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2008/04/24のBlog
[ 06:52 ]
[ 文化 ]
現実は死んだ。
国家もマスコミも言論界も仮想現実だ。
それで生きていけるマネー社会。
これで金が入るから、生きていける。
白昼夢文芸はそうしたものだ。
*。
腐った現実から、新しい生命が発生した。
パワー理性だ。
*。
新しい生態系、パワー知性系だ。
個人営業ビジネスだ。
*。
この象徴現象に、雨宮処凛氏がいる。
彼女の思想は、
現実の土の中に自分を埋め、
そこから発芽したものだ。
現実の苦しみを愛し、
そこに結晶した魂が、彼女の知性だ。
ナッシュ知性、マザーテレサ現象、鶴の花嫁現象だ。
*。
個人ビジネス、パーソナル・ライフ。
自己実現とはこういうことであった。
彼女はジャンク・ジャックのように見える。
*。
国家や学校、マスコミや言論界は、
現実から遊離している。
登校拒否フリーターは、現実を生きることだ。
エスタブリッシュメントは、現実ではない。
*。
現実回帰運動、
これがパワー知性、スーパー理性だ。
*。
俺はジャンク・ジャック、
恐れなき冒険。
俺はジャンク・ジャック、
自由の精神。
俺はジャンク・ジャック、
打ち負かされない力。
俺はジャンク・ジャック、
神に栄光あれ。
国家もマスコミも言論界も仮想現実だ。
それで生きていけるマネー社会。
これで金が入るから、生きていける。
白昼夢文芸はそうしたものだ。
*。
腐った現実から、新しい生命が発生した。
パワー理性だ。
*。
新しい生態系、パワー知性系だ。
個人営業ビジネスだ。
*。
この象徴現象に、雨宮処凛氏がいる。
彼女の思想は、
現実の土の中に自分を埋め、
そこから発芽したものだ。
現実の苦しみを愛し、
そこに結晶した魂が、彼女の知性だ。
ナッシュ知性、マザーテレサ現象、鶴の花嫁現象だ。
*。
個人ビジネス、パーソナル・ライフ。
自己実現とはこういうことであった。
彼女はジャンク・ジャックのように見える。
*。
国家や学校、マスコミや言論界は、
現実から遊離している。
登校拒否フリーターは、現実を生きることだ。
エスタブリッシュメントは、現実ではない。
*。
現実回帰運動、
これがパワー知性、スーパー理性だ。
*。
俺はジャンク・ジャック、
恐れなき冒険。
俺はジャンク・ジャック、
自由の精神。
俺はジャンク・ジャック、
打ち負かされない力。
俺はジャンク・ジャック、
神に栄光あれ。
[ 06:17 ]
[ 政治・経済・国際 ]
自己が世界と出会う創造の場所としての国家、
ここに日本の世界史的立場を創造する。西田幾多郎。
国家と哲学が出会った時、
西田幾多郎もハイデガーもサルトルもファシストとなった。
これは妄想型統合失調の発症と取れる。
*。
自己が国家に筒抜ける。
自己と国家が反転、
自己が国家となる。
ここに自己が破壊される。
*。
破壊された自己は、妄想に取る縋る。
これが絶対者であり、ファシズムだ。
*。
この現象は今でも続いている。
国家は国家の論理で動く。
今やそれは国家利権の論理だ。
壮大な妄想のファシズム国家、
今でもヒューラーがいなくなっただけで、
絶対国家は存続する。
*。
法治国家、だが国家は利権で動く。
法は国家の縛りでなく、
その土台となった。
*。
ナッシュ関数で計算すれば、
国家利権の最大化は、
人類の損失の最大化であった。
これがグローバリゼ-ションであった。
それは形を変えた第三帝国だった。
これもまた統合失調だ。
これをサミットで運営する。
*。
加害者国家シンジケートは現代の王侯貴族となり、
被害者人類は、その奴隷や家畜となった。
人類世界は、加害者階級と被害者階級に分解した。
国家シンジケートは、悪の帝国となった。
*。
これはガンであるからその内全滅する。
その前に体力を落とし、自力航行が出来なくなる。
体力低下で、他の病気の侵入で倒れることもある。
*。
このガンにガンが発生した。
これがウェブNPOだ。
国家ガンを食う、国家を元に戻すガンだ。
これがダイポール運動だ。
国家ガンは、ウェブNPOガンのレバリッジだった。
*。
国家は妄想だった。
社会に、社会の敵である国家が発生。
社会を国家が支配した時、
社会が壊れた。
即ち、統合失調を発症した。
ここに妄想の金権帝国が発生した。
これがグローバリゼ-ションの真相だ。
ここに日本の世界史的立場を創造する。西田幾多郎。
国家と哲学が出会った時、
