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2006/12/05のBlog
5カ月の乳児、人間の顔認識 生理学研究所が発表 愛知

これは非常に興味深い。

最近急速に発展してきた脳研究の手法を使って”赤ちゃん”の脳を研究するという話題である。その結果、遅くても

「赤ちゃんは生後5-7カ月ですでに人間の顔を他の物と見分けて認識している」

ということが分かったというニュース。

先に復活させた3つの記事:

(1)「子育てでの父親の役割 」(2000年05月29日/2000年6月9日)
(2)「脳生理学を無視して基礎教育は語れない 」(1999年10月6日/2000年6月8日)
(3)「子育て研究 」2004/01/14(Wed)

は、最初の2つがそれぞれ約7年前、最後のものが2年程前に当時私が持っていた掲示板(Kazumoto's Scientifc BBSとkazumoto's chrono essays)に書いていたものである。

特にこの最初の(1)の中で私はこう書いていた。

”2)一般に市販されている育児本では,「子供の目は最初は開いていても見えない」とあります.しかし,私はそれは目(つまり眼球)は正常に動いていて反応していても,「子供の「脳」がまだ認識を生み出さない」ということだろうと考えて,私は子供が目を開いた段階(つまり出産直後)から積極的に模様や絵を見られるようにしました.一般に,出産病棟では新生児のベッドは真っ白な布で覆われていていて,まったく絵や色がありません.それで我が家では新生児の子供が首を振って周りを眺めている時に絵を見られるように本や色や絵柄の入ったタオルを置いたりして子供の脳を刺激しました.

そして寝返りをうったり,はいはいする度に子供が目を向けるところにさまざまな絵や模様や色彩を見られるように,たいしたものではないが,我が家でできる範囲で工夫しました.

子供が幾何学を認識できるように,私がもっとも「重要な絵」と信ずる「エッシャー」の本を我が家へ子供を病院から連れて帰った直後から2,3歳位になるまでほとんど毎日見せました.ですから,この本はよだれでいっぱいで,もうぼろぼろになってしまっています.

そして現在小学校1年と2年生ですが,2人とも驚く程観察眼がするどいです.

このように,「赤ちゃんの目は開いていても見えない」というのは嘘で,「見えるということを脳が学んでいる真っ最中」なのです.”

この最後の部分「このように,『赤ちゃんの目は開いていても見えない』というのは嘘で,『見えるということを脳が学んでいる真っ最中』なのです」が全く正しいことであった、ということが今回脳科学的に証明されたということになる。やはり、「私が言ったことが正しかった」ということである。

ところで、私は私自身の”予言”がどうして良く当たるのか、その本当の理由は良く理解できないが、実に良く当たる。まあ、よく観察して書いているからだろうと思うが、私の”直感”はめったに外れない。大変不思議である。今回のワールドカップイタリア優勝も見事に当たったことでもわかる(イタリア優勝!ローマ兵アズーリ世界を征服!)。かといって、totoやroto6が当たるかと言えば、こうしたものはまったく当たらない。このことからも、やはり私の脳で何がしかの正しい”分析”をして”予想”や”予言”を行なっているに違いない。

世の中には、こんな感じで、いつの時代にもその時代には「理由はまだ良く分からない」のだが、何がしかのことを正しく”予言”や”予想”をしてしまう人物がいる。

ユダヤ人の「胎教」などはその際たるものである。5000年も前には、胎教が始まり、20世紀後半になってその事実が証明されたからである。他にはノストラダムスがいる。この人物は病原体を正しく予想し、公衆衛生の概念を導いた。それは20世紀に細菌が発見される数百年前のことである。

こういう人物は、まさに「賢者」や「知恵者」というに相応しい。

科学や数学の中にもそういう類いの”異才”がいる。フェルマーなどはそういう人物であった。フェルマーが予想した数学の命題はことごとく証明された。最終予想は300年後にワイルズ博士によって証明された。

私は個人的には、証明もさることながら、こっちの「予想能力」、「予言能力」というものに非常に興味がある。科学では「演繹する能力」と呼んでも良いのかもしれない。(ちなみに、これは「予知能力」ではないことを注意しておく。というのは、「予知能力」は未来に”すでにある”ことを事前に察知することだが、「予想能力」、「予言能力」は未来に”まだない”ことを事前に察知することだからである。)

果たして人間に備わる「予言能力」や「演繹能力」はどこから生まれるのか?

どうして私は「このように,『赤ちゃんの目は開いていても見えない』というのは嘘で,『見えるということを脳が学んでいる真っ最中』なのです」と把握できたのだろうか?

思えば、実に不思議である。しかし、私には、”それは当然に思えた”、のである。
[ 10:04 ] [ 教育 ]
昨今は国立研究所が独立行政法人になり、そして日本の大学でも独立行政法人化の成果が出てきたのか?それほどたいした研究でなくてもマスコミにニュース提供するという、大学の「広報活動」が活発化してきたようである。この風潮自体は、大学の研究者が社会と積極的に接点を持とうとするという意味で良い風潮であると言えるだろう。

今日の読売新聞に出ていた以下の研究もそういったものの1つであるように見える。
乱れた睡眠、幼児の脳発達に悪影響?5歳児調査

これは、以前
【79】 モーツアルトの音楽は知能を発達させる? 2003/11/26(Wed) 10:25」
でちょっと紹介した話の下となった研究者グループの続報である。十分な睡眠を取り規則正しい生活している家庭の子供たち程、精神的に「普通に育つ」ということを統計的に裏付けたというお話である。

しかし、私はおよそ4年ほど前に
子育てでの父親の役割
というエッセイで、赤ちゃん研究の大切さとわが子の観察についていくつかまとめていたのである。

また、赤ん坊の睡眠周期の問題についても約2年前に以下のエッセイでまとめておいたのである。
#1383 赤ちゃん研究始まる 2002/04/09 17:18」
#1390 赤ん坊の睡眠周囲がだいたい24時間の分数 2002/04/10 16:00」

