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2008/04/26のBlog
[ 22:14 ]
[ 大学・大学院 ]
日本の理論物理学者はどうしてこうも不勉強家になったのか?
今回はこの問題に対する私個人の印象を紹介させてもらおう。もう30年近くも物理科学の世界を歩いてくると、こういうことが分かるようになるから面白い。
日本で理論物理学者になる人というのは、たいがいは(おそらく99%は)勉強ばかりやってきた人物である。私のように小中高大学とろくに学校の勉強せずにスポーツを本格的にやってきた人間というのは、むしろかなり稀、異端的ですらある。塾や予備校に通い、文学書や哲学書の読書に明け暮れてきたというようなちょっと早熟のインテリで、人と話をする時決まって眼鏡をちょっと手で押し上げるというようなタイプの人間が多い。
ところが、そういったちょっと早熟の日本のインテリたちも年齢とともに徐々に大人しくなる。40歳も過ぎるともう新分野の論文や大学で教えている自分の冠分野以外の研究などまったく読む気も起こらないというような人物と変わってくる。
(この理由を考えることは面白い。おそらく、受験勉強のし過ぎから来た頭脳の固さと幼少からの過度の勉強によるストレスのせいで、ある年齢に達すると飽和状態になり、学習能力が緩和してしまうのだろうと思う。)
にもかかわらず、逆に年齢とともに自分の専門分野でそれなりに名が知られるようになる。それにつれ、いつも同じようなことばかり研究しているわけにも行かず、少しは新しいこともやっているとちまたには見せる必要が出る。
特に、新しい研究費を取るというような時にそういう場合も出てくる。あるいは、年とともに、自分の持つ”変な色気”とともに出てくるわけである。つまり、「俺も他の人がやっていることでも研究できるんだよ」とデモンストレーションしたくなるわけだ。
しかし、色気は出るが、その一方で他人の論文や他の分野の論文など読む気はさらさらない。そんな気力はとうに失せているわけだ。
実際、”いい年こいて”新人のこれから博士号を取ろうというような意気込みのある大学院生や大学生のように欧米の新進気鋭の若手学者が書いた膨大な論文群をしこしこと読みといて行くのは実に根気がいる作業なのである。
だいたい学生が1つの英語論文を読んで完全に理解するのにも下手すれば1年はかかる。早くても数カ月かかる代物である。そんな論文を数十から何百も読まなくてならない。そうしない限り新分野でそれなりの専門家にはなれない。論文などもってのほかである。1年2年と地道に勉強して行かない限り、参考文献すら書けず、序文すら書けないからである。逆に言えば、数年勉強してやっと1つ2つの論文がその筋の研究雑誌に出せる程度なのである。
これは一種のジレンマである。
つまり、研究者にとって一分野で有名になることは、他分野を学ぶ気を失せさせることである。この場合、もう研究者としては終わりということになるからだ。逆に一分野でそれほど有名でないならば、他分野を学んでそっちで有名になろうとする意欲はあり得る。しかしこの場合には時間を要する。
このように、新分野へのチャレンジ精神を維持するということと一分野に留まってその分野でそこそこの研究者で居座るということは拮抗するのである。
もちろん、世界には、あらゆる分野で著名な研究をしているつわものもいる。しかし、私の見る限りこうした人たちは非常に稀で例外的である。
では、こういう傾向を持つ日本人理論物理学者はどのようにして他分野の研究を始めるのか?
まず代表的なのは、海外のその筋の専門家のところに留学して”ネタ取り”するのである。1年に1、2回MITなどに行ってそこのエキスパートと共同研究(聞こえはいいが実際には弟子入りしているだけ)して新分野の論文に参加させてもらうのである。
これは、実に効率の良いビジネスである。なぜなら普通に新分野に新規参入すれば、少なくとも1、2年は論文読みや問題発掘に要するものを留学して一気にそれをすっ飛ばすことができるからだ。どの論文を読み、どの研究が重要か、何が問題か、何が今のトレンドか、こういった問題を本来なら数年研究して自ら発見しなくてはならないことを全部そこのボスである指導者が教えてくれるからである。
しかしこういう人たちが海外から留学帰りとして戻ってくる。ましてやそのボスが世界的有名である場合には、著名な研究の仲間である新進気鋭の研究者として鳴り物入りで向かい入れられる。そしていつしかこういう理論物理学者たちが学会を支配して行くのである。
次の方法は、自分の学生や友人や知人でその分野の専門家を探し、共同研究するというやり方である。これは先の方法ほどではないが、それなりに手間ひまを省ける。
こんなわけで、どうも最近の日本の理論物理学者はあまり勉強しない。古今東西の主要な論文や研究を密かに自分で読んで研究しているなどという人は私がインターネットで調べる範囲ではめったにいない。
いつからこうなってしまったのか? どうしてこうなってしまったのか?
こういった疑問の答えを私は知らないが、何か”問題”がそこにあるということだろうと感じる。
どうも現在の理論物理学者の勉強嫌いはどうにかならんのだろうかネ。
ちなみに、なぜ私がこういうことを考えるかと言えば、研究というものは、あらゆることを勉強し尽くしても、まだ分からん、これを知ってもまだ足りない、これを勉強してもまだ不十分だと決して満足せず疑問を積み重ねて行く内にしか本質的な進歩に行きつかないと思うからである。
今回はこの問題に対する私個人の印象を紹介させてもらおう。もう30年近くも物理科学の世界を歩いてくると、こういうことが分かるようになるから面白い。
日本で理論物理学者になる人というのは、たいがいは(おそらく99%は)勉強ばかりやってきた人物である。私のように小中高大学とろくに学校の勉強せずにスポーツを本格的にやってきた人間というのは、むしろかなり稀、異端的ですらある。塾や予備校に通い、文学書や哲学書の読書に明け暮れてきたというようなちょっと早熟のインテリで、人と話をする時決まって眼鏡をちょっと手で押し上げるというようなタイプの人間が多い。
ところが、そういったちょっと早熟の日本のインテリたちも年齢とともに徐々に大人しくなる。40歳も過ぎるともう新分野の論文や大学で教えている自分の冠分野以外の研究などまったく読む気も起こらないというような人物と変わってくる。
(この理由を考えることは面白い。おそらく、受験勉強のし過ぎから来た頭脳の固さと幼少からの過度の勉強によるストレスのせいで、ある年齢に達すると飽和状態になり、学習能力が緩和してしまうのだろうと思う。)
にもかかわらず、逆に年齢とともに自分の専門分野でそれなりに名が知られるようになる。それにつれ、いつも同じようなことばかり研究しているわけにも行かず、少しは新しいこともやっているとちまたには見せる必要が出る。
特に、新しい研究費を取るというような時にそういう場合も出てくる。あるいは、年とともに、自分の持つ”変な色気”とともに出てくるわけである。つまり、「俺も他の人がやっていることでも研究できるんだよ」とデモンストレーションしたくなるわけだ。
しかし、色気は出るが、その一方で他人の論文や他の分野の論文など読む気はさらさらない。そんな気力はとうに失せているわけだ。
実際、”いい年こいて”新人のこれから博士号を取ろうというような意気込みのある大学院生や大学生のように欧米の新進気鋭の若手学者が書いた膨大な論文群をしこしこと読みといて行くのは実に根気がいる作業なのである。
だいたい学生が1つの英語論文を読んで完全に理解するのにも下手すれば1年はかかる。早くても数カ月かかる代物である。そんな論文を数十から何百も読まなくてならない。そうしない限り新分野でそれなりの専門家にはなれない。論文などもってのほかである。1年2年と地道に勉強して行かない限り、参考文献すら書けず、序文すら書けないからである。逆に言えば、数年勉強してやっと1つ2つの論文がその筋の研究雑誌に出せる程度なのである。
これは一種のジレンマである。
つまり、研究者にとって一分野で有名になることは、他分野を学ぶ気を失せさせることである。この場合、もう研究者としては終わりということになるからだ。逆に一分野でそれほど有名でないならば、他分野を学んでそっちで有名になろうとする意欲はあり得る。しかしこの場合には時間を要する。
このように、新分野へのチャレンジ精神を維持するということと一分野に留まってその分野でそこそこの研究者で居座るということは拮抗するのである。
もちろん、世界には、あらゆる分野で著名な研究をしているつわものもいる。しかし、私の見る限りこうした人たちは非常に稀で例外的である。
では、こういう傾向を持つ日本人理論物理学者はどのようにして他分野の研究を始めるのか?
まず代表的なのは、海外のその筋の専門家のところに留学して”ネタ取り”するのである。1年に1、2回MITなどに行ってそこのエキスパートと共同研究(聞こえはいいが実際には弟子入りしているだけ)して新分野の論文に参加させてもらうのである。
これは、実に効率の良いビジネスである。なぜなら普通に新分野に新規参入すれば、少なくとも1、2年は論文読みや問題発掘に要するものを留学して一気にそれをすっ飛ばすことができるからだ。どの論文を読み、どの研究が重要か、何が問題か、何が今のトレンドか、こういった問題を本来なら数年研究して自ら発見しなくてはならないことを全部そこのボスである指導者が教えてくれるからである。
しかしこういう人たちが海外から留学帰りとして戻ってくる。ましてやそのボスが世界的有名である場合には、著名な研究の仲間である新進気鋭の研究者として鳴り物入りで向かい入れられる。そしていつしかこういう理論物理学者たちが学会を支配して行くのである。
次の方法は、自分の学生や友人や知人でその分野の専門家を探し、共同研究するというやり方である。これは先の方法ほどではないが、それなりに手間ひまを省ける。
こんなわけで、どうも最近の日本の理論物理学者はあまり勉強しない。古今東西の主要な論文や研究を密かに自分で読んで研究しているなどという人は私がインターネットで調べる範囲ではめったにいない。
いつからこうなってしまったのか? どうしてこうなってしまったのか?