西田幾多郎もハイデガーもサルトルもファシストとなった。
これは妄想型統合失調の発症と取れる。
*。
自己が国家に筒抜ける。
自己と国家が反転、
自己が国家となる。
ここに自己が破壊される。
*。
破壊された自己は、妄想に取る縋る。
これが絶対者であり、ファシズムだ。
*。
この現象は今でも続いている。
国家は国家の論理で動く。
今やそれは国家利権の論理だ。
壮大な妄想のファシズム国家、
今でもヒューラーがいなくなっただけで、
絶対国家は存続する。
*。
法治国家、だが国家は利権で動く。
法は国家の縛りでなく、
その土台となった。
*。
ナッシュ関数で計算すれば、
国家利権の最大化は、
人類の損失の最大化であった。
これがグローバリゼ-ションであった。
それは形を変えた第三帝国だった。
これもまた統合失調だ。
これをサミットで運営する。
*。
加害者国家シンジケートは現代の王侯貴族となり、
被害者人類は、その奴隷や家畜となった。
人類世界は、加害者階級と被害者階級に分解した。
国家シンジケートは、悪の帝国となった。
*。
これはガンであるからその内全滅する。
その前に体力を落とし、自力航行が出来なくなる。
体力低下で、他の病気の侵入で倒れることもある。
*。
このガンにガンが発生した。
これがウェブNPOだ。
国家ガンを食う、国家を元に戻すガンだ。
これがダイポール運動だ。
国家ガンは、ウェブNPOガンのレバリッジだった。
*。
国家は妄想だった。
社会に、社会の敵である国家が発生。
社会を国家が支配した時、
社会が壊れた。
即ち、統合失調を発症した。
ここに妄想の金権帝国が発生した。
これがグローバリゼ-ションの真相だ。
[ 05:27 ]
[ 精神現象論 ]
人は生きるために生物を殺して食べる。
中国の平安のために、逆らうチベット人を殺傷する。
大日本帝国の平安のために、人類を殺傷する。
殺す側にも悲しみがある。
殺される側にも悲しみがある。
双方を理解すること、
違う立場を理解することが、調和だ。
*。
誰もが悲しみを生きている。
殺すために、
国のためとか、国を守るとか言う。
これが悲しみの言い換えだ。
そう言わないと、とても殺せない。
*。
では殺される側はどうか。
国のため、国を守るためというだろうか。
ここで言えることは、
殺さないためのどうかしようという考えがない。
*。
生きるために殺生する。
これが原罪かも知れない。
では生きるために敵を殺すことは原罪か。
これはしなくても済ませられる。
その時殺されるとなると、
生きるか死ぬかとなる。
*。
この時、殺す側にも悲しみがある。
そう考えたらどうしたらいいのだろうか。
殺させて上げます。
そこに調和があるだろうか。
*。
心の中に、心を敵とする心がある。
味方の心と敵の心が争う。
味方の心は、殺すな。
敵の心は、殺せ。
*。
味方が勝っている時は人間。
敵が勝てば畜生。
すると畜生のための殺させて上げます。
これが人間性か。
*。
そうすると、
天から授かった命を粗末にすることにならないか。
授かった命を自分の一存で、勝手に使う。
貴方のために殺させて上げます。
これは自分の命を所有していることだ。
ここに調和はない。
*。
殺したければ殺しなさい。
これは我欲我執の立場だ。
自分の命は自分のものとしている。
仏教には、命は授かりものだという考えがない。
そういうことになる。
ここで殺す側の悲しみは成り立たない。
強いものが勝つことを、仏道と言っていることになる。
*。
ナッシュ関数で計算しよう。
世界の安寧が最大になる戦略がある。
強い側に任せることだ。
この時世界は壊れる。
これを安寧という。
それは安寧ではない。
*。
安寧とは弱い側に立つことだ。
その時、人は魂となる。
弱者を愛し、魂を共にする。
これが人の最適、
これ以上のことは出来ない。
これ以下のことは自由に出来る。
*。
恐れなき冒険、
弱者を愛することだ。
自由の精神、
弱者を思うことだ。
打ち負かされない力、
弱者と共に生きることだ。
自分を含む弱者が魂になる、
これが神の栄光だ。
中国の平安のために、逆らうチベット人を殺傷する。
大日本帝国の平安のために、人類を殺傷する。
殺す側にも悲しみがある。
殺される側にも悲しみがある。
双方を理解すること、
違う立場を理解することが、調和だ。
*。
誰もが悲しみを生きている。
殺すために、
国のためとか、国を守るとか言う。
これが悲しみの言い換えだ。
そう言わないと、とても殺せない。
*。
では殺される側はどうか。