さらに、赤ん坊や幼児の次の段階に来る教育やしつけの問題についてもおよそ5年前の以下のエッセイでまとめておいた。
脳生理学を無視して基礎教育は語れない
子供とのコミュニケーションの重要性
母性と父性の問題

これらのエッセイは一貫して読むと、1つの流れがつかめるので、育児における参考になることだろう。

いずれにせよ、大学の研究者が実社会の「現実から学ぶ」というのは非常に素晴らしいことである。こういった実地研究と比べると、日本国内では一見大学における象牙の塔に隠ったアカデミックな研究(文献研究)の方がたいしたことのように見えるかも知れないが、あるいは大学の研究者にはそう考えられているのかも知れないが、それは間違いである。学問は最後には現実への応用がなされて初めて完成するものなのである。現実は理論通りに簡単にすむわけではない(つまり、簡単に実現するわけではない)。いろんな実際上の困難をクリアして行かなくてはならないからである。理論というダイヤモンドの原石は現実という砥石によって見事に磨かれより一層美しい輝きを増すものなのである。だから、理論段階で留まっているものは、まだ原石に過ぎず、必ず現実への応用が考えられるべきなのである。物理学しかり、心理学しかり、教育学しかり。大学の研究者はどんどん地に下りて現実と向き合って欲しいものである。

2004/01/14(Wed)
ある方の言葉を借りると,

『基礎学力をA、それ以外の自発的、自主的に学ぶ力をBとすると、どちらを重視するかの合意が形成されていない。文部省はBを育てたい。。。。基礎学力と自由な学習とのバランス。しかし子供のエンジンが掛かりさえすれば、学年相当の学力レベルをはるかに越えた成果を発揮し、基礎学力に関する問題は克服できる。』

ということですが,私はこの手の議論には大きな見落としがあると思います.

1)数学では,かつて故小平邦彦氏(フィルズ賞受賞)が言っていたことですが,図形認識には学生の「年齢」が関係あり,「ある年齢を超えると極めて教育効果が落ちる」のではないか,ということです.ですから,彼は「幾何学を今まで以上にもっと低学年できちんと学ばせるべきだ」と主張しました.

2)実はこのこととまったく同じことが,スポーツにもあります.私がずっと専門にしてきたサッカーでも,ボールコントロールやボディバランスなどのサッカーの基礎技術の修得には年齢のハードルがあり,12歳以上で基礎技術の向上は極めて難しくなります.ですから,欧米や南米のサッカースクールでは,まず低学年でこうした基礎技術を徹底的に鍛えます.そして高学年になるにつれて,より高度な戦術観の修得,基礎体力やスピードの鍛練などを行うようなシステムができています.(今J-リーグはこのやり方に変えてきました.その効果が徐々に出てきています.)12歳以降にサッカーを始めても世界のプロレベルに達するのは極めて困難です.もちろん趣味のレベルには達せられますが.

これは,基本的には,どのスポーツでも常識になっていることです.

3)同様なことは,外国語修得についても言えます.例えば,英語のシラブルの判別能力は,やはり12歳くらいが境になっているようです.それ以降にいくら努力しても英語の音声認識は,それ以前に訓練を受けた人とは異なり,事実上不可能なくらい困難なことになります.英語圏で育ったバイリンガルな帰国子女達と我々の英語は歴然とした違いがあります.

ではどうしてこのようなハードルがあるのでしょうか?

4)私は,これは基本的には,「脳」の生理から来ていると考えています.つまり,「1個人それぞれの脳には共通の発達の仕方がある」ということではないでしょうか?(もちろん,個人差は極めて大きいでしょうが.)そして,「基礎技術修得には,ちょうど小学校高学年頃を境に極めて修得しにくくなる時期がある」ということではないかと私は考えています.

つまり,あらゆる分野の「基礎教育」において「脳生理学の知識」を無視して考えることは許されないということではないでしょうか?ですから,私は次のようにすべきであると考えています:

「12歳くらいまでは,あんまり大人の考えにしたがって,大人めいたこと(大人でも難しいこと)ができることを期待するのではなく,むしろ大人になって「技術的に」実際の役に立つことを教えること,訓練すること.」

その方の言葉にある,B「自主的に何かを学ぶ」というのは,サッカーで言えば「高度な戦術レベル」の話ですから,これらは中学生以降で十分であるということです.小学生には,A「基礎学力」(これは,読み書きそろばんや習字や英語やお稽古ごとのような具体的技能力の向上を目ざすもの)であるべきです.

この意味で,江戸時代の「寺子屋」制度は実に適切であったと私は考えています.そして実際,この予備力,基礎学力のおかげで文盲が減り,明治維新が成り立ち,その後の日本の近代化に役立ったのはだれの目にも明白な歴史的事実です.

5)以上の観点から,もし私がこの国の独裁者で,この国を完全に支配しようと目論むなら,次のようにするでしょう.

「国民に12歳以下で教育を受ける権利を奪い,ハイティーンまで国民を農作業などの肉体労働だけさせる.」

そうすれば,その後いくら国民が頑張っても,文字も読めず,基礎能力もつかず,極めて支配しやすい国民を作り出すことができるでしょう.

この意味で,文部省の言っていることは上の独裁者のやりそうなこととたいへん似ています.文部省は事実上この路線に方向転換したということのようですね.まったく,恐ろしい気がします.

6)補足として,徳島のある小学校長さんの話ですが,いわゆる「不良」や「つっぱり」になる学生の多くは,この小学校時期に学校の勉強が,家庭の不和などの様々な理由でおろそかになり,いずれついて行けなくなったことが原因のようです.その原因を取り除いてあげる(つまり勉強がある程度分かるようになる)と,あんまりつっぱらなくなるのだそうです.

しかし,これも12歳過ぎては効果がなくなってくる(つまり,脳は適応性や柔軟性を失ってくる)わけですから,事はたいへん重大です.

7)結論として,私は次のように主張したい:

「脳生理学を無視して基礎教育は語れない.」

文部省の皆さん,ぜひ脳生理学をもっと勉強して,教育行政に役立てて下さい.理研には脳科学研究所という素晴らしい研究機関があるのですから,それは科学技術庁の管轄だとか,わけの分からないこと言わないで,積極的に利用していただきたいと私は心から願っています.

