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2004/10/30のBlog
[ 21:36 ]
[ 災害支援 ]
うちの病院では、10/29の管理部会で、医師1~2名、看護師1名、事務1名の医療支援を行うための職員派遣を決定した。
うちの病院は、阪神大震災のとき、医療支援やボランティアで全国からのべ1万人の職員などを派遣した全日本民主医療機関連合会(民医連)に加盟している。医療生協でもある。
26日の1日では、埼玉、福島、石川、宮城、福井、長野、山梨、東京や地元の民医連から71名の支援者が入った。この間、長岡市内の避難所への医療相談活動や地域まるごと訪問行動、水、食料などの食料係、食事つくり係などを行っている。現地職員は、平常の診療と在宅患者の対応を行っているようだ。 →新潟民医連
【中越地震対策NEWS】
27日付で、全日本民医連より、当面一ヶ月の医師、看護師を中心とした医療チームの支援が全国に呼びかけられた。(近県からはすぐに新潟入り)長岡市内だけでも125ヶ所の避難所に約48,000人の被災者がおり、日赤や新潟県から医師10数名が体制をとっているが、行き届いた対応はできず。この時期の医療支援の重要さは阪神大震災で経験(神戸協同病院院長のNHKラジオの取材への回答参照)しており、安定的な医療チームの派遣を確保するために、各地域ブロックごとに各都道府県のローテーションを組んで医療支援することを決めたのだ。30日31日は、近県からの被災者支援集中日(第1弾)を組んでいる。
うちの病院でも何ができるか、話し合ってきた。義援金については、全職員に呼びかけ集めている。ざっと医師に医療支援に新潟に行かないかと声をかけたところ、6名が行きたいと表明。ただし、入院・外来の診療があり、外来単位をたくさん持っていたり、診療所支援している医師、手術をぬけられない医師はとうてい行けない。
最終的な医師の人選は、行きたい医師の誰を派遣し、どうこちらの穴を埋めるかの議論が残っているが、被災者の疲れは限界にきており、虚弱な高齢者をはじめ、車で生活している人、元気な若い人でも余震で不安な中、2時間くらいしか睡眠が取れないなど健康状態の悪化ははかり知れない。長期的な支援が必要であり、その第1弾として、医療支援の職員派遣をとりあえず決めた。
他の組織だった医療支援の動きとしては、日本赤十字社の災害救護活動がある。6ヶ所の避難所での救護班と、巡回診療、心のケアを行っているもよう。あと、機動性のあるバイクボランティアにとりくんでいる。
新潟県の要請で各都道府県を通じて全国の医療機関に呼びかれられた医師支援が、ある。避難施設での医療救護活動と心のケア。実際の活動の詳細はわからず。
医療機関からの支援も、医療支援に限ったことではない。避難所から損壊した自宅に帰る住民もでてくる。避難所の人たち全員が仮設住宅に入れるわけではない。全壊の人だけだ。これからますます寒くなり、長期に渡る支援・ボランティアが必要となっている。何が求められるか被災者の状況をつかみ、声を聞き、現状にあった支援が必要だ。政府や行政に対する要求も含め、いっしょになって真の打開策をつくっていかなければならないと思う。避難所生活で、感染予防の1つとして、うがい手洗いの励行とともに、インフルエンザワクチン接種も無料ですぐに実施できるようにすることも必要な対策だろう。
うちの病院は、阪神大震災のとき、医療支援やボランティアで全国からのべ1万人の職員などを派遣した全日本民主医療機関連合会(民医連)に加盟している。医療生協でもある。
26日の1日では、埼玉、福島、石川、宮城、福井、長野、山梨、東京や地元の民医連から71名の支援者が入った。この間、長岡市内の避難所への医療相談活動や地域まるごと訪問行動、水、食料などの食料係、食事つくり係などを行っている。現地職員は、平常の診療と在宅患者の対応を行っているようだ。 →新潟民医連
【中越地震対策NEWS】27日付で、全日本民医連より、当面一ヶ月の医師、看護師を中心とした医療チームの支援が全国に呼びかけられた。(近県からはすぐに新潟入り)長岡市内だけでも125ヶ所の避難所に約48,000人の被災者がおり、日赤や新潟県から医師10数名が体制をとっているが、行き届いた対応はできず。この時期の医療支援の重要さは阪神大震災で経験(神戸協同病院院長のNHKラジオの取材への回答参照)しており、安定的な医療チームの派遣を確保するために、各地域ブロックごとに各都道府県のローテーションを組んで医療支援することを決めたのだ。30日31日は、近県からの被災者支援集中日(第1弾)を組んでいる。