国のため、国を守るためというだろうか。
ここで言えることは、
殺さないためのどうかしようという考えがない。
*。
生きるために殺生する。
これが原罪かも知れない。
では生きるために敵を殺すことは原罪か。
これはしなくても済ませられる。
その時殺されるとなると、
生きるか死ぬかとなる。
*。
この時、殺す側にも悲しみがある。
そう考えたらどうしたらいいのだろうか。
殺させて上げます。
そこに調和があるだろうか。
*。
心の中に、心を敵とする心がある。
味方の心と敵の心が争う。
味方の心は、殺すな。
敵の心は、殺せ。
*。
味方が勝っている時は人間。
敵が勝てば畜生。
すると畜生のための殺させて上げます。
これが人間性か。
*。
そうすると、
天から授かった命を粗末にすることにならないか。
授かった命を自分の一存で、勝手に使う。
貴方のために殺させて上げます。
これは自分の命を所有していることだ。
ここに調和はない。
*。
殺したければ殺しなさい。
これは我欲我執の立場だ。
自分の命は自分のものとしている。
仏教には、命は授かりものだという考えがない。
そういうことになる。
ここで殺す側の悲しみは成り立たない。
強いものが勝つことを、仏道と言っていることになる。
*。
ナッシュ関数で計算しよう。
世界の安寧が最大になる戦略がある。
強い側に任せることだ。
この時世界は壊れる。
これを安寧という。
それは安寧ではない。
*。
安寧とは弱い側に立つことだ。
その時、人は魂となる。
弱者を愛し、魂を共にする。
これが人の最適、
これ以上のことは出来ない。
これ以下のことは自由に出来る。
*。
恐れなき冒険、
弱者を愛することだ。
自由の精神、
弱者を思うことだ。
打ち負かされない力、
弱者と共に生きることだ。
自分を含む弱者が魂になる、
これが神の栄光だ。
2008/04/23のBlog
[ 07:13 ]
[ 精神現象論 ]
他人を不快にしないために、いい気持ちにする。
そのために礼儀を設定した。
ここに偽自己と仮自己が発生、
偽善と欺瞞の演技を行う。
そのため真実が失われた。
*。
いい気持ちになることと真実を失うこと。
この決算、売買、交換が行われた。
いい気分を手に入れたが、真実を失った。
*。
ここにいい気分のインフレが起きた。
ここによくない現実もインフレした。
いい気分が発振、現実も真実も失った。
*。
これは妄想の世界だ。
不快耐性も失われ、人間性が壊れた。
これはナッシュ関数だ。
*。
快楽一杯戦略は、現実を破壊する。
ここにかえっていじめが発生した。
欲求不満のガス抜きだ。
快と不快のバランス、
快楽肥満で、耐性を失い、現実性能が落ちた。
*。
批判の負帰還も失い、現実は不安定化した。
真剣な討論も失われ、
心の居場所も失った。
*。
楽しみのライフスタイル、
心の渇きと飢えをもたらした。
それを癒すには、
癒しではなく、苦い非難も入れねばならない。
この最適化に、魂が結晶する。
*。
不快を愛する、
これが人間性だった。
そのために礼儀を設定した。
ここに偽自己と仮自己が発生、
偽善と欺瞞の演技を行う。
そのため真実が失われた。
*。
いい気持ちになることと真実を失うこと。
この決算、売買、交換が行われた。
いい気分を手に入れたが、真実を失った。
*。
ここにいい気分のインフレが起きた。
ここによくない現実もインフレした。
いい気分が発振、現実も真実も失った。
*。
これは妄想の世界だ。
不快耐性も失われ、人間性が壊れた。
これはナッシュ関数だ。
*。
快楽一杯戦略は、現実を破壊する。
ここにかえっていじめが発生した。
欲求不満のガス抜きだ。
快と不快のバランス、
快楽肥満で、耐性を失い、現実性能が落ちた。
*。
批判の負帰還も失い、現実は不安定化した。
真剣な討論も失われ、
心の居場所も失った。
*。
楽しみのライフスタイル、
心の渇きと飢えをもたらした。
それを癒すには、
癒しではなく、苦い非難も入れねばならない。
この最適化に、魂が結晶する。
*。
不快を愛する、
これが人間性だった。
[ 06:44 ]
[ 政治・経済・国際 ]
1.
神の立場に立って断罪リンチする、
こういう言論をやっている人は、
相手が、
神の立場に立って断罪リンチしていると思う。
これが筒抜け現象だ。
自分が相手に筒抜ける。
2.
相手が神の立場に立って、
自分を断罪リンチすることは怪しからん。
これが自他倒錯だ。
自分と相手がひっくり返る。
会社のために休んであげます。
これが倒錯言論だ。
3.
