ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | DoblogMusic | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
ここだけ放送局
Blog
[ 総Blog数:483件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2008/05/11のBlog
[ 13:26 ] [ 哲学チャンネル ]

たとえば、観たい世界が、見れるとしたら僕は、

ナスカの地上絵やピラミットやモアイ像が、いままさに
創られている時代に行ってみたいと思う。

そして、それが人間ではなくて、UFOに乗った宇宙人
が、なんかレーザーか何かでピピッと、いとも簡単に
岩を削り、地に刻み、形づくっている映像を期待する。

あるいは、人間自体が、実は火星か金星かの
生き物であり、火星か金星かが滅び、その生き残り
が地球にやってきて、住み着いたというような物語を期待する。

さて、それはそれとして。

その観たい世界を見せくれる人(魔人でもドラえもんでもなんでもいいけど)
が、こう言ったとする。

「見れるのは、1日だけ、いまだけ、いまから
24時間以内だけです」

こう言われた場合、僕は、たぶん、「今から寝ようと思ってたのに」
とか「今日は、クライアントと打ち合わせがある」とか「レンタルビデオの
返却日が今日」とか、目先のどうでもいい用事を思い出すだろう。
いま、人類最大の謎が解ける、その時代に行かせてくれるという最大の
チャンスにもかかわらずである。

天秤にかけるまでもなく、
ナスカの地上絵やピラミットやモアイ像が、いままさに
創られている時代に行くことを誰もが選ぶだろう。

でも、僕は、目先のどうでもいいことと、それらをかなりの
接線で迷うはずである。

たとえが、ちょっと飛躍しすぎかもしれない。
でも、最近思うのである。
盲目的に目先のことに、囚われてしまう自分に。

会社に遅刻しそうなときでも、道端に人が倒れていたら、
会社に遅刻しないことよりも人を助けるのが正解である。

でも、下手をしたら、人助けさえ振り切ってしまうのでは
ないかという不安を感じている。

目先のお金や自分への信用なんてものより、
大切なものはたくさんある。

だのに、マークシートを1つでも塗りつぶそうとする
機械的で無感情な事象に囚われている日常。

はやく用事を済ませても、
次の用事が早く来るだけなのである。

もっと浪漫とか、人助けとか、人生という尺で大切な
ものがいっぱいあって、それを知ることが大切なのに。

そう、わかってても身体が脳が勝手に
1つでも多くのマークシートを塗りつぶす方に反応する。
困ったもんだ。

では、

今日の用事を一切破棄して
観たい世界に行くことを選択したとする。

人類の謎がすべて解けたとする。

面白かった。

さあ、その後、日常に戻る。

日常に戻ったとたん、
用事を済まさなかったことを、
あらゆる関係者にどやされるだろう。

でも、人類の謎が解けたのだから、
人に怒られたぐらいのことは
ちっぽけなことである。

でも、人類の謎が解けようが、解けまいが
日常は、日常で、人類の謎が解けたことが
日常のプラスになったかというとクエスチョンである。

・・・・そう考えると、人類の謎がなんであれ、
どーでもいいことで、そんなの観に行っている暇があったら、
1つでも、用事を済ませて、関係者に褒められたりお金もらった
ほうが、直接的にはメリットがあったよ。
と思う。

と、思う自分は完全に囚人である。

では、どうしたらいいか。

答えは、明白で、目先にのことに囚われることがおかしいのである。
ある種洗脳されているのである。

もっと、心のゆとりを持つべきで、
もっと、さまざまなことを俯瞰して
観れる余裕があるべきである。

・・・・でも、もしかしたら、
こうした心の囚人は僕だけじゃないかもしれない。





















2008/05/07のBlog
[ 23:01 ] [ 夢チャンネル ]

高校のとき、豚似の先生がいた。
悪口とかじゃなく、リアルにオスブタに似ていた。

おそらく、幼稚園児が見たら、無邪気に
「なんで、ブタさんが言葉をしゃべってるの?」
と言うに違いない。

で、その先生は、オスブタにもかかわらず
蓄膿症で、いつも鼻がつまっていました。

一番、度肝を抜かれたのは、持ち合わせのティッシュがないことをいいことに、
生徒に配ったテスト用紙を奪って、それで鼻をかんだことです。

生徒:「あっ!」

ブタ先生:「うっせぇ!テストの変わりはいくらでもあるだろ」

ってな具合です。


と、まあ、つまり、ブタに良く似た先生がいたわけです。

で、僕が、その先生のこともすっかり忘れ、大人になり、
あくせく毎日社会人として働いていたある日、夢に、なぜか、
その先生が現れました。

そこは、湯気がモウモウと立ち上った温泉で、その湯気の先の
温泉に、なぜか、そのブタ先生が入っておりました。
完全にメガネが曇っておりました。

ブタ先生が温泉に浸かっているだけ、K点超えなのに、
そのブタ先生は、僕にむかってこういったのです。

「なっ!」


何が、どうで、「なっ!」なのでしょうか?


なんでこんな夢をみたのか、いまでも、謎です。
ちなみに、この夢は、自分夢ランキングトップ10に入っています。

突然ですが、これから、観た夢を
忘れない範囲で、書き留めていこうと思います。









2008/05/05のBlog

パイレーツオブカリビアン

を観た。

いまさら観た。(しかも、テレビの再放送で)

心を『無』にして観れるのがいい。
内容は、書くまでもない。

ちなみに、僕は、皆が観ている映画を何故か見落としている。
スターウォーズも、バックトゥーザフューチャーも、あとなんだっけ。
あと、もう2~3見落としている。


僕は、人並みに映画観ているほうだと思う。
でも、そういう大道映画を見落としていることで、「実は、映画
結構観てるんだよ」という意見は、その説得力は、全く皆無となっている。

これは、全てのことに言えるのだが、
人は、人にある基準を設けようとする。その基準を達していない場合、
その人が真実を言っても受け入れられないことがある。

たとえば、有名な大学教授が何十年たっても解決できない問題の
答えを、漫画喫茶難民の無職の男が知っているということも
ありえるだろうに。

仮に、その漫画喫茶難民の無職の男が、事実を述べようとしても、
よほどの情熱と、よほどの周りの助けがない限り潰されてしまうのだ。


つーか、

「ノーガキたれずに、大道映画観ろよ!俺」
って話ですけど。

てーか、

映画それほと詳しくないけどって話ですけど。