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2008/05/06のBlog
[ 14:31 ]
[ ジョーク ]
ゴールデンウィークにカオス学者と生物学者が
川岸でバーベキューをしながら話していた。
話題は、ものごとの終末についてに及んだ。
まず話は政治から始まった。
「日本の民主政治が終焉する時とはどんな時だろうか?」
とカオス学者が聞いた。
「それは、そこら中が2世3世議員だけになり、
政治が3流の芸能界のようになった時だろう」
「そうなれば、庶民のことはすっかり忘れて自分達の
ことばかりとなるだろうからね」
と生物学者が答えた。
「なるほど。そうだろうな」
「じゃ、芸能界が終焉する時は?」
とカオス学者が聞いた。
「そりゃー、そこら中がハーフやクォーターの
タレントばかりになった時だろうな」
「そうなれば、日本人のことは忘れてハリウッドの
ことばかりとなるだろうからね」
と生物学者が答えた。
「日本生物学会が終焉する時とはどんな時だろうか?」
とカオス学者が聞いた。
「そうだな。業界の社長が学会長に就く時だろうね」
「そうなれば、一般人のことは忘れて業界の利益の
ことばかりとなるだろうからな」
「きっと売れない研究はぽしゃり、研究は金になるもの
ばかりとなるだろうね」
と生物学者が答えた。
「じゃ、人類が終焉する時は?」
とカオス学者が聞いた。
「そうだな。世の中が白人だらけになった時だな」
「そうなれば、あとは人類のことは忘れて共食いさ」
と生物学者が答えた。
今度は生物学者が
「日本物理学会が終焉する時とはどんな時だろうか?」
と聞いた。
「そうだな。2ちゃんねらーが学会長に就く時だろうね」
「そうなれば、物理学者は一般人のことは忘れて業界の
ことばかりとなるだろうからな」
「きっと頭の悪いやつは「氏ねー」とか、研究費が「キター」
とかいうようなやつらばかりとなるだろうね」
とカオス学者が答えた。
2人は話に気をとられているうちにバーベキューの
オーストラリアンビーフは黒焦げ、
アメリカのトウモロコシはからからになり、
中国野菜は炭と変わり果て、
食べられるものは日本のコメだけとなり
バーべキューが終焉した。
川岸でバーベキューをしながら話していた。
話題は、ものごとの終末についてに及んだ。
まず話は政治から始まった。
「日本の民主政治が終焉する時とはどんな時だろうか?」
とカオス学者が聞いた。
「それは、そこら中が2世3世議員だけになり、
政治が3流の芸能界のようになった時だろう」
「そうなれば、庶民のことはすっかり忘れて自分達の
ことばかりとなるだろうからね」
と生物学者が答えた。
「なるほど。そうだろうな」
「じゃ、芸能界が終焉する時は?」
とカオス学者が聞いた。
「そりゃー、そこら中がハーフやクォーターの
タレントばかりになった時だろうな」
「そうなれば、日本人のことは忘れてハリウッドの
ことばかりとなるだろうからね」
と生物学者が答えた。
「日本生物学会が終焉する時とはどんな時だろうか?」
とカオス学者が聞いた。
「そうだな。業界の社長が学会長に就く時だろうね」
「そうなれば、一般人のことは忘れて業界の利益の
ことばかりとなるだろうからな」
「きっと売れない研究はぽしゃり、研究は金になるもの
ばかりとなるだろうね」
と生物学者が答えた。
「じゃ、人類が終焉する時は?」
とカオス学者が聞いた。
「そうだな。世の中が白人だらけになった時だな」
「そうなれば、あとは人類のことは忘れて共食いさ」
と生物学者が答えた。
今度は生物学者が
「日本物理学会が終焉する時とはどんな時だろうか?」
と聞いた。
「そうだな。2ちゃんねらーが学会長に就く時だろうね」
「そうなれば、物理学者は一般人のことは忘れて業界の
ことばかりとなるだろうからな」
「きっと頭の悪いやつは「氏ねー」とか、研究費が「キター」
とかいうようなやつらばかりとなるだろうね」
とカオス学者が答えた。
2人は話に気をとられているうちにバーベキューの
オーストラリアンビーフは黒焦げ、
アメリカのトウモロコシはからからになり、
中国野菜は炭と変わり果て、
食べられるものは日本のコメだけとなり
バーべキューが終焉した。
[ 12:01 ]
[ 徳島サッカー ]
2008年度天皇杯県予選(徳島県選手権2種)の決勝が5月5日に城之内高校で行われ、本命の城之内が大方の予想通り優勝した。
この日は日昼暴風雨に見舞われ、非常に悪コンディションの中での試合となったはずだが、そうした悪いコンディションではパスサッカーは力を封じられ、自力や経験がものをいう試合となる。その点、おそらく城之内に有利と働いたのではないかと思う。そのため、まだ経験の浅い鴨島商には不利に働いたのだろう。
しかし、T2、T3レベルの鴨島商業がランク上の優勝候補を次々に倒し、城之内にも3得点したのは大変素晴らしい快挙である。ここ十数年徳島の高校サッカーシーンを観察して来た私も初めて知る快挙である。
鴨島商業の今後の活躍を期待したい。
【決勝】5日(月)
城之内(T1)6一3(5一1;1一2)鴨島商(T3)
得点者:
城之内:酒井4、日下1、近藤1
鴨島商:石田3
この日は日昼暴風雨に見舞われ、非常に悪コンディションの中での試合となったはずだが、そうした悪いコンディションではパスサッカーは力を封じられ、自力や経験がものをいう試合となる。その点、おそらく城之内に有利と働いたのではないかと思う。そのため、まだ経験の浅い鴨島商には不利に働いたのだろう。
しかし、T2、T3レベルの鴨島商業がランク上の優勝候補を次々に倒し、城之内にも3得点したのは大変素晴らしい快挙である。ここ十数年徳島の高校サッカーシーンを観察して来た私も初めて知る快挙である。
鴨島商業の今後の活躍を期待したい。
【決勝】5日(月)
城之内(T1)6一3(5一1;1一2)鴨島商(T3)
得点者:
城之内:酒井4、日下1、近藤1
鴨島商:石田3
2008/05/05のBlog
[ 18:01 ]
[ サッカー ]
バイエルン・ミュンヘン、21度目の優勝…ドイツ1部リーグ
バイエルン・ミュンヘンが2シーズンぶり21度目の優勝
レアル連覇、31度目の優勝…スペイン1部リーグ
レアル・マドリードが2一1が2年連続31度目の優勝
”優勝、優勝”
シーズンも終わりに近付き、いよいよ「ユーロ2008」への準備が始まる。
それにしても、なんで川淵のだんなは、未だに日本サッカーをシーズン制に移行しないのかね。
FIFAのルールではサッカーは冬のスポーツ、秋開幕で春に終わるシーズン制でなくてはならないはのなのだが。
1年中サッカーでは、選手が参ってしまうだろうヨ。
バイエルン・ミュンヘンが2シーズンぶり21度目の優勝
レアル連覇、31度目の優勝…スペイン1部リーグ
レアル・マドリードが2一1が2年連続31度目の優勝
”優勝、優勝”
シーズンも終わりに近付き、いよいよ「ユーロ2008」への準備が始まる。
それにしても、なんで川淵のだんなは、未だに日本サッカーをシーズン制に移行しないのかね。
FIFAのルールではサッカーは冬のスポーツ、秋開幕で春に終わるシーズン制でなくてはならないはのなのだが。
1年中サッカーでは、選手が参ってしまうだろうヨ。
[ 10:44 ]
[ 徳島 ]
NHK杯第63回徳島県中学選手権地区予選が開幕。
4月19日から5月4日まで行われた。
順位は得失点差による。
【北部予選】
各ブロック1位が県大会出場。
【Aブロック】
1位 藍住東2勝:2位 藍住1勝1敗:3位 吉野2敗
【Bブロック】
1位 鳴門ニ2勝:2位 上板1勝1敗:3位 土成2敗
【Cブロック】
1位 北島2勝:2位 大麻1勝1敗:3位 市場2敗
【Dブロック】
1位 松茂2勝1分:2位 鳴門一2勝1分:3位 阿波1勝2敗:
4位 板野3敗
4月19日から5月4日まで行われた。
順位は得失点差による。
【北部予選】
各ブロック1位が県大会出場。
【Aブロック】
1位 藍住東2勝:2位 藍住1勝1敗:3位 吉野2敗
【Bブロック】
1位 鳴門ニ2勝:2位 上板1勝1敗:3位 土成2敗
【Cブロック】
1位 北島2勝:2位 大麻1勝1敗:3位 市場2敗
【Dブロック】
1位 松茂2勝1分:2位 鳴門一2勝1分:3位 阿波1勝2敗:
4位 板野3敗
【中部予選】
各ブロック1位が県大会出場。
【Aブロック】
1位 南部1勝1分:2位 川内1勝1分:3位 徳島文理2敗
【Bブロック】
1位 津田3勝:2位 八万2勝1敗:3位 加茂名1勝2敗:
4位 国府3敗
【Cブロック】
1位 城西2勝:2位 上八万1勝1敗:3位 付属2敗
【Dブロック】
1位 徳島2勝1敗:2位 富田2勝1敗:3位 城東1勝1分:
4位 城之内1分2敗
各ブロック1位が県大会出場。
【Aブロック】
1位 南部1勝1分:2位 川内1勝1分:3位 徳島文理2敗
【Bブロック】
1位 津田3勝:2位 八万2勝1敗:3位 加茂名1勝2敗:
4位 国府3敗
【Cブロック】
1位 城西2勝:2位 上八万1勝1敗:3位 付属2敗
【Dブロック】
1位 徳島2勝1敗:2位 富田2勝1敗:3位 城東1勝1分:
4位 城之内1分2敗
【西部予選】
各ブロック1位が県大会出場。
第5代表は各ブロック2位で決定戦。
【Aブロック】
1位 井川2勝:2位 市立川島・県立川島1分1敗:
3位 貞光・半田1分1敗
【Bブロック】
1位 三野2勝1分:2位 三加茂2勝1分:3位 石井1勝2敗:
4位 江原3敗
【Cブロック】
1位 池田2勝:2位 美馬1勝1敗:3位 三好2敗
【Dブロック】
1位 鴨島一2勝:2位 山川1勝1敗:3位 鴨島東2敗
【第5代表決定戦】
市立川島・県立川島1一1(延長0一0、PK戦5一4)三加茂
美馬3一1山川
美馬3一1市立川島・県立川島
美馬が県大会出場
各ブロック1位が県大会出場。
第5代表は各ブロック2位で決定戦。
【Aブロック】
1位 井川2勝:2位 市立川島・県立川島1分1敗:
3位 貞光・半田1分1敗
【Bブロック】
1位 三野2勝1分:2位 三加茂2勝1分:3位 石井1勝2敗:
4位 江原3敗
【Cブロック】
1位 池田2勝:2位 美馬1勝1敗:3位 三好2敗
【Dブロック】
1位 鴨島一2勝:2位 山川1勝1敗:3位 鴨島東2敗
【第5代表決定戦】
市立川島・県立川島1一1(延長0一0、PK戦5一4)三加茂
美馬3一1山川
美馬3一1市立川島・県立川島
美馬が県大会出場
2008/05/04のBlog
[ 18:16 ]
[ 徳島サッカー ]
2008年度天皇杯県予選(徳島県選手権2種)の
準決勝が5月3日に行われた。
【準決勝】3日(土)
**番狂わせ
鴨島商(T3)3一1徳島北(T1)**
城之内(T1)2一1辻(T2)
鴨島商の2試合連続の大番狂わせは実に立派。優勝候補の1つ徳島北も一蹴。
一方、辻の健闘も素晴らしい。
次の五木杯、インターハイなどでの活躍が期待される。
果たして鴨島商の快挙なるか?