こういった疑問の答えを私は知らないが、何か”問題”がそこにあるということだろうと感じる。
どうも現在の理論物理学者の勉強嫌いはどうにかならんのだろうかネ。
ちなみに、なぜ私がこういうことを考えるかと言えば、研究というものは、あらゆることを勉強し尽くしても、まだ分からん、これを知ってもまだ足りない、これを勉強してもまだ不十分だと決して満足せず疑問を積み重ねて行く内にしか本質的な進歩に行きつかないと思うからである。
2008/04/25のBlog
[ 09:11 ]
[ ジョーク ]
笑いは百薬之長。以下はジョーク。笑うことが肝要。信じないことだヨ。
【チベット問題vs北京オリンピック】
チベット問題は北京オリンピックとリンクされて今や世界中の大問題。
そこで、世界の人々はこの問題にどう振る舞うのだろうか。
イギリス人の場合。
「イギリス人諸君、今こそ英国紳士の心意気を世界に見せる時だ。
中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、イギリス人は、”英国紳士の勇気を見せてやる”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
アメリカ人の場合。
「アメリカ人諸君、君たちは雇用保険や年金に入っているから大丈夫だ。
失敗しようがどうなろうが何も問題ない。
中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、アメリカ人は安心して後のことは”保険に任せた”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
ドイツ人の場合。
「ドイツ人諸君、これは国家の絶対命令だ。
中国を恐れずに死ぬ気で聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、ドイツ人は”命令には絶対服従”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
フランス人の場合。
「フランス人諸君、フランスは”自由、平等、博愛”の精神の国。
その理想のために中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ。
その方が女性にもてるぞ。』
すると、フランス人は”世界の自由、平等、博愛と女のために”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
イタリア人の場合。
「イタリア人諸君、君たちはこのままで結構。
妨害は他国に任せて普通の生活をしてくれたまえ。」
すると、イタリア人は”人の命令に従うのは真っ平ごめん”と
勇猛果敢にに聖火リレーを妨害する。
カナダ人の場合。
「カナダ人諸君、カナダには死刑制度はない。
どんな犯罪を犯しても死刑になることはない。
中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、カナダ人は”どんなことをしても死刑にならないのなら”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
オーストラリア人の場合。
「オーストラリア人諸君、今こそ宗主国英国女王の機嫌をとるのだ。
女王のため中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、オーストラリア人は、”イギリス女王陛下のため”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
日本人の場合。
「日本人諸君、他国はみんな聖火リレーを妨害している。
やっていないのは日本人だけだ。」
すると日本人はそれが”世界の常識だ”と知って
しぶしぶ聖火リレーを妨害する。
(昨日、本当にタケシの兄がこんなことを言ってたネ)
中国人の場合。
「中国人諸君、中国では国家反逆罪は死刑とされている。
北京オリンピック開催する以上、失敗すれば死刑だ。
中国で生き続けたいなら成功するまでやり遂げるほかない」
すると、中国人は”成功しないかぎり死刑になるのなら”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する他国民を妨害する。
【持続時間vs長さ】
『持続時間、長いほど男らしい? 米大学が射精アンケート』に関して
世の中の男性は「持続時間が長いほどいい」と思いこんでいる。
しかし、それは必ずしもそうではないらしい。
ペンシルベニア州立大が「性交時に男性が射精まで持続する適正な時間」
を性療法士からアンケート調査した結果、平均3分一13分と出たとか。
その結果、白人、黒人、東洋人というランキング。
でも、女性はどう思っているのだろうか。これはまだ調査中。
相手あってのものだけに、こっちの方が重要そうだ。
これに対して、ハーバード大は
「性交時に男性器が長いほど持続時間が長い」という結果を出し、
三段論法の結果、「男性器が長いほどいい」という結論を出した。
その結果、黒人、白人、東洋人というランキング。
これに対して、東大は
「いやいや固さの持続時間の方が大事」ですゾと調査。
その結果、東洋人、黒人、白人というランキング。
いやはやどれが真実なんだろうか。
【チベット問題vs北京オリンピック】
チベット問題は北京オリンピックとリンクされて今や世界中の大問題。
そこで、世界の人々はこの問題にどう振る舞うのだろうか。
イギリス人の場合。
「イギリス人諸君、今こそ英国紳士の心意気を世界に見せる時だ。
中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、イギリス人は、”英国紳士の勇気を見せてやる”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
アメリカ人の場合。
「アメリカ人諸君、君たちは雇用保険や年金に入っているから大丈夫だ。
失敗しようがどうなろうが何も問題ない。
中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、アメリカ人は安心して後のことは”保険に任せた”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
ドイツ人の場合。
「ドイツ人諸君、これは国家の絶対命令だ。
中国を恐れずに死ぬ気で聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、ドイツ人は”命令には絶対服従”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
フランス人の場合。
「フランス人諸君、フランスは”自由、平等、博愛”の精神の国。
その理想のために中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ。
その方が女性にもてるぞ。』
すると、フランス人は”世界の自由、平等、博愛と女のために”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
イタリア人の場合。
「イタリア人諸君、君たちはこのままで結構。
妨害は他国に任せて普通の生活をしてくれたまえ。」
すると、イタリア人は”人の命令に従うのは真っ平ごめん”と
勇猛果敢にに聖火リレーを妨害する。
カナダ人の場合。
「カナダ人諸君、カナダには死刑制度はない。
どんな犯罪を犯しても死刑になることはない。
中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、カナダ人は”どんなことをしても死刑にならないのなら”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
オーストラリア人の場合。
「オーストラリア人諸君、今こそ宗主国英国女王の機嫌をとるのだ。
女王のため中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、オーストラリア人は、”イギリス女王陛下のため”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
日本人の場合。
「日本人諸君、他国はみんな聖火リレーを妨害している。
やっていないのは日本人だけだ。」
すると日本人はそれが”世界の常識だ”と知って
しぶしぶ聖火リレーを妨害する。
(昨日、本当にタケシの兄がこんなことを言ってたネ)
中国人の場合。
「中国人諸君、中国では国家反逆罪は死刑とされている。
北京オリンピック開催する以上、失敗すれば死刑だ。
中国で生き続けたいなら成功するまでやり遂げるほかない」
すると、中国人は”成功しないかぎり死刑になるのなら”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する他国民を妨害する。
【持続時間vs長さ】
『持続時間、長いほど男らしい? 米大学が射精アンケート』に関して
世の中の男性は「持続時間が長いほどいい」と思いこんでいる。
しかし、それは必ずしもそうではないらしい。
ペンシルベニア州立大が「性交時に男性が射精まで持続する適正な時間」
を性療法士からアンケート調査した結果、平均3分一13分と出たとか。
その結果、白人、黒人、東洋人というランキング。
でも、女性はどう思っているのだろうか。これはまだ調査中。
相手あってのものだけに、こっちの方が重要そうだ。
これに対して、ハーバード大は
「性交時に男性器が長いほど持続時間が長い」という結果を出し、
三段論法の結果、「男性器が長いほどいい」という結論を出した。
その結果、黒人、白人、東洋人というランキング。
これに対して、東大は
「いやいや固さの持続時間の方が大事」ですゾと調査。
その結果、東洋人、黒人、白人というランキング。
いやはやどれが真実なんだろうか。
2008/04/24のBlog
[ 10:06 ]
[ 社会 ]
硫化水素自殺、近所の女性も一時意識不明
最近、”どういうわけか”「硫化水素自殺」が頻発している。これは、「無差別自爆テロ」と同じだということを今回は紹介しておこう。
それゆえ、「硫化水素自殺」の紹介者、ホームページ制作者、掲載プロバイダーの即刻の逮捕拘留が望ましい。政府の早急の対策を期待したい。
さて、
硫化水素
この中に以下のようにある。
【毒性】
毒性は、化学的な反応性の高さによる皮膚粘膜への刺激性とシトクロムcオキシダーゼの阻害が挙げられる。
