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何となく社会福祉 ─ 実務版
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2005/01/12のBlog
[ 13:55 ] [ ●32条問題はこれ! ]
■32条見直し反対運動プロジェクト(32_cproject)のアナウンスが32crusaderで行われています。さっそく、登録しました。これは、具体的な行動プロジェクトです。リソースを集めて、32条見直し反対に力を注ぎ込むってわけです。ぜひ、上記サイトをご覧ください。

32条見直し反対パワーを、「点」から「線」、「線」から「面」へ。

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精神保健福祉法32条『通院医療費公費負担制度』改正案に対する動きへTBうちました。
32crusaderさんの32条見直し案反対運動専用プロジェクト立ち上げ。へTBうちました。
先の12月27日に開催された、社会保障審議会障害者部会の資料が福祉医療機構のWAM-NETに掲載されています。厚生労働省の本家には、今日(1/12)現在、未登録です。所在はこちらです。

従来、「障害者保健福祉サービス法(仮称)」とされていたものが「障害者自立支援給付法(仮称)」と変更されています。「自立支援」という点に、比重を移しているかのように読めます。

オンラインでは、次のようなレポートが読めます。
■毎日新聞の記事 障害者支援給付法:厚労省が骨格案提示 通常国会に提出へ
■株式会社 ヒューマン・ヘルスケア・システム(介護福祉系の出版社)障害者自立支援給付法(仮称) 骨格が示される -障害者部会-

このグランド・デザイン案に関連してですが、2004年9月21日に、日本経団連が社会保障制度等の一体的改革に向けてというレポートを発表しています。応益負担の考え方=収入とのリンクがかなり鮮明に出ています。

卑近な言い方をすれば、「社会民主主義」的な福祉国家のあり方と、「自由主義的」な経済国家のあり方というような二元論があって、これが対立しているとも、そのどちらともつかない折衷案をしめしているとも感じられます。それ以前に、障害の有る無し、年齢の高低を問わない「人として生きる」ということを国が、社会がどう支えるのかという考え方が皆無だと思わざるを得ません。まずは、お金=財源ありきか・・・?

「身捨つるほどの祖国はありや?」
2005/01/10のBlog
[ 22:24 ] [ ●32条問題はこれ! ]
突然ですが、来週の水曜日の午前からの会議に出席のための東京出張が決まりました。(今週の金曜日頃にも、一度東京出張があるのですが、こちらは、日時が不確定ですので、あてにならない・・・)

そこで、火曜日(1/18)の夕方に東京着ということで出張スケジュールを組みました。32条問題について、迎撃を希望します。対応可能の場合、できましたら、isIZis@yahoo.co.jpまで、ご一報ください。ご検討ください。よろしくお願いします。
IBSistの真理夫(まー)さんが32条改正反対関連の動向について思うところというエントリーで、32条問題対応のためのプロジェクトを提案されています。ボクは、これに賛同します。

ボクは、これが「点から線」につなぐための提案として、非常に有意義なお考えだと思います。

Doblog内では、何らかの方法で、ボクとこが情報のゲートウェイの機能をはたすということも考えられると思います。
2005/01/08のBlog
なんか、似たような言葉ですが、この二つは同じなのか違うのか?ということについて簡単にまとめてみようと思います。妙な言い回しですが、原則は同じなんだけど、実際は違うこともある、と考えるわけです。

■原則的には同じなんだけど・・・

「世帯」とは、お役所サイドでは「住民基本台帳法」によるものをいいます。要するに、住民票がいっしょかどうかです。ここに記載されていると、「同一の世帯」ということになります。

世帯というのは、原則的に「住居」とか「生計」を共にすることが前提です。だから、住民票で同じ世帯になっていると、「同一生計」ということになってしまいます。

住民票が一緒なら「同一世帯」=「同一生計」とみなしてしまう。これを「形式基準」と呼ぶことにします。実際にはどうですか?ということは抜きです。

(注) 広辞苑を眺めると、「住居および生計を共にする者の集団」なんてことになっています。三省堂の大辞林では「住居・生計を同じくしている者の集団。親族以外の者が含まれている場合や、一人の場合もある」と書かれてます。先ほど、「住民基本台帳法」を眺め回していましたが、世帯の明確な定義というものが見つからない・・・ぞ!こういう場合は、社会通念にしたがうと思います。もしくは、法律の専門家のお助けを待つ・・とか(おいおい)。

■「生計が同一」って?