準決勝が5月3日に行われた。
【準決勝】3日(土)
**番狂わせ
鴨島商(T3)3一1徳島北(T1)**
城之内(T1)2一1辻(T2)
鴨島商の2試合連続の大番狂わせは実に立派。優勝候補の1つ徳島北も一蹴。
一方、辻の健闘も素晴らしい。
次の五木杯、インターハイなどでの活躍が期待される。
果たして鴨島商の快挙なるか?
2008/05/02のBlog
[ 12:31 ]
[ スポーツ ]
「柔道人生に悔いなし」 井上康生、引退を正式表明
「悔いはない」井上康生、現役引退を正式表明
「我が柔道人生に悔いは無しという気持ちです。
先生方、友人、家族、ファンのみなさんに支えられて幸せ者だった」
と語り、今後については
「みなさまに愛され、家族を幸せにし、柔道に恩返しできる人間になりたい」
井上康生選手が、現役引退を正式表明した。
あっぱれ、井上康生選手。それこそ、「潔さ」を持った日本男児と言えるだろう。
代表選考戦で負けたから引退。29才で現役引退はまだ早すぎるようにも思えるが、サッカーのジダンやベッカムや中沢、柔道の野村も代表引退した後また代表復帰することができる。だから、気持ちを落ち着けるまで一時でもその場から去ってみるというのは良い方法である。
一ヶ月ほど前、「”腐っても金”?:汚れた柔道界」に私はこう書いていた。
”谷亮子は、「選考会の一発勝負に負けてもいつも代表となる」。本人が引退宣言でもしない限り、他の選手に全くチャンスがない。これでは、選手は腐ってしまう。日本の柔道界の後々に”しこり”を残す。今や、谷亮子や井上康生などは柔道界の”障害”となってしまったからである。”
何度も国内最強選手を決める大会で負けているのに海外の試合には選ばれるのでは、自動車の「2重価格」と同じで、柔道選手を国内外で別々の評価をしているという摩訶不思議なことになる。国内最強選手が国際大会代表とならねばおかしい。
じゃ、国内で負けた谷亮子選手がオリンピック金メダルを取ったのなら、帰国後その金メダルの防衛戦を谷より強い選手と行うのか、という話になるからだ。
この点、井上康生選手は潔く、オリンピック代表を他の若手に譲り渡した。非常に良いことをしたと評価すべきだろう。私は非常に評価する。井上康生選手は”男”であった。もしここで井上選手がオリンピック代表となれば、これから10年20年と日本の男子柔道界は混迷を迎えることだろうからである。
何よりもそういう不公正な方法で金メダルととっても本人の心根が悪くなり、顔つきも悪くなる。谷亮子選手のように、いつも言い訳ばかりする人間となってしまうからだ。「”そこ”を突かれると逃げる」という人間となってしまう。
何ごとも逃げないのが柔道家の柔道家たるゆえんである。そこを曲げてしまった柔道選手に柔道家の称号はもはや与えられない。
こんなわけで、本来なら”引退”すべきは谷亮子選手であったが、井上康生選手の時代は終わりを告げた。
しかし、井上康生選手は知らないかも知れないが、”康生”という名前は1ヒーローの名前として多くの子供達の名前に付けられ受け継がれている。
今回の行為はその名前に恥じない立派な行為として語り継がれるだろう。これは、同じ名を付けた親たちや同じ名を持つ子供達にとって永遠のヒーローとなるということだろうヨ。
「負けるが勝ち」
とは、本来こういう意味だろうと俺は信じる。
「悔いはない」井上康生、現役引退を正式表明
「我が柔道人生に悔いは無しという気持ちです。
先生方、友人、家族、ファンのみなさんに支えられて幸せ者だった」
と語り、今後については
「みなさまに愛され、家族を幸せにし、柔道に恩返しできる人間になりたい」
井上康生選手が、現役引退を正式表明した。
あっぱれ、井上康生選手。それこそ、「潔さ」を持った日本男児と言えるだろう。
代表選考戦で負けたから引退。29才で現役引退はまだ早すぎるようにも思えるが、サッカーのジダンやベッカムや中沢、柔道の野村も代表引退した後また代表復帰することができる。だから、気持ちを落ち着けるまで一時でもその場から去ってみるというのは良い方法である。
一ヶ月ほど前、「”腐っても金”?:汚れた柔道界」に私はこう書いていた。
”谷亮子は、「選考会の一発勝負に負けてもいつも代表となる」。本人が引退宣言でもしない限り、他の選手に全くチャンスがない。これでは、選手は腐ってしまう。日本の柔道界の後々に”しこり”を残す。今や、谷亮子や井上康生などは柔道界の”障害”となってしまったからである。”
何度も国内最強選手を決める大会で負けているのに海外の試合には選ばれるのでは、自動車の「2重価格」と同じで、柔道選手を国内外で別々の評価をしているという摩訶不思議なことになる。国内最強選手が国際大会代表とならねばおかしい。
じゃ、国内で負けた谷亮子選手がオリンピック金メダルを取ったのなら、帰国後その金メダルの防衛戦を谷より強い選手と行うのか、という話になるからだ。
この点、井上康生選手は潔く、オリンピック代表を他の若手に譲り渡した。非常に良いことをしたと評価すべきだろう。私は非常に評価する。井上康生選手は”男”であった。もしここで井上選手がオリンピック代表となれば、これから10年20年と日本の男子柔道界は混迷を迎えることだろうからである。
何よりもそういう不公正な方法で金メダルととっても本人の心根が悪くなり、顔つきも悪くなる。谷亮子選手のように、いつも言い訳ばかりする人間となってしまうからだ。「”そこ”を突かれると逃げる」という人間となってしまう。
何ごとも逃げないのが柔道家の柔道家たるゆえんである。そこを曲げてしまった柔道選手に柔道家の称号はもはや与えられない。
こんなわけで、本来なら”引退”すべきは谷亮子選手であったが、井上康生選手の時代は終わりを告げた。
しかし、井上康生選手は知らないかも知れないが、”康生”という名前は1ヒーローの名前として多くの子供達の名前に付けられ受け継がれている。
今回の行為はその名前に恥じない立派な行為として語り継がれるだろう。これは、同じ名を付けた親たちや同じ名を持つ子供達にとって永遠のヒーローとなるということだろうヨ。
「負けるが勝ち」
とは、本来こういう意味だろうと俺は信じる。
2008/05/01のBlog
[ 10:46 ]
[ ドラマ・映画 ]
大いなる陰謀
昨日、この映画を見たが、正直
「どこが”大いなる”のか?」、
「どこに知られていない陰謀があるのか?」
まったく分からなかった。
描かれた”陰謀”はおおよそだれでも想像できる範囲のもので、ジョン・コールマン博士やデービッド・アイクや太田龍などの「陰謀暴露論者」たちの描く、”壮大な陰謀論”からすれば、微々たる子供じみたレベルの作り話程度であった。
なぜなら、ジョン・コールマン博士やデービッド・アイクや太田龍などによれば、そもそも9・11のジェット旅客機すらどこにも存在せず、ペンタゴンの爆破映像のどこにも飛行機も映らず、飛行機の残骸すら存在しないという事実を出発点にし、9・11はブッシュ政権の陰謀であると見ている。そして、9・11やサブプライムローン問題などですら壮大な「人類家畜牧場計画」への伏線の1つでしかないと見なしているからである。
この壮大な陰謀論の見方からすれば、ロバート・レッドフォードの「大いなる陰謀」などどこにも陰謀と呼べるものはない。せいぜい軽い「騙し、偽り」程度のものだろう。
リッチな白人層は、国内でセレブ生活や怠惰な生活を行い、”有能で将来性ある”黒人やヒスパニックなどのマイノリティーの国民の若者は率先して最前線で死ぬ。大学のインテリは口先だけで何もしない。学生からも尊敬されない。方や軍隊出の青年将校が政治家に転身し、国民の知らないところでアフガンやイラクそしてイラン戦争を準備する。こういう連中が若者の将来を台なしにする。これこそ「大いなる陰謀」と呼ばずして何なのか?
