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2005/12/28のBlog
[ 15:30 ]
[ 昔のエッセイ ]
私のように、20年近く物理学者であり続け、日本やアメリカの多くの科学者を見てくると、さまざまな問題点に気付くようになる。たとえば、大学入試問題や研究者育成の問題や大学職員採用法の問題などがある。そしてこれらの問題を長い間考えて来た結果、結局それらを解決して行くためには、「アカデミックオンブズマン制度」を作る必要があるのではないかと私は考えるようになった。どうしてその必要性があるのか、以下に考えて行こう。
1。日本の科学者はそれほど賢くない。
大学が一般市民にいつも自由に開かれているアメリカと違い、日本では一般に科学者は国公立私立大学や国立研究所や企業研究所にしかいない。そのため、大学や研究所の一般公開日など特別な場合を除き、社会で科学者が一般市民と出会う場や語り合う場がなく、互いに最もなじみが薄い。したがって、一般市民は彼等科学者が日頃何をやっているのかまったく見当がつかず、さまざまな科学雑誌や新聞などの情報から、科学者は自分たち一般市民よりずっと高級なことを気高く行っていると勝手に想像しているにちがいない。しかし、私のようにすでに20年近く物理学者であり続け、私の友人や同僚などを通じて日本やアメリカの学者たちをつぶさに見てくると、彼等科学者は一般人が見るあるいは想像するほど賢い存在ではないということがはっきり認識できるようになる。
たとえば、次のような例がある。科学者は自分の行った研究を世界の権威ある科学研究雑誌に公表するのが仕事であり、それができて初めてその仕事は一段落する。科学研究雑誌はだいたい各国から出されていて、日本にもいくつも科学研究雑誌が出版されている。私のような物理学者は物理学研究雑誌に論文を投稿し、それがその雑誌から出版許可を得られて初めて論文が公表される。このとき、学者からなる各雑誌編集者は「レフェリー」と呼ばれる審査員(これも学者)を選び、投稿された論文の内容がその雑誌に掲載されるに値する価値があるかどうか匿名で審査する。そしてここに、学者も普通の人間にすぎないことが起こる。
その「レフェリー」が、その論文著者の研究を以下のような個人的理由で好ましく思わない場合、その論文を却下することがしばしばある:(1)その論文の掲載によって、その「レフェリー」が研究者として以前書いた論文が、無になったり、価値が著しく損なわれる可能性のある場合;(2)その「レフェリー」がその論文の著者を個人的に知っていて、好ましく思わない場合;(3)モーツアルトに対するサリエリのように、単なる嫉妬の場合。私の知る限り、残念なことに、日本では著者が際立って名の知れた研究者である場合を除き、良い論文に対してほど(1)や(2)の理由によって排除される場合が多いように思う。
これは、まさしく科学者も平凡な人間であるということを示している。この結果、研究雑誌の編集者である高名な学者に対して、論文をどうにかして出版しなくてはと思っている他の学者たちがプレッシャーを感じ、学者の間で「おもねり」や「ごますり」や「たかり」が起こることになる。さらに、研究雑誌の「レフェリー」であると噂される研究者に対しても、「気配り」しなくてはならないと考えるものも現われてくる。
これでは、科学研究が一つの「闘争」であり、学問における「決闘」であると考えている欧米のやり方とはまったく異なり、アカデミズムの健全な発展は望むべくもない。このように、日本の科学者はたいして賢くもなければ、立派でもない。
2。日本の科学者はずるい。
次に、「日本の科学者はどれほどずるいか」ということを考えてみよう。ほとんどの日本人は知らないことであろうが、これほど欧米人に馬鹿にされていることもないのではないだろうか。
たとえば、文部省や他の省庁の出す研究費には、「国際交流」を目的とするものがある。これには、主に2種類があり、一つは日本の研究者を海外に派遣するものであり、もう一つは海外の研究者を日本国内に派遣するものである。
前者は、日本国内に研究職を持つ日本人が、欧米の大学で1、2年学び、そして帰国するというものである。このとき、その人は自分の職からもらう給料とこの派遣研究費や奨学金から得られるものを合わせて、通常の2倍から3倍の給料を得ることができる。ところが、欧米の大学は9月末から始まり、翌年6月上旬で終わる。一方、日本は4月に新学期が始まり翌年3月末に終わる。そのため、この研究派遣の場合、その人は4月から9月までの約半年間アメリカで「語学研修」と称して遊ぶことになる。そして、翌年の3月には帰国するので、実質の留学期間は、6ヵ月しかない。したがって、半年間の労働で3年分の給料を得られるのであるから、欧米へ留学しないほうがおかしい。
金銭面は別として、研究面でも問題がある。この形の留学の場合、海外の著名な学者のグループに入り、そこで現在活発に行われている、研究活動の一員として研究する。だから、そのグループが世界的に有名なほどその留学者にとっていいことになる。その留学者にとって6ヵ月という間に、そのグループの論文に自分の名前が載ることで、どれほど自分の名前が日本で売れるようになるか良く分かっているからである。その人にとって、実にいい「取り引き」だからである。そして、日本に帰国してから、留学先の教授との仲を利用して、自分がこの分野の大家として振る舞えばいい訳である。まして、この留学が日本社会ではクレジットになって、いわゆる「ハクがつく」ということで、助手は助教授へ、助教授は教授へというように「格」が一つ上がるのであるから、留学者の笑いは止まらない。もちろん、この留学のためのすべての経費が我々の税金から出ているのは言うまでもない。
一方、後者の海外の研究者を日本国内に派遣する場合、自分の給料からではなく、やはり我々の税金から、海外の高名な(つまり有名な)研究者を何か月かあるいは何年か雇える。そして、雇ったかわりに、彼等外国の実力派の研究者に研究を頑張ってもらい、論文を発表してもらうことになる。問題は、このとき、雇った方の日本人研究者は、その論文に対して、ほとんど貢献がない場合も、論文に名前を載せてもらって、あたかも自分の研究のようにすることができるということである。これは、「海外の研究を金で買う」やり方である。さらに、日本の研究者が、新しい研究テーマを自分の頭を使って、今何が重要なのか考え研究するのでは時間がかかるので、そうではなく、海外の研究者を呼んで彼等からそれを教えてもらい、日本人教授が自分の助手や助教授に計算させて、共著の論文として出版するという方法も流行している。これは、「海外の研究者の下請けになる」やり方である。しかし現実にはこれらが最も手っ取り早く自分たちが世界的に有名になれる方法として、日本の東大といった国立大学で今流行しているやり方である。民間企業のように自分で金を支払ってそうするというのならいざ知らず、我々の税金がその人自身の名声のために使われるというのはたいへんな公私混同、問題行為といえるだろう。
これらの事実は、日本の大学関係者や研究者たちは皆良く知っている、ありふれたことであるが、これがもちろん問題になったこともなければ、マスコミの話題に取り上げられたこともない。以上の状況は、文部省だけでなく、厚生省、科学技術庁、通産省などあらゆる省庁で同じように行われている。いかに日本人科学者たちが、金銭的にあるいは知的にずるいかお分かりになっただろう。しかし、これは皆日常的に行われている現実の出来事である。
3。日本の科学者はマフィアと同じ。
次に「日本の科学者のやり方が、質的にはマフィアと大差ない」ことを考えてみよう。私が3年間所属した理化学研究所には、いわゆる巨大プロジェクトと称する、何百億円あるいは何千億円もかけた研究プロジェクトがある。最近では、「脳研究」に向こう10年間で2兆円を使うというプロジェクトが始まった。これほどの研究プロジェクトとなると、さまざまな問題が生まれてくると予想できる。
まず、巨額な研究資金が一人ないしは一つのグループによって占められるようになるため、研究者の「独り占め」が生じ、研究における「競合」した他のグループが存在しなくなるという状況が生まれる。実際、上述の「脳研究」の場合、東大出身で理化学研究所のボスの一人である、脳科学研究所の所長、伊藤正男博士一人に巨大な権威が生じ、日本の脳研究者のだれ一人彼に反することができなくなって来ている。そのおかげで、日本の若い脳研究者たちは、皆彼の可愛い「しもべ」になろうと躍起になっているように見える。なぜなら、彼に取り入ることができれば、研究者としての将来は明るく、当分(少なくとも10年)は食べていけるが、彼に反せば職に永久に就けないかもしれないからだろう。これは、日本の「やくざ社会」や「マフィア社会」とそっくりである。
しかし待ってもらいたい。これはどこかで聞いた話とそっくりではないだろうか。そう、薬害エイズ訴訟問題で一躍東大の名を地に陥れた張本人の大悪党、安部英教授と郡司篤晃東大教授の例である。この人たちもまた、日本の血友病の第一人者として長く君臨し続けた結果、他のどの研究者の意見も通らなくなり、この薬害が起こったのであった。彼等のために、何千人もの人たちが、死に追いやられたことは皆周知の事実である。
このように、アカデミズムの中で、互いに競合しなかったり競争しないということがどれほど、アカデミズムの発展を阻害するか明白だろう。現在の日本人の文化と照らし合わせると、一般の日本人はあまり人と敵対したり、論争したりすることを、はしたなく感じる。できれば、だれとでも仲良くうまくやっていけたらいいと考えるだろう。この点では、日本の科学者もまったく同じである。しかし、科学の発展は常に研究者どうしの激論や論争、時には強烈な敵対関係によって、育まれてきたものである。そして我々真の科学者は、この状態が最も健全であると考えている。たとえば、古くは微分積分学に関するニュートンとライプニッツの論争、今世紀になって、量子力学に関するアインシュタインとボーアの論争、近年では、宇宙の最後に関するホーキングとペンローズの論争などがある。私の専門分野の物性物理学では、高温超伝導に関するアンダーソンとシュリーファーの論争が有名である。
このように、科学の分野も経済界と同様に、過占状態は良くなく、避けられるべきである。そしてもっともっと科学者同士で敵対し、論争すべきである。と同時に、こういうことのできる自由が社会や科学者社会にもたらされるべきである。そのためには、より広く、対立する研究プロジェクトをサポートし、互いに競争させるべきである。さもなくば、バットマンの活躍するゴッダムシティーのように、すべては一人の悪玉にコントロールされた世界に科学者の世界は姿を変えてしまうことだろう。しかしここで誤解しないでいただきたいのは、この論争や敵対関係というものは、「けんか」するということではなく、あくまで科学上の紳士的なやり取りの上での論争であり、実生活ではお互いに友人であるという場合がほとんどである。人間的成熟度の低い日本人の場合なかなかこれができず、現実の「けんか」になって、まったく交流がとだえてしまう場合が多い。
4。日本の科学者は「から出張」する。