相手が反論してくると、
自分と自分の中の敵が共振する。
すると自己が破壊される。
これを正当化するために、
自分が神になる。
即ち、妄想で壊れた自己を正当化する。
*。
これが統合失調の一つの型だ。
*。
応用をやってみよう。
西田幾多郎は、
自己が世界と出会う創造の場所が国家であるとした。
先の統合失調理論では、
西田が国家であった。
西田国家を大日本帝国と同一化する。
それが創造であるとした。
それが自己を創造的に生きることだった。
*。
これは自己を絶対者にすることだった。
それ以前に自己は絶対者だった。
*。
この同一化で、自己が壊れた。
それを正当化する、神の国である大日本帝国だ。
*。
ハイデガーはヒトラー万歳、
サルトルはスターリン万歳。
実存哲学は自己を破壊、
そこに絶対者が妄想として現れた。
三者共通だ。
*。
すると時代がそういう時代だったとなる。
どういう時代だ。
自己と国家が抗争する時代だった。
*。
これは子供と母親が抗争する、
第一反抗期現象ではないか。
そして今、自己と文明が抗争する第二反抗期。
これから大人の時代、
この理論のよると、
人間の時代に抜ける訳だ。
*。
ナッシュ関数で計算すれが分かることだ。
神の立場に立って断罪リンチする、
こういう言論をやっている人は、
相手が、
神の立場に立って断罪リンチしていると思う。
これが筒抜け現象だ。
自分が相手に筒抜ける。
2.
相手が神の立場に立って、
自分を断罪リンチすることは怪しからん。
これが自他倒錯だ。
自分と相手がひっくり返る。
会社のために休んであげます。
これが倒錯言論だ。
3.
相手が反論してくると、
自分と自分の中の敵が共振する。
すると自己が破壊される。
これを正当化するために、
自分が神になる。
即ち、妄想で壊れた自己を正当化する。
*。
これが統合失調の一つの型だ。
*。
応用をやってみよう。
西田幾多郎は、
自己が世界と出会う創造の場所が国家であるとした。
先の統合失調理論では、
西田が国家であった。
西田国家を大日本帝国と同一化する。
それが創造であるとした。
それが自己を創造的に生きることだった。
*。
これは自己を絶対者にすることだった。
それ以前に自己は絶対者だった。
*。
この同一化で、自己が壊れた。
それを正当化する、神の国である大日本帝国だ。
*。
ハイデガーはヒトラー万歳、
サルトルはスターリン万歳。
実存哲学は自己を破壊、
そこに絶対者が妄想として現れた。
三者共通だ。
*。
すると時代がそういう時代だったとなる。
どういう時代だ。
自己と国家が抗争する時代だった。
*。
これは子供と母親が抗争する、
第一反抗期現象ではないか。
そして今、自己と文明が抗争する第二反抗期。
これから大人の時代、
この理論のよると、
人間の時代に抜ける訳だ。
*。
ナッシュ関数で計算すれが分かることだ。
[ 06:04 ]
[ 政治・経済・国際 ]
個人企業や個人株主、
組織で仕事せず、個人で仕事する人々。
キャピタル・クラスという呼び名がある。
日本では一億総作家時代、総評論化時代。
そう言われている。
個人で行う知識産業、
ここにマスコミや専門化言論と違う知性が現れた。
*。
私のサラリーマン時代、
いろいろ個人の会話があった。
その程度の高いこと、
マスコミや学者の言論を越えていた。
*。
マスコミ言論は分かり易さ、
学者の論理は、突っ込まれて混乱しない言論。
平板化されてしまう。
まとまりのよさとまとまりを求めない言論。
*。
叩かれない言論、
個性がきらりと光る言論。
まとまり言論とばらばら言論。
*。
日本でも、個人爆発時代が来たのではないか。
でもまだ叩いて潰してしまう。
すると何でもない、通りのよいものになる。
これは死んだ仕事だ。
*。
まとまる前の、生きのいい言論。
仕事も大きな組織でやると、
それなりのまとまったものになる。
*。
組織営業と個人営業。
失敗を許さない生き方と、失敗が許される個人営業。
社会は失敗を許さない。
だから恐れなき冒険。
*。
恐れなき冒険→自由の精神→打つ負かされない力。
これが個人企業だ。
するとフリーターは個人営業だ。
*。
国家組織の営業、それがいい学校いい会社方式だ。
個人営業、それが登校拒否フリーターだ。
これが超現代だ。
これは世界的傾向だ。
*。
登校拒否フリーターは時代精神だった。
組織で仕事せず、個人で仕事する人々。
キャピタル・クラスという呼び名がある。
日本では一億総作家時代、総評論化時代。
そう言われている。
個人で行う知識産業、
ここにマスコミや専門化言論と違う知性が現れた。
