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2007/01/03のBlog
[ 11:04 ] [ 管理人から ]
明けましておめでとうございます。本年もよろしく。

昨年はいろんな経験ができました。主なものは以下の通り。
トリノ・オリンピックテレビ観戦(2月)。
阿南高専サッカー部のT3リーグ後期優勝、T2リーグ昇格(1月一3月)。
阿南高専サッカー部の四国放送杯参加、1年半のコーチ業終了(3月)。
「ボブスレー工学研究会」発足参加(6月)。
ワールドカップ・ドイツ大会全試合テレビ観戦(6月一7月)。
Def Techコンサート(7月)。
神戸大学講演(7月)。
「太陽の会」サンタクロース役(12月)。
「全日本ボブスレー強化合宿」参加。4人乗りボブスレー試乗(12月)。

果たして今年はどんな経験が得られるでしょうか?

皆さんのご健康とご幸福を心よりお祈りいたします。
2006/12/24のBlog
メリークリスマス! 良いクリスマスを! 
ハッピーニューイヤー。良いお年を。
今年はこれが最後の記事。

写真:エルニーニョ現象(上)とラニーニャ現象(下)
異常気象の”原因”と考えられているエルニーニョ現象は、アメリカ側の大平洋の海水温度の異常上昇のこと。この時ガラパゴス島の海イグアナが食物を失い瀕死となる(ガラパゴス島のイグアナ達参照)。

一方、ラニーニャ現象とは、大平洋の日本海側の海水温度が異常上昇すること。この時には、黒潮の蛇行や台風の異常発生などの天変地異が起こる。2年前の台風シーズンは、これが原因ではないかと考えられている(台風10、11号--今年の台風の不思議 )。



写真:体長1m体重4kgの新種の伊勢海老
これは小笠原諸島で発見されたものに非常に似ている(最近話題になった生物 )。まったく違う国々に同じような体重4kgの新種の伊勢海老がいるというのは摩訶不思議な出来事である。

写真:動物園の皇帝ペンギン


写真:ムササビの先祖の”飛ぶ”ほ乳類の化石
中国で発見された”空飛ぶほ乳類“の化石。中国大陸は今や考古学のメッカとなった観がある。始祖鳥などあらゆるタイプの化石が中国から見つかっている。

写真:外来ねずみ
外来種が島や湖水などに進出すると、旧世界の生態系が破壊される。ある種のねずみが猛繁殖し、島の鳥が絶滅の危機に陥りつつあるという例。

日本の琵琶湖でもブラックバスにより在来種が絶滅の危機にある。同様に、東京都内や日本全土に生息する外来種の人間(外人)のせいで在来種である日本人の生態系も見事に崩れつつある。アメリカの場合も在来種であるインディアンは、外来種であるヨーロッパ人に駆逐されてしまった。

どういうわけか、外来種は在来種より強い。また、異常な繁殖力がある。これはいったいなぜか。実に不思議なことである。

自然の生態系のみならず、人間界でも同じことが起こっている。ブラックバスのことを心配しているうちにその心配する人間すら駆逐されてしまうのかも知れない。
[ 11:14 ] [ 大学・大学院 ]
[ ありんこ ] さんが興味深くかつ長いコメントをつけてくれたので、こっちに返答しておこう。一応、以下に編集し直したものを置き、その後に返答することにしよう。ありんこさんへの御参考になれば幸いである。

[ ありんこ ] [2006/12/24 07:45]

興味深いトピックですね。

今は世間が「科学万能の時代」から脱却しているのではないかと思います。実際は恩恵をこうむっているのですが。子供がなりたいものに「野球選手」「ケーキ屋さん」を挙げるところを見ると、その程度はともかく、自分の能力・個性を見せられる仕事に惹かれるのでしょう。TVでも、科学者が主人公のドラマはこの頃あったでしょうか?

また、実用性を求めているような気もします。見てわかりやすいもの。野球選手はそのプレーで自分を頻繁に見せられますが、科学者は地味で、縁の下の力持ちです。
また、基礎的ではあるが、実用性がよくわからぬ研究もあるでしょう。

高校ぐらいになると、いまだに女子は理系に向かない、という態度をとる高校教師がゴロゴロしてます。また、詰め込みで公式を使って、与えられた問題は解けても、わくわくすることもなく、自分でなぜ?と追求する時間もありません。必須の世界史が履修されていなかったことでもわかる通り。受験戦争に勝たねば、なのです。ビリで入っても、入学なのに、他人よりいい成績を取れば必ず入れる・・・。

大学になると、ゼミで、教官を見て、「恣意的に難しそうな人だ」と思えば、わざわざ育英会の借金までして、科学をやろうと思わないでしょう。しかも、昨今、研究は巨額の費用がかかり、プロジェクトに属さねばならない。 そこで求められるのは、よく言えば、コミュニケーション能力、悪く言えば、教授へのごますり能力がなくては、地獄でしょう。そんなにしても教授に嫌われれば、他大学の大学院の受けようと思う、しかし、教授の推薦状がいるのです!