シトクロムcオキシダーゼ阻害作用は非常に急速に発生し、高濃度での暴露を受けた場合には数呼吸で昏倒に至る。この現象は「ノックダウン」とよばれる。皮膚粘膜への刺激性は中長期的な影響となり、気管支炎や肺水腫を起こす。[1]
独特の臭気があるが、嗅覚を麻痺させる作用があるため、濃度が高くなると逆に匂いを感知できなくなる。このため、濃度が致死量に近づいているにもかかわらず、それと気づかないケースが多いので注意が必要である。火山周辺では警告の看板に注意する事が必要である。知らずに近づいた登山者やスキー客・温泉客が死亡する例も見受けられる。
鉱工業においては下水道や排水プラント・化学工業・実験施設において事故が度々発生しており、このような場所での作業では監視・管理が法規制されている[2]。年余にわたる微量の曝露では変異原性が指摘されている。[3]
【治療】
急性中毒の治療は、まず外気に当てて衣服等に含まれる硫化水素を飛ばし、患者には100%酸素を吸入させる。その際ジャクソンリースのような再呼吸式の吸入具は有毒ガス呼出の妨げとなるため、絶対に使用してはならない。
解毒剤として有効性が示されているのは亜硝酸アミルなどの亜硝酸塩のみである。硫化水素は血管壁の亜酸化窒素合成を阻害することが毒性の発現経路のひとつであるためだが、曝露後数分以内に投与しなければ著効が期待できない。
最初の数時間を乗り切った重症患者は、後に急性肺傷害を発病する危険性が高い。このため気管挿管と人工呼吸器管理が必要となるが、これらの処置を行う医療従事者は2次汚染を防ぐための万全の対策を以て臨まなければならない。[4]
【濃度対危険度】
濃度(単位:ppm) → 作用
1,000一2,000 → 即死
600 → 約1時間で致命的中毒
200一300 → 約1時間で急性中毒
100一200 → 症状:臭覚麻痺
50一100 → 症状:気道刺激、結膜炎
10 → 労働安全衛生法規制値(許容限界濃度)
0.41 → 不快臭
0.02一0.2 → 悪臭防止法に基づく大気濃度規制値
0.00041 → 臭いの閾値
最近、”どういうわけか”「硫化水素自殺」が頻発している。これは、「無差別自爆テロ」と同じだということを今回は紹介しておこう。
それゆえ、「硫化水素自殺」の紹介者、ホームページ制作者、掲載プロバイダーの即刻の逮捕拘留が望ましい。政府の早急の対策を期待したい。
さて、
硫化水素
この中に以下のようにある。
【毒性】
毒性は、化学的な反応性の高さによる皮膚粘膜への刺激性とシトクロムcオキシダーゼの阻害が挙げられる。
シトクロムcオキシダーゼ阻害作用は非常に急速に発生し、高濃度での暴露を受けた場合には数呼吸で昏倒に至る。この現象は「ノックダウン」とよばれる。皮膚粘膜への刺激性は中長期的な影響となり、気管支炎や肺水腫を起こす。[1]
独特の臭気があるが、嗅覚を麻痺させる作用があるため、濃度が高くなると逆に匂いを感知できなくなる。このため、濃度が致死量に近づいているにもかかわらず、それと気づかないケースが多いので注意が必要である。火山周辺では警告の看板に注意する事が必要である。知らずに近づいた登山者やスキー客・温泉客が死亡する例も見受けられる。
鉱工業においては下水道や排水プラント・化学工業・実験施設において事故が度々発生しており、このような場所での作業では監視・管理が法規制されている[2]。年余にわたる微量の曝露では変異原性が指摘されている。[3]
【治療】
急性中毒の治療は、まず外気に当てて衣服等に含まれる硫化水素を飛ばし、患者には100%酸素を吸入させる。その際ジャクソンリースのような再呼吸式の吸入具は有毒ガス呼出の妨げとなるため、絶対に使用してはならない。
解毒剤として有効性が示されているのは亜硝酸アミルなどの亜硝酸塩のみである。硫化水素は血管壁の亜酸化窒素合成を阻害することが毒性の発現経路のひとつであるためだが、曝露後数分以内に投与しなければ著効が期待できない。
最初の数時間を乗り切った重症患者は、後に急性肺傷害を発病する危険性が高い。このため気管挿管と人工呼吸器管理が必要となるが、これらの処置を行う医療従事者は2次汚染を防ぐための万全の対策を以て臨まなければならない。[4]
【濃度対危険度】
濃度(単位:ppm) → 作用
1,000一2,000 → 即死
600 → 約1時間で致命的中毒
200一300 → 約1時間で急性中毒
100一200 → 症状:臭覚麻痺
50一100 → 症状:気道刺激、結膜炎
10 → 労働安全衛生法規制値(許容限界濃度)
0.41 → 不快臭
0.02一0.2 → 悪臭防止法に基づく大気濃度規制値
0.00041 → 臭いの閾値
ちなみに、”卵の腐ったような匂い”という言葉の印象から、「硫化水素」を「二酸化硫黄」(俗名、亜硫酸ガス)と勘違いし混同するといけないから、ここに注意しておく。「硫化水素」はH2S、「二酸化硫黄」はSO2である。両方ともに非常に危険なガスであることには変わりない。
----------------
これを見ても分かるように、硫化水素は非常に致死率の高い、極めて有毒の物質である。同時に、一度被害にあうと治療が難しいガス物質である。もちろん、回復も難しい。また、毒がガスであるために、周辺への被害や悪影響が実に大きい。
これほどまでに、硫化水素は”危険な物質”である。
一説には、「硫化水素自殺」はだれかのホームページで紹介されたということらしいが、そういうホームページは、明らかに自殺者だけでなく、その”周辺住民”への被害を予測してのものであると考えられる。したがって、明らかなる「テロ活動行為」と見なすことができるだろう。
近所で高濃度の純度の高い硫化水素を発生させられたらたまったものではない。例え助かったとしても下手すれば一生障害に苦しめられないとも限らないからである。
この意味では、かなり「自爆テロ」に近い状況となる。爆弾による爆発ではないが、硫化水素爆弾による自爆テロと見なせるからである。
もしだれかが「自殺するためだ」といって、国会議事堂内で「硫化水素自殺」をしたらどうなるか? あるいは、新幹線の中で「硫化水素自殺」したらどうなるだろうか?
想像するだけでも恐ろしい事態となるだろう。地下鉄サリン事件などものの比ではない。それほど、硫化水素の致死率は高い。無数の死人、無数の被害者が出るはずである。国会議員や職員の大半はガス死するだろう。
おそらく、この方法を紹介した”悪玉”は、そういう事態を期待しているのだろう。きっとそうなれば大喜びのはずである。この意味でも、実に悪質なのである。
こういうわけで、ホームページ制作者、および、有害ホームページを掲載したプロバイダーは、即刻逮捕勾留し、どうしてそういう「無差別テロ行為」をしたのか、その背後関係を調査すべきだろう。
どこかよその国のエージェントがそういうことをしているのかも知れないからである、あるいは、どこかよその国のエージェントが日本人を利用してやらせているのかも知れないからである。
また、「硫化水素」の発生する洗剤など、家庭の商品は即刻販売禁止にして、「硫化水素」の発生しないもっと別の商品を開発すべきだろう。
早急な対処が望まれるナ。
----------------
これを見ても分かるように、硫化水素は非常に致死率の高い、極めて有毒の物質である。同時に、一度被害にあうと治療が難しいガス物質である。もちろん、回復も難しい。また、毒がガスであるために、周辺への被害や悪影響が実に大きい。
これほどまでに、硫化水素は”危険な物質”である。
一説には、「硫化水素自殺」はだれかのホームページで紹介されたということらしいが、そういうホームページは、明らかに自殺者だけでなく、その”周辺住民”への被害を予測してのものであると考えられる。したがって、明らかなる「テロ活動行為」と見なすことができるだろう。
近所で高濃度の純度の高い硫化水素を発生させられたらたまったものではない。例え助かったとしても下手すれば一生障害に苦しめられないとも限らないからである。
この意味では、かなり「自爆テロ」に近い状況となる。爆弾による爆発ではないが、硫化水素爆弾による自爆テロと見なせるからである。
もしだれかが「自殺するためだ」といって、国会議事堂内で「硫化水素自殺」をしたらどうなるか? あるいは、新幹線の中で「硫化水素自殺」したらどうなるだろうか?
想像するだけでも恐ろしい事態となるだろう。地下鉄サリン事件などものの比ではない。それほど、硫化水素の致死率は高い。無数の死人、無数の被害者が出るはずである。国会議員や職員の大半はガス死するだろう。
おそらく、この方法を紹介した”悪玉”は、そういう事態を期待しているのだろう。きっとそうなれば大喜びのはずである。この意味でも、実に悪質なのである。
こういうわけで、ホームページ制作者、および、有害ホームページを掲載したプロバイダーは、即刻逮捕勾留し、どうしてそういう「無差別テロ行為」をしたのか、その背後関係を調査すべきだろう。
どこかよその国のエージェントがそういうことをしているのかも知れないからである、あるいは、どこかよその国のエージェントが日本人を利用してやらせているのかも知れないからである。
また、「硫化水素」の発生する洗剤など、家庭の商品は即刻販売禁止にして、「硫化水素」の発生しないもっと別の商品を開発すべきだろう。
早急な対処が望まれるナ。
2008/04/23のBlog
[ 20:17 ]
[ 阿南市 ]
徳島ブース開設 独ハノーバー・メッセ2008、LEDなど製品PR
ドイツのニーダーザクセン州ハーノーバーで開かれた「ハノーバー・メッセ2008」に、光の街阿南のL・E・Dも曼陀羅ドームを出展。ついにドイツへ渡る。
”徳島ブースには、発光ダイオード(LED)関連など独自技術を持つ企業が産業機械や製品サンプルを展示。注目を集めたのは、七万五千四百個のLEDで作られた直径四メートル、高さ五メートルのドーム。音楽に合わせてさまざまな色や形が明滅するようにコンピューター制御されていて、来場者から質問が相次いでいた。”
いやー、大栗さん、板東さん頑張っていますねー。
参考:
「光のアーチ・つながる阿南」:大栗さん”光る”!
阿南市の「L・E・D」訪問
ドイツのニーダーザクセン州ハーノーバーで開かれた「ハノーバー・メッセ2008」に、光の街阿南のL・E・Dも曼陀羅ドームを出展。ついにドイツへ渡る。
”徳島ブースには、発光ダイオード(LED)関連など独自技術を持つ企業が産業機械や製品サンプルを展示。注目を集めたのは、七万五千四百個のLEDで作られた直径四メートル、高さ五メートルのドーム。音楽に合わせてさまざまな色や形が明滅するようにコンピューター制御されていて、来場者から質問が相次いでいた。”
いやー、大栗さん、板東さん頑張っていますねー。
参考:
「光のアーチ・つながる阿南」:大栗さん”光る”!