というのが、おそらくこの映画の主題だろう。ロバート・レッドフォードの”気持ち”(怒りや憤り)はよく理解できる。
しかし、これはまだ”陰謀”とは言えない。なぜなら、こんなことはおよそ戦争と言う時にはどこの国にもあることに過ぎないからだ。
もし真に「陰謀」と呼ぶべき内容のことがあるとすれば、やはりジョン・コールマン博士が「300人委員会」で暴露した、この委員会が行おうとしているとされる、「地球50億人削減計画」、「王家の人間牧場計画」、「ワンワールド計画」というような物騒なものだろう。
このスケールでは、アフガン問題、イラク問題、イラン、北朝鮮など悪の枢軸問題など、それに今回の中国問題、チベット問題などは、すべて計画の一過程として織り込み済みのものにすぎないからである。
こういった政治問題はすべて、白人王家のユーロとそれ以外の有色人種の家畜人類の国々の間の「新世界秩序」への序章に過ぎないと見なせるからである。要するに、ヨーロッパの白人連合が、人類文明の代表格として勝利者となり、それ以外の人種は彼らの使用人として人類家畜になれ、という新しい世界秩序へ向けての壮大な計画である。(”3つの世界戦争とニビル星人降臨”)
こういうのが、ジョン・コールマン博士やデービッド・アイクや太田龍などの描く”陰謀論”である。
これと比べたら、ロバート・レッドフォードの陰謀など小さい小さい。
ところで、気になったのは、「陰謀」と言いながら、巧妙に「イラクとアフガンの背後で両方を支援しているのはイランだ」と次なる戦争相手をイランに仕立て上げようとしているところである。おそらく、この映画の一番言いたかったことはこれだろう。この意味では、ブッシュ政権がこの映画を製作させたのだろうと感じる。
しかし、これは真っ赤なウソだ。
しばらく前に「マスコミの集団ヒステリーとアメリカのイラン攻撃」に書いていたように、イランの土地は、「ハートランド」、つまり「軍事戦略上もっとも大事な位置にある場所」なのである。
特に、イラン人がどんな宗教を信じようが、何をしようが、そんなことはたわい無いことなのである。問題はここを押さえることが、欧州とロシアアジアの障壁づくりにもっとも有効だからである。
さらに、現在では、ロシアのガスエネルギー政策と英米(独仏はちょっと違う)の石油エネルギー政策の”大衝突地点”がアフガンからイラクまでの中央高地なのである。
つまり、英米にとっては、イランを制圧すれば、ロシアのガスを欧州に引かずにすみ、自国の油田で世界をコントロールできるが、イランがロシアに渡れば、欧州が英米と独仏にエネルギー供給で二分されてしまうという危機が出る。
ましてや、ロシアのガスは、モンゴル、中国、インドへとガスパイプラインで引かれる計画であり、これが実現すれば、アジアの3つの超大国が縦に並ぶこととなる。ロシアの3億人、中国の12億人、インドの10億人が欧米列国に挑戦できる体制となるのである。
欧米人、特にアングロサクソンの英米人が特にこれを恐れているわけだ。
そこで、インドのチベット人ダライラマを焚き付けて、インドと中国関係を悪くする。そうすれば、ロシアからのパイプライン建設を当分は阻止できる。だから、イギリス人は必至で北京を妨害するわけである。ましてや、ロシア人や中国人やイラン人を悪魔のように悪者呼ばわりするわけだ。
しかし、世界はこれに乗っては行けない。なぜなら、日本のように何の資源もない国では、ロシアのガスであれ、英米の石油であれ、どんなものでも貴重なものだからだ。
我々日本人は、世界が1つでない限り(これは、王家が牛耳る「ワンワールド政府」という意味ではない!)、つまり世界がある程度平和でない限り存続し得ないという事実に目を向けなくてはならない。
この意味では、日本は「大いなる風見鶏」、「八方美人外交」で十分。世界中のどの国とも適度につき合う。そういう「理性の国」として世界に君臨すべきである。
馬鹿な白人には「調子こくな」と言い、良いマイノリティー国家には「君もできる」と言うというような国であるべきだろう。
そこで、宮沢賢治の詩風に言えばこんな感じだろう。
「超大国ニモマケズ」
英米にも負けず
王家にも負けず
冬の大寒波にも地球温暖化にも負けぬ
丈夫な国と国民をもち
侵略はなく
決して戦争せず
いつも静かにそびえたつ
一年にわずかの石油と
物資と少しの食料を消費し
世界のあらゆることを
自国を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
地球のアジアの極東の
小さな4つの島々にいて
東に病気の国あれば
行って救護してやり
西に疲れた国あれば
行ってその経済を立て直し
南に瀕死の国あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に戦争や衝突があれば
つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
世界の国々にでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
日本は
なりたい
------------------------------
こんな映画に見るように、欧米の”一部の人々”は、巧みに人心を操り、巧妙に世界を戦争へと導こうとしているようですナ。
いずれにせよ、今年は「陰謀論」ブームの年になりそうですナ。
映画の始まる前の予告編で、シルベスター・スタローンの「ランボー 最後の戦場」、ハリソン・フォードの「インディー・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」、トム・ハンクスの「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」、「ハプニング」
これらは、すべて何らかの「陰謀論」的要素を含んでいるように見えた。
「本物の陰謀論を静めるには小粒なニセの陰謀論を打つ」
というのは、情報操作(ディスインフォーメーション)の鉄則の1つらしいが、こういう映画がそういったものである可能性もある。
ただただ、こういった映画が「ハリウッドの陰謀」でないことを祈るのみ。
昨日、この映画を見たが、正直
「どこが”大いなる”のか?」、
「どこに知られていない陰謀があるのか?」
まったく分からなかった。
描かれた”陰謀”はおおよそだれでも想像できる範囲のもので、ジョン・コールマン博士やデービッド・アイクや太田龍などの「陰謀暴露論者」たちの描く、”壮大な陰謀論”からすれば、微々たる子供じみたレベルの作り話程度であった。
なぜなら、ジョン・コールマン博士やデービッド・アイクや太田龍などによれば、そもそも9・11のジェット旅客機すらどこにも存在せず、ペンタゴンの爆破映像のどこにも飛行機も映らず、飛行機の残骸すら存在しないという事実を出発点にし、9・11はブッシュ政権の陰謀であると見ている。そして、9・11やサブプライムローン問題などですら壮大な「人類家畜牧場計画」への伏線の1つでしかないと見なしているからである。
この壮大な陰謀論の見方からすれば、ロバート・レッドフォードの「大いなる陰謀」などどこにも陰謀と呼べるものはない。せいぜい軽い「騙し、偽り」程度のものだろう。
リッチな白人層は、国内でセレブ生活や怠惰な生活を行い、”有能で将来性ある”黒人やヒスパニックなどのマイノリティーの国民の若者は率先して最前線で死ぬ。大学のインテリは口先だけで何もしない。学生からも尊敬されない。方や軍隊出の青年将校が政治家に転身し、国民の知らないところでアフガンやイラクそしてイラン戦争を準備する。こういう連中が若者の将来を台なしにする。これこそ「大いなる陰謀」と呼ばずして何なのか?