私のような理論物理学者は、数百万円もあれば、研究を続けることができる。しかし、時として、何千万円、何億円も得る研究者が一方にいる。こうした研究者がもちろん1年間で研究だけにこの金を焼却できるわけはなく、この金のかなりを国際会議への参加という形で使う。(私はわざわざ年度末に研究費を全部焼却する必要はなく、銀行に貯蓄できるようにしたり、仮に研究費を余らせても次年度の研究費配分に影響がないようにすればいいと思うのだが、これらは日本では許されていない。)しかし、これとてすべて使えるわけでなく、結局どこかへ出張したことにして、一旦お金をどこかへプールしていざというときに使えるようにする。これは、しばしば組織的に行われてきている。新聞ざたの事件になった例としては、東大の物性物理学研究所があるが、その後この問題がどういう結末になったのか私は知らない。これは、現在ちまたで問題になってきている、国や地方公務員の「から出張」の問題と同じである。大学関係者も自分たちは「国家公務員」という意識が強く、まったくその点では普通の国や地方公務員と変わらない。だから、国や地方公務員と同様、そうした行為に対して罪悪感などこれっぽっちもないのが普通である。たいていこうしたことの黒幕は、研究者個人というよりは、自分たちが最も偉く、研究者たちを管理していると錯覚している、大学や研究所の幹部事務職員たちである。
1。日本の科学者はそれほど賢くない。
大学が一般市民にいつも自由に開かれているアメリカと違い、日本では一般に科学者は国公立私立大学や国立研究所や企業研究所にしかいない。そのため、大学や研究所の一般公開日など特別な場合を除き、社会で科学者が一般市民と出会う場や語り合う場がなく、互いに最もなじみが薄い。したがって、一般市民は彼等科学者が日頃何をやっているのかまったく見当がつかず、さまざまな科学雑誌や新聞などの情報から、科学者は自分たち一般市民よりずっと高級なことを気高く行っていると勝手に想像しているにちがいない。しかし、私のようにすでに20年近く物理学者であり続け、私の友人や同僚などを通じて日本やアメリカの学者たちをつぶさに見てくると、彼等科学者は一般人が見るあるいは想像するほど賢い存在ではないということがはっきり認識できるようになる。
たとえば、次のような例がある。科学者は自分の行った研究を世界の権威ある科学研究雑誌に公表するのが仕事であり、それができて初めてその仕事は一段落する。科学研究雑誌はだいたい各国から出されていて、日本にもいくつも科学研究雑誌が出版されている。私のような物理学者は物理学研究雑誌に論文を投稿し、それがその雑誌から出版許可を得られて初めて論文が公表される。このとき、学者からなる各雑誌編集者は「レフェリー」と呼ばれる審査員(これも学者)を選び、投稿された論文の内容がその雑誌に掲載されるに値する価値があるかどうか匿名で審査する。そしてここに、学者も普通の人間にすぎないことが起こる。
その「レフェリー」が、その論文著者の研究を以下のような個人的理由で好ましく思わない場合、その論文を却下することがしばしばある:(1)その論文の掲載によって、その「レフェリー」が研究者として以前書いた論文が、無になったり、価値が著しく損なわれる可能性のある場合;(2)その「レフェリー」がその論文の著者を個人的に知っていて、好ましく思わない場合;(3)モーツアルトに対するサリエリのように、単なる嫉妬の場合。私の知る限り、残念なことに、日本では著者が際立って名の知れた研究者である場合を除き、良い論文に対してほど(1)や(2)の理由によって排除される場合が多いように思う。
これは、まさしく科学者も平凡な人間であるということを示している。この結果、研究雑誌の編集者である高名な学者に対して、論文をどうにかして出版しなくてはと思っている他の学者たちがプレッシャーを感じ、学者の間で「おもねり」や「ごますり」や「たかり」が起こることになる。さらに、研究雑誌の「レフェリー」であると噂される研究者に対しても、「気配り」しなくてはならないと考えるものも現われてくる。
これでは、科学研究が一つの「闘争」であり、学問における「決闘」であると考えている欧米のやり方とはまったく異なり、アカデミズムの健全な発展は望むべくもない。このように、日本の科学者はたいして賢くもなければ、立派でもない。
2。日本の科学者はずるい。
次に、「日本の科学者はどれほどずるいか」ということを考えてみよう。ほとんどの日本人は知らないことであろうが、これほど欧米人に馬鹿にされていることもないのではないだろうか。
たとえば、文部省や他の省庁の出す研究費には、「国際交流」を目的とするものがある。これには、主に2種類があり、一つは日本の研究者を海外に派遣するものであり、もう一つは海外の研究者を日本国内に派遣するものである。
前者は、日本国内に研究職を持つ日本人が、欧米の大学で1、2年学び、そして帰国するというものである。このとき、その人は自分の職からもらう給料とこの派遣研究費や奨学金から得られるものを合わせて、通常の2倍から3倍の給料を得ることができる。ところが、欧米の大学は9月末から始まり、翌年6月上旬で終わる。一方、日本は4月に新学期が始まり翌年3月末に終わる。そのため、この研究派遣の場合、その人は4月から9月までの約半年間アメリカで「語学研修」と称して遊ぶことになる。そして、翌年の3月には帰国するので、実質の留学期間は、6ヵ月しかない。したがって、半年間の労働で3年分の給料を得られるのであるから、欧米へ留学しないほうがおかしい。
金銭面は別として、研究面でも問題がある。この形の留学の場合、海外の著名な学者のグループに入り、そこで現在活発に行われている、研究活動の一員として研究する。だから、そのグループが世界的に有名なほどその留学者にとっていいことになる。その留学者にとって6ヵ月という間に、そのグループの論文に自分の名前が載ることで、どれほど自分の名前が日本で売れるようになるか良く分かっているからである。その人にとって、実にいい「取り引き」だからである。そして、日本に帰国してから、留学先の教授との仲を利用して、自分がこの分野の大家として振る舞えばいい訳である。まして、この留学が日本社会ではクレジットになって、いわゆる「ハクがつく」ということで、助手は助教授へ、助教授は教授へというように「格」が一つ上がるのであるから、留学者の笑いは止まらない。もちろん、この留学のためのすべての経費が我々の税金から出ているのは言うまでもない。
一方、後者の海外の研究者を日本国内に派遣する場合、自分の給料からではなく、やはり我々の税金から、海外の高名な(つまり有名な)研究者を何か月かあるいは何年か雇える。そして、雇ったかわりに、彼等外国の実力派の研究者に研究を頑張ってもらい、論文を発表してもらうことになる。問題は、このとき、雇った方の日本人研究者は、その論文に対して、ほとんど貢献がない場合も、論文に名前を載せてもらって、あたかも自分の研究のようにすることができるということである。これは、「海外の研究を金で買う」やり方である。さらに、日本の研究者が、新しい研究テーマを自分の頭を使って、今何が重要なのか考え研究するのでは時間がかかるので、そうではなく、海外の研究者を呼んで彼等からそれを教えてもらい、日本人教授が自分の助手や助教授に計算させて、共著の論文として出版するという方法も流行している。これは、「海外の研究者の下請けになる」やり方である。しかし現実にはこれらが最も手っ取り早く自分たちが世界的に有名になれる方法として、日本の東大といった国立大学で今流行しているやり方である。民間企業のように自分で金を支払ってそうするというのならいざ知らず、我々の税金がその人自身の名声のために使われるというのはたいへんな公私混同、問題行為といえるだろう。
これらの事実は、日本の大学関係者や研究者たちは皆良く知っている、ありふれたことであるが、これがもちろん問題になったこともなければ、マスコミの話題に取り上げられたこともない。以上の状況は、文部省だけでなく、厚生省、科学技術庁、通産省などあらゆる省庁で同じように行われている。いかに日本人科学者たちが、金銭的にあるいは知的にずるいかお分かりになっただろう。しかし、これは皆日常的に行われている現実の出来事である。
3。日本の科学者はマフィアと同じ。
次に「日本の科学者のやり方が、質的にはマフィアと大差ない」ことを考えてみよう。私が3年間所属した理化学研究所には、いわゆる巨大プロジェクトと称する、何百億円あるいは何千億円もかけた研究プロジェクトがある。最近では、「脳研究」に向こう10年間で2兆円を使うというプロジェクトが始まった。これほどの研究プロジェクトとなると、さまざまな問題が生まれてくると予想できる。
まず、巨額な研究資金が一人ないしは一つのグループによって占められるようになるため、研究者の「独り占め」が生じ、研究における「競合」した他のグループが存在しなくなるという状況が生まれる。実際、上述の「脳研究」の場合、東大出身で理化学研究所のボスの一人である、脳科学研究所の所長、伊藤正男博士一人に巨大な権威が生じ、日本の脳研究者のだれ一人彼に反することができなくなって来ている。そのおかげで、日本の若い脳研究者たちは、皆彼の可愛い「しもべ」になろうと躍起になっているように見える。なぜなら、彼に取り入ることができれば、研究者としての将来は明るく、当分(少なくとも10年)は食べていけるが、彼に反せば職に永久に就けないかもしれないからだろう。これは、日本の「やくざ社会」や「マフィア社会」とそっくりである。
しかし待ってもらいたい。これはどこかで聞いた話とそっくりではないだろうか。そう、薬害エイズ訴訟問題で一躍東大の名を地に陥れた張本人の大悪党、安部英教授と郡司篤晃東大教授の例である。この人たちもまた、日本の血友病の第一人者として長く君臨し続けた結果、他のどの研究者の意見も通らなくなり、この薬害が起こったのであった。彼等のために、何千人もの人たちが、死に追いやられたことは皆周知の事実である。
このように、アカデミズムの中で、互いに競合しなかったり競争しないということがどれほど、アカデミズムの発展を阻害するか明白だろう。現在の日本人の文化と照らし合わせると、一般の日本人はあまり人と敵対したり、論争したりすることを、はしたなく感じる。できれば、だれとでも仲良くうまくやっていけたらいいと考えるだろう。この点では、日本の科学者もまったく同じである。しかし、科学の発展は常に研究者どうしの激論や論争、時には強烈な敵対関係によって、育まれてきたものである。そして我々真の科学者は、この状態が最も健全であると考えている。たとえば、古くは微分積分学に関するニュートンとライプニッツの論争、今世紀になって、量子力学に関するアインシュタインとボーアの論争、近年では、宇宙の最後に関するホーキングとペンローズの論争などがある。私の専門分野の物性物理学では、高温超伝導に関するアンダーソンとシュリーファーの論争が有名である。
このように、科学の分野も経済界と同様に、過占状態は良くなく、避けられるべきである。そしてもっともっと科学者同士で敵対し、論争すべきである。と同時に、こういうことのできる自由が社会や科学者社会にもたらされるべきである。そのためには、より広く、対立する研究プロジェクトをサポートし、互いに競争させるべきである。さもなくば、バットマンの活躍するゴッダムシティーのように、すべては一人の悪玉にコントロールされた世界に科学者の世界は姿を変えてしまうことだろう。しかしここで誤解しないでいただきたいのは、この論争や敵対関係というものは、「けんか」するということではなく、あくまで科学上の紳士的なやり取りの上での論争であり、実生活ではお互いに友人であるという場合がほとんどである。人間的成熟度の低い日本人の場合なかなかこれができず、現実の「けんか」になって、まったく交流がとだえてしまう場合が多い。
4。日本の科学者は「から出張」する。
私のような理論物理学者は、数百万円もあれば、研究を続けることができる。しかし、時として、何千万円、何億円も得る研究者が一方にいる。こうした研究者がもちろん1年間で研究だけにこの金を焼却できるわけはなく、この金のかなりを国際会議への参加という形で使う。(私はわざわざ年度末に研究費を全部焼却する必要はなく、銀行に貯蓄できるようにしたり、仮に研究費を余らせても次年度の研究費配分に影響がないようにすればいいと思うのだが、これらは日本では許されていない。)しかし、これとてすべて使えるわけでなく、結局どこかへ出張したことにして、一旦お金をどこかへプールしていざというときに使えるようにする。これは、しばしば組織的に行われてきている。新聞ざたの事件になった例としては、東大の物性物理学研究所があるが、その後この問題がどういう結末になったのか私は知らない。これは、現在ちまたで問題になってきている、国や地方公務員の「から出張」の問題と同じである。大学関係者も自分たちは「国家公務員」という意識が強く、まったくその点では普通の国や地方公務員と変わらない。だから、国や地方公務員と同様、そうした行為に対して罪悪感などこれっぽっちもないのが普通である。たいていこうしたことの黒幕は、研究者個人というよりは、自分たちが最も偉く、研究者たちを管理していると錯覚している、大学や研究所の幹部事務職員たちである。
5。日本の科学者は「天下り」する。
いつも私が驚かされたことに、次のようなことがある。日本の大学や国立の研究所にいる研究者が「官僚の天下り」に対して本当にけしからんと真顔で憤りを感じるのである。これでは、日本はちっともよくならないと怒る。私もこのこと自体は彼等のいうことが正しく当然と思う。しかし、こういう良い意見を言っていた人たちが、いざ自分たちが退職して次の職を得ようというとき、決まって平気で小さな私立大学や短大の教授として、あるいは学部長や学長になるために「天下り」する。彼等は、話が自分のこととなると、「自分は単に再就職するだけであって、決して『天下り』するわけではない」と言う。私は何人もこういう人たちを見てきているが、この時ほどその人の「人間としての価値」を疑わざるをえないこともない。私には、官僚の場合も、研究者の場合も、それまでのコネを使って関連職場へ再就職したのである以上、まったく同じことであると思う。厚生省の官僚が厚生省関連の製薬会社へ天下ることと、国立大学の研究者がその関連の私立大学へ天下るのとまったく同じことである。どこにも差はない。
確かに、その当人は自分が有能な研究キャリアがあり、それを売り物にして私立大学へ再就職したのだと思いたい気持ちは良く理解できる。しかし、すでに上で議論したように、その場合もすべての研究資金は、我々の税金が元になっているのだから、そこで得られたキャリアはその研究者個人だけのものではないのは当然である。強大な研究環境の中で研究させてもらったのだから、ある程度の研究成果を上げなければならないのは当然の義務である。にもかかわらず、現実には国立大学や国立研究所関係者が退職後、私立大学に天下る例は後をたたない。中には、1、2年ごとに次々と「天下り」のハシゴを降りるものまでいる。その度に、数千万円の退職金を得られるのだから、笑いは止まらないだろう。こういう人々には、年金は不必要だろう。
私はいつもその私立大学の学生たちがその天下り教授をどう思うだろうかと考える。私自身、そうした天下りのたえまざる伝統を持つ究めつけの大学の一つである、東京理科大学の出身であるので、このことは学生時代から良く感じてきた問題である。結論からいうと、学生たちは、その天下りの有名教授の晩年の「なぐさめもの」か「お手伝い」になるだけのことで、まったく学生たちにとってよいことは何もなかった。私はかつて東大から天下りしたそうした教授の一人に、「理科大の学生の質はどうですか?」と聞いたことがあった。そのとき、その人は「中には1人、2人優秀なのがいるが、後は駄目」と言ったことをいまだによく覚えている。しかし、今私がこれまでに成し遂げてきた研究業績と彼が東大で行ったそれと比べて、どちらが科学の歴史に名を留めるかと考えると、言うまでもなく私の業績の方である。私のこれまでの経験からすれば、現実はまったく逆で、「東大には1人、2人まともなのがいるが、後は駄目オタクばかり」と私は東大の学生たちに言うだろう。
6。日本の科学者は仲間内で研究助成を割り振る。
さて今度は、どのような形で研究助成が日本で行われているのか見て行こう。日本にも国や財団や企業からさまざまな研究助成がある。しかし、国家予算はアメリカの1/2程度あるのに、研究者の数はアメリカの1/10程度しかない。したがって、各省庁が研究助成を行うとき、それを取得する研究者は2重3重に特定の研究者や特定の研究グループに重なることになる。
特に私が「インターネット時代の研究と研究助成の在り方」でも書いたように、研究助成には、応募者の所属に制限があり、「国立の研究機関やそれに準じる大学や研究所」に所属し勤務しているものでなくてはならない。そのため、学位やPh.D.というものは、自動車運転免許証のように、その人個人に属し、個人の能力を証明するものであるにもかかわらず、研究助成に関する限り、日本では個人の研究能力より、その人の所属のほうに、助成する側の関心があるようである。今は研究能力は論文出版数や論文引用インデックスなどである程度計れるので、これを下に研究者個人の研究能力を評価できる。したがって、研究助成に関する限り、応募者の所属はあまり関係ないはずである。つまり、現在の日本の科学研究助成は、COE(Center of Excelence)と言う言葉からも分かるように、世界に冠たる最高級の研究所を日本に作ることのほうに、識者たちの関心が片寄っていて、科学研究を実際につかさどるほうの個々の研究者のことにはあまり関心がないのである。
このような状況下で、研究助成を無理にでも行わなければならず、その結果、日本では結局研究助成を自分たちの仲間内でお互いに、助成を与えたり助成を受けたりするという「持ちつ持たれつの関係」、海外ではおよそ考えられない事態が生じるのである。実際、物理学における文部省科学研究費の配分を決定する人間は、ボランティアで学会委員になった人間の中から選ばれる。したがって、東大などの物理学会近郊の大学の物理学者が、ボランティアと称して学会委員になり、自らの研究費配分を決定するのである。そして、自分たちやその仲間たちで研究費をみんな、ハイエナのようにかっさらって行ってしまうのである。こんなことをしていたら、先に述べたように、科学の健全な発展は望むべくもない。日本から、ノーベル賞を得るような、真の本物の科学者がなかなか育たない理由はこうしたところにあるのである。なぜなら、私のように、正々堂々と日本の大家に研究助成の在り方について、学会の在り方について、社会の在り方について意見を言えば、研究助成者リストからはずされてしまいかねないからである。もちろん、日本の一般市民がこういうことに気付くはずがない。
ここに日本社会の危うい基盤があるのである。つまり、欧米社会では、科学者やジャーナリストは、一般市民の味方として、自分の意見を権威にぶつけ、一般人のリーダーとして振る舞う。しかし、日本の科学者やジャーナリストは、一般人からいわゆる「文芸人」あるいは「知識人」として見なされることを望む割には、逆に一般人の味方として、自分の意見を権威にぶつけるということはしない。欧米では、こういうやからのことを、「臆病もの」あるいは「チキン」と呼ぶ。阪神大震災などにおいても、兵庫県職員、神戸市役所職員、国家公務員、自衛隊等皆、被災した一般市民やショックを受けた国民のことより、自分たちの立場のことばかり考えて行動した。日本の地震学者も科学者やジャーナリストも皆そうだった。日本の科学者は、自分に火の子が飛んでこない限り、一般人のことはどうでもよいのである。このことは、日本社会で何か大きな事件がある度に、明白になるだろう。
7。日本の科学者の職は「インサイダー取り引き」で得られる。
次に、日本の科学者の職はどのように得られるのか見てみよう。結論から言うと、「日本の科学者の職はインサイダー取り引きで得られる」のである。
あなたが科学のある分野で、ある程度名の知れた、立派でたいへん誠実な研究者であるとしよう。あなたは学会誌などの公募をみて、公正に職を得ようと努めるだろう。しかし、日本ではこの形で公募に応募しても、あなたの得られる職はないというのが現実である。というのは、その職が公募という形で雑誌に掲示された時にはすでに、その背後でその職がだれのものになるかは内定ずみだからである。日本のアカデミズムの世界では、公募する前に、公募する側から、「これこれの職に、誰か良い人はいませんか?」と打診してくるのが普通だからである。そして、こうしたやり取りは、公募に関係のある研究者間では公然と、一般人の前では秘密裏に行われている。だから、あなたが彼等に公募に関して問い合わせても、彼等は本当のことを話すことはないだろう。
かつて、私が理研にいたときも似たことがあった。当時、私と同じ分野で研究していた、東北大学理学部のある教授から、「あなたは有力な候補だから、助手に応募しませんか?」という誘いが来たのである。当時、まだ2年程理研の任期があり、理研の自由を愛していた私としては、この誘いを丁重に断わった。しかし、本当の理由は、私はそうした「インサイダー取り引き」が大嫌いだからであった。公募するなら公募で決める、しないならしないと、男らしくはっきりしたやり方が私の好みにあう仕方だからである。テーブルの下での取り引きは、私の性には合わない。その翌年以後、何度か彼等のグループの公募に応募したが、私に職が与えられることはなかった。
このように日本のアカデミズムにおける職は究めてアンフェアーに行われているのである。これが1民間企業の中で行われている話であれば、私は何も言わないだろう。なぜなら、それはその企業が稼ぎ出したお金で行うのだから当然である。しかし、我々国民の税金で賄われている、国立大学の中での話となれば別問題である。我々一般市民は、彼等国立大学や国立研究所の職員の公平さや賢さを信じている。当然、その上で、我々国民の子弟を教えるべき学者や研究者の人事が行われていると信じている。もともと日本の制度はこうしたことを仮定して明治期に作られたものである。しかし、現実には上で議論したように、それとはまったく逆の状況にあり、ますます派閥人事や情実人事が行われているのである。こういうことをする人々に他人の子供を教育する権利はないと私は思う。
8。アカデミックオンブズマン制度を作ろう!
以上で述べてきたように、日本の科学者は、まったく全近代的かつ封建主義的な世界に住んでいる。にもかかわらず、現代民主主義世界の科学技術に貢献しようというのだから、これほど驚かされる論法はない。まったく笑わせてくれる。こうした問題を、我々一般市民が解決するためには、私にはただ一つの方法しかないように見える。
それは、近年日本社会でその有効性と威力を証明しつつある、情報公開法に基ずく、「オンブズマン制度」である。これは、国家、地方公務員の汚職や「から出張」などの不正を、現在の法律に基ずいて告発することのできる、我々市民にできる最良の、唯一の方法である。この方法を我々は、大学や文部省や科学技術庁や通産省や厚生省等の省庁における人事の不正を摘発するのに利用できるのではないだろうか。私は、これを「アカデミックオンブズマン制度」と呼びたい。この制度を利用することによって、我々は国公私立大学の情実人事、研究助成におけるインサイダー取り引き、論文審査の公正さなどを取り戻すことができるようになるのではないだろうか。私はそう期待する。
(1997年7月4日)
いつも私が驚かされたことに、次のようなことがある。日本の大学や国立の研究所にいる研究者が「官僚の天下り」に対して本当にけしからんと真顔で憤りを感じるのである。これでは、日本はちっともよくならないと怒る。私もこのこと自体は彼等のいうことが正しく当然と思う。しかし、こういう良い意見を言っていた人たちが、いざ自分たちが退職して次の職を得ようというとき、決まって平気で小さな私立大学や短大の教授として、あるいは学部長や学長になるために「天下り」する。彼等は、話が自分のこととなると、「自分は単に再就職するだけであって、決して『天下り』するわけではない」と言う。私は何人もこういう人たちを見てきているが、この時ほどその人の「人間としての価値」を疑わざるをえないこともない。私には、官僚の場合も、研究者の場合も、それまでのコネを使って関連職場へ再就職したのである以上、まったく同じことであると思う。厚生省の官僚が厚生省関連の製薬会社へ天下ることと、国立大学の研究者がその関連の私立大学へ天下るのとまったく同じことである。どこにも差はない。
確かに、その当人は自分が有能な研究キャリアがあり、それを売り物にして私立大学へ再就職したのだと思いたい気持ちは良く理解できる。しかし、すでに上で議論したように、その場合もすべての研究資金は、我々の税金が元になっているのだから、そこで得られたキャリアはその研究者個人だけのものではないのは当然である。強大な研究環境の中で研究させてもらったのだから、ある程度の研究成果を上げなければならないのは当然の義務である。にもかかわらず、現実には国立大学や国立研究所関係者が退職後、私立大学に天下る例は後をたたない。中には、1、2年ごとに次々と「天下り」のハシゴを降りるものまでいる。その度に、数千万円の退職金を得られるのだから、笑いは止まらないだろう。こういう人々には、年金は不必要だろう。
私はいつもその私立大学の学生たちがその天下り教授をどう思うだろうかと考える。私自身、そうした天下りのたえまざる伝統を持つ究めつけの大学の一つである、東京理科大学の出身であるので、このことは学生時代から良く感じてきた問題である。結論からいうと、学生たちは、その天下りの有名教授の晩年の「なぐさめもの」か「お手伝い」になるだけのことで、まったく学生たちにとってよいことは何もなかった。私はかつて東大から天下りしたそうした教授の一人に、「理科大の学生の質はどうですか?」と聞いたことがあった。そのとき、その人は「中には1人、2人優秀なのがいるが、後は駄目」と言ったことをいまだによく覚えている。しかし、今私がこれまでに成し遂げてきた研究業績と彼が東大で行ったそれと比べて、どちらが科学の歴史に名を留めるかと考えると、言うまでもなく私の業績の方である。私のこれまでの経験からすれば、現実はまったく逆で、「東大には1人、2人まともなのがいるが、後は駄目オタクばかり」と私は東大の学生たちに言うだろう。
6。日本の科学者は仲間内で研究助成を割り振る。
さて今度は、どのような形で研究助成が日本で行われているのか見て行こう。日本にも国や財団や企業からさまざまな研究助成がある。しかし、国家予算はアメリカの1/2程度あるのに、研究者の数はアメリカの1/10程度しかない。したがって、各省庁が研究助成を行うとき、それを取得する研究者は2重3重に特定の研究者や特定の研究グループに重なることになる。
特に私が「インターネット時代の研究と研究助成の在り方」でも書いたように、研究助成には、応募者の所属に制限があり、「国立の研究機関やそれに準じる大学や研究所」に所属し勤務しているものでなくてはならない。そのため、学位やPh.D.というものは、自動車運転免許証のように、その人個人に属し、個人の能力を証明するものであるにもかかわらず、研究助成に関する限り、日本では個人の研究能力より、その人の所属のほうに、助成する側の関心があるようである。今は研究能力は論文出版数や論文引用インデックスなどである程度計れるので、これを下に研究者個人の研究能力を評価できる。したがって、研究助成に関する限り、応募者の所属はあまり関係ないはずである。つまり、現在の日本の科学研究助成は、COE(Center of Excelence)と言う言葉からも分かるように、世界に冠たる最高級の研究所を日本に作ることのほうに、識者たちの関心が片寄っていて、科学研究を実際につかさどるほうの個々の研究者のことにはあまり関心がないのである。
このような状況下で、研究助成を無理にでも行わなければならず、その結果、日本では結局研究助成を自分たちの仲間内でお互いに、助成を与えたり助成を受けたりするという「持ちつ持たれつの関係」、海外ではおよそ考えられない事態が生じるのである。実際、物理学における文部省科学研究費の配分を決定する人間は、ボランティアで学会委員になった人間の中から選ばれる。したがって、東大などの物理学会近郊の大学の物理学者が、ボランティアと称して学会委員になり、自らの研究費配分を決定するのである。そして、自分たちやその仲間たちで研究費をみんな、ハイエナのようにかっさらって行ってしまうのである。こんなことをしていたら、先に述べたように、科学の健全な発展は望むべくもない。日本から、ノーベル賞を得るような、真の本物の科学者がなかなか育たない理由はこうしたところにあるのである。なぜなら、私のように、正々堂々と日本の大家に研究助成の在り方について、学会の在り方について、社会の在り方について意見を言えば、研究助成者リストからはずされてしまいかねないからである。もちろん、日本の一般市民がこういうことに気付くはずがない。
ここに日本社会の危うい基盤があるのである。つまり、欧米社会では、科学者やジャーナリストは、一般市民の味方として、自分の意見を権威にぶつけ、一般人のリーダーとして振る舞う。しかし、日本の科学者やジャーナリストは、一般人からいわゆる「文芸人」あるいは「知識人」として見なされることを望む割には、逆に一般人の味方として、自分の意見を権威にぶつけるということはしない。欧米では、こういうやからのことを、「臆病もの」あるいは「チキン」と呼ぶ。阪神大震災などにおいても、兵庫県職員、神戸市役所職員、国家公務員、自衛隊等皆、被災した一般市民やショックを受けた国民のことより、自分たちの立場のことばかり考えて行動した。日本の地震学者も科学者やジャーナリストも皆そうだった。日本の科学者は、自分に火の子が飛んでこない限り、一般人のことはどうでもよいのである。このことは、日本社会で何か大きな事件がある度に、明白になるだろう。
7。日本の科学者の職は「インサイダー取り引き」で得られる。
次に、日本の科学者の職はどのように得られるのか見てみよう。結論から言うと、「日本の科学者の職はインサイダー取り引きで得られる」のである。
あなたが科学のある分野で、ある程度名の知れた、立派でたいへん誠実な研究者であるとしよう。あなたは学会誌などの公募をみて、公正に職を得ようと努めるだろう。しかし、日本ではこの形で公募に応募しても、あなたの得られる職はないというのが現実である。というのは、その職が公募という形で雑誌に掲示された時にはすでに、その背後でその職がだれのものになるかは内定ずみだからである。日本のアカデミズムの世界では、公募する前に、公募する側から、「これこれの職に、誰か良い人はいませんか?」と打診してくるのが普通だからである。そして、こうしたやり取りは、公募に関係のある研究者間では公然と、一般人の前では秘密裏に行われている。だから、あなたが彼等に公募に関して問い合わせても、彼等は本当のことを話すことはないだろう。
かつて、私が理研にいたときも似たことがあった。当時、私と同じ分野で研究していた、東北大学理学部のある教授から、「あなたは有力な候補だから、助手に応募しませんか?」という誘いが来たのである。当時、まだ2年程理研の任期があり、理研の自由を愛していた私としては、この誘いを丁重に断わった。しかし、本当の理由は、私はそうした「インサイダー取り引き」が大嫌いだからであった。公募するなら公募で決める、しないならしないと、男らしくはっきりしたやり方が私の好みにあう仕方だからである。テーブルの下での取り引きは、私の性には合わない。その翌年以後、何度か彼等のグループの公募に応募したが、私に職が与えられることはなかった。
このように日本のアカデミズムにおける職は究めてアンフェアーに行われているのである。これが1民間企業の中で行われている話であれば、私は何も言わないだろう。なぜなら、それはその企業が稼ぎ出したお金で行うのだから当然である。しかし、我々国民の税金で賄われている、国立大学の中での話となれば別問題である。我々一般市民は、彼等国立大学や国立研究所の職員の公平さや賢さを信じている。当然、その上で、我々国民の子弟を教えるべき学者や研究者の人事が行われていると信じている。もともと日本の制度はこうしたことを仮定して明治期に作られたものである。しかし、現実には上で議論したように、それとはまったく逆の状況にあり、ますます派閥人事や情実人事が行われているのである。こういうことをする人々に他人の子供を教育する権利はないと私は思う。
8。アカデミックオンブズマン制度を作ろう!
以上で述べてきたように、日本の科学者は、まったく全近代的かつ封建主義的な世界に住んでいる。にもかかわらず、現代民主主義世界の科学技術に貢献しようというのだから、これほど驚かされる論法はない。まったく笑わせてくれる。こうした問題を、我々一般市民が解決するためには、私にはただ一つの方法しかないように見える。
それは、近年日本社会でその有効性と威力を証明しつつある、情報公開法に基ずく、「オンブズマン制度」である。これは、国家、地方公務員の汚職や「から出張」などの不正を、現在の法律に基ずいて告発することのできる、我々市民にできる最良の、唯一の方法である。この方法を我々は、大学や文部省や科学技術庁や通産省や厚生省等の省庁における人事の不正を摘発するのに利用できるのではないだろうか。私は、これを「アカデミックオンブズマン制度」と呼びたい。この制度を利用することによって、我々は国公私立大学の情実人事、研究助成におけるインサイダー取り引き、論文審査の公正さなどを取り戻すことができるようになるのではないだろうか。私はそう期待する。
(1997年7月4日)
2005/12/23のBlog
[ 22:12 ]
[ サッカー練習日誌 ]
2005年12月23日(金)晴れ
T3リーグ第4戦。
【対戦&結果】
会場:阿南高専。
対戦相手:貞光工業高校。
0:00PM集合。
0:10PMアップ開始。
1:00PMキックオフ。
結果3一0(前半3一0、後半0一0)勝利。
【ポジション】
前半35分 4一4一2
FWーーー西川2ーーー山脇2
MFーーーーーー須賀2
ーーー須藤2ーー山田1ーー杉本2
DFーー広瀬1ー神原1ー岡田1
ーーーーーーーー天野2
GKーーーーーー川原2
サブ 尾形2、大庭2、弓場2、佐藤1
後半35分 3一5一2(ガンバ大阪システム)
FWー西川2→佐藤1ーー山脇2→大庭2
MFーーーーーー須賀2→山脇2→西川2
ーーー須藤2ーー山田1ーー尾形2
DFーー広瀬1ー神原1ー岡田1
ーーーーーーーー天野2
GKーーーーーー川原2
【総評】
相手チームの貞光工は、昨年の今頃共にT2で戦った相手。その後、T3に陥落し今期再上昇を狙うチーム。今年から監督、コーチの2人体制で練習するようになった。前半開始5分最初に右サイドからの攻撃で山脇が得点。神原1のロングシュートが決まり2点目。右サイドの中盤から良いパスワークで中央から須賀2が3点目。再三のチャンスがあったが好機に点が入らず、逆に前半の後半に足が止まりかけたところで、反撃を食らう。何とかしのいで前半終了。後半は完全にだれてしまい、受けに回って一進一退。両方ともにチャンスがあったが、共に無得点で終了。試合が決まったところで相手チームの7番が腹をたて”切れ”てしまい、チームワークががたがたになった。マナーや心掛けの悪いチームでは結果に反映できない。決定的なシーンもあったが、ミスシュートとなってしまった。天野2の昨年のプレーを彷佛させるものだった。一方の天野2は挑発に乗らず冷静でいられたことは成長の跡が見える。
T3リーグ第4戦。
【対戦&結果】
会場:阿南高専。
対戦相手:貞光工業高校。
0:00PM集合。
0:10PMアップ開始。
1:00PMキックオフ。
結果3一0(前半3一0、後半0一0)勝利。
【ポジション】
前半35分 4一4一2
FWーーー西川2ーーー山脇2
MFーーーーーー須賀2
ーーー須藤2ーー山田1ーー杉本2
DFーー広瀬1ー神原1ー岡田1
ーーーーーーーー天野2
GKーーーーーー川原2
サブ 尾形2、大庭2、弓場2、佐藤1
後半35分 3一5一2(ガンバ大阪システム)
FWー西川2→佐藤1ーー山脇2→大庭2
MFーーーーーー須賀2→山脇2→西川2
ーーー須藤2ーー山田1ーー尾形2
DFーー広瀬1ー神原1ー岡田1
ーーーーーーーー天野2
GKーーーーーー川原2
【総評】
相手チームの貞光工は、昨年の今頃共にT2で戦った相手。その後、T3に陥落し今期再上昇を狙うチーム。今年から監督、コーチの2人体制で練習するようになった。前半開始5分最初に右サイドからの攻撃で山脇が得点。神原1のロングシュートが決まり2点目。右サイドの中盤から良いパスワークで中央から須賀2が3点目。再三のチャンスがあったが好機に点が入らず、逆に前半の後半に足が止まりかけたところで、反撃を食らう。何とかしのいで前半終了。後半は完全にだれてしまい、受けに回って一進一退。両方ともにチャンスがあったが、共に無得点で終了。試合が決まったところで相手チームの7番が腹をたて”切れ”てしまい、チームワークががたがたになった。マナーや心掛けの悪いチームでは結果に反映できない。決定的なシーンもあったが、ミスシュートとなってしまった。天野2の昨年のプレーを彷佛させるものだった。一方の天野2は挑発に乗らず冷静でいられたことは成長の跡が見える。
[ 10:24 ]
[ サッカー練習日誌 ]
2005年12月22日(木)晴れ
非常に寒い日。
4:30PM練習開始。2年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)シュート練習1。2人組の練習。
クロスによる中央突破練習。両サイド行う。
ー┌一一一一一一一一一一一一一一一一一一一┬
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー|
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー| ※ボール
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー| ①選手1
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー| ②選手2
ー|一一一一一一┐ーーーーーーーーーーーー| ●ゴールキーパー
ー|ーー・ーーー|ーーーーーーーーーーーー|
ー|一一┐ーーー|ーー・※①\ーーー・※②|
┌|ーー|ーーー|ー・ー3ーー\ー・/1ー|
||●ー|ーーー・ーーーーーーー※/ーーー|
└|※←一一一※②ーーーーーー/2\ーーー|
ー|5一┘ーー4|\ーーーー/ーーー\ーー|
ー|ーーーーーー|ー\②/ーーーーーー①ー|
ー|一一一一一一┘ーーーーーーーーーーーー|
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー|
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー|
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー|
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー|
ー└一一一一一一一一一一一一一一一一一一一┴
(4)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。ディフェンダーが入る。右サイドのみ。
(5)センタリング&シュート練習。6人組練習。
両サイドポジション別に選手の役割を固定した練習。
4一4一2対応。
どのパターンで行くか、起点となる選手がコミュニケーションを取りながら練習。
左右両サイドを交互に行う。
この練習によって、実際の試合のポジション間の連係プレー意識を養う。
パターン1
ー┌5一一一一一一一一一一一一一一一一一一┬
ー|※←一一一※←一一一一一一一一一一一⑥|
ー|・ーーーー4ー・ーーーーーーーーーーー| ※ボール
ー|ーーーーーーーーーー・ーーーーーーーー| ①選手1
ー|ー・ーーーーーーーーーー・※⑤ーーーー| ②選手2
ー|一一一一一一┐ーーーーー・3ー\ーーー| ③選手3
ー|ーー・ーーー|ーーーー・ーーーー\ーー| ●ゴールキーパー
ー|7一┐ーーー|②一→②※←・・・・※⑤|
┌|※←一※①ー|ーー/ー2ーーーーー1ー|
||●ー|6ー\|ー/ーーーーーーーーーー|
└|ーー|ーーー\/ーーーーーーーーーーー|
ー|一一┘ーーー/①ーーーーーーーーーー④|
ー|ーーーーー②|ーーーーーーーーーーーー|
ー|一一一一一一┘ーーーーーーーーーーーー|
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー|
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー|
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー|
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーー③|
ー└一一一一一一一一一一一一一一一一一一一┴
(6)フォーメーション。
(7)整理体操、ストレッチ。6:40PM終了。
非常に寒い日。
4:30PM練習開始。2年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)シュート練習1。2人組の練習。
クロスによる中央突破練習。両サイド行う。
ー┌一一一一一一一一一一一一一一一一一一一┬
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー|
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー| ※ボール
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー| ①選手1
ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー| ②選手2
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||●ー|ーーー・ーーーーーーー※/ーーー|
└|※←一一一※②ーーーーーー/2\ーーー|
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ー|ーーーーーー|ー\②/ーーーーーー①ー|
ー|一一一一一一┘ーーーーーーーーーーーー|
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(4)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。ディフェンダーが入る。右サイドのみ。
(5)センタリング&シュート練習。6人組練習。
両サイドポジション別に選手の役割を固定した練習。
4一4一2対応。
どのパターンで行くか、起点となる選手がコミュニケーションを取りながら練習。
左右両サイドを交互に行う。
この練習によって、実際の試合のポジション間の連係プレー意識を養う。
パターン1
ー┌5一一一一一一一一一一一一一一一一一一┬
ー|※←一一一※←一一一一一一一一一一一⑥|
ー|・ーーーー4ー・ーーーーーーーーーーー| ※ボール
ー|ーーーーーーーーーー・ーーーーーーーー| ①選手1
ー|ー・ーーーーーーーーーー・※⑤ーーーー| ②選手2
ー|一一一一一一┐ーーーーー・3ー\ーーー| ③選手3
ー|ーー・ーーー|ーーーー・ーーーー\ーー| ●ゴールキーパー
ー|7一┐ーーー|②一→②※←・・・・※⑤|
┌|※←一※①ー|ーー/ー2ーーーーー1ー|
||●ー|6ー\|ー/ーーーーーーーーーー|
└|ーー|ーーー\/ーーーーーーーーーーー|
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ー|一一一一一一┘ーーーーーーーーーーーー|
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ー|ーーーーーーーーーーーーーーーーーー③|
ー└一一一一一一一一一一一一一一一一一一一┴
(6)フォーメーション。
(7)整理体操、ストレッチ。6:40PM終了。
2005/12/22のBlog
[ 15:11 ]
[ 政治・経済 ]
いやー、面白い。耐震偽装の”本丸”がついに明らかになった。
今「きっこの日記」が熱い。特に、「民営化の落とし穴」シリーズはたいへん興味深い。
これによれば、ことの問題の核心は、ついに小泉純一郎にまで上り詰めた。ヤミ献金帝王の橋本元首相も関与。中でも一番の悪は「ワイロ大好き官僚」の小川忠男だという。
きっこ氏の分析調査によれば、現在小泉さんがやっきになってやってきた「郵政民営化」路線の”ひな形”は、橋本龍太郎元首相が行った「建築検査機関民営化」であったという。
簡単にまとめれば、こうである。
1995年に阪神淡路大震災という悲劇に見舞われた。この時に多くのビルや高速道路が倒壊したために、建築基準法を見直すこととなった。これまでの老朽化した建築物や耐震基準に満たない建築物の耐震基準を”高める”必要が生じた。既存のすべてのビル群を耐震設計基準に満たすためには、”急いで”建物を作れるようにする必要がある。また大震災が来てはお話にならない。そこで、政府は建築基準法を見直す際に素早く耐震性を満たすビルを建築できるようにする必要があり、そのためには民営化が好ましいと考えた。これが、「建築物の安全性の一層の確保と合理的利用の推進」というものである。
ここに国内の建築産業の大企業群が取り入る隙ができた。当時の建設省住宅局長 だった小川忠男に「建築検査機関の民営化」を迫ったのである。要するに、「陳情」という名の”インサイダー取り引き”を行ったのである。きっこ氏の言葉では、
「だけど、この人間のクズ、小川忠男は、大手の住宅メーカーや建設会社から、莫大な現金のワイロの他にも、ゴルフクラブのセットをプレゼントしてもらったり、料亭に連れてってもらったり、高級スーツを仕立ててもらったり、ホテルに高級コールガールを呼んでもらったりと、ありとあらゆるプレゼントや接待を受けていた。」
そして、「建築検査機関の民営化」が実現したという。この”欠陥”法律のおかげで、昨今の耐震偽装事件の”種”が蒔かれたのである。
この「建築検査機関の民営化」法案ができるとき、小川忠男(東大法学部卒で東大関係者に太いパイプを持つ)は、自身の東大閥を使った”古典的方法”を取ったのである。1998年6月2日の参院国土環境委員会で、建築構造学や地震工学の”権威”東大教授の神田順を参考人に呼び、自分の法案に対する有利な発言をさせた、という。”権威”にひれ伏した国会議員は何のことか分からない内に法案を可決して「建築検査機関の民営化」が実現したのである。
ところで、この小川忠男の経歴とは、以下のようなものであるという。
東大法学部を卒業して1967年に建設省。
住宅局長、総務審議官などを経て、99年に官房長。
そして、2001年に小泉首相になってからは、小泉首相自から本部長になって推進した利権ベタベタの「都市再生計画」で、都市再生本部事務局長に任命。