大学院に行かなくても企業で研究はできないか?よくわかりません。大学での勉学を重視しない企業も多いですし。また、就職協定がなくなって、就職活動を始めるのが早いほど、就職しやすいのではないか、と思えば、大学で学部生として、真面目に研究するより、適当に学生生活を「通過儀礼」としてすごしコミュニケーション能力をつけた方がましでしょう。仕事がなければ、フリーターやニートになる恐怖があるのですから。大卒で就職できねば、ワーキングプアになるのですから。

社会の構造がますますゆとりを許さなくなってきています。能率を上げるには「二世」研究者が手っ取り早いのでしょう。
独断と偏見に満ちていますが、私は今のところ、こう理解しています

それと、私はこういう風潮は嫌ですが、時代の波があるのだろうと思います。
BLOGとかで、大学院の醜い実態を記したのが時にありますが、生き延びる知恵を記したのがでてくる(または出ている)ことと思います。Quasimotoさんは、アメリカ留学で生き延びなさったのでしょうが、今もアメリカが有効か、知りたいところです。
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まあ、コメントを要約すれば、以下のようなものだろう。
(1)「TVでも、科学者が主人公のドラマはあったか?」
(2)「実用性の時代となった」
(3)「受験戦争の弊害」
(4)「大学大学院教育の問題」
(5)「大学院に行かなくても企業で研究はできないか?」
(6)「社会の構造がますますゆとりを許さない」
(7)「時代の波がある」
(8)「今もアメリカが有効か」

まず、私のこのエッセイは、あくまで私個人のための「スケッチ」のようなものであり、おおよそのストーリーを書いた「メモ」のようなものにすぎない。このテーマで十分、何冊もの本が書ける程度の内容があるだろう。もちろん、私は本を書くつもりはないが。これを叩き台のようなものとして、各人が自分なりの見方を構築できればそれでよろしいだろう。

基本的には、ありんこさんと私は同じ線の観点にあり、特に反論するものはない。それゆえ、以下は一応の返答にすぎない。

さて、(1)については、答えはノー。確かに日本製のドラマや映画やアニメには、「科学者」が主人公のものは少ない(「日本沈没」などは科学者が主人公)。しかし、アメリカハリウッド製のドラマや映画やアニメには「科学者」が主人公のものは今も多い。ハリウッド製SFの主人公のほとんどは「科学者」である。日本でもすぐにちまたで公開されているので、実際的には日本製のようなものであり、それほど問題はないと私は思う。したがって、日本人の能力的なものが問題だろうと私は見ている。要するに、理由はともかく、一言でいえば、戦後の日本人は能力が劣ってきたのである。

(2)これは全くその通り。日本に限らず、世界は20世紀後半から「実用性の時代」に入った。それは、当然とも言える。なぜなら、19世紀後半から20世紀前半までの「Know What」の時代は完成し、原子論や量子力学のおかげで万物の基本理論は分かってしまったからである。戦後の20世紀後半はいかにそれを応用するかという「応用の時代」に変わり、「Know How」の時代となったからである。21世紀に入っても新法則の発見はほとんどなく、なされたものは応用研究が主体となった。

(3)これは、私はずっと以前から指摘済み。かつて朝日新聞「私の視点ウィークエンド」に「大学入試、官僚的適性測る一発試験」(2001年7月14日)という記事を掲載してもらったので、それを参照して欲しい。現在、日本人で「大学入試廃止論者」は、私と中村修二博士のみ。私は大学入試は廃止すべきであると考えている(ちなみに、私は「東大廃止論者」、「遷都推進論者」でもある)。私が理想としているのは、現在のアメリカの「カリフォルニア大学機構」というものである(ノーベル賞のメッカ、”カリフォルニア”に学べ! )。基本的には、日本の国立大学は、昔の「帝国大学」の分校のような感じに戻るべきで、どこの大学でも自由に移籍して学べるようなものであるべきである。それに、授業料を支払えばだれでも授業を受けられるようにして、「単位取得」、「卒業資格」で能力を測るようなシステムに変えるべきだと考えている。その昔の「高等教育フォーラム(東大の松田掲示板)」でさんざん議論した。

(4)この問題は、すでに数年前に拙著「何が科学をつぶすのか?」(太陽書房)にまとめてあるので省略。最近の日本人は、くり返し同じ問題を議論して時間をつぶしている。問題の焦点はすでにずっと前に解決済みだが、多くの人は大事な本を読まないのでそういうことを知らない。

(5)これは、明らかにその企業による。中村修二博士のように、田舎の民間企業で大発明をするという例もある。これは特例だとすれば稀なケースとなるが、不可能ということではない。できれば、それが世界の歴史となる。アップルもビルゲイツも同様。うまくいったから歴史を作った。だから、その個人の人生のドラマゆえで、一般的なセオリーはありえない。

(6)それは、日本が戦後のテレビ・ラジオ時代の情報化時代から始まった「東京一極集中」の弊害。地方の時間は相も変わらず「悠久の時間」が過ぎ去る。大都市のサラリーマン文化に貧困の時代が到来して余裕が失われたに過ぎず、地方やメインストリームからはずれた人々は実にのんびりとやっている。今の日本社会では「やくざ」ほど自由を満喫しているものあるまい。犯罪で金もうけし、うまいものを食い、良いものを着、良いところに住み、良い女とセックス三昧、法律も宗教も何のおとがめもない。平和そのものだろう。昔から「悪いやつ程良く眠る」ものである。