というのが、おそらくこの映画の主題だろう。ロバート・レッドフォードの”気持ち”(怒りや憤り)はよく理解できる。
しかし、これはまだ”陰謀”とは言えない。なぜなら、こんなことはおよそ戦争と言う時にはどこの国にもあることに過ぎないからだ。
もし真に「陰謀」と呼ぶべき内容のことがあるとすれば、やはりジョン・コールマン博士が「300人委員会」で暴露した、この委員会が行おうとしているとされる、「地球50億人削減計画」、「王家の人間牧場計画」、「ワンワールド計画」というような物騒なものだろう。
このスケールでは、アフガン問題、イラク問題、イラン、北朝鮮など悪の枢軸問題など、それに今回の中国問題、チベット問題などは、すべて計画の一過程として織り込み済みのものにすぎないからである。
こういった政治問題はすべて、白人王家のユーロとそれ以外の有色人種の家畜人類の国々の間の「新世界秩序」への序章に過ぎないと見なせるからである。要するに、ヨーロッパの白人連合が、人類文明の代表格として勝利者となり、それ以外の人種は彼らの使用人として人類家畜になれ、という新しい世界秩序へ向けての壮大な計画である。(”3つの世界戦争とニビル星人降臨”)
こういうのが、ジョン・コールマン博士やデービッド・アイクや太田龍などの描く”陰謀論”である。
これと比べたら、ロバート・レッドフォードの陰謀など小さい小さい。
ところで、気になったのは、「陰謀」と言いながら、巧妙に「イラクとアフガンの背後で両方を支援しているのはイランだ」と次なる戦争相手をイランに仕立て上げようとしているところである。おそらく、この映画の一番言いたかったことはこれだろう。この意味では、ブッシュ政権がこの映画を製作させたのだろうと感じる。
しかし、これは真っ赤なウソだ。
しばらく前に「マスコミの集団ヒステリーとアメリカのイラン攻撃」に書いていたように、イランの土地は、「ハートランド」、つまり「軍事戦略上もっとも大事な位置にある場所」なのである。
特に、イラン人がどんな宗教を信じようが、何をしようが、そんなことはたわい無いことなのである。問題はここを押さえることが、欧州とロシアアジアの障壁づくりにもっとも有効だからである。
さらに、現在では、ロシアのガスエネルギー政策と英米(独仏はちょっと違う)の石油エネルギー政策の”大衝突地点”がアフガンからイラクまでの中央高地なのである。
つまり、英米にとっては、イランを制圧すれば、ロシアのガスを欧州に引かずにすみ、自国の油田で世界をコントロールできるが、イランがロシアに渡れば、欧州が英米と独仏にエネルギー供給で二分されてしまうという危機が出る。
ましてや、ロシアのガスは、モンゴル、中国、インドへとガスパイプラインで引かれる計画であり、これが実現すれば、アジアの3つの超大国が縦に並ぶこととなる。ロシアの3億人、中国の12億人、インドの10億人が欧米列国に挑戦できる体制となるのである。
欧米人、特にアングロサクソンの英米人が特にこれを恐れているわけだ。
そこで、インドのチベット人ダライラマを焚き付けて、インドと中国関係を悪くする。そうすれば、ロシアからのパイプライン建設を当分は阻止できる。だから、イギリス人は必至で北京を妨害するわけである。ましてや、ロシア人や中国人やイラン人を悪魔のように悪者呼ばわりするわけだ。
しかし、世界はこれに乗っては行けない。なぜなら、日本のように何の資源もない国では、ロシアのガスであれ、英米の石油であれ、どんなものでも貴重なものだからだ。
我々日本人は、世界が1つでない限り(これは、王家が牛耳る「ワンワールド政府」という意味ではない!)、つまり世界がある程度平和でない限り存続し得ないという事実に目を向けなくてはならない。
この意味では、日本は「大いなる風見鶏」、「八方美人外交」で十分。世界中のどの国とも適度につき合う。そういう「理性の国」として世界に君臨すべきである。
馬鹿な白人には「調子こくな」と言い、良いマイノリティー国家には「君もできる」と言うというような国であるべきだろう。
そこで、宮沢賢治の詩風に言えばこんな感じだろう。
「超大国ニモマケズ」
英米にも負けず
王家にも負けず
冬の大寒波にも地球温暖化にも負けぬ
丈夫な国と国民をもち
侵略はなく
決して戦争せず
いつも静かにそびえたつ
一年にわずかの石油と
物資と少しの食料を消費し
世界のあらゆることを
自国を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり
そして忘れず
地球のアジアの極東の
小さな4つの島々にいて
東に病気の国あれば
行って救護してやり
西に疲れた国あれば
行ってその経済を立て直し
南に瀕死の国あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に戦争や衝突があれば
つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き
世界の国々にでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず
そういうものに
日本は
なりたい
------------------------------
こんな映画に見るように、欧米の”一部の人々”は、巧みに人心を操り、巧妙に世界を戦争へと導こうとしているようですナ。
いずれにせよ、今年は「陰謀論」ブームの年になりそうですナ。
映画の始まる前の予告編で、シルベスター・スタローンの「ランボー 最後の戦場」、ハリソン・フォードの「インディー・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」、トム・ハンクスの「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」、「ハプニング」
これらは、すべて何らかの「陰謀論」的要素を含んでいるように見えた。
「本物の陰謀論を静めるには小粒なニセの陰謀論を打つ」
というのは、情報操作(ディスインフォーメーション)の鉄則の1つらしいが、こういう映画がそういったものである可能性もある。
ただただ、こういった映画が「ハリウッドの陰謀」でないことを祈るのみ。
2008/04/30のBlog
[ 19:30 ]
[ 徳島サッカー ]
2008年度天皇杯県予選(徳島県選手権2種)の
準々決勝が29日に行われた。
【準々決勝】29日(火)
**番狂わせ
徳島北(T1)2一0徳島東工(T2)
城之内(T1)5一0阿波(T1)
鴨島商(T3)2一1城南(T2)**
辻(T2)1一0小松島(T2)
徳島県の高校サッカーシーンでは「番狂わせ」というものはほとんどない。
プリンスはT1に勝ち、T1はT2に勝ち、T2はT3に勝つ。
完璧にサッカーの格差社会が高校では出来上がってしまっているからだ。
強豪校は、勉強の出来ないサッカー馬鹿でも入学を許可し、
例え、その学校が「文武両道」校と銘打っても、
事実は「スポーツ馬鹿とガリ勉の勉強オタクの混成」学校にすぎない。
校内にはスポーツ要員と勉強要員が別々の生活を送るという感じで、昔の
「文武両道」の人材が闊歩する日本の高校のイメージで語ることはできない。
スポーツの全国大会進出や有名大学への進学は、新しい生徒を得るための
格好の材料となるが、人間教育の場としてはすでに退化してしまっている
というのが昨今の高校なのである。
こうなると、上位校はスポーツも勉強も良い学校になる。
だが、下位校は勉強もスポーツもだめのがらくた集めの学校という
ふうになりやすい。
はたしてそんな学校が子供にとって住みやすく良い場所と言えるのか。
良い学校では、親の財布の中身まで一緒、どこでヘアカットしているかもいっしょ。
胃袋の中身までいっしょということになりかねない。
威風堂々、質実剛健、文武両道の日本男児の精神はもはや死語。
みんなジャニーズ系の適度なイケメンと子ギャルメークの女の子。
後は馬鹿を芸風にする吉本や馬鹿仕込みのタレントのような子供ばかり。
これじゃ教育とはいえまい。
いやはや、世も末ですナ。
準々決勝が29日に行われた。
【準々決勝】29日(火)
**番狂わせ
徳島北(T1)2一0徳島東工(T2)
城之内(T1)5一0阿波(T1)
鴨島商(T3)2一1城南(T2)**
辻(T2)1一0小松島(T2)
徳島県の高校サッカーシーンでは「番狂わせ」というものはほとんどない。
プリンスはT1に勝ち、T1はT2に勝ち、T2はT3に勝つ。
完璧にサッカーの格差社会が高校では出来上がってしまっているからだ。
強豪校は、勉強の出来ないサッカー馬鹿でも入学を許可し、
例え、その学校が「文武両道」校と銘打っても、
事実は「スポーツ馬鹿とガリ勉の勉強オタクの混成」学校にすぎない。
校内にはスポーツ要員と勉強要員が別々の生活を送るという感じで、昔の
「文武両道」の人材が闊歩する日本の高校のイメージで語ることはできない。
スポーツの全国大会進出や有名大学への進学は、新しい生徒を得るための
格好の材料となるが、人間教育の場としてはすでに退化してしまっている
というのが昨今の高校なのである。
こうなると、上位校はスポーツも勉強も良い学校になる。
だが、下位校は勉強もスポーツもだめのがらくた集めの学校という
ふうになりやすい。
はたしてそんな学校が子供にとって住みやすく良い場所と言えるのか。
良い学校では、親の財布の中身まで一緒、どこでヘアカットしているかもいっしょ。
胃袋の中身までいっしょということになりかねない。
威風堂々、質実剛健、文武両道の日本男児の精神はもはや死語。
みんなジャニーズ系の適度なイケメンと子ギャルメークの女の子。
後は馬鹿を芸風にする吉本や馬鹿仕込みのタレントのような子供ばかり。
これじゃ教育とはいえまい。
いやはや、世も末ですナ。
2008/04/28のBlog
[ 10:36 ]
[ 徳島サッカー ]
2008年度天皇杯県予選(徳島県選手権2種)が開幕。
1次トーナメントは25チームが参加。
【1回戦】26日(土)
徳島北(T1)6一0阿南高専(T3)
鴨島商(T3)2一0城東(T3)
城之内(T1)7一0板野(T3)
阿波(T1)4一1徳島工(T3)
小松島(T2)1一0徳島文理(T3)
城南(T1)5一2海部(T3)
1次トーナメントは25チームが参加。
【1回戦】26日(土)
徳島北(T1)6一0阿南高専(T3)
鴨島商(T3)2一0城東(T3)
城之内(T1)7一0板野(T3)
阿波(T1)4一1徳島工(T3)
小松島(T2)1一0徳島文理(T3)
城南(T1)5一2海部(T3)
2008/04/26のBlog
[ 22:14 ]
[ 大学・大学院 ]
日本の理論物理学者はどうしてこうも不勉強家になったのか?
今回はこの問題に対する私個人の印象を紹介させてもらおう。もう30年近くも物理科学の世界を歩いてくると、こういうことが分かるようになるから面白い。
日本で理論物理学者になる人というのは、たいがいは(おそらく99%は)勉強ばかりやってきた人物である。私のように小中高大学とろくに学校の勉強せずにスポーツを本格的にやってきた人間というのは、むしろかなり稀、異端的ですらある。塾や予備校に通い、文学書や哲学書の読書に明け暮れてきたというようなちょっと早熟のインテリで、人と話をする時決まって眼鏡をちょっと手で押し上げるというようなタイプの人間が多い。
ところが、そういったちょっと早熟の日本のインテリたちも年齢とともに徐々に大人しくなる。40歳も過ぎるともう新分野の論文や大学で教えている自分の冠分野以外の研究などまったく読む気も起こらないというような人物と変わってくる。
(この理由を考えることは面白い。おそらく、受験勉強のし過ぎから来た頭脳の固さと幼少からの過度の勉強によるストレスのせいで、ある年齢に達すると飽和状態になり、学習能力が緩和してしまうのだろうと思う。)
にもかかわらず、逆に年齢とともに自分の専門分野でそれなりに名が知られるようになる。それにつれ、いつも同じようなことばかり研究しているわけにも行かず、少しは新しいこともやっているとちまたには見せる必要が出る。
特に、新しい研究費を取るというような時にそういう場合も出てくる。あるいは、年とともに、自分の持つ”変な色気”とともに出てくるわけである。つまり、「俺も他の人がやっていることでも研究できるんだよ」とデモンストレーションしたくなるわけだ。
しかし、色気は出るが、その一方で他人の論文や他の分野の論文など読む気はさらさらない。そんな気力はとうに失せているわけだ。
実際、”いい年こいて”新人のこれから博士号を取ろうというような意気込みのある大学院生や大学生のように欧米の新進気鋭の若手学者が書いた膨大な論文群をしこしこと読みといて行くのは実に根気がいる作業なのである。
だいたい学生が1つの英語論文を読んで完全に理解するのにも下手すれば1年はかかる。早くても数カ月かかる代物である。そんな論文を数十から何百も読まなくてならない。そうしない限り新分野でそれなりの専門家にはなれない。論文などもってのほかである。1年2年と地道に勉強して行かない限り、参考文献すら書けず、序文すら書けないからである。逆に言えば、数年勉強してやっと1つ2つの論文がその筋の研究雑誌に出せる程度なのである。
これは一種のジレンマである。
つまり、研究者にとって一分野で有名になることは、他分野を学ぶ気を失せさせることである。この場合、もう研究者としては終わりということになるからだ。逆に一分野でそれほど有名でないならば、他分野を学んでそっちで有名になろうとする意欲はあり得る。しかしこの場合には時間を要する。
このように、新分野へのチャレンジ精神を維持するということと一分野に留まってその分野でそこそこの研究者で居座るということは拮抗するのである。
もちろん、世界には、あらゆる分野で著名な研究をしているつわものもいる。しかし、私の見る限りこうした人たちは非常に稀で例外的である。
では、こういう傾向を持つ日本人理論物理学者はどのようにして他分野の研究を始めるのか?