阿南市の「L・E・D」訪問
[ 12:15 ]
[ ジョーク ]
笑いは百薬之長。以下はジョーク。信じないことだヨ。
『「フリーター100万人を正社員化」 政府目標、3年で』に関して
福田首相が国会で『「フリーター100万人を自衛隊員化」 政府目標、3年で』と間違える。つまり、2010年度までの3年間に「フリーター、ニートなどの若者100万人を正隊員化し、女性と高齢者の計120万人の雇用を増やす」という数値目標を打ち出す。
『「できれば入国お断り」 国境なき記者団に政府苦慮』に関して
謎のフランス人が作った市民団体「国境なき記者団」(RSF、本部パリ)は
北京五輪開会式への不参加を呼びかけている。
長野で26日に予定の聖火リレーへも抗議活動のため来日を計画しているらしい。
それに頭を悩ませているのが日本政府。できれば混乱を回避したい。
しかし入国を拒否する法的な根拠が見つからない。
そこで考えたのが、「国境なき記者団メンバーのフーリガン説」。
どうやらメンバーにサッカーのフーリガンの経歴があったとするもの。
果たしてこの方法、うまく行くか。
『「警察署のトイレから飛び降り死亡 任意聴取中の男性』に関して
これから警察では、取り調べの容疑者には自動パラシュートを着用させる計画とか。
『「ネットに悪口書かれた」 中学生、バットで殴られ重体』に関して
今後ヒロユキの「2ちゃんねる」に自由に消せる”消しゴム”機能がつくという。
俗に、「ヒロユキの頭のなかの消しゴム」と呼ぶのだとか。
『「フリーター100万人を正社員化」 政府目標、3年で』に関して
福田首相が国会で『「フリーター100万人を自衛隊員化」 政府目標、3年で』と間違える。つまり、2010年度までの3年間に「フリーター、ニートなどの若者100万人を正隊員化し、女性と高齢者の計120万人の雇用を増やす」という数値目標を打ち出す。
『「できれば入国お断り」 国境なき記者団に政府苦慮』に関して
謎のフランス人が作った市民団体「国境なき記者団」(RSF、本部パリ)は
北京五輪開会式への不参加を呼びかけている。
長野で26日に予定の聖火リレーへも抗議活動のため来日を計画しているらしい。
それに頭を悩ませているのが日本政府。できれば混乱を回避したい。
しかし入国を拒否する法的な根拠が見つからない。
そこで考えたのが、「国境なき記者団メンバーのフーリガン説」。
どうやらメンバーにサッカーのフーリガンの経歴があったとするもの。
果たしてこの方法、うまく行くか。
『「警察署のトイレから飛び降り死亡 任意聴取中の男性』に関して
これから警察では、取り調べの容疑者には自動パラシュートを着用させる計画とか。
『「ネットに悪口書かれた」 中学生、バットで殴られ重体』に関して
今後ヒロユキの「2ちゃんねる」に自由に消せる”消しゴム”機能がつくという。
俗に、「ヒロユキの頭のなかの消しゴム」と呼ぶのだとか。
[ 10:59 ]
[ 政治・経済 ]
有害サイト規制綱引き 青少年保護か表現の自由か
遅ればせながら、日本の政治家や官僚たちも「インターネットの有害な情報を規制する法案づくり」に着手してきたようだ。これは、”良い徴候”である。
私は日本にインターネット網が誕生した最初の1996年からずっとこの世界を見て来ている。その点、つい最近になってどうのこうの言っている政治家たちとは違う。「blogに移行します。」に書いた通りである。
そんなわけで私のこのブログももう5年目に入る。この私の”目”から、この際この問題をちょっとコメントさせてもらおう。ちなみにこういったインターネットやそれに関する話題は、ブログ内の検索をかければ無数に出てくるはずであるが、いくつかは参考として紹介しておいた。
さて、”規制”というと語弊があるが、何かのルールを適用する場合、どういうのが一番理想的かというと、こういう問題を考える上で非常に良い例が実はサッカーのレフェリーイング(審判の仕方)なのである。
サッカーというスポーツは、レフェリーの腕次第で暗黒の世界のラフなスポーツにもなったり、この世のものとは思えないほどの華麗で見事なスポーツにも変わるというものであることは良く知られたことである。 サッカーという1つのスポーツの世界においても、審判のルール適用の仕方しだいで、試合は良くもなれば悪くもなる。
Jリーグにも試合の”壊し屋”と呼ばれる人がいて、無軌道に自己中心的にルールを適用してしばしば試合をカオス状態に導いてもうどうしようもなくなる(Jリーグの”壊し屋(こわしや)”さん、Jリーグスキャンダル:家本政明主審にレッドカード!)。実は、こういうタイプの主審には”共通する傾向”がある。
それは、試合の駆け出しの時にばんやりしていて、結構危ない反則を見逃すということである。これが良くない。
選手も馬鹿ではないから、最初はあまり気にしていないが、悪質な反則が主審に反則に取ってもらえないと分かると、やられっぱなしというわけには行かなくなり、今度やられたらやりかえそうと考えるようになる。つまり、最初に取らなくては行けない反則がたびたび見逃され続けると、選手たちには”一触即発”状態が生み出されるのだ。
さらに試合も後半になり、だんだん勝負がかかってくる。すると、ますますムードは険悪になる。ところが、こういう主審に限って、こういう怪しい空気の時に起こった危険で悪質な反則に対して、即警告やレッドカードを出すのである。すでにサイは投げられた状態で一種の戦争状態に陥ったゲームでは、カードの乱発となり、もはやカードでは収拾がつかないという渾沌とした状態となってしまうのである。だから、こういう試合では、やたらと主審ばかりが目立つのである。
こうして本来なら良い試合になるはずのものも、後味の悪い見ていてもつまならいというような試合と化す。こういうことが”壊し屋”という主審によってしばしば引き起こされるのである。要するに、”米炊き”のように「はじめちょろちょろなかぱっぱ、」ではダメなのである。
ところが、一方、”良い主審”というのは、全く逆のことをするのだ。
良いレフェリーは、試合の駆け出しでむしろ厳しく振るまう。比較的悪質でない反則でも、選手を呼んで、厳しく注意する。悪質な反則には、非常に厳しく注意しイエローを出す。そうやって次第に試合をコントロールする。選手もこういう場合は、反則はしっかりとってくれるので、フェアープレーを心掛けるようになる。
そして試合が佳境に入る頃には、選手たちは良いプレーに集中し、息も切らせぬほどのスピーディーな試合展開となる。こういう試合では決まって主審の存在が消えたかのように目立たない。
そうやって試合の流れを切らずに良い試合を演出するのである。要するに、”ビフテキの焼き方”に似て「はじめに強火でギュッと焼き、しだいに火を弱めてじっくり焼く」方が良いということなのである。最初にお灸をすえておくというわけだ。
これが、良い主審と悪い主審の差なのである(日本にも上川徹さんのような立派な審判もいる「日本人の真の”英雄”」)。
私の考えでは、「インターネットの法規制」においても全く同じことが言えるだろうと思うのである。
日本のインターネット界がここまで”不正義に充ち満ち”、悪質なサイトが増え過ぎて、社会が不安定で危険な状態に陥ってしまったのは、サッカーでいうところの”悪い主審”がいたからである。言い換えれば、物事の始まりの時期に”甘過ぎ”たからである。要するに、インターネットが社会に登場した最初の時期にすべてを”野放し”にしたからである。
こうして、日本のインターネット界は、ラフプレーで危険きわまりなく、イエローカードやレッドカードの飛び交うサッカーの試合のように、実に渾沌とした世界へと変ぼうしてしまったというわけである。私はそう見ている。
その意味で、残念ながら、今となってはもう”手後れ”なのである。物事には、”時期”というものがあり、その時期を逸すると、後戻りできなくなるということがある。この法規制の問題もその例にもれない。
今から法規制したところで(もちろん法規制した方が良いのだが、つまり無いよりはましなのだが)、これまでに過ぎ去った現実はもはや”直すことはできない”のである。インターネットで犯罪に巻き込まれたり、そのおかげで死んだりした人たちの生活や命はもう戻らないからである。
失われたビッグゲームは戻らない。不審と後味の悪さだけが残されるのである。
ところで、実は、「子供の教育」についてもこれと同じことが言えるのである。
「始めに厳しくしつけ、しだいにたがを弛めて行き、最後に自由を与える」、この方が、「最初に自由放任主義ではじまり、後で厳しくする」というものよりずっとましなのである。合理的なのである。サッカーがそれを見事に証明しくれているからである。
遅ればせながら、日本の政治家や官僚たちも「インターネットの有害な情報を規制する法案づくり」に着手してきたようだ。これは、”良い徴候”である。
私は日本にインターネット網が誕生した最初の1996年からずっとこの世界を見て来ている。その点、つい最近になってどうのこうの言っている政治家たちとは違う。「blogに移行します。」に書いた通りである。
そんなわけで私のこのブログももう5年目に入る。この私の”目”から、この際この問題をちょっとコメントさせてもらおう。ちなみにこういったインターネットやそれに関する話題は、ブログ内の検索をかければ無数に出てくるはずであるが、いくつかは参考として紹介しておいた。
さて、”規制”というと語弊があるが、何かのルールを適用する場合、どういうのが一番理想的かというと、こういう問題を考える上で非常に良い例が実はサッカーのレフェリーイング(審判の仕方)なのである。
サッカーというスポーツは、レフェリーの腕次第で暗黒の世界のラフなスポーツにもなったり、この世のものとは思えないほどの華麗で見事なスポーツにも変わるというものであることは良く知られたことである。 サッカーという1つのスポーツの世界においても、審判のルール適用の仕方しだいで、試合は良くもなれば悪くもなる。
Jリーグにも試合の”壊し屋”と呼ばれる人がいて、無軌道に自己中心的にルールを適用してしばしば試合をカオス状態に導いてもうどうしようもなくなる(Jリーグの”壊し屋(こわしや)”さん、Jリーグスキャンダル:家本政明主審にレッドカード!)。実は、こういうタイプの主審には”共通する傾向”がある。
それは、試合の駆け出しの時にばんやりしていて、結構危ない反則を見逃すということである。これが良くない。
選手も馬鹿ではないから、最初はあまり気にしていないが、悪質な反則が主審に反則に取ってもらえないと分かると、やられっぱなしというわけには行かなくなり、今度やられたらやりかえそうと考えるようになる。つまり、最初に取らなくては行けない反則がたびたび見逃され続けると、選手たちには”一触即発”状態が生み出されるのだ。
さらに試合も後半になり、だんだん勝負がかかってくる。すると、ますますムードは険悪になる。ところが、こういう主審に限って、こういう怪しい空気の時に起こった危険で悪質な反則に対して、即警告やレッドカードを出すのである。すでにサイは投げられた状態で一種の戦争状態に陥ったゲームでは、カードの乱発となり、もはやカードでは収拾がつかないという渾沌とした状態となってしまうのである。だから、こういう試合では、やたらと主審ばかりが目立つのである。
こうして本来なら良い試合になるはずのものも、後味の悪い見ていてもつまならいというような試合と化す。こういうことが”壊し屋”という主審によってしばしば引き起こされるのである。要するに、”米炊き”のように「はじめちょろちょろなかぱっぱ、」ではダメなのである。
ところが、一方、”良い主審”というのは、全く逆のことをするのだ。
良いレフェリーは、試合の駆け出しでむしろ厳しく振るまう。比較的悪質でない反則でも、選手を呼んで、厳しく注意する。悪質な反則には、非常に厳しく注意しイエローを出す。そうやって次第に試合をコントロールする。選手もこういう場合は、反則はしっかりとってくれるので、フェアープレーを心掛けるようになる。
そして試合が佳境に入る頃には、選手たちは良いプレーに集中し、息も切らせぬほどのスピーディーな試合展開となる。こういう試合では決まって主審の存在が消えたかのように目立たない。
そうやって試合の流れを切らずに良い試合を演出するのである。要するに、”ビフテキの焼き方”に似て「はじめに強火でギュッと焼き、しだいに火を弱めてじっくり焼く」方が良いということなのである。最初にお灸をすえておくというわけだ。
これが、良い主審と悪い主審の差なのである(日本にも上川徹さんのような立派な審判もいる「日本人の真の”英雄”」)。
私の考えでは、「インターネットの法規制」においても全く同じことが言えるだろうと思うのである。
日本のインターネット界がここまで”不正義に充ち満ち”、悪質なサイトが増え過ぎて、社会が不安定で危険な状態に陥ってしまったのは、サッカーでいうところの”悪い主審”がいたからである。言い換えれば、物事の始まりの時期に”甘過ぎ”たからである。要するに、インターネットが社会に登場した最初の時期にすべてを”野放し”にしたからである。
こうして、日本のインターネット界は、ラフプレーで危険きわまりなく、イエローカードやレッドカードの飛び交うサッカーの試合のように、実に渾沌とした世界へと変ぼうしてしまったというわけである。私はそう見ている。
その意味で、残念ながら、今となってはもう”手後れ”なのである。物事には、”時期”というものがあり、その時期を逸すると、後戻りできなくなるということがある。この法規制の問題もその例にもれない。
今から法規制したところで(もちろん法規制した方が良いのだが、つまり無いよりはましなのだが)、これまでに過ぎ去った現実はもはや”直すことはできない”のである。インターネットで犯罪に巻き込まれたり、そのおかげで死んだりした人たちの生活や命はもう戻らないからである。
失われたビッグゲームは戻らない。不審と後味の悪さだけが残されるのである。
ところで、実は、「子供の教育」についてもこれと同じことが言えるのである。
「始めに厳しくしつけ、しだいにたがを弛めて行き、最後に自由を与える」、この方が、「最初に自由放任主義ではじまり、後で厳しくする」というものよりずっとましなのである。合理的なのである。サッカーがそれを見事に証明しくれているからである。
この意味では、もし真に法規制したいというのであれば、最初に非常に厳しいものを定め、しだいにそれを弛めて行くという方策が理想的と言えるのである。
したがって、このニュース記事の範囲で言えば、高市議員の法案で始め、それになれて来た頃少しずつ弛めて、徐々に業界団体の望む方向へ近付けて行けば良いのである。
ところが、現実には、最初に業界団体の自由放縦な野放図状態から法規制の方向へと進んだから、残された現実は最悪のサッカーの試合のような「カオスの状態」に陥ったというわけである。
いやはや、日本には賢人がいないということですナ。困ったものである。
参考:
「学校裏サイト」:2ちゃんねる文化が子供に飛び火?