(7)確かに「時代の波」はある。これを演出しているのは、東京の情報産業だろう。要するに、情報雑誌業界や広告産業や新聞やテレビが”演出”している。これをうまく官僚や政治家が利用して「時代の波」を作っている。一般人は、もはやそれが分からないほどに”マインドコントロール”されてしまっている。まあ、日本社会全体が、”カルト化”したと私は見る。もっとも今のアメリカも似たようなものだが。

(8)アメリカは広く、大きい。それゆえアメリカには「捨てる神あれば拾う神あり」の精神がある。今現在、やはりアカデミズムでもっとも好調な国はアメリカ以外にない。それは、アメリカがハリウッドを通じた広報活動のおかげで、アメリカの現実とは裏腹に世界中の金が集まるような仕組が維持されているからである。日本も中国も、市民は必死ではたらき詰めでも、結局経営者の儲けた金はアメリカに戻るようになっている。現在の真実はこの有名なジョークの通り。

「最良の人生とは何か?それは、アメリカの大学に職を持ち、イギリスの家に住み、日本人の奥さんをもらい、中国料理を食べる人生。最悪の人生とは何か?それは、中国に職を持ち、日本人の家に住み、アメリカ人の奥さんをもらい、イギリス料理を食べる人生である。」

しかし、ひと頃(私が留学した20年前)と違い、アメリカの大学にもかなり格差が広がってきているのではないか、という気がする。東海岸か西海岸が発展し、それ以外は衰退してきているのかも知れない。それでも、日本よりはずっとましだろうが。また、当時と違い、欧州やカナダ、あるいはオーストラリアなどのアカデミズムの復興もある。だから、昔は留学といえばアメリカだったが、今ではそれ以外の先進国も留学対象国になってきている。さらに、ブラジルは近年もっとも科学が発展した国の代表格になった。だから、南米の躍進も無視できない。今やブラジルはサッカーだけの国ではない。

いずれにせよ、アメリカは現状では唯一の「科学のできる国」である。この事実は変わらない。

しかし、今後50年、100年となると分からない。おそらく、今我々が想像しているのとまったく違う問題で盛衰が起こる可能性がある。今一番住みやすいところが一番住みにくくなるとか、さまざまなことが起こり得るからである。一番可能性あるのは、地球温暖化のために、気象変動が起こり、シベリアが一番住みやすくなる、というようなことが起こるかも知れない。ハワイが大陸になるとか、小惑星がアメリカに落下するとか、いう可能性がいつか起こらないとも限らない。いずれにせよ、20世紀に我々が想像した未来とは全く違う未来の到来(「人類の滅亡」も含めて)を予想しなくてはならないだろう。
2006/12/21のBlog
[ 21:20 ] [ 大学・大学院 ]
日本社会において、経済の「空白の10年」の時代は、逆に「科学研究バブル」の時代でもあった。土地バブル時代の建設ラッシュや公共事業の行き過ぎからの反省で、科学技術や科学研究への投資シフトが起こったからである。

理論物理学者の有馬朗人博士が東大総長から理研理事長を経て文部大臣に登りつめたことがこの時代を象徴している。この時代のさなか1995年に「科学技術基本法」が生まれた。同時に、省庁の再編が行なわれ、文部省と科学技術庁が合体して文部科学省が誕生したのである。

この法律の下で、これまで道路やトンネルやダムや河川工事に「公共事業」の経済の中心があったが、これが今度は、大学や国公立の研究所などの敷地内へ「公共事業」の経済の中心が移ったのである。これにより、「土地バブル」さながらに「大学バブル」、「研究バブル」への時代に突き進んだ。

潤ったお金と敷地内の公共工事のおかげで、大学の建物は見事に老朽化から救われ、生き返った。また、どんどん新しい学部や研究所なども、「学部再編」「大学改革」という名の下に作られた。おそらく、1970年代までの老朽化した大学のイメージはもはや過去の話である。日本全国だいたいどこの大学もその昔の駅前改革のように、似たような近代的建築に置き換わったのである。

そして今見るように、日本で一番リッチで威勢の良い人々は、”大学教授(や国研の研究者)”であるという、日本の歴史の中でも実に”稀な”時代に入ったのである。もっとも私自身は1996年に理研を出てフリーとなったので、この点ではこの流れの恩恵にあずかってはいない。

しかし、何より変わったものといえば、恐らく日本国内に「ポスドク(博士研究員)」という制度が本格的に根付いたことだろう。

私が大学院生だった1980年代までは、大学に残るといえば、せいぜい、無給助手か、あるいは学術振興研究員(学振)というものであったろう。奨学金は、修士博士の都合5年でストップするから、5年以上大学院に在籍するものにはそういった選択肢しかなかったのである。

それが、1980年代後半から少し変わったのである。1987年に利根川進博士がノーベル賞をとり、凱旋帰国して理研に立ち寄った際、欧米で主流である「ポスドク(博士研究員)」の重要性を官僚にぶちまけた。そして誕生したのが、旧通産省の「ポスドク100人計画」であり、それから刺激されて科学技術庁下にあった理研に出来たものが「基礎科学特別研究員」であった。

