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KiKidoblog
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2006/09/01のBlog
”どうせ貧乏人から税金とって払わせるから好いんだ”

という文部科学官僚たちの内なる”喜びの歌”が聞こえてきそうな”やり方”である。

研究費不正を防止、大学の管理強化で予算倍増文科省

これによると、最近の一部の大学研究者の不正がもとで、それを監視するために、科学研究費総額約1895億円の運営管理のために、さらに「間接経費」に”311億円”ものお金を来年度予算に組み込むのだということである。

この直接の原因を作ったのは、早稲田大学の松本和子(元教授)であるという。この人の研究費不正使用のために、大学に”経理管理や支援要員の雇用に支出する”ための「間接経費」が必要となったというのだ。

では、だれが各大学の”経理管理や支援要員”となるのか。

といえば、恐らく我々のような普通の人はなれないはずだから、結局は”官僚出身の天下り”ということとなろう。あるいは、大学を定年退官した人かも知れないが、第三者的立場が好ましい事から、やはり所轄の官僚出身者が適任ということになるだろう。

まあ、要するに、民間人の政治家が作った”天下り禁止令”のために、退職後の就職先に困っていた国家公務員の官僚たちが、再就職先の1つとして、「大学不正管理」という名目で大学内に自分達の職場を確保しようということなのだろう。私はそう予想している。

この意味では、文部科学官僚たちにとっては、松本和子(元教授)は、”英雄”ということになるだろう。

本来なら研究費のために適正に使われるべき税金が、もともと大学の研究費としては額が大きすぎて使いこなせないで有り余ってしまったためにお金を不正に使用した事が原因で生じた犯罪を官僚が監視するためにその当初のお金よりさらにずっと高額の税金が必要となった、という何やら摩訶不思議な”錬金術”師的なお話である。もっと簡単に言えば、税金を管理するために税金を増やすということだ。実に符に落ちない作戦である。

研究費を使用した事がある人なら分かるだろうが、研究費の管理は実に大変で、額が大きければ大きくなる程大変となる。それで、その管理はすぐに研究者本人では処理できなくなり、せっかくもらった研究費からそれを管理するための秘書すら雇わなくてはならなくなる。こうして元の研究費は実質的には”目減り”する。

これでは、本末転倒なのだが、日本の研究システムは非常に”公務員的”な方法が取られているために、どうしてもこうなってしまうのである。

それでも不正が起こったというために、さらにまたその秘書すら管理するための管理者を大学に置かなくてはならなくなり、この「間接経費」が必要となった、というわけである。

しかし、いったいだれがこの金を払うと言うのか。結局は、科学研究とは一切関係ない国内の名も無き人々である。

ライブドアのホリエモンは、自分の株をどんどん”刷って”売ったというが、日本の官僚達も実質的には全くこれと同じ事をしていると言える。どんどんお札を”刷って”国の金にする。あるいは、どんどん国債を”刷って”売る。これでは、国内が”お札を刷れる特権階級”と”お札を刷れない貧乏人”の2種類に別れるのは当然だろう。

だれだって、カラーコピー機でどんどん偽札を作って使用できれば、刷れば刷るほど金持ちになれる。みずほ銀行と同じで、勝手に”宝くじ”をどんどん刷って売る事ができれば、だれだって大金持ちになれる。

この場合の金持ちとそうでない庶民の違いは、お札や宝くじを刷る事ができる権利があるかないかだけである。ホリエモンや株式会社も自分の会社の”株式”や”証券”を勝手に刷って売れる権利があるからすぐに金持ちになれたのである。

こんなことがまかり通れば、どうなるか明白であろう。いっそのこと国民のだれでも偽札やら株やら宝くじやら何でも刷って販売可能な国にしたらどうだろうか。そうすれば、結局は信用だけが勝負となり、国や大銀行だけがそれを行えるという場合よりも社会は健全になるのではないか、とすら思える。

いやはや、だれが日本の国家公務員や地方公務員に”真の経済学”を教えるのだろうか。大地震も恐いが、経済大地震も同様に恐い。

どうしてマネーフローに浴する人々とそうでない人々に二分されるのかという理由が、こういうことなのである。

写真:フェアバンクスのオーロラ

一一一一一一
ついでに付け加えると、「研究費が研究費を吊りあげる」というようなことを、物理学では”ブーツストラップ(靴ひも)理論”と呼んでいる。要するに、「自分で自分が履いている靴のヒモをつかんで、自分を宙にあげる」というようなちょっとナンセンスなことを意味している。したがって、この問題は一種の”ブーツストラップ理論”である。
[ 21:57 ] [ スポーツ ]
米国敗れ、3大会連続で決勝へ進めず 世界バスケ

フィギュアスケートの荒川静香の金メダル。ワールドベースボールクラッシック(WBC)の日本優勝。ワールドカップサッカードイツ大会のイタリア優勝。これに続きワールドバスケットボールでもアメリカが負けた。