“「画像ちゃんねる」管理者ら逮捕”?
”ダークサイド”
「死刑なら払う」西村博之は死刑にしないとダメ?
”ひろゆきニゲター!”
”ひろゆきキター!”
不良教師・不良大学教職員の撲滅はなるか?
遮断ソフトは大学・研究所・官公庁にこそ必要
”ウィニー”
”2ちゃんねる”敗訴:オタク時代の終焉?
"blog"時代に入って変わったことは?
したがって、このニュース記事の範囲で言えば、高市議員の法案で始め、それになれて来た頃少しずつ弛めて、徐々に業界団体の望む方向へ近付けて行けば良いのである。
ところが、現実には、最初に業界団体の自由放縦な野放図状態から法規制の方向へと進んだから、残された現実は最悪のサッカーの試合のような「カオスの状態」に陥ったというわけである。
いやはや、日本には賢人がいないということですナ。困ったものである。
参考:
「学校裏サイト」:2ちゃんねる文化が子供に飛び火?
“「画像ちゃんねる」管理者ら逮捕”?
”ダークサイド”
「死刑なら払う」西村博之は死刑にしないとダメ?
”ひろゆきニゲター!”
”ひろゆきキター!”
不良教師・不良大学教職員の撲滅はなるか?
遮断ソフトは大学・研究所・官公庁にこそ必要
”ウィニー”
”2ちゃんねる”敗訴:オタク時代の終焉?
"blog"時代に入って変わったことは?
2008/04/22のBlog
[ 22:12 ]
[ 阿南市 ]
阿南市のこのあたりは、二毛作を行おうとすれば十分にできるところである。
この時期にすでに田植えもたいがいの畑ではすんだようだ。
実は、この地方(徳島県の南の地方)は、気候的にはお隣の高知県の気候と
ほぼ同じである。さらには、九州の南部の宮崎や鹿児島の気候に似ている
とさえ言える。
というのは、高気圧や低気圧というものは中心の回りに円を描いているからである。
気圧の同心円にかかる地方は同じ気圧、同じ気候域に入る。
九州の南部がその円にかかるときにちょうどこのあたりが同じ円に乗る。
それゆえ、九州南部、高知、そして徳島南部は同じような時期に同じような季節が
訪れるのである。
だから、県北の鳴門や徳島市とはちょっと気候は異なる。
面白いことに、この辺りではいわゆる梅雨の前にちょっと初夏のような乾期が訪れる。
そしてしばらく夏日が続くと、雨季に入りちょっと肌寒くなり、
それからまた熱い真夏、海水浴のシーズンがやってくる。
そんな感じである。
この時期にすでに田植えもたいがいの畑ではすんだようだ。
実は、この地方(徳島県の南の地方)は、気候的にはお隣の高知県の気候と
ほぼ同じである。さらには、九州の南部の宮崎や鹿児島の気候に似ている
とさえ言える。
というのは、高気圧や低気圧というものは中心の回りに円を描いているからである。
気圧の同心円にかかる地方は同じ気圧、同じ気候域に入る。
九州の南部がその円にかかるときにちょうどこのあたりが同じ円に乗る。
それゆえ、九州南部、高知、そして徳島南部は同じような時期に同じような季節が
訪れるのである。
だから、県北の鳴門や徳島市とはちょっと気候は異なる。
面白いことに、この辺りではいわゆる梅雨の前にちょっと初夏のような乾期が訪れる。
そしてしばらく夏日が続くと、雨季に入りちょっと肌寒くなり、
それからまた熱い真夏、海水浴のシーズンがやってくる。
そんな感じである。
[ 12:16 ]
[ 好きな言葉や詩 ]
”自分に見えるものしか見えない”
これは、人という”種”、つまり人類、の際立った特徴を表す言葉である。
ともすれば、我々人が陥りやすい欠点というものを端的に述べている。
最近、私はいろんなところでこれに気付かされる。
例えば、サッカーでは、
「18歳のF東京・大竹、U23代表に初招集」
「岡田ジャパン合宿、中沢・鈴木・高原が不参加」
に見ることができる。
おそらく、この記事を読んだだけでは私が何を意味するか良く分からないだろうが、ここによく出ているのである。
U一23の反町監督は中盤出身、日本代表の岡田監督は守備出身であった。だから、反町の目には中盤から前の選手に目が向き、岡田の目には守備から後ろの選手に目が向く。すなわち、”自分に見える選手しか見えない”のである。
事実、岡田が”良い選手”と呼ぶのはたいていがディフェンダーである。反町がそう呼ぶのは、ミッドフィルダーである。
これは、人という”種”、つまり人類、の際立った特徴を表す言葉である。
ともすれば、我々人が陥りやすい欠点というものを端的に述べている。
最近、私はいろんなところでこれに気付かされる。
例えば、サッカーでは、
「18歳のF東京・大竹、U23代表に初招集」
「岡田ジャパン合宿、中沢・鈴木・高原が不参加」
に見ることができる。
おそらく、この記事を読んだだけでは私が何を意味するか良く分からないだろうが、ここによく出ているのである。
U一23の反町監督は中盤出身、日本代表の岡田監督は守備出身であった。だから、反町の目には中盤から前の選手に目が向き、岡田の目には守備から後ろの選手に目が向く。すなわち、”自分に見える選手しか見えない”のである。
事実、岡田が”良い選手”と呼ぶのはたいていがディフェンダーである。反町がそう呼ぶのは、ミッドフィルダーである。
同じことは、我々科学者にも言える。
例えば、最近、2人ほど物理学界で有名な研究者、ホイーラー博士とローレンツ博士がお亡くなりになった。(ユニークな天才物理学者ジョン・ホイーラー博士死去、「カオス理論」の父、ローレンツ博士死去 )
こういう時には当然、科学者や物理学者もそれなりに”追悼記事”のようなものを書く。そういう人が大学にも現れる。
例えば、ちょっと国内のこの分野では知られているものに、
「吉岡直樹(仮名)のアンテナ(a.hatena.ne.jp/Naoki_Yoshioka)」
というようなものがあり、何人かの理論物理学者が”追悼記事のようなもの”(ニセ追悼記事?)を書いている。
こういう記事を見ると、やはり同じようなことが科学者にもあるということが分かる。つまり、ローレンツ博士の業績を語る場合には、ローレンツ博士の行った業績のうち「自分の頭で理解できたことだけを論じる」ということである。
中には、後になって(つまり、ローレンツのオリジナルを理解した上で、すなわちそれを教科書にして)自分がやったこと(つまり、応用したこと)をひけらかして、ローレンツのものよりこっちが上だと語るものまでいる。
だったら、
何で世界初でおやりにならなかったのですか?
と問いただしてみたい気にもなる。
こういうのは、「アカデミック後付け」というようなもので(「アカデミック”死人に口なし”」と言っても良い)、一般に科学者は”やってはならないこと”の1つに入る。
なぜなら、ワールドカップの決勝戦のシュートの是非をめぐって、ワールドカップ予選敗退した選手が自分ならもっと良いシュートが打てたと豪語しているようなものだからだ。1サッカーファンならそれも許されるだろうが、同業者のプロはそういうことは許されない。
同じことは、科学者にも言える。
世界的に有名となったオリジナリティーの高い世界初の業績をみんなが理解したからといって自分も読んでみた時、仮にその一部の本質が理解できたとする。場合によっては、その論文に書いてなかったことを自分が見い出したとする。だからと言って、まるでその論文の著者がそれを知らなかったかのように言うことや自分の方がその著者より賢いと言うというような態度はいただけない。
なぜなら、その著者が知っていても書いていなかっただけかも知れないし、あるいは、もっと別の論文としてすでに公表されていたのを自分が知らなかっただけかも知れないし、あるいは、あまりに自明で書くほどのことではないと思っていたかも知れないからである。
いずれにせよ、オリジナルの研究者の仕事内容そのものをいろいろ言うことはできるだろうが、その人より自分の方が賢いとか、上だとかいうような精神構造は間違いである。あまりに”ごう慢”過ぎると言えるからである。科学を知らない人が読めば非常に”不快”な印象を与えかねないからである。私と違って、大学の先生たちがおやりになることとしてはいかがなものかと思わざるを得ないですナ。
まあ、こんな案配で、我々人間というものは、想像力をよく働かせられるようにトレーニングしないと、すぐに
”自分に見えるものしか見えない”
ということになる生物のようですナ。
例えば、最近、2人ほど物理学界で有名な研究者、ホイーラー博士とローレンツ博士がお亡くなりになった。(ユニークな天才物理学者ジョン・ホイーラー博士死去、「カオス理論」の父、ローレンツ博士死去 )
こういう時には当然、科学者や物理学者もそれなりに”追悼記事”のようなものを書く。そういう人が大学にも現れる。
例えば、ちょっと国内のこの分野では知られているものに、
「吉岡直樹(仮名)のアンテナ(a.hatena.ne.jp/Naoki_Yoshioka)」
というようなものがあり、何人かの理論物理学者が”追悼記事のようなもの”(ニセ追悼記事?)を書いている。
こういう記事を見ると、やはり同じようなことが科学者にもあるということが分かる。つまり、ローレンツ博士の業績を語る場合には、ローレンツ博士の行った業績のうち「自分の頭で理解できたことだけを論じる」ということである。
中には、後になって(つまり、ローレンツのオリジナルを理解した上で、すなわちそれを教科書にして)自分がやったこと(つまり、応用したこと)をひけらかして、ローレンツのものよりこっちが上だと語るものまでいる。
だったら、
何で世界初でおやりにならなかったのですか?