「生計が同一」というのは、家計、つまり経済的な単位が一緒であることを差します。これは形式的じゃなくて、実際にはどうよ?という点が中心になります。これを「実質基準」と呼ぶことにします。

この点について、所得税法などは実質基準をとっています。世帯は別=住民票は別だけど、仕送りをしているとか、施設に入所しているときみたいに、経済的には同一ですよ、というときには「生計が一」として、「扶養控除」なんかを受けることができます。

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この点、税務の専門家の意見を聞かないとまずいですが、所得税の場合、家計の中心者が単一とは考えられていないと思います。例えば、共稼ぎの場合dも同居している場合は、「生計が一」と言えます。

わかりやすい例を上げれば、「医療費控除」という制度があります。夫婦共稼ぎの場合に、「生計が一」の者の医療費が控除の対象ですから、夫の医療費と妻の医療費をそれぞれ区分する必要はないことになります。実質基準をとっている例だと思います。(1/10)
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■「世帯が同じ」で「生計が別」という場合は?

原則的には、「形式基準」でも「実質基準」でも世帯は同一です。ぢゃ、違う場合はどういうとき?ということですが、住民票では同じだけけど、お財布はまったく別です、というような場合です。

逆の場合もあります。住民票は別だけど、仕送りしていますから生計は一緒です、というような場合です。このときには、「別世帯」で「生計が同一」ということになる。

■誰が証明するの?

これは、こちらが証明しなくちゃならないです。たとえば、「電気ガス水道が別々になっていて、その支払も別々です」とか「食事も別々で、買物も別々です。」ということを説明するわけです。(業界では「挙証責任」なんて難しい言葉で言われたりしてますが・・・)

まず、「家計という実質が住民登録という形式と違っています」と主張するのは大事だと思います。ダメで元々だし・・・(おいおい)

あと、生計が違うということを明らかに主張する方法は、住民票を分けることです・・・(が、いろいろ差し障りがあると思いますので、簡単には行きませんが・・・)ただし、同居していなければ、住民票的には別々にならざるを得ないです。
2005/01/06のBlog
かいつまんで、32条の仕組みについて、説明してみようと思います。

第三十二条(通院医療)
1 都道府県は、精神障害の適正な医療を普及するため、(中略)病院又は診療所へ入院しないで行われる精神障害の医療を受ける場合において、その医療に必要な費用の百分の九十五に相当する額を負担することができる

この「都道府県は、…負担することができる」という点がポイントです。

■ポイント1 事業主体は都道府県
したがって、最終的な事業予算は、都道府県の予算に計上されることになります。

■ポイント2 国は都道府県に資金の手当てをする
建て前としては、各都道府県の事業需要にあわせて、「交付金」を支出することになっています。今回、国の予算に計上されてようとしているのは、この「交付金」の金額です。

こういう関係になっています。建前的に、都道府県が主体ですから、交付金を上回る事業支出をすることもできます。福祉関連の諸制度には、地方がまず先鞭をつけて、前例をつくってきた制度が少なくありません。「小規模作業所」もそうです。違う話になりますが、「情報公開法制」も地方が先に作り上げてきた制度です。

ですから、だけじゃなくて都道府県への働きかけも無用ではありません。(今の段階で、都道府県が動くとは思いませんけど・・・)

次のような事情も背景にあります。

■ポイント3 三位一体改革と関係がある
国は、補助金、交付金の削減という大命題を負っています。財政当局(財務省)は、この方向で予算配分を仕切っています。その点では、厚生労働省も「財務省に対しては、ある意味、勝負する側」にいると言えないこともないです。

しかし、三位一体改革 ─ 地方分権という流れからいうと、まず、中央官庁の行政のスリム化が行われなければならない。これを放っておいて、本当に必要な財源を削るというのは本末転倒といわざるを得ません。