うちの病院でも何ができるか、話し合ってきた。義援金については、全職員に呼びかけ集めている。ざっと医師に医療支援に新潟に行かないかと声をかけたところ、6名が行きたいと表明。ただし、入院・外来の診療があり、外来単位をたくさん持っていたり、診療所支援している医師、手術をぬけられない医師はとうてい行けない。
最終的な医師の人選は、行きたい医師の誰を派遣し、どうこちらの穴を埋めるかの議論が残っているが、被災者の疲れは限界にきており、虚弱な高齢者をはじめ、車で生活している人、元気な若い人でも余震で不安な中、2時間くらいしか睡眠が取れないなど健康状態の悪化ははかり知れない。長期的な支援が必要であり、その第1弾として、医療支援の職員派遣をとりあえず決めた。
他の組織だった医療支援の動きとしては、日本赤十字社の災害救護活動がある。6ヶ所の避難所での救護班と、巡回診療、心のケアを行っているもよう。あと、機動性のあるバイクボランティアにとりくんでいる。
新潟県の要請で各都道府県を通じて全国の医療機関に呼びかれられた医師支援が、ある。避難施設での医療救護活動と心のケア。実際の活動の詳細はわからず。
医療機関からの支援も、医療支援に限ったことではない。避難所から損壊した自宅に帰る住民もでてくる。避難所の人たち全員が仮設住宅に入れるわけではない。全壊の人だけだ。これからますます寒くなり、長期に渡る支援・ボランティアが必要となっている。何が求められるか被災者の状況をつかみ、声を聞き、現状にあった支援が必要だ。政府や行政に対する要求も含め、いっしょになって真の打開策をつくっていかなければならないと思う。避難所生活で、感染予防の1つとして、うがい手洗いの励行とともに、インフルエンザワクチン接種も無料ですぐに実施できるようにすることも必要な対策だろう。
2004/10/29のBlog
[ 00:35 ]
[ 災害支援 ]
阪神大震災の被災者支援で中心を担った神戸協同病院の上田院長がNHKラジオの取材に答えた。阪神大震災の教訓に満ちて、今回の被災者支援にとって、大変有益意な意見だと思い、そのまま紹介したい。内容は、次のとおりだ。
--------------------------------------------------------------------------
(1)農村でも同じことが起こっている。高齢者は都市でも農村でも被害を受けやすいということだ。また農村は都市よりはるかに高齢社会であるので、被害を受ける人は多くなる。農村は都市維持用に高齢者対策が必要だろう。
(2)高齢者の方が地震のショックでなくなる原因:①高齢者は症状の有無に関わらず動脈硬化が進んでいる。②少しの負荷で血栓や出血が生じ、心筋梗塞や脳梗塞・脳出血を起こす。③高齢者の方がストレスに弱い。ことに自宅の全壊、家族親類の死亡にショックを受ける。
(3)避難所での高齢者のケアについて:次の2つの面で考える必要がある。
《 元気な高齢者を含め一般の人に対して 》
①最も重要なのは水とトイレである。水はペットボトルを配ればすむが、水道が止まると水洗トイレはつまってしまう。阪神大震災ではトイレがすぐに詰まってしまい使えなくなった。もし水道が止まっているなら簡易トイレの設置などが必要。トイレを使わないために、水・食料を採らない老人がいた。
②暖房の工夫。毛布などだけでなく、ストーブなど。
③大勢が避難しているので感染防止対策。マスクの着用とうがい・手洗いの励行。
④救護所の設置。医者看護師がすぐ近くにいて医療が受けられるのは、それだけで非常に安心である。避難所が長期化する場合はかぜ対策のため、インフルエンザワクチン接種を進めた方がいいだろう。
⑤ボランティアなどによる炊き出し。支援者による暖かい美味しい豚汁は、胃と心を和ませる。
⑥プライバシーの保護。避難所では段ボールなどの囲い。
⑦風呂。入浴で身体と心は生き返る。
⑧情報の伝達。情報が伝わらないと不安は増幅する。
⑨精神的に強いショックを受けている人のフォロー。1ヶ月を越えて症状を持ち越し、PTSDに陥りやすい。専門家へつなぐこと。
⑩自治組織。都市でないので、多分すぐできるでしょう。
《 虚弱な高齢者に対して 》
①虚弱な高齢者は弱る前に、避難所から特養老人ホームなどへ緊急保護するべきである。あるいは衰弱したら早めに入院して頂いた方がいい。ことに死亡率の高いのは初めの1週間で発病する高齢者である。最初の1週間での保護が大事である。
②避難所ではトイレに近い場所へ移動してもらう。トイレが遠いために水や食料をとらなかった高齢者もいた。
③炊き出しはまず元気な人が並ぶ。虚弱な人まで回らないかもしれない。本人のところまで届けてあげる必要がある。
(4)他の切り口
大事なことは「家が壊れなくても高齢者は亡くなる」という点である。実は阪神大震災での関連死は避難所より自宅で発生していた。(避難所発生が3割、自宅発生が7割であった。)自宅で頑張る人は必ずいる。また直後は避難所にいても、家が一部破損ですんでいたら自宅へ戻る人は多い。自宅にいる人への同様の対策が必要である。水道・ガスが復旧していないと、生活の負担は大きい。避難所だけをみていてはならない。現在は介護保険でどこの誰が要介護であるか分かっている。要介護認定を受けている人をピックアップすればよい。
ところで震災で介護サービスは停止する可能性が高い。要介護高齢者は介護保険に依存して地域で生活している側面があるので、心配される。思い切って施設に保護したほうがよい高齢者もいるだろう。
今回の震災は介護保険が整備されたのちに起こった初めての大規模震災である。介護保険が高齢者の保護にうまく利用されるか、逆に被害を拡大するのかが試されるだろう。
--------------------------------------------------------------------------
どうでしょうか。参考になったのでは。
もしボランティアに行くなら、これらのことも念頭に入れて、被災者のニーズをよくつかみ、または、被災者の人たちと話し合い、様々な創意あるボランティアを編み出していったらいいと思う。
阪神大震災のときには、おじや隊、ガレキ隊、お風呂隊、散髪隊など様々なボランティアを計画し実践していた。ボランティア同士交流したり、情報交換し、話し合って次の日の相談をしていた。
ボランティアに限らず、できることを考え、実行しよう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 被災者支援を掲載しているBlog ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
alex99さんの『深夜の不眠症カフェ Insomnia cafe』
hydrangeaさんの『hydrangea ぐたくた生活<避難所>』
マユさんの『そらもよう』
『シャカイノマド(中越地震対策特別期間)』
『新潟復興ボランティアを支援するBLOG』
☆☆☆☆☆☆☆☆ 被災者の生の声が掲載されてるサイト ☆☆☆☆☆☆☆☆
ARTemisさんの日記『アートに恋して』
asaco tanakaさんの日記『標高100mの風』
枇杷さんの日記『園丁日記』
ひじりさんの『MEKEKEMORA』
--------------------------------------------------------------------------
(1)農村でも同じことが起こっている。高齢者は都市でも農村でも被害を受けやすいということだ。また農村は都市よりはるかに高齢社会であるので、被害を受ける人は多くなる。農村は都市維持用に高齢者対策が必要だろう。
(2)高齢者の方が地震のショックでなくなる原因:①高齢者は症状の有無に関わらず動脈硬化が進んでいる。②少しの負荷で血栓や出血が生じ、心筋梗塞や脳梗塞・脳出血を起こす。③高齢者の方がストレスに弱い。ことに自宅の全壊、家族親類の死亡にショックを受ける。
(3)避難所での高齢者のケアについて:次の2つの面で考える必要がある。
《 元気な高齢者を含め一般の人に対して 》
①最も重要なのは水とトイレである。水はペットボトルを配ればすむが、水道が止まると水洗トイレはつまってしまう。阪神大震災ではトイレがすぐに詰まってしまい使えなくなった。もし水道が止まっているなら簡易トイレの設置などが必要。トイレを使わないために、水・食料を採らない老人がいた。
②暖房の工夫。毛布などだけでなく、ストーブなど。
③大勢が避難しているので感染防止対策。マスクの着用とうがい・手洗いの励行。
④救護所の設置。医者看護師がすぐ近くにいて医療が受けられるのは、それだけで非常に安心である。避難所が長期化する場合はかぜ対策のため、インフルエンザワクチン接種を進めた方がいいだろう。
⑤ボランティアなどによる炊き出し。支援者による暖かい美味しい豚汁は、胃と心を和ませる。
⑥プライバシーの保護。避難所では段ボールなどの囲い。
⑦風呂。入浴で身体と心は生き返る。
⑧情報の伝達。情報が伝わらないと不安は増幅する。
⑨精神的に強いショックを受けている人のフォロー。1ヶ月を越えて症状を持ち越し、PTSDに陥りやすい。専門家へつなぐこと。
⑩自治組織。都市でないので、多分すぐできるでしょう。
《 虚弱な高齢者に対して 》
①虚弱な高齢者は弱る前に、避難所から特養老人ホームなどへ緊急保護するべきである。あるいは衰弱したら早めに入院して頂いた方がいい。ことに死亡率の高いのは初めの1週間で発病する高齢者である。最初の1週間での保護が大事である。
②避難所ではトイレに近い場所へ移動してもらう。トイレが遠いために水や食料をとらなかった高齢者もいた。
③炊き出しはまず元気な人が並ぶ。虚弱な人まで回らないかもしれない。本人のところまで届けてあげる必要がある。
(4)他の切り口
大事なことは「家が壊れなくても高齢者は亡くなる」という点である。実は阪神大震災での関連死は避難所より自宅で発生していた。(避難所発生が3割、自宅発生が7割であった。)自宅で頑張る人は必ずいる。また直後は避難所にいても、家が一部破損ですんでいたら自宅へ戻る人は多い。自宅にいる人への同様の対策が必要である。水道・ガスが復旧していないと、生活の負担は大きい。避難所だけをみていてはならない。現在は介護保険でどこの誰が要介護であるか分かっている。要介護認定を受けている人をピックアップすればよい。
ところで震災で介護サービスは停止する可能性が高い。要介護高齢者は介護保険に依存して地域で生活している側面があるので、心配される。思い切って施設に保護したほうがよい高齢者もいるだろう。
今回の震災は介護保険が整備されたのちに起こった初めての大規模震災である。介護保険が高齢者の保護にうまく利用されるか、逆に被害を拡大するのかが試されるだろう。--------------------------------------------------------------------------
どうでしょうか。参考になったのでは。
もしボランティアに行くなら、これらのことも念頭に入れて、被災者のニーズをよくつかみ、または、被災者の人たちと話し合い、様々な創意あるボランティアを編み出していったらいいと思う。
阪神大震災のときには、おじや隊、ガレキ隊、お風呂隊、散髪隊など様々なボランティアを計画し実践していた。ボランティア同士交流したり、情報交換し、話し合って次の日の相談をしていた。
ボランティアに限らず、できることを考え、実行しよう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 被災者支援を掲載しているBlog ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
alex99さんの『深夜の不眠症カフェ Insomnia cafe』
hydrangeaさんの『hydrangea ぐたくた生活<避難所>』
マユさんの『そらもよう』
『シャカイノマド(中越地震対策特別期間)』
『新潟復興ボランティアを支援するBLOG』☆☆☆☆☆☆☆☆ 被災者の生の声が掲載されてるサイト ☆☆☆☆☆☆☆☆
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ひじりさんの『MEKEKEMORA』2004/10/28のBlog
[ 18:42 ]
[ 災害支援 ]
本日、愛媛県保健福祉部長より、新潟県から、新潟県中越地震の医療救護活動について、ボランティアの医療スタッフを募集している旨の協力依頼があり、職員への周知と、参加希望者がある場合は、その参加について配慮をお願いする旨の文書依頼が、各病院長宛にあった。
各都道府県を通じて、各医療機関または、病院宛に、医療救護活動や心のケアを行う専門職のボランティア参加のお願いがあったと推測される。
その文書の全文は次のとおりです。
--------------------------------------------------------------------------
平成16年10月25日
平成16年 新潟県中越地震の被災者に対する
医療救護活動等への参加受付を行っています。
新潟県では、新潟県中越地震により被災された方々に対する、避難施設での医療救援活動や心
のケアを行う専門職の参加を受け付けます。なお、参加にあたっては、出来るだけ同一の研究機関
や医療機関単位でのまとまった参加をお願いいたします。
1 受付期間
平成16年10月25日~平成16年11月8日(状況により延長します。)
2 活動内容
(1) 医療救護活動
避難施設で被災住民の手当てや応急措置などの医療救護活動等を行います。
スタッフとして、医師(診療科は問わない。)、看護師、保健師、薬剤師、歯科医師、補
助者等
(2) 心のケア活動
避難施設で被災住民、特に高齢者の被災による精神的ショックや長引く被災生活によ
るストレス等からの心身の健康を損ないがちであることから、専門家による診療・相談
活動等を行います。
なお、診療・相談活動は、少なくとも1週間以上で、宿泊場所は避難施設を利用し
ますので、事前に寝袋等の準備をお願いします。
スタッフとして、精神科医師、臨床心理士、精神保健福祉士、看護師、精神保健福祉相
談員等のチーム
3 その他
参加については、無報酬であり、旅費、宿泊費、ボランティア保険等は自己負担です。
4 照会・連絡先
(1) 医療救護
新潟県福祉保健部医薬国保課
TEL 025-280-5184~5188 FAX 025-285-5723
(2) 心のケア
新潟県福祉保健部健康対策課 (精神保健福祉係)
TEL 025-280-5201 FAX 025-285-8757
--------------------------------------------------------------------------
医療従事者で、職員数の多い病院では、管理者に「ボランティアに参加したいのですが」と相談したら、休みをとらせてくれるかもしれない。ボランティアに行きたいと思っている医療関係者は、ちょっと相談してみる価値があるかもしれない。
どうでしょうか。
☆☆☆☆☆☆☆☆ 関連情報を掲載しているBlog ☆☆☆☆☆☆☆☆
502Storeさんの『502Store』
indigoさんの『徒然勿忘草』
各都道府県を通じて、各医療機関または、病院宛に、医療救護活動や心のケアを行う専門職のボランティア参加のお願いがあったと推測される。
その文書の全文は次のとおりです。
--------------------------------------------------------------------------
平成16年10月25日
平成16年 新潟県中越地震の被災者に対する
医療救護活動等への参加受付を行っています。
新潟県では、新潟県中越地震により被災された方々に対する、避難施設での医療救援活動や心
のケアを行う専門職の参加を受け付けます。なお、参加にあたっては、出来るだけ同一の研究機関
や医療機関単位でのまとまった参加をお願いいたします。
1 受付期間
平成16年10月25日~平成16年11月8日(状況により延長します。)
2 活動内容
(1) 医療救護活動
避難施設で被災住民の手当てや応急措置などの医療救護活動等を行います。
スタッフとして、医師(診療科は問わない。)、看護師、保健師、薬剤師、歯科医師、補
助者等
(2) 心のケア活動
避難施設で被災住民、特に高齢者の被災による精神的ショックや長引く被災生活によ
るストレス等からの心身の健康を損ないがちであることから、専門家による診療・相談
活動等を行います。
なお、診療・相談活動は、少なくとも1週間以上で、宿泊場所は避難施設を利用し
ますので、事前に寝袋等の準備をお願いします。
スタッフとして、精神科医師、臨床心理士、精神保健福祉士、看護師、精神保健福祉相
談員等のチーム
3 その他
参加については、無報酬であり、旅費、宿泊費、ボランティア保険等は自己負担です。
4 照会・連絡先
(1) 医療救護
新潟県福祉保健部医薬国保課
TEL 025-280-5184~5188 FAX 025-285-5723
(2) 心のケア
新潟県福祉保健部健康対策課 (精神保健福祉係)
TEL 025-280-5201 FAX 025-285-8757
--------------------------------------------------------------------------
医療従事者で、職員数の多い病院では、管理者に「ボランティアに参加したいのですが」と相談したら、休みをとらせてくれるかもしれない。ボランティアに行きたいと思っている医療関係者は、ちょっと相談してみる価値があるかもしれない。
どうでしょうか。
☆☆☆☆☆☆☆☆ 関連情報を掲載しているBlog ☆☆☆☆☆☆☆☆
502Storeさんの『502Store』
indigoさんの『徒然勿忘草』2004/10/27のBlog
[ 11:41 ]
[ 災害支援 ]
今すぐ、自分にできること。
災害の状況、災害支援の状況を注視する。
このブログで、ボランティアや義援金などの呼びかけや、できることを考える。
まず、義援金を送る。
うちの病院で、義援金の呼びかけや、災害支援のことを話題にする。院内報で、災害支援の情報を流す。
うちの病院で、ボランティアに行こうという職員が行きやすいように、有給で「特別休暇」扱いになるように法人に働きかける。現場からボランティアを送り出せるように調整する。
仕事の調整をして、ボランティアに行けたら・・・ できれば、北陸出身者を連れて、いっしょに行けたらいいと思う。
現在のところ、ボランティアが大量に不足しているもよう。
『長岡市災害ボランティアセンター』のブログによれば、10/26の長岡市社協を通じてのボランティアは、197名。避難所は、120箇所あり、それぞれ5~10名のボランティアが必要。1000名規模のボランティアが必要になっているのだ。
ただし、ボランティアには注意が必要だ。「自己完結型」の装備・スケジュールで。社協災害ボランティアセンターに必ず連絡を。社協では必ずボランティア保険に入るようになっている。
事前の情報収集はかかせない。以下のサイトは、要チェック!
新潟県社会福祉協議会『新潟県災害救援ボランティア本部』
内閣府防災予防担当による『現在の防災ボランティア関係情報』
新潟在住のびれおさんのブログ『3789番目のDoblog 』と信州FMのもう1つのブログ『ふらふらblog』
INTERNET Watchの『新潟県中越地震リンク集』
さあ、できること考えよう。
----------------------------------------------------------------------------
※ボランティアに行く場合は、事前に場所、行き方、状況について、ネットで調べた上で行動を。
災害の状況、災害支援の状況を注視する。
このブログで、ボランティアや義援金などの呼びかけや、できることを考える。
まず、義援金を送る。
うちの病院で、義援金の呼びかけや、災害支援のことを話題にする。院内報で、災害支援の情報を流す。
うちの病院で、ボランティアに行こうという職員が行きやすいように、有給で「特別休暇」扱いになるように法人に働きかける。現場からボランティアを送り出せるように調整する。仕事の調整をして、ボランティアに行けたら・・・ できれば、北陸出身者を連れて、いっしょに行けたらいいと思う。
現在のところ、ボランティアが大量に不足しているもよう。
『長岡市災害ボランティアセンター』のブログによれば、10/26の長岡市社協を通じてのボランティアは、197名。避難所は、120箇所あり、それぞれ5~10名のボランティアが必要。1000名規模のボランティアが必要になっているのだ。
ただし、ボランティアには注意が必要だ。「自己完結型」の装備・スケジュールで。社協災害ボランティアセンターに必ず連絡を。社協では必ずボランティア保険に入るようになっている。
事前の情報収集はかかせない。以下のサイトは、要チェック!
新潟県社会福祉協議会『新潟県災害救援ボランティア本部』
内閣府防災予防担当による『現在の防災ボランティア関係情報』
新潟在住のびれおさんのブログ『3789番目のDoblog 』と信州FMのもう1つのブログ『ふらふらblog』
INTERNET Watchの『新潟県中越地震リンク集』さあ、できること考えよう。
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※ボランティアに行く場合は、事前に場所、行き方、状況について、ネットで調べた上で行動を。
2004/10/26のBlog
[ 22:31 ]
[ 災害支援 ]
新潟中越地震のテレビ報道を見るたびに、何とかしないと本当大変だと思う。
きのうまでに、医療生協の関係で近県から医療従事者中心に78名が新潟入り。
診療所での医療支援や、避難所をまわり健康状態のチェック、地域訪問での安否確認などを行っている。
まだ、市の指定を受けていない避難所があり、食料の配給がされていないところも多数あるようだ。
詳しくは、『日本生活協同組合連合会医療部会』のトピックス参照
【 支援物資で求められている物 】
食料…全般 あたたかいもの バナナ 日持ちのするもの
医療…予防用に風邪薬や頭痛薬、うがい薬
生活物資…カセットコンロ、歯ブラシなど
その他…ラジオ、ポータブルトイレなど
避難所の体育館では地震の不安で、車の中で寝る人たちがたくさんいることが報道されている。精神的にも、肉体的にも大変な状況にある。健康状態が悪化して亡くなる人までいる。ライフラインの復興も時間がかかるだろうし、ライフラインが復興したあとも、避難所生活する人が多数残される。
仮設住宅もそのうちできるだろうが、長く残される人も出てくる。
政府や自治体はもとより、全国からの支援を必要としている。
阪神大震災のとき、私たちの関連の医療機関では、のべ1万人の医療従事者を送り出し、物資や医療支援、壊れた家で生活する人、避難所生活をする人へ血圧計を持って訪問した。あのときも寒い時期だった。建設中の電気も通っていない冷たい床の図書館で、ちょっと立ち寄っただけの支援者でもすぐ風邪をひきそうなところでの生活。透析患者がいるため、バケツリレーで水を運んだり。
水と食料が行き届くようになっても、寒さ、肉体的精神的な疲れ、家が倒壊して生活のメドが立たない。神戸のときは避難生活に耐え切れず、壊れたかけた家に戻るお年よりがたくさんいた。
震災があって2ヶ月後の頃は、ボランティアがたくさん活動していた。おじや隊(おじやを作り避難所で配る)、ガレキ隊(震災の後片付けを手伝いに)など若者自身がいろんなことを編み出してボランティアをしていた。医療系の学生も全国から集まり、これらのボランティアや血圧計を持って避難所の訪問をしていた。
神戸の震災から7ヶ月後、あちこちに仮設住宅が建てられていたが、不自由な生活にかわりはない。この頃、仮設住宅での孤独死も問題になっていた。医系学生たちといっしょに仮設住宅のお宅を訪問した。長期にわたって支援が必要なのだ。
みんなで、できることを考えよう。義援金、物資支援、ボランティア、政府への要望、励ましのブログやメールなどなど。
きのうまでに、医療生協の関係で近県から医療従事者中心に78名が新潟入り。
診療所での医療支援や、避難所をまわり健康状態のチェック、地域訪問での安否確認などを行っている。
まだ、市の指定を受けていない避難所があり、食料の配給がされていないところも多数あるようだ。
詳しくは、『日本生活協同組合連合会医療部会』のトピックス参照
【 支援物資で求められている物 】
食料…全般 あたたかいもの バナナ 日持ちのするもの
医療…予防用に風邪薬や頭痛薬、うがい薬
生活物資…カセットコンロ、歯ブラシなど
その他…ラジオ、ポータブルトイレなど 避難所の体育館では地震の不安で、車の中で寝る人たちがたくさんいることが報道されている。精神的にも、肉体的にも大変な状況にある。健康状態が悪化して亡くなる人までいる。ライフラインの復興も時間がかかるだろうし、ライフラインが復興したあとも、避難所生活する人が多数残される。
仮設住宅もそのうちできるだろうが、長く残される人も出てくる。
政府や自治体はもとより、全国からの支援を必要としている。
阪神大震災のとき、私たちの関連の医療機関では、のべ1万人の医療従事者を送り出し、物資や医療支援、壊れた家で生活する人、避難所生活をする人へ血圧計を持って訪問した。あのときも寒い時期だった。建設中の電気も通っていない冷たい床の図書館で、ちょっと立ち寄っただけの支援者でもすぐ風邪をひきそうなところでの生活。透析患者がいるため、バケツリレーで水を運んだり。
水と食料が行き届くようになっても、寒さ、肉体的精神的な疲れ、家が倒壊して生活のメドが立たない。神戸のときは避難生活に耐え切れず、壊れたかけた家に戻るお年よりがたくさんいた。
震災があって2ヶ月後の頃は、ボランティアがたくさん活動していた。おじや隊(おじやを作り避難所で配る)、ガレキ隊(震災の後片付けを手伝いに)など若者自身がいろんなことを編み出してボランティアをしていた。医療系の学生も全国から集まり、これらのボランティアや血圧計を持って避難所の訪問をしていた。
神戸の震災から7ヶ月後、あちこちに仮設住宅が建てられていたが、不自由な生活にかわりはない。この頃、仮設住宅での孤独死も問題になっていた。医系学生たちといっしょに仮設住宅のお宅を訪問した。長期にわたって支援が必要なのだ。
みんなで、できることを考えよう。義援金、物資支援、ボランティア、政府への要望、励ましのブログやメールなどなど。
2004/10/25のBlog
[ 20:54 ]
[ ブログ生活 ]
Doblogのデザインテンプレート-紙飛行機のやつを使ってきたが、そろそろデザインを変えようと決めていた。
PurpleMoon Online Diaryさんより、デザインテンプレートをお借りした。
画像は、松本の帰りに飛行機から撮った知多半島の写真を加工したものだ。
あとタイトルを少し大きくし、全体的に幅を狭めてみた。どんなもんでしょうか。
PurpleMoon Online Diaryさんより、デザインテンプレートをお借りした。
画像は、松本の帰りに飛行機から撮った知多半島の写真を加工したものだ。
あとタイトルを少し大きくし、全体的に幅を狭めてみた。どんなもんでしょうか。
2004/10/24のBlog
[ 16:52 ]
[ 食べ物 ]
松本の出張2日目。松本城を見たあと、さあおみやげ探しだ。
総務へのおみやげは早々に決め、城の中のみやげもの屋で、松本城の限定キティーちゃんのストラップとハンカチを娘に購入。
あとは、家へのみやげのみ。もちろん美味いものをみやげに自分も食べなきゃ。
松本城を出た後、ちょっとブラブラ。美味しそうなものが店頭にならべてある。
総務へのおみやげは早々に決め、城の中のみやげもの屋で、松本城の限定キティーちゃんのストラップとハンカチを娘に購入。
あとは、家へのみやげのみ。もちろん美味いものをみやげに自分も食べなきゃ。
松本城を出た後、ちょっとブラブラ。美味しそうなものが店頭にならべてある。
[ 16:22 ]
[ 写真 ]
ちょっとかすみがかかった状態だったが、画像を調整したら、なんとか見られるようになった。
常滑・半田・知多半島の写真だ。うちの実家は、常滑市。写真中央付近が実家だ。
右下の湾になっているところが競艇場。半島の中央を縦断しているのが、知多半島道路だ。半島は南に向かって伸びているので地図でいうと逆さま。
常滑は焼きもの町で、煙突がたくさん見える。
常滑・半田・知多半島の写真だ。うちの実家は、常滑市。写真中央付近が実家だ。
右下の湾になっているところが競艇場。半島の中央を縦断しているのが、知多半島道路だ。半島は南に向かって伸びているので地図でいうと逆さま。
常滑は焼きもの町で、煙突がたくさん見える。
煙突が見えるのは嘘だが、焼き物を焼くのも今は電気やガスなので、そもそも煙突も少なくなった。登り窯のあとはあるが・・・
私が行った2つ目の大学も写っている。
ちょうどあそこの白いところ。懐かしいなー
と思いながら、何枚か写真を撮った。
私が行った2つ目の大学も写っている。
ちょうどあそこの白いところ。懐かしいなー
と思いながら、何枚か写真を撮った。
[ 16:07 ]
[ 写真 ]
松本から、伊丹に向かった。
松本は、たくさん雲が出ていた。飛行機で上空に上がると厚い雲を通り過ぎ、上に出た。
しかし、その上にも雲だ。
それでも富士山は見えた。
座席は、前方窓側。ラッキーにもとなりの席は誰もいない。隣の人に覗き込まれて、顔が近づいてくることもない。気兼ねなく写真が撮れた。
松本は、たくさん雲が出ていた。飛行機で上空に上がると厚い雲を通り過ぎ、上に出た。
しかし、その上にも雲だ。
それでも富士山は見えた。
座席は、前方窓側。ラッキーにもとなりの席は誰もいない。隣の人に覗き込まれて、顔が近づいてくることもない。気兼ねなく写真が撮れた。
[ 15:26 ]
[ 写真 ]
帰りは、16:15の飛行。行き同様に、伊丹空港からの乗り継ぎだ。
飛ぶまで時間があるので、一服がてら空港の外をブラブラ。
日常から離れて、「ちょっと秋を感じる」が「美味しいものを食べる」の他に、密かなテーマだったので、空港の敷地内で写真を1枚。
ここでも山が見れたらなあと思う。
飛ぶまで時間があるので、一服がてら空港の外をブラブラ。
日常から離れて、「ちょっと秋を感じる」が「美味しいものを食べる」の他に、密かなテーマだったので、空港の敷地内で写真を1枚。
ここでも山が見れたらなあと思う。