そして、都市再生本部事務局長であった小川忠男が進めた「都市再生計画」とは、大手町の合同庁舎跡地などの国有地を「都市再生機構」に売却し、そこに日本経団連や大企業を移転させるという「政・官・財の癒着の極み」の計画である。
ところが、今度はこれを作った当人の小川忠男が2004年「都市再生機構」の副理事長に”天下り”したのだというのである。つまり、”国の立場で国有地を民間に売る”事業の長が、今度は”国から国有地を払い下げる”事業の長についたのである。これを任命したのが小泉首相だったというのであるから驚く。まあ、例えは悪いが、これまで警察のトップとしてヤクザを取り締まっていたものが、今度はヤクザのボスに天下った。取り締まるベき立場のものが、今度は取り締まられるべき立場のものに天下った、というようなものである。
2004年11月25日の財政金融委員会での一こま。この「政・官・財の癒着の極み」に業を煮やした野党が小川忠男を参考人として問いただした。この時、小川忠男はこう答えたという。
「なかなかお答えしにくい質問でございますが、私も役人をやっておりましたので、その後の、何といいますか、仕事として都市再生機構へ行けというふうな任命を受けたので、ここにいるというのが事実でございます。」
ここで”行け”と指示したのが、都市再生機構のナンバー1、小泉純一郎であった。この答えが腑に落ちなかった野党議員はさらに誰がその指示をしたのか聞いた。すると、小川忠男はこう答えたと言う。
「与えられた職務を忠実に遂行する、これが私の役回りだと思っております。」
これは、どこかで聞いた言葉である。そう、木村建設の篠塚東京支店長の言葉とそっくりである。
まあ、以上がきっこ氏のお話のあらすじである。
ここからは私の個人的印象である。
もしきっこ氏がいうような流れが、自民党の民営化路線であるとすれば、これは普通の日本人には馴染みないだろうが、昔アメリカで行われたことに非常に似ていると私は感じる。そう、それはアメリカにおける戦後の”軍産複合体”の誕生物語である。要するに、戦後のアイゼンハワー大統領の時代のアイク改革に似ているのである。このストーリーはバックミンスター・フラーの「クルティカル・パス」に明解に描かれている。
私の個人的見解では、道路事業がどう、建築業がどう、郵政事業がどう、というような個別の問題ではなく、どうやら現在の自民党は、つまりアイゼンハワー大統領が生み出したアメリカの”ネオコン(新保守派)”のように、自民党の”ネオコン(新保守派)”は、”民営化”という名目で今まさに新しい支配構造を構築しようとしていると見るのである。アメリカの軍産複合体のように、国家のあらゆる産業に関して、国と大企業と軍事が癒着した巨大な権力機構を生み出そうとしているのではないか、と私は考えるのである。
私は常々そう見て来ているが、建築偽装事件にこうした流れの一端を伺い知ることができると私は考えるのである。たまたま耐震偽装問題が出たために、かつて小泉さんがやったことが明るみに出て来たのである。国鉄の民営化、電々公社の民営化、道路公団の民営化、建築検査機関の民営化、郵政事業の民営化、そして自民党の悲願である憲法改正に至る、こういった”民営化”路線の背後に見えるものは、かなり戦前の日本の体制に近い、天皇を頂点とする貴族社会への復古調の社会ではなかろうか。
こう考えると、今自民党(もちろん、自民党だけでなく民主党も似たようなものだが)の行うとしていることの真の意味、影の目的というものが明解に理解できるのである。要するに、小泉純一郎の小泉チルドレンに見る動きは、アメリカの”ネオコン”のものと瓜二つであり、いわゆる”戦後55年体制”の派閥構造から脱却して、新官僚、新財界人、新政治家、新学者などを中心とする新しい貴族(ネオコン・ブルジョア)を生み出そうという動きと見ることができる。現在の民営化路線における「政・官・財の癒着」は、その昔の単なるお金を取り引きするというようなインサイダーな「政・官・財の癒着」ではなく、もっと本質的なものである。ネオコン主導のブッシュ政権を見れば分かるように、自分達の意に介さない人々をどんどん権力の名の下に排除していくようなものであると私は想像している。
明治維新の後、ドイツ帰りの伊藤博文がドイツの軍国主義に憧れて、維新当初の英米的な自由民主主義的路線から一気に全体主義、民俗主義路線へと変ぼうしたように、小泉首相がアメリカ南部出身ブッシュ大統領のネオコンのアメリカ自由競争主義に憧れて、一気に軍産複合体的統治システムに走らないとも限らないということである。
このようなわけで、今回の耐震強度偽装事件の背後には、「この国のかたち」を揺るがしかねないような、大きな問題が潜んでいるのである。私はそう思うヨ。
今「きっこの日記」が熱い。特に、「民営化の落とし穴」シリーズはたいへん興味深い。
これによれば、ことの問題の核心は、ついに小泉純一郎にまで上り詰めた。ヤミ献金帝王の橋本元首相も関与。中でも一番の悪は「ワイロ大好き官僚」の小川忠男だという。
きっこ氏の分析調査によれば、現在小泉さんがやっきになってやってきた「郵政民営化」路線の”ひな形”は、橋本龍太郎元首相が行った「建築検査機関民営化」であったという。
簡単にまとめれば、こうである。
1995年に阪神淡路大震災という悲劇に見舞われた。この時に多くのビルや高速道路が倒壊したために、建築基準法を見直すこととなった。これまでの老朽化した建築物や耐震基準に満たない建築物の耐震基準を”高める”必要が生じた。既存のすべてのビル群を耐震設計基準に満たすためには、”急いで”建物を作れるようにする必要がある。また大震災が来てはお話にならない。そこで、政府は建築基準法を見直す際に素早く耐震性を満たすビルを建築できるようにする必要があり、そのためには民営化が好ましいと考えた。これが、「建築物の安全性の一層の確保と合理的利用の推進」というものである。
ここに国内の建築産業の大企業群が取り入る隙ができた。当時の建設省住宅局長 だった小川忠男に「建築検査機関の民営化」を迫ったのである。要するに、「陳情」という名の”インサイダー取り引き”を行ったのである。きっこ氏の言葉では、
「だけど、この人間のクズ、小川忠男は、大手の住宅メーカーや建設会社から、莫大な現金のワイロの他にも、ゴルフクラブのセットをプレゼントしてもらったり、料亭に連れてってもらったり、高級スーツを仕立ててもらったり、ホテルに高級コールガールを呼んでもらったりと、ありとあらゆるプレゼントや接待を受けていた。」
そして、「建築検査機関の民営化」が実現したという。この”欠陥”法律のおかげで、昨今の耐震偽装事件の”種”が蒔かれたのである。
この「建築検査機関の民営化」法案ができるとき、小川忠男(東大法学部卒で東大関係者に太いパイプを持つ)は、自身の東大閥を使った”古典的方法”を取ったのである。1998年6月2日の参院国土環境委員会で、建築構造学や地震工学の”権威”東大教授の神田順を参考人に呼び、自分の法案に対する有利な発言をさせた、という。”権威”にひれ伏した国会議員は何のことか分からない内に法案を可決して「建築検査機関の民営化」が実現したのである。
ところで、この小川忠男の経歴とは、以下のようなものであるという。
東大法学部を卒業して1967年に建設省。
住宅局長、総務審議官などを経て、99年に官房長。
そして、2001年に小泉首相になってからは、小泉首相自から本部長になって推進した利権ベタベタの「都市再生計画」で、都市再生本部事務局長に任命。
そして、都市再生本部事務局長であった小川忠男が進めた「都市再生計画」とは、大手町の合同庁舎跡地などの国有地を「都市再生機構」に売却し、そこに日本経団連や大企業を移転させるという「政・官・財の癒着の極み」の計画である。
ところが、今度はこれを作った当人の小川忠男が2004年「都市再生機構」の副理事長に”天下り”したのだというのである。つまり、”国の立場で国有地を民間に売る”事業の長が、今度は”国から国有地を払い下げる”事業の長についたのである。これを任命したのが小泉首相だったというのであるから驚く。まあ、例えは悪いが、これまで警察のトップとしてヤクザを取り締まっていたものが、今度はヤクザのボスに天下った。取り締まるベき立場のものが、今度は取り締まられるべき立場のものに天下った、というようなものである。
2004年11月25日の財政金融委員会での一こま。この「政・官・財の癒着の極み」に業を煮やした野党が小川忠男を参考人として問いただした。この時、小川忠男はこう答えたという。
「なかなかお答えしにくい質問でございますが、私も役人をやっておりましたので、その後の、何といいますか、仕事として都市再生機構へ行けというふうな任命を受けたので、ここにいるというのが事実でございます。」
ここで”行け”と指示したのが、都市再生機構のナンバー1、小泉純一郎であった。この答えが腑に落ちなかった野党議員はさらに誰がその指示をしたのか聞いた。すると、小川忠男はこう答えたと言う。
「与えられた職務を忠実に遂行する、これが私の役回りだと思っております。」
これは、どこかで聞いた言葉である。そう、木村建設の篠塚東京支店長の言葉とそっくりである。
まあ、以上がきっこ氏のお話のあらすじである。
ここからは私の個人的印象である。
もしきっこ氏がいうような流れが、自民党の民営化路線であるとすれば、これは普通の日本人には馴染みないだろうが、昔アメリカで行われたことに非常に似ていると私は感じる。そう、それはアメリカにおける戦後の”軍産複合体”の誕生物語である。要するに、戦後のアイゼンハワー大統領の時代のアイク改革に似ているのである。このストーリーはバックミンスター・フラーの「クルティカル・パス」に明解に描かれている。
私の個人的見解では、道路事業がどう、建築業がどう、郵政事業がどう、というような個別の問題ではなく、どうやら現在の自民党は、つまりアイゼンハワー大統領が生み出したアメリカの”ネオコン(新保守派)”のように、自民党の”ネオコン(新保守派)”は、”民営化”という名目で今まさに新しい支配構造を構築しようとしていると見るのである。アメリカの軍産複合体のように、国家のあらゆる産業に関して、国と大企業と軍事が癒着した巨大な権力機構を生み出そうとしているのではないか、と私は考えるのである。
私は常々そう見て来ているが、建築偽装事件にこうした流れの一端を伺い知ることができると私は考えるのである。たまたま耐震偽装問題が出たために、かつて小泉さんがやったことが明るみに出て来たのである。国鉄の民営化、電々公社の民営化、道路公団の民営化、建築検査機関の民営化、郵政事業の民営化、そして自民党の悲願である憲法改正に至る、こういった”民営化”路線の背後に見えるものは、かなり戦前の日本の体制に近い、天皇を頂点とする貴族社会への復古調の社会ではなかろうか。
こう考えると、今自民党(もちろん、自民党だけでなく民主党も似たようなものだが)の行うとしていることの真の意味、影の目的というものが明解に理解できるのである。要するに、小泉純一郎の小泉チルドレンに見る動きは、アメリカの”ネオコン”のものと瓜二つであり、いわゆる”戦後55年体制”の派閥構造から脱却して、新官僚、新財界人、新政治家、新学者などを中心とする新しい貴族(ネオコン・ブルジョア)を生み出そうという動きと見ることができる。現在の民営化路線における「政・官・財の癒着」は、その昔の単なるお金を取り引きするというようなインサイダーな「政・官・財の癒着」ではなく、もっと本質的なものである。ネオコン主導のブッシュ政権を見れば分かるように、自分達の意に介さない人々をどんどん権力の名の下に排除していくようなものであると私は想像している。
明治維新の後、ドイツ帰りの伊藤博文がドイツの軍国主義に憧れて、維新当初の英米的な自由民主主義的路線から一気に全体主義、民俗主義路線へと変ぼうしたように、小泉首相がアメリカ南部出身ブッシュ大統領のネオコンのアメリカ自由競争主義に憧れて、一気に軍産複合体的統治システムに走らないとも限らないということである。
このようなわけで、今回の耐震強度偽装事件の背後には、「この国のかたち」を揺るがしかねないような、大きな問題が潜んでいるのである。私はそう思うヨ。
2005/12/21のBlog
[ 15:27 ]
[ サッカー練習日誌 ]
2005年12月20日(火)晴れ
4:30PM練習開始。4年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)パス練習2。2人組の練習。
ジグザグパス。コの字パス。スイングパス。
2周ずつ。
(4)ドリブル練習。
2列でドリブルのリレー。2ラウンド。負けチームは腹筋50回。