(1999年9月30日)

補足

「教育と脳」の問題は,現実は私が言葉で言う程単純ではないということでしょう.脳というハードの面の問題と行動としてのソフトの面の問題は,あまりに複雑で今なお研究され続けている問題です.そして,現実にも(遺伝的要因や環境的要因などにより)余りにも「個人差」が大きい問題です.ですから,一つの解答と言えるものはないでしょう.

恐らく,我々にとっての大きな問題は,「どこかの段階でその不十分な脳生理と行動様式の知識を基にして,その多種多様な需要に対してさえも,一つの現実的な教育カリキュラムやシステムを作らなくてはならない」というところにあるのでしょう.これはかなり苦しい選択です.

私が指摘したかったことは,そうは言っても,あくまで「経験的」なレベルで(ここでは,いろんな人間がかつていろんなことを経験した中でこうだろうと共通して考えていることという程度の意味),「脳生理からくる学生の年齢によるハードルが存在しているのではないか」ということです.これは現時点で科学的にこうだと証明されても否定されてもいないことであると思います.

こうした例のもっとも典型的例は,いわゆる「胎教」というものだろうと思います.これはユダヤ人は数千年前から伝統的に社会流儀として伝承してきたものらしいですが,その効果が科学的に証明されたのは比較的最近です.そして今は日本のどの育児書にも載っています.そしてこの効果は胎児にとって極めて重要です.

私の言う,「12歳のハードル」も我々スポーツの世界ではずっと以前から我々が「経験的」に知っていることの一つです.そしてそれは歴然としています.恐らく音楽の分野ではもっと以前から知られていたでしょう.例えば,「絶対音感」などにからんで.

私は「こうしたハードルが科学にもあるか」どうかについては明確な答えを持ちません.しかし,仮に科学分野へ将来入る学生にとっていい「基礎教育」のようなもの(これが何かとはすぐには分かりませんし,論理的なもの,幾何学的なもの,量的なもの,あるいはそうしたことのすべてかも知れませんが)は何か存在すると思います.そしてそれがあるとすれば,恐らく12歳くらいまでが勝負だろうと私は予想しています.

私の個人的印象では,この典型が度々私が取り上げた,故R.ファインマン博士の父親のやったことだろうと思っています.(我々理論物理学の分野ではファインマン博士は世紀の天才と考えられています.)ファインマン博士は彼の多くの自伝本で述べていますが,彼の父は彼が幼少の頃からずっと一つの一貫した考えをもっていて,極めてユニークな(ちょっとまねできない)教育をしてきました.そのトレーニングが自分を作ったとはっきり述べています.興味のある方はぜひ彼の本をお読みください.(たとえば,「御冗談でしょう,ファインマンさん」,「ファインマンさんは超天才」,(岩波)など.)

すべての人間が超一流のプロになる必要はないのでそれに従う必要はないでしょうが,オリックスのイチロウ選手のかげには彼にユニークな教育を続けたチチロウがいます.モーツアルトにも父の存在が大きく影響しています.これはほとんどすべての分野で言えることでしょう.

私はこの「『父親』の役割」を果たすような「教育プログラム」があればたいへんすばらしいと思います.まあ私が言いたかったのは,こんなイメージです.

(1999年10月6日/2000年6月8日)
[ 09:53 ] [ 昔のエッセイ ]
私自身は現在「自宅で仕事しているため」,おそらく日本で一番自分の子供と接する時間の長い父親の一人でしょう.また,個人的に自分の脳も含めて「人間の脳の発達」に強い興味を持っているため,自分の子供の誕生前から子供達をずっと観察してきた父親の一人でもあるでしょう.(この辺のことは,我が家の家族のHPにも書いてあります.)その経験で私が特に印象に残っていることを以下に書いてみたいと思います.

1)私は自分の子供に「胎児時代に聞いた音楽を出産後覚えているか?」という実験を私の2人の息子にそれぞれ行い,それが正しいと確認しました.胎児時代,両方の子供にモーツアルトの音楽を聞かせました.そうすると,ある音楽で「活発に動き」,別の静かな音楽では「眠りに落ち」静かになりました.出産後,同じようにいつもの音楽を聞かせると,まったく胎児時代と同じ反応をしました.さらに,別のベートーベンの音楽などを聞かせると,0歳児の段階から「指揮棒を振る」ような手の動きをしながら聞いていました.

このように,「子供は本当に音や音楽に良く反応」します.

2)一般に市販されている育児本では,「子供の目は最初は開いていても見えない」とあります.しかし,私はそれは目(つまり眼球)は正常に動いていて反応していても,「子供の「脳」がまだ認識を生み出さない」ということだろうと考えて,私は子供が目を開いた段階(つまり出産直後)から積極的に模様や絵を見られるようにしました.一般に,出産病棟では新生児のベッドは真っ白な布で覆われていていて,まったく絵や色がありません.それで我が家では新生児の子供が首を振って周りを眺めている時に絵を見られるように本や色や絵柄の入ったタオルを置いたりして子供の脳を刺激しました.

そして寝返りをうったり,はいはいする度に子供が目を向けるところにさまざまな絵や模様や色彩を見られるように,たいしたものではないが,我が家でできる範囲で工夫しました.

子供が幾何学を認識できるように,私がもっとも「重要な絵」と信ずる「エッシャ」の本を我が家へ子供を病院から連れて帰った直後から2,3歳位になるまでほとんど毎日見せました.ですから,この本はよだれでいっぱいで,もうぼろぼろになってしまっています.

そして現在小学校1年と2年生ですが,2人とも驚く程観察眼がするどいです.

このように,「赤ちゃんの目は開いていても見えない」というのは嘘で,「見えるということを脳が学んでいる真っ最中」なのです.