*。
私のサラリーマン時代、
いろいろ個人の会話があった。
その程度の高いこと、
マスコミや学者の言論を越えていた。
*。
マスコミ言論は分かり易さ、
学者の論理は、突っ込まれて混乱しない言論。
平板化されてしまう。
まとまりのよさとまとまりを求めない言論。
*。
叩かれない言論、
個性がきらりと光る言論。
まとまり言論とばらばら言論。
*。
日本でも、個人爆発時代が来たのではないか。
でもまだ叩いて潰してしまう。
すると何でもない、通りのよいものになる。
これは死んだ仕事だ。
*。
まとまる前の、生きのいい言論。
仕事も大きな組織でやると、
それなりのまとまったものになる。
*。
組織営業と個人営業。
失敗を許さない生き方と、失敗が許される個人営業。
社会は失敗を許さない。
だから恐れなき冒険。
*。
恐れなき冒険→自由の精神→打つ負かされない力。
これが個人企業だ。
するとフリーターは個人営業だ。
*。
国家組織の営業、それがいい学校いい会社方式だ。
個人営業、それが登校拒否フリーターだ。
これが超現代だ。
これは世界的傾向だ。
*。
登校拒否フリーターは時代精神だった。
[ 05:12 ]
[ 精神現象論 ]
夢と希望の失われた社会、
夢と希望は破壊と殺人衝動に変質した。
破壊と殺人衝動が加圧され、
至る所でガス抜きが行われている。
これを鎮圧するのが愛国と厳罰だ。
これに成功すると、全体が爆発炎上する。
全体の爆発か部分的ガス抜きか。
現在は全体の爆発に進路が取られた。
*。
ナッシュ関数で計算してみよう。
一億総中流社会は、安定していた。
これが壊れ、加害者階級と被害者階級に分断した。
ここで快楽によって、安定を図った。
快楽がサチュレーション、
快楽特権階級と快楽欠乏階級に分断された。
*。
ここに過度加圧社会が生まれた。
一時大型事故・大型公害が頻発した。
それが出尽くして、
事件社会に移行した。
これを無差別大量殺人でガス抜きしている。
このガス抜き型事件の制圧が、
愛国法と厳罰化だ。
*。
これは社会全体の爆発事件を促進する。
即ち、国家秩序を最大化する戦略は、
国民社会を爆発する戦略である。
これがナッシュ関数だ。
イラク戦争、北京オリンピック、
自民党政権、グローバリゼ-ション、
おかしなことになりかねない。
*。
国家秩序維持が、社会破壊となる。
国家と社会は対立するものとなっていた。
国家が出っ張り過ぎていた。
*。
世界は一つ、
その前に人々が人間化していなくてはならなかった。
人間なき地球社会、
この妄想をグローバリゼ-ションといった。
これは国家と市民の対立化だ。
*。
世界が一つになるには、
人類の最低生活保障がなければならない。
産業文明に福祉厚生の負帰還が必須だ。
これ無く安定はない。
これがナッシュ関数の結果だ。
夢と希望は破壊と殺人衝動に変質した。
破壊と殺人衝動が加圧され、
至る所でガス抜きが行われている。
これを鎮圧するのが愛国と厳罰だ。
これに成功すると、全体が爆発炎上する。
全体の爆発か部分的ガス抜きか。
現在は全体の爆発に進路が取られた。
*。
ナッシュ関数で計算してみよう。
一億総中流社会は、安定していた。
これが壊れ、加害者階級と被害者階級に分断した。
ここで快楽によって、安定を図った。
快楽がサチュレーション、
快楽特権階級と快楽欠乏階級に分断された。
*。
ここに過度加圧社会が生まれた。
一時大型事故・大型公害が頻発した。
それが出尽くして、
事件社会に移行した。
これを無差別大量殺人でガス抜きしている。
このガス抜き型事件の制圧が、
愛国法と厳罰化だ。
*。
これは社会全体の爆発事件を促進する。
即ち、国家秩序を最大化する戦略は、
国民社会を爆発する戦略である。
これがナッシュ関数だ。
イラク戦争、北京オリンピック、
自民党政権、グローバリゼ-ション、
おかしなことになりかねない。
*。
国家秩序維持が、社会破壊となる。
国家と社会は対立するものとなっていた。
国家が出っ張り過ぎていた。
*。
世界は一つ、
その前に人々が人間化していなくてはならなかった。
人間なき地球社会、
この妄想をグローバリゼ-ションといった。
これは国家と市民の対立化だ。
*。
世界が一つになるには、
人類の最低生活保障がなければならない。
産業文明に福祉厚生の負帰還が必須だ。
これ無く安定はない。
これがナッシュ関数の結果だ。
2008/04/22のBlog
[ 09:15 ]
[ 文化 ]
文学を文化製品と呼ぶ人がいる。
これが情報化文明なのかも知れない。
テレビ・小説・映画は、消費商品である。