(5)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互。
(6)センタリング&シュート練習2。2人組の練習。
センタリング&シュート。両サイド交互。
(7)パス回し練習1。10対10パス回し練習。
10対10=敵味方各々10人でパスを回す。
フリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分。
(8)ランニング。グラウンド5周。
(9)整理体操、ストレッチ。6:40PM終了。
4:30PM練習開始。4年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)パス練習2。2人組の練習。
ジグザグパス。コの字パス。スイングパス。
2周ずつ。
(4)ドリブル練習。
2列でドリブルのリレー。2ラウンド。負けチームは腹筋50回。
(5)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互。
(6)センタリング&シュート練習2。2人組の練習。
センタリング&シュート。両サイド交互。
(7)パス回し練習1。10対10パス回し練習。
10対10=敵味方各々10人でパスを回す。
フリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分。
(8)ランニング。グラウンド5周。
(9)整理体操、ストレッチ。6:40PM終了。
[ 10:24 ]
[ ジョーク ]
せち辛い世の中には笑いが必要。以下はジョーク。本気にしないでくださいよ。
【耐震偽装刑務所】
200X年、2005年に発覚した耐震偽装事件に関与した、姉歯1級建築士、マンション販売会社ヒューザーの小嶋社長、ビジネスホテル経営会社総研の内河社長、木村建築の木村社長と東京支店長の篠塚、そして耐震偽装を見逃したイーホームズの藤田社長、日本ERIの鈴木社長など関係各者に対してついに見事な刑罰が下った。
世の中には天才がいるものである。彼のアイデアとはこんなものであるという。
昨今、不況やデジタルディバイドで貧富の差がつき、世の中の犯罪者の数はうなぎ上り。世の中は少子化や高齢化で人口はどんどん減っているのを尻目に刑務所内はてんやわんやの大賑い。あまりに犯罪者が多く、満員御礼状態なのだ。
そこで、彼はこう考えた。
「これこそ、神のお恵み。偽装建築犯罪者の皆さんには全部刑務所に入ってもらい、刑務所で建築ラッシュに協力してもらおう。」
「ヒューザーの小嶋指揮のマンションルートで複数部屋の刑務所を作る。また、総研内河指揮のホテルルートで独房刑務所を作る。それらを木村建設の偽装刑務所を施工してもらう。」
「なぜなら、木村建設はヒューザーの小嶋や総研内河の指揮で工期が短く、たくさんの刑務所を建設するためにはうってつけだからだ。」
さらに彼はこう考えた。
「設計は姉歯に任せよう。姉歯はすばらしい。あれだけ巧妙に耐震偽装する力をぜひ耐震偽装刑務所を作るために使ってほしい。」
「日本ERIの鈴木やイーホームズの藤田も欠かせない。なぜなら、お役所から耐震偽装刑務所の認可を取るためには、連中のやっつけ仕事が決めてとなるからだ。」
そして、刑務所内の強制労働の一貫、更正活動の一貫として、おおよそこんな感じの刑罰を考えたのである。
(あ)まずは全員刑務所に入る。
(い)ヒューザーの小嶋が集団刑務所を企画。総研の内河が独房刑務所を企画。
(う)企画に合わせて姉歯が刑務所の設計及び耐震計算する。
(え)次に、イーホームズの藤田や日本ERIの鈴木が認可する。
(お)次に、木村建設関係者が刑務所を建築する。
(か)これを無期懲役で死ぬまでさせる。
「ようし、完璧だ。耐震偽装大いに結構。工期短縮、鉄筋摺り替え、セメント削減大いに結構。インチキ報告書大いに結構。これなら震度3でも見事に倒壊する立派な耐震偽装刑務所がたくさんできるにちがいない。全国の刑務所にも、”広く、安く、早く”をモットーに最新の鉄筋コンクリートの新型刑務所を配備できるわけだ。ありがたい話だ。」
この刑罰が公表後、たいへん感心した記者の1人が彼に聞いた。
「本当に震度3で倒壊するのでしょうかね?」
「なーに、わしは知らんよ。実際に地震が来れば分かることだよ。地震で倒壊してから当局に報告すれば良んだよ。」
と彼はかつてのヒューザーの小嶋を思わせる口ぶりで答えた。
そして最後にこう付け加えた。
「どうせ刑務所にくる殺人者や性犯罪者は社会に戻ってもろくなことはない。いっそのこと刑務所で地震とともにもろくも死んでくれた方が国民も喜ぶにちがいない。」
【耐震偽装刑務所】
200X年、2005年に発覚した耐震偽装事件に関与した、姉歯1級建築士、マンション販売会社ヒューザーの小嶋社長、ビジネスホテル経営会社総研の内河社長、木村建築の木村社長と東京支店長の篠塚、そして耐震偽装を見逃したイーホームズの藤田社長、日本ERIの鈴木社長など関係各者に対してついに見事な刑罰が下った。
世の中には天才がいるものである。彼のアイデアとはこんなものであるという。
昨今、不況やデジタルディバイドで貧富の差がつき、世の中の犯罪者の数はうなぎ上り。世の中は少子化や高齢化で人口はどんどん減っているのを尻目に刑務所内はてんやわんやの大賑い。あまりに犯罪者が多く、満員御礼状態なのだ。
そこで、彼はこう考えた。
「これこそ、神のお恵み。偽装建築犯罪者の皆さんには全部刑務所に入ってもらい、刑務所で建築ラッシュに協力してもらおう。」
「ヒューザーの小嶋指揮のマンションルートで複数部屋の刑務所を作る。また、総研内河指揮のホテルルートで独房刑務所を作る。それらを木村建設の偽装刑務所を施工してもらう。」
「なぜなら、木村建設はヒューザーの小嶋や総研内河の指揮で工期が短く、たくさんの刑務所を建設するためにはうってつけだからだ。」
さらに彼はこう考えた。
「設計は姉歯に任せよう。姉歯はすばらしい。あれだけ巧妙に耐震偽装する力をぜひ耐震偽装刑務所を作るために使ってほしい。」
「日本ERIの鈴木やイーホームズの藤田も欠かせない。なぜなら、お役所から耐震偽装刑務所の認可を取るためには、連中のやっつけ仕事が決めてとなるからだ。」
そして、刑務所内の強制労働の一貫、更正活動の一貫として、おおよそこんな感じの刑罰を考えたのである。
(あ)まずは全員刑務所に入る。
(い)ヒューザーの小嶋が集団刑務所を企画。総研の内河が独房刑務所を企画。
(う)企画に合わせて姉歯が刑務所の設計及び耐震計算する。
(え)次に、イーホームズの藤田や日本ERIの鈴木が認可する。
(お)次に、木村建設関係者が刑務所を建築する。
(か)これを無期懲役で死ぬまでさせる。
「ようし、完璧だ。耐震偽装大いに結構。工期短縮、鉄筋摺り替え、セメント削減大いに結構。インチキ報告書大いに結構。これなら震度3でも見事に倒壊する立派な耐震偽装刑務所がたくさんできるにちがいない。全国の刑務所にも、”広く、安く、早く”をモットーに最新の鉄筋コンクリートの新型刑務所を配備できるわけだ。ありがたい話だ。」
この刑罰が公表後、たいへん感心した記者の1人が彼に聞いた。
「本当に震度3で倒壊するのでしょうかね?」
「なーに、わしは知らんよ。実際に地震が来れば分かることだよ。地震で倒壊してから当局に報告すれば良んだよ。」
と彼はかつてのヒューザーの小嶋を思わせる口ぶりで答えた。
そして最後にこう付け加えた。
「どうせ刑務所にくる殺人者や性犯罪者は社会に戻ってもろくなことはない。いっそのこと刑務所で地震とともにもろくも死んでくれた方が国民も喜ぶにちがいない。」
2005/12/20のBlog
[ 12:09 ]
[ サッカー ]
年間最優秀選手はロナウジーニョ FIFA発表
バルセロナのロナウジーニョ(ブラジル代表)が、各チームの監督と主将によって選ばれる今年の『FIFAの年間最優秀選手』に選ばれたようだ。これで、プロサッカー選手が選ぶ『国際プロサッカー連盟の年間最優秀選手賞』(9月)(ロナウジーニョ、”プロの中のプロ”に)、ヨーロッパの記者達が選ぶ『欧州最優秀選手賞』(11月)に続き、”3冠達成”である。
これまでの過去10年間の『FIFA年間最優秀選手』は、以下の通り。
96年 ロナウド(ブラジル)
97年 ロナウド(ブラジル)
98年 ジダン(フランス)
99年 リバウド(ブラジル)
00年 ジダン(フランス)
01年 フィーゴ(ポルトガル)
02年 ロナウド(ブラジル)
03年 ジダン(フランス)
04年 ロナウジーニョ(ブラジル)
05年 ロナウジーニョ(ブラジル)
いよいよ、ブラジルのロナウド時代からロナウジーニョ時代到来と言えるだろう。ということは、来年のドイツ大会はこのロナウジーニョ全盛期とぶつかり、”ロナウジーニョの大会”となるかどうかが焦点ということになるだろう。
つまり、ここ10年は
94年アメリカ大会:ドゥンガのブラジル優勝。バッジオのイタリア準優勝。
98年フランス大会:ジダンのフランス優勝。ドゥンガのブラジル準優勝。
02年日韓大会:リバウドのブラジル優勝。カーンのドイツ準優勝。
と来たために、果たして
06年ドイツ大会:ロナウジーニョのブラジル優勝。カーンのドイツ準優勝。
となるだろうか?ということである。
バルセロナのロナウジーニョ(ブラジル代表)が、各チームの監督と主将によって選ばれる今年の『FIFAの年間最優秀選手』に選ばれたようだ。これで、プロサッカー選手が選ぶ『国際プロサッカー連盟の年間最優秀選手賞』(9月)(ロナウジーニョ、”プロの中のプロ”に)、ヨーロッパの記者達が選ぶ『欧州最優秀選手賞』(11月)に続き、”3冠達成”である。
これまでの過去10年間の『FIFA年間最優秀選手』は、以下の通り。
96年 ロナウド(ブラジル)
97年 ロナウド(ブラジル)
98年 ジダン(フランス)
99年 リバウド(ブラジル)
00年 ジダン(フランス)
01年 フィーゴ(ポルトガル)
02年 ロナウド(ブラジル)
03年 ジダン(フランス)
04年 ロナウジーニョ(ブラジル)
05年 ロナウジーニョ(ブラジル)
いよいよ、ブラジルのロナウド時代からロナウジーニョ時代到来と言えるだろう。ということは、来年のドイツ大会はこのロナウジーニョ全盛期とぶつかり、”ロナウジーニョの大会”となるかどうかが焦点ということになるだろう。
つまり、ここ10年は
94年アメリカ大会:ドゥンガのブラジル優勝。バッジオのイタリア準優勝。
98年フランス大会:ジダンのフランス優勝。ドゥンガのブラジル準優勝。
02年日韓大会:リバウドのブラジル優勝。カーンのドイツ準優勝。
と来たために、果たして
06年ドイツ大会:ロナウジーニョのブラジル優勝。カーンのドイツ準優勝。
となるだろうか?ということである。
しかし、ことはそう簡単ではないだろう。ワールドカップの歴史を見れば分かる通り、これまでヨーロッパで開催された時はヨーロッパのチーム、南米で開催された時には南米のチームが優勝している、という強い傾向があるのである。
この理由には、様々の要因が考えられる。例えば、ホーム開催の強みがある。審判もホーム有利に傾く。このおかげでブラジルが圧倒的に有利と考えられたフランス大会でも審判がフランスの肩を持ったおかげでフランスが優勝してしまったのである。こういうことがドイツで起こらないとも限らない。強豪イングランドですらイングランド大会(1966年)の時だけに優勝しているにすぎないのである。ちなみにこの大会で北朝鮮がベスト8に入ったのである。唯一の例外は、16歳のペレが1958年に衝撃的にデビューしたスウェーデン大会のみである。
果たして、南米ブラジルがヨーロッパ開催のワールドカップを制することができるかどうか?
もっとも、かつて無名のペレが彗星のごとく登場したように、宇宙に忽然と現れて輝き出す超新星のように、どこかのチームにこつ然と世紀の天才が現れてそのチームを優勝に導くという可能性もあるかも知れない。私はぜひこんなことが起これば素晴らしいと思う。
神のみぞ知る
というところであろう。
この理由には、様々の要因が考えられる。例えば、ホーム開催の強みがある。審判もホーム有利に傾く。このおかげでブラジルが圧倒的に有利と考えられたフランス大会でも審判がフランスの肩を持ったおかげでフランスが優勝してしまったのである。こういうことがドイツで起こらないとも限らない。強豪イングランドですらイングランド大会(1966年)の時だけに優勝しているにすぎないのである。ちなみにこの大会で北朝鮮がベスト8に入ったのである。唯一の例外は、16歳のペレが1958年に衝撃的にデビューしたスウェーデン大会のみである。
果たして、南米ブラジルがヨーロッパ開催のワールドカップを制することができるかどうか?