まず代表的なのは、海外のその筋の専門家のところに留学して”ネタ取り”するのである。1年に1、2回MITなどに行ってそこのエキスパートと共同研究(聞こえはいいが実際には弟子入りしているだけ)して新分野の論文に参加させてもらうのである。
これは、実に効率の良いビジネスである。なぜなら普通に新分野に新規参入すれば、少なくとも1、2年は論文読みや問題発掘に要するものを留学して一気にそれをすっ飛ばすことができるからだ。どの論文を読み、どの研究が重要か、何が問題か、何が今のトレンドか、こういった問題を本来なら数年研究して自ら発見しなくてはならないことを全部そこのボスである指導者が教えてくれるからである。
しかしこういう人たちが海外から留学帰りとして戻ってくる。ましてやそのボスが世界的有名である場合には、著名な研究の仲間である新進気鋭の研究者として鳴り物入りで向かい入れられる。そしていつしかこういう理論物理学者たちが学会を支配して行くのである。
次の方法は、自分の学生や友人や知人でその分野の専門家を探し、共同研究するというやり方である。これは先の方法ほどではないが、それなりに手間ひまを省ける。
こんなわけで、どうも最近の日本の理論物理学者はあまり勉強しない。古今東西の主要な論文や研究を密かに自分で読んで研究しているなどという人は私がインターネットで調べる範囲ではめったにいない。
いつからこうなってしまったのか? どうしてこうなってしまったのか?
こういった疑問の答えを私は知らないが、何か”問題”がそこにあるということだろうと感じる。
どうも現在の理論物理学者の勉強嫌いはどうにかならんのだろうかネ。
ちなみに、なぜ私がこういうことを考えるかと言えば、研究というものは、あらゆることを勉強し尽くしても、まだ分からん、これを知ってもまだ足りない、これを勉強してもまだ不十分だと決して満足せず疑問を積み重ねて行く内にしか本質的な進歩に行きつかないと思うからである。
今回はこの問題に対する私個人の印象を紹介させてもらおう。もう30年近くも物理科学の世界を歩いてくると、こういうことが分かるようになるから面白い。
日本で理論物理学者になる人というのは、たいがいは(おそらく99%は)勉強ばかりやってきた人物である。私のように小中高大学とろくに学校の勉強せずにスポーツを本格的にやってきた人間というのは、むしろかなり稀、異端的ですらある。塾や予備校に通い、文学書や哲学書の読書に明け暮れてきたというようなちょっと早熟のインテリで、人と話をする時決まって眼鏡をちょっと手で押し上げるというようなタイプの人間が多い。
ところが、そういったちょっと早熟の日本のインテリたちも年齢とともに徐々に大人しくなる。40歳も過ぎるともう新分野の論文や大学で教えている自分の冠分野以外の研究などまったく読む気も起こらないというような人物と変わってくる。
(この理由を考えることは面白い。おそらく、受験勉強のし過ぎから来た頭脳の固さと幼少からの過度の勉強によるストレスのせいで、ある年齢に達すると飽和状態になり、学習能力が緩和してしまうのだろうと思う。)
にもかかわらず、逆に年齢とともに自分の専門分野でそれなりに名が知られるようになる。それにつれ、いつも同じようなことばかり研究しているわけにも行かず、少しは新しいこともやっているとちまたには見せる必要が出る。
特に、新しい研究費を取るというような時にそういう場合も出てくる。あるいは、年とともに、自分の持つ”変な色気”とともに出てくるわけである。つまり、「俺も他の人がやっていることでも研究できるんだよ」とデモンストレーションしたくなるわけだ。
しかし、色気は出るが、その一方で他人の論文や他の分野の論文など読む気はさらさらない。そんな気力はとうに失せているわけだ。
実際、”いい年こいて”新人のこれから博士号を取ろうというような意気込みのある大学院生や大学生のように欧米の新進気鋭の若手学者が書いた膨大な論文群をしこしこと読みといて行くのは実に根気がいる作業なのである。
だいたい学生が1つの英語論文を読んで完全に理解するのにも下手すれば1年はかかる。早くても数カ月かかる代物である。そんな論文を数十から何百も読まなくてならない。そうしない限り新分野でそれなりの専門家にはなれない。論文などもってのほかである。1年2年と地道に勉強して行かない限り、参考文献すら書けず、序文すら書けないからである。逆に言えば、数年勉強してやっと1つ2つの論文がその筋の研究雑誌に出せる程度なのである。
これは一種のジレンマである。
つまり、研究者にとって一分野で有名になることは、他分野を学ぶ気を失せさせることである。この場合、もう研究者としては終わりということになるからだ。逆に一分野でそれほど有名でないならば、他分野を学んでそっちで有名になろうとする意欲はあり得る。しかしこの場合には時間を要する。
このように、新分野へのチャレンジ精神を維持するということと一分野に留まってその分野でそこそこの研究者で居座るということは拮抗するのである。
もちろん、世界には、あらゆる分野で著名な研究をしているつわものもいる。しかし、私の見る限りこうした人たちは非常に稀で例外的である。
では、こういう傾向を持つ日本人理論物理学者はどのようにして他分野の研究を始めるのか?
まず代表的なのは、海外のその筋の専門家のところに留学して”ネタ取り”するのである。1年に1、2回MITなどに行ってそこのエキスパートと共同研究(聞こえはいいが実際には弟子入りしているだけ)して新分野の論文に参加させてもらうのである。
これは、実に効率の良いビジネスである。なぜなら普通に新分野に新規参入すれば、少なくとも1、2年は論文読みや問題発掘に要するものを留学して一気にそれをすっ飛ばすことができるからだ。どの論文を読み、どの研究が重要か、何が問題か、何が今のトレンドか、こういった問題を本来なら数年研究して自ら発見しなくてはならないことを全部そこのボスである指導者が教えてくれるからである。
しかしこういう人たちが海外から留学帰りとして戻ってくる。ましてやそのボスが世界的有名である場合には、著名な研究の仲間である新進気鋭の研究者として鳴り物入りで向かい入れられる。そしていつしかこういう理論物理学者たちが学会を支配して行くのである。
次の方法は、自分の学生や友人や知人でその分野の専門家を探し、共同研究するというやり方である。これは先の方法ほどではないが、それなりに手間ひまを省ける。
こんなわけで、どうも最近の日本の理論物理学者はあまり勉強しない。古今東西の主要な論文や研究を密かに自分で読んで研究しているなどという人は私がインターネットで調べる範囲ではめったにいない。
いつからこうなってしまったのか? どうしてこうなってしまったのか?