異論あるまい。
ここでクールジャパンは除外している。
消費商品の対偶であるからだ。
*。
作者が亡くなると、消えてしまう消費商品がある。
どういうことだろう。
作者と消費者が、直接繋がっているのではないか。
*。
直接繋がっていないが、繋がっている。
仮想現実的結合なのだろうか。
ケータイ友達、
仮想現実的人間関係が生まれたのだ。
*。
現実にはないが、感情にはいる。
白昼夢的快楽、これも新しい世界だ。
現実にはないが、感情にリアルである。
*。
ニュー・リアリティ、
仮想現実が感情の中にしっかり入ってきた。
新しい感情が生まれた。
*。
ナッシュ関数で計算しよう。
気持ちのいい世界を作るに、
仮想現実が使える。
これは偽装や美容整形だ。
それなりに使えるが、
これは人間性の悪しき使い方ではないか。
これを使うと魂は作れない。
そういう必要があれば、その範囲で、問題ない。
その範囲以外では、自己を破壊する。
*。
神から授かったことがある。
仮想法は、可能性の問題で、
魂を壊す可能性がある。
*。
生命操作、
これは仮想法であって、
現実が狂わない範囲でしかいいことはない。
即ち現実性を破壊しないことだ。
それを越えると、人間性を破壊する。
*。
これは消費文芸にも当てはまる。
ここの白昼夢快楽の使用範囲が規定される。
これが情報化文明なのかも知れない。
テレビ・小説・映画は、消費商品である。
異論あるまい。
ここでクールジャパンは除外している。
消費商品の対偶であるからだ。
*。
作者が亡くなると、消えてしまう消費商品がある。
どういうことだろう。
作者と消費者が、直接繋がっているのではないか。
*。
直接繋がっていないが、繋がっている。
仮想現実的結合なのだろうか。
ケータイ友達、
仮想現実的人間関係が生まれたのだ。
*。
現実にはないが、感情にはいる。
白昼夢的快楽、これも新しい世界だ。
現実にはないが、感情にリアルである。
*。
ニュー・リアリティ、
仮想現実が感情の中にしっかり入ってきた。
新しい感情が生まれた。
*。
ナッシュ関数で計算しよう。
気持ちのいい世界を作るに、
仮想現実が使える。
これは偽装や美容整形だ。
それなりに使えるが、
これは人間性の悪しき使い方ではないか。
これを使うと魂は作れない。
そういう必要があれば、その範囲で、問題ない。
その範囲以外では、自己を破壊する。
*。
神から授かったことがある。
仮想法は、可能性の問題で、
魂を壊す可能性がある。
*。
生命操作、
これは仮想法であって、
現実が狂わない範囲でしかいいことはない。
即ち現実性を破壊しないことだ。
それを越えると、人間性を破壊する。
*。
これは消費文芸にも当てはまる。
ここの白昼夢快楽の使用範囲が規定される。
[ 08:30 ]
[ 精神現象論 ]
孤独と無力感、寂寥感に喪失感、
これを楽しむライフ・スタイル。
これは現代人の特権のように思われている。
源氏物語を読んで、
そこに出てくる人々も、
この世界を楽しんでいた。
ちょっと待ってよ。
万葉集だったそうじゃないか。
孤独と絶望、無力感に喪失感、寂寥感に飢餓感。
それを恋の歌に託して楽しんだ。
*。
そんなこと言ったら、石器時代だったそうだ。
墓に中に沢山のものを入れる。
孤独と寂寥感を楽しむためだ。
いろいろの芸術品、
あれは孤独と絶望を楽しき生きる方法だ。
それ以外に解釈にしようがない。
*。
人間何時の時代も、
孤独と絶望に悩んでいた。
それが人間であるってことだ。
そう言わざるを得ない。
問題は、これを楽しむ能力が失われたことではないか。
*。
幸福だの成功だの追って、
人間能力が、孤独と絶望をこなせなくなった。
成功と幸福が生む、高次孤独と絶望。
これに対応できない。
*。
現代人は、人類史上最低の人間ではないか。
そう言わざるを得ない。
だってこれでリストカットや自殺する。
昔はそうしなかった。
*。
成功と幸福は、孤独と絶望の逃げ道を塞いでしまった。
そう言わざると得ない。
*。
これはナッシュ関数で計算すると明らかだ。
成功と幸福を追うと、
破滅と破壊に終わる。
孤独と絶望を生きると、
楽しい生活が出来る。
*。
ティファニーで、朝しましょ。
光源氏は何時もそれをやっていた。
でもその結果、人生を失った。
*。
紫の上はそうしなかった。
辛いことに泣き、苦しいことの呻き、
それを愛して、そこの自分の魂を創造した。
それがこの世のものとも思えない美しさとなった。
*。
するとナッシュ関数に気がつく人と気がつかない人、
現世は両者から成る。
だが物質化過剰で、
即ち消費文化過剰で、
