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2005/12/17のBlog
[ 16:57 ]
[ サッカー練習日誌 ]
2005年12月17日(土)曇り後雨後雪
非常に寒い日。
大学・高専サッカートーナメント第2戦。
【対戦&結果】
会場:四国大学。
対戦相手:鳴門教育大学。
9:00AM集合。
9:10AMアップ開始。
10:00AMキックオフ。
結果1一4(前半1一3、後半0一1)敗戦。
【ポジション】
前半40分 4一4一2
FWーーー西川2ーーー後藤田4
MFーーーーーー須賀2
ーーー杉本2ーー梅平4ーー岡田4
DFーー村松4ー天野2ー林4
ーーーーーーーー石井3
GKーーーーーー川原2
サブ 西崎5、弓場2、須藤2、大庭2、
神原1、広瀬1、岡田1、山田1、佐藤1、正森1
後半40分 4一4一2
FWーーー須賀2ーーー杉本2→大庭2
MFーーーーーー西川2→西崎5
ーーー後藤田4ー梅平4ーー岡田4
DFーー村松4ー天野2→須藤2ー林4
ーーーーーーーー石井3
GKーーーーーー川原2
【総評】
やはり大学生と短大チームの年令差が出たゲーム。体力の違いがまさに出て、当たり負け、スピードで負けて、前期の大学リーグの最弱チームに負けてしまった。前半のメンバーば選手が決めたが、このポジションではベストの力は発揮できないだろう。4年生の練習不足がもろに出た。さすがにこのクラスで週2回の練習参加では無理だろう。岡田4、後藤田4がほとんど機能していなかった。前半終了真際のフリーキックによる失点は痛かった。後半のメンバーポジションは少し私がいじったが、こっちの方がベターであった。再三のシュート決定シーンがあったが、キーパーの攻守、ポストに嫌われる、ミスシュートで得点シーンをものにできなかった。杉本2、天野2の負傷は痛い。5年、3年、1年がそこそこの力、4年、2年が谷間の世代であるにもかかわらず、5年は引退、3年が1人、1年は高校生リーグのために不参加、4年は新入部組がほとんどでは、勝つのはかなり厳しいといえるだろう。
非常に寒い日。
大学・高専サッカートーナメント第2戦。
【対戦&結果】
会場:四国大学。
対戦相手:鳴門教育大学。
9:00AM集合。
9:10AMアップ開始。
10:00AMキックオフ。
結果1一4(前半1一3、後半0一1)敗戦。
【ポジション】
前半40分 4一4一2
FWーーー西川2ーーー後藤田4
MFーーーーーー須賀2
ーーー杉本2ーー梅平4ーー岡田4
DFーー村松4ー天野2ー林4
ーーーーーーーー石井3
GKーーーーーー川原2
サブ 西崎5、弓場2、須藤2、大庭2、
神原1、広瀬1、岡田1、山田1、佐藤1、正森1
後半40分 4一4一2
FWーーー須賀2ーーー杉本2→大庭2
MFーーーーーー西川2→西崎5
ーーー後藤田4ー梅平4ーー岡田4
DFーー村松4ー天野2→須藤2ー林4
ーーーーーーーー石井3
GKーーーーーー川原2
【総評】
やはり大学生と短大チームの年令差が出たゲーム。体力の違いがまさに出て、当たり負け、スピードで負けて、前期の大学リーグの最弱チームに負けてしまった。前半のメンバーば選手が決めたが、このポジションではベストの力は発揮できないだろう。4年生の練習不足がもろに出た。さすがにこのクラスで週2回の練習参加では無理だろう。岡田4、後藤田4がほとんど機能していなかった。前半終了真際のフリーキックによる失点は痛かった。後半のメンバーポジションは少し私がいじったが、こっちの方がベターであった。再三のシュート決定シーンがあったが、キーパーの攻守、ポストに嫌われる、ミスシュートで得点シーンをものにできなかった。杉本2、天野2の負傷は痛い。5年、3年、1年がそこそこの力、4年、2年が谷間の世代であるにもかかわらず、5年は引退、3年が1人、1年は高校生リーグのために不参加、4年は新入部組がほとんどでは、勝つのはかなり厳しいといえるだろう。
[ 16:54 ]
[ サッカー練習日誌 ]
2005年12月16日(金)晴れ
4:30PM練習開始。4年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)パス練習2。2人組の練習。
ジグザグパス。コの字パス。
2周ずつ。
(4)ドリブル練習。
2列でドリブルのリレー。負けチームは腹筋50回。
(5)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互。
(6)センタリング&シュート練習2。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互。
(7)フォーメーション。
(8)整理体操、ストレッチ。6:50PM終了。
4:30PM練習開始。4年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)パス練習2。2人組の練習。
ジグザグパス。コの字パス。
2周ずつ。
(4)ドリブル練習。
2列でドリブルのリレー。負けチームは腹筋50回。
(5)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互。
(6)センタリング&シュート練習2。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互。
(7)フォーメーション。
(8)整理体操、ストレッチ。6:50PM終了。
2005/12/16のBlog
[ 14:03 ]
[ 徳島 ]
「第九」の初演再現 「バルトの楽園」徳島ロケ、最高潮に
第一次世界大戦中に鳴門市大麻町に板東俘虜(ふりょ)収容所があった。ドイツ人捕虜のための収容所である。ここの所長が非常に好人物であったおかげで、日独の友好関係が生まれ、パンやビールなどの数多くのドイツ製品が日本に伝わったという。その中でもっとも優れたものが、文化交流であり、日本で初めてヴェートーベンの第九が鳴門で歌われたのだという。
昨日、この合唱シーンを無事に取り終えたようである。徳島放送のテレビでもこのシーンを放映していたが、関西近辺から急きょ採用された数多くの無名の外国人エキストラやドイツの名優たち、そして徳島の無名のエキストラたちが大絶賛の好演を行ったようである。きっとこの映画ができたら、このシーンを見て多くの人たちが感動の涙を流すだろうと私は思う。
第一次世界大戦では敵国どうしとなった日独であったが、その後の第二次世界大戦では同盟国となった。この理由に、鳴門の収容所の経験が大きく影響したかどうかは定かではない。しかし、そんなことをも想像させてくれるような素晴らしい実話である。
無事最後まで撮影が終わり、ワールドカップドイツ大会のある来年に封切りとなる予定のようである。私も必ず見たいと思うような映画である。
第一次世界大戦中に鳴門市大麻町に板東俘虜(ふりょ)収容所があった。ドイツ人捕虜のための収容所である。ここの所長が非常に好人物であったおかげで、日独の友好関係が生まれ、パンやビールなどの数多くのドイツ製品が日本に伝わったという。その中でもっとも優れたものが、文化交流であり、日本で初めてヴェートーベンの第九が鳴門で歌われたのだという。
昨日、この合唱シーンを無事に取り終えたようである。徳島放送のテレビでもこのシーンを放映していたが、関西近辺から急きょ採用された数多くの無名の外国人エキストラやドイツの名優たち、そして徳島の無名のエキストラたちが大絶賛の好演を行ったようである。きっとこの映画ができたら、このシーンを見て多くの人たちが感動の涙を流すだろうと私は思う。
第一次世界大戦では敵国どうしとなった日独であったが、その後の第二次世界大戦では同盟国となった。この理由に、鳴門の収容所の経験が大きく影響したかどうかは定かではない。しかし、そんなことをも想像させてくれるような素晴らしい実話である。
無事最後まで撮影が終わり、ワールドカップドイツ大会のある来年に封切りとなる予定のようである。私も必ず見たいと思うような映画である。
2005/12/15のBlog
[ 18:04 ]
[ 政治・経済 ]
昨日の国会証人喚問は非常に面白かった。
たとえば、読売新聞:[姉歯証人喚問]「耐震偽装の全体像が垣間見えた」
最初に登場した姉歯秀次元1級建築士、次に登場した木村建設の木村盛好社長と篠塚明元東京支店長、そして最後に登場した総合経営研究所の内河社長。これらの尋問を聞いていると、”うっすら”どころか、”明白に”なってきたのが、建築関連会社の社長と幹部の見事な役割分担というものであると私は思う。
要するに、こういった会社組織では、いわゆる社長や所長というのは、一見見かけだけのお飾りのような振りをしているが、実はその裏で見事に部下を指揮して汚い仕事をさせている、ということである。
一番分かりやすいのは、かつての麻原のオウム真理教の組織であろう。教祖は信仰の象徴のような顔している。組織には臭い仕事や汚い仕事や危ない仕事をする、いわゆる「実行犯」となるべき”親衛隊”が存在する。教祖は、外からは見えないところでこの実行部隊を指揮し目的を達成するが、表向きには何もしていなかったかのような顔を見せる。
日本の会社組織もこれと全く同じような構造を持っているということである。
例えば、木村建設の場合、社長の木村は教祖の麻原のようなものである。東京支店長の篠塚は麻原の親衛隊であった新見などの実行犯に対応している。同様に、総研の場合には、教祖は内河であり、実行犯は四ケ所他である、ということになる。
実は、これを見事なまでに描いているのが、最近までずっと放映されている韓国ドラマ『初恋』である。このドラマの中の”人物相関図”を見てほしい。この中の社長のイ・ジェハの奥さんの弟のワンギという男がやくざのボスであり、汚い仕事をする時の実行犯となる。ペ・ヨンジュン演じるソン・チャヌ兄弟が幼い頃からずっと手を焼いたのが、このやくざグループなのである。
これと似たようなことを日本の土建業、建築業、コンサルタント業界でも普遍的に行っているということなのである。
以上をまとめてみるとこんな感じであろう。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
ーーーー|ー初恋ーー|ーーー強度偽装問題ーーーーーーーーーーーー|新興宗教
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
組織ーー|ーーーーー|総研ー|木村建設|ヒューザー|イーホームズ|オウム
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
カリスマ|イ・ジェハ|内河ー|木村ーー|小嶋ーーー|藤田ーーーー|麻原
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
実行部隊|ワンギーー|四ケ所|篠塚ーー|ー?ーーー|ー?ーーーー|新見他
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
要するに、カリスマ美容師、カリスマ実業家、カリスマ起業家、カリスマコンサルタント、カリスマ経営者、などと言えば聞こえは良いが、族に言うところの”カリスマ”というものが存在するところ、その裏にはかならずそのカリスマが直接手を下せないような危ない仕事を行う実行部隊が存在するということであろう。
もちろん、こういった連中はあからさまに何か悪いことをしろという指示はしない。ドラマにもあるように「何とかしろ」というような言い方をし、「その意味が分かるな」というのである。これがイ・ジェハ会長の口癖である。
同様に、総研の内河は「もっと勉強しろ。もっと研究しろ」というような言い方をするわけだ。そして「その意味は分かるな」というような言葉を追加して実行犯に指示するのである。
この分析からしても、ヒューザーの小嶋と違って一見悪さしなさそうな顔をしている木村社長というのも同じ穴のムジナ、相当な悪であるということになるネ。
世の中には、”カリスマ教授”、”カリスマ研究者”なんていうのもある。果たしてその真偽はどうなのかネ?
たとえば、読売新聞:[姉歯証人喚問]「耐震偽装の全体像が垣間見えた」
最初に登場した姉歯秀次元1級建築士、次に登場した木村建設の木村盛好社長と篠塚明元東京支店長、そして最後に登場した総合経営研究所の内河社長。これらの尋問を聞いていると、”うっすら”どころか、”明白に”なってきたのが、建築関連会社の社長と幹部の見事な役割分担というものであると私は思う。
要するに、こういった会社組織では、いわゆる社長や所長というのは、一見見かけだけのお飾りのような振りをしているが、実はその裏で見事に部下を指揮して汚い仕事をさせている、ということである。
一番分かりやすいのは、かつての麻原のオウム真理教の組織であろう。教祖は信仰の象徴のような顔している。組織には臭い仕事や汚い仕事や危ない仕事をする、いわゆる「実行犯」となるべき”親衛隊”が存在する。教祖は、外からは見えないところでこの実行部隊を指揮し目的を達成するが、表向きには何もしていなかったかのような顔を見せる。
日本の会社組織もこれと全く同じような構造を持っているということである。
例えば、木村建設の場合、社長の木村は教祖の麻原のようなものである。東京支店長の篠塚は麻原の親衛隊であった新見などの実行犯に対応している。同様に、総研の場合には、教祖は内河であり、実行犯は四ケ所他である、ということになる。
実は、これを見事なまでに描いているのが、最近までずっと放映されている韓国ドラマ『初恋』である。このドラマの中の”人物相関図”を見てほしい。この中の社長のイ・ジェハの奥さんの弟のワンギという男がやくざのボスであり、汚い仕事をする時の実行犯となる。ペ・ヨンジュン演じるソン・チャヌ兄弟が幼い頃からずっと手を焼いたのが、このやくざグループなのである。
これと似たようなことを日本の土建業、建築業、コンサルタント業界でも普遍的に行っているということなのである。
以上をまとめてみるとこんな感じであろう。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
ーーーー|ー初恋ーー|ーーー強度偽装問題ーーーーーーーーーーーー|新興宗教
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
組織ーー|ーーーーー|総研ー|木村建設|ヒューザー|イーホームズ|オウム
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
カリスマ|イ・ジェハ|内河ー|木村ーー|小嶋ーーー|藤田ーーーー|麻原
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
実行部隊|ワンギーー|四ケ所|篠塚ーー|ー?ーーー|ー?ーーーー|新見他
一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一
要するに、カリスマ美容師、カリスマ実業家、カリスマ起業家、カリスマコンサルタント、カリスマ経営者、などと言えば聞こえは良いが、族に言うところの”カリスマ”というものが存在するところ、その裏にはかならずそのカリスマが直接手を下せないような危ない仕事を行う実行部隊が存在するということであろう。
もちろん、こういった連中はあからさまに何か悪いことをしろという指示はしない。ドラマにもあるように「何とかしろ」というような言い方をし、「その意味が分かるな」というのである。これがイ・ジェハ会長の口癖である。
同様に、総研の内河は「もっと勉強しろ。もっと研究しろ」というような言い方をするわけだ。そして「その意味は分かるな」というような言葉を追加して実行犯に指示するのである。
この分析からしても、ヒューザーの小嶋と違って一見悪さしなさそうな顔をしている木村社長というのも同じ穴のムジナ、相当な悪であるということになるネ。
世の中には、”カリスマ教授”、”カリスマ研究者”なんていうのもある。果たしてその真偽はどうなのかネ?
2005/12/13のBlog
[ 13:41 ]
[ 社会 ]
私は、大分前に『現在の”公家”と”サムライ”』でJR西日本の脱線事故の際その社長のことを論じた。一方、今回の”強度偽装問題”においてその真の中心人物と目されているのは、総合経営研究所(総研)の内河健氏であるという。
この両者、さらにはこの事件に関与した姉歯秀次氏、ヒューザーの小嶋社長、イーホームズの藤田東吾社長など、こういった人々に共通しているのが、”お公家さん”気質というものである。
この両者、さらにはこの事件に関与した姉歯秀次氏、ヒューザーの小嶋社長、イーホームズの藤田東吾社長など、こういった人々に共通しているのが、”お公家さん”気質というものである。
これは、何度も私は主張して来たように、日本語で表現すれば、
『卑怯(ひきょう)、狡猾(こうかつ)、虚弱(きょじゃく)、虚栄(きょえい)』
という言葉に代表されるような特質のことである。(【168】 志士の人:読売新聞の追悼文 2004/02/05(Thu) )
このことを国内で最初に「我々日本人の主要テーマ」として論じたのが、”志士の人”、理論物理学者の今は亡き柘植俊一先生であった。(「反秀才論」)
私がこれらにさらに付け加えたものは、かつて『【295】 LED照明に『法規制』するの?:ちょっと待ってよ、経済産業省さん! 2004/05/24(Mon)』にも書いたように、
『無責任、無感動、無表情』、
『嫉妬、残忍、贅沢』
などである。
『卑怯(ひきょう)、狡猾(こうかつ)、虚弱(きょじゃく)、虚栄(きょえい)』
という言葉に代表されるような特質のことである。(【168】 志士の人:読売新聞の追悼文 2004/02/05(Thu) )
このことを国内で最初に「我々日本人の主要テーマ」として論じたのが、”志士の人”、理論物理学者の今は亡き柘植俊一先生であった。(「反秀才論」)
私がこれらにさらに付け加えたものは、かつて『【295】 LED照明に『法規制』するの?:ちょっと待ってよ、経済産業省さん! 2004/05/24(Mon)』にも書いたように、
『無責任、無感動、無表情』、
『嫉妬、残忍、贅沢』
などである。
さて、いかにこれらの”お公家さん”の特徴が見事に当てはまっているか見てみよう。
最初の条件、”卑怯、狡猾”というのは、総研の社長内河健氏が取り調べに応じた翌日に”(偽装)離婚”し、今後予想される「損害賠償請求」のために準備した(先手を打った)というのであることからも明白に当てはまる。
”虚弱”というのは、この内河氏が姉歯氏同様に、参考人承知を病気を理由に欠席したことからも明らかに当てはまる。すこしも虚弱ではないのに、一見虚弱な人間を振舞うということである。何かにつけ、身体が弱いといって”逃げる”というために虚弱でいるのである。
”虚栄”というのは、この人物の住まいを見れば明らかである。都内の一等地に驚く程豪勢な5階建てのビルがあり、敷地内には高級外車がたくさん無造作においてあるからである。そして、この財産を損害賠償請求で没収されないために、衆目の届かないところでそそくさと離婚し、書類上離婚したその妻とそのままその家に住んでいるのだというのである。こうした明らかに”偽装離婚”と分かる書類を何の問題もなく、”個人的問題”として受理してしまう役所も役所であるが、これこそ、”お役所仕事”というものであろう。この大御殿のために多くのサラリーマン夫婦の”住まいの夢”が吸い取られて来たわけである。
最初の条件、”卑怯、狡猾”というのは、総研の社長内河健氏が取り調べに応じた翌日に”(偽装)離婚”し、今後予想される「損害賠償請求」のために準備した(先手を打った)というのであることからも明白に当てはまる。
”虚弱”というのは、この内河氏が姉歯氏同様に、参考人承知を病気を理由に欠席したことからも明らかに当てはまる。すこしも虚弱ではないのに、一見虚弱な人間を振舞うということである。何かにつけ、身体が弱いといって”逃げる”というために虚弱でいるのである。
”虚栄”というのは、この人物の住まいを見れば明らかである。都内の一等地に驚く程豪勢な5階建てのビルがあり、敷地内には高級外車がたくさん無造作においてあるからである。そして、この財産を損害賠償請求で没収されないために、衆目の届かないところでそそくさと離婚し、書類上離婚したその妻とそのままその家に住んでいるのだというのである。こうした明らかに”偽装離婚”と分かる書類を何の問題もなく、”個人的問題”として受理してしまう役所も役所であるが、これこそ、”お役所仕事”というものであろう。この大御殿のために多くのサラリーマン夫婦の”住まいの夢”が吸い取られて来たわけである。
一方、イーホームズの藤田東吾社長は、”無表情”の紳士であるが、この社長にはまさに”お公家さん”の第2の条件、”無責任、無感動、無表情”がぴったりと当てはまる。自分がしたことの罪の重さもまったく関係なく、自分の責任ではなく、ヒューザーの小嶋のせいだとぬけぬけという様は、まさにこの人物が正真正銘の”お公家さん”であるという証であろう。
そして最後にヒューザーの小嶋社長には、”お公家さん”の第3の条件、”嫉妬、残忍、贅沢”がぴったりである。この後に及んでも、『すべて隠ぺいし、実際に地震が来れば分かる。倒壊すればお役所のせいにすれば良いんだ。阪神淡路地震でだれが責任を取ったんだ。』と逆切れする始末というのである。この”残忍”な性格というのも、”お公家さん”という一見優し気に見える人物に同時に存在する裏の側面なのである。ヤヌスの面のように、一見虚弱で優しそうに見える顔とその裏の残忍な顔が表裏一体となっているのが、”お公家さん”という人間の特徴なのである。
我々はけっしてこういった”お公家さん”になってはいけない。またこういう”お公家さん”遺伝子を残してはいけない。駆除すべきである。がしかし、ずっとこれまで拙著「柘植の「反秀才論」を読み解く(上)」などで論じたように、この問題こそ戦後の日本社会にとってもっともやっかいな問題なのである。
今や今回被害者となってしまったマンション購入者や住人、ホテル経営者もみんな今回加害者となったイーホームズの社長たちと同じような教育システムの下で育ったということである。私にしてみれば、どちらも”お公家さん教育”、あるいは「目先の損得にこだわり一生の損をこく」という”貧乏父さん教育”(ロバート・キヨサキの言葉で言えば)を受けて来たという問題なのである。”きれいで、安く、広いマンションにすぐに住める”というこの言葉に心ときめかしてしまった自分の姿というものもきっとおそらくあったにちがいない。この心の”隙間”にうまく加害者となった人々が付け入ったのである。
日本の学校教育が、”受験教育、偏差値、ブランド大学”などという言葉に見るように、”お公家さん教育”のみに堕してもう数十年経つ。これを直すのはほぼ不可能であろう。昭和40年代に始まった総合選抜制度に端を発したこの問題を解決しない限り、今後未来永劫似たような事件がくり返されるだけだろう。そして、この問題は、建設業だけの問題ではない。科学分野でもどの分野でも全く等しく言える問題なのである。私はそう見ているヨ。
我々はけっしてこういった”お公家さん”になってはいけない。またこういう”お公家さん”遺伝子を残してはいけない。駆除すべきである。がしかし、ずっとこれまで拙著「柘植の「反秀才論」を読み解く(上)」などで論じたように、この問題こそ戦後の日本社会にとってもっともやっかいな問題なのである。
今や今回被害者となってしまったマンション購入者や住人、ホテル経営者もみんな今回加害者となったイーホームズの社長たちと同じような教育システムの下で育ったということである。私にしてみれば、どちらも”お公家さん教育”、あるいは「目先の損得にこだわり一生の損をこく」という”貧乏父さん教育”(ロバート・キヨサキの言葉で言えば)を受けて来たという問題なのである。”きれいで、安く、広いマンションにすぐに住める”というこの言葉に心ときめかしてしまった自分の姿というものもきっとおそらくあったにちがいない。この心の”隙間”にうまく加害者となった人々が付け入ったのである。
日本の学校教育が、”受験教育、偏差値、ブランド大学”などという言葉に見るように、”お公家さん教育”のみに堕してもう数十年経つ。これを直すのはほぼ不可能であろう。昭和40年代に始まった総合選抜制度に端を発したこの問題を解決しない限り、今後未来永劫似たような事件がくり返されるだけだろう。そして、この問題は、建設業だけの問題ではない。科学分野でもどの分野でも全く等しく言える問題なのである。私はそう見ているヨ。
2005/12/10のBlog
[ 14:07 ]
[ 訃報・追悼 ]
東大名誉教授の藤井忠男さんが死去
”藤井忠男さん(ふじい・ただお=東大名誉教授・高エネルギー物理学)が5日、肺がんで死去、79歳。”
昨日、この記事が目に止まった。一見すると毎日載っているごく普通の訃報記事に見えるだろう。しかし、我が家にとってはちょっと異なる。たったの1度だけだが、我が家は藤井博士と話したことがあったのである。
私が理化学研究所(理研)に基礎科学特別研究員の1人として勤務したのは、今から10年ちょっと前の1993年から1996年の3年間であった。ここ理研では、クリスマスパーティーなど頻繁にパーティーが開かれる。また、新所員になればその都度歓迎会が公式行事としても催される。
そんな中、確か私の記憶違いでなければ、何かの会の時に、私はこの藤井忠男博士と話す機会があったのである。我が家はいつも妻も子供も参加していたので、私の妻も藤井博士と話した。その時の楽しかった印象がたいへん強烈に残っていたので、今もこうして昨日のように覚えているのである。
その時、私がユタ大学に留学し博士号をそこで取り、帰国して富士通そして理研にやってきたという話をしたと思う。そこから話が弾み、藤井博士の若かかりし日のシカゴ留学体験の話に繋がったのである。博士が知人たちとシカゴまで車でアメリカを縦断した話。シカゴ大学の話。まるで一気にその日にタイムスリップしてしまったかのように、嬉々とした表情と若い時のままの様子で我々と話したのである。たぶん、当時私は30台後半、一方藤井博士は大学退官して間もなくの年令。その差は30才くらいだったろうと思う(当時もそう思っていた)。そんな年令差を一切感じさせず、一個人対一個人の体験話としてお互いに大いに笑いあったのである。お互いに口からつばを飛ばしながらの歓談であったのである。これこそ、古き良きアメリカを留学体験したものだけが見せる豪快な笑いであった。確か藤井博士は何かの用事が控えていてすぐにそこから立ち去ることになったが、その時のなごり惜しそうな表情、まだもっと話していたそうな顔が私の心に残った。そんな出会いであった。
その後私は、3年の任期を終えてここ徳島阿南に住むことになったので、それ以来全く藤井博士のことは忘れていた。ずっとお元気でお過ごしだろうと思っていたのである。正直、藤井博士はもっといろんな話を聞いてみたかった。そう感じさせられる偉大な実験物理学者であった。
御冥福を心よりお祈りしたい。
”藤井忠男さん(ふじい・ただお=東大名誉教授・高エネルギー物理学)が5日、肺がんで死去、79歳。”
昨日、この記事が目に止まった。一見すると毎日載っているごく普通の訃報記事に見えるだろう。しかし、我が家にとってはちょっと異なる。たったの1度だけだが、我が家は藤井博士と話したことがあったのである。
私が理化学研究所(理研)に基礎科学特別研究員の1人として勤務したのは、今から10年ちょっと前の1993年から1996年の3年間であった。ここ理研では、クリスマスパーティーなど頻繁にパーティーが開かれる。また、新所員になればその都度歓迎会が公式行事としても催される。
そんな中、確か私の記憶違いでなければ、何かの会の時に、私はこの藤井忠男博士と話す機会があったのである。我が家はいつも妻も子供も参加していたので、私の妻も藤井博士と話した。その時の楽しかった印象がたいへん強烈に残っていたので、今もこうして昨日のように覚えているのである。
その時、私がユタ大学に留学し博士号をそこで取り、帰国して富士通そして理研にやってきたという話をしたと思う。そこから話が弾み、藤井博士の若かかりし日のシカゴ留学体験の話に繋がったのである。博士が知人たちとシカゴまで車でアメリカを縦断した話。シカゴ大学の話。まるで一気にその日にタイムスリップしてしまったかのように、嬉々とした表情と若い時のままの様子で我々と話したのである。たぶん、当時私は30台後半、一方藤井博士は大学退官して間もなくの年令。その差は30才くらいだったろうと思う(当時もそう思っていた)。そんな年令差を一切感じさせず、一個人対一個人の体験話としてお互いに大いに笑いあったのである。お互いに口からつばを飛ばしながらの歓談であったのである。これこそ、古き良きアメリカを留学体験したものだけが見せる豪快な笑いであった。確か藤井博士は何かの用事が控えていてすぐにそこから立ち去ることになったが、その時のなごり惜しそうな表情、まだもっと話していたそうな顔が私の心に残った。そんな出会いであった。
その後私は、3年の任期を終えてここ徳島阿南に住むことになったので、それ以来全く藤井博士のことは忘れていた。ずっとお元気でお過ごしだろうと思っていたのである。正直、藤井博士はもっといろんな話を聞いてみたかった。そう感じさせられる偉大な実験物理学者であった。
御冥福を心よりお祈りしたい。
2005/12/09のBlog
[ 13:09 ]
[ テクノロジー ]
さて、私は今回の「建築強度偽造」問題で揺れる、極めて強度の弱いビル群をどのように処理すれば良いか、という深刻な問題を考えてみようと思う。
私の観点は実に”変わっている”。多くの人はそんなことが可能かと思うかも知れない。しかし、私は、”フラーの観点から”この問題を分析してみたい。
拙著「フラーとカウフマンの世界」にも大分前に書いたことだが、現在のビル建築は、基本的に2000年以上前に始まったエジプトのピラミッド工法に祖先を持つ。”巨石”を使ったピラミッド建築技術がギリシャ・ローマの”大理石”を使った建築に進む。さらに中世になり、イギリスのエリザベス調やフランスのロマネスク建築などの”レンガ”を基調としたセメント工法のお城建築へと進む。これが20世紀にアメリカでいわゆる”鉄筋コンクリート”工法のビル建築へと進んだ。そして第1、2次世界大戦後、日本人もアメリカから鉄筋コンクリート工法を学んでたくさんの巨大ビルを作って来たわけである。
この流れからすると、重厚長大な質量を持つ、巨石、大理石、レンガ、セメント、鉄筋コンクリートなどの工法が、世界の主流であったわけである。実はこれに20世紀初頭から異を唱えたのが、20世紀を代表するアメリカの建築家、バックミンスター・フラーであった。
フラーが基にしたのが、帆船技術であり、マストや帆を張る技術だったのである。このヒモと物質(マスト)の間の張力に基づく独特の構造が、軽量かつ柔軟な帆船建築の基本を支えるのである。これを”テンセグリティー構造”とフラーは名付けた。
テンセグリティー構造の基本は、三角形や正四面体や正八面体である。これらの図形の辺に対応して金属のヒモで互いに引っ張るのである。
”引っ張り”は、”圧縮”よりも格段に強い。割り箸でも折るのは簡単だが、引っ張って切るのは極めて難しい。茹でる前のスパゲッティーならなおさらである。スパゲッティーはすぐ折れる。しかしこれでも引っぱりには強い。
この張力の概念を基本に取り、現実にいち早く応用されたのが、日本の東京タワーである。大きな橋もそうである。東京タワーや明石大橋は大きさの割には極めて軽量である。この構造こそ、”物質の引っ張り”に基本をとった巨大建築の見本なのである。そして、現在では、いわゆるフラードーム(サッカーボール型のドーム)、体育館の屋根の梁(はり)や巨大クレーンなどにある”オクテット・トラス構造”などに広く使われている構造なのである。これをフラーは、生前(1980年代)までに生涯主張し続けて来たのである。
私の観点は実に”変わっている”。多くの人はそんなことが可能かと思うかも知れない。しかし、私は、”フラーの観点から”この問題を分析してみたい。
拙著「フラーとカウフマンの世界」にも大分前に書いたことだが、現在のビル建築は、基本的に2000年以上前に始まったエジプトのピラミッド工法に祖先を持つ。”巨石”を使ったピラミッド建築技術がギリシャ・ローマの”大理石”を使った建築に進む。さらに中世になり、イギリスのエリザベス調やフランスのロマネスク建築などの”レンガ”を基調としたセメント工法のお城建築へと進む。これが20世紀にアメリカでいわゆる”鉄筋コンクリート”工法のビル建築へと進んだ。そして第1、2次世界大戦後、日本人もアメリカから鉄筋コンクリート工法を学んでたくさんの巨大ビルを作って来たわけである。
この流れからすると、重厚長大な質量を持つ、巨石、大理石、レンガ、セメント、鉄筋コンクリートなどの工法が、世界の主流であったわけである。実はこれに20世紀初頭から異を唱えたのが、20世紀を代表するアメリカの建築家、バックミンスター・フラーであった。
フラーが基にしたのが、帆船技術であり、マストや帆を張る技術だったのである。このヒモと物質(マスト)の間の張力に基づく独特の構造が、軽量かつ柔軟な帆船建築の基本を支えるのである。これを”テンセグリティー構造”とフラーは名付けた。
テンセグリティー構造の基本は、三角形や正四面体や正八面体である。これらの図形の辺に対応して金属のヒモで互いに引っ張るのである。
”引っ張り”は、”圧縮”よりも格段に強い。割り箸でも折るのは簡単だが、引っ張って切るのは極めて難しい。茹でる前のスパゲッティーならなおさらである。スパゲッティーはすぐ折れる。しかしこれでも引っぱりには強い。
この張力の概念を基本に取り、現実にいち早く応用されたのが、日本の東京タワーである。大きな橋もそうである。東京タワーや明石大橋は大きさの割には極めて軽量である。この構造こそ、”物質の引っ張り”に基本をとった巨大建築の見本なのである。そして、現在では、いわゆるフラードーム(サッカーボール型のドーム)、体育館の屋根の梁(はり)や巨大クレーンなどにある”オクテット・トラス構造”などに広く使われている構造なのである。これをフラーは、生前(1980年代)までに生涯主張し続けて来たのである。
このフラーの観点からすると、日本のビル建築は、強度偽装問題が起ころうがなかろうが、基本的に地震には弱い。それは、ビル重量を物質強度で支えようとする発想だからである。物質の強度は基本的には物質そのものの強度とその断面に比例している。だからコンクリートのみよりは、鉄筋コンクリートの方が強い。少しの鉄筋よりは鉄筋がたくさんある方が強い。だから、この本数を偽装すれば、問題となるのは明白である。しかし、この強度には限界がある。これがフラーが言わんとしたことである。
一方、テンセグリティー構造では、強度に実質的に限界はない。そこで、強度の虚弱なビル建築に何らかの方法によって、その回りにテンセグリティー構造を張り巡らせて支えるという方法を私は提案したい、というわけである。
つまり、倒れそうな強度のビルをまるで橋建築や帆船技術のようなやり方によって、その強度を軽量かつ柔軟な方法で補うのである。
百分は一見にしかず。例として2つほど見せておこう。これらの図では、まだデザインには改善余地は無数にあるが、私の意味するところは理解できるだろう。この工法が発展すれば、わざわざ出来たビルを取り壊してまた作り直すという手間はきっと省けるのではないか?
つまり、倒れそうな強度のビルをまるで橋建築や帆船技術のようなやり方によって、その強度を軽量かつ柔軟な方法で補うのである。
百分は一見にしかず。例として2つほど見せておこう。これらの図では、まだデザインには改善余地は無数にあるが、私の意味するところは理解できるだろう。この工法が発展すれば、わざわざ出来たビルを取り壊してまた作り直すという手間はきっと省けるのではないか?
2005/12/08のBlog
[ 13:25 ]
[ 社会 ]
『EOYとは?』によれば、EOY = Entrepreneur of the Year =その年の一番”優れた起業家(アントレプレナー)”の意味である、という。
この組織は、1986年(ちょうど私がアメリカのユタ大に留学した年)不況下にあったアメリカで誕生し、2000年に日本に飛び火し、2001年に第1回の日本版EOY(EOYJAPAN)が開催されたのだという。
そこで、昨年2004年度の第4回日本版EOY(EOYJAPAN)のレセプションを見てみよう。
すると、なんとこの中に、イーホームズの藤田東吾社長が受賞者の1人としていた。この人は、現在姉歯建築偽装事件のまっただ中で”疑惑の中の疑惑の人物”の1人に数えられている人物である。およそ検査をしない検査を売り物にしていた社長である。
この授賞式の言葉を引用しておこう。
”起業は目的ではなく夢や思いを達成する一つの手段です。結論として重要なことはたった一つで、それは、夢や思いをあきらめないという精神だと思います。辛い時やお金に見放された時、挫けそうになっても、何とかこらえてあきらめなかったことが今の会社の成長を支えた唯一の理由です。運も良かったと思います。
かつて役所がやっていた確認検査業務を規制緩和により民間で行うことが出来るようになりました。しかし、規制緩和があったので会社を起こしたわけではないです。必要なサービスがなかったという事実が先にあり、住宅(建築)の需要者と供給者の間に立って品質に関する情報提供をビジネスとして考え、事業として行うためにあきらめずに試行錯誤を重ねてきた結果、時代環境が変わり仲間が集まり売上が伸びて、そうした壁をいくつも越えて今に至りました。”
いったいこの社長の”優れた起業技術”とは何だったのか? おそらく似せの検査書の作成技術というところだろうヨ。
「事業として行うためにあきらめずに試行錯誤を重ねてきた結果、時代環境が変わり仲間が集まり売上が伸びて、そうした壁をいくつも越えて今に至りました。」
の言葉は実に意味深である。
”試行錯誤”とは、いかにインチキ検査を早く仕上げるか;”時代環境が変わり仲間が集まり”とは、姉歯やヒューザーなどの集まりのこと;「起業は目的ではなく夢や思いを達成する一つの手段です。」とは、「自分の夢や思いの実現のためならば他人の夢や思いは無視してもいい」という意味だったのであろうか?
いずれにせよ、まるで他人事を論じているような冷静沈着ぶりは、ただ者ではない変なオーラを感じる。ダースベーダー&シスの才能ありと見た。私は、この人物に”ダースベーダー オヴ ザ イヤー”(DOY)の称号を送りたいネ。
この組織は、1986年(ちょうど私がアメリカのユタ大に留学した年)不況下にあったアメリカで誕生し、2000年に日本に飛び火し、2001年に第1回の日本版EOY(EOYJAPAN)が開催されたのだという。
そこで、昨年2004年度の第4回日本版EOY(EOYJAPAN)のレセプションを見てみよう。
すると、なんとこの中に、イーホームズの藤田東吾社長が受賞者の1人としていた。この人は、現在姉歯建築偽装事件のまっただ中で”疑惑の中の疑惑の人物”の1人に数えられている人物である。およそ検査をしない検査を売り物にしていた社長である。
この授賞式の言葉を引用しておこう。
”起業は目的ではなく夢や思いを達成する一つの手段です。結論として重要なことはたった一つで、それは、夢や思いをあきらめないという精神だと思います。辛い時やお金に見放された時、挫けそうになっても、何とかこらえてあきらめなかったことが今の会社の成長を支えた唯一の理由です。運も良かったと思います。
かつて役所がやっていた確認検査業務を規制緩和により民間で行うことが出来るようになりました。しかし、規制緩和があったので会社を起こしたわけではないです。必要なサービスがなかったという事実が先にあり、住宅(建築)の需要者と供給者の間に立って品質に関する情報提供をビジネスとして考え、事業として行うためにあきらめずに試行錯誤を重ねてきた結果、時代環境が変わり仲間が集まり売上が伸びて、そうした壁をいくつも越えて今に至りました。”
いったいこの社長の”優れた起業技術”とは何だったのか? おそらく似せの検査書の作成技術というところだろうヨ。
「事業として行うためにあきらめずに試行錯誤を重ねてきた結果、時代環境が変わり仲間が集まり売上が伸びて、そうした壁をいくつも越えて今に至りました。」
の言葉は実に意味深である。
”試行錯誤”とは、いかにインチキ検査を早く仕上げるか;”時代環境が変わり仲間が集まり”とは、姉歯やヒューザーなどの集まりのこと;「起業は目的ではなく夢や思いを達成する一つの手段です。」とは、「自分の夢や思いの実現のためならば他人の夢や思いは無視してもいい」という意味だったのであろうか?
いずれにせよ、まるで他人事を論じているような冷静沈着ぶりは、ただ者ではない変なオーラを感じる。ダースベーダー&シスの才能ありと見た。私は、この人物に”ダースベーダー オヴ ザ イヤー”(DOY)の称号を送りたいネ。
2005/12/07のBlog
[ 20:45 ]
[ 社会 ]
毎日新聞:科学技術費:ノーベル賞受賞者3人 財務相に財政支援要請
朝日新聞:野依氏らノーベル賞受賞者6人 科技予算で国に要望
今日のこれらの記事は面白い。
記事によれば、野依良治・理化学研究所理事長らノーベル賞受賞者6人が、第3期の科学技術基本計画における科学研究費を、第2期(2001年から2005年)の24兆円を上回るように目標額を盛り込んで欲しい、と国に陳情しに行った、という。ちなみに、第1期(1996年から2000年)は17兆円。
要するに、”科学研究バブル”に味をしめてしまった、日本の大学の研究者界が、ノーベル賞学者の権威を利用して、もっともっと金をくれ、とせがみに行った、というお話である。
いよいよ科学研究バブル崩壊に突入!
で私が紹介したように、今や日本国内でもっともリッチな人々は、大学に職をもつ科学研究者たちである。現在では、大学教授は、一等地のオフィスのような立派なオフィスに住み、最高級の背広を着、ローレックスの腕時計をして、最高の靴を掃いて生活している。これは、私が大学院生の頃の1980年代以前の大学教授たちとはかなり違う。
国内外の学会にいつでも行ける。我々のように電車代や航空機代をいかにしたら安上がりにできるかと工夫する必要もない。しかも、昔は1年に1回も行ければ良かったが、今や1年に何度も海外旅行に出かけることもできる。それほどまでに、この10年で日本の大学教授や職員たちはリッチになったのである。だいたい主任研究者の年収は1000万円を軽く超える。徳島当たりの一般人の平均年収が300万円と比べれば約3、4倍のリッチさである。
だれしも、これほどまでに”リッチな”研究者生活を10年も送れば、未来永劫その恩恵に預かりたい、と思うのが人情であろう。
がしかし、である。
私は数年程前から、ノーベル賞学者レベルではもはや現在の地球上の諸問題を解決できない、と考えるようになった。ノーベル賞学者の科学的貢献はたいしたものである。しかし、それがかつてのようにすぐに社会貢献に結びつくか、といえば、もはやそういう時代ではないのである。その理由は、科学があまりにも微細に専門家しすぎてしまったからである。結果として、どのノーベル賞学者と言えども、科学全般を鳥瞰できる、俯瞰できるほどの逸材はすでにこの世にはいない。それゆえ、地球規模の問題、あるいは日本規模の問題にまともに立ち向かえる学者は皆無であるという時代だからである。
ノーベル賞の授賞式の後にノーベル賞学者の賢人会議が開かれる。がしかし、この時の議論を聞いてもすでにノーベル賞学者はある分野でひとかどの大発見を行ったに過ぎず、地上の問題を親身になって考えられる程の知力も経験もないという感を強くするだけであった。つまりは、現在では、ノーベル賞学者といえども専門家の域を出ない、ということである。
こんな時代背景のせいか、日本のノーベル賞学者6人が集まったとしても、情けないかな、
「近年、科学技術でも中国、韓国などアジアの台頭が著しい。日本の競争力維持には、財政的な支援が不可欠」
という程度の意見しか言えないのであろう。
ところで、アメリカに頭脳流出した中村修二博士によれば、日本発の優れた研究、すなわち日本人によるノーベル賞級の研究は、一般に”セレンデピティー”に富んだ研究であるという。つまり、自分の実力ではどうしようもないラッキーな偶然に遭遇して出来た研究がほとんどであるという。逆に、アメリカやヨーロッパの研究者のように、最初から自分で”予想”して計画的に大発見したというようなタイプの大発見は皆無であるという。(「ごめん!」参照。)
この意見、洞察には私も大賛成である。
実際に、若い頃からこれこれの問題はいつかこんな感じで解けるはずだ、というような”演繹的方法”に基づく研究は日本では非常に少ない。それは、日本人の教育では、あるいは日本人の文化では、帰納法的発想が馴染みあり、逆に演繹的発想が苦手だからである。(【83】 帰納法的発想と演繹法的発想の違い:予想の効用 2003/11/28(Fri)参照。)
こういう科学的背景の国では、科学者自らが若い頃から演繹的発想に基づいて大発見するということは非常に難しい。若い科学者が、俺は将来こういう装置を作ってこの問題を解いてみせる、というタイプの研究者は非常に稀だ、ということである。数学者で言えば、イギリス人数学者のアンドリュー・ワイルス博士のように、子供の頃から「フェルマー予想」を解こうと計画して数学者になり、そしてその目的を遂げる、というような人物が極めて稀にしか日本では現れない、ということである。
ならば、偶然の発見、偶然の大発見、偶然の大発明を日本人のだれかが行ったということの意味は深い。つまり、こういうことは日本では”めったに現れない”ということだからである。計画的にこういった大発見、大発明を行える程の知力や忍耐を持つ人物は日本人にはいないということだからである。
であるならば、中村修二博士の”青色発光ダイオード”の発明やその製造法の発明など、日本人が行った発明や発見の価値は非常に尊い物と見るべきであろう。
こういう文脈の下に、「近年、科学技術でも中国、韓国などアジアの台頭が著しい。日本の競争力維持には、財政的な支援が不可欠」であるというのであれば、その意味はだれにもよく理解できる。しかし、最初の記事のような文脈では国民の誰1人としてその意味を理解しないであろうと私は見る。
しかし、”本当”の問題はこんなことにはない。これは、私が「青の”勇み足”」で紹介したような問題と関わっているのである。
すなわち、日本の大企業が、国内で苦労して発明したことや大発見による技術を安く他国に売りさばいて、結果として日本の国際競争力を低下させている、という問題なのである。いみじくも、ソニーの池田氏が
「これらのメーカーは、最終的にGaN製LEDまで製造が可能なことを売り物にし、その製造方法の指導もセットにして台湾メーカー等にMOCVD装置を売り込んでいる。」
と言ったように、日本の大手大企業は
『日本人が苦労して自国で世界に先駆けて発明した”青色発光ダイオード”を日本の有名企業が中国系ハイテク企業に情報(製法技術)をリークしている』
というようなことを頻繁に行って来たのである。
これでは、いくら日本人ノーベル賞学者たちが、「近年、科学技術でも中国、韓国などアジアの台頭が著しい。日本の競争力維持には、財政的な支援が不可欠」と陳情しても無駄である。なぜなら、敵は自国にいて、そのすぐ後ろで中国や韓国に技術漏洩しているのだからである。
要するに、日本の競争力の問題は野依博士たちが思っているような金の問題ではない、のである。むしろ、企業社会、科学者社会のモラル(英語のエティクス、倫理観)の問題なのである。
もし国が日本人研究者に25兆円を投資したとしても、そのほとんどが国際協力と言う名の下に諸外国の研究者に流れるというのであれば、最初からこの25兆円は必要無いのである。もしその大半が日本の企業に実験装置の発注で終わるとすれば、これまたこの金は必要無いのである。もしその大半が国際学会参加のための旅費に終わるのであれば、これまたこの金は必要無いのである。もしその大半が研究者の衣服や居住生活に使われるとすれば、これまたこの金は必要無いのである。そもそも自分の高額な給料で賄うことができるからである。
こんなわけで、私はノーベル賞学者の野依さんらの行いは、決して誉められたものではない、と考える。
実際、彼等はアカデミズムというものを、大学社会や研究所社会という極めて狭い意味で使っているからである。この点は私は本(「何が科学をつぶすのか」)で論じて久しいが、研究助成にしてもなんにしても大学や研究所などの”組織”の外にいる我々”草の根科学者”には何ら援助がない、という現実は何ら変わっていないのである。(実際、ここ数年は私の方がこれらのノーベル賞学者よりも研究論文を出していると思うヨ。)
いずれにせよ、”研究バブル”はいつか崩壊するのである。
最後に、私が野依博士ら日本人研究者たちに言いたいことは、
”もっと外へ出て、一般人の生活を見てみろ!”