こういった疑問の答えを私は知らないが、何か”問題”がそこにあるということだろうと感じる。
どうも現在の理論物理学者の勉強嫌いはどうにかならんのだろうかネ。
ちなみに、なぜ私がこういうことを考えるかと言えば、研究というものは、あらゆることを勉強し尽くしても、まだ分からん、これを知ってもまだ足りない、これを勉強してもまだ不十分だと決して満足せず疑問を積み重ねて行く内にしか本質的な進歩に行きつかないと思うからである。
2008/04/25のBlog
[ 09:11 ]
[ ジョーク ]
笑いは百薬之長。以下はジョーク。笑うことが肝要。信じないことだヨ。
【チベット問題vs北京オリンピック】
チベット問題は北京オリンピックとリンクされて今や世界中の大問題。
そこで、世界の人々はこの問題にどう振る舞うのだろうか。
イギリス人の場合。
「イギリス人諸君、今こそ英国紳士の心意気を世界に見せる時だ。
中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、イギリス人は、”英国紳士の勇気を見せてやる”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
アメリカ人の場合。
「アメリカ人諸君、君たちは雇用保険や年金に入っているから大丈夫だ。
失敗しようがどうなろうが何も問題ない。
中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、アメリカ人は安心して後のことは”保険に任せた”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
ドイツ人の場合。
「ドイツ人諸君、これは国家の絶対命令だ。
中国を恐れずに死ぬ気で聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、ドイツ人は”命令には絶対服従”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
フランス人の場合。
「フランス人諸君、フランスは”自由、平等、博愛”の精神の国。
その理想のために中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ。
その方が女性にもてるぞ。』
すると、フランス人は”世界の自由、平等、博愛と女のために”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
イタリア人の場合。
「イタリア人諸君、君たちはこのままで結構。
妨害は他国に任せて普通の生活をしてくれたまえ。」
すると、イタリア人は”人の命令に従うのは真っ平ごめん”と
勇猛果敢にに聖火リレーを妨害する。
カナダ人の場合。
「カナダ人諸君、カナダには死刑制度はない。
どんな犯罪を犯しても死刑になることはない。
中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、カナダ人は”どんなことをしても死刑にならないのなら”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
オーストラリア人の場合。
「オーストラリア人諸君、今こそ宗主国英国女王の機嫌をとるのだ。
女王のため中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、オーストラリア人は、”イギリス女王陛下のため”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
日本人の場合。
「日本人諸君、他国はみんな聖火リレーを妨害している。
やっていないのは日本人だけだ。」
すると日本人はそれが”世界の常識だ”と知って
しぶしぶ聖火リレーを妨害する。
(昨日、本当にタケシの兄がこんなことを言ってたネ)
中国人の場合。
「中国人諸君、中国では国家反逆罪は死刑とされている。
北京オリンピック開催する以上、失敗すれば死刑だ。
中国で生き続けたいなら成功するまでやり遂げるほかない」
すると、中国人は”成功しないかぎり死刑になるのなら”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する他国民を妨害する。
【持続時間vs長さ】
『持続時間、長いほど男らしい? 米大学が射精アンケート』に関して
世の中の男性は「持続時間が長いほどいい」と思いこんでいる。
しかし、それは必ずしもそうではないらしい。
ペンシルベニア州立大が「性交時に男性が射精まで持続する適正な時間」
を性療法士からアンケート調査した結果、平均3分一13分と出たとか。
その結果、白人、黒人、東洋人というランキング。
でも、女性はどう思っているのだろうか。これはまだ調査中。
相手あってのものだけに、こっちの方が重要そうだ。
これに対して、ハーバード大は
「性交時に男性器が長いほど持続時間が長い」という結果を出し、
三段論法の結果、「男性器が長いほどいい」という結論を出した。
その結果、黒人、白人、東洋人というランキング。
これに対して、東大は
「いやいや固さの持続時間の方が大事」ですゾと調査。
その結果、東洋人、黒人、白人というランキング。
いやはやどれが真実なんだろうか。
【チベット問題vs北京オリンピック】
チベット問題は北京オリンピックとリンクされて今や世界中の大問題。
そこで、世界の人々はこの問題にどう振る舞うのだろうか。
イギリス人の場合。
「イギリス人諸君、今こそ英国紳士の心意気を世界に見せる時だ。
中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、イギリス人は、”英国紳士の勇気を見せてやる”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
アメリカ人の場合。
「アメリカ人諸君、君たちは雇用保険や年金に入っているから大丈夫だ。
失敗しようがどうなろうが何も問題ない。
中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、アメリカ人は安心して後のことは”保険に任せた”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
ドイツ人の場合。
「ドイツ人諸君、これは国家の絶対命令だ。
中国を恐れずに死ぬ気で聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、ドイツ人は”命令には絶対服従”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
フランス人の場合。
「フランス人諸君、フランスは”自由、平等、博愛”の精神の国。
その理想のために中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ。
その方が女性にもてるぞ。』
すると、フランス人は”世界の自由、平等、博愛と女のために”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
イタリア人の場合。
「イタリア人諸君、君たちはこのままで結構。
妨害は他国に任せて普通の生活をしてくれたまえ。」
すると、イタリア人は”人の命令に従うのは真っ平ごめん”と
勇猛果敢にに聖火リレーを妨害する。
カナダ人の場合。
「カナダ人諸君、カナダには死刑制度はない。
どんな犯罪を犯しても死刑になることはない。
中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、カナダ人は”どんなことをしても死刑にならないのなら”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
オーストラリア人の場合。
「オーストラリア人諸君、今こそ宗主国英国女王の機嫌をとるのだ。
女王のため中国を恐れずに聖火リレーを妨害してくれたまえ」
すると、オーストラリア人は、”イギリス女王陛下のため”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する。
日本人の場合。
「日本人諸君、他国はみんな聖火リレーを妨害している。
やっていないのは日本人だけだ。」
すると日本人はそれが”世界の常識だ”と知って
しぶしぶ聖火リレーを妨害する。
(昨日、本当にタケシの兄がこんなことを言ってたネ)
中国人の場合。
「中国人諸君、中国では国家反逆罪は死刑とされている。
北京オリンピック開催する以上、失敗すれば死刑だ。
中国で生き続けたいなら成功するまでやり遂げるほかない」
すると、中国人は”成功しないかぎり死刑になるのなら”と
勇猛果敢に聖火リレーを妨害する他国民を妨害する。
【持続時間vs長さ】
『持続時間、長いほど男らしい? 米大学が射精アンケート』に関して
世の中の男性は「持続時間が長いほどいい」と思いこんでいる。
しかし、それは必ずしもそうではないらしい。
ペンシルベニア州立大が「性交時に男性が射精まで持続する適正な時間」
を性療法士からアンケート調査した結果、平均3分一13分と出たとか。
その結果、白人、黒人、東洋人というランキング。
でも、女性はどう思っているのだろうか。これはまだ調査中。
相手あってのものだけに、こっちの方が重要そうだ。
これに対して、ハーバード大は
「性交時に男性器が長いほど持続時間が長い」という結果を出し、
三段論法の結果、「男性器が長いほどいい」という結論を出した。
その結果、黒人、白人、東洋人というランキング。
これに対して、東大は
「いやいや固さの持続時間の方が大事」ですゾと調査。
その結果、東洋人、黒人、白人というランキング。
いやはやどれが真実なんだろうか。
2008/04/24のBlog
[ 10:06 ]
[ 社会 ]
硫化水素自殺、近所の女性も一時意識不明
最近、”どういうわけか”「硫化水素自殺」が頻発している。これは、「無差別自爆テロ」と同じだということを今回は紹介しておこう。
それゆえ、「硫化水素自殺」の紹介者、ホームページ制作者、掲載プロバイダーの即刻の逮捕拘留が望ましい。政府の早急の対策を期待したい。
さて、
硫化水素
この中に以下のようにある。
【毒性】
毒性は、化学的な反応性の高さによる皮膚粘膜への刺激性とシトクロムcオキシダーゼの阻害が挙げられる。
シトクロムcオキシダーゼ阻害作用は非常に急速に発生し、高濃度での暴露を受けた場合には数呼吸で昏倒に至る。この現象は「ノックダウン」とよばれる。皮膚粘膜への刺激性は中長期的な影響となり、気管支炎や肺水腫を起こす。[1]
独特の臭気があるが、嗅覚を麻痺させる作用があるため、濃度が高くなると逆に匂いを感知できなくなる。このため、濃度が致死量に近づいているにもかかわらず、それと気づかないケースが多いので注意が必要である。火山周辺では警告の看板に注意する事が必要である。知らずに近づいた登山者やスキー客・温泉客が死亡する例も見受けられる。
鉱工業においては下水道や排水プラント・化学工業・実験施設において事故が度々発生しており、このような場所での作業では監視・管理が法規制されている[2]。年余にわたる微量の曝露では変異原性が指摘されている。[3]
【治療】
急性中毒の治療は、まず外気に当てて衣服等に含まれる硫化水素を飛ばし、患者には100%酸素を吸入させる。その際ジャクソンリースのような再呼吸式の吸入具は有毒ガス呼出の妨げとなるため、絶対に使用してはならない。
解毒剤として有効性が示されているのは亜硝酸アミルなどの亜硝酸塩のみである。硫化水素は血管壁の亜酸化窒素合成を阻害することが毒性の発現経路のひとつであるためだが、曝露後数分以内に投与しなければ著効が期待できない。
最初の数時間を乗り切った重症患者は、後に急性肺傷害を発病する危険性が高い。このため気管挿管と人工呼吸器管理が必要となるが、これらの処置を行う医療従事者は2次汚染を防ぐための万全の対策を以て臨まなければならない。[4]
【濃度対危険度】
濃度(単位:ppm) → 作用
1,000一2,000 → 即死
600 → 約1時間で致命的中毒
200一300 → 約1時間で急性中毒
100一200 → 症状:臭覚麻痺
50一100 → 症状:気道刺激、結膜炎
10 → 労働安全衛生法規制値(許容限界濃度)
0.41 → 不快臭
0.02一0.2 → 悪臭防止法に基づく大気濃度規制値
0.00041 → 臭いの閾値
最近、”どういうわけか”「硫化水素自殺」が頻発している。これは、「無差別自爆テロ」と同じだということを今回は紹介しておこう。
それゆえ、「硫化水素自殺」の紹介者、ホームページ制作者、掲載プロバイダーの即刻の逮捕拘留が望ましい。政府の早急の対策を期待したい。
さて、
硫化水素
この中に以下のようにある。
【毒性】
毒性は、化学的な反応性の高さによる皮膚粘膜への刺激性とシトクロムcオキシダーゼの阻害が挙げられる。
シトクロムcオキシダーゼ阻害作用は非常に急速に発生し、高濃度での暴露を受けた場合には数呼吸で昏倒に至る。この現象は「ノックダウン」とよばれる。皮膚粘膜への刺激性は中長期的な影響となり、気管支炎や肺水腫を起こす。[1]
独特の臭気があるが、嗅覚を麻痺させる作用があるため、濃度が高くなると逆に匂いを感知できなくなる。このため、濃度が致死量に近づいているにもかかわらず、それと気づかないケースが多いので注意が必要である。火山周辺では警告の看板に注意する事が必要である。知らずに近づいた登山者やスキー客・温泉客が死亡する例も見受けられる。
鉱工業においては下水道や排水プラント・化学工業・実験施設において事故が度々発生しており、このような場所での作業では監視・管理が法規制されている[2]。年余にわたる微量の曝露では変異原性が指摘されている。[3]
【治療】
急性中毒の治療は、まず外気に当てて衣服等に含まれる硫化水素を飛ばし、患者には100%酸素を吸入させる。その際ジャクソンリースのような再呼吸式の吸入具は有毒ガス呼出の妨げとなるため、絶対に使用してはならない。
解毒剤として有効性が示されているのは亜硝酸アミルなどの亜硝酸塩のみである。硫化水素は血管壁の亜酸化窒素合成を阻害することが毒性の発現経路のひとつであるためだが、曝露後数分以内に投与しなければ著効が期待できない。
最初の数時間を乗り切った重症患者は、後に急性肺傷害を発病する危険性が高い。このため気管挿管と人工呼吸器管理が必要となるが、これらの処置を行う医療従事者は2次汚染を防ぐための万全の対策を以て臨まなければならない。[4]
【濃度対危険度】
濃度(単位:ppm) → 作用
1,000一2,000 → 即死
600 → 約1時間で致命的中毒
200一300 → 約1時間で急性中毒
100一200 → 症状:臭覚麻痺
50一100 → 症状:気道刺激、結膜炎
10 → 労働安全衛生法規制値(許容限界濃度)
0.41 → 不快臭
0.02一0.2 → 悪臭防止法に基づく大気濃度規制値
0.00041 → 臭いの閾値
ちなみに、”卵の腐ったような匂い”という言葉の印象から、「硫化水素」を「二酸化硫黄」(俗名、亜硫酸ガス)と勘違いし混同するといけないから、ここに注意しておく。「硫化水素」はH2S、「二酸化硫黄」はSO2である。両方ともに非常に危険なガスであることには変わりない。
----------------
これを見ても分かるように、硫化水素は非常に致死率の高い、極めて有毒の物質である。同時に、一度被害にあうと治療が難しいガス物質である。もちろん、回復も難しい。また、毒がガスであるために、周辺への被害や悪影響が実に大きい。
これほどまでに、硫化水素は”危険な物質”である。
一説には、「硫化水素自殺」はだれかのホームページで紹介されたということらしいが、そういうホームページは、明らかに自殺者だけでなく、その”周辺住民”への被害を予測してのものであると考えられる。したがって、明らかなる「テロ活動行為」と見なすことができるだろう。
近所で高濃度の純度の高い硫化水素を発生させられたらたまったものではない。例え助かったとしても下手すれば一生障害に苦しめられないとも限らないからである。
この意味では、かなり「自爆テロ」に近い状況となる。爆弾による爆発ではないが、硫化水素爆弾による自爆テロと見なせるからである。
もしだれかが「自殺するためだ」といって、国会議事堂内で「硫化水素自殺」をしたらどうなるか? あるいは、新幹線の中で「硫化水素自殺」したらどうなるだろうか?