そして、1995年の「科学技術基本法」の誕生の頃に、「省庁合併」と時を合わせて、「大学院重点化計画」、「ポスドク1万人化計画」というものができたのである。それから10年。これで、ほぼ現在の日本のポスドクシステムが出来上がったのである。

果たして、「空白の10年」の時代に時同じくして起こった「科学バブル」で何が変わったのであろうか。

私の個人的意見では、ちょうど我々が日本の政治や芸能界に見ることと全く同じようなことが日本の科学界でも起こったのである。

日本の政治や芸能界を見て、何が一番の特徴であるか、と問えば、それは「二世、三世」、つまり、「親の七光り」の時代ということであろう。要するに、一言でいえば、”世襲化社会”へと変わったのである。良くいえば、「カエルの子はカエル」で、「子は親を見て育つ」ということである。しかし、悪くいえば、「新参者には厳しく冷たい、排他的世界」ということでもある。

芸能界にだれか血縁者がいれば、その子や兄弟はすぐにでも芸能界に入ることができる。しかし、そうした”つて”がなければ、それは難しい。親がコメディアンであれば、その子もコメディアンの子として売り出せる。姉が女優であれば、その娘、あるいは妹兄弟も売り出せる。

政治も同様。爺さんが築いた帝国をその子が引き継ぐ。そして親が築いた帝国の地盤をその子が引き継ぐ。与党、野党に限らず、政治の世襲化は深刻なほどに進んでいる。政治家になりたければ、政治家の子として生まれるしかない。小泉純一郎しかり、鳩山由紀夫しかり、田中真紀子しかり。人はそういった人々を「各界のプリンス」と呼ぶ。

経済でも同様である。私が1980年代後半ユタ大学に留学した頃、そこに短期留学してきた日本人留学生たちとよく話したが、それより10年程前に大学時代を終えた私の世代と違い、彼等にはすでに今の日本でいうところの「格差社会」の先駆けが見えていたのである。その時代の若者達の間では、バブル時代に優劣や勝敗がついて、同じ年令であっても、信じられないほどの裕福な日本人の子がいるということ、そしてそうしたお金持ちの子弟と庶民の子弟は違うということを学生時代に思い知らされたというのであった。それからすでに20年経ち、今やそれが誰に目にも明らかとなっただけの話なのである。大企業の社長の子は、やはり優遇される。「親の七光り」は生きるのである。

スポーツ界でも全く同じこと。長島茂雄の息子は、何もたいしたことができなくとも、やはり「長島の息子」として「親の七光り」として芸能界で地盤を引き継ぐ。しかし、実力の世界のスポーツ界はまだずっとましである。なぜなら、スポーツの世界は結果がすべて。いくら親は良くても良い成績を残したという実績がないならプロとして高額のお金をもらえないからである。それゆえ、スポーツ選手が芸能人となり芸能界に入ると話が変わってくるというべきだろう。

さて、では科学の世界がどうか、というと、残念ながら、この世界も全く同じことが起こってきたのだ、というのが私の見てきたところである。このことは、恐らく、科学世界に疎い普通の人々は知らないことかも知れない。

それゆえ、例えば「中高生「俊才」育てろ!日本科学五輪委、旗揚げへ」 のような記事を見れば、日本の科学界は親身になって若い科学者の登場を待っているかのように錯角しかねないだろう。しかし、それは明らかなる誤解であり、間違いである。

しばらく前に私が「数学離れの現実とは? 」 で紹介したように、現実には、いくらその学生が優秀であっても、その子のために開かれた職場が日本にはないからである。この統計によれば、早熟の天才であっても、日本国内では、せいぜい公務員や事務員にしかなれない。ほんの一握りが大学に残るというだけのことなのである。

では、だれが大学(有名私立、国立を問わず)の教授として残れるかといえば、それは、その子の父親が大学教授かどうかによっているのである。まして先祖代々の学者一家、あるいは祖父が学者であったか、というようなことが非常に大きな影響力を持つのである。

まあ、これは人を採用する側から見ても明らかなことだろう。どこぞの馬の骨、それも”ちょいっと頭の良い馬の骨”よりは、”血筋の良い馬の骨”の方がいいからに決まっている(だから、その人物が優秀かどうかによらない)。ましてや採用する人物が、その人の祖父や父の学生であったとか、祖父や父を尊敬する学者と考えている、というようなことでもあれば、即刻その人物を大学に残そうとするはずである。

私が見てきた範囲でも、今現在物理学の分野でそれなりの要職についている、あるいはつきつつある若手学者や中堅学者のほとんどは、その父親や祖父もまた学者であるという場合がほとんどである。(まあ、話を簡単にするために、私はこういう現象を「ユダヤ人化」と呼ぶ)。

つまり、以下のようなことが起こったのである。

戦前の教育では、確かに社会は、かなり封建主義的で軍隊色濃い時代であったが、帝国大学という名とは裏腹に、当時の日本の大学には「学問の自由」というものが存在した。もちろん、それは、それを尊ぶ人たちがいたという意味である。その時代には、血統に限らず、俊優や天才に世を託すという社会空気が存在した。