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この3日ばかり、少々寝不足になって、朦朧としてきています(笑) 少しばかり、クールダウンします。本件につきましては、来週明けまでに、ボクのできる、署名以外の具体的なアクションを考えようと思っています。

「生きるとは、ゴヤのファースト・ネームを知りたいとおもうことだ」なんて飯島耕一さんの言葉がヒラヒラしていますから、休まないとダメです(笑)

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crusaderさんが32crusader来年度予算案に既に32条での削減が組み込まれている?というエントリーで
誰か私のこの矛盾を紐解いてくれるのなら、教えて欲しい。
何故、負担の矛先が我々精神病患者に向けられているのか。
何故、政府はまだ未確定の法案を予算案に組み込んでいるのかを。

と疑問を投げかけていらっしゃいました。まったく同感です。
また、知的な障害のある人たちのおかれている現実も深刻です。(1/10)
第23回社会保障審議会障害者部会(12/27開催)の会議内容の概略を入手することができましたので、簡単にご紹介します。(ただし、これは非公式なものです。)

■予算化の状況■
応益負担は、既に来年度予算に織り込んでいる模様。
つまり、32条の公費医療助成の削減も来年度予算に織り込まれている。

■自己負担増の実施スケジュール■
応益負担は、実施スケジュールを設けて、段階的に進める。
公費医療助成については、2005年10月ころ。

■同一世帯での判定について■
同一生計を基準にした費用の上限設定はやむを得ない。
基準となる同居の人の範囲などは政省令で示す。

また、24回の部会は、1月の末くらいに開催する予定。(公開の会議ですから傍聴することができます。)
公式な議事録は、24回会議で参加委員の確認を得た後に公表されると思われますので、2月初頭くらいになのではないでしょうか。

(今日の成果は以上でした。←今日の釣果みたいだ(笑))・・なんて笑っている場合じゃないです。制度も確定せず、法律化されたわけではない状態で、予算に織り込むことなど、許されることではないです。

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この予算措置は、じつはこの公費医療助成が「裁量的経費」だから可能だ、ということのようです。裁量的経費については、「義務的経費」と「裁量的経費」というエントリーに少し書きました。あとググった結果はこちらです。

どぶさぽちゃんvさんが精神保健福祉法32条『通院医療費公費負担制度』改正案に対する動きでDoblog内での動向をまとめてくださっています。この記事をTBしておくことにします。(1/6追記)
32条問題もあるんですが、障害者施策全般について、「応益負担にシフト」ということで、自己負担の見直しが進められています。施設入所の場合、これが極端に表れます。結局、基本的な方針は、障害年金など「1円も手元に残すな!」ということに尽きると思われます。

ところが、この算定で使われている標準的な支出が妥当かどうか。外形的に「住民税非課税」などを基準とすることで良いのか、説得力のある数字が並んでいるとは、ボクには思えません。また、「住民税」を基礎とするのは、例の三位一体改革に含まれているからです。

厚生労働省の第22回社会保障審議会障害者部会次第(12/14開催)から直近の資料にたどり着くことができます。

この「式次第」の最後尾には、委員の名簿も掲載されています。これを見る限り、一定の全国団体の理事さんたちが名前を連ねています。

知的障害者関係では、全国手をつなぐ育成会の理事さんが委員に就任しています。かといって、まったんの状況までを含んで代弁しているわけではありません。全国組織がある場合でもこの通りです。組織がない場合には、その意思を代弁する人すら入っていない点に注意が必要だと思います。

社会保障審議会障害者部会の開催状況も公式に公表されています。確かに公表されてはいますが、論点をたどったり、事前に会議の開催情報を探し出すことは、かなりむずかしいです。

審議会への配布資料についても、同じ名前でも内容が異なるものがあったりします。これは、厚生労働省の通達や通知をみても同じことが言えます。必ず文書番号と発出日付を付けないと、会話ではどの文書をさしているのかまったくわからないのです。

これも、我が国の福祉施策のおかれている現状を示すようで、いとをかし、と思うしだいです。
2005/01/05のBlog
ポヨレボ 北城真琴さんの趣旨に賛同し、バナーを貼ってみました。やり方は、Taka016さんの秘密の花園の記事DoblogカスタマイズVer.0.3.0(疑似メニューを追加する)を参考にさせていただきました。この場を借りて、お礼申し上げます。

