ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
マルコポーロになりたい
Blog
[ 総Blog数:657件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2005/05/04のBlog
つづれ折りの急な道を登り始める。
道は良く整備されているし、1合毎に標識があって励みになる。
山登りの経験者であれば、あっという間に1合登ってしまうので拍子抜けしてしまうだろう。
眼下には神津島港と美しい街並み。

7合目辺りまで来ると、岩峰が間近に見えてくる。
10合目はどうなっているのか?


10合目に着くと、更なる頂きが待っていた。
展望山というらしいが、時間が気になるので登らない。
近くには、オロシャの石塁というのがあった。
江戸後期に、来航する外国人の侵略から島を守る為に築かれたとの事だった。
一休みして、頂上台地を周遊する。
陽射しがかなり強い。



伊豆七島の神津島にある天上山に登って来ました。

前夜22:00に東京を出航。
二等船室のリクライニングシートはどうあがいても眠れない。
すぐ真横に座っていた人も、ずっと寝たふりをしていたようだった。

翌朝9:50、神津島に到着した。
画像の中央、台地状になっているのが天上山。

上陸したが、コンビニが見当たらない。
まずは観光案内所で食料の調達場所、詳細な登山地図をもらう。
食料品店に向う途中の前浜の海が綺麗だった。


昼食を調達して港に戻る。
思ったより時間がかかってしまい、時間節約の為タクシーで黒島登山口へ。
今回はテント泊なので、17:00までに山の向こうの多幸湾キャンプ場に行かなければならない。

黒島登山口に着くと、目の前に天上山がそびえていた。
明るい斜面を見ると、登る気力が湧いて来た。

2005/04/29のBlog
[ 21:35 ] [ 模型・プラモデル ]
九段下の科学技術館で行なわれたスーパーフェスティバルに行ってきました。
年に数回行なわれているおもちゃのバザールです。
出店数が多い為、この類を探している人にとってはまたとないチャンス。
入場料1000円かかりますが、おもちゃのテーマパークに行ったと思えば。
あたり一面のおもちゃに囲まれると、不思議になごんできます。
私はといえば、最近はジオラマ用の食玩探し。
今日はまずまずの成果でした。
2005/03/03のBlog
北京郊外の万里の長城2つ。

八達嶺長城。
明代の長城で、幅は約6.5メートル。
入口から見て右側が女坂、左側が男坂。
画像は男坂の城楼から女坂を眺めたところ。
女坂が山上にうねうねと伸びている。
5月初旬の連休ともなると見ての通り観光客が多く、特に女坂は長城の中をのろのろと進むので意外と時間がかかる。
男坂は比較的人が少ないが、所々階段状になっていて登るのが大変。


居庸関長城。
居庸関は八達嶺長城に向う途中にある関所。
秦代に建造が開始され、重要な防御拠点だった。
今では昔の街並みが再現されてみやげ物屋が建ち並んでいる。
西夏文字解読のきっかけになった碑文がある事でも有名。

2005/02/26のBlog
[ 20:34 ] [ 楽しい首都圏ハイキング ]
長野県富士見町の入笠山(1955.1m)に行って来ました。

東京を6:30出発。
富士見パノラマスキー場のゴンドラ流星号にて山頂駅へ。
ここから森の中へ分け入り入笠湿原を突っ切ると山彦荘、更にしばらく歩くと天文ドームが目印のマナスル山荘(営業中)。
頂上を目指す。
軽い積雪の中を陽だまりハイクしに来たつもりが、予想外の展開に。
積雪は場所により60センチもあり、天気は曇りのまま。
でも樹氷がきれいで、結構冬山気分を味わえたのは嬉しい。
途中山頂に向う道もよくわからなくなり、最後は直登。
まさかこの山でキックステップを切るとは思わなかった。
山頂に着いたが、画像の通りの曇天だった。
周囲の山々は雲に隠れてほとんど見えず。