それが、戦後に変わったのである。戦後の混乱期に大学に居残ることができたのは、東京など大都市出身のエリートやあるいは地方の豪族(お金持ちや土地所有地主)の息子であった。東京の俊優たちは東京大空襲のために地方郊外に疎開し、若き日に辛酸をなめ、人生の悲哀を感じたために、人間的にも非常に成長した人物となった。

しかし、地方から来ていた豪族の子たちは、人々が闇市時代を苦しんでいる時でも、比較的裕福に不自由ない生活を送れたためにかなり傲慢な人物に育った。この傲慢になった大学教授と東京出身の苦学したエリートたちが戦後の大学には混在したのである。これらが、戦後教育における第一世代の学者たちである。この第一世代は、ほぼ人生を終えた。

この弟子達が第二世代である。現在、現役を終えつつあるか、あるいは終えた世代である。この世代は、戦前の困窮時代にも研究や科学を志した世代とは異なり、戦中、戦後のまともな教育を受けずに育ってしまったために、第一世代よりは実力的に少し劣っていた。しかも、社会が経済復興する中、劣悪な環境下におかれた大学に職をとったために、給料も悪く、それと共に自信も失った世代でもある。しかし、やる気のあるもの、当時の日本の状況に嫌気がさした者はアメリカへ渡った。現在のアメリカで気鋭の教授となった人々の大半はこの時期に渡米した学者である。

良い方の第一世代の影響を受けた第二世代は結構それなりに良い学者に育った。しかし、傲慢な方の第二世代は、傲慢な第一世代の学者の前で「御用聞き」のような従属した学者となった。

したがって、良い方の筋の伝承者は、戦前、戦中、戦後をもろともせずに、明治からある日本の古き良き学者の伝統の系譜にあり、細々ともその流れを受け継いで来たと言える。こういった学者が、戦後もそれなりに日本の科学水準を”本当の意味で”引き上げてきた人々なのである。

しかし、一方の学者タイプは昔の軍隊の「下士官根性」のようなものを持つ学者に育った。上のものにはへりくだり、裏では目下のものに横柄に振る舞うというような学者である。この悪弊が見事に描かれているのが「白い巨塔」であろう。こういった学者は見せ掛けの地位や名誉にこだわり、学者本来の天分をまっとうすることを忘れる傾向にある。集団主義であり、政治好きなので、大きな権力を持ちやすく、一般人には受けが良い。戦後日本の大学でたくさんの社会問題を引き起こして来たのはこちらのタイプである。

現在の教授として君臨しているものは、この世代の弟子、第一世代の孫弟子である。社会はさらに復興を遂げ、「バブル全盛」時代に学生時代を送ったものたちである。だから精神的には楽天的であるが、同時に物事の理解が浅い。また、大学への関心が薄かった時代に学者となったために、70年代的な感性を持つ。そして、同時に”受験産業化時代”に育ったために、昔の学者なら自分の経験や手を動かし自分の頭で考えて研究するものであったが、それが、何ごとも「傾向と対策」という視点でのみ世界の科学研究の「傾向と対策」を練るというタイプの学者となった。いつも欧米の学者の視点に立ち、面白さや興味や重要性というよりは、流行やみんながやっているとか、世界の潮流とかの視点で科学研究を見るという学者である。(もちろん、戦後の官僚とて例外ではない)

最後に、現在の若手教授の世代とは、この世代の弟子の世代である。第一世代のひ孫弟子にあたる。この世代は、もう日本が戦後復興を見事に遂げ、社会はバブル全盛に湧き、経済大国化した日本で成長したために、自意識過剰、かなりカルト的要素を持つ。多くの場合、父親や祖父が学者であり、父のように国家公務員の学者先生になりたくて学者になったという世代である。これが、現在の大学教授の大半である。したがって、お仲間意識が強く、知らない人を排除したがる。こうして冒頭に述べたような、”世襲化”した学者社会となった。

果たしてここで紹介した私の観察が正しいかどうか、各自の判断に任せるとして、こんな時代背景の中で子供達は科学者を目指すだろうか。

私個人は、「”汚い仕事”をしたくないから科学者になりたい」というような消極的意味、あるいは「みんなが行くから自分も行く」というような他力本願的な意味では科学者になろうとするものはあるが、もっと積極的意味合いで(つまり、自分は何かを解明したいんだというようなテーマを持って)科学者を目指すものは、この国では少ないのではないかと思う。

なぜなら、この国では、科学者の給料は、上で述べたような「世襲化した学者」や「親の七光り的な学者」などの好む程度の”適度”の給料や待遇しかないからである。野球やサッカーのように億単位の給料が入る可能性は日本国内ではないからである。近代スポーツの開かれた世界と学者の因習社会と比べれば、およそ比較にならない違いがあるからである(しかし、将来税金を払い国家に貢献するのはスポーツ選手であり、税金を使いまくるのが学者の方だから、皮肉である)。

私のように、サッカー選手が学者になることは可能。しかし、学者がサッカー選手になることはあり得ない。(まあ、ジョークだが、サッカー選手なら学者にもテノール歌手(ドミンゴ)にもコメディアンにも何にでもなれる。しかしその逆はない。)だとすれば、子供達はまずはスポーツ選手を目指すはずである。

