Blog
2008/07/18のBlog
[ 18:12 ]
[ 徳島 ]
ちょっと前にこんなことがあった。
ある時、市内の喫茶ルームでコーヒーを飲んでいると、何やら近くに実に”好い匂い”、それも”若い女の子の匂い”がした。その”好い匂い”があまりに自分の近くでするので、後ろに女性がいるのかとまわりをきょろきょろ見るが誰もいない。また強烈に匂ったので周りを見るが誰もいない。何度も同じことをくり返す。さすがにおかしいなと思ってクンクン嗅いでいると、実は自分についていた”柔軟剤の匂い”だと分かる。
我が家では子供や私がスポーツをするので、その汗の匂いを取るためによく柔軟剤を入れて洗濯をする。たまに洗濯の際に自分の手にその柔軟剤がちょっとついていることがある。たまたま私がそれを知らずにいてそんなことが起こったというわけである。
今日、同じように洗濯をしてタオルを干すと、どこからともなくトