ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
KiKidoblog
Blog
[ 総Blog数:1749件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2005/03/13のBlog
ヤフー検索のソフトバンク、インターネットショップの楽天、インターネットHPのライブドア、これらの会社の”成長曲線”が見事にスケールフリーネットワークの発展形式に乗っている、と指摘したのが私である。(実証された”便利の不便”?

1980年代後半から始まったインターネットの世界的爆発に最初に参入していった順にこれらの企業は電子マネーの世界で順調に成長を遂げて今や2つはプロ野球のオーナーとなり、1つはテレビのオーナーとなりつつある。

ライブドアの社長のホリエモンこと堀江社長。この人の話題が出ない日がないくらいに昨今の話題を独占している。まるでライブドアがテレビ界をジャック(乗っ取り)してしまった観がある。この意味では、M&Aの成否に関わらず知名度を国際級に上げることに成功したという点に関してはどっちに転んでもライブドアの勝利であるということにはまず間違いないところであろう。

今回はこの話題の背後にある問題のいくつかを紹介しておこう。

(あ)まず最初は、日本の大学人、大企業人、研究者たちはインターネット大企業を生み出さなかった、という事実である。

日本ではインターネット技術は1980年代後半から一部の大学や大企業や国立研究所から始まり1990年代中頃以降に本格化してきた(【496】 ここは今月で停止します。:blogに移行のお知らせ 2004/11/26(Fri))。この間、Eメールのやりとりや掲示板は大学や大企業や研究所などの間のみで密かに行われただけで、一般人はその存在すら知る由はなかった。これは大いなるチャンスであった。

しかし、これが何をもたらしたかと言うと、このように国立大学や国立研究所のスタッフ、あるいは大企業の職員などはかなり早くからインターネットの存在を知りその恩恵を受けてきたが、インターネットビジネスに可能性を信じ、実際に自分の職場から”飛び出して”事業を起こすまで突き進むものは全くいなかった、ということである。つまり、日本のインテリたちは自分達のビジネスチャンスを手にしていながらそれを生かさず、みすみすチャンスを失ったのである。日本のこうしたインテリやテクノクラートたちは、国に雇われて国家公務員というエリート的立場で安泰であり、身分の低い野に下り、自分の身を焦がしてまでビジネスを物にしようという気迫は全く皆無であったのである。もちろんこれは現在でも一般に言えることである。

ここに1980年代にアメリカ留学帰りの孫氏、やはり1990年代にアメリカ留学帰りの三木谷氏、1990年代後半に東京に上京した堀江氏のような人物達が登場することとなった。

孫氏は、1980年代にはすでにカリフォルニアで常識となっていたスタンフォード大の学生が立ち上げたインターネット検索システムの会社ヤフーの技術に目を付けた。そして国内でこのビジネスに乗り出した。

三木谷氏はインターネット時代がすでに日本に飛び火しこれから日本も本格的にネット社会に入るという時に、インターネットショッピングの世界に入ったのである。これはかつて1970年代後半から日本がテレビ社会に入り、テレビ広告事業が本格化する頃にテレビショッピングが新規企業として急速に発達したことにほぼ対応する。

そして堀江氏はすでにインターネットの基盤整備も終わり、インターネット社会も根付き、一般人が携帯電話やパソコンを使ってHP作りに参入し始めた1995年頃にHP製作事業を始めた。

このように、世の中における15年間のインターネット社会への爆発的社会変革の流れの結果として、上の3者はこの世界へ参入する時期が見事にズレていたにもかかわらず、三者三様にビジネスを成功させることが出来たのである。もちろん、これらの他にまだ世の中ではそれほど知名度はないが、似たようにして大成功してきている新規ビジネスの会社は数多く存在する。

この問題の意味するものは何か?

それは、これまでの日本の秀才作りのための(いわゆる『学力低下問題』で議論されているような)日本の教育はいくら蒸し返したとしても、国家公務員(あるいは官僚的人材)を供給することはできても、これら3人のような創発的な人材を生み出すことには繋がらない、ということである。

(い)第2の問題は、国内においてこのインターネット時代の精神土壌、あるいは精神風土には何か似通ったところがある、ということである。

実は、孫、三木谷、堀江に代表される人物の先駆的な人物がいた。それはオウム真理教のあの麻原である。この新興宗教団体のメンタリティーと最近のヤフー、楽天、ライブドアの企業人達のメンタリティーは実に似ている、と私は感じている。

オウム真理教への投資家は、もちろんオウム真理教信者であった。メインビジネスはなんとパソコン販売事業であり、秋葉原にいくつも出店していたのである。日本のインターネット事業の一旦を末端レベルで支えたのがオウム真理教であったとすら言えるのである。実際、オウム真理教の幹部のほとんどすべてはエリート大学の理系出身者であった。

この教団の名物がかの上裕氏であった。ハンサムな顔だちと知的な論法でマスコミを煙りに巻き、”ああいえば上裕”という名言までできたほどである。

結局、この教団は拉致や殺人部隊を作り、猛毒サリンを製造、そして松本サリン事件や地下鉄サリン事件を起こして犯罪組織と化してしまったが、ハイテクやインテリへの強い憧れ、金や権力への希求など、そのメンバーの精神レベル、精神構造は何か最近のインターネットビジネスマンたちと通じるものを私は感じるのである。上裕氏と堀江社長に何か共通のものを見るのは私だけだろうか?

(う)第3の問題は、お金の行き着く先のことである。

上に紹介したオウム真理教もパソコン販売とその収益の”扮飾決済”(つまりビジネスして儲けているのに宗教団体だからという理由で税金逃れすること)で一気に大企業なみの資産を残したのである。

では、その結果はどうなったか?

これも周知の事実で、その金で日本全国に教団支部という名目で不動産や土地を買い漁ったのである。この代表的なものが山梨県にある上九一色村(現在は統廃合でこの名はなくなりつつある)に作られたサティアンという名の建物群であった。この中でサリンが製造され、虐待が行われた。

私の個人的観点からすれば、昨年、ライブドアの堀江氏、楽天の三木谷氏、そしてヤフーの孫氏が矢継ぎ早にプロ野球球団を買収したが、これこそかつてオウム真理教が辿った道と同じ道を辿り始めたのではないか、と見えるのである。要するに、マネーの不動産化である。

インターネット会社がいくら儲けた、何百億円儲けたといっても、それはあくまで電子決済に打ち出される、いわゆる”電子マネー”でしかない。これはバーチャルなものである。実態が全くない。確かに電子決済の範囲では株売買は行われるが、これで失われる危険性も実に高い。そこでどうしても物理的実態を持つ何かに電子マネーを移したいわけである。

そこで考え出されたものが、プロ野球組織やプロサッカーなどの買収、つまりオーナーになることである。それゆえ、ライブドアの堀江氏、楽天の三木谷氏、そしてヤフーの孫氏の三者が同じように不動産化を狙ったのである。ライブドアはこのプロ野球参加には失敗したために、それに変わる何かを模索しなくてはならなかった。それがフジサンケイグループの買収である。

実は、堀江氏がところどころで言っているように、本来の目的は資産価値2000億円は下らないと見られている日本放送の持つ”不動産”である。放送事業はすでにホリエモンも自分のライブドアからインターネット放送しているように、完全に既知の技術となっている。だから日本放送のラジオをインターネット化したところでそうたいして変わるものではない。それゆえ何よりも電子マネーで得たいものは、不動産価値なのである。

これは、いわゆるファーストフード、例えばマクドナルドなど、でいわれていることだが、ハンバーガー屋さんはあくまで表向きのビジネスであり、本来のビジネスはその店鋪が占有する一等地にある不動産である、とマクドナルドの社長が語ったことがある。

これは、つい最近崩壊の一途を辿りつつある、堤家の西部王国にも言えることである。西部デパートなど西部の行っているビジネスはあくまで表向きのものであり、本来はその元締であったコクドが保有する不動産にあったのである。コクドは不動産バブル時代に日本中の不動産を買い漁り、巨額の利益を上げていてもいつも会社を借金漬けにしておく形で税金逃れをしていた、という曰く付きの会社であった。

借金財政の名目で税金逃れができる。これがどう現在変わったか私は知らないが、このままであれば、新規事業であるライブドア、楽天、ヤフーなどが同じようにして税金逃れできるという可能性もある。

まあ、文字どおりの”扮飾決済”ではなくても実質上はそれにあたるような方法は幾らでもあり得るだろう。要するに、いかにして税金逃れするか、ということである。

富みを貯え過ぎると、誰もが一度必ずこの問題に行き当たる。ライブドア、楽天、ヤフーなどもこの問題に行き当たっていると言えるだろう。

(え)最後は、インターネット事業の”末路”である。

現在”高度成長バブル”、”土地バブル”の象徴であったダイエーや西部が落日を迎えた。1代で築きあげたマンモス会社ダイエーもすべては他人の手に移ってしまった。西部も2代目でとうとう潰えてしまいそうである。事業は3代(およそ100年)持てば良い、という古来の教えが現在も生きているのであろうか。あるいは、

”祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
 驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。
 猛き人もついに滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。”

という平家物語の教訓はいつの時代にも通じることなのだろうか。実に不思議なところである。

1970年代の”高度成長バブル”、1980年代の”不動産バブル”、1990年代の”インターネットバブル”、2000年代の”科学研究バブル”など、近現代の日本でも次々新しいムーブメントがあった。そしてその度に、新時代のヒーローが誕生した。そして時代の英雄、時代の寵児ともてはやされ、また新しい時代へ変遷するとともに勢いを失い、バブル崩壊の落日の時を迎える。寂しいかな、これが現実である。

では、最初にあげたインターネットの時代の寵児たちにも落日の時が来るのだろうか?

答えはイエス、である。

実はアメリカではすでに数年前にインターネットバブル崩壊してしまったのである。それが、アメリカの超大企業エンロンやワールドコムの崩壊であった。(ワールドコム事件と
株式市場中心経営の弱点


このワールドコム事件とは、インターネットバブル崩壊で株価が下がり、そのために失われた株式損失を食い止めるために、扮飾決済して株価操作した、という事件であった。

結果、私の記憶では、会社の重要人物が自殺という悲劇的な事件にまで発展した。これも堤帝国崩壊で西部の元社長だったか、東大出身の役員が自殺したというのと似ているのである。

私の観点では、ライブドア、楽天、ヤフーなどの時代の寵児にもいずれこういった逆風時代がいつかかならず訪れる時が来るということである。どういうわけか、私には、ライブドア、楽天、ヤフーなども見事に上のセオリー通りの発展衰亡曲線に乗っているように見えるのである。

では、どのようにして維持すれば良いか。

実はこの答えも存在する。それは、イギリス王室や日本の天皇家、あるいはトヨタなど長期に渡り存続している組織の秘訣を真似をすることである。

天皇家といえども、すでに血筋で維持しているわけではない。明治天皇の血筋は現在の天皇家では度重なる民間人を皇后に迎えたためにすでに1/4以下であろう。太古の天皇の血筋とは現在の天皇は全く違っているはずである。イギリス王朝とて同じことである。ダイアナ妃は民間人である。一方、トヨタのように豊田の血筋は最初から事業トヨタには無関係なのである。血筋で社長は決めないのである。

西部の失敗、古くは平家の失敗は、代表者を血筋で決めたからである。

このように結局事業は大きくしても今度はそれを自分の家族に残すのではなく、社会事業として普通の一般人に委ねる。そして、自分はさらに新規事業に乗り出す。おそらくこの方法しかないのであろう。

要するに、企業はいずれ一人立ちして創業者の手から離れるものなのである。これは自分の子供がいずれ親を超え、親の手を離れる、というのと同じようなことであろう。私はそう思うネ。
2005/03/10のBlog
日本のひな祭りとブラジルのひな祭りの最後に、私は

『阿波踊りとサンバ。ひな祭りとカーニバル。日本とブラジルには意外な接点があるような気がするネ。』

と書いていたが、日本ではなんと3月8日は”サンバの日”というらしい。

1昨日のこの日、東京では”マツケンサンバ”こと、松平健のサンバのフェスティバルが行われ2万人が集まったという。

しかし、”ちょっと待った!!”。

日本のものとブラジルのものとでは大きな違いがあるので、それをここでクレームしておこう。


(あ)まず、発音が違う。
そもそもブラジルの”SAMBA”は、”サムバ”であって”サンバ”(SANBA)ではない。
(い)リズムが違う。
ブラジルのサムバリズムは、”チャチャッチャ、チャチャッチャ。サムーバ、サムーバ。、、、”であり、”ビーバ、サーンバ。ビーバ、サーンバ。、、、”ではない。本場のサムバのリズムは徳島の阿波踊りのリズムにかなり近い。
(う)鳴り物が違う。
本場ブラジルのサムバは、徳島の阿波踊りと同じように、”鳴りもの”として”金属製の楽器”と”太古”を叩く。しかしマツケンサンバにはこれがなく、代わりに”金ぴかの棒”を振り回す。

(え)ステップが違う。
ブラジルの”サムバステップ”は”斜め前に蹴る”のであって、日本の”サンバステップ”のように”斜め後ろに蹴る”のではない。したがって、本場のサムバのステップはマツケンサンバステップよりはこれまた徳島の阿波踊りのステップに近い。特に、阿波踊りには”ゆっくり踊り”と”早踊り”の2種類あるが、この早踊りのステップに非常に似ている。

(お)最後に、服が違う。
本場ブラジルのサムバは夏に行われて服を脱ぐ。しかし日本のサンバは冬に行われて服を着る。これもブラジルのサムバは御盆に行われる徳島の阿波踊りに近い。

以上から、マツケンサンバば、”サンバ”であっても”サムバ”ではない。むしろ徳島の阿波踊りの方がずっとサムバに近い、ということが良く分かってもらえただろうネ。

もし3月8日が”サンバの日”であるのなら、8月3日を”サムバの日”にするとか、本場サムバの日も作って欲しいものだネ。

果たして日本に”サムバの日”は実現するか?
2005/03/08のBlog
徳島新聞記事:ハンス・ベーテ氏死去 米の原爆開発を主導によれば、日本でも有名なリチャード・ファインマン博士の盟友であり、世界の理論物理学界の重鎮の1人であったハンス・べーテ博士が死去した。享年98歳。

ハンス・べーテ博士は20世紀初頭の量子力学発見の英雄史的時代の英雄の1人であった。量子力学原理が発見されたのは今からちょうど80年前の1925年、ハイゼンベルグシュレディンガーやディラックによる。そしてパウリフェルミボルンらの手により量子力学が確立されたのは1928年頃の事である。
それからわずか4年後の1932年。このベーテ博士は現在”ベーテ仮説の方法”と呼ばれるようになる重要な論文をイタリアのエンリコ・フェルミ博士の下で研究したのである。これは磁性体物理や統計力学の一部の理論物理学者以外で知られることはなかった。この後、1938年に核反応や核融合反応の研究をし、星のエネルギー源を解明した(これが1967年のノーベル賞に繋がった)。
これから12年後の第二次世界大戦中。アメリカのオンサーガー博士が”2次元イジング模型の厳密解”を発表したのである。これは戦時中のために多くは噂話程度であったが、世界に”イジング病”を流行らせた。特に戦後世界中がフィーバーに湧き、”3次元、高次元イジング模型の厳密解を求める”という夢に向かってひたすら挑戦したのである。が、その後50年以上の歳月が経っても未だにこの夢は実現されることはなかった。
ベーテ博士は、戦時中ロスアラモスで総責任者オッペンハイマー博士の下で核反応の専門家として原爆製造(マンハッタン計画)の理論部門の責任者となり、理論物理学者ファインマン博士(この辺りのことはファインマンの本に詳しい)や2年ほど前に亡くなったエドワード・テラー博士らと共に従事した。

この間、ベーテ博士は”原爆(原子爆弾。核分裂反応を使う。)の父”の1人となり、エドワード・テラー博士は”水爆(水素爆弾。核融合反応を使う。)の父”となった。この当時はまだコンピュータも発明されておらず、計算は手計算か計算尺(けいさんじゃく)によるものであった。が、ベーテ博士はファインマン博士もびっくりするほどの暗算の名人であり、いつも何桁もの計算をすらすらやっていたという。
戦後、オンサーガー博士の唯一の”真の後継者”となったのが、中国系アメリカ人となったチェン・ニン・ヤン博士であった。ヤン博士は戦後台湾からシカゴ大学へ渡りエンリコ・フェルミ博士の下で博士となった。その後1952年にプリンストン高等研究所で磁場中の1次元イジング模型の厳密解(磁化曲線)を求めることに成功したのである。

この1952年に戦後初の国際理論物理学者会議が京都で開催された。(参考、基礎物理学研究所の歴史) これには世界中の理論物理学者が一同に集った。その中にベーテ、ファインマン、ヤン、オンサーガーらの姿もある。

1960年代に入ると、プリンストンのヤン博士は弟のヤン博士といっしょに”1次元の量子スピンの厳密解”を求めるために、”ベーテ仮説の方法”を初めて用いたのである。そして、古典的な論文を公表した。かたや同じ頃、プリンストンのリープ博士と研究していたバクスター博士はオンサーガーの2次元イジング模型の厳密解問題のもっとも一般化を行って、”スター一トライアングル(星型一三角形)関係式”を導いたのである。そして、これらが後々まったく等価であるということが理解されるようになったのである。(【450】 "Beautiful Models"(”美しい模型たち”)2004/10/15(Fri)参照。)

73年も前にベーテ博士が発明した方法や概念は未だに健在である。そしてその帳本人もまた未だに”健在”であった。”生きる神話”がハンス・ベーテ博士であった。”量子力学の最後の英雄(Last Hero of Quantum Mechanics)”がとうとう散った。御冥福を心から祈りたい。

写真:上から、ハンス・ベーテ博士、エンリコ・フェルミ博士、ラルス・オンサーガー博士、ロバート・オッペンハイマー博士、チェン・ニン・ヤン博士
2005/03/07のBlog
最近里谷選手がスキャンダルを起こしたことが問題となった。この問題には結構面白いことが潜んでいる。つまり、欧米人の公私の考え方と日本人の公私の考え方の違いが背後にあるのである。今回はこれを紹介しておこう。

さまざまなメディアの報告によれば、非番(プライベート)で専属コーチと飲み屋に入った里谷選手はそこで泥酔してしまった。人間、酒が入ると多少”すけべ”になるものである。それはアルコールやこれが分解されて出るアセトアルデヒドが脳の前頭葉の働きを妨げ、人がいわゆる”理性”を失うからである。すけべ人間と化した里谷選手はコーチと飲み屋の角でセックスを始めた。もはやすけべに加えて”ワイルド”化した里谷選手は止めに入った店員を殴る蹴るはのハチャメチャな状況となり、警察沙汰となってしまった。酒が抜け、前頭葉の働きが戻り本来の自分を取り戻した里谷選手はもちろん記憶が定かでない。自分は何もやっていないと主張。当然、双方の意見が食い違う。とまあ、こういう事件であったという。

さて実は里谷選手のこのコーチとの親密振りに最初から気付いていたのがこの私であった。3年前には紹介済みであった。次のものであった。
809 いやーオリンピックは面白い!:里谷選手から学ぼう!2002/02/12

この中で私は次のように紹介していた。

『言い換えれば、アルペン競技はヨーロッパのスポーツ。しかし、モーグルは世界のスポーツ。野球とサッカーくらいの差があるわけだ。サッカーのワールドカップで優勝することが、野球のワールドシリーズで優勝するよりはるかに難しい。それと同じなんだね。そこで、2年連続で金、銅と里谷選手はとったわけ。これがどれほどすごいことかスポーツ音痴の人たちにも分かっただろう。

今度の大会を見ていて、その理由が初めて私は理解できた。それはコーチの差だったようだ。彼女のコーチはモーグル本場アメリカ人のようだ。あるインタビューで彼女が言ったことにそのヒントがあった。あるキャスターが里谷さんに聞いた。どうやって試合前に集中するんですか?彼女は答えた。いつもと同じようにコーチの指示に従う。コーチの指示って?まず15前になると、家族のことを考える。10分前になると、スキーのことを考える。そして、5分前になると競技のことを考える。そして、ピッピッピッピースタート!!だから、まったく緊張しなかったって!!』

この頃からすでにアメリカ人コーチ(今回のコーチと同一人物かどうかは知らないが)との間には非常に”深い”信頼関係が築かれていたわけである。英語も世界のことも全く分からない。だけどこのコーチに付いていけば何とかなる。だから私は彼についていく。そしてこれに里谷選手本来のワイルドさや大胆さが加わり、ついにオリンピックのモーグルでメダルをとったわけである。

この”経験”は脳のネットワークをさらに強化した。こうして”アメリカ人コーチの言うがままにすれば好いことがある”と考えるようになったわけだ。つまり、”公私共々”このコーチに付いていけば良い、と考えるようになったのである。だからこの絆は結婚相手よりはるかに強い絆となった。結婚してもシーズン中のほとんどはコーチと寝食を共にする。結婚相手の出る幕はない。こうして離婚。そして今回の事件へと繋がったわけだろう。

さて、一方、欧米人のいわゆる”白人文化”にどっぷり浸ったアメリカ人コーチの考え方とはどんなものだろうか?。これは実にドライ(もちろん日本人から見ればの話)である。

実はこれについても3年前には紹介済み。それは次の2つであった。
761 冬の恋人たち:究極の技パンチェンコ 2002/02/03
795 ソルトレイクオリンピックは結構ワイルドですね?:無料コンドーム配備!2002/02/08
(ちなみに、これらのエッセイは『ソルトレイク・オリンピック2002』という本にまとめてある。)

最初のは、映画『冬の恋人たち』の話である。この中にアメリカ人やヨーロッパ人の競技に対する考え方、特に”プライベート(私的)”なことと”オフィシャル(公的)”なことに対する考え方が良く表現されているのである。

これは日本で言うところの、いわゆる”公私の区別”や”公私混同”という言葉に表現されているものである。しかし、”世界の常識は日本の非常識”、”日本の常識は世界の非常識”。同じことに対してもその考え方が双方では全く逆なのである。

欧米人は、コーチと選手、あるいは選手同士のパートナーであったとしても、”公私”の区別を付けたがる。この意味は、相手が自分の”好きなタイプの選手でなければ”、相手とのつき合いは契約された”仕事”として規定の労働時間内だけでつき合うが、相手が自分の”好きなタイプであれば”、仕事上は仕事として、競技上は競技パートナーとして”公的”につき合うが、それ以外の”私的”な時間も”恋人同士として”つき合う(もちろん相手と好き同士になればの話だが)、という意味である。

(誤解しないように補足しておくと、欧米人は年齢差に無関係に1対1の関係で相手と接したいと思うが、日本人は相手と年齢差に応じて時に家族のようであったり夫婦のようであったり兄弟姉妹のような関係で接したいと思うというような違いである。年齢差や上下関係があった場合、日本人の場合は相手と知り合いになり仲の良い家族のように感じると相手と恋人になろうとは考えない。また相手にもそれを求める傾向にある。これは24時間そうである。しかし欧米人の場合は、仕事上の友好関係は表向きのビジネスのお話で、仕事が済めばもう個人対個人の仕事抜きの関係を好む、ということである。この違いは非常に大きい。)

つまり、現在の欧米人の文化では、先生と生徒(もちろん成人の場合)、教授と学生、社長と社員、監督と選手、コーチと選手、選手同士など、どんな関係であろうが、両者が適切なプロセスの上(つまり、仕事とそれ以外の公私の区別をわきまえた上)の”合意”の下であれば、”恋人関係(つまりセックスする関係)”になっても誰も文句は言えないし言わない、のである。しかし、”合意”の下でなく、この職場上の立場を利用して性的行為を要求すれば、この場合には”セクシャルハラスメント”に当るのである。要するに、”無理強い”はだめ、強姦罪に当るのである。

(ここでも誤解ないようにコメントすると、上のコメントにも書いたように、日本人の場合には、職場や学校で一度先生と生徒の関係、上司と部下の関係、教授と学生などの関係になると、これは24時間また終生この関係が維持される。先輩後輩の関係は一生のものである。これは日本人にとってかなり伝統的な感性や文化である。しかし欧米人にはこれは通じない。”人間関係とは契約で決まるもの”と欧米人は考えているからである。職場の関係は職場でのこと、一度職場を出れば個人対個人の関係に入ると欧米人は考える。だから、職場や学校を離れても上司と部下の関係や先生と生徒の関係や教授と学生の関係を続けることは、一種のハラスメント(いじめ)のようなものであると欧米人は受け取るのである。それゆえ、一杯飲み屋でコーチ風を吹かせたり、先輩面をすることを欧米人はひどく嫌うのである。これが仕事は仕事、学校は学校、オフはオフ、プライベートはプライベートと公私の区別をつけるという欧米人の考え方である。日本人の公私の区別はむしろ”他人の金か自分個人の金か”という程度の”物に対する公私の区別”でしかない。”行動に対する公私の区別”ができないのが日本人の国民性である。これが契約社会の欧米と伝承社会の日本の違いといえるだろう。)

このように、欧米人の場合、仕事の勤務内で仕事のパートナーとして仕事に差し支えなく、きっちりと仕事をしていれば、仕事以外のプライベートな時間の範囲内でそのパートナーと個人的関係を結ぶことは何の問題もない、ということなのである。仕事は仕事、恋愛は恋愛とはっきり区別するのが”現在の”欧米人の考え方である。(もちろん、100年前のアメリカではそうではなかった。)

こういうわけで、今度は上の第2の”無料コンドーム配備”の話に繋がるのである。欧米人はそれが例えオリンピック選手であろうが(なかろうが)、相手が自分の”恋人”であるのであれば、そこがオリンピック会場であろうが(なかろうが)、それが日本の一杯飲み屋であろうが、高級ホテルであろうが、どこでも恋愛を結ぶ、つまりセックスするのである。だから病気を蔓延させないためにはオリンピックといえども”コンドーム”が必要となるのである。

太平洋戦争後、日本人が日本に駐留する進駐軍のアメリカ兵士たちから一番最初に”学んだ”ことがこれであった、といわれている。つまり、相手が恋人であれば、どこでもキスしどこでもセックスする、という文化である。当時の日本人には、人目も構わず恋人といちゃつくアメリカ人に良い意味では”自由”、悪い意味では”ふしだらさ”を感じて戸惑ったといわれている。

50年前からアメリカ人はアメリカ人である。アメリカ人はこういうアメリカンスタイルを”暖かい”あるいは”実に人間的”と感じている。それゆえ、里谷選手のアメリカ人コーチももちろんこのアメリカ式、アメリカ流に従っていたはずである。こうして里谷選手のコーチは、仕事上は専属のコーチとしてきっちりと里谷選手にコーチし、仕事以外では離婚していた里谷選手と恋人の関係を築いたのであろう。だからこのコーチは自分に何の落ち度があるのか、恐らく全く理解できないはずである。事実、欧米式の論理からすれば、まったく彼に何の落ち度もない。しかし、場所が悪かった。日本国外なら何も誰も問題視しなかっただろうが、日本国内ではこれが全く逆に見られてしまったからである。

それは、日本人は欧米人とは全く”逆”に考えるからである。欧米人が”公私の区別をして公私共に仲良くつき合っている”と思うことが、”公私の区別が曖昧な日本文化の下で育った”日本人には”公私混同”と受け取られてしまう。アメリカ人にはちゃんとした恋愛や恋人関係も日本人には職場関係を強要した一種の”セクハラ”や”ずるずるした関係”と受け取られてしまう。日本滞在の記念に一杯飲み屋でした”ロマンチックな恋愛”が、日本人からは”公衆わいせつ行為”と受け取られてしまう。他人の恋愛の現場を邪魔しないのがエチケットだとアメリカ人は思うが(ドラマERを見よ。職場の病院内でもエッチしているが、発見者は失礼と言って邪魔をしない。)、他人の店の中でエッチされてはたまったものではない、と日本人店員は考える。とまあ、同じ物理現象や生理現象を欧米人と日本人は全く逆に受けとっているのである。

もっとも未だに日本人とアメリカ人はお互いに何が問題なのか分かっていないのが喜劇的なのだが。昔の映画『ブラック・レイン』で、マイケル・ダグラス扮するアメリカ人刑事と高倉健扮する日本人刑事が同じ出来事に全く噛み合わなかった場面が頻繁に出てくるが、まさに今もってそのままということだろう。どうやら日本人とアメリカ人は脳みそが逆についているらしいネ。

こうして里谷事件は生じたのであろう。まあ、暴力はいけないが、恋愛の邪魔をされたらだれでも怒るのももっともだろう。フジテレビの選手のセックスをライブドアがインターネットで放映中だったなんてことはないだろうが、それにしても里谷選手の自宅謹慎処分、ワールドカップ出場停止処分はちょっと厳し過ぎだね。

一方、アメリカ人コーチはどうなったのだろうか。かつて私のアメリカの先生が日本に来た時、刺身をソースに付けようがしょうゆに付けようが、何か間違ったことをしてもその時の言い訳に、”アメリカ人は何しても良い(American can do anything.)”と言えばすむ、なんていうジョークをいっていたが、このアメリカ人コーチもそんなものかも知れないネ。
2005/03/05のBlog
今期からJ2に昇格し四国初のプロサッカーチームとなったが、初戦のベガルタ仙台を3ー0でアウェーで退けた。まずはおめでとうと言いたい。

試合に関しては、仙台のゴールキーパーが完全にあがってしまい2度のミスで失点したのが最後まで響いた。(参考:ノーマークの挑戦者。今季、J2の台風の目になる可能性も。

実はこの1戦は別の意味の”戦い”でもあった。それは、今期から仙台の監督となった元読売ヴェルディの左サイドバックの都並監督と徳島の田中真二監督の戦いである。

現役時代、田中監督は都並監督と同年齢で同じ左サイドバックの選手であった。そして日本代表のこのポジションを2人で争った因縁の間柄という。しかし読売ヴェルディは当時Jリーグ最強でラモス、三浦カズを擁した人気チームであった。このチームにいた都並が日本代表の座をものにした。そのため名選手田中は一度も代表にはなれなず、その結果、主要チームで腕を振るうチャンスも失い、人知れず現役引退。JFLの大塚製薬の監督しかなれなかったという。それが何年もの不屈の努力で大塚を常にJFLの上位に入る強豪チームに育て、昨年念願のJ2入りを決めたのである。そして今こうして、かつての日本代表争いをした選手同士がJ2の監督としての新たなる戦いとなった、というわけである。そして見事にかつてのリベンジを成し遂げたのである。

これぞ男のロマン。男の心意気であろう。亡き柘植先生のいう『モデル実験の哲学』であろう。感じ入ったぞ、田中監督。

田中監督率いる徳島ヴォルティスの今後を期待したい。
なぜあなたは生きている。
それは、あなたの細胞を作るタンパク質が
正しく折れ畳んでいるからさ。
しかしいつも正しく折れ畳むとは限らない。
これが病気の原因さ。

アルツハイマー病、ヤコブ病、狂牛病、
ハンチントン舞踏病、パーキンソン病から
筋ジストロフィーまで
全部タンパク質からくる病気なのさ。
あなたはパソコンを持っている。
ならばあなたも研究に参加できる。
ただ空き時間を提供すれば良い。
あとはプログラムが勝手に走り、
タンパク質の構造を解明する。

こんなことをするプロジェクトが始まっている。
これはグリッド計算というものなのさ。
あなたも参加してみないかい?
2005/03/03のBlog
今日の朝日新聞の記事:トータル・サッカー生みの親、リヌス・ミケルスさん死去 によると、”トータル・サッカー”や”ヨハン・クライフ”の育ての親リヌス・ミケルス監督が亡くなった。享年77歳。御冥福をお祈りします。
では、リヌス・ミケルス監督が”発明”した”トータル・サッカー”とはどんなものか?

これはどんなフォーメーションにも変化できるサッカーのポジショニングシステムのことである(右図)。それまでのポジションごとに選手が張り付くサッカーの”カテナチオ(かん抜き)”スタイルとは全く違う概念のシステムである。普通、サッカーのシステムとはWMとか、4一2一4とか、1一3一3一3とか、4一3一3とか、3一5一2とかのように各チームごとにチーム事情に合わせて採用される。しかしこのどれにも属さずに試合の間にどんどん自由に変化していくのがオランダのトータル・サッカーである。もちろんこのように自由に変化できるためには、すべての選手が高レベルにどのポジションもできないといけない。オランダとてこれができたのが、天才ヨハン・クライフが率いたナショナルチームの時代だけであった。しかし世界はその後トータル・サッカー時代へと突き進んで今日に至ったのである。

図:1974年のワールドカップの時のオランダ・ナショナルチームのフォーメーション。

このヨハン・クライフ時代に私はちょうど高校生でサッカーを本格的にやっていた。その当時のヨーロッパ選手達たちは西ドイツ製の”3本線のアディダス”のウェアを着ていた。日本ではアディダスが入ってきてまだ間もなく、サッカー選手達のあこがれの的であった。私もオランダ代表のオレンジと黒のユニフォームを練習着にしていたものである。これは今も大事にとってある。

この一時代を築いた名監督が亡くなったのである。本当に残念なことだ。重ねて御冥福を心より祈りたい。

写真:全盛期のヨハン・クライフ選手。ドリブルで巧妙に相手選手を飛び越えたため”空飛ぶオランダ人”と呼ばれた。
今日3月3日は”ひな祭り”。段に”ひな人形”を乗せて飾るのが日本のひな祭り(野崎家の大雛祭りも参照)。
徳島のひな祭り
一方、これと似ているのが、段に”人間”を乗せて飾るブラジルのひな祭りこと、リオのカーニバル
ブラジルの雛人形

日本でもこんなタイプの新しい”ひな祭り”が実現する日がいつか来るだろうか?かつては何でもアメリカから学んだように、今度は日出るサンバの国ブラジルから学ぶべき時代が来るかもしれないネ。
ブラジルの雛人形

阿波踊りとサンバ。ひな祭りとカーニバル。日本とブラジルには意外な接点があるような気がするネ。
2005/03/02のBlog
[ 15:58 ] [ 訃報・追悼 ]
天国で君に会えたら
2005/03/01のBlog
今日の読売新聞の社説:[たばこ条約]「喫煙大国のままでいいだろうか」は、面白いことに繋がっているので、紹介しておこう。

この度、喫煙による健康や社会への悪影響の防止を目指すために、日本など約60か国が批准した「たばこ規制枠組み条約」が発効した。この条約は、たばこの広告や密輸を国際的に規制、健康問題の解決に協力して対応するという。

これに関して、この社説は、これまで日本の行政がタバコ産業を野放しにひ護してきたことを憂いている。遅すぎた観はあるが、”喫煙大国のままではいられない。”という真っ当な意見である。ちょっとまとめれば、以下のようになる。

たばこ事業法→たばこ広告の規制を強化。→4月からは屋外に新設できない。→年内には既設の広告も撤去。→たばこ店の店頭などを除き、原則禁止。
健康被害を伝える警告表示→包装面の3割以上に拡大。→内容も「がんの原因の一つ」などの表現に変える。
条約の締約国→今後、取り組み状況を具体的に示す。→「喫煙大国」日本が対策に本腰を入れる契機とすべきだ。
日本人の喫煙率→成人全体で3割弱。男性は5割。先進国で最も高い。→20代の女性はこの10年で倍増。→10代若者の喫煙率も増加。喫煙開始年齢が早いと、習慣になる。
たばこ販売→入手しやすい。自販機は60万台以上ある。→2008年をめどに、成人だけに発行するカードがないと買えない方式に改正。→現在は、子供でも買える。価格も1箱300円前後。主要国で最も安い。
喫煙による健康への影響→深刻。→関連する死者数=年間10万人以上。→喫煙者だけでなく煙を吸う家族なども被害者