(こんな具合に、Blog Click も使えると良いのですけどね。趣旨違いか・・・(汗))

やはり、点から線、線から面への拡がりというのは、政府などと勝負するのには必要なことだと思います。

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crusader さんの32crusader と、MS07B3さんの社会人必読の闘病&癒し追求記録?リンクに追加しました。見にくいですけど・・・(汗)
2005/01/04のBlog
B.Jさんの32条見直し断固反対 !!へのトラックバック記事です。

精神保健福祉法第32条(略称:32条)の見直しは、今まで何回かご紹介してきた、厚生労働省の「今後の障害保健福祉施策について(改革のグランドデザイン案)」に直結する問題です。

2004年(去年)の10月に発表され、「(案)」となっていますが、ちゃくちゃくとその準備が進められています。進行状況については、よく分かっていませんが、「障害者保健福祉サービス法(仮称)」というような法律案にして通常国会(ということは、この1月か、はたまた来年か・・・?)(注)に提出するいう話が流れています。

(注) 昨日確認できたところ、この法案は、1月召集の通常国会(原則、会期150日)に上程される模様です。(1/5)

署名募集サイトのご案内がありましたので、リンクに登録しておきました。

「3障害」というくくりをご紹介したことがあります。「知的・身体・精神」というものです。このうち「精神」については、ちょっと難しい問題があります。いわゆる「障害」という言葉で語ることができない部分があるからです。「精神疾患患者」という表現が適切と思われる場合がほとんどで、そうでないときもある。これは、その人の状態が極めて多様だからです。

「知的・身体」の場合には、不可逆(?)の障害という側面があります。ボクの叔母のSちゃんは、現在名「統合失調症」で、ほとんど回復が不可能になっています。こういう場合がある。

その一方で、「精神疾患」は、ほぼ現代病といえるくらい、一般的なものですし、適切な治療により回復が可能なものです。先のグランドデザインは、保健医療の分野と障害福祉の分野を混同し、その全体として「支出の抑制」を果たそうとすることにほかなりません。

この「グランドデザイン」の中に次の一節があります。
3)障害に係る公費負担医療の見直し
○ 精神通院公費、更生医療及び育成医療といった障害に係る公費負担医療制度は、福祉サービス等の基礎的なサービスとは異なり、基本的には医療保険に係る自己負担分を軽減する仕組みとして機能しており、制度運営の効率化、財源配分の重点化の観点から、現行制度を見直す。


厚生労働省の論点については、社会保障審議会障害者部会(第18回2004年10月12日開催)の資料(PDF476kb)をご覧いただくのが良いと思います。

精神保健福祉法第32条(略称:32条)の条文というのは、次のようになっています。
第三十二条(通院医療)
1 都道府県は、精神障害の適正な医療を普及するため、(中略)病院又は診療所へ入院しないで行われる精神障害の医療を受ける場合において、その医療に必要な費用の百分の九十五に相当する額を負担することができる。


叔母のSちゃんもこれに類似する制度の適用を受けています。2005年の初頭は、グランドデザイン(案)をきちんと論評しようと思っていましたが、この分野は、ボクの頭からすっかり抜け落ちていました・・orz

グランドデザイン案について、全国団体などがあるところは、声を上げています。患者さんのように全国団体を持たない、その「分散」している意思を具現化する術は、声の集約です。まだ遅くないです。

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もう少し、具体的な資料を見つけましたのでご紹介します。独立行政法人福祉医療機構のWAM-NETに掲載された、第22回(2004年12月15日開催)社会福祉審議会障害者部会資料からです。(1)具体的な利用者負担(PDF553kb)、(2)見直しに係る論点と経過措置等(PDF578kb)大幅な増額が見えます。

ボクみたいなのが、ややこしいことを述べるより、B.J.さんやCAMUSさんのエントリーを参照される方が、趣旨が明瞭です。ここでは、資料追跡した痕跡をご紹介することにします。

