史をたどる資料の一つとして取材した、グンゼ博物苑のHPをアップしました。
http://www.geocities.jp/pbdmk569/minzoku/gunze/gunze.htm
拡大写真をリンクするため、追加の写真をブログに掲載します。
靴下蔵の展示
版画で見る江戸時代の蚕糸業風景より
錦絵より
錦絵より
版画で見る江戸時代の蚕糸業より
2004/11/08のBlog
[ 19:53 ] [ あやべの文化財 ]
「蚕都を築いた人々」綾部は漢部(アヤヒト)の綾織りに始まり、平安朝以降も絹織物の主要産地であったが、戸時代の禁絹令を経て、九鬼藩家臣の旧弊のため蚕糸技術の改良に遅れ、明治時代に品評会で「粗の魁」と酷評され、郡是製糸の創立で再び蚕都の輝きを取り戻した歴史の資料づくりの一つとして「グンゼ博物苑」の取材をしてきた。
養蚕農家の模型
参観者の多いときに撮らせていただく予定で申し込むと、京都保険会の健康ウォークがあり、久田山天文館まで百名ほどが歩かれた帰着後の見学であった。一度に見えず数人づつのさみだれ見学となった。
イラスト画や錦絵があったので紹介します。
八丁撚糸機イラスト
手織り機イラスト



錦絵:蚕やしない草 寿斎芳員 手挽・繭棚にもたれる

2004/11/07のBlog
[ 11:59 ] [ あやべの文化財 ]
近所の加迫神社の祭礼が行われていたので写真を撮ってきた。
ここも綾部藩主九鬼公の崇敬が伝えられるお宮さんだ。
http://www.geocities.jp/pbdmk569/bunkazai/annai/kasako/kasako.htm