心の闇が出来、その閉塞感が時々ガス抜きする。
*。
これが自己破壊を、
自分の自由意志で、熱狂的に行う現象ではないか。
そのガス抜き口が、
英雄的指導者=ヒューラーではないか。
*。
これがナッシュ関数だ。
孤独と絶望を楽しいことで対応すると、
戦争に炎上爆発する。
これがベイトソン法だ。
孤独と絶望を、愛し、
そこに定在波やポインティング・ベクトルを作る。
これが孤独と絶望から魂を結晶させることだ。
これがレイン法だ。
*。
ナッシュ関数が現代に、
人間人類の存在構造と法則を明らかにした。
これを楽しむライフ・スタイル。
これは現代人の特権のように思われている。
源氏物語を読んで、
そこに出てくる人々も、
この世界を楽しんでいた。
ちょっと待ってよ。
万葉集だったそうじゃないか。
孤独と絶望、無力感に喪失感、寂寥感に飢餓感。
それを恋の歌に託して楽しんだ。
*。
そんなこと言ったら、石器時代だったそうだ。
墓に中に沢山のものを入れる。
孤独と寂寥感を楽しむためだ。
いろいろの芸術品、
あれは孤独と絶望を楽しき生きる方法だ。
それ以外に解釈にしようがない。
*。
人間何時の時代も、
孤独と絶望に悩んでいた。
それが人間であるってことだ。
そう言わざるを得ない。
問題は、これを楽しむ能力が失われたことではないか。
*。
幸福だの成功だの追って、
人間能力が、孤独と絶望をこなせなくなった。
成功と幸福が生む、高次孤独と絶望。
これに対応できない。
*。
現代人は、人類史上最低の人間ではないか。
そう言わざるを得ない。
だってこれでリストカットや自殺する。
昔はそうしなかった。
*。
成功と幸福は、孤独と絶望の逃げ道を塞いでしまった。
そう言わざると得ない。
*。
これはナッシュ関数で計算すると明らかだ。
成功と幸福を追うと、
破滅と破壊に終わる。
孤独と絶望を生きると、
楽しい生活が出来る。
*。
ティファニーで、朝しましょ。
光源氏は何時もそれをやっていた。
でもその結果、人生を失った。
*。
紫の上はそうしなかった。
辛いことに泣き、苦しいことの呻き、
それを愛して、そこの自分の魂を創造した。
それがこの世のものとも思えない美しさとなった。
*。
するとナッシュ関数に気がつく人と気がつかない人、
現世は両者から成る。
だが物質化過剰で、
即ち消費文化過剰で、
心の闇が出来、その閉塞感が時々ガス抜きする。
*。
これが自己破壊を、
自分の自由意志で、熱狂的に行う現象ではないか。
そのガス抜き口が、
英雄的指導者=ヒューラーではないか。
*。
これがナッシュ関数だ。
孤独と絶望を楽しいことで対応すると、
戦争に炎上爆発する。
これがベイトソン法だ。
孤独と絶望を、愛し、
そこに定在波やポインティング・ベクトルを作る。
これが孤独と絶望から魂を結晶させることだ。
これがレイン法だ。
*。
ナッシュ関数が現代に、
人間人類の存在構造と法則を明らかにした。
[ 06:27 ]
[ 日本現象論 ]
自分も相手も「我こそ正義」である場合、
それで終われない場合は、
表に出ろとなる。
これが太平洋戦争であったのではないか。
その結果強い方が勝った。
つまり日本は弱いから負けたのであって、
間違っているから負けたのではない。
*。
日本側は今でも論陣を張っている。
目下のところは、アジアと内なる敵の掃討にあるようだ。
西欧は決着がついたのだから、
もっと大切な現実の問題に取り掛かっている。
*。
「我こそ正義」は、
正しい自分と、
それを敵とする自分の作った間違った自分、
その戦いだ。
*。
正しい自分は、間違った自分を作り、
それが戦闘する。
これは統合失調だ。
正しい自分が、神の立場に立って、
間違った自分を断罪リンチする。
*。
もし正しい自分が勝った場合、
その時、自分は神になったのであり、
それは現実の自分ではない。
すると自分が生きることも、苦しみとなる。
*。
自分が神になる、
すると逆らうものを皆殺しにすることが生きることになる。
これは本来の自分ではない。
ここの人間性は無い。
*。
こう考えると、第二反抗期は、
自分と他人が同じ場合どうするか。
そういう問題だと分かる。
*。
ここに成功と幸福を取ったものは、
一生争いを生きる。
勝っても勝利などないのだが、
それがわからない状態だ。
つまり自己を破壊した。
*。
一つの手は、
客観的普遍妥当性の世界に自己を移住させることだ。
これが第二反抗期の処理ではないか。
*。
人情世間体はこの処理をしない世界だ。
これが世界と接触、
自己を神とする世界を作った。
これは統合失調の発症だ。
*。