やっぱり、今年も「地域」が主軸になるのかな・・って予感がしています。

最初から、あまり明るくない話題になってしまいますが・・・奈良県の女児殺害のニュースは、娘を持つ親として、無関心ではいられないわけですが、その一方で少々心配になっているのが、いわゆる「社会防衛論」みたいな主張の盛り上がりです。

かれこれ25年くらい前になると思いますが、刑法の全面改正が議論されていたことがあります。そのなかに保安処分というのがありました。この再来を彷彿して、ちょっとビクビクしてるわけです。

障害のある方、特に知的な障害や精神的な障害のある方は、「潜在的な犯罪者予備軍」と扱われて、「予防拘禁」みたいな「処分」を行えるように刑法を改正しようとした。懲役でもないし、禁錮でもない。保安処分・・・

「予防(←あまり良い言い回しではないですね^^;)」には、やっぱり、地域社会の機能が重要なんだろうな、と改めて思いました。都会と田舎では、事情が異なるとは思いますが・・

そんなこんなで、今年もよろしくお願いしますm(__)m
2004/12/26のBlog
[ 17:36 ] [ 今どきの地域社会 ]
ここのところ画像ずいていますね(汗)

先週の23日に、地域文集の印刷作業が終わりました。ボクとこの地域には、自治「協議会」というのがあります。いわゆる「自治会」です。実は印刷機を持っています。これは、宝くじの助成で導入したものです。

ウチの奥様な人は、しょっちゅう宝くじを買っては、残念な思いをしていますが、たいへん役に立っていますよ。ありがとう。この場を借りてお礼します(おいおい)

おかげさまで、印刷は自前ですから、かなり安い金額で製作することができます。印刷屋さん泣かせですが、しかたがない。

印刷屋さんに依頼するのは簡単ですが、一緒に作り上げる経験というのが、これまた大切だったりします。そういう意味で、充実した時間でした。製作メンバーもそうだったと思います。
2004/12/21のBlog
「Webの文章は読まれない。スキャンされる」らしいという、ドキドキ記事を書きましたら、画面の横書き文章で、それも長いヤツは読みにくい、というお話がありました。

実は、ボクも実感しておりまして、そうだ!ということで、「縦書きブラウザ」を試してみることにしました。

ほぼ、テキストだけ表示してくれまして、これはこれで愉快(謎)かな・・なんて思いました。というわけで、画面のキャプチャなど貼り付けてしまいます。ソフトウェア・レビューなんて柄じゃないですが、縦書きと横書きでは、なんか文章の印象が違うような気がします。

スタイルシートとか無視しているようですが、微妙に反映されていて、Doblog内でも、うまく表示できるところと、文字が画面の上側に隠れてしまうところなどがあったり、様子がわからずドキドキしています。

ということで、現在、テスト中は影鷹ってのです。他意はありません(汗)
2004/12/20のBlog
[ 11:10 ] [ ┗ 小規模作業所のこと ]
先週の、金曜日と土曜日に、市民文化会館というところで、S作業所とT学園の合同作品展が開かれました。少し写真を撮ってきまして、初めての写真掲載か・・と期待したところ、失敗・・・ orz

合同作品展は、毎年開催されています(注)

S作業所は、知的障害者の小規模通所授産施設です。
T学園は、知的障害児の児童援護施設で、いわゆる入所の施設です。T学園は、学齢期の児童が対象で、養護学校も隣接されています。ここを卒業した子たち(高校生くらいの年齢の人たちです)が、措置延長されて「訓練部」というところに在籍し、日中活動をしています。

合同作品展は、S作業所の製品とT学園訓練部の作品を展示し、即売するというイベントです。

T学園訓練部の作品は、大物ぞろいです。長さ5mくらいある、染め物作品、壁一杯の「桜前線」という、日本列島をかたどったオブジェ。苔と松ぼっくりで作った、富士山と裾野の森。捨てられていたサーフボードに、漆喰を塗って、そこに貝殻を埋め込んだベンチ。

