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2008/05/02のBlog
[ 00:37 ]
[ お笑いチャンネル ]
街で
ドン小西似のおばちゃんを、
「ドン小西似だから」という理由は伏せてスカウトする。
今日のファッションについての座談会企画ということで。
10人ぐらい集める。
6畳ぐらいの会議室に入ってもらう。
そこには、畳3畳分ぐらいの、ドン小西の写真パネルがある。
訝しげながらも、とりあえずイスに座った
ドン小西似のおばちゃん10人。
無言のままの、ドン小西似のおばちゃん10人。
スタスタっとADが入ってきていきなり
はい、キュー!
という。
ドン小西似のおばちゃん10人の中の、ちょっとデシャバリな
一人のドン小西似が、とりあえずファッションについて
ポツポツと語りだす。
次第に、一人、また一人としゃべりだす。
そのうち、なんだかみんな、得意げにしゃべりだす。
そのうち、なんだか自分らドン小西みてえじゃねえの?
つって、
そのうち、なんだか、自分らドン小西似だから集められたんじゃねの?
つって、
気づきだす。
そのうち、一人が、「なんだかみんなポニーテールだわ。」
つって。
気づきだす。
その様子を別室でモニターでチャックして笑うつう企画はどうですかね?
プロデューサー。
ドン小西似のおばちゃんを、
「ドン小西似だから」という理由は伏せてスカウトする。
今日のファッションについての座談会企画ということで。
10人ぐらい集める。
6畳ぐらいの会議室に入ってもらう。
そこには、畳3畳分ぐらいの、ドン小西の写真パネルがある。
訝しげながらも、とりあえずイスに座った
ドン小西似のおばちゃん10人。
無言のままの、ドン小西似のおばちゃん10人。
スタスタっとADが入ってきていきなり
はい、キュー!
という。
ドン小西似のおばちゃん10人の中の、ちょっとデシャバリな
一人のドン小西似が、とりあえずファッションについて
ポツポツと語りだす。
次第に、一人、また一人としゃべりだす。
そのうち、なんだかみんな、得意げにしゃべりだす。
そのうち、なんだか自分らドン小西みてえじゃねえの?
つって、
そのうち、なんだか、自分らドン小西似だから集められたんじゃねの?
つって、
気づきだす。
そのうち、一人が、「なんだかみんなポニーテールだわ。」
つって。
気づきだす。
その様子を別室でモニターでチャックして笑うつう企画はどうですかね?
プロデューサー。
2007/01/06のBlog
[ 12:33 ]
世の中には、目に見えるものと見えないもの2種類があって、
そのどちらに比重を置くかで人の価値というものが決まるように想う。
目に見えるものというのは、つまり、お金に関連づくもので、SEXに関連づくもので。
もっというと、どちらかというと瞬発的に気持ちよくさせてくれるもの。
目に見えないものというのは、つまり、心によるところで、
愛とかやさしさとかいうもので。
もっというと、どちらかというと継続的に与えていくもの。
そういうと、目に見えるものが良くて、目に見えないものが悪いように想える。
だけど、実は表裏一体なものである。
ただ、どちらに比重を置いているか?ということが大切なのである。
目に見えるものに比重を置いた愛は演技であり、
目に見えるものに比重を置いたやさしさは下心である。
目に見えないものに比重を置いた生き方であれば、
そのアウトプットが俗物的なものであったとしても、
それは、相手に想いを伝えるためにわかりやすく
置き換えられたひとつのツールであるように想う。
ただ、それは諸刃の剣でもある。
ツールを使った方が、たしかに相手に想いを伝えられやすい。
ただ、想いを物に変えるということは、
想いを量に変えるということでもあり、そこに誤差が生じてしまうと怖い。
私のこと、どれぐらい好き?
僕は、一生懸命仕事した、さあボーナスでどのくらい評価してくれる?
その想いと物の対価はマッチしてればいい。
マッチして、ツールとして支払われればいい。
だけど、もしマッチしていないとしたら・・・
目に見えるもの、目に見えないもの、どちらが良くてどちらが悪いということはない。
だけど、今の時代、目に見えないものに比重を置かない人が多すぎる。
目に見えるものでしか人の心をはかれない人間が多すぎる。
あるいは、目に見えるものをちゃんと計れない人間がさらに傷を深くしている
ように想う。
というか、こんなこと考えていても、
目の前にすげーいいものがあれば飛びついてしまう僕である。
つーか、単純にいいもの、でも飛びつく。
いや、普通のもの、でも飛びついてしまうに違いない。
今年は、その心に積もった欲望の万年雪をどうにか少しでも
溶かしたいと想う。
たとえば
5人いて、まんじゅうが4つしかなかったら、自分が真っ先に
「おれは、入らねよ」って断れる、人に勝ちを譲れる人になりたい。
※この言葉は、「男子のための人生のルール」
玉袋筋太郎氏著より感銘を受けました。
2007/01/03のBlog
[ 12:17 ]
お正月休みは、入れ歯で言うポリデントのようなものだと想う。
なぜならお正月休みは、ゆったりと幸せに満ちていて、その中にポトンッと
心を落とすなら、心がシュワっとくるのである。
つまり、自分では気づかないうちに、心のあちこちが傷ついて
その傷に、なにかそういう優しいものが染みてくる。
何も考えず、そのお正月休みという幸せな時間に浸ればいいのに。
幸せだと思えば想うほど、いけない。幸せではいけない。
と囁くクソやろうがいる。
そのクソやろうが、心の傷なのである。
そのクソやろうが心を荒む。
そのクソやろうは、去年一年でたまったものであり、この数十年で
こびりついたものである。
いわゆる心の歯クソである。
その心の歯クソは、忙しい最中で取り除くのを怠っていて
なかなか心のポリデントに浸しておくことができなくて、
だから、たまに、一気にタマって心を虫歯んだりするのだ。
お正月休みは、入れ歯で言うポリデントのようなものだと想う。
なぜならお正月休みは、ゆったりと幸せに満ちているから。
心の歯クソを取り除いてくれるから。
だけど、心の歯クソはなかなか取れなくて、
だから、ポリデントの中で、暴れていて、
だから正月、不意に心が不安になったり、あれこれ気にかかったり、
先のことを考えすぎて凹んだりさせる。
でも、こういう時間だけが、心の歯クソをとってくれるのだろう。
そして今日も、僕は、ゆったりとした時間の中で、
時折、人知れず、大切な人の中にあっても、
僕は、心をシュワッとさせている。
早くキレイになりたいと願っている。