ということである。みんな”けなげに”かつ”質素に”生きているのである。それでも、ほとんどの一般人は少しも文句なんて言っていないのである。
「日の本は上に行く程とんまである。」
とは、日本の科学者社会でも言えることのようだネ。
朝日新聞:野依氏らノーベル賞受賞者6人 科技予算で国に要望
今日のこれらの記事は面白い。
記事によれば、野依良治・理化学研究所理事長らノーベル賞受賞者6人が、第3期の科学技術基本計画における科学研究費を、第2期(2001年から2005年)の24兆円を上回るように目標額を盛り込んで欲しい、と国に陳情しに行った、という。ちなみに、第1期(1996年から2000年)は17兆円。
要するに、”科学研究バブル”に味をしめてしまった、日本の大学の研究者界が、ノーベル賞学者の権威を利用して、もっともっと金をくれ、とせがみに行った、というお話である。
いよいよ科学研究バブル崩壊に突入!
で私が紹介したように、今や日本国内でもっともリッチな人々は、大学に職をもつ科学研究者たちである。現在では、大学教授は、一等地のオフィスのような立派なオフィスに住み、最高級の背広を着、ローレックスの腕時計をして、最高の靴を掃いて生活している。これは、私が大学院生の頃の1980年代以前の大学教授たちとはかなり違う。
国内外の学会にいつでも行ける。我々のように電車代や航空機代をいかにしたら安上がりにできるかと工夫する必要もない。しかも、昔は1年に1回も行ければ良かったが、今や1年に何度も海外旅行に出かけることもできる。それほどまでに、この10年で日本の大学教授や職員たちはリッチになったのである。だいたい主任研究者の年収は1000万円を軽く超える。徳島当たりの一般人の平均年収が300万円と比べれば約3、4倍のリッチさである。
だれしも、これほどまでに”リッチな”研究者生活を10年も送れば、未来永劫その恩恵に預かりたい、と思うのが人情であろう。
がしかし、である。
私は数年程前から、ノーベル賞学者レベルではもはや現在の地球上の諸問題を解決できない、と考えるようになった。ノーベル賞学者の科学的貢献はたいしたものである。しかし、それがかつてのようにすぐに社会貢献に結びつくか、といえば、もはやそういう時代ではないのである。その理由は、科学があまりにも微細に専門家しすぎてしまったからである。結果として、どのノーベル賞学者と言えども、科学全般を鳥瞰できる、俯瞰できるほどの逸材はすでにこの世にはいない。それゆえ、地球規模の問題、あるいは日本規模の問題にまともに立ち向かえる学者は皆無であるという時代だからである。
ノーベル賞の授賞式の後にノーベル賞学者の賢人会議が開かれる。がしかし、この時の議論を聞いてもすでにノーベル賞学者はある分野でひとかどの大発見を行ったに過ぎず、地上の問題を親身になって考えられる程の知力も経験もないという感を強くするだけであった。つまりは、現在では、ノーベル賞学者といえども専門家の域を出ない、ということである。
こんな時代背景のせいか、日本のノーベル賞学者6人が集まったとしても、情けないかな、
「近年、科学技術でも中国、韓国などアジアの台頭が著しい。日本の競争力維持には、財政的な支援が不可欠」
という程度の意見しか言えないのであろう。
ところで、アメリカに頭脳流出した中村修二博士によれば、日本発の優れた研究、すなわち日本人によるノーベル賞級の研究は、一般に”セレンデピティー”に富んだ研究であるという。つまり、自分の実力ではどうしようもないラッキーな偶然に遭遇して出来た研究がほとんどであるという。逆に、アメリカやヨーロッパの研究者のように、最初から自分で”予想”して計画的に大発見したというようなタイプの大発見は皆無であるという。(「ごめん!」参照。)
この意見、洞察には私も大賛成である。
実際に、若い頃からこれこれの問題はいつかこんな感じで解けるはずだ、というような”演繹的方法”に基づく研究は日本では非常に少ない。それは、日本人の教育では、あるいは日本人の文化では、帰納法的発想が馴染みあり、逆に演繹的発想が苦手だからである。(【83】 帰納法的発想と演繹法的発想の違い:予想の効用 2003/11/28(Fri)参照。)
こういう科学的背景の国では、科学者自らが若い頃から演繹的発想に基づいて大発見するということは非常に難しい。若い科学者が、俺は将来こういう装置を作ってこの問題を解いてみせる、というタイプの研究者は非常に稀だ、ということである。数学者で言えば、イギリス人数学者のアンドリュー・ワイルス博士のように、子供の頃から「フェルマー予想」を解こうと計画して数学者になり、そしてその目的を遂げる、というような人物が極めて稀にしか日本では現れない、ということである。
ならば、偶然の発見、偶然の大発見、偶然の大発明を日本人のだれかが行ったということの意味は深い。つまり、こういうことは日本では”めったに現れない”ということだからである。計画的にこういった大発見、大発明を行える程の知力や忍耐を持つ人物は日本人にはいないということだからである。
であるならば、中村修二博士の”青色発光ダイオード”の発明やその製造法の発明など、日本人が行った発明や発見の価値は非常に尊い物と見るべきであろう。
こういう文脈の下に、「近年、科学技術でも中国、韓国などアジアの台頭が著しい。日本の競争力維持には、財政的な支援が不可欠」であるというのであれば、その意味はだれにもよく理解できる。しかし、最初の記事のような文脈では国民の誰1人としてその意味を理解しないであろうと私は見る。
しかし、”本当”の問題はこんなことにはない。これは、私が「青の”勇み足”」で紹介したような問題と関わっているのである。
すなわち、日本の大企業が、国内で苦労して発明したことや大発見による技術を安く他国に売りさばいて、結果として日本の国際競争力を低下させている、という問題なのである。いみじくも、ソニーの池田氏が
「これらのメーカーは、最終的にGaN製LEDまで製造が可能なことを売り物にし、その製造方法の指導もセットにして台湾メーカー等にMOCVD装置を売り込んでいる。」
と言ったように、日本の大手大企業は
『日本人が苦労して自国で世界に先駆けて発明した”青色発光ダイオード”を日本の有名企業が中国系ハイテク企業に情報(製法技術)をリークしている』
というようなことを頻繁に行って来たのである。
これでは、いくら日本人ノーベル賞学者たちが、「近年、科学技術でも中国、韓国などアジアの台頭が著しい。日本の競争力維持には、財政的な支援が不可欠」と陳情しても無駄である。なぜなら、敵は自国にいて、そのすぐ後ろで中国や韓国に技術漏洩しているのだからである。
要するに、日本の競争力の問題は野依博士たちが思っているような金の問題ではない、のである。むしろ、企業社会、科学者社会のモラル(英語のエティクス、倫理観)の問題なのである。
もし国が日本人研究者に25兆円を投資したとしても、そのほとんどが国際協力と言う名の下に諸外国の研究者に流れるというのであれば、最初からこの25兆円は必要無いのである。もしその大半が日本の企業に実験装置の発注で終わるとすれば、これまたこの金は必要無いのである。もしその大半が国際学会参加のための旅費に終わるのであれば、これまたこの金は必要無いのである。もしその大半が研究者の衣服や居住生活に使われるとすれば、これまたこの金は必要無いのである。そもそも自分の高額な給料で賄うことができるからである。
こんなわけで、私はノーベル賞学者の野依さんらの行いは、決して誉められたものではない、と考える。
実際、彼等はアカデミズムというものを、大学社会や研究所社会という極めて狭い意味で使っているからである。この点は私は本(「何が科学をつぶすのか」)で論じて久しいが、研究助成にしてもなんにしても大学や研究所などの”組織”の外にいる我々”草の根科学者”には何ら援助がない、という現実は何ら変わっていないのである。(実際、ここ数年は私の方がこれらのノーベル賞学者よりも研究論文を出していると思うヨ。)
いずれにせよ、”研究バブル”はいつか崩壊するのである。
最後に、私が野依博士ら日本人研究者たちに言いたいことは、
”もっと外へ出て、一般人の生活を見てみろ!”