これを紹介してみようと、写真を取ったわけですが、失敗。

どの作品も、根気が必要なもので、時間がかかっていることがわかる。「桜前線」は、短く切ったヒモを貼り付けて、桜前線の北上を表現している。同じ場所に重ねて貼ってあったりするわけで、これは、まっこと写実であると思いました。海の上にも桜前線があるし・・・(笑)

富士山も、山の出力である苔と、森の出力である松ぼっくりでつくられてます。数えたわけではありませんが、ようするに「松ぼっくりだらけ」です。こんなこと文章で書いてもあまり意味がないですからね。写真くらいちゃんと撮れ! <σ(^^;

このイベントは、日頃の活動を市民の皆さんにお知らせするよい機会ではありますが、なんとなく市内の福祉関係者のサロンと化すところがあって、ロビーでの会話が楽しいわけです。S作業所のメンバーは、太っ腹に買いまくっていました。

という、ご紹介でした。

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(注)ちょっとだけ、真似してみました。(誰の・・・?)
2004/12/16のBlog
「Webの文章は読まれない。スキャンされる」という日記の記事を見つけて、アタフタしてます。
ココは、読まれないのを覚悟で、長文ばっかり載せてますから、まあよし。

というか、自分のビヘイビアーですね、問題は・・・・
スキャンしただけで、読まないでコメント書くとかしてないか?<自分

流れに逆らうことはしませんが(おい)、このことをしっかりキモに銘じて、
今後もスキャンに励もう、とか思いました・・・(おい)

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せっかくスキャンするならば、こんなのなんかイカス、と思います。 (12/17)


2004/12/14のBlog
[ 14:12 ] [ 福祉系あれこれ ]
文集とか作文ネタが続いてますが・・・ 第24回全国中学生作文コンテストというのがあります。主催は法務省の人権擁護局です。昨年の結果はここでみられます。

S作業所に通うKさんという方がいます。彼の姪御さんが、このコンテストに応募して、みごと県の最優秀賞を受賞しました。おめでとう!

この作文の中で、彼女は『しんしょう』という言葉を使った友人との葛藤、おばあさん(Kさんの母親)の辛い思い、そして彼女とKさんとの関わりが語られています。ボクが障害のある人の親御さんのことを考えるときに、常に念頭にあるのはこのKさんの母親のことです。だから、余計にこの作文で語られていることが生々しく感じられました。

おばあさんの抱いた気持、Kさんが生まれてきたときの気持、寿命が短いと宣告されたとき、周囲の冷たい目、学齢期、青年期と成長するにしたがった、Kさんの生きる場のこと、などなど・・ こんなおばあさんの気持ちを、彼女は心で受け止めていたんだと感じました。

彼女はこう言っています。『・・寿命も他の人たちより短いと言われています。それでも、おじはけがれのない純粋な心を持ち、明るく生きています。悪いことも何もしていません。・・』

地域福祉の使命は、こういう「生きている人」の幸福を支えることだと強く思わされました。新しい福祉体系のグランドデザインは、誰が主役であるかという立場に立って進められなくちゃならない。そういう視点でとらえなくちゃならない。こんな当たり前のことを、再認識した、というか、させられたしだいです。

2004/12/12のBlog
以前、記事にしましたが、地区文集の編集などをしています。本来は、とっくに編集作業が終わって、印刷に回っているところですが・・・ まだ終わって・・・ません・・・orz

その中に、Mさんというおばあさんの原稿がありました。大正八年(1919)生まれの方です。どんな時代だったのだろうかということで、ウィキペディアでちょっと調べると、タイタニック号の沈没が1912年、第一次世界大戦が1914年、世界大恐慌が1929年、こんな時代のお生まれです。昭和20年(1945)のとき26歳。戦前、戦中、戦後を生き抜いてこられた方です。

Mさんに、ちょっと発表してもいいかい?と尋ねると「いいさぁ~」ということで、全文の転載などいたします。地域文集侮りがたし、と思いました。

========================ここから===========================
『健康の尊さ』 MM

 私は、大正8年10月生まれの85歳である。生後四ケ月で父親と死別した。兄が在ったそうだが、その兄も乳飲み子の時亡くなったそうだ。父の顔も知らず、兄弟の味も知らぬまま、母一人子一人の厳しい生活を強いられ、成長した。父は、喘息や腎臓病を背負い、志半ばで短い人生を終えた。父の体質を受けついだのか、赤子の私も後を追いそうな虚弱児だったらしい。それを案じてか父は、なかなか思い切れず、危篤状態が続く毎日で、身内の皆を心配させたようだ。