と問いただしてみたい気にもなる。
こういうのは、「アカデミック後付け」というようなもので(「アカデミック”死人に口なし”」と言っても良い)、一般に科学者は”やってはならないこと”の1つに入る。
なぜなら、ワールドカップの決勝戦のシュートの是非をめぐって、ワールドカップ予選敗退した選手が自分ならもっと良いシュートが打てたと豪語しているようなものだからだ。1サッカーファンならそれも許されるだろうが、同業者のプロはそういうことは許されない。
同じことは、科学者にも言える。
世界的に有名となったオリジナリティーの高い世界初の業績をみんなが理解したからといって自分も読んでみた時、仮にその一部の本質が理解できたとする。場合によっては、その論文に書いてなかったことを自分が見い出したとする。だからと言って、まるでその論文の著者がそれを知らなかったかのように言うことや自分の方がその著者より賢いと言うというような態度はいただけない。
なぜなら、その著者が知っていても書いていなかっただけかも知れないし、あるいは、もっと別の論文としてすでに公表されていたのを自分が知らなかっただけかも知れないし、あるいは、あまりに自明で書くほどのことではないと思っていたかも知れないからである。
いずれにせよ、オリジナルの研究者の仕事内容そのものをいろいろ言うことはできるだろうが、その人より自分の方が賢いとか、上だとかいうような精神構造は間違いである。あまりに”ごう慢”過ぎると言えるからである。科学を知らない人が読めば非常に”不快”な印象を与えかねないからである。私と違って、大学の先生たちがおやりになることとしてはいかがなものかと思わざるを得ないですナ。
まあ、こんな案配で、我々人間というものは、想像力をよく働かせられるようにトレーニングしないと、すぐに
”自分に見えるものしか見えない”
ということになる生物のようですナ。
2008/04/20のBlog
[ 21:48 ]
[ サッカーJリーグ ]
京都3選手に抗議の加藤監督も退場/J1
京都-新潟
京都-新潟戦
”メンタルに病んでいる”
いやはや、最近”こういうタイプ”の(つまり、日本人離れした非人間的で機械的な)主審が増えていないだろうか?
この「メンタルに病んでいる」とは、家本政明主審に対してJリーグ審判委員長が評した言葉である。(審判はイエローカード3枚でレッドカード? )
京都の佐藤選手が
「メンバー表を見ると主審が(通算で)7試合目。経験が少ないので注意しないといけないと思っていたが…」
と述べたように、たったの7試合しか経験がないのにJ1の公式戦の主審を勤める。
おかげで、この主審の”誤審”の連発で、最下位の新潟は今期”初勝利”。
新聞にはこの試合の主審がだれか、まったく記載されていなかったので、いろいろ調べてみると、佐藤隆治主審であることが分かった。
そこで、この人物はどんな人が調べてみると、こんなものが見つかった。
ロバートの独り言
”1977/04/16生まれ(30才)愛知出身
1級登録2004年12月(4年目)
本日7試合目
主審時の得点率3.8点と第1位である
5月6日湘南VS草津戦でDF 藤井 大輔 '66警告 '73警告 '73退場となる。このときはカード9枚でカードの多い試合9位。全般的に結構カードを出す審判ではないだろうか?
日本協会が16年に開校した審判学校、JFAレフェリーカレッジからの初めて昇格した1級審判員。”
要するに、Jリーグが開講した審判育成機関出身の初めての主審らしい。
ということは、やはりこういうラフな試合を作った責任はJリーグそのものにあるということであろう。
まあ、こういうタイプの主審は”殺し屋”ならぬ”壊し屋”と呼ぶべきだろうが、悪名高き家本主審が謹慎処分となった今も次から次へと似たような”壊し屋”レフェリーをJリーグ自らが育成して来ているというわけである。
これでは、お金を払って見ているサポーターや一生がかかっている選手たちはたまったものではない。
即刻、そんな審判スクールは廃止したほうがJリーグのためになる。
いやはや、”審判崩壊”の様相を呈しているようですナ。
京都-新潟
京都-新潟戦
”メンタルに病んでいる”
いやはや、最近”こういうタイプ”の(つまり、日本人離れした非人間的で機械的な)主審が増えていないだろうか?
この「メンタルに病んでいる」とは、家本政明主審に対してJリーグ審判委員長が評した言葉である。(審判はイエローカード3枚でレッドカード? )
京都の佐藤選手が
「メンバー表を見ると主審が(通算で)7試合目。経験が少ないので注意しないといけないと思っていたが…」
と述べたように、たったの7試合しか経験がないのにJ1の公式戦の主審を勤める。
おかげで、この主審の”誤審”の連発で、最下位の新潟は今期”初勝利”。
新聞にはこの試合の主審がだれか、まったく記載されていなかったので、いろいろ調べてみると、佐藤隆治主審であることが分かった。
そこで、この人物はどんな人が調べてみると、こんなものが見つかった。
ロバートの独り言
”1977/04/16生まれ(30才)愛知出身
1級登録2004年12月(4年目)
本日7試合目
主審時の得点率3.8点と第1位である
5月6日湘南VS草津戦でDF 藤井 大輔 '66警告 '73警告 '73退場となる。このときはカード9枚でカードの多い試合9位。全般的に結構カードを出す審判ではないだろうか?
日本協会が16年に開校した審判学校、JFAレフェリーカレッジからの初めて昇格した1級審判員。”
要するに、Jリーグが開講した審判育成機関出身の初めての主審らしい。
ということは、やはりこういうラフな試合を作った責任はJリーグそのものにあるということであろう。
まあ、こういうタイプの主審は”殺し屋”ならぬ”壊し屋”と呼ぶべきだろうが、悪名高き家本主審が謹慎処分となった今も次から次へと似たような”壊し屋”レフェリーをJリーグ自らが育成して来ているというわけである。
これでは、お金を払って見ているサポーターや一生がかかっている選手たちはたまったものではない。
即刻、そんな審判スクールは廃止したほうがJリーグのためになる。
いやはや、”審判崩壊”の様相を呈しているようですナ。
2008/04/19のBlog
[ 21:25 ]
[ 社会 ]
以下は、私の”妄想”ないしは”ジョーク”のようなものである。興味ない人は読まないこと。
私は9年ほど前の2000年に「週間金曜日」という雑誌に「テレビは少年少女への影響を考えた報道を」という投書をしたことがある。
まあ、それ以来、「テレビが視聴者へ与える悪影響」というものに関心があり、いろいろ観察してきている。
最近気になるのは、中居とつるべの「ザ!世界仰天ニュース」や所ジョージと楠田枝里子とビートたけしの「世界まる見え!テレビ特捜部」などの番組で紹介する犯罪事件がその後かなりの確率で国内の現実の事件になっているように見えることである。
要するに、こういったテレビ番組が犯罪を誘発しているのである。その”疑い”があるということだ。
もちろん、テレビには方や実際の事件を詳細かつえげつないほどリアルで忠実にその”手口”を再現する、お昼のバラエティー番組もたくさんある。当然ながら、こういうリアル過ぎる犯罪検証番組が新たなる”刺激”(つまり視聴者を”洗脳する”)となって、再び”類似の犯罪”を引き起こすように見える。
最近では良くあるように、「だれかがナタで人殺しした」というニュースが流れされると、1週間ほど同じような手口の事件が多発する。「だれかがナイフで切り殺した」というニュースが流されると、今度は1週間ほどまた同じような手口の事件が連続する。「だれかがオヤジをバットで撲殺した」というニュースが走ると、1週間ほどしばらくの間バットの事件が駆け巡る。
こういう傾向があるのである。今やだれもがそう感じているはずである。
したがって、こうしたリアル過ぎる事件簿的番組や検証番組は、非常に大きな社会不安を引き起こし、社会的に危険性を持っているのである。そういうことができる。
そこで、では、こうした犯罪刺激番組は、どこが作っているのか?
と調べると、どちらも日本テレビ(読売テレビ)であるという事が分かる。これは”かなり驚くべきこと”である。
なぜなら、日本テレビは、海外の犯罪番組を見せて、日本国内で似たような犯罪を誘発させ、そして一旦欧米と同じような犯罪が起これば、今度はそれをリアルに検証してみせ、その手口を国内に広げ、ますます似たような犯罪を起こさせているらしいと考えられるからである。つまり、日本テレビは日本に凶悪犯罪を根付かせるためのエージェントの役割を果たしていると言えるからである。
私は9年ほど前の2000年に「週間金曜日」という雑誌に「テレビは少年少女への影響を考えた報道を」という投書をしたことがある。
まあ、それ以来、「テレビが視聴者へ与える悪影響」というものに関心があり、いろいろ観察してきている。
最近気になるのは、中居とつるべの「ザ!世界仰天ニュース」や所ジョージと楠田枝里子とビートたけしの「世界まる見え!テレビ特捜部」などの番組で紹介する犯罪事件がその後かなりの確率で国内の現実の事件になっているように見えることである。
要するに、こういったテレビ番組が犯罪を誘発しているのである。その”疑い”があるということだ。
もちろん、テレビには方や実際の事件を詳細かつえげつないほどリアルで忠実にその”手口”を再現する、お昼のバラエティー番組もたくさんある。当然ながら、こういうリアル過ぎる犯罪検証番組が新たなる”刺激”(つまり視聴者を”洗脳する”)となって、再び”類似の犯罪”を引き起こすように見える。
最近では良くあるように、「だれかがナタで人殺しした」というニュースが流れされると、1週間ほど同じような手口の事件が多発する。「だれかがナイフで切り殺した」というニュースが流されると、今度は1週間ほどまた同じような手口の事件が連続する。「だれかがオヤジをバットで撲殺した」というニュースが走ると、1週間ほどしばらくの間バットの事件が駆け巡る。
こういう傾向があるのである。今やだれもがそう感じているはずである。
したがって、こうしたリアル過ぎる事件簿的番組や検証番組は、非常に大きな社会不安を引き起こし、社会的に危険性を持っているのである。そういうことができる。
そこで、では、こうした犯罪刺激番組は、どこが作っているのか?