ところが我々が着いてしばらく後、雲が上がりだして南アルプスの峰々、八ヶ岳などが見えてきた。
直前に立ち去った別のパーティーは、ちょっと残念でした。
ここからは360度の大パノラマで、南アルプス、八ヶ岳の他に奥秩父、中央アルプス、諏訪湖がよく見える。さすがに北アルプスは見えなかった。
画像は、南アルプス・甲斐駒ケ岳。

山頂に長居するとさすがに体が冷えてきた。
スパッツを着けていないので、靴の中も雪だらけで足が冷たい。
山頂を後にする。
マナスル山荘で飲んだビール(\350)は、ひと汗かいた後だけに最高の味。
お茶と一緒に出た野沢菜も実にうまい。
山菜そば(\800)を食べてから、今度は大阿原湿原に向った。
画像は湿原に向う途中。



大阿原湿原までは、延々と続く単調な車道歩き。
いいかげんうんざりする。
ようやく着いた大阿原湿原は、夏場は綺麗なのだろうが冬場は画像の通り。
単なる雪原で、しかも不用意に足を踏み入れると深雪にはまってしまう。
寒いので、早々に湿原を後にした。



山荘に戻る途中の車道からは、八ヶ岳の全貌が良く見える場所がある。
しばらくの間山塊を眺めながら、八ヶ岳の山中を歩いた時の思い出に思いを馳せていた。


帰りに「フォッサマグナの湯」(白州塩沢温泉)に立ち寄る。
湯温が低めであったが、個人的にはその方が長湯できるので満足。
冬の中央道は渋滞もなく、山の心地よい疲れだけが残る、いい山行でした。


2005/02/20のBlog
オタクの祭典?ワンダーフェスティバル(東京ビッグサイト)に行ってきました。

たまたま私が好きな映画、「2001年宇宙の旅」のガレージキットが2点あったので掲載します。
両方とも初めて見るキットです。
まず画像の宇宙船は、フロイド博士が宇宙ステーションに向うときに乗っていたオリオン号の、なんと貨物船バージョンでした。
どこの物好きがこんなもの造ったんでしょうか?
搭載している小型船?は映画にも一瞬出ていたような。
スペースポッド付きというのが嬉しいです。
でも値段が高いので買っていません。


次に、ガレージキットとしては比較的低価格なディスカバリー号、宇宙ステーション、オリオン号。
安いだけに、キットの質も???
見栄えを良くする為には、努力が必要そうです。
箱には、クリスマスオーナメントと書いてあるので、まあこんな物なのかな?


2005/02/15のBlog
頤和園です。
清朝の離宮。
画像は、園内の昆明湖を東側のボート乗り場付近から眺めたところ。
初めてこの広々とした風景を見たときは、これぞ中国!と感激しました。
通常のサイズに伸ばして見てください。

昆明湖は東京ドーム30個分位の広さだったと思います。
でも、東京ドームの広さってイマイチよくわからないんですが。

画像の左側は文昌閣と知春亭。
右側にそびえるのは万寿山の仏香閣。
清の乾隆帝が建てた高さ41mの塔で、頤和園のシンボル。
右端のすぐ近くは玉蘭堂で、西太后が光緒帝を軟禁したところ。

撮影した場所の近くには、元朝の宰相、耶律楚材の墓があるのですが、
このときは知らなかったので、行けなかった。残念です。

西太后は、海軍の予算を頤和園の修復に流用して、自分の避暑地とした。
海軍は軍艦を造る事ができず、日清戦争で負けたとか。

普通のツアーだと全体の5%位しか見れません。私の場合、仏香閣に行く事もできませんでした。
見所満載の所なので、一日かけて見て回りたいものです。

2005/02/08のBlog
最近年甲斐もなくジオラマを作ってみたくなり、この度作ってみました。
といっても、自分でやったのは人形とアクセサリの塗装だけ。
ジオラマ本体はDDFのぷちらまコンバット、大砲と車両はタカラのワールドタンクミュージアムをそのまま使っただけです。
このスケールだと、実にお手軽にジオラマが作れます。
ローアングルから接写すると、意外にも迫力がありました。
ハンス君です。
年齢30歳。
身長11mm。