やはり、大きな夢、大きなチャレンジにはそれなりのモティベーション(やステイタス)が必要であろう。きちんとした待遇や安心できる環境がなければ女性が子を生もうとしないのと同様、それなりの待遇や不安のない環境がなければ子供達も科学者になろうとはしないものである。ましてや、職の在り処が、自分の先祖と関係があるというのであれば、なおさらのことである。

いずれにせよ、平和になった現代社会のどの国でも”世襲化が大問題”であるように見える。フセインのイラク、キムジョンイルの北朝鮮だけの話ではない。アメリカでもヨーロッパでもどこでもそうである。大なり小なり世襲化の問題が「格差社会」の本筋なのである。

グローバリゼーション、多様化、選択の自由、国際化、男女差別撤廃、雇用機会均等などが、実は、国の一部の家族だけのためのものである、というような特権的意味に矮小化されてしまっているとすれば、そんな社会や国にはだれも住みたいとは思わない。

「戦争と平和」というのは、人類の恒久のテーマであるが、この背後にはいつも「富の再配分」の問題が潜む。「平和が良い」ということは必ずしもない。これは時として階級化や世襲化の時代を生む。社会が硬直化し、階層化するのである。江戸時代がその良い例である。徳川300年の天下太平時代は、逆に士農工商のカースト制度の時代を生んだ。

逆に「戦争が悪い」ということも必ずしもない。戦争は社会を不幸と貧困のどんぞこに突き落とす、大混乱を社会にもたらすが、時として社会のカースト制度を破壊し、「新たなる秩序」や新世代を誕生させるものでもある。戦国時代がその良い例である。戦後時代の渾沌とした下克上時代が大きな進歩をもたらした。同様に太平洋戦争によって既存の社会が破壊されたからこそ戦後の若い日本が復興できたのである。今の日本人と戦前の日本人は社会的に見れば全く別人種である。

平和はだれもが希求するものではあるが、同時に進歩を阻害するものでもある。戦争はだれにも悲惨なものではあるが、同時に進歩を促すものでもある。もちろん、平和だからこそ進歩する場合も戦争によってさらに悲惨となる場合もある。平和と戦争にはともに一長一短があり、相補的なものである。したがって、平和でかつ進歩的というのは矛盾に満ちているのである。

平和で自由な進歩的社会となれば、その社会の強者が利を得る。弱者には格差がつく。逆に戦時となれば、それまでの支配体系が変わり、弱者にも下克上の機会も訪れる。こうして平和時の進歩と戦争時の進歩の意味は相補的となる。どちらがいいかは、その時々にその人間がそのどちらについているかによるにすぎない。

したがって、平和でありなおかつだれにもすばらしい社会というものを構築したいのであれば、それはだれにも開かれた社会を作らなくてはならない。平和時にありがちな階級下や階層化などの”カースト化”の力に拮抗しなくてはならない。逆に戦時であれば、戦時のどさくさで支配層に君臨し独裁体制を敷こうという私物化の力に拮抗しなくてはならない。平和時の暴力は、言葉の暴力であり、法律の暴力である。戦争時の暴力は、物理的な暴力であり、兵器による暴力である。どちらも力のあるもの、権力による暴力であり本質的な差はない。

善かれ悪しかれ人類は戦いの場で進歩(か退廃かわからないが)してきた。今がいつまでも続くという安直な保証はどこの国にもないのである。常に危機意識を持ち、あらゆる場合を想定していけるもののみが次の時代をリードするのである。
[ 19:32 ] [ 地震・災害 ]
昨日ちょっと見ない珍しい雲を見つけたので、ここに記録しておこう。


別の方向

別の方向

2006/12/20のBlog
1980年代後半に始まった”バブル全盛”期がはじけて後の1990年代を「空白の10年」というが、これはあくまで経済に関するものである。その土地バブルを演出し、その崩壊によって自ら経営破たんした大手銀行が、本来ならこの時代に粛正されるべきであったが、国民から何兆円もの血税を注いで生き返らせた結果、こういった大銀行は今度自らの手を染めることなく、ノンバンクやサラ金や闇金融に資金を裏から援助し、その結果として無知で弱い一般市民たちを借金地獄の憂き目に陥らせたのである。そして、ダークサイドからの執拗な借金取り立てで心身や精神を病んで自殺に追い込まれたのである。この数が毎年3万人前後であったというわけである。10年という「空白の時代」は、約30万人の自殺者を生んだのである。

1人の平均所得が、年300万円とすれば、この10年で約1兆円のGDPの損失である。しかし、これも少ない方の見積もりである。なぜなら、脳死移植を考えれば、1人の脳死者から少なくとも10人の重病患者が救われるというから、自殺者が本来脳死者として適正に処理された場合を考えれば、自殺者以外に同時に10数人の病死者が救われずに死んでいるということになるからである。したがって、実質的には自殺者によって失われる経済損失の約10倍の損失を現実には被っているということとなる。このように、自殺は社会にとって2重3重の意味で損失なのである。この現実を無視すべきではない。