と調べると、どちらも日本テレビ(読売テレビ)であるという事が分かる。これは”かなり驚くべきこと”である。
なぜなら、日本テレビは、海外の犯罪番組を見せて、日本国内で似たような犯罪を誘発させ、そして一旦欧米と同じような犯罪が起これば、今度はそれをリアルに検証してみせ、その手口を国内に広げ、ますます似たような犯罪を起こさせているらしいと考えられるからである。つまり、日本テレビは日本に凶悪犯罪を根付かせるためのエージェントの役割を果たしていると言えるからである。
今回、このことを証明するデータが見つかったので、それを紹介させてもらおう。
日本は1994年までは比較的「良い国」だった。つまり、「安全な国」でいた。これは、次のデータで証明されている。
「主要国の犯罪の発生率」
この犯罪発生率のデータは1994年までのものだが、これを見るとバブル崩壊後にもかかわらず、1995、6年までの日本は比較的安全でまだ昔の日本の色合いを残していたと言えるだろう。(ちなみに、ここで憶えておいて欲しいのは、まずイギリス、ドイツ、そしてフランス、アメリカ、そして日本の順で犯罪が増えて来た事実である)
日本は1994年までは比較的「良い国」だった。つまり、「安全な国」でいた。これは、次のデータで証明されている。
「主要国の犯罪の発生率」
この犯罪発生率のデータは1994年までのものだが、これを見るとバブル崩壊後にもかかわらず、1995、6年までの日本は比較的安全でまだ昔の日本の色合いを残していたと言えるだろう。(ちなみに、ここで憶えておいて欲しいのは、まずイギリス、ドイツ、そしてフランス、アメリカ、そして日本の順で犯罪が増えて来た事実である)
果たして、この後から最近まではどう変遷したか?
この後のデータがないかいろいろ探したところ、
「安全神話の崩壊、を検証する」
という記事に、その後の1995年から2005年までのデータが存在した。
この2つを繋げてみれば、犯罪件数が1996年ごろから急速に増加し、2005年で1994年頃のほぼ2倍になっているといえる。
この後のデータがないかいろいろ探したところ、
「安全神話の崩壊、を検証する」
という記事に、その後の1995年から2005年までのデータが存在した。
この2つを繋げてみれば、犯罪件数が1996年ごろから急速に増加し、2005年で1994年頃のほぼ2倍になっているといえる。
では、なぜ1996年なのか?
実は、「ザ!世界仰天ニュース」が始まったのがちょうどこの1996年なのである。このことから、こういう番組が日本国内に新手の犯罪や凶悪犯罪の手口を”紹介”し、日本を犯罪大国に仕立て上げたという可能性があるからである。ここに、日本の犯罪率上昇と日本のマスメディアにおける犯罪番組導入時期が見事に一致していると言えるのである。
では、だれが日本テレビにこういう犯罪番組を製作させているのか?
実は、これを答えるのは難しい。しかし「ザ!世界仰天ニュース」を調べて、このスポンサーを見つけると、意外に簡単にその答えが分かる。
もちろん、この番組の製作会社は日本テレビである。日本テレビに指示しているものは、もちろん日本テレビの株主たちのだれかである。
そこで、日本テレビの大株主を調べると、以下のようになっているらしい。
主な株主(2007年3月31日現在)
1. 株式会社読売新聞グループ本社 (15.0%)
2. 読売テレビ放送株式会社 (6.3%)
3. 株式会社読売新聞東京本社 (5.4%)
4. 学校法人帝京大学 (3.5%)
5. 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) (3.1%)
6. 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ (3.0%)
7. モルガン・スタンレー・アンド・カンパニー・インターナショナル・リミテッド (2.3%)
8. 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) (2.2%)
9. 名古屋テレビ放送株式会社 (2.2%)
10. 株式会社よみうりランド (2.0%)
これらの中にある日本企業は特に海外情報には詳しくなさそうである。つまり、唯一の外国籍企業であるものはどれか、というと、もちろん7番目のモルガン・スタンレーである。イギリス資本が作ったアメリカ企業である。これが一番”怪しい”ということになる。(最近知ったところでは、8位の日本マスタートラスト信託銀行株式会社もまた欧米のモルガン資本が作ったもののようである。)
実は、「ザ!世界仰天ニュース」が始まったのがちょうどこの1996年なのである。このことから、こういう番組が日本国内に新手の犯罪や凶悪犯罪の手口を”紹介”し、日本を犯罪大国に仕立て上げたという可能性があるからである。ここに、日本の犯罪率上昇と日本のマスメディアにおける犯罪番組導入時期が見事に一致していると言えるのである。
では、だれが日本テレビにこういう犯罪番組を製作させているのか?
実は、これを答えるのは難しい。しかし「ザ!世界仰天ニュース」を調べて、このスポンサーを見つけると、意外に簡単にその答えが分かる。
もちろん、この番組の製作会社は日本テレビである。日本テレビに指示しているものは、もちろん日本テレビの株主たちのだれかである。
そこで、日本テレビの大株主を調べると、以下のようになっているらしい。
主な株主(2007年3月31日現在)
1. 株式会社読売新聞グループ本社 (15.0%)
2. 読売テレビ放送株式会社 (6.3%)
3. 株式会社読売新聞東京本社 (5.4%)
4. 学校法人帝京大学 (3.5%)
5. 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) (3.1%)
6. 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ (3.0%)
7. モルガン・スタンレー・アンド・カンパニー・インターナショナル・リミテッド (2.3%)
8. 日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) (2.2%)
9. 名古屋テレビ放送株式会社 (2.2%)
10. 株式会社よみうりランド (2.0%)
これらの中にある日本企業は特に海外情報には詳しくなさそうである。つまり、唯一の外国籍企業であるものはどれか、というと、もちろん7番目のモルガン・スタンレーである。イギリス資本が作ったアメリカ企業である。これが一番”怪しい”ということになる。(最近知ったところでは、8位の日本マスタートラスト信託銀行株式会社もまた欧米のモルガン資本が作ったもののようである。)
このモルガン・スタンレーは、「ブレア英前首相 引退半年推定収入12億円」なる記事に
『「(報酬は)血塗られたカネだ」。英紙デイリー・メールは最近、同銀行がイラク復興計画に関与しているとして、報酬が同国の混乱を前提にしている点を痛烈に批判した。米国とともにイラク戦争を開始した前首相だけに、「前首相の倫理観を憂える」(同オブザーバー)との批判がある。』
とあるように、ブレア元首相を非常勤顧問に加えて儲けさせている。モルガン・スタンレーは昔から「死の商人」としてもっとも有名な企業なのである。(「ブレア前首相の”高笑い”?」、「”王家のビジネス”?」 )
事実、「NYダウ大幅続伸、256ドル高の1万2619ドル」に「米大手銀行JPモルガン・チェースの1一3月期決算は大幅な減益となったものの、黒字を確保し、市場の事前予想を上回る内容だった。」とあるように、モルガン・スタンレーは、他の企業群が何兆円や何千億円の「サブプライムローン損失」を出している中、損失はあったもののほんの何百億円程度であった。それどころか、「ベア・スターンズの運用資産、4か月で2割減」にあるようにアメリカの大手ベア・スターンズを買収したりと「ぬれ手に泡」戦略が功を奏している有り様のようである。
こんな理由から、日本テレビにイギリスの犯罪番組やアメリカの犯罪番組を放映させて、日本社会を不安定で不安な社会に導こうとしている一番の張本人は、JPモルガン・チェースなど英米の(イギリス系の)国際的大企業であるらしいと私は感じるのである。
ところで、ジョン・コールマン博士は、著書「300人委員会」の序文の最後で1999年にこういっていた。
”最後に、300人委員会の対アメリカ計画は、そして併行する形で日本に対しても、時節が訪れればすぐにも実行に移されるといっておく。そして私はここで、来るべき「2005年が日本・アメリカ両国にとって決定的な年になる」と予言しておこう”
この”予言”は、2005年という年数こそ間違っていたが、結論は大筋で正しかった。
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件と「アフガニスタン侵攻」。そして2003年に「イラク戦争」という形で、日米にとって”決定的な年”となったからである。これ以後、明らかに世界は変わったのである。
さらにその本の最後のコールマン博士の1998年の「ワールド・イン・レビュー」によれば、コールマン博士はこう述べていた。
”そこで想定されたのは、アメリカ国民が気付いてしまう前に徐々にことを進めるといった従来の漸進策ではなかった。それは、日付を定められた破局的予言とてもいうべきものだった。
私の持っている情報によると、ビルダーバーグ・クラブは、人々の抵抗を抑え世界を服従させる計画を打ち立てる任に当たっているとのことだ。それは、各国政府、各省庁、民間の諸企業、諸銀行のすべてを巻き込む壮大な計画であり、タビストックによる計画推進の大きな鍵となっている。混乱の拡大が、彼らの計画の現代の主題であるようだ。計画のもう一つの側面として彼らは、銀行の統合を急速に押し進めている。彼らは、独立した諸銀行の弱体化を図り、大銀行に合併・吸収されざるをえないような立場へと追い込んでいる。”
10年後の”今”、「サブプライムローン問題」で、今やこれが急速に実現されたことが分かる。この問題で見事に立ち回って儲けまくっているモルガン・スタンレーなどの大手銀行もまた「300人委員会」の持ち物であるという。
そして、この日本においても、その”モルガン・スタンレーの魔の手”が、”マスメディア支配”、そしてそれによる”社会不安の創出”という形で見事に実現されて来ているというわけですナ。これに北野タケシ、所ジョージ、中居、つるべ、タモリ、みのもんた、さんま、しんすけなどの有名人が、その”家来”としてまんまと使われているというわけである。