働いてます。

人形の服がてかってしまいました。
タミヤカラーのフィールドグレーにはたっぷりフラットベースを仕込まないといけないようです。



サボってます。




ジオラマの建物の窓越しに、88ミリ砲の装填手を撮影。
手に持っている砲弾はシャーペンの芯です。

色々撮っていると、ジオラマの中に入り込んだようで、結構面白かったです。




2005/02/05のBlog
紫禁城。
元、明、清時代の皇居。
画像は協和門から見た広場の景色で、左は午門、中央は金水橋、右は太和門。

午門は紫禁城の正門で、中央3つの入口のうち真中は皇帝しか通れない。例外のひとつが科挙の成績上位3名で、最終試験の後ここから退出できた。さぞかし鼻が高かっただろう。上部の左右の楼閣は鼓楼と鐘楼。中央の楼閣は皇帝の閲兵用。

金水橋は金水河という川の上にかかった玉石でできた橋。5本の橋があり真中の大きい橋が皇帝専用。

太和門は、即位式や科挙合格者の謁見等、公的な式典を執り行う場所。門の前には一対の青銅獅子が置かれている。明代には皇帝を迎えての役人の朝礼が行なわれたらしいが、遅れたり倒れたりするとムチで叩かれて死者も出たそうだ。俺なんか小学校の朝礼でよく気分が悪くなったから登庁初日で即死だろうな。恐ろしい・・・。

太和門を潜った先には、巨大な太和殿、中和殿、保和殿と続いて、ようやく内廷と呼ばれる皇帝の居所や後宮にたどり着く。

とにかく何もかもスケールの大きいところです。



夜の天安門広場。
2005/01/10のBlog
[ 22:33 ] [ 楽しい首都圏ハイキング ]
大げさなタイトルですが、私の隠れ癒されスポットです。
一瞬ここが横浜市内か、と思えるような場所です。
自宅からハイキングコースを歩く事一時間半でこの場所に着きます。
大抵の市民の森は車の騒音が容赦なく入ってきますが、ここは尾根に囲まれていて鳥のさえずりと小川のせせらぎしか聞こえません。
森林浴の効果もさることながら、ここで読書すると本の内容が頭に染み込むように入ります。


元日は雪が覆っていました。





蛇足。
中々blogの更新ができませんが、
現在ネタだけは180件分あります。
山行記録をメインに、国内旅行、ゲームのリプレイ、その他新企画などなど。
作成時間がありませんが、2年位かけてUPする予定。

2005/01/03のBlog
引き続き、敦煌のパノラマです。
敦煌北西の漢の長城から南側を見たところです。
背中側に漢の長城があります。
何と言うか、ただの荒野なんですが・・・。
見渡す限りの荒野というのも、ある意味インパクトがありました。


敦煌莫高窟の駐車場から見た、職人住居?です。






鳴沙山です。
写真がうまく繋がっていませんが・・・。
観光客は、右端のラクダ乗り場からラクダに乗って、
月牙泉にトコトコ向います。

2005/01/01のBlog
Nスペ便乗記事です。
画像は敦煌郊外の陽関の烽火台近くの東屋からの眺めですが、
左端(南)の緑は南湖という集落。
中央(西)はシルクロードの遺物が転がる古薫砂漠。
右端(北)は陽関博物館。
通常のサイズに伸ばして見てください。



2004/12/16のBlog
5.バルジの戦い
出版社:翔企画/国際通信社
期間:12/16~12/26
地図の範囲:アルデンヌ地方
ユニットの基本的な規模:師団
1ヘクス=?キロ
プレイヤーが交互に1ユニットずつ動かす将棋のようなゲーム。
隣接されるとZOCを失ったり、マストアタックだったり、道路上の自軍ユニットを追い越す時に道路移動できないなど、かなり頭を使いそうな印象。ゲームとしては面白そうだ。
一段目は、第1SS装甲師団。
二段目は、第150装甲擲弾兵旅団。
三段目は、第101空挺師団。
ハイテはなし。
6.バルジ
出版社:SPI/HJ
期間:12/16~1/2
地図の範囲:アルデンヌ地方
ユニットの基本的な規模:師団
1ヘクス=8キロ
ミニゲームゆえか勝敗はサイコロの出目次第らしい(違っていたらごめんなさい)。
一段目は、第1SS装甲師団。
二段目は、第150装甲旅団。
三段目は、ハイテ空挺連隊。
四段目は、第101空挺師団。