3)一般に「赤ちゃんはすぐには言葉が理解できない」と育児書にあります.しかし,これは誤りだと私は考えています.我が家ではベビーカーに乗せて外を歩いて行く時に,子供が何かを指して(あるいは手を出して)「アー,アー,ウー,ウー」言っているときには,その方向に何があるか見て,それの名前を我々大人の言葉(赤ちゃん言葉ではなく)で,「あれは空だよ」,「青いね」というように,どんどん話すようにしました.ある時,私の妻は近所の主婦から「言葉の分らない赤ちゃんに話してどうするの?」と聞かれたそうです.我が家の子供達は,1歳になるまでに3文字言葉をしゃべりました。私の最初の子供が一番初めに我々夫婦が聞き取れるようになった言葉が,「パパ,プープーやーねー」だから恐れ入りました.私がふとんの中でいつもおならするのでいっしょに寝ていた子供がそう言ったのです.そして確かにそれ以前にもこの言葉と非常に似た響きの言葉をしゃべっていたので,その頃から実はこの子はそう思っていたのだなということが分りました.

このように,「子供は本当に音や言葉に良く反応」します.現在,この2人は,普通の大人よりずっと「理屈っぽい」子供になりました.

4)一般に市販されている育児本では,「子供の絶壁頭のような歪んだ頭は大人になれば直る」と書いてあります.しかし,私はそれは全くの嘘だと考えていたので,出産直後から,子供の頭の位置を左右に良く動かしたり(子供の頭蓋骨の大穿孔,小穿孔が塞がるまでは,頭蓋骨は歪みやすいと予想できるので),「仰向け寝」や「うつ伏せ寝」に頻繁に子供の体位を変えるように妻に話して看護婦さんにも協力してもらいました.その結果,2人とも非常に理想的な頭蓋骨の形態になりました.この時期は出産後の数日から1週間程度の限られた時間です.

一方,この時期を過ぎるとなかなか大きく歪んだ頭蓋骨を矯正することは難しいようです.下手にこだわると頭蓋骨がぼこぼこの「ポテイトヘッド(じゃがいも頭)」になってしまいます.大人になれば直るようにみえるのは,「髪の毛は生えて目立たないようにできる」という程度の意味でしょう.

そして,なぜここまで頭蓋骨の形に私がこだわったかというと,頭蓋骨のプレートを結び付けている部分は,まだ完全には結合せず,子供時代はずっとそこが成長を続けるので,丸い頭蓋骨ほどこの結合部が自然で緩やかであるため,頭蓋骨全体の成長に適しているだろうと考えられるからです.丸い風船に空気を入れて大きくするようすといっしょです.中身の脳はどんどん大きくなる訳です.その中身を包んでいる頭蓋骨は四角よりは丸い方がミスマッチがなく,脳の成長に良いはずです.実際,大人と比べてもわが子は頭がかなり大きく育ってきました.

5)そして,現在,わが子は「いかにテレビとつき合うか」を学ぶ段階に入りました.そこで,前回書いたように,我が家ではテレビやテレビゲームにいかに接するか私がしつけている段階です.

子供は「恐怖映像」や「恐い番組」を見ると,少なくともその晩は夜中に恐い夢を見て騒ぐことがあります.このことからも,子供の脳にとってあまり良くないことは明白です.事実,我々大人でも,余りに長時間アダルトビデオやホラ映画ばかり見ると,その映像が現実と重なり,かなり影響が出ます.偏った映像の見過ぎのために,まともな生活が出来なくなることがあります.ですから,子供の場合は押して知るべしでしょう.

問題は,レンタルビデオなどで,子供ビデオの近くにホラー映画のビデオがあったり,エロビデオのコーナーがあったりで,我々親がひやひやすることがかなりあります.

そこで提案ですが,

「ビデオ屋さん(や本屋さん)は,ビデオ(や本)のカテゴリーごとに部屋を分けるようにして下さい」
「エッチ本やビデオは,子供の本やビデオとは別の階か別の部屋にして欲しい」

と思います.そして,「自治体はこの条件をクリアーできない本屋さんやビデオ屋さんには営業許可がおりない」ようにしてください.

6)「環境ホルモン」や「シックハウス症候群」など化学物質の問題は,より深刻です.これらがすぐには「目に見えない」ことも難しい原因でしょう.しかし,これは個人だけではやりようがないので,「政治的な行動」を起こすこと以外には困難なのではないでしょうか?もちろん,個々の家庭や個人が率先して注意しなくてはならないのは,当然のことですが.

おそらく,この問題のため,化学物質が脳へ直接影響し(脳構造異常),「性不一致症候群」などをひき起こしているのかも知れません.あるいは,「アトピ性皮膚炎」などのアレルギー症状(免疫異常)を引き起こすのでしょうし,ダウン症のような障害(遺伝子異常)をひき起こすのでしょう.特に,「第1子に異常が多い」という傾向は,「母体に蓄積したダイオキシンなどの化学物質が,妊娠で子供に分配される」ということを物語っているのかも知れません.

7)立花隆氏の「脳を鍛える」にありましたが,脳の成長で最後に鍛えられる部分は,人間の脳の前頭葉,頂頭葉,後頭葉,側頭葉の4つの部分の境界にあたる3つの部分だそうです.この部分の成長(つまり構築)がちょうど思春期から成人期に来るのだそうです.これが事実であるとすれば,「この時期にあまりに偏った映像や本や考えに捕らわれることは良くない」ということになります.そして,この時期に「旅」をしたり,「スポーツ」をしたり,「キャンプ」をしたり,「本」を読んだり,さまざまなことを行った青少年の方が,本の虫や一つの事に(頭の中だけで)こだわる「オタクっぽい」,「マニア的」青少年たちと比べて,より活発でさわやかな青少年になるように見えるという我々の経験ともマッチしているように思います.