こう考えると、
日本人は第二反抗期のイニシエーションに失敗、
統合失調を生きることになった。
この時の「我こそ正義」は、
自分を神とすることであり、
殺し合いの世界となった。
つまり殺意を生きる世界となった。
*。
殺し合いで出来る秩序、
これがお上日本の国家秩序と国家正義だ。
日本は統合失調を神とした。
これが日本のおける「近代の超克」ではないか。
*。
ここに人間でも人類でもなく、
アジア人でも西欧人でも、
日本人でもない、何者でもない日本人が出来た。
これは統合失調だ。
*。
この正当化、
そんな問題は放っておいて、
皆で抱き合い、温めあって、楽しく生きよう。
世界と対立、現実を破壊した。
*。
それなら世界を仲間に入れればいい。
日本の文芸は世界展開を始めた。
これは八紘一宇ではないか。
*。
八紘一宇文芸、世界に展開中。
大東亜共栄圏文芸、アジアに展開中。
ナッシュ関数で計算すると、
それは人間性を破壊する。
*。
現実は劣悪だから、
これは放っておいて、
皆で抱き合い、温め合って、楽しく生きる。
これは現実の一層の破壊だ。
これがナッシュ関数だ。
*。
日本文芸、日本文明、
第二反抗期を処理しないいい子の世界。
新しい世界を開いたのか。
*。
ナッシュ関数で計算する。
いい子、これを最大化する戦略は、
世界を極悪非道化することだ。
*。
神との戦いになる。
日本を神としたから、
本来の神を殺さなければならない。
*。
これが日本の「近代の超克」問題ではないか。
それで終われない場合は、
表に出ろとなる。
これが太平洋戦争であったのではないか。
その結果強い方が勝った。
つまり日本は弱いから負けたのであって、
間違っているから負けたのではない。
*。
日本側は今でも論陣を張っている。
目下のところは、アジアと内なる敵の掃討にあるようだ。
西欧は決着がついたのだから、
もっと大切な現実の問題に取り掛かっている。
*。
「我こそ正義」は、
正しい自分と、
それを敵とする自分の作った間違った自分、
その戦いだ。
*。
正しい自分は、間違った自分を作り、
それが戦闘する。
これは統合失調だ。
正しい自分が、神の立場に立って、
間違った自分を断罪リンチする。
*。
もし正しい自分が勝った場合、
その時、自分は神になったのであり、
それは現実の自分ではない。
すると自分が生きることも、苦しみとなる。
*。
自分が神になる、
すると逆らうものを皆殺しにすることが生きることになる。
これは本来の自分ではない。
ここの人間性は無い。
*。
こう考えると、第二反抗期は、
自分と他人が同じ場合どうするか。
そういう問題だと分かる。
*。
ここに成功と幸福を取ったものは、
一生争いを生きる。
勝っても勝利などないのだが、
それがわからない状態だ。
つまり自己を破壊した。
*。
一つの手は、
客観的普遍妥当性の世界に自己を移住させることだ。
これが第二反抗期の処理ではないか。
*。
人情世間体はこの処理をしない世界だ。
これが世界と接触、
自己を神とする世界を作った。
これは統合失調の発症だ。
*。
こう考えると、
日本人は第二反抗期のイニシエーションに失敗、
統合失調を生きることになった。
この時の「我こそ正義」は、
自分を神とすることであり、
殺し合いの世界となった。
つまり殺意を生きる世界となった。
*。
殺し合いで出来る秩序、
これがお上日本の国家秩序と国家正義だ。
日本は統合失調を神とした。
これが日本のおける「近代の超克」ではないか。
*。
ここに人間でも人類でもなく、
アジア人でも西欧人でも、
日本人でもない、何者でもない日本人が出来た。
これは統合失調だ。
*。
この正当化、
そんな問題は放っておいて、
皆で抱き合い、温めあって、楽しく生きよう。
世界と対立、現実を破壊した。
*。
それなら世界を仲間に入れればいい。
日本の文芸は世界展開を始めた。
これは八紘一宇ではないか。
*。
八紘一宇文芸、世界に展開中。
大東亜共栄圏文芸、アジアに展開中。
ナッシュ関数で計算すると、
それは人間性を破壊する。
*。
現実は劣悪だから、
これは放っておいて、
皆で抱き合い、温め合って、楽しく生きる。
これは現実の一層の破壊だ。
これがナッシュ関数だ。
*。
日本文芸、日本文明、
第二反抗期を処理しないいい子の世界。
新しい世界を開いたのか。
*。
ナッシュ関数で計算する。
いい子、これを最大化する戦略は、
世界を極悪非道化することだ。
*。
神との戦いになる。
日本を神としたから、
本来の神を殺さなければならない。
*。
これが日本の「近代の超克」問題ではないか。