7.セカンド・フロント
出版社:GRD
期間:1943年7月~1945年5月
地図の範囲:フランス、ドイツ、イタリア
ユニットの基本的な規模:陸軍=師団、空軍=航空隊(40機)、海軍=巡洋艦以上は1隻・駆逐艦以下は小艦隊
1ヘクス=16マイル
第二次大戦のヨーロッパ、北アフリカ、中近東を2万個以上のユニットと70×50cmのマップ40枚で再現しようというヨーロッパシリーズの中の1作。海空軍のルールも充実している(このゲームシステムの太平洋戦争版もあり、中国大陸のマップはとにかく大きい)。また戦闘序列の細かさには目を見張る。
ただし史実に照らして説得力のあるゲーム展開にならないらしく、今は日本ではあまり人気がない。アメリカでは何故か人気がある。
このゲームにはアルデンヌの戦いのシナリオがあるわけではなく、アルデンヌの戦いが起こるかどうかはプレイヤー次第。ヨーロッパシリーズの専門誌、「ヨーロッパ」67号にはバルジの戦いのシナリオとマップが掲載されている。
一段目は、第1SS装甲師団。左端が師団ユニット、右側がその分割ユニット(このゲームの師団ユニットは司令部と各連隊に分割できる)。
二段目は、第150装甲コマンド旅団。
三段目は、ハイテ空挺連隊とジェット戦闘機隊(Me262A1)、ジェット地上攻撃機隊(Me262A2)。
四段目は、第101空挺師団とその分割ユニット。

8.フォートレス・ヨーロッパ
出版社:AH/JEDKO/国際通信社
期間:1944年6月~1945年5月
地図の範囲:フランス、ドイツ
ユニットの基本的な規模:師団
1ヘクス=?キロ
フランス上陸からライン渡河までの西部戦線を描く。
これもアルデンヌの戦いのシナリオはなくプレイヤー次第。ただし「装甲予備」ルールによりドイツ装甲軍のサプライズアタックが再現できる。
一段目は、第1SS装甲師団。
二段目は、第150装甲旅団。
三段目は、ハイテ空挺連隊。
四段目は、第101空挺師団。

9.ラインへの道
出版社:GDW
期間:1944年9月~1945年4月
地図の範囲:フランス東部、ドイツ西部
ユニットの基本的な規模:陸軍=師団、空軍=航空団
1ヘクス=7マイル
マーケットガーデン作戦からライン渡河までを扱う。自動車化されたユニットや航空機が行動する為には機動補給(=燃料)が必要で、豊富な連合軍と疲弊したドイツ軍の違いがくっきりと浮かび上がる。
アルデンヌの戦いのシナリオがあるので、西部戦線全体の中でのこの戦いの位置付けがわかる。デザイナーズノートには「ゲームで観る戦史」として、アルデンヌの戦いの実際の推移をゲームで再現する記事があり、歴史ファンとしては嬉しい。
一段目は、第1SS装甲師団。
二段目は、第150装甲旅団。
三段目は、ハイテ空挺連隊。
四段目は、第101空挺師団。