さて,皆さんはどうお考えでしょうか?
(2000年05月29日/2000年6月9日)
2006/12/04のBlog
[ 10:25 ] [ ジョーク ]
笑いは百薬之長。せちがらい世の中には笑いが必要。以下はジョーク。笑い飛ばすことが肝心。

【カッコイイ】
日本語でいうところの”カッコイイ(格好良い)”という誉め言葉の意味にあたるものもお国柄が出る。

イギリス人は「彼はジェントルマン」と言う。
アメリカ人は「彼はクールガイ」と言う。
ドイツ人は「彼はマイスター」と言う。
フランス人は「彼はシュール」と言う。
イタリア人は「彼はファンタジスタ」と言う。
ロシア人は「彼はペレルマン」と言う。

【好きなジョーク】
世界各国でどんなジョークが好まれるかというと、

イギリスでは王室ジョーク。なぜならイギリス人は王室が大嫌い。
アメリカではブッシュジョーク。なぜならアメリカ人の半数はブッシュ大統領が大嫌い。
ドイツではアメリカ人ジョーク。なぜならドイツ人はアメリカが大嫌い。
フランスでは英米人ジョーク。なぜならフランス人はアングロサクソン料理が大嫌い。
イタリアではフランス人ジョーク。なぜならイタリア人はフランス製品が大嫌い。
ロシアではペレルマンジョーク。なぜならプーチンジョークをいうと殺される。
そして日本では日本人ジョーク。なぜなら日本人は日本が大嫌い。

【死者の弔い】
死者とのお別れの仕方、頭の切り替えも国によって異なりお国柄が出る。
その違いは何処からくるのか、教師とビジネスマンが議論していた。
 教師が言った。
「日本の葬式はお坊さんがえんえんとお経を読む。しかしキリスト教の牧師は短いお別れの言葉を言うだけだ」
 ビジネスマンはこう付け加えた。
「日本人は死者とお別れするのに49日かかる。49日間毎日せっせと死者に御霊供(おりょうぐ)膳や好きだったものを捧げて供養する。49日が終われば、法事、1回忌、7回忌とえんえんと続く」
「しかし、クリスチャンの西洋人は、棺に全部好きなものを入れて納めて1日で死者とお別れする。いったいこの違いはどこから来るのかね?」
 ビジネスマンは聞いた。
「それは、日本の冠婚葬祭がビッグビジネスになっているからさ。葬式代も高いし、日本では生まれてから死ぬまで全部お坊さんの世話になるようにできている。お布施も取るしね」
 教師が答えた。
「いやそれは違うね。教会も冠婚葬祭のめんどうはみる。クリスチャンは毎週教会に集うし、普段から給料の15%くらい寄付を取るから、葬式代が安いのだよ」
 ビジネスマンは言った。
「なるほど、信心深くないほど葬式代が高いというわけか」
 教師は答えた。
「信心深くない日本人にお坊さんがえんえんとお経を読んで説教しているわけさ。葬儀代が高いのも、一種のレッスン料のようなものだ」
 通りがかりにそのやり取りを聞いていたユダヤ人のラビが言った。
「クリスチャンは牧師にお金を支払い、仏教徒はお坊さんにお金を支払うようだが、我々ユダヤ人は直接天の神様に向かってお金を支払うのだよ。神様は御入り用なお金を自分で取って戻してくれるのだ」

【世界のリーダーの違い】
21世紀に入った世界では、こんなジョークが囁かれているという。

イギリスのリーダーは、反対するものを反王室的だと言う。
フランスのリーダーは、反対するものをブルジョアと呼ぶ。
ドイツのリーダーは、反対するものをナチズムと呼ぶ。
イタリアのリーダーは、反対するものを反法皇的だと言う。
アメリカのリーダーは、反対するものを爆撃する。
ロシアのリーダーは、反対するものを暗殺毒殺する。
カナダとベネズエラのリーダーは、反対するものをアメリカ的だと言う。
日本のリーダーは、反対するものを自殺に追い込む。

その他にも

イラクのリーダーは、反対するものを自爆攻撃する。
北朝鮮のリーダーは、反対するものを拉致し強制収容所に入れる。
中国のリーダーは、反対するものを公開処刑する。
アフガニスタンのリーダーは、反対するものを銃殺する。
事故死の子供の写真HP掲載、遺族6組が教師告訴へ

このニュースは、都内の小学校教師が、”本業”そっちのけで、事故被害者の子供らの写真や誹謗中傷をずっと行なって来たという実に”グロテスクな”話である。この教師はどこか精神を病んでいるのだろう。

しばらく前に「遺伝子数の個人差:”いじめ”は遺伝性の問題? 」に

”「”いじめ”問題」で何より一番困ったことは、”いじめ遺伝子”や”チクリン遺伝子”を持つ人々がすでに日本のほとんどすべての大学や高校など学校の先生になっていることである。それゆえ、この問題を処理する能力が最初からまったくないということである。”

”つまり、いじめ問題を処理すべき体制側にすでにいじめ形質やチクリン遺伝子を所有する人々がついていること、すなわち大学教授や小中高の学校の先生や評論家やマスコミなどの”インテリ”の中の数十%がこの”いじめ遺伝子”や”チクリン遺伝子”を持っている。それゆえ、例え学校の中でだれかが虐められて自殺しても、その学校のほとんどの先生たちにとって、それはどこかのだれかの子供の話であるに過ぎず、所詮は「他人事」なのである。だから、いつも”ピンぼけ”で”おとぼけ”な答弁でお茶を濁すような校長先生が出てくるのである。いつもそのばしのぎの言葉や答弁や対応しかできず、あとは事が過ぎ去るのを待つという態度に終止するだろう。”

”事実、「2ちゃんねる」などの匿名掲示板に頻繁に誹謗中傷を書き込んでいるのも、大学教職員であったり、高等教育を受けた大学生などのインテリである。大学や教職にこれから就こうとしている人物達が、同時に裏で匿名で陰湿な書き込みを行なっているのである。私は日本で最初にインターネットが流通した頃からずっと観察してきているが、こうした傾向はこの10年全く変わっていない。むしろひどくなっている。”

などと書いていたが、これが、まったくの”事実”だということが分かっただろう。

また、もっとずっと以前に
遮断ソフトは大学・研究所・官公庁にこそ必要
”ウィニー”
”2ちゃんねる”敗訴:オタク時代の終焉?
などを書いていた。

さらにもっと前には、以下のものを書いていた。
インターネットの大衆化とネット規制
そろそろネットや携帯も免許制度にしたら?
"blog"時代に入って変わったことは?

こういったエッセイで私が紹介してきたこともまた事実であったことが分かっただろう。

まあ、簡単に言えば、「”チクリン遺伝子”を持った日本人にはインターネットや携帯電話は合っていない」ということである。「技術の進歩」と「遺伝的進化」を比較した場合、技術の進歩に遺伝子の進歩はまったく追い付いていないのである。それゆえ、新しい技術が生まれる度に新たなる問題という形で事件が起こるということをくり返すわけである。(私がこういった意見をここに書くと決まって「2ちゃんねる」に中傷する人物が出るのがこれを証明しているから、実に面白い。こういったことを行なっているのも大学関係者である。)

こういう場合には、やはり当面は”自由”よりは”規制”、まあ”規制”といっても”免許制度”だが、こういったものが必要であろう。

ずっと私が主張してきたように、インターネットも高速道路とまったく同じわけである。人が高速道路を走るか、個人情報がケーブルを走るだけの違いである。だから、「インターネットや携帯電話も免許制度にして個人とIP、個人情報と利用機器施設の一致を見るようにしておくこと」も一案である。私はこれを勧めてきた。要するに自動車免許と同じような制度にするのである。ある年令までこないとインターネットや携帯電話が使えなかったとしても、特に問題が生じることはないからである。

また、これも以前書いたことだが、もはやブログ時代に入り、昔の匿名掲示板時代は去りつつあるわけだから、匿名掲示板の事件性を考慮すれば、こういった匿名掲示板ビジネスの個人運営は”禁止”の時代に入っても良いだろう。もはやここまでインターネットが進んだわけだから、社会をインターネットの時代に適用するための”話題作り”のために”野放し”にしてきた「匿名巨大掲示板」の類いはもはやその役割を終えたのである。もはや”百害あって一利なし”の時代となってきた。実際、こういった掲示板行為はすでにこ個人ブログで十分に対応できるからである。

さらに、こういった不特定多数を対象にした「匿名巨大掲示板」の維持のためのスポンサーは、一説によれば、北朝鮮工作員であったり、やくざであったり、風俗経営者であったり、いわゆるアングロマネーである。要するに、非合法組織が日本社会を混乱に陥らせるために行なっているのである。それゆえ、こういった「匿名巨大掲示板」の経営者は、日本人のだれが迷惑を被ろうが何ら良心の呵責がない。

早急に禁止や廃止に向けた政治的処置が必要である。

また別の問題として、ブログ時代になって、パソコンやネットなどいわゆるハイテクに目がないのが、学校関係者である。特に、小中高大学大学院と上に行く程暇になる(忙しくなくなる)ため、一番熱心に毎日ブログをつけているのが、大学関係者である。

匿名であること、あるいは実名であっても、自分達は自己紹介、ないしは大学活動の紹介がてらにいろいろ自分のやっていることを書き込む人が多い。しかし、どんな職業にも「秘守義務」というものがあり、何でも公開すればいいというものではない。自分の研究内容をそのまま書き込んだり、日程や予定を書き込んだりしている大学関係者が多く見られるが、そういったことは大学のしかるべき係りが行なえばいいわけだろうし、研究は特許・優先権などにも繋がるわけだから、簡単に書き込むのはどうかと私は考える。(こういった理由から私は私自身が直接行なっている研究に関しては書かないようにしている。)

まあ、正直、良い大人が毎日自分は何食った、何した、何を研究したなどとかいている人物の”精神構造”は私は理解できない。まるで小学生並みである。ましてや、学校の教職員であればなおさらである。啓蒙活動や研究紹介は、きちんとした公の場を通じて行なえば良いわけだし、それをする場は大学関係者には無数に用意されているはずだからである。

とまあ、この陰湿な事件に刺激されていくつか書いてきたが、時代はどんどん進む。だから、しかるべき組織もそれに応じてどんどんreform(改革)されてしかるべきだろう。
2006/12/03のBlog
[ 19:41 ] [ サッカーJリーグ ]
ブッフバルト監督の浦和レッズ、とうとう初優勝。やはりワールドカップ優勝経験者、プロ魂を見事に浦和レッズに浸透させたようである。

セ大阪の塚田監督が辞任 J2降格で引責

一方、私が現役の頃のライバルで韮崎高校全国大会初優勝時の主将だった塚田雄二監督(48)がJ2降格の責任を取り辞任。

ヴァンフォーレ甲府、ガンバ大阪、そしてセレッソ大阪と監督経験したが、その都度結果を出せなかったようだ。サッカーは奥が深い。もっと勉強が必要ということだろう。
2006/12/02のBlog
生命の起源?隕石から発見 原始太陽系の有機物
地球生命の源、隕石から? 原始太陽系の有機物発見

NASAの研究者中村圭子博士のグループが、カナダ北西部に落ちた隕石から46億年前の原始太陽系内で形成されたと考えられる”有機物”を発見したという極めて面白いニュース。

私は今後10年で「生命の起原」、「生命とは何か」、「死んだ物質と生きた物質の境は何か」という問題を研究していくことにして、現在あらゆることを模索している段階である。それゆえ、こういう話題には目がない。実に面白い。

「生命の起原」に関して、当然ながらおおまかに2種類の考え方がある。

1つは、地球生命の素は、”地球上で生成された”とするもの。もう1つは、地球生命の素は、”宇宙から飛来した”とするものである。後者は、これまでの地球人の常識に反するので、特に特別の言葉をつけられて「パンスペルミア(panspermia)説(地球外生命飛来説)」と呼ばれる。

最近、県立図書館に行った時、「日経サイエンス(Scientific American)」の今年の号の中の興味深い記事を全部コピーしたのだが、その中に「地球外生命飛来説を検証する」(2006年2月号30ページ)という記事があった。今回のこのニュースは、この記事を読んで考えると非常に理解が深まるだろう。