いやはや、世も末ですナー。
ちなみに、ついでに付け加えておけば、「この世に神様がいるかどうか」は証明するのは非常に難しい。事実、良いことをして成功することは非常に難しいからである。
しかし、「この世に悪い権力がいるかどうか」を証明することは非常に簡単である。事実、ホリエモンやアサハラ、リヒテンシュタインのように、合法的に悪いことをする覚悟さえあれば、成功者になるのはかなり簡単だからである。というのも、あなたが”悪になる”と一度決心すれば、そこに悪い権力がそれとなく忍び寄り、あなたを道具にする代わりに成功者にさせてやると甘い取り引きを申し込んでくるからだ。もちろん、合法的には犯罪ではないから、だれもそれが悪いことだというものはいない。ホリエモンを後ろでそそのかし、金を貸し、動かしたのは、欧米のファンドであった。このように、現実にそういう権力は存在する。
まあ、ニビルの”神々”が降臨する1400年後まで、地球では、そうした悪がはびこる、悪の天下にあるという感じですかナ。もっともこの”神々”は良いモンかどうかの保証はないがネ。
『「(報酬は)血塗られたカネだ」。英紙デイリー・メールは最近、同銀行がイラク復興計画に関与しているとして、報酬が同国の混乱を前提にしている点を痛烈に批判した。米国とともにイラク戦争を開始した前首相だけに、「前首相の倫理観を憂える」(同オブザーバー)との批判がある。』
とあるように、ブレア元首相を非常勤顧問に加えて儲けさせている。モルガン・スタンレーは昔から「死の商人」としてもっとも有名な企業なのである。(「ブレア前首相の”高笑い”?」、「”王家のビジネス”?」 )
事実、「NYダウ大幅続伸、256ドル高の1万2619ドル」に「米大手銀行JPモルガン・チェースの1一3月期決算は大幅な減益となったものの、黒字を確保し、市場の事前予想を上回る内容だった。」とあるように、モルガン・スタンレーは、他の企業群が何兆円や何千億円の「サブプライムローン損失」を出している中、損失はあったもののほんの何百億円程度であった。それどころか、「ベア・スターンズの運用資産、4か月で2割減」にあるようにアメリカの大手ベア・スターンズを買収したりと「ぬれ手に泡」戦略が功を奏している有り様のようである。
こんな理由から、日本テレビにイギリスの犯罪番組やアメリカの犯罪番組を放映させて、日本社会を不安定で不安な社会に導こうとしている一番の張本人は、JPモルガン・チェースなど英米の(イギリス系の)国際的大企業であるらしいと私は感じるのである。
ところで、ジョン・コールマン博士は、著書「300人委員会」の序文の最後で1999年にこういっていた。
”最後に、300人委員会の対アメリカ計画は、そして併行する形で日本に対しても、時節が訪れればすぐにも実行に移されるといっておく。そして私はここで、来るべき「2005年が日本・アメリカ両国にとって決定的な年になる」と予言しておこう”
この”予言”は、2005年という年数こそ間違っていたが、結論は大筋で正しかった。
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件と「アフガニスタン侵攻」。そして2003年に「イラク戦争」という形で、日米にとって”決定的な年”となったからである。これ以後、明らかに世界は変わったのである。
さらにその本の最後のコールマン博士の1998年の「ワールド・イン・レビュー」によれば、コールマン博士はこう述べていた。
”そこで想定されたのは、アメリカ国民が気付いてしまう前に徐々にことを進めるといった従来の漸進策ではなかった。それは、日付を定められた破局的予言とてもいうべきものだった。
私の持っている情報によると、ビルダーバーグ・クラブは、人々の抵抗を抑え世界を服従させる計画を打ち立てる任に当たっているとのことだ。それは、各国政府、各省庁、民間の諸企業、諸銀行のすべてを巻き込む壮大な計画であり、タビストックによる計画推進の大きな鍵となっている。混乱の拡大が、彼らの計画の現代の主題であるようだ。計画のもう一つの側面として彼らは、銀行の統合を急速に押し進めている。彼らは、独立した諸銀行の弱体化を図り、大銀行に合併・吸収されざるをえないような立場へと追い込んでいる。”
10年後の”今”、「サブプライムローン問題」で、今やこれが急速に実現されたことが分かる。この問題で見事に立ち回って儲けまくっているモルガン・スタンレーなどの大手銀行もまた「300人委員会」の持ち物であるという。
そして、この日本においても、その”モルガン・スタンレーの魔の手”が、”マスメディア支配”、そしてそれによる”社会不安の創出”という形で見事に実現されて来ているというわけですナ。これに北野タケシ、所ジョージ、中居、つるべ、タモリ、みのもんた、さんま、しんすけなどの有名人が、その”家来”としてまんまと使われているというわけである。
いやはや、世も末ですナー。
ちなみに、ついでに付け加えておけば、「この世に神様がいるかどうか」は証明するのは非常に難しい。事実、良いことをして成功することは非常に難しいからである。
しかし、「この世に悪い権力がいるかどうか」を証明することは非常に簡単である。事実、ホリエモンやアサハラ、リヒテンシュタインのように、合法的に悪いことをする覚悟さえあれば、成功者になるのはかなり簡単だからである。というのも、あなたが”悪になる”と一度決心すれば、そこに悪い権力がそれとなく忍び寄り、あなたを道具にする代わりに成功者にさせてやると甘い取り引きを申し込んでくるからだ。もちろん、合法的には犯罪ではないから、だれもそれが悪いことだというものはいない。ホリエモンを後ろでそそのかし、金を貸し、動かしたのは、欧米のファンドであった。このように、現実にそういう権力は存在する。
まあ、ニビルの”神々”が降臨する1400年後まで、地球では、そうした悪がはびこる、悪の天下にあるという感じですかナ。もっともこの”神々”は良いモンかどうかの保証はないがネ。
2008/04/17のBlog
[ 17:09 ]
[ 訃報・追悼 ]
E・ローレンツ氏死去米国の気象学者
エドワード・ローレンツ( Edward N. Lorenz)博士(米国の気象学者、カオス理論の提唱者)が16日、マサチューセッツ州の自宅でがんのため死去。享年90歳。
エドワード・ローレンツ( Edward N. Lorenz)博士(米国の気象学者、カオス理論の提唱者)が16日、マサチューセッツ州の自宅でがんのため死去。享年90歳。
2日ほど前に
「イラクで自爆テロが起こるとアメリカで巨大竜巻が起こる」
"When a suicide attack has occured in Iraq, a monster tornade emerges in USA."
というジョークを紹介したが(ゴアの”不都合な真実”の”不都合な真実”)、この「バタフライ効果」は良く知られた「カオス理論」のもっともその内容を表す概念と考えられている。
このカオス理論の創始者の1人がこのエドワード・ローレンツ博士であった。
この分野で「ローレンツモデル」ほど有名なモデルはあまりないだろう。それほどまでに長い時間大勢の人々によって研究された数学モデルである。
たった3つの変数x、y、zの決定論的方程式:
dx/dt=-σ(x-y)
dy/dt=-y-xz+rx
dz/dt=xy-bz
から、驚くべき複雑な軌道(ストレンジアトラクターと呼ばれる)が示される。それが、ローレンツモデルの凄さであった。
このモデルは、永年気象を研究していたローレンツ博士が、どうして気象現象は予測が難しく、いつも同じように見えても異なる天気になるのか、と考え抜いて行く内に、ベルナール対流を記述する単純な方程式を研究している内に発見したと言われている。
「イラクで自爆テロが起こるとアメリカで巨大竜巻が起こる」
"When a suicide attack has occured in Iraq, a monster tornade emerges in USA."
というジョークを紹介したが(ゴアの”不都合な真実”の”不都合な真実”)、この「バタフライ効果」は良く知られた「カオス理論」のもっともその内容を表す概念と考えられている。
このカオス理論の創始者の1人がこのエドワード・ローレンツ博士であった。
この分野で「ローレンツモデル」ほど有名なモデルはあまりないだろう。それほどまでに長い時間大勢の人々によって研究された数学モデルである。
たった3つの変数x、y、zの決定論的方程式:
dx/dt=-σ(x-y)
dy/dt=-y-xz+rx
dz/dt=xy-bz
から、驚くべき複雑な軌道(ストレンジアトラクターと呼ばれる)が示される。それが、ローレンツモデルの凄さであった。
このモデルは、永年気象を研究していたローレンツ博士が、どうして気象現象は予測が難しく、いつも同じように見えても異なる天気になるのか、と考え抜いて行く内に、ベルナール対流を記述する単純な方程式を研究している内に発見したと言われている。
このように、”良い研究”というのは、他人の仕事や研究からではなく、むしろ本物の現象や問題から見つかることが多い。現象に取り付かれて、それを地道に考えて行く内に真実を見い出すというわけである。これは、数学的問題でも全く同じことである。
したがって、皮肉な話だが、このローレンツモデルから出発する限り、もはやローレンツ博士の手の平から抜け出すことはできない。何か本質的な発見をしたければ、このローレンツモデルから離れなくてはならない。
したがって、皮肉な話だが、このローレンツモデルから出発する限り、もはやローレンツ博士の手の平から抜け出すことはできない。何か本質的な発見をしたければ、このローレンツモデルから離れなくてはならない。
さて、アメリカ物理学会では、野球の大リーガーカードのような、写真入りの「科学者カード」を販売している。このカードの裏面には、当の発見者である偉大な物理学者の発見した現象や理論の数式などが描かれている。
きっとローレンツ博士のものには、「ローレンツモデル」の数式か、あるいは、ストレンジアトラクターが描かれることだろう。
研究者たるもの、他人から自分の名前をつけてもらえるほどの定理や式や法則を持ちたいものである。
きっとローレンツ博士のものには、「ローレンツモデル」の数式か、あるいは、ストレンジアトラクターが描かれることだろう。
研究者たるもの、他人から自分の名前をつけてもらえるほどの定理や式や法則を持ちたいものである。
2008/04/16のBlog