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なべちゃんの散歩道
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2004/12/09のBlog
[ 19:19 ] [ あやべの文化財 ]
綾部の文化財を守る会の鐙・片山両会員に綾部八幡宮のレポ-タ-をお願いし、掲示板の文章や写真の収録、参拝者や神社関係者からのルポをお願いしました。
収録していただいた聖岩の写真と由来記です。順次整理してHPに編集します。

聖岩由来記
この霊岩は、元岩神さんと親しみ申し、石凝姫命に神宿り給い、祖先のもろもろの願いを懸け祈りを籠めたものであります。
 この度、山麓一帯を整理するに当たり、牧野工業株式会社の好意により、ここに移転し参った次第であります。お社は、先年地元宮代町並びに篤信者の手により境内に遷座申し上げております。
 口碑によれば、八幡宮山麓一帯は湖で、元の岩神さん辺りは船着場であり、四境寂寥として付近の田園には、鳥獣虫蛇が跳梁跋扈し、この被害は後を絶たず、神明の力に頼らなければ誰も安心して農耕に勤しむことが出来なかった。
 村人達は船着場の巨岩に四厄退散の願いを立てて、斎戒沐浴し連日連夜祈祷し続けたのであります。満願の日、天暗く、四尾山は鳴動し、鳥獣鳴き騒ぎ、村人また恐怖に震え戦く時、雷鳴一発轟き、一瞬大音響と共に巨岩は裂けて、男岩と女岩の二体となり、石凝姫命が出現され神鎮まり給い、立ちどころに鳥獣虫蛇の害を絶やされ、村人は安心して子孫の計を立てることが出来たと謂われる。
 以来岩神は、蝮除け害虫封じの神として崇められ、広く農耕庶民の信仰するところとなったのであります。
 中世以後、岩神さんの石にて頭を打ち、お砂を噛むと頭癌、歯痛に霊験があると伝承され、また赤ん坊の頭が早く固まり強い歯が生えますように、美しい小石を供え、子供が心身ともに堅固に育つように祈る風習も伝えた。
 岩神のお祭りは子供の祭りとして、旧6月15日の祭日には婦女子の参詣で賑わったとか、また岩神さんは女神であらせられ、何時の頃か縁結びの神と崇敬され、近郷の若衆や娘衆の逢引の場となり、岩の下から湧き出る清水に水鏡を映して、恋の成否を占ったと言われ、この泉は後年枯渇して清水石に取り替えられたが、御縁がありますようにと一文銭5枚を水引で結んで投じたと伝わる。この手洗石は昔の清水石であります。多くの男女が水鏡を映して結ばれたことを偲び微笑ましく思われます。
 男岩女岩に 七五三縄はれば 母の字になる 聖岩
2004/12/08のBlog
[関連したBlog]
NHKテレビ金曜時代劇(最後の忠臣蔵)の主人公。アサヒテレビ月曜日(忠臣蔵)にも登場の人物。
赤穂浪士討ち入り後、ひとり江戸を離れ、ひそかに志賀郷の仁和を通り、西方に入り、市原峠を越え、
由良川を渡り、普甲峠を越えて加悦に入り、出石街道を通って豊岡の「りく」(大石内蔵助妻)の元へ急いだ。
舞鶴市の安田重晴氏、杉本喜美氏などの調査で判明。
安田重晴著 まひづる出版 まひづる田辺 道しるべより
寺坂吉右衛門は元禄15年(1702)12月、赤穂浪士の吉良邸討入りのとき
鮮烈から外されていた陰の人といわれる。
討ち入り本懐後、いちはやく亡君の奥方逌泉院の元へ注進した。
その後田辺の桑飼下村原谷に現れ、山口基左衛門家を訪れお茶を所望し、
自分の名を告げて出石へ行くといい残し立ち去ったという。
寺坂吉右衛門の足取り
綾部-志賀郷-西方-市原峠-市原谷(りくの弟の芦田与右衛門為直が住んでいた)
-小原-原(山口家)-宇谷-由良川を渡船で-地頭-大俣-辛皮-普甲峠-
加悦-奥藤-出石-出石街道-豊岡
以上、JA志賀郷での展示(雨引神社・揚げ松明資料展より)
この春に登った、市原峠のHPはこれです。
http://www.nbcayabe.com/toge/itiwara.htm
2004/12/07のBlog
[ 21:04 ] [ 山と峠と三角点 ]
JAの志賀郷支部で登尾峠・奥山の大蛇伝説と、舞鶴市城屋の雨引神社の揚げ松明展が開催中と、奥山・登尾峠に桜を育てる会代表の広沢直子さまから連絡があり行ってきた。
城屋から写真パネルなど借りられての取り組みで、23号台風のため志賀郷の文化祭は取りやめと、梅垣正一連合自治会長に聞いていた中での熱意のある取り組みであった。なお梅垣正一会長には、綾部作業所のフレアイバザ-ルでも一緒に電化・美術品の販売の世話になり、文化財を守る会の35周年にも参加いただいた。
新年度を前に地区婦人会の役員づくりに取組中との広沢様からの連絡。
「町づくりは人づくり」「人づくりはコミュニケ-ションの活性化から」組織活動は、欠かせないこれらの重要な要素だと思う。成功を祈ります。
2004/12/06のBlog