もし自殺者が、ドナーカードに「脳死移植希望」を明記し、自殺場所を指定し、自殺後の脳死移植の処理まですべて設定して自殺したとしよう。自殺後数分以内に臓器が取り出され、それが法的に適切に処理されたとしよう。年3万人の自殺者の臓器は、年30万人の重病患者の命を救う。皮肉なことかも知れないが、こういう場合には、自殺者の自殺にも意義が出る。なぜなら、自殺者の”命”は失われるが、その人の”生命”は他の人達の身体の中で生き続けることができるからである。

今の日本という国は、このように、あらゆることが”不備”にして進んでいるように見える。宮沢喜一により始まったバブル崩壊と、その不正大銀行の延命のための”犠牲”として、多くの見えざる市民の命が代償となったのである。

では、この代償の結果、社会は良くなったといえるのか。破たん大銀行を延命し、その責任ある経営者達を野放しにした結果、何か良くなったのか。

といえば、それはすでに我々の知る社会が結果として得られたのである。すなわち「品格の失われた社会」、「格差社会」、「犯罪者の社会」である。つまり、社会は失速どころか、退廃したのである。

おそらく、大都市や東京近郊に住んでいれば気づかないだろうが、地方は急速に疲弊してきている。その理由とはおそらくこうであろう。

1960年代に始まった集団就職、そして1970年代の高度成長期に引き続いた受験戦争などの結果、大学進学ブームそのものが、地方から人材を大都市へと移住させ、地方を恒常的な人材不足時代へと導いてしまったのである。

これに、戦後の1970年代に誕生したテレビマスコミのおかげで拍車がかかった。ますます優秀であるかいなかに関わらず、お金持ちになるためには、あるいは有名になるためには、東京に出向かなくてはならないという事態に陥ったのである。

結果として、子供が生まれ、学校に行き出すと同時に”自動的に”子供達は進学と同時に東京や大都市へと集まる集客メカニズムが日本には出来上がってしまったのである。ある程度優秀な子供が誕生すれば、自動的に東京に進学するという図式ができあがったのである。

昔はまだ地方もリッチで、いわゆる”Uターン”ができた。しかし、今若者が”Uターン”すれば、多くの場合職無しの憂き目に陥る。

日本政府の借金時計は時々刻々と借金を刻む。しかし、その借金が有効に使われ、借金以上の富みを生めばそれでいい。ところが、実際には、その借金を借り受けて金を得たものたちはみな欧米に投資してしまう。したがって、日本国内には借金だけが残る。おまけに、日本に在留する米軍組織やその家族達のために、毎年何兆円にも及ぶ借金をしてまで食わせる。

こうして、ひもじい思いをしてまで緊縮生活を強いられている日本人にさらなる厳しさが襲う。それも、今の日本人が戦前の日本人のように質素な生活とともに成長した人々であれば貧困にも耐えられるかも知れないが、現実の日本人は「バブル全盛期」の味をしめてしまった人々である。貧しさには耐えられないはずである。その結果、簡単に借金や犯罪に手を染めるのである。

人(普通の人)というのは、自分が正しいことを行なっていると自覚している時には、その背筋もはり、割腹の良い姿となる。何ごともうまくいっている時には、「飛ぶ鳥も射おとす」勢いがある。しかし、自分のやっていることが、うまくないと今度は意気消沈し、威勢もそがれ、見るからによぼよぼになってしまう。ましてや、自分のやったことが社会に対して”有害”であったとなればなおさらである。

最近、とある番組で宮沢喜一元首相の姿を見たが、その姿に、今の日本の姿がダブる。すべてがそこにあった。
2006/12/19のBlog
カンナバーロが初受賞 FIFA年間最優秀選手

2006年度の「FIFA年間最優秀選手」にジダン(2位)、ロナウジーニョ(3位)を押さえて、イタリア代表のカンナバーロが初めて選ばれた。ディフェンダーとしては初という。カンナバーロは、”バロンドール”につづき2冠達成。同賞は世界各国・地域の代表監督と代表主将による投票で決まる、というので、実質上「プロの中のプロ」であると評価されたということになる。ちなみに、今回のトヨタ杯に参加したロナウジーニョは、一昨日この表彰式に向けて帰国したというが、残念ながら彼は3位であった。
2006/12/18のBlog
クラブW杯、南米勢が連覇3位はアルアハリ

昨夜は、トヨタカップの3位決定戦と決勝戦が行なわれた。

アルアハリがクラブアメリカを破り、3位 クラブW杯

3位決定戦では、アフリカ代表アルアハリ(エジプト)vs北中米カリブ海代表アメリカ(メキシコ)が行なわれ、アルアハリが”エジプトのジダン”ことアブトレイカの2点で2-1で勝利した。

このアルアハリは、インテルナシオナルと2-1で負けたというように、相当に強いチームであった。クラブ・アメリカと韓国の全北が1-0であった。そんなわけで、アフリカ、北中米カリブ海、アジアの実力差はほとんどない、と言っても良いだろう。

一方、決勝戦は、南米代表インテルナシオナル(ブラジル)vs欧州代表バルセロナ(スペイン)であったが、インテルナシオナル1-0で見事な勝利で初優勝。

クラブW杯、インテルナシオナルがバルサを下し、世界一
南米インテル底力 強大バルサに堅守速攻 クラブW杯
サッカークラブW杯、インテルがバルサ破り世界一
封殺されたロナウジーニョクラブW杯決