お家芸のバスケットもすでにアメリカは”過去の国”。野球もそう。サッカーは論外。アイスホッケーでも似たようなもの。フィギュアスケートでもそう。

いったいアメリカはどうなってしまったのだろうか。もはやアメリカは世界ナンバー1の国ではなくなったということだろうか。

戦後60年経ち、ヨーロッパは完全に復興した。EU連合は、戦後のアメリカ型民主主義を学び、今やひと昔前の”古き良きアメリカ”的なヨーロッパとなった。今回のワールドカップドイツ大会が見事にそれを証明した。

それと比べて、アメリカは9・11以降、むしろ崩壊前のソ連のような独裁者国家への道を突き進んでいるようにすら見える。決して知的にも人格的にも人間的にも最優秀の人物しか大統領に選出しないという良き伝統を持った国が、かつてのソ連のスターリンやフルシコフや北朝鮮のキムジョンイルのような人格的にちょっと問題ありの人物まで大統領となってしまうというような国になってしまった。

この影響が”ボディーブロー”のように徐々にアメリカ全土を襲いはじめたのではないだろうか。戦後、我々日本人がロールモデルとして愛した”知的な国アメリカ”が、今や”痴的な国アメリカ”になってしまったのだろうか。

スポーツというのは、実際の政治的なものや社会的背景よりも数年ほど早く問題が表われる傾向がある。アメリカのスポーツにおける”凋落”は、これから来るアメリカ社会の”凋落”を予言しているのだろうか。

いやはやそんなことを考えさせられる話である。
サッカー日本代表、サウジ到着競技場へ直行・初練習
サッカー日本代表、サウジに到着 未明に異例の練習

日本代表は、サッカー・アジア杯予選2試合に臨むために成田を出発したが、15時間余りの長旅の後、31日深夜、最初の会場であるサウジアラビア・ジッダに到着。ところが、空港から宿泊地に向かうのではなく、練習会場に直行し、1日午前1時前から約1時間練習したという。

これに面喰らったマスコミは、オシム監督に同行しなくてはならず、会場で練習を見て聞いた。

一一どうして未明の練習なのか?

オシム監督:「時差調整が一番の狙い。そのつもりで予定を立てていた」
オシム監督:「世界では昼間のところもある」


練習そのものは、最近ずっと行っている練習:「5色のビブス(ゼッケン)を付けた選手が敵味方に分かれ、様々なパターンでボール回し」と最後は、「フルコートの8対8」。

最後のフルコートの8対8とは、たぶんこんなものだろう。

代表はキーパー3人と21人の選手がいるので、キーパーそれぞれ含めて8人のチームを3つ作る。このうちまず2つで8対8をしている間、残りの1チームはずっと周りを走り回る。勝ったチーム(かあるいは負けたチーム)が残り、今度は走っていたチームと8対8を行う。その間、勝ち(負け)抜けたチームが周りを走る。そして、3セット行い、これを1ラウンドとする。

これは、私が高専指導した時もよくやった練習法だが、高校生レベルの体力強化練習を日本代表で行っているということだろう。この3チームを基本的には”核”にして、一番良いメンバーを見つけるという目的もあるだろう。おそらく、こういう練習を日本代表がやってみせる事によって、J1、J2でもこの練習法が一般的となり、良く知られるようにするのも目的の1つなのだろう。

いずれにせよ、ミーティングやフィールド上での”お話”ばかりで選手を少しも走らせなかったジーコとは好対照な練習である。いつかこの成果がはっきり出てくるのではないか、と私は予想している。

ブラジルのロナウジーニョは、移動中の飛行機の中でもリフティング練習しているという。ファーストクラスのシートに座っていてもリフティングする。いつもサッカーの練習していないと身体がなまる。飛行機から降りたらすぐ試合ということもあるからだ。いよいよ日本代表にもこういった世界レベルのサッカー選手メンタリティーをオシム監督は求め出したということだろう。
2006/08/31のBlog
[ 17:26 ] [ 健康・医学 ]
最近、C型肝炎訴訟のニュースがあったが、私はこういうニュースを見るといつも不思議に思う事がある。それは、何度も何度も同じような”薬害”をくり返している一部の大企業があるのだが、どうしてそういった悪名高い企業を国は”解散、廃業”にしないのだろうか。どうして株主(特に三菱)は、相変わらず株を買っているのだろうか、ということである。

近年でも、雪印乳業の「黄色ブドウ球菌事件」で雪印は大きな痛手を受けた。「O一157事件」でも食肉業者は大きな痛手を受けた。極最近では、「狂牛病事件」で食肉生産業は廃業しかねないほどの痛手を受けた。

にもかかわらず、薬害事件の場合には、大製薬会社たちはほとんど無傷でまったくダメージを受けたどころか、より一層躍進している勢いであるように私には”見える”。

この”差”はいったいどこにあるのだろうか。これが、私には実に不思議なことなのである。

そこで、いくつか有名な薬害事件・訴訟をまとめてみると、以下のようなものであった。

(あ)「薬害エイズ事件
によると、この薬害事件に関与した会社は次のもの。

ミドリ十字 → 現、三菱ウェルファーマ
化学及血清療法研究所
カッタージャパン→バクスタージャパン→現、日本トラベノール
バイエル薬品→現、バイエル社
大塚製薬
住友化学→現、大日本住友製薬