想像するだけでも恐ろしい事態となるだろう。地下鉄サリン事件などものの比ではない。それほど、硫化水素の致死率は高い。無数の死人、無数の被害者が出るはずである。国会議員や職員の大半はガス死するだろう。
おそらく、この方法を紹介した”悪玉”は、そういう事態を期待しているのだろう。きっとそうなれば大喜びのはずである。この意味でも、実に悪質なのである。
こういうわけで、ホームページ制作者、および、有害ホームページを掲載したプロバイダーは、即刻逮捕勾留し、どうしてそういう「無差別テロ行為」をしたのか、その背後関係を調査すべきだろう。
どこかよその国のエージェントがそういうことをしているのかも知れないからである、あるいは、どこかよその国のエージェントが日本人を利用してやらせているのかも知れないからである。
また、「硫化水素」の発生する洗剤など、家庭の商品は即刻販売禁止にして、「硫化水素」の発生しないもっと別の商品を開発すべきだろう。
早急な対処が望まれるナ。
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これを見ても分かるように、硫化水素は非常に致死率の高い、極めて有毒の物質である。同時に、一度被害にあうと治療が難しいガス物質である。もちろん、回復も難しい。また、毒がガスであるために、周辺への被害や悪影響が実に大きい。
これほどまでに、硫化水素は”危険な物質”である。
一説には、「硫化水素自殺」はだれかのホームページで紹介されたということらしいが、そういうホームページは、明らかに自殺者だけでなく、その”周辺住民”への被害を予測してのものであると考えられる。したがって、明らかなる「テロ活動行為」と見なすことができるだろう。
近所で高濃度の純度の高い硫化水素を発生させられたらたまったものではない。例え助かったとしても下手すれば一生障害に苦しめられないとも限らないからである。
この意味では、かなり「自爆テロ」に近い状況となる。爆弾による爆発ではないが、硫化水素爆弾による自爆テロと見なせるからである。
もしだれかが「自殺するためだ」といって、国会議事堂内で「硫化水素自殺」をしたらどうなるか? あるいは、新幹線の中で「硫化水素自殺」したらどうなるだろうか?
想像するだけでも恐ろしい事態となるだろう。地下鉄サリン事件などものの比ではない。それほど、硫化水素の致死率は高い。無数の死人、無数の被害者が出るはずである。国会議員や職員の大半はガス死するだろう。
おそらく、この方法を紹介した”悪玉”は、そういう事態を期待しているのだろう。きっとそうなれば大喜びのはずである。この意味でも、実に悪質なのである。
こういうわけで、ホームページ制作者、および、有害ホームページを掲載したプロバイダーは、即刻逮捕勾留し、どうしてそういう「無差別テロ行為」をしたのか、その背後関係を調査すべきだろう。
どこかよその国のエージェントがそういうことをしているのかも知れないからである、あるいは、どこかよその国のエージェントが日本人を利用してやらせているのかも知れないからである。
また、「硫化水素」の発生する洗剤など、家庭の商品は即刻販売禁止にして、「硫化水素」の発生しないもっと別の商品を開発すべきだろう。
早急な対処が望まれるナ。
2008/04/23のBlog
[ 20:17 ]
[ 阿南市 ]
徳島ブース開設 独ハノーバー・メッセ2008、LEDなど製品PR
ドイツのニーダーザクセン州ハーノーバーで開かれた「ハノーバー・メッセ2008」に、光の街阿南のL・E・Dも曼陀羅ドームを出展。ついにドイツへ渡る。
”徳島ブースには、発光ダイオード(LED)関連など独自技術を持つ企業が産業機械や製品サンプルを展示。注目を集めたのは、七万五千四百個のLEDで作られた直径四メートル、高さ五メートルのドーム。音楽に合わせてさまざまな色や形が明滅するようにコンピューター制御されていて、来場者から質問が相次いでいた。”
いやー、大栗さん、板東さん頑張っていますねー。
参考:
「光のアーチ・つながる阿南」:大栗さん”光る”!
阿南市の「L・E・D」訪問
ドイツのニーダーザクセン州ハーノーバーで開かれた「ハノーバー・メッセ2008」に、光の街阿南のL・E・Dも曼陀羅ドームを出展。ついにドイツへ渡る。
”徳島ブースには、発光ダイオード(LED)関連など独自技術を持つ企業が産業機械や製品サンプルを展示。注目を集めたのは、七万五千四百個のLEDで作られた直径四メートル、高さ五メートルのドーム。音楽に合わせてさまざまな色や形が明滅するようにコンピューター制御されていて、来場者から質問が相次いでいた。”
いやー、大栗さん、板東さん頑張っていますねー。
参考:
「光のアーチ・つながる阿南」:大栗さん”光る”!
阿南市の「L・E・D」訪問
[ 12:15 ]
[ ジョーク ]
笑いは百薬之長。以下はジョーク。信じないことだヨ。
『「フリーター100万人を正社員化」 政府目標、3年で』に関して
福田首相が国会で『「フリーター100万人を自衛隊員化」 政府目標、3年で』と間違える。つまり、2010年度までの3年間に「フリーター、ニートなどの若者100万人を正隊員化し、女性と高齢者の計120万人の雇用を増やす」という数値目標を打ち出す。
『「できれば入国お断り」 国境なき記者団に政府苦慮』に関して
謎のフランス人が作った市民団体「国境なき記者団」(RSF、本部パリ)は
北京五輪開会式への不参加を呼びかけている。
長野で26日に予定の聖火リレーへも抗議活動のため来日を計画しているらしい。
それに頭を悩ませているのが日本政府。できれば混乱を回避したい。
しかし入国を拒否する法的な根拠が見つからない。
そこで考えたのが、「国境なき記者団メンバーのフーリガン説」。
どうやらメンバーにサッカーのフーリガンの経歴があったとするもの。
果たしてこの方法、うまく行くか。
『「警察署のトイレから飛び降り死亡 任意聴取中の男性』に関して
これから警察では、取り調べの容疑者には自動パラシュートを着用させる計画とか。
『「ネットに悪口書かれた」 中学生、バットで殴られ重体』に関して
今後ヒロユキの「2ちゃんねる」に自由に消せる”消しゴム”機能がつくという。
俗に、「ヒロユキの頭のなかの消しゴム」と呼ぶのだとか。
『「フリーター100万人を正社員化」 政府目標、3年で』に関して
福田首相が国会で『「フリーター100万人を自衛隊員化」 政府目標、3年で』と間違える。つまり、2010年度までの3年間に「フリーター、ニートなどの若者100万人を正隊員化し、女性と高齢者の計120万人の雇用を増やす」という数値目標を打ち出す。
『「できれば入国お断り」 国境なき記者団に政府苦慮』に関して
謎のフランス人が作った市民団体「国境なき記者団」(RSF、本部パリ)は
北京五輪開会式への不参加を呼びかけている。
長野で26日に予定の聖火リレーへも抗議活動のため来日を計画しているらしい。
それに頭を悩ませているのが日本政府。できれば混乱を回避したい。
しかし入国を拒否する法的な根拠が見つからない。
そこで考えたのが、「国境なき記者団メンバーのフーリガン説」。
どうやらメンバーにサッカーのフーリガンの経歴があったとするもの。
果たしてこの方法、うまく行くか。
『「警察署のトイレから飛び降り死亡 任意聴取中の男性』に関して
これから警察では、取り調べの容疑者には自動パラシュートを着用させる計画とか。
『「ネットに悪口書かれた」 中学生、バットで殴られ重体』に関して
今後ヒロユキの「2ちゃんねる」に自由に消せる”消しゴム”機能がつくという。
俗に、「ヒロユキの頭のなかの消しゴム」と呼ぶのだとか。
[ 10:59 ]
[ 政治・経済 ]
有害サイト規制綱引き 青少年保護か表現の自由か
遅ればせながら、日本の政治家や官僚たちも「インターネットの有害な情報を規制する法案づくり」に着手してきたようだ。これは、”良い徴候”である。
私は日本にインターネット網が誕生した最初の1996年からずっとこの世界を見て来ている。その点、つい最近になってどうのこうの言っている政治家たちとは違う。「blogに移行します。」に書いた通りである。
そんなわけで私のこのブログももう5年目に入る。この私の”目”から、この際この問題をちょっとコメントさせてもらおう。ちなみにこういったインターネットやそれに関する話題は、ブログ内の検索をかければ無数に出てくるはずであるが、いくつかは参考として紹介しておいた。
さて、”規制”というと語弊があるが、何かのルールを適用する場合、どういうのが一番理想的かというと、こういう問題を考える上で非常に良い例が実はサッカーのレフェリーイング(審判の仕方)なのである。
サッカーというスポーツは、レフェリーの腕次第で暗黒の世界のラフなスポーツにもなったり、この世のものとは思えないほどの華麗で見事なスポーツにも変わるというものであることは良く知られたことである。 サッカーという1つのスポーツの世界においても、審判のルール適用の仕方しだいで、試合は良くもなれば悪くもなる。
Jリーグにも試合の”壊し屋”と呼ばれる人がいて、無軌道に自己中心的にルールを適用してしばしば試合をカオス状態に導いてもうどうしようもなくなる(Jリーグの”壊し屋(こわしや)”さん、Jリーグスキャンダル:家本政明主審にレッドカード!)。実は、こういうタイプの主審には”共通する傾向”がある。
それは、試合の駆け出しの時にばんやりしていて、結構危ない反則を見逃すということである。これが良くない。