ということである。みんな”けなげに”かつ”質素に”生きているのである。それでも、ほとんどの一般人は少しも文句なんて言っていないのである。
「日の本は上に行く程とんまである。」
とは、日本の科学者社会でも言えることのようだネ。
2005/12/04のBlog
[ 19:31 ]
[ サッカー練習日誌 ]
2005年12月04日(日)雨後曇り後晴れ
T3リーグ第3戦。
【対戦&結果】
会場:阿南高専。
対戦相手:徳島文理大付属高校。
0:00PM集合。
0:10PMアップ開始。
1:00PMキックオフ。
結果2一0(前半2一0、後半1一0)勝利。
【ポジション】
前半35分 3一5一2(ガンバ大阪システム)
FWーーー西川2ーーー大庭2
MFーーー須賀2ーーー尾形2
ーーー須藤2ーー山田1ーー杉本2
DFーーー広瀬1ーーー岡田1
ーーーーーーーー神原1
GKーーーーーー川原2
サブ 山脇2、弓場2
後半35分 3一5一2(ガンバ大阪システム)
FWーー西川2→弓場2ー山脇2
MFーーー須賀2ーーー尾形2
ーーー須藤2ーー山田1ーー杉本2
DFーーー広瀬1ーーー岡田1
ーーーーーーーー神原1
GKーーーーーー川原2
【総評】
相手チームの文理は、前期にいったんはT2入りしたが、T3に陥落し今期再上昇を狙う、上昇気運にある新鋭の好チーム。前半開始5分最初に右サイドからの攻撃で須賀がプッシュして得点。その後再三のチャンスがあったが好機に点を入れられず、逆に前半の後半に足が止まりかけたところで、反撃を食らう。何とかしのいで行く内、好機をはずしたが、詰めていった西川の身体にGKのクリアボールが当たり跳ね返って得点。後半も前半のように一進一退。両方ともにチャンスがあったが、共に無得点で終了。文理は好チーム。ホームゲームが幸いした。実力的にはほぼ互角だろう。
【その他の試合】
名西6一0(前半3一0、後半3一0)城東
T3リーグ第3戦。
【対戦&結果】
会場:阿南高専。
対戦相手:徳島文理大付属高校。
0:00PM集合。
0:10PMアップ開始。
1:00PMキックオフ。
結果2一0(前半2一0、後半1一0)勝利。
【ポジション】
前半35分 3一5一2(ガンバ大阪システム)
FWーーー西川2ーーー大庭2
MFーーー須賀2ーーー尾形2
ーーー須藤2ーー山田1ーー杉本2
DFーーー広瀬1ーーー岡田1
ーーーーーーーー神原1
GKーーーーーー川原2
サブ 山脇2、弓場2
後半35分 3一5一2(ガンバ大阪システム)
FWーー西川2→弓場2ー山脇2
MFーーー須賀2ーーー尾形2
ーーー須藤2ーー山田1ーー杉本2
DFーーー広瀬1ーーー岡田1
ーーーーーーーー神原1
GKーーーーーー川原2
【総評】
相手チームの文理は、前期にいったんはT2入りしたが、T3に陥落し今期再上昇を狙う、上昇気運にある新鋭の好チーム。前半開始5分最初に右サイドからの攻撃で須賀がプッシュして得点。その後再三のチャンスがあったが好機に点を入れられず、逆に前半の後半に足が止まりかけたところで、反撃を食らう。何とかしのいで行く内、好機をはずしたが、詰めていった西川の身体にGKのクリアボールが当たり跳ね返って得点。後半も前半のように一進一退。両方ともにチャンスがあったが、共に無得点で終了。文理は好チーム。ホームゲームが幸いした。実力的にはほぼ互角だろう。
【その他の試合】
名西6一0(前半3一0、後半3一0)城東
2005/12/03のBlog
[ 08:31 ]
[ サッカー練習日誌 ]
2005年12月02日(金)曇り
4:30PM練習開始。4年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互に行う。
(4)センタリング&シュート練習2。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互に行う。
(5)フォーメーション。
(6)整理体操、ストレッチ。6:30PM終了。
4:30PM練習開始。4年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互に行う。
(4)センタリング&シュート練習2。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互に行う。
(5)フォーメーション。
(6)整理体操、ストレッチ。6:30PM終了。
2005/12/01のBlog
[ 21:21 ]
[ サッカー練習日誌 ]
2005年12月01日(木)晴れ
4:30PM練習開始。4年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互に行う。
(4)センタリング&シュート練習2。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互に行う。
(5)パス練習2。10対10パス回し練習。
10対10=敵味方各々10人でパスを回す。
フリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分。
(6)フォーメーション。
(7)整理体操、ストレッチ。6:30PM終了。
4:30PM練習開始。4年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互に行う。
(4)センタリング&シュート練習2。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互に行う。
(5)パス練習2。10対10パス回し練習。
10対10=敵味方各々10人でパスを回す。
フリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分。
(6)フォーメーション。
(7)整理体操、ストレッチ。6:30PM終了。
[ 20:52 ]
[ サッカー練習日誌 ]
2005年11月30日(水)晴れ
4:30PM練習開始。4年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互に行う。
(4)センタリング&シュート練習2。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互に行う。
(5)パス練習2。10対10パス回し練習。
10対10=敵味方各々10人でパスを回す。
フリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分。
(6)ミニゲーム。6人×3チーム。
7分×3。あまったチームはコートの周りをジョギング。
(7)ランニング。グラウンド5周。
(8)整理体操、ストレッチ。6:30PM終了。
4:30PM練習開始。4年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互に行う。
(4)センタリング&シュート練習2。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互に行う。
(5)パス練習2。10対10パス回し練習。
10対10=敵味方各々10人でパスを回す。
フリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分。
(6)ミニゲーム。6人×3チーム。
7分×3。あまったチームはコートの周りをジョギング。
(7)ランニング。グラウンド5周。
(8)整理体操、ストレッチ。6:30PM終了。