[ 10:51 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
[関連したBlog]
昨日のスポ-ツ指導員研修会(テニス他)で、会場入り口の自動販売機でスポ-ツ・ドリンク「アミノバリュ-」を買って会場に入った。すると大塚製薬の講師がおられ、研修受講者に1本宛「アミノバリュ-」を渡されていた。
この研修会は、大塚製薬特別協賛事業で、開講式のあと1番目に情報提供「大塚製薬」がある。スライドを使っての説明で、昨年と同じく「ポカリスェット」と並ぶ「アミノバリュ-」の説明であった。
運動中の筋肉疲労、脳の疲労回復に必要な必須アミノ酸(バリン、ロイシン、イソロイシン)の分岐鎖アミノ酸(BCAA)の説明で、筋肉痛など多くのスライド資料を用いて説明された。一番前の席に座れた(到着受付順)ので、メモ代わりにデジカメで撮った。
終わってから、「やまあそ」様から連絡いただいた夏山でのドリンクの飲み方について講師さんに質問した。8本ぐらい持って上がり飲むが、口が甘くなり・・、水で割って持っていく・・。答えは、吸収しやすいように調合された電解質成分、濃度になっているので、発汗した水分の補給分を別々に、水と交互に飲めとのことであった。
お腹に入ってしまえば同じだと思いますが・・
2004/12/05のBlog
[ 18:55 ] [ テニス 綾部市テニス協会 ]
京都駅の南にある京都府スポ-ツセンタ-で9時半から5時まで、日本体育協会のスポ-ツ指導員(テニス他)の研修を受けた。4年に一度の更新があり、更新ポイント4点が必要。日帰りで済む府県単位の研修会では、1ポイントしかないので、毎年受けなければならない。泊まりがけで全国規模の講習だと2ポイントになるが大変なので府の研修会を利用している。
午前中の講演は「測定に基づいたトレ-ニング計画の立案と戦略的実行」竜谷大学教授の長谷川 裕氏であった。いずれもパソコンとプロジェクタ-映写を用いての講演。
午後の講演は、「地域スポ-ツクラブづくりの考え方・進め方 生涯スポ-ツの意味から」 講師は大阪教育大学教授の赤松 喜久氏であった。
一番前の席であったので、メモの替わりにデジカメで記録を撮った。フラッシュ無しでも充分に撮れ、正面でなく少し正方形でなくなるが拡大してみれば充分に読めるので、デジカメもこんな使い方があることに気がついた。人に見せることも可能だ。
協会の競技スポ-ツの目的と、地域総合型の健康づくりスポ-ツが必ずしも一致しないこと。例えばスキ-競技も一般に普遍化して別にクラブに入らなくても行ける。指導者に付かなくても現地で間に合う。となってクラブが激減したように、テニスでも責任義務の伴う協会クラブは御免だ。気ままに遊べればよい。となってきている。
それが生涯スポ-ツの開始点でもあり、スポ-ツ人口の増加が見込める大都市と地方都市の差が出ているように思う。
2004/12/04のBlog
[ 16:17 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
ひょうたん(瓢箪)池 波田野記念碑の公園には瓢箪型の池がある。夏は誰が放すのか金魚や緋鯉が沢山泳いでいるが、冬場は緋鯉が2匹残るだけだ。底が浅いので寒そうに泳いでいる。
女の子が3人遊んでいた。寺山に登っていったので、こちらも登ったが随分足が速い、頂上に着いたときにはもう姿がなかった。上野登山口に下りたようだ。
2004/12/03のBlog
[ 22:24 ] [ 文化財を訪ねて ]
35周年記念式典に会員の片山・鐙さまが昔の研修旅行の記念写真を持って見え、会場に張り出しました。
スキャナ-撮りしてHPにしました。
http://www.geocities.jp/pbdmk569/kensyu/kirokupic.htm
古い記録写真の初提供です。
安国寺?、第10回氷上の文化、なすのよいち即成院の文字が見える3枚です。
25年前~30年前頃。
私の母や亡父、故木下礼次、故梅原三郎先生なども写っており、現存の方々も含め、皆様の何と若々しいこと!
2004/12/02のBlog
[ 17:00 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
南ガ丘:波田野記念碑一帯の高台を云う。波田野記念碑の参道、公園広場。
東に山の神神社、山の神の池。西に忠魂碑、千手院が広がる。
奥は寺山(201.2m)への登山口。途中から四つ尾山(287.3m)へ登る登山口がある。
参道の頂上、公園広場入り口に建つ「南が丘標石」から波田野記念碑を望む。
2004/11/30のBlog
綾部の文化財を守る会の35周年記念式典が終了した。
HPのカラ-コピ-を張り出して展示した。パネル10枚分もあった。
2004/11/29のBlog
[ 17:08 ] [ 自宅(自分)その周辺 ]
千手院の薬師堂と四つ尾稲荷。