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中根の日記。
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2006/07/02のBlog

「元ヒモでマジシャンだけどマスコミ就活日記はじめました。」
http://blog.livedoor.jp/nakane_nakane/?blog_id=1808240


マジックの事書くかどうかはわかりませんが、更新は基本的に新しい方でする予定です。いくらなんでもきまぐれ過ぎるとは思う。うん。
2006/04/22のBlog
USEN株が暴落しているので、生きていく希望が見出せません。
2006/03/29のBlog
全国の手品マニアの四つ玉オタクのトリプルSって実用難しくない? って日々悶々としてしてる人たちに送る! 中根式トリプルSの開き方、題して「中根3出し(中根さん出し)」を今から紹介するぜ!

ネットで検索すれば手品の種なんてバンバンわかる時代だから思いっきり種明かししてやろうと思います。自分で考えたのならタネ明かししてもいいよって泡坂さんも言ってたよね確か。他の誰かがすでに考えてたとかそんな事は知らん。でも知ってる人いたら教えてください。


説明の都合上、親指と人差し指の間を①、人差し指と中指の間を②、中指と薬指の間を③、薬指と小指の間を④とします。

1:手の甲をお客さん側に向けて、①に甲側からSSBSの順に並んだボールを持ちます。手は体の正面にあり、指が上を向いてます。

2:①に一番甲側のSを残し、薬指で自分側のSを手前に押し出し、甲側のSから離します。この時、少し手を舌に傾けて、自分側のSにBSが付いてくるようにします。離れたSBSの真ん中の繋ぎ目を中指で押さえます。今、SBSは親指と中指で保持しています。薬指を親指側に持っていって、中指と薬指でSBSを保持します。①はSを保持したまま腕側に動かしていき、人差し指でSBSの甲側のSを押さえます。今SBSは人差し指、中指、薬指で保持しています。

3:③は手の平側のSを保持したまま、手を開きます。現在の状況は①S②SB③Sになっています。

4:②のBを人差し指をちょっと傾ける事により④に落とします。④はBをキャッチし、手全体をしっかりと開きます。


トリプルでこの安定感! 

うはwwww俺天才wwww夢がひろがりんぐwwwwwwwwwww



一応荒井晋一氏のダブルSの開き方を参考にし、その指使いをトリプルでやってます。従来のトリプルの開き方に慣れてる人は3の時点で③にSB一緒に送っちゃった方が4がやりやすくなるかもしれませんが、どうも色々やった結果、③から④にボールを移動させる段階で③のSが少し傾いちゃって安定しなくなるので、上記のようなやり方にしてみました。あと、やっぱりネット上で公開するようなモンじゃなかったなと、後悔してます(駄洒落オチ)。
2006/03/05のBlog
最近手品を見る時は、どうも「なぜこの人はこの演技をしているのか」ってところを重点的に見ているような気がします。というのも、まずそれを考えないとその先どういう見方をしていいかがわからなくなってしまうからです。

お客さんを楽しませるために手品をしているという人間に対して、テンカイパームが甘いなぁとか思っても仕方ないですし、自分が拍手を受けて気持ちよくなりたい人間がお客さんに対して失礼な態度を取ったり変なポーズしてみたりするのは当然ですし、ただ自分が考えたアイディアを発表したいだけの人間に声が小さいとか音楽と合ってないとか言ってみたって仕方ないわけです。

まあそれが一応の明確な目的、コンテストで入賞したいだとかプロになってお金を取れる演技ができるようになりたいというものがあれば、統一のものさしで計れる見方が出来るわけですが、もちろんそうでない人の方が多いですし、他人が何の目的で手品をやってるかなんて、わからない事のほうが多いです。それでも一応自分なりに考え、この人はきっとこうなんだろうと一時的に決めつけ、自分の中の尺度で見ないと何見たって好きとか嫌いとかなんか良いとかなんか嫌いとかそんなような見方しか出来ないような気がします。自分がほとんど関わってない分野、僕の場合は例えば音楽とかなんかですと好き嫌いとなんとなくの良し悪しがわかればそれで十分なわけですけど、曲がりなりにもそれなりに時間も労力もお金もかけてる分野に関してはもう少し深い(深いって言葉、あんまり使いたくないんですけど)部分まで考えたり知ったりしたいというのが人情というもので。相手の考えを正確に把握してから演技を見るのが本当はベストなんでしょうけど、そんな事はまず不可能ですしやはりまあ手品は手品の演技部分だけを見て判断したいものですよね。結局はみんな自分のものさしで物事を捉えて、考える事しか出来ないんですけども。

