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2008/05/21のBlog
[ 22:31 ] [ BOOK(ビジネス)チャンネル ]

ソフトバンク 
じゃなくて、SBIホールディングスCEO 北尾氏の本。

久しぶりに、いい本読んだなあと思った。

金融系、いわゆるお金に絡んだ仕事をしている人
は、すごく賢いけれども、機械的で欲深いイメージがあった。

しかし、彼は真逆で、実に道徳的な人である。
そして、武士道を知り、古典を知る。

そして、何より彼は、お天道様の存在を信じている。

誰も見ていなくても、お天道様は全てを観ている、全てを知っている。
だから、正しく生きなければならない。
という考え方。

僕も、お天道様はあると思う。
証拠とかないし、説明できないけれど。

ネットで金融で株でサイバーで010101でCEOでソフトバンクで・・・
つまり、その、かなりの時代の先端を走る人でありながら、
お天道様を語り、古典文学を語る北尾氏は、
すごく魅力的なのである。

間違いない。





[ 22:20 ] [ BOOK(ビジネス)チャンネル ]

論理的思考術や発想法についての様々な手法を
1見開きずつわかりやすく解説してくれている本。

3時間程度で読了した。

読み切ることより、必要に応じてパラパラめくる。
というのが、この本の正しい活用法かと思われる。

MECE 
SOWHAT SOWHY
5W1H

そろそろこの手の本は、卒業しよう。
実践で使えるようになったかどうかは別として、
論理的思考法について書かれた本の内容は、やはり一貫している。
というは、一貫していないとマズいのだけれど。
なぜなら、論理的思考法も、いわゆる1つの方程式、化学式であるがゆえ。




2008/05/20のBlog
[ 23:33 ] [ 哲学チャンネル ]

人としゃべっていて、急にその人が嫌いになることがある。
嫌いというより、幻滅するといった方が近いかもしれない。

でも、実は、その人が悪いのではなく
原因は自分自身にある。

そんなのは、百も承知であるがゆえ、深呼吸したり
考え直してみたり、エロい空想をしてみたり、色々と
自分をなだめるのだけれど、一旦そのゾーンに
入ってしまうと、どうにもこうにもならんのである。

つまり、嫌いになるというか幻滅するというか、
キミは、僕に近いよね。って勝手に期待してしまい、
無意識に、キミは、僕に近い人。と思ってしゃべりはじめていて、
でも、しゃべっているうちに、やっぱ、この人僕とは違う、

って、思った瞬間


はぢけとぶ。


僕は、ずっとこうした想いを抱いていて、僕はずっとこうした
自家製の違和感をつくりだす才能があって、

だから、深くはいかない。
だから、少し距離を置いている。

それでも、それなりに楽しく、それでも、それなりに
誰にもそうした想いを気づかれずに過ごせている。

であるからゆえに、ずっと違和感は消えない。消せない。


でも、それは実は、僕が気づかないだけで、実は、それは
誰もが口にしないだけで、みんなみんな違和感を感じて
生きているのではないかとも想う。

でも、なんで、そんな、つまらないことで、
げらげら笑えるのか?
でも、なんで、そんな一面性だけで、人を
そんなに褒められるのか?

なんで、どう考えても作り話だろ、そいつの
っていう話を信じてしまうのか?

ばっかじゃねえの。

って想うことがある。


普通に、僕は、他人を認めないわがままな奴って
ことかもしらんけどね。



2008/05/13のBlog
[ 23:40 ] [ BOOK(ビジネス)チャンネル ]

大前研一ってすごいおじさんだなあ。

とつくづく思う。

彼は、悩んだりストレスを感じたりしないそうだ。
悩んでもストレスを溜めても何の解決にもならないからと。

人がどう思おうが、そんなことには興味はない。
自分は、自分の伝えるべきことを明確に伝えきることが重要で、
人がどう思うとか、これは言ったら失礼じゃないかっなんて
気にしてたってしょうがない、そういう気持ちこそ
集中力の妨げにしかならないと言い切る。

スカッとしてて気持ちいい。
ウジウジしてない。
ウジウジしたってなんの足しにもならんってことらしいよ。
2008/05/12のBlog
[ 22:25 ] [ 哲学チャンネル ]

たぶん、パハップスな話ですが、
大抵の悩みごとは、できるだけ小さく分解(簡単にする)
することで解決できるのではないかと思っている。

つまり、「悩みごと」という大きな塊で考えてしまうから、
そこで、思考が停止し、どうせ解決できないって諦めて
しまうのではないか。

たとえば、「モテない」という悩みを分解すると、

顔が悪い
頭が悪い
性格が悪い
不潔

などなど、さまざまな要素に分解できる。

そして、さらに「顔が悪い」という要素も、分解できる。

顔がわるい
→目つきが悪い
→鼻が上をむいている。
→肌が悪い
→二十アゴである。
→しわが多い。

とか。

で、それらをできるだけ小さく分解する。

で、これ以上分解できないところまでいってから、
今度は、その解決策をできる限り出し尽くす。

目つきがわるい。
→整形する。
→いつも笑顔を心がける。
→メガネでごまかす。
→目つきが悪くないようなメイクをほどこす。


たぶん、それぞれ、それなりの解決方法がある。

きっと、多くの場合解決策があり、
大抵は解決できることばかりなのである。

中には、なかなか分解しずらい要素もあるだろうが、
それ以外のすべての要素を塗りつぶせただけでも
だいぶん、違った人間になれるだろう。

ただ、大抵の場合は、その分解。というか悩みに向き合う
ことをしないために、悩みだけが大きくなり、解決できない
と思い込んでしまって、無駄に落ち込んでしまうのである。

そういう、自分も、悩みの分解をサボっている。
正確に言うと、分解はしてみるが、その解決法が、
勇気をもって望まねばならないことであったり、自分の
不得意分野であると分かった途端に投げ出してしまうのである。

いくら、解決法が浮かんでも、やはり実行せねば意味はない。

なんて、最近思っています。

たぶん、この分解方式って、
夢をかなえる方式でもあるような気がしています。

「モテない」じゃなくて「モテるためにどうするか?」
というテーマで分解し、勇気をもって遂行すればいい。


でも、「200歳まで長生きする」とかいうテーマは
不可能かもしれませんけど。
いや、もしかしたら、どんどん分解して、どんどん解決策を出して
どんどんそれを遂行していけば実現できるかもしれない。

ノーベル賞も夢ではない。