選手も馬鹿ではないから、最初はあまり気にしていないが、悪質な反則が主審に反則に取ってもらえないと分かると、やられっぱなしというわけには行かなくなり、今度やられたらやりかえそうと考えるようになる。つまり、最初に取らなくては行けない反則がたびたび見逃され続けると、選手たちには”一触即発”状態が生み出されるのだ。
さらに試合も後半になり、だんだん勝負がかかってくる。すると、ますますムードは険悪になる。ところが、こういう主審に限って、こういう怪しい空気の時に起こった危険で悪質な反則に対して、即警告やレッドカードを出すのである。すでにサイは投げられた状態で一種の戦争状態に陥ったゲームでは、カードの乱発となり、もはやカードでは収拾がつかないという渾沌とした状態となってしまうのである。だから、こういう試合では、やたらと主審ばかりが目立つのである。
こうして本来なら良い試合になるはずのものも、後味の悪い見ていてもつまならいというような試合と化す。こういうことが”壊し屋”という主審によってしばしば引き起こされるのである。要するに、”米炊き”のように「はじめちょろちょろなかぱっぱ、」ではダメなのである。
ところが、一方、”良い主審”というのは、全く逆のことをするのだ。
良いレフェリーは、試合の駆け出しでむしろ厳しく振るまう。比較的悪質でない反則でも、選手を呼んで、厳しく注意する。悪質な反則には、非常に厳しく注意しイエローを出す。そうやって次第に試合をコントロールする。選手もこういう場合は、反則はしっかりとってくれるので、フェアープレーを心掛けるようになる。
そして試合が佳境に入る頃には、選手たちは良いプレーに集中し、息も切らせぬほどのスピーディーな試合展開となる。こういう試合では決まって主審の存在が消えたかのように目立たない。
そうやって試合の流れを切らずに良い試合を演出するのである。要するに、”ビフテキの焼き方”に似て「はじめに強火でギュッと焼き、しだいに火を弱めてじっくり焼く」方が良いということなのである。最初にお灸をすえておくというわけだ。
これが、良い主審と悪い主審の差なのである(日本にも上川徹さんのような立派な審判もいる「日本人の真の”英雄”」)。
私の考えでは、「インターネットの法規制」においても全く同じことが言えるだろうと思うのである。
日本のインターネット界がここまで”不正義に充ち満ち”、悪質なサイトが増え過ぎて、社会が不安定で危険な状態に陥ってしまったのは、サッカーでいうところの”悪い主審”がいたからである。言い換えれば、物事の始まりの時期に”甘過ぎ”たからである。要するに、インターネットが社会に登場した最初の時期にすべてを”野放し”にしたからである。
こうして、日本のインターネット界は、ラフプレーで危険きわまりなく、イエローカードやレッドカードの飛び交うサッカーの試合のように、実に渾沌とした世界へと変ぼうしてしまったというわけである。私はそう見ている。
その意味で、残念ながら、今となってはもう”手後れ”なのである。物事には、”時期”というものがあり、その時期を逸すると、後戻りできなくなるということがある。この法規制の問題もその例にもれない。
今から法規制したところで(もちろん法規制した方が良いのだが、つまり無いよりはましなのだが)、これまでに過ぎ去った現実はもはや”直すことはできない”のである。インターネットで犯罪に巻き込まれたり、そのおかげで死んだりした人たちの生活や命はもう戻らないからである。
失われたビッグゲームは戻らない。不審と後味の悪さだけが残されるのである。
ところで、実は、「子供の教育」についてもこれと同じことが言えるのである。
「始めに厳しくしつけ、しだいにたがを弛めて行き、最後に自由を与える」、この方が、「最初に自由放任主義ではじまり、後で厳しくする」というものよりずっとましなのである。合理的なのである。サッカーがそれを見事に証明しくれているからである。
遅ればせながら、日本の政治家や官僚たちも「インターネットの有害な情報を規制する法案づくり」に着手してきたようだ。これは、”良い徴候”である。
私は日本にインターネット網が誕生した最初の1996年からずっとこの世界を見て来ている。その点、つい最近になってどうのこうの言っている政治家たちとは違う。「blogに移行します。」に書いた通りである。
そんなわけで私のこのブログももう5年目に入る。この私の”目”から、この際この問題をちょっとコメントさせてもらおう。ちなみにこういったインターネットやそれに関する話題は、ブログ内の検索をかければ無数に出てくるはずであるが、いくつかは参考として紹介しておいた。
さて、”規制”というと語弊があるが、何かのルールを適用する場合、どういうのが一番理想的かというと、こういう問題を考える上で非常に良い例が実はサッカーのレフェリーイング(審判の仕方)なのである。
サッカーというスポーツは、レフェリーの腕次第で暗黒の世界のラフなスポーツにもなったり、この世のものとは思えないほどの華麗で見事なスポーツにも変わるというものであることは良く知られたことである。 サッカーという1つのスポーツの世界においても、審判のルール適用の仕方しだいで、試合は良くもなれば悪くもなる。
Jリーグにも試合の”壊し屋”と呼ばれる人がいて、無軌道に自己中心的にルールを適用してしばしば試合をカオス状態に導いてもうどうしようもなくなる(Jリーグの”壊し屋(こわしや)”さん、Jリーグスキャンダル:家本政明主審にレッドカード!)。実は、こういうタイプの主審には”共通する傾向”がある。
それは、試合の駆け出しの時にばんやりしていて、結構危ない反則を見逃すということである。これが良くない。
選手も馬鹿ではないから、最初はあまり気にしていないが、悪質な反則が主審に反則に取ってもらえないと分かると、やられっぱなしというわけには行かなくなり、今度やられたらやりかえそうと考えるようになる。つまり、最初に取らなくては行けない反則がたびたび見逃され続けると、選手たちには”一触即発”状態が生み出されるのだ。
さらに試合も後半になり、だんだん勝負がかかってくる。すると、ますますムードは険悪になる。ところが、こういう主審に限って、こういう怪しい空気の時に起こった危険で悪質な反則に対して、即警告やレッドカードを出すのである。すでにサイは投げられた状態で一種の戦争状態に陥ったゲームでは、カードの乱発となり、もはやカードでは収拾がつかないという渾沌とした状態となってしまうのである。だから、こういう試合では、やたらと主審ばかりが目立つのである。
こうして本来なら良い試合になるはずのものも、後味の悪い見ていてもつまならいというような試合と化す。こういうことが”壊し屋”という主審によってしばしば引き起こされるのである。要するに、”米炊き”のように「はじめちょろちょろなかぱっぱ、」ではダメなのである。
ところが、一方、”良い主審”というのは、全く逆のことをするのだ。
良いレフェリーは、試合の駆け出しでむしろ厳しく振るまう。比較的悪質でない反則でも、選手を呼んで、厳しく注意する。悪質な反則には、非常に厳しく注意しイエローを出す。そうやって次第に試合をコントロールする。選手もこういう場合は、反則はしっかりとってくれるので、フェアープレーを心掛けるようになる。
そして試合が佳境に入る頃には、選手たちは良いプレーに集中し、息も切らせぬほどのスピーディーな試合展開となる。こういう試合では決まって主審の存在が消えたかのように目立たない。
そうやって試合の流れを切らずに良い試合を演出するのである。要するに、”ビフテキの焼き方”に似て「はじめに強火でギュッと焼き、しだいに火を弱めてじっくり焼く」方が良いということなのである。最初にお灸をすえておくというわけだ。
これが、良い主審と悪い主審の差なのである(日本にも上川徹さんのような立派な審判もいる「日本人の真の”英雄”」)。
私の考えでは、「インターネットの法規制」においても全く同じことが言えるだろうと思うのである。
日本のインターネット界がここまで”不正義に充ち満ち”、悪質なサイトが増え過ぎて、社会が不安定で危険な状態に陥ってしまったのは、サッカーでいうところの”悪い主審”がいたからである。言い換えれば、物事の始まりの時期に”甘過ぎ”たからである。要するに、インターネットが社会に登場した最初の時期にすべてを”野放し”にしたからである。
こうして、日本のインターネット界は、ラフプレーで危険きわまりなく、イエローカードやレッドカードの飛び交うサッカーの試合のように、実に渾沌とした世界へと変ぼうしてしまったというわけである。私はそう見ている。
その意味で、残念ながら、今となってはもう”手後れ”なのである。物事には、”時期”というものがあり、その時期を逸すると、後戻りできなくなるということがある。この法規制の問題もその例にもれない。
今から法規制したところで(もちろん法規制した方が良いのだが、つまり無いよりはましなのだが)、これまでに過ぎ去った現実はもはや”直すことはできない”のである。インターネットで犯罪に巻き込まれたり、そのおかげで死んだりした人たちの生活や命はもう戻らないからである。
失われたビッグゲームは戻らない。不審と後味の悪さだけが残されるのである。
ところで、実は、「子供の教育」についてもこれと同じことが言えるのである。
「始めに厳しくしつけ、しだいにたがを弛めて行き、最後に自由を与える」、この方が、「最初に自由放任主義ではじまり、後で厳しくする」というものよりずっとましなのである。合理的なのである。サッカーがそれを見事に証明しくれているからである。