さて、「生命とは何か」、「生命の起原」を知るためにもっとも直接的方法は、死んだ物質から生きた生命体をつくり出すことである。これを衆目の前で実現して見せられれば、文句無しのノーベル賞である。(パソコンの仕組みを”本当に”理解しようとすれば、自分でパソコンを組み立てられれば本当に理解したことになる。これと同じである。)

しかし、これが簡単にできない。だから研究者は悩む。

ある者は、しかたないからコンピュータ内で人工的に生命現象を再現しようとする(これが人工生命の研究)。ある者は、いきなり細胞は作れないから、タンパク質やRNAやDNAで自己複製を再現しようとする。ある者は、それも難しいから、生きた細胞をいったんすり潰して殺し、そのパーツを拾い集めて再び細胞に変わるか再現しようとする。こういったことも非常に難しいから、ある者は、少なくとも生命のパーツそのものが、原始地球の大気状態から生成できるのか再現しようとする。

こんなふうな研究が現在も世界の幾多の研究所や研究室で行なわれている。しかしながら、こういった問題の背後で大きく立ちはだかる別の問題がある。

例えば、地球上の生命のパーツはタンパク質やRNAやDNAなどを中心にできているが、これらの高分子には特有のねじれ構造がある。タンパク質は、アミノ酸でできているが、そのアミノ酸には右左の鏡像の2種類のものがある。核酸でもリボ核酸でも同様である。科学的にアミノ酸を作ればかならず左右同等の確率で生じる。しかし地球上の生命にはその片一方しか使われていない。これが、「パスツールのパラドックス」と呼ばれるものである。

どうして地球上の生命は一方のみを使うのか。

この答えとして、一見突飛な考えとして生まれたのが、「パンスペルミア説(地球外生命飛来説)」であった。

左右の違いは、それぞれの分子の安定性の差に繋がる。それゆえ、地球に来るまで天文学的な長時間が過ぎれば、いつもどちらかの分子だけが生き残るはずである。それゆえ、生命の起原の素となるパーツ分子は地球外からやってきた。

こういう考えである。今回の大発見はこのアイデアを支持する。

もちろん、生命がどこでできようが生命が誕生する原理はいっしょのはずである。だから、地球上で誕生できなければ、宇宙で誕生できるはずもない、という別の有力な反論もある。

さて、昨日、オカルトやムー的話題の”オーパーツ”の話をしたが、そのついでに書いておくと、実は隕石にも”オーパーツ”がある。

今回は世界でもっとも権威あるアメリカのNASAが発表したもので、世界中のニュースとなった。このニュースの中で無視してはいけないのは、タンパク質の組成が宇宙飛来を支持したというばかりでなく、

「球形で中が空洞の有機物を26個見つけ出した」

という事実である。

実は、「ムー」に出ていた記事だが、世界各地で「隕石の後に血の雨が降る」という現象が見つかっている。これは、インドで隕石が流れ星のようになって降り注いだ後、突然天から血の雨が降ったという驚くべき現象のことである。これが、調べて見ると、かなり昔からあり、世界各地で記録されていたというのである。最近、この現象がインド近郊で起こったので、イギリスの研究者が、その血の成分を調べたところ、中には生物の赤血球ではなく、「血の色の素は、中空の有機物であった」、という記事であった。

このことから、今回のNASAの発表以前にも世界各地にこういった地球外から飛来する隕石によってもたらされた有機物はたくさんあるかも知れないということになる。

このことからも、有機物は地球上で誕生したのではなく、宇宙のどこかで太陽系が出来上がる時に誕生したのだという説にも一理ある。

さらに、白川英樹博士がノーベル化学賞を受賞した「ポリアセチレン合成」の研究を知れば分かるが、ポリアセチレンは空気内ではできない。かなりの”真空状態”を作らないとポリアセチレンは生成できない。さらには、材料物質と触媒が”どろどろの粘土”のような状態にならないと、長い高分子はできない。

この”白川ポリアセチレン”研究が生命起原研究に利用されたという話は私はまだ知らないので、高分子合成研究の知識が使われているとは思えない。

しかし、こういったすべてを一貫的に理解しようとすれば、生命の素となる物質、それを高分子に反応させる触媒の存在、そして真空状態の必要性などを考えると、地球上で誕生したのであれば、まだ大気の存在していないかなり初期から、あるいは大気の存在しない宇宙で、生命の素は誕生したというシナリオができそうである。

もちろん、もっとオカルト的に、「地球生命は、地球外の宇宙人が作った」という説、あるいは「宇宙人が地球に向けて生命を打ち込んだ」という説、あるいは「別の惑星や別の星から移住した」という説などもある。

果たして今後もっと研究が進めば、いつかこの問題の決着がつく日が来るかも知れない。
2006/12/01のBlog
世界最古の計算機か ギリシャ、月食も予測

オカルト好き、ムー好きなら「アンティキティラの歯車」として常識であるオーパーツが、「世界最古の青銅製の精密な計算機である」ということが確認されたというニュース。

これは、ギリシャ南部アンティキチラ島沖で1901年に沈没船から発見された遺物。俗に高度文明アトランティス文明の遺産ではないかと想像されてきたものである。先史文明の高度な科学技術を物語る証拠であると多くの先史文明研究者の間では有力な証拠とされてきたものである。

しかし、これまでいわゆる現代の普通の科学者たちは”まゆつばもの”とオーパーツの称号とともに無視してきたものである。要するに、精巧な歯車に見えるのも、何かの間違い。何かの拍子に偶然歯車に見えるものができたに過ぎない、というように反論してきたわけである。