 そんなある日、見舞いに乗てくれた親戚のおじいさんが、枕元で
「G、後のことは何も心配するなよ。俺がすべて面倒をみるぞ。」
と言ってくれたのだそうだ。その一言で安心したのだろうか、細く日を開けて軽くうなずき、数分後に帰らぬ人となったという。その目尻には一滴の光るものが・・・

 こうして、大正9年2月24日、父は35歳の幕を閉じた。さぞかし無念だったことだろう。この時、母は28歳。この日から、母の苦闘が始まったのだ。産後四ケ月で夫を失い、弔いを済ませ、百日忌の諸法事を終えた時の心境は如何ばかりだったろうか。

「みどり児に 後ろ髪ひかれて 若き身は 嵐に耐えて八十余年」

 幸いにして母は、健康体だったので何よりだった。米寿の祝いを終えて、しばらくして幕を閉じたが、それまで、病らしい病はせずに済んだ。30代、40代、50代と五体満足で働きぬいた。女ながら、男に混じっての浪花屋のKじいさんの水潜機の手伝いなど幾多の重労働を経験したのだ。海が休みの日は農作業に従事し、無我夢中で働いた。それも健康だからできたことである。本当に、健康って有難く力強い。そして何にも勝る尊い宝物だと痛感している。

「愛し子の 朝な夕なの笑みにふれ 男にもなり女にもなり」

 さて、虚弱児だった私も、どうにか幼児期を乗り越え、小学校に入学。3年生位までは休みがちだったが、次第に丈夫になり、4年生以降は精勤賞や皆勤賞を貰う程の健康体になり、母と共に喜んだものだ。卒業後も勤務先を病気で休むことは無く、元気に勤め通した。何よりだったと思っている。

 50歳手前で退職はしたものの、退屈で、遊んで居るのが勿体無い気がしてじっとして居られなかった。何かしたい・・・の一念で、K崎にある国際観光ホテルの事務所にお世話になった。観光客歓迎の大看板や宴会場の看板を書いたり、伝票の整理や記帳などの仕事をさせてもらった。お客さんとの楽しい団欒もよい思い出になった。それまでとは一味ちがった50代を過ごすことができた。これもひとえに健康であったからこそである。

 S崎の中高年の女性の仕事である「天草選別(*1)」にも参加した。天草納屋(*2)で皆と存し、笑いを共にした3、4年間も忘れられない思い出の一つである。

 還暦の年には、外孫が誕生した。誕生までは心配の連続であったが、母子共に健康を見届け、心から安堵したものだった。早速子守りを引き受けた。1週間預かり、土曜日の午後に送っていき、日曜の夜にはまた連れて来るという生活が1年4ケ月位続いたろうか・・・歩くことも喋る事もまめたくなって、すべてが可愛いくなった頃連れ戻された。当たり前のことだが、何とも言えない淋しさだった。可愛さが忘れられず、幾度か会いに行ったものだ。

 60代も半ば過ぎ、やや衰えを感じたが、農作業はばつぼつと楽しくやれた。母が求めた畑だ。荒らされない。大事に続けなければ・・・という思いもあった。しかし、日増しに成長する作物を眺める喜びや収穫の喜びが何よりの支えだった。一山越えて、畑に向かうことが少しも苦ではなく楽しみでさえあった。このような数々の楽しみも、日常が健康であったからこそ味わえたことだ。本当に有難い。

 ところが、八十路を過ぎた平成14年、突然、予想もしなかった病魔に襲われたのだ。それは、残暑の厳しい盆の頃のことだった。

「何気なく 胸のしこりを指に受け 八十路の坂に 不安高まる」

嫌な予感を覚えながら、病院に向かった。数々の検査を雪け、一週間後の結果をぴくぴくしながら待った。結果は予想通り、左乳癌だった。やっぱりか・・・ショックショック・・・。八十路を登り初めて尚乳癌になるものだろうか?若い人の病だとばかり思っていたのに・・・眠れぬ夜が続いた。