演技を感想文を書いたりレポートを書いたりっていうのは、自分の為だと思っています。一方的な自分のものさしで色んな人の演技を計って良かったとか悪かったとかいう。これは自分の感じた事を記録として残しておくという意味合いもありますけど、それ以上に書く事で人の演技を計っているのだと思います。細部まで思い出してそれがよかったかどうかを自分なりの基準で判断していく。そうする事によってこれは良くてこれは悪いというのを自分の中で振り分けていって、自分なりの価値観を構築していってるんじゃないかと思います。そしていざ自分が演技をしようと、何かを考えたり探したりして、それが良いものか悪いものかを判断するときに貯めていた多くのサンプルと比べながらふるいにかけていくのではないかと思います。そうした事は別にわざわざ感想文なんか書かなくたってただ単に演技を自分のものさしで計りながら見るだけで、養われていく感覚、能力だとは思います。しかし、書くという、考えたり思い出したり判断したりしなければならない状況に自分を追い込む事により半ば強制的に養っていくのも悪いことだとは思いません。同じ演技を見た人間とその演技について議論し合う(とかっこよく言ってみましたが感想の言い合いです)のも自らの価値観を明確にしていく方法としては、良い方法だと思います。しかし書くという事は後に記録として残るので色々な意味で便利ではあります(同じくらい恥ずかしいものですけど)。どのみち、書いたり話し合ったりしていって、様々な事を考えていくというものは、自発的に物事を考えられない人間にとっては、なかなか使いやすいものではないかと思います。

以上、一生懸命悪口を擁護してみました。悪口大好き。
2006/01/25のBlog
そういや、今年成人式だったわけで、えーと、1月9日だとかに地元の式に参加してきたわけなのですが。

まあ式自体は大した面白みもなく1時間弱で終わっちゃったわけなんですが、その後当たり前の流れで中学校の時の同窓会がありまして。で、なんか知らないんですが一人一言ずつというか、近況報告みたいなのがなされたわけですよ。でまあ、みんなして「今は大学で経済の勉強をしています(とりあえず大学行っただけ)」とか「ショップ店員してます(ただのフリーター)」とか「大学生です。あっ、慶応です(自慢)」とか、「JRの職員になりました(元鉄っちゃん)」とか「ニートです(馬鹿)」とか色々言ってたわけですが。なんていうか、公立の中学校というのは、あらゆる意味で本当に面白い所だったなぁと思ったわけです。

いや、当時の事を考えればうちのクラスは男子と女子が基本的に犬猿の仲みたいな感じでしたし、僕自身は男子側とも女子側ともつかない微妙なとこでフラフラとしていましたし、遊ぶにしても他のクラスの奴らと遊ぶ事が多かったわけで、当時はむしろ自分のクラスの事が嫌いで他のクラスのことをとてもうらやましく思ってました。だからまあ、そういう意味では面白くもなんともなかったんですが。

ただ公立の中学校というのはただ単に学区ごとに区切られているだけであって、そこにはもう色んな人がいるわけですよ。卒業してたった5年で東大行ってる奴とフリーターとキャバ嬢と吉本工業入った奴とに別れちゃうほどにごちゃまぜ、アラカルト、バラエティなわけです。それってこの先、なかなかない事だよなぁと。

高校なんて基本的には学力で入る場所が決まるわけですから、学力って面からすると似てる奴が多いです。上の高校にはそれなりにがんばった人間しかいないだろうし、下の高校にはある程度ダメな奴しかいないはずなんです。

で、これが大学なんてものになってしまえば、学力が同じ程度でしかも学びたいものの方向さえ同じという。仮に美容師の専門学校なんていったら周り全員美容師志望だし。

就職してしまってある業界に入ってしまったら日ごろ付き合っていく人間たちはみんな同じ業界の人だし、趣味でサークル入ったり習い事したりしたら周りはみんなそれが好きな人。

ただ同じ地区に住んでる同年代ってだけで、その人たちが集まる空間というのは実をいうととても特殊な空間なのではないか、と同窓会に参加していて思いました。個性個性と言いながら、結局人は似たもので集まっていくんだ。
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