今回、これが否定された。X線で内部構造を透視し、内部にあるさまざまなパーツを複製し、見事に新品として”蘇らせる”ことに成功したからである。


さて、有名なオーパーツには以下のものがある。

(1)ルバアントゥン(ベリーズ)やアステカの遺跡で発見されたとされる水晶髑髏
水晶髑髏そのものは複数存在するがその中で最も精巧に作られたもので、宗教的用途のために制作されたと言われる。数世代(100年以上)かけて水晶を磨き上げれば、当時の技術でも製作は可能とされる。十数個体のうちのひとつは、1944年にオークションで買われたものであることが判明しており、19世紀後半にドイツで作られたとされる。美術品としては立派な作品である(おそらくは最も有名と思われる物が「ミッチェル・ヘッジスの水晶髑髏」である。)。
(2)コロンビアの黄金スペースシャトル
飛行機(デルタ翼機)そっくりの黄金で作られた工芸品。ただし、プレコという鯰の一種をかたどったシヌー文化の遺物であると指摘されている。プレコの外見はデルタ翼機に良く似ている。
(3)コロンビアの発生学円盤
南米で出土した約6000年前の遺物。人間の生命の誕生の経過が描かれているという説がある。
(4)ペルーの世界各地の人々の胸像
アジア系や黒人、白人といった人種の特徴が表れている。
(5)コスタリカの石球
専門の職人が数十年かければ製作可能とされる。ただし、現代の腕の立つ職人でも20センチの石球が限界ともいわれる。
(6)ピリ・レイスの地図
当時未発見の南極大陸の海岸線が書き込まれているとされる。他方で、南米大陸が歪んでいるだけとの批判もある。なお、南米大陸の歪みに関しては、衛星写真と同様の大陸の歪みに酷似しているとの指摘があるほか、海岸線の不一致部分に関して海底地形(大陸棚)に酷似しているとの指摘もなされている。ただし、その他の部分は概してめちゃくちゃな地形が書かれている。
(7)アショーカ王の柱(アショカ・ピラー)
数百年間雨晒しにもかかわらずほとんど錆びていない、通称「錆びない鉄柱」。表面に形成されたリンの酸化物の皮膜による偶然の産物である。だから、空気に触れにくい地下部分は腐蝕している。
(8)アンティキティラ島の機械 (これが今回のニュースのもの)
ギリシャのアンティキティラ島近海で発見された青銅製の歯車の組み合わせによる差動歯車機構。歯車は青銅の円盤を手作業でヤスリがけして制作したと推定されている。復元したところ、太陽、月などの運行を示すものであった。(星の未来位置を計算して占星術に使ったと考えられることから、「エーゲ海のパソコン」と呼ぶ研究者もいる)
(9)宇宙飛行士の彫刻
マヤのパレンケ遺跡、「碑銘の神殿」のパカル王の石棺に蓋に刻まれたレリーフ。ロケットとその操縦士を描いたものとして有名であった。しかし、リンダ・シーリーの図像分析によって生命樹であることが明らかにされている。
(10)恐竜土偶
恐竜そっくりの形の土偶。半獣半人や羽の生えた竜のような土偶もあり、それら全てが実在の生物とするのには無理があるため、恐竜に似た像を中心に議論を組み立てるのは適切でないとする反論もある。また、土偶の表面に土中塩類の付着が無く、発掘の際に埋め戻した痕跡が発見されたことなどから、捏造説もある。
(11)古代エジプトのグライダー
実は小鳥の玩具。「オーパーツ」扱いしている本は常に上面や後ろからの写真しか載せないが、前からみれば、立派な目とくちばしが書いてある。しかも実物はかなり小さくタバコの箱ぐらいの大きさである。
(12)聖徳太子の地球儀
聖徳太子とは関係ない江戸時代のもの。
(13)アビドス神殿の壁画
ヘリコプター・潜水艦・戦闘機などに見える絵が描かれている。しかし実際には、ヒエログリフが書き直しによって重なり、そのような形状に見えるだけである。
(14)ハトホル神殿の壁画
フィラメントの入った電球らしき絵が描かれている。
(15)サッカラのフライホイール
エジプト第1王朝のアジブ王の皇太子サブーの墓から見つかった。紀元前32世紀頃のものである。
(16)プレインカの貝殻製ビーズと超極細糸
貝殻を素材にしたビーズに直径0.3mmという穴を開け、そこに糸を通して工芸品が作られている。現代の技術でも製作は不可能と称される。
(17)インドのヴィマーナ
インドの聖典『ヤジェル・ヴェーダ』や叙情詩『ラーマーヤナ』、『マハーバーラタ』に登場する飛行船。また、紀元前10世紀以前に書かれた『ヴァイマーニカ・シャストラ』にはその操縦法が書かれている。この『ヴァイマーニカ・シャストラ』は、ヴァラドヴァージャが書いた全8章からなる幻の大原典『ヤントラ・サルヴァスパ』を元に書かれたものである。
(18)バグダッド電池
めっきに利用されたと考えられているが、これを実証したとする実験では、蓋が無かった。実物はアスファルトでふたがしてあったようである。実際のところ、蓋がしてあると電流は短時間しか発生しないのでめっきには使えなさそうである。
(19)古代中国のアルミニウム製ベルトバックル
6世紀ごろの武将の墓からアルミニウム製のベルトバックル(帯止め)が出土したとして話題になったことがある(アルミニウムが単体として分離されたのは19世紀になってからというのが化学史の定説である)。しかし、実際は帯止めそのものを分析したわけではなく一緒に出土した小さな欠片を分析した事が後の調査で判明した。帯止めそのものは分析の結果アルミニウム製ではなく銀製であった。しかも分析した被検体の欠片は後世に墓が盗掘を受けた際に混入したものであった。第一報のみが広く伝わり、後に出された訂正の報告を知らないまま(あるいは無視して?)「古代中国にアルミニウムの精製技術が存在した」と書いている本などがある。
(20)ヴォイニック写本(「ヴォイニッチ手稿」)
1416世紀頃に作成された、未解読の文字と多数の挿絵が書かれた古文書。
(21)アッシリアの水晶レンズ
紀元前7世紀の古代アッシリアの墓から発見された水晶製のレンズ。実際には象嵌に使用されたものでレンズとしての効果は偶然の産物であるとの見解が有力である。
(22)カブレラストーン
恐竜や心臓手術など、時代的にあり得ない絵が刻み込まれている。ただし、BBCの取材で捏造した人物や作り方も発覚している。
(23)コソの点火