関わった代表者で起訴されたものは、以下のものたち。

松下廉蔵・須山忠和・川野武彦(ミドリ十字代表取締役)→実刑判決(2000)
安部英(帝京大病院、医師)→無罪判決(2001、3月)→死去(2005年4月25日)
松村明仁(厚生官僚)→有罪判決(2001、9月)

(い)「C型肝炎訴訟によせて
によれば、問題となった「フィブリノゲン製剤」を使用したのは次のもの。

三菱ウェルファーマ(旧ミドリ十字)
ベネシス(三菱ウェルファーマの血液製剤製造部門。2002年に分社化)

この事件に関しては「国と製薬会社に賠償命令 C型肝炎訴訟で福岡地裁判決」で、総額11億6600万円の損害賠償判決が昨日福岡地裁で出たばかり。

(う)この他、「薬害B型肝炎訴訟」というものもある。その歴史は、「薬害肝炎訴訟」にすべてまとめられている。

(え)さらには、「薬害ヤコブ病訴訟」というもの、古くは「サリドマイド事件 」、
「スモン事件 」などから始まり、「陣痛促進剤被害 」、「接種・注射禍事件 」、「クロロキン事件」、「ソリブジン事件」などと挙げたら切りがないほどに類似事件がある。これらは、「薬害資料館 」にまとめられている。

ここで、共通して出てくる大企業は「ミドリ十字(現、三菱ウェルファーマ)」であった。上にもあるように、この会社は、何十年も同じような薬害を頻繁にくり返してきている。

薬害エイズと日本の医学者:七三一部隊の陰を引きずったミドリ十字」によれば、ミドリ十字の前身「日本ブラッド・バンク」は、日本軍の”細菌戦の人体実験”を行った悪名高き”731部隊”のボス石井四郎の作戦参謀であった内藤良一が作ったとされている。そして、「アウシュビッツにも匹敵する戦争犯罪だった七三一部隊の罪状がアメリカ進駐軍に よって意識的に免罪され、データがアメリカに売り渡され、それと引き換えに七三一 部隊関係者はその庇護のもとに戦後の社会で活動した。」とある。

この人命軽視、人間無視の姿勢という”古き悪しき伝統”をミドリ十字が持っていたのではないか、と多くの識者は見ている。そして、これが再びゾンビのように息を吹き返した三菱ウェルファーマに蘇ったのではないか。そんなことを思い起こさせるお話である。

ところで、日本に”製薬会社”という手法を持ち込んだのは、エッセイストの星新一さんの父親である星一(ほしはじめ)であった。

この星新一さんの「明治・父・アメリカ」は、この父の人生を語った見事な名著であるが、この中で日本に一番最初に近代的な製薬会社を設立したのがこの星一さんであり、その会社が「星製薬株式会社」であったとある。日本で最初に小売りチェーンのフランチャイズ制度を導入したのもこの星一さんだった。それまでは、日本の商いは問屋制度で、大問屋、中問屋と小問屋そして小売り店と階層的であったが、製造会社と小売り店のダイレクト関係を作ったのだった。この星製薬は新しいアメリカ型経営で大成功し、その成果を大学に還元し、未来につなげようとして出来たのが星薬科大学であった。

ところが、この新しい製薬会社が大発展し、それを”妬んだ”幾多の薬問屋が、”星製薬疑獄事件”というスキャンダルをねつ造して”星製薬潰し”を行い、ついにこの会社は潰れてしまったのである。この事件に一生涯の恨みを持っていつか書いてやるといって書いたというのが、「明治・父・アメリカ」であるというのだ。まあ、そんなことはどうでもいいのだが、この疑獄を作り上げたものは、当時の官僚や大企業のお偉方たちであったということだ。

これと似たような状況が戦後もすぐに復活して、ミドリ十字のような企業体質、薬害に見るような”官僚と企業の癒着”が21世紀に入った今でも毎日見る事ができるのではないか、と私は考えるのである。まあ、一種の文化だ。それも”悪質な文化”が堂々と生き続けているということである。

これが、日本の医学界や製薬界に今も渦巻いている”人命軽視、人間無視”文化の根源なのだろうと私は想像しているが、だれもそうして欲しいと言ってそうなっているのではないから、これは一部の日本人のDNA(遺伝子)に書き込まれたものなのだろう。

ここが大事なところだが、我々日本人の中には、同じ日本人でも他の日本人を自分と同じ日本人だとは思っていないというような日本人が確かに存在するということだ。こうした人々が、JR西日本の電車事故の時にも出てきたし、建築偽装事件の時でも出てきた。同じように薬害問題でも出てきたわけである。

アラブ人でもイスラエル人でもユダヤ人でも、敵国には容赦ないが、同胞に手をかけない。しかし、日本人は同胞にも手をかけるものがいる。ここが私にはあまり良く分からないところなのだ。実に不思議だ。
サッカー日本代表24人、初は4人19歳・梅崎も
日本代表初選出にGK西川やMF伊野波

オシム・ジャパンのアジアカップ戦の新メンバーが決まったようだ。新選出メンバーは○。

▼GK=川口能活(31、磐田)、山岸範宏(28、浦和)、○西川周作(20、大分)
▼DF=三都主アレサンドロ(29、浦和)、坪井慶介(26、浦和)、加地亮(26、G大阪)、田中マルクス闘莉王(25、浦和)、駒野友一(25、広島)
▼MF=中村直志(27、名古屋)、羽生直剛(26、千葉)、遠藤保仁(26、G大阪)、○二川孝広(26、G大阪)、鈴木啓太(25、浦和)、阿部勇樹(24、千葉)、山瀬功治(24、横浜M)、田中隼磨(24、横浜M)、小林大悟(23、大宮)、長谷部誠(22、浦和)、○伊野波雅彦(21、F東京)、○梅崎司(19、大分)
▼FW=巻誠一郎(26、千葉)、我那覇和樹(25、川崎)、佐藤寿人(24、広島)、田中達也(23、浦和)

この新選出されたメンバーの中で、伊野波、梅崎、二川については私はまだ見ていないので良く知らないが、GKの西川については、U21の試合で見た事がある。実にポジション取りと前へ出る判断力の良い、非常に将来性のある選手であるという印象を受けた。やはりオシム監督はそういったところを良く見ているようだ。

今回、DFとFWは全く変わらず、MFも3人のみの交代なので、どうやらオシム監督は、この中からリーダーが育つのを”忍耐強く”待っているということなのだろう。いずれにせよ、良い試合をして良い結果を出して欲しいものだ。

また今回はアウェーの試合なので、かつてドゥンガ(現ブラジル代表監督)が言ったように、”アウェーに強い選手が良い選手”なのであるから、今度の試合でだれがアウェーで強い良い選手であるか見定める事になるのだろう。

私は個人的には、大分の高松大樹選手もアウェーに強い非常に良い選手だと思っている。こういった選手はこの次がチャンスと言えるのかも知れない。
2006/08/29のBlog
ところで、最近偶然見つけて読んだ宇井道生博士の「退陣の弁、に事寄せて」が非常に面白かったので、ここに紹介しておこう。

さて、博士の言説にはこんな話題がある。

◯ 「研究者の優劣」
この中の要点は、「大学(や国立大研究所)と(小粒な)研究所の運営の仕方の違い」というものである。これを説明するに当って、研究者を最高のクラス1から最低のクラス4の4つのクラスに分類。そして研究所はクラス1、2を増やすべきだという主張である。

ここで、博士によるクラスの分類とは次のものである。

クラス1=「研究能力の点で優秀であり、且つ自分が優秀であることを意識して行動する研究者」
クラス2=「研究能力はクラス1に比べて見劣りするが、それを自分で自覚して行動する研究者」
クラス3=「優れた研究能力を持ち、従って他に影響を与える立場にいるにも関わらず、それに気付かずに 自分勝手に振る舞う研究者」
クラス4=「優秀ではないのにそれを認めようとしない研究者」

◯ 大学は規模膨大であるために、 クラス3、4の研究者もたくさん”食わす”ことができる。しかし、小粒な研究所ではそれは無理。それゆえ、クラス1、2だけにしなくてはならない。

◯ 「アメリカの研究者社会」
アメリカの研究者社会は、クラス2の研究者層が非常に豊富であり、これがその強さを生む。このことを説明する話が結構面白い。

◯ 「noblesse oblige」
「noblesse oblige」とは、「一定の権限を行使する 立場に立った者は、その社会全体特にその権限の及ぶ範囲にいる人たちに対して、常に道徳的な配慮をする 義務を持つ」ということである。クラス1の研究者はこれに値するという。

◯ 「さて、真の退任の弁」
最後に「研究所の中で所長という最高のポストを占めた人間として、最大のnoblesse oblige」とは、「引き際の潔さ」であると博士は言う。

はたしてこれが分かっている経営者やリーダーの類いはどれほどいるか。
渡辺政彦さんが「文化としての科学」再考 について以下のようなコメントをくれたので、ここで答えておこう。

[ 渡辺 政彦 ] [2006/08/28 23:00]
サイエンスチャネルの
ボーズ、アインシュタイン凝縮体
を扱った番組があるが
そのなかに
物理学は文化だ と言っている
どうゆう文脈、背景かは、
原子の波が見えてきた ボース・アインシュタイン凝縮の世界
を見てほしい

渡辺政彦さん 

どうもコメントありがとう。昨日はReal Playerがなかったので見れなかったが、今日インストールして見る事が出来た。どうやらサイエンスチャンネルというのは、サイエンスチャンネルにあったもののようだ。我が家はCATVはないので、見れないかなと思っていたが、見ることができて助かった。
原子の波が見えてきた ボース・アインシュタイン凝縮の世界

この中で「物理学は文化だ」と言っていたのは、MITのクレップナー教授だった。ノーベル賞を取ったワイマン博士、コーネル博士とケタレ博士を育てたBECの”ゴッドファーザー”と言われている人物。

BECについては、私も2000年まで少し研究して2000年に1つ論文["Interacting Particles as neither Bosons nor Fermions: A Microscopic Origin for Fractional Exclusion Statistics", Phys. Rev. Lett. 85, 2781-2784 (2000)]を出したので、良く知っている。ワイマン博士らの最初の論文も”BECの発見”が出た最初から数年ずっと論文を読んできたので知っている。

ワイマン博士らの”ボーズ原子のBECの発見”の後、ジン博士らの”フェルミ原子のフェルミ凝縮”の発見があったので、我々の論文ではそれら両方を統一して理解できる理論の1つを提供したわけ。

超極低温では、ボーズ原子もフェルミ原子もともに”凝縮体”へと”凝縮する”が、前者の場合はBECへ、後者の場合はフェルミ球へと凝縮する。その時、原子の持つ統計の違いが、運動量空間の凝縮体の半径を決める。光子のような大きさのない粒子は完全に波数ゼロに凝縮可能だが、ボーズ原子のように近くでは相互作用があるものは、多少半径を持った球の中に凝縮する。一方、フェルミ原子の場合には普通のフェルミ球に凝縮するが、もし相互作用があれば多少半径をずらす。

確かこんな話だった。それ以後は私は別の問題(DNA電子論)に戻ったので、特にそれ以上の研究はしていない。

ところで、このビデオに関して言えば、”BECの実現”は非常に素晴らしいもので、その価値や将来性などについては番組の通りだろうと思う。今後の発展を期待したい。

しかし、アインシュタイン博士が”BECの実現”には懐疑的だったことは理解できるが、”BEC”そのものを疑っていたかどうかは私は良く知らない。いずれにせよ、アインシュタインは1950年代に亡くなっているので、”死人に口なし”の面がある。果たして実際にはアインシュタインはどう思っていたのだろうか。

さて、問題の「物理学は文化だ」というのは、MITのクレップナー教授の言葉だったので、実に良く分かる。この場合の意味は、文字どおりの意味。というのも、MITは、科学に関して言えば、数学から物理、果ては生物に至るまでの”現代文明”(20世紀文明)の中心地の1つ。「アメリカが滅んでもMITは滅ばない」というほどの場所。それは、MITが”大学都市”として、完全な「大学街」を作っているからだ。

この話題に関しては、私はもう15年以上前に書いた「三セクター分立の概念」で論じたことだ(ちなみに、本としては1995年に初版)。だから詳細はここではくり返さないで省略。

要するに、文化というものは、同じ文明圏に属する数多くの人たちがいて”形成”されていくもの。そして、人から人へと世代間で伝承されていくもの。だから、アメリカの巨大な大学群の中で(あるいは、世界の大学群の中で)”物理”を研究している数十万人、数百万人の人々の中では、確かなる文化を作っている。教授から弟子の学生に、その学生が教授となればまた次の学生へと伝えられる。これがここでクレップナー教授が言う「物理は文化だ」という意味だろう。これは全くその通りだと私も思う。

このクレップナー教授の意味では、戸田盛和さんが言う意味の”文化としての科学”と全く同じ意味であり、日本の大学社会にもそれなりに形成されているとは言える。しかし、アメリカのものとはかなり違うのではないか、と論じたのが上の拙著であった。

一方、私が述べた”文化としての科学”は、クレップナー教授や戸田盛和さんの言うものとはかなり異なり、大学の文化の1つとしての”文化としての科学”(あるいは、「物理は文化だ」)ではなく、大学や研究所を取り巻く一般人の所有する意味での”文化としての科学”のことだ。専門家の持つ文化ではなく、普通人の持つ文化のことである。言い換えれば、普通人の持つ文化の中に「物理は文化だ」や「科学は文化だ」が「音楽は文化だ」と同じような意味で含まれているのかどうか、ということだ。

これは今だ実現していない、というのが、スノーの言う意味の「2つの文化」である。”「科学を文化だ」と思う人々の文化”と”そう思わない人々の文化”の2つに分かれているということ。このギャップをどう埋めるか。それが問題だということ。

ある人は「科学啓蒙書」でそれをやる。ある人は「科学番組」でそれをやる。また別のある人は「科学実験」でそれをやる。「科学教科書」でそれをやる人もある。人それぞれにそれぞれの方法がある。また別の人は「大学」こそそれを行う場所だと考える。

しかし、果たしてこういったもので、実現できるかどうか。ここに、この問題の難しいところがある。

確かに、知識や情報はそういったもので伝わる。BECは素晴らしい。将来性も見事だ。しかし、それでは、そういった仕事を行っている人々の知識や情報は人々に伝わらない。いったいどんな人物がそういう研究に興味を持つのか。自分達と同じような人間なのか、それとも”気狂い”か。

私の個人的観察では、普通の人々は、”行われた内容の知識や情報”よりむしろ、”それを行っている人々の知識や情報”を欲している。ここに一種の”温度差”がある。

研究者や大学人は”自分が行った研究の中身”を伝えたい。しかし、一般人はそれがすんなり分からないので、むしろ”その人そのものを知りたい”と思うのだ。クレップナー教授とはいったい何ものか。「おもちゃ博士」の戸田盛和さんとはいったい何ものか。こう考えるのである。果たしてそれに答えているかと言えば、おそらくそうではないだろう。

俗に、日本人は欧米人にその姿が見えない。企業やお金での支援はあるが、日本人の姿が伝わらない。こんな風のことが良く言われるが、私は個人的には、これと同じ事が科学の世界にもあると思っている。つまり、科学者は一般人にその姿が見えない。研究成果や知識の伝達はあるが、科学者の姿が伝わらない。

果たして、人々が「科学は文化だ」あるいは「物理は文化だ」と思ってくれる日は到来するか。

私が子供の頃(1960一70年代)、21世紀は”科学の時代”で、世界平和が実現された「未来社会」が到来すると思っていたが、現実はほとんど進歩しなかった。いったいここには何が障害となったのだろうか。この問題はまたいつか考える事にしよう。
2006/08/28のBlog
ナカちゃんの死因調査へ解剖 行政連絡会、はく製展示検討

阿南市の那賀川流域で生息していたアゴヒゲアザラシの”ナカちゃん”が死んだ。事故か病気か分からないが、何らかの事故で負傷し死んだのではないかと見られる。市民に多くのファンを持ち、人々を楽しませてくれた動物の最後は悲しいものだった。市では今後はく製にして展示する方針であるとか。
2006/08/26のBlog
中国人数学者、難問「ポアンカレ予想」を証明

ちょっと前の上の記事によると、中国人数学者の広東省中山大学の朱熹平(カオ、Cao)教授と米リーハイ大学の曹懐東(Zhu)教授による論文「ポアンカレ予想と幾何化予想の完全な証明:ハミルトン・ペレルマンのリッチ・フロー理論の応用」が、専門誌「The Asian Journal of Mathmatics」6月号に掲載されたという。この論文によって、ペレルマン博士の証明が完璧になり、完全に”ポアンカレ予想”が解決したということらしい。

興味のある人は、この雑誌のフリーペーパー(ただで見る事ができるページ)を見てほしい。

"A COMPLETE PROOF OF THE POINCAR AND GEOMETRIZATION CONJECTURES APPLICATION OF THE HAMILTON-PERELMAN THEORY OF THE RICCI FLOW"
2006/08/24のBlog
「バルトの楽園」徳島ロケ、最高潮に
「バルトの楽園」:俘虜収容所とサッカー
「バルトの楽園」盲目兵士役クリス・ヴィーティングさん
映画「バルトの楽園」完成試写会

しばらく前に「バルトの楽園(がくえん)」を上で紹介したが、昨夜妻といっしょに見てきた。

いやー実に”感動的”で素晴らしい映画だった。久々の会心の日本映画と言える。最近見たばかりの「日本沈没」よりも数段ランクが上の映画だった。

私のこのブログに書き込んでくれた、ドイツ人のクリス・ヴィーティングさんの演技も大変素晴らしく、彼がアップになるいくつか大変重要なシーンや感動的シーンもあった。クリスさん、本当に良い演技でしたよ。

何よりも良かったのは、冒頭の第一次世界大戦の戦闘シーンだった。ドイツ人スタッフの演技力は非常に素晴らしかった。テレビカメラと映画のカメラのどこが違うのかは分からないが、やはりテレビよりは映画の方が迫力や臨場感が出る。

ストーリーや話の展開も非常に優れていて、いくつかの複雑な人間模様も見事に描かれていたように思う。もちろん、ドイツ人捕虜と日本人女性とのロマンスもある。しかし、ハリウッド映画のようにすぐにセックスシーンになるのではない。見事なラブストーリーとなってもいる。精神性の高い映画である。

また、現代の日本の芸能界を代表する役者さんたちも数多く出ていて、単なる「地方風俗紹介作品」という地方の映画にありがちな弱点はまったく見当たらなかった。松平健、高島礼子、阿部寛、大滝漣、平田満、板東英二、泉谷しげる、市原悦子、勝野洋、などの主役級の名演技も輝いていた。

最後の今は亡き巨匠カラヤンの”第九”シーンも非常に感動的だった。

しかし、なんと言っても、板東俘虜収容所の所長となった松江豊寿(まつえとよひさ)という会津藩士がいなければこの実話は誕生しなかっただろう。この会津人の松江豊寿という人物は、第二次世界大戦の時の日本のシンドラー、杉原千畝 (ちうね)に匹敵する人物と言えるだろう。いや、それ以上だったと言えるかも知れない。それほどに素晴らしい人物であったようだ。

”ここは捕虜収容所であって刑務所ではない”

という松江豊寿の言葉の意味は深い。

ぜひ皆さんもこの作品を見る事をお勧めしたい。
2006/08/23のBlog
ペレルマン氏、フィールズ賞初辞退 ポアンカレ解け引退
ペレルマン氏「自分の証明正しければ賞不要」

ロシアの天才数学者ペレルマン博士が、4年に一度ワールドカップサッカーの年にしか与えられない数学界最高のフィールズ賞を受賞したが、それを”辞退”したようだ。数学の歴史上初めてのことである。

その理由とは、

「自分の証明が正しければ賞は必要ない」
「私は数学界から引退した。もうプロの数学者ではない」
「有名でなかった頃は(数学者の職業について)何を言っても大丈夫だったが、有名になると何も言えなくなってしまう。だから数学を離れざるをえなかった」

ということらしい。

自分の貢献に関しては

「自分にはどんな新しい貢献なのかはっきりしない」

と非常に謙虚。というのも、ペレルマン博士が基にしたのは、ハミルトン博士の方法。だから、他の人の研究を差し置いて自分のオリジナリティーはそれほどないという意味だろう。しかし、その使い方には非凡な天才的アイデアがあり、ハミルトンの方法を大きく進歩させている。

ペレルマン博士は、現在無職で、サンクトペテルブルクの郊外で母親と生活。わずかな貯金と元数学教師の母親の年金だけが生活の糧で、「(授賞式が開かれる)マドリードに行く費用もない」という。

ということから、賞は辞退したわけだが、賞金だけは授与したらよろしいのではないか、と私は思う。

フランスにはグロタンディークという天才数学者がいるが、今度はロシアに似たタイプの”孤高の天才数学者”が登場したようだ。

さて、以前、昔の私の掲示板(現在は削除した)に

【392】 『ポアンカレ予想』の解決:感じ入ったぞ、ペレルマン博士! 2004/09/14(Tue) 09:04

という記事を2年程前に書いていたので、博士を称える意味で、私はここにもう一度掲載しておこうと思う。一部修正した。


【『ポアンカレ予想』の解決:感じ入ったぞ、ペレルマン博士! 】

最近、私は珍しく『日経サイエンス10号』を買った。というのも、この中に私が研究しているプリオンのプリシナー教授による解説があったからである。また、レトロポゾンの話とポアンカレ予想の話もあった。それゆえ、この号はお買得である。

さて、この「ポアンカレ予想」の話は非常に面白い。主役はロシア人のペレルマン博士。

「ポアンカレ予想」のポアンカレというのは、アインシュタイン時代にいたフランスを代表する天才数学者である。当時はドイツのヒルベルトと並び称されるフランスの英雄的数学者である。ポアンカレの研究の幅はヒルベルト同様に極めて広く、物理から数学全分野に広く通じていたといわれている。一番有名なものとしては、いわゆるトポロジーの概念を生み出したのがこのポアンカレであるといわれている。また、「科学と仮説」、「科学と方法」、「科学の価値」(岩波文庫)の3部作は極めて重要な本とされている。

このポアンカレが、数学の中で残した「予想」に、
「3球面の中で3次元多様体の中でもっとも簡単なものは3球面であり、3球面と同じ性質を持つすべての3次元多様体は3球面と同相である。」
というものがあり、後にこれが「ポアンカレ予想」と呼ばれるに至ったのである。

「x^n+y^n=z^nを満たす整数x, y, zはn>=3では存在しない」
という「フェルマー予想」が1990年代にワイルズ博士によって300年振りで解決されたが、この「フェルマー予想」のように、トポロジー分野では「ポアンカレ予想」はおよそ100年の間、だれも完全には解くことができなかったといういわくつきの問題である。

このような問題には、他に数論における「リーマン予想」、「ゴールドバッハ予想」などがあるが、自分は「フェルマー予想」を研究しています、とか、xxx予想を研究しているなどと言えば、たいていは正気の沙汰とはみなされず、ちょっと狂ったアマチュア数学者か、常軌を逸した病的数学者の類いと考えられたのである。そしてこれはワイルズ博士が「フェルマー予想」を根本解決する日まで続いた。こんな中、ついに「フェルマー予想」が解決され、残るは「ポアンカレ予想」や「リーマン予想」となったわけである。

しかし、そうはいってもこういった大予想がだれにでも解けるはずがない。だから状況は実質的には以前と同様であった。多くの研究者はちまたで流行する「超ひも理論」や「組み紐理論」などの研究をして博士号を取ったり、どこかのアカデミック職を狙ったのである。

こんな中でペレルマン(Perelman)博士が登場する。この人は生っ粋のロシア人であるらしい。ロシアで博士になってすぐに一旦はアメリカでポスドク(博士研究員)として転々とする。この間すでに非常に著明な研究成果をあげて将来を嘱望された。しかし、すぐにロシアに戻ってしまった。そしていわゆる流行の最先端からは姿を消し過去の人になってしまったのである。友人知人の一部にしか消息不明となり、だれも彼が今何をしているのか分からないという状況になったという。

実はこんな中どうやらペレルマン博士は「ポアンカレ予想」のみに集中していたらしい。これは「フェルマー予想」だけに何年もの間、人知れず集中して研究していたイギリス人のワイルズ博士と非常に似ている。

そしてついにペレルマンはインターネットのロスアラモスのウェッブサーバーに自分の論文を掲載した。ただそれだけ。通常は論文というのはどこかの雑誌に公表しようとするが、ペレルマンは公開用のプレプリントサーバーに投稿しただけだったというのである。

しかし、このうわさは瞬く間に全世界の著明な数学者の間に広がり、この論文の中にある「ポアンカレ予想」の証明が正しいかいなかのチェックが始まった。そしておよそ2年のチェックを耐えて、今回この証明はほぼ正しいという結論に達したのだという。