「告知受け 五体の誇り夢と消え 奮起の心日々に薄れり」

初めて味わう入院や手術、そして、手術後の経過・・・いろいろなことが次々に脳裏に浮かび、不安をつのらせた。先ずは爺さんのことが心配だった。市役所や介護福祉センター、特養施設等いろいろなところに相談し、諸々の手続きを経て、一ヶ月間、特養施設に入所させていただくことになった。そして、私は9月20日に入院した。親戚の人たちや子供たちにも迷惑をかけるなあ・・・と複雑な気持ちを抱えながら。

 入院を前に、亡き母の遺影に話しかけた。
「おっ母さん、あんたのように健康体で終わると信じていたのに、このような病気が出てしまったよう。このまま放っておいて終わりにしてもいいなあとも思うけど、爺さんが残っているので終わりにはできないよのう。行って来るから、守ってくれますか?・・・」と。

 いよいよ手術の日が来た。手術台に乗った私に、執刀医師が冗談ぽく言った。
「Mさん、手術が嫌なら止めることはできるよ。今ならまだ間に合うよ。どうする?」
「先生、この場所に来て今更そんなことはできません。どうにでもしてください。」と返した。まさに、まな板の上の鯉の気分だった。

 それから数時間経って、気がついた時には個室に居た。目は思うように開かなかったが、子供たちの声や親戚の方々の声が聞こえていた。順調に手術が済んだことを喜んでくれている声だった。こみあげるものがあった。

 お陰様で、その後の経過も良く、順調に回復し、痛みに苦しむこともなく、自分でもびっくりだった。主治医の明るい笑顔と毎日の励ましの言葉が大きな支えであったことは言うまでもない。

「すれちがう 外科医の笑顔に励まされ 癒える兆しの 日毎に増して」
「抜針し 最後の器具よありがとう ほっと一息 今朝のさわやか」

 あれから2年が過ぎた。今も曲がった腰にしょいかご(*3)を背負い、畑に通える有り難さをつくづく感じている。「健康の尊さに勝る宝は無い」と、心から今そう思う。

========================ここまで===========================

(*1) 天草(てんぐさ)を選別する作業で地元では「砂振り」と言ったりします。
(*2) 天草納屋(てぐさなーや)は、女性の仕事の場でもあるし、団欒の場でもあります。
(*3) 「背負い篭」(しょいかご)竹で編んだ大ぶりの篭で、荷物や収穫を入れて背負う。

いくつか入力ミスを見つけましたので、訂正しました。ここで校正してどうする・・(汗)
2004/12/10のBlog
明日12月11日に、静岡県小規模授産所連合会の主催で小規模作業所の未来を展望する静岡フォーラムが開催されます。

以前の記事でもふれましたが、福祉関係は今、今後の障害保健福祉施策について(改革のグランドデザイン案)をめぐって魑魅魍魎、跋扈するというあんばいになっています。

行政担当者の会議とか社会保障審議会の資料に登場して以来、現場への説明や議論の場がまったくないままに進んで来ましたが、この「静岡フォーラム」は、タイミング的に当事者で行う初めての場ではないかと思います。

結局、「生きる」という問題をどう捉え、どう扱うのかということに収れんするわけで、厚生労働省の担当者、県の担当者、作業所や障害者団体の代表などが同じ場で議論するということに、大変な興味を抱きます。いわゆる3障害(知的、身体、精神)の団体の方々が集まりますし、全国から参集するとのことです。当初のローカルな企画が広い範囲で関心を呼んでいます。情報が少なすぎた(公式発表だけ・・)ことの裏返しでしょうか。

いわゆる「全国集会」みたいなものではなく、各地で実際の現場で努力している中核となる方々の討議ですから、かなりの深度が期待できると思います。週末から週開けの新聞は、要チェ~ック(笑)

ボクは、諸事情がありまして、参加できないので、結果報告ということはできませんが、このフォーラムの結果は、ひょっとして流れの始まりになるかもしれません。
2004/12/09のBlog
せっ