もっとも、かつて無名のペレが彗星のごとく登場したように、宇宙に忽然と現れて輝き出す超新星のように、どこかのチームにこつ然と世紀の天才が現れてそのチームを優勝に導くという可能性もあるかも知れない。私はぜひこんなことが起これば素晴らしいと思う。
神のみぞ知る
というところであろう。
[ 10:02 ]
[ サッカー練習日誌 ]
2005年12月19日(月)晴れ
4:30PM練習開始。3年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)パス練習2。2人組の練習。
ジグザグパス。コの字パス。スイングパス。
2周ずつ。
(4)ドリブル練習。
2列でドリブルのリレー。負けチームは腹筋50回。
(5)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互。
ナイター照明の電源が落ちボールが見えにくくなったために急きょメニューを変える。
(6)シュート練習1。1人の練習。
ポストに当ててシュート。その間にコーンや椅子などの障害物を置く。選手は最初にポストにボールを当てて同時に走りはじめて障害物を超えリターンを受けてシュートする。両サイド交互に行う。
(7)シュート練習2。1人の練習。
ポストに当ててシュート。その間にコーンや椅子などの障害物を置く。選手は最初にストにボールを当てて同時に走りはじめて障害物を超えリターンを受ける。その後コーンをドリブルで交わしてシュートする。両サイド交互に行う。
(8)パス回し練習1。10対10パス回し練習。
10対10=敵味方各々10人でパスを回す。
フリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分。
(9)ランニング。グラウンド5周。
(10)整理体操、ストレッチ。6:40PM終了。
4:30PM練習開始。3年生以下参加。
随時給水可。
(1)ウォーミングアップ。2人組ストレッチ。
(2)パス練習1。2人組の練習。
インサイドパス。アウトサイドパス。インステップパス。インステップキック。スローイン。ヘディングパス。インサイドパス。胸トラップパス。
(3)パス練習2。2人組の練習。
ジグザグパス。コの字パス。スイングパス。
2周ずつ。
(4)ドリブル練習。
2列でドリブルのリレー。負けチームは腹筋50回。
(5)センタリング&シュート練習1。2人組の練習。
ウィングプレー。両サイド交互。
ナイター照明の電源が落ちボールが見えにくくなったために急きょメニューを変える。
(6)シュート練習1。1人の練習。
ポストに当ててシュート。その間にコーンや椅子などの障害物を置く。選手は最初にポストにボールを当てて同時に走りはじめて障害物を超えリターンを受けてシュートする。両サイド交互に行う。
(7)シュート練習2。1人の練習。
ポストに当ててシュート。その間にコーンや椅子などの障害物を置く。選手は最初にストにボールを当てて同時に走りはじめて障害物を超えリターンを受ける。その後コーンをドリブルで交わしてシュートする。両サイド交互に行う。
(8)パス回し練習1。10対10パス回し練習。
10対10=敵味方各々10人でパスを回す。
フリータッチ5分、休憩1分、スリータッチ5分。
(9)ランニング。グラウンド5周。
(10)整理体操、ストレッチ。6:40PM終了。
2005/12/19のBlog
[ 11:31 ]
[ サッカー ]
【もしも俺とお前のどちらかが死なねばならないとしたら、その時はお前が死ぬ方が良いに決まっている。】
アメリカワールドカップに20年ぶりに優勝したブラジル代表(セレソン)の主将ドゥンガの言葉である。(セレソン、サムライサッカーを目指せ参照。)
アメリカワールドカップに20年ぶりに優勝したブラジル代表(セレソン)の主将ドゥンガの言葉である。(セレソン、サムライサッカーを目指せ参照。)
昨夜のトヨタカップ決勝のサンパウロ(ブラジル、南米代表)対リバプール(イギリス、欧州代表)の戦いは、まさにこの言葉を彷佛させてくれるものであった。
劣勢を予想されていたサンパウロが”勝利への執念”でスーパースタージェラード率いるリバプールに1-0で勝ったのである。
トヨタカップ決勝、サンパウロが1点守りきり優勝
ブラジルは決勝に出ると必ず勝つ、いやここぞという時に試合には必ず勝つ、という”勝負強さ”がある。この勝負強さの根源がこの言葉に象徴されているのである。これは、すでにブラジルのサッカー選手のみならずブラジル人文化に根ざしている考えのように感じる。
今回は、サッカーに関連する”ブラジルの諺(ことわざ)”にあてはめて、この世界カップに変わったトヨタカップの歴史的一戦を振り返ってみよう。
今大会、ダントツの優勝候補は欧州代表のリバプールであった。大方の予想はスター軍団リバプールの圧勝であろうというものであった。しかし、それをはねのけ、見事に用意周到に一蹴した、というのが今回のサンパウロのサッカーであった。まさにサンパウロがGKセーニの好セーブでピンチを乗り越え、強豪リバプールに勝利する様は、詩的ですらあった。まさに【フットボールはロマンであり、ミステリーであり、詩にも似ている】であった。
ブラジルの選手各人はボールを自由自在にあやつることができる。ここぞという時の突破は個人技術の高さのたまものであった。MFミネイロのトラップシュートは、簡単に見えるが簡単ではない。リバプールのルイス・ガルシア(スペイン代表)が再三再四のシュートチャンスをミスで逃してしまったのとは実に好対照である。この理由こそ、【ブラジルの赤ん坊はサッカーボールを抱いて生まれてくる】からである。
初戦のアルイテハド戦で得点したFWアモローゾ選手は、約10年前19歳の時に日本の川崎ヴェルディに入団した。その時は、今回シドニーFC代表となった三浦カズやラモスの全盛時代でずっと2軍選手でしかなかった。その後、ブラジル、ヨーロッパと経験した。成長に成長を重ねて今回代表チームに入ったのである。そしてついに世界チャンピオンのメンバーに入ったのである。まさに【人間がどこまで伸びるのか、その尺度は神が与えてくれるものなのだ】。人間がどこまで伸びるかは誰にも分からない。他人がとやかく言って決めるものではない。あくまで神様がお決めになることなのだ、という意味である。
一方、トヨタカップは昨年の王者どうしで戦う大会である。だから、昨年強かったからと言って今年も強いとは限らない。それゆえ、【勝利とは刃物の上に立つようなものだ、いつまでもそこにはいられない】ものなのだ。リバプールが強かったのもすでに【過去は唯一博物館の中で生きている】ものでしかなかったのである。
サンパウロのアウトゥオリ監督はアルイテハド戦の後、【勝って反省できればなおよし】に従って、自チームのチェックを行った。一方、リバプールのバルテス監督は、若干サンパウロを侮ったように見えた。好調のリーゼやクラウチ、シセをはずして、2軍FWで戦ってしまったからだ。これでは勝てない。
サンパウロの得点シーンは中盤とフォワードの見事な連係プレーでなされたものであった。これこそ、【ギターは1本の弦だけでは弾けない】を実践したものである。また、すばやくボールを処理して次々にボールをつないでいくのは【ボールは汗をかかない】からである。つまり、人が走り回れば汗をかき疲労してくるが、人よりもボールを回し走らせる方がずっと効率良いからである。そして、大事な一戦で勝利するためには、【勝たんと欲すれば、苦しむことを学べ】というように、試合終了のホイッスルが吹かれるまで徹底して苦しみながらも戦い抜くことなのである。
最初の新聞記事にあるように、今回のサンパウロチームは世界一になるために、良い選手を集めて全く違うチームに変ぼうしたのだという。これこそ、【サッカーチームとワインは同じ。よい選手なり葡萄が取れる年はよいものができる】そのものであるといえるだろう。そして、【努力を惜しまなければ必ず神が助けてくれる】のである。これがサンパウロの選手やブラジルの選手がピッチに入る時に必ず行う神への感謝の意味なのである。今回もサンパウロの選手は全員ピッチに入る時、日本の”けんけんとび”のような仕種をして入っていった。こういったゲンかつぎの”まじない”もブラジル人選手の特徴である。
そして、ついに試合終了のホイッスルとともに、サンパウロの選手達は【最も幸福な人とは最も多くの人に幸福をもたらす人】たちとなったのである。しかし、それまでには各選手達は【チーズも欲しくない、ナイフも欲しくない。お腹が空いてる方がいい】というように、日々摂生し、日々鍛練し、修業し、ここまで登ってきたのであるということを忘れてはいけない。そして、一般人や有名監督やサッカー関係者の目の届かない場所にいる有能な選手や将来性ある選手に気付き、そういった選手達を駆り集める監督の”人を見抜く目”というものも極めて大切なのである。それは、【神は曲がった線で正しく書く】ものだからである。すなわち、一般人や普通人などだれにもすぐに分かるようには、神様は人の才能を与えてはいない。人の才能とは風変わりなやり方で現れてくるものだ、ということなのである。
いやー、すばらしい。こうしてまとめてみれば、ブラジルの諺はことごとく今回の試合結果を予想して
劣勢を予想されていたサンパウロが”勝利への執念”でスーパースタージェラード率いるリバプールに1-0で勝ったのである。
トヨタカップ決勝、サンパウロが1点守りきり優勝
ブラジルは決勝に出ると必ず勝つ、いやここぞという時に試合には必ず勝つ、という”勝負強さ”がある。この勝負強さの根源がこの言葉に象徴されているのである。これは、すでにブラジルのサッカー選手のみならずブラジル人文化に根ざしている考えのように感じる。
今回は、サッカーに関連する”ブラジルの諺(ことわざ)”にあてはめて、この世界カップに変わったトヨタカップの歴史的一戦を振り返ってみよう。
今大会、ダントツの優勝候補は欧州代表のリバプールであった。大方の予想はスター軍団リバプールの圧勝であろうというものであった。しかし、それをはねのけ、見事に用意周到に一蹴した、というのが今回のサンパウロのサッカーであった。まさにサンパウロがGKセーニの好セーブでピンチを乗り越え、強豪リバプールに勝利する様は、詩的ですらあった。まさに【フットボールはロマンであり、ミステリーであり、詩にも似ている】であった。
ブラジルの選手各人はボールを自由自在にあやつることができる。ここぞという時の突破は個人技術の高さのたまものであった。MFミネイロのトラップシュートは、簡単に見えるが簡単ではない。リバプールのルイス・ガルシア(スペイン代表)が再三再四のシュートチャンスをミスで逃してしまったのとは実に好対照である。この理由こそ、【ブラジルの赤ん坊はサッカーボールを抱いて生まれてくる】からである。
初戦のアルイテハド戦で得点したFWアモローゾ選手は、約10年前19歳の時に日本の川崎ヴェルディに入団した。その時は、今回シドニーFC代表となった三浦カズやラモスの全盛時代でずっと2軍選手でしかなかった。その後、ブラジル、ヨーロッパと経験した。成長に成長を重ねて今回代表チームに入ったのである。そしてついに世界チャンピオンのメンバーに入ったのである。まさに【人間がどこまで伸びるのか、その尺度は神が与えてくれるものなのだ】。人間がどこまで伸びるかは誰にも分からない。他人がとやかく言って決めるものではない。あくまで神様がお決めになることなのだ、という意味である。
一方、トヨタカップは昨年の王者どうしで戦う大会である。だから、昨年強かったからと言って今年も強いとは限らない。それゆえ、【勝利とは刃物の上に立つようなものだ、いつまでもそこにはいられない】ものなのだ。リバプールが強かったのもすでに【過去は唯一博物館の中で生きている】ものでしかなかったのである。
サンパウロのアウトゥオリ監督はアルイテハド戦の後、【勝って反省できればなおよし】に従って、自チームのチェックを行った。一方、リバプールのバルテス監督は、若干サンパウロを侮ったように見えた。好調のリーゼやクラウチ、シセをはずして、2軍FWで戦ってしまったからだ。これでは勝てない。
サンパウロの得点シーンは中盤とフォワードの見事な連係プレーでなされたものであった。これこそ、【ギターは1本の弦だけでは弾けない】を実践したものである。また、すばやくボールを処理して次々にボールをつないでいくのは【ボールは汗をかかない】からである。つまり、人が走り回れば汗をかき疲労してくるが、人よりもボールを回し走らせる方がずっと効率良いからである。そして、大事な一戦で勝利するためには、【勝たんと欲すれば、苦しむことを学べ】というように、試合終了のホイッスルが吹かれるまで徹底して苦しみながらも戦い抜くことなのである。
最初の新聞記事にあるように、今回のサンパウロチームは世界一になるために、良い選手を集めて全く違うチームに変ぼうしたのだという。これこそ、【サッカーチームとワインは同じ。よい選手なり葡萄が取れる年はよいものができる】そのものであるといえるだろう。そして、【努力を惜しまなければ必ず神が助けてくれる】のである。これがサンパウロの選手やブラジルの選手がピッチに入る時に必ず行う神への感謝の意味なのである。今回もサンパウロの選手は全員ピッチに入る時、日本の”けんけんとび”のような仕種をして入っていった。こういったゲンかつぎの”まじない”もブラジル人選手の特徴である。
そして、ついに試合終了のホイッスルとともに、サンパウロの選手達は【最も幸福な人とは最も多くの人に幸福をもたらす人】たちとなったのである。しかし、それまでには各選手達は【チーズも欲しくない、ナイフも欲しくない。お腹が空いてる方がいい】というように、日々摂生し、日々鍛練し、修業し、ここまで登ってきたのであるということを忘れてはいけない。そして、一般人や有名監督やサッカー関係者の目の届かない場所にいる有能な選手や将来性ある選手に気付き、そういった選手達を駆り集める監督の”人を見抜く目”というものも極めて大切なのである。それは、【神は曲がった線で正しく書く】ものだからである。すなわち、一般人や普通人などだれにもすぐに分かるようには、神様は人の才能を与えてはいない。人の才能とは風変わりなやり方で現れてくるものだ、ということなのである。
いやー、すばらしい。こうしてまとめてみれば、ブラジルの諺はことごとく今回の試合結果を予想して