この「ポアンカレ予想」は、クレイリサーチ社の2000年を記念したミレニアム問題の一つであり、100万ドルの懸賞金がついている問題であった。したがって、最終解決者であるペレルマン博士にこの賞金が行くのではないかといわれている。がしかし、当の本人はまったく金には無関心であり、多くのアメリカの同僚から『彼はきわめてロシア的だ』と言わしめているらしい。

さて、私も早速このペレルマンのオリジナル論文をダウンロードして読んでみた。がそのタイトルからして非常にユニークである。"The entropy formula for the Ricci flow and its geometric applications" (リッチフローに対するエントロピー公式とその幾何学的応用)という実に”控えめ”なタイトルの論文であった。また、記述も実に控えめで誠実な書き方がされているのである。

これは、”我れ先に”、”おれが一番”という論文の書き方とは全く違っていることに注意してほしい。世界のアカデミズムでは、100年来の問題の真の最初の解決の論文ですら、これほどまでに”謙虚”な記述がされるのである。これはワイルズ博士の場合にもまったく同様であったのである。

この論文のアイデア(もちろん細かい数学は私には現段階では理解できないが)は、非常に”物理的”であることに驚いたのである。だから、私にはむしろ非常に理解しやすかったのである。むしろ数学者には理解しにくかったのかも知れない。

基本アイデアはこうである。

「ポアンカレ予想」の主張は、3球面(これは4つの複素数x, y, z, wを使って|x|^2+|y|^2+|z|^2+|w|^2=1で表される)が3次元多様体の中で一番単純なものである、ということである。だから、もし任意の3次元多様体から出発してこれをどんどん変型していけば、結局はもっとも単純な3次元多様体である3球面に行き着くはずである、というアイデアである。これを最初に考え出したのはリチャード・ハミルトンという人であるらしい。

たとえば、2球面(円周)を考えてみよう。そして円周と同相のもっと複雑な図形があるとする。もしそれをゴムで作ったと考えれば、ゴムを放せばゴムの張力によってどんどん変型して一番安定な形、すなわち円形に戻る。これの3次元版を考えたと言うわけである。

この時のゴムの張力によってどんどん図形が変型して行く様を数学的には『リッチフロー』といい、これを表す方程式を『リッチフロー方程式』と呼ぶらしい。これは計量テンソルg_{ij}の時間微分が曲率Rに比例するという方程式(dg_{ij}/dt = -2R_{ij})である。簡単に言えば、曲がっているところほど変型が早い、ということである。ゴムの話で考えれば、なるほどそうである。

さて、ここで物理のアイデアに話は飛ぶ。イリヤ・プリゴジン博士の有名な本『存在から発展へ』(みすず書房)によれば、ある種の”フロー方程式”がある場合(これは例えば、ハミルトンフローやリュービルフローなど何でも良いが)、リャプノフ関数というものを定義できれば、そのフローの行き着く先が安定かどうか必ず判定できるという話がある。物理のリュービルフローの場合のリャプノフ関数が、いわゆるエントロピーと呼ばれるものである。

これが有名な『エントロピーは増大する』という言葉の数学的な意味であり、これを『熱力学の第二法則』と物理では呼んでいる。自然界のエントロピーはかならずどんな場合でも増大する。そしてこれが自然界の『不可逆過程』のルーツなのである、というのが我々物理学者の理解している世界観である。

そこで、同様に『リッチフロー方程式』の場合にも一種の『リャプノフ関数』が定義できるのではないか。それによってこの『リッチフロー方程式』の行き着く先が安定であることが示せるのだ、というのが、ペレルマン博士のアイデアのようである。

そこで博士は『リッチフロー方程式』に対する一種のエントロピー関数(リャプノフ関数)を定義したのである。つまり、これは図形の持つエントロピーである(もっともこの場合には、”複雑なものからもっとも単純なものに行き着く”ということのために、”負”のエントロピーである)。そしてこの流れは一種の『不可逆過程』であり、必ず最後にはもっとも安定な図形に行き着く。これこそ3球面である、というのが、どうやらペレルマン博士の証明の意味であるようである。そう、私は理解したのである。

いずれにせよ、この論文は非常に面白いので、隙な人は読んでみることを私は勧める。すぐに古典となるだろう。もうなっているかも知れないが。

論文を読んでみての印象はこのペレルマンも偉いが、どうやらハミルトンという人物も実にユニークそうであり、彼もまた偉い。これまでまったく異なる発想でこの問題が考えられてきただけに、なおさらそう思うのは私だけではあるまい。したがって、賞金をひとりじめにする気にはさらさらなれない、というペレルマンの気持ちもよく分かるというものである。ハミルトンと分配するのが良かろう。

最後に、数学者が『フェルマー予想』や『ポアンカレ予想』などの超難問に立ち向かってどんどん成果をあげている。これと比べて我々理論物理学者は”とろ過ぎる”。そろそろ物理学者の中にも『エルゴードの定理』(数学者の意味では、『エルゴード予想』であろうが)あたりに敢然とたちむかって、これを根本解決するような勇者がでてくる必要があるかもしれないネ。