私は、ブラジルの闘将ドゥンガが育ったインテルナシオナルというチームの試合を今大会で初めてみた。確かにチームのメンバーは”ブラジル国内組”で、海外から見ればほとんどがまだ無名の若い選手主体だった。が、今回そのサッカースタイルが1994年のワールドカップ・アメリカ大会で4度目の優勝した時のドゥンガ率いたブラジル代表チームと共通するものを今回はっきりと感じることができた。要するに、”マリーシア”があり”勝負強い”のである。

全員で汗をかき、全員守備全員攻撃のチームである。しかも、必ず相手チームの司令塔に対してダブルボランチが徹底マークし、中盤に自由なスペースを与えず、すぐに全員が中央を埋めてしまう。そして、すばやく前線に走り込んだ選手に精度の高いパスを送り反撃する。ロナウジーニョには、ファビアーノエレルが徹底マーク、デコには別の選手が徹底マークする。


そして何と言ってもブラジルのチーム。個人技ではどんな無名の選手もみんなロナウジーニョ並みに上手い。これがベースになっている。今回の新星アレシャンドレは、生後5ヶ月ですでにオレンジをサッカーボールにして蹴っていたというほどである。
準決勝で得点したMFルイス・アドリアーノ、決勝で決勝点を奪ったMFカルロス・アドリアーノなどのスピードは、ブラジル代表のロビーニョ並みである。


今回の大会で何がすごかったかと言えば、やはり「王国ブラジル」のサッカーの”層の厚さ”である。このインテルナシオナルには、2000人のサッカー選手がいるというのである。こういうすそ野の広いサッカースクールシステムの中からドゥンガやアレシャンドレなどの選手が育つのである。そして今回の優勝賞金5億円で再びこうしたサッカースクールへの投資が行なわれ、再びもっとすごい選手が育成されるのであろう。

ところで、今大会の最優秀選手はバルセロナのデコ(彼もブラジル出身)であった。しかし、私個人は、最優秀選手はインテルナシオナルの10番イアルレイあるいはフェルナンドンであった。ちなみに、イアルレイはアルゼンチンのボカ・ジュニアーズ(マラドーナのホームチーム)で一度優勝経験している。

いずれにせよ、「ボールは丸い」、どうすれば勝てるかという「勝利の方程式」というものを教えてくれた点でインテルナシオナルに感謝したい。
2006/12/16のBlog
クラブW杯、全北現代が3-0で勝って5位確保

昨日、トヨタ・カップ(W杯)の5位6位決定戦、アジア代表の全北現代(韓国)vsオセアニア代表のオークランドシティ(ニュージーランド)が行なわれた。結果は、全北が3-0で快勝、5位を確保した。

まあ、実力差は明らか。このことから、5位と6位には力の差が歴然としている。3位、4位(アフリカ、北中米)と5位(アジア)の間にはそれほど差がなくなったと言える。しかし、1、2位の欧州と南米と3位以下にはまだ差があるということが分かる。

もし決勝で欧州が余裕で勝利し、欧州と南米にあまりに差があるということが分かれば、トヨタカップの意義はあるのか、という問題が生じることになるだろう。というのは、やる前から順位が決まっていることになるからだ。

つまり、トヨタカップの順位は現状の世界のサッカーシステムの発展度や経済状態をそのまま表わしていることになるからである。わざわざ過密スケジュールを組んでまで欧州の選手が戦う理由があるのか、という問題になるからである。

まあ、高額賞金目当ての大会、あるいは、サッカー発展途上の大陸のためのモチベーション向上のための大会にはなるかも知れない。厳しい現実である。

ところで、岩本選手は、まだまだサッカーができそうである。どこかのチーム(例えば、徳島ヴォルティス)がスカウトしたら良いのではないかと思う。

今期、フランスワールドカップ大会時の日本代表が5人J2横浜FCに集まってJ1昇格を果たした。これと同様に、J1上位チームから解雇された、秋田、奈良橋、岩本などたくさんの元日本代表選手たちがいる。こうした選手達の”魂”をJ2のチームは受け継ぐべきであると私は思う。どんどん良い選手を吸収し、下克上でJ2からJ1に昇格してもらいたいものである。
2006/12/15のBlog
バルセロナが決勝進出 サッカー・クラブW杯

昨夜7時、トヨタカップ準決勝第二試合、欧州代表のバルセロナ(スペイン)vs北中米・カリブ代表クラブ・アメリカ(メキシコ)があった。結果は、”銀河系軍団”のバルセロナが4一0の圧勝だった。やはり”格の違い”を見せつけた試合だった。

1点目は、右サイドのロナウジーニョからデコそしてグジョンセンへ”流れる”ようなパスがつながり得点。

2点目は、左サイドからのコーナーキックをディフェンダーのメキシコ代表の主将マルケスがヘディングで得点。


3点目は、後半、右サイドからのシュートの跳ね返りがフリーのロナウジーニョに渡り右サイドにインサイドキックで得点。


4点目は、デコからロナウジーニョ、それをデコに落としてロナウジーニョがディフェンダーを”強烈なスクリーンプレー”で弾き飛ばし、