2004/12/14のBlog
12月16日はアルデンヌの戦い(通称バルジの戦い)開始から丁度60年目。
そこで普段積んどくの、バルジゲームを押し入れから出して眺めてみた。
別にこのテーマを狙って買った訳ではないのに、人気テーマだけあって沢山見つかった。
1.ヒトラーズ・ラスト・ギャンブル
出版社:3W/ヨシカワデザイン
期間:12/16~1/2
地図の範囲:アルデンヌ地方
ユニットの基本的な規模:連隊
1ヘクス=3.2キロ
現在最も完成度の高いバルジゲームらしい。リサーチや、ゲームの展開の面で。
画像の地図はアメリカ101空挺師団が立て篭もったバストーニュ周辺(以下のゲームも同じ)。バストーニュのすぐ上の森は、テレビシリーズ「バンド・オブ・ブラザーズ」第6話の舞台になったボア・ジャックの森。その右上のFOYは第7話の舞台になった集落。
ユニットは、上から一段目がパイパー戦闘団の所属する第1SS装甲師団。各ユニットの上には戦闘団の名前が、シルエットは装備していた車両の機種を表す(戦闘にも影響する)。パイパー戦闘団は左端の2ユニットで、それぞれⅣ号戦車、パンテルを装備。
二、三段目は、アメリカ軍に偽装したスコルツェニーの特殊部隊。左端が第150装甲旅団。その他はアインハルト・シュタイロウと呼ばれる米軍ジープに乗ったドイツ軍。
四段目は、ハイテの空挺大隊とジェット戦闘機ME-262。
五段目は、アメリカ101空挺師団。

2.ウェイブ・オブ・テラー
出版社:XTR/国際通信社
期間:12/16~1/1
地図の範囲:アルデンヌ地方
ユニットの基本的な規模:大隊
1ヘクス=1.5マイル
ユニットの規模が大隊なので、各師団の編成の違いがよくわかる。ユニット数は多いがルールはシンプル。
一段目は、第1SS装甲師団。
二段目は、第150装甲擲弾兵旅団。
三、四段目は、第101空挺師団。
ハイテはいない。

3.アルデンヌの戦い
出版社:SPI/TSR
期間:12/16~1/2
地図の範囲:アルデンヌ地方
ユニットの基本的な規模:連隊
1ヘクス=3.2キロ
時代を感じさせるマップデザイン。
一段目は、第1SS装甲師団。パイパーは左端。
二段目は、第150装甲旅団。
三段目は、ハイテ空挺連隊。
四段目は、第101空挺師団。


4.バルジ大作戦
出版社:エポック/国際通信社
期間:12/16~12/28
地図の範囲:アルデンヌ地方
ユニットの基本的な規模:連隊
1ヘクス=3.3キロ
純国産のバルジゲーム。
ユニットの数値は判で押したようだが、マップデザインのセンスは一番良いと思う。
一段目は、第1SS装甲師団。
二段目は、第150装甲擲弾兵旅団と偽装コマンド部隊。
三段目は、ハイテ空挺旅団。
四段目は、第101空挺師団。
2004/12/12のBlog
[ 23:29 ] [ 楽しい首都圏ハイキング ]
神奈川県湯河原町の幕山に行って来ました。
平家に追われた源頼朝が逃れた山です。
標高620m。
頂上からは真鶴半島が良く見えます。


頂上で恒例のうどん作り。
冷える冬のアウトドアでは欠かせません。
今年はなんとニンニク5個をスライスして
きしめんと一緒に煮込むという
名古屋人もビックリのニンニクきしめんを作りました。
予想外の出来事で、作っている時は皆あっけにとられていましたが、
薄味の関西風スープと不思議に違和感がなく、
食べ尽くしてしまったのでした。

幕山頂上を後にして
南郷山を目指す。


南郷山(610.9m)の登りはメチャクチャ急。
ニンニク臭い息を弾ませながら
登ったのでした。

雨が降りそうだった天気も何とか持ちこたえて
楽しい山行でした。

2004/12/07のBlog
[ 20:21 ] [ マルコポーロ情報 ]
少ないですが、手持ちのマルコポーロ関連商品を並べてみました。

書籍
マルコポーロと言えば、東方見聞録を外す訳にはいかない。というかこれがマルコポーロの全て。他は邪道。
画像の左2冊は平凡社ライブラリー刊「完訳・東方見聞録(Ⅰ・Ⅱ)」。
詳細な注釈がとにかく嬉しい。東方見聞録に出てくる地名は、マルコポーロが自分の耳で捉えた音をそのまま標記しているので、現在のどの場所を指すのかわからない事が多い。しかしこの本は場所の特定に当っての諸説、推測をその理由と共に丁寧に解説してくれている。また時代背景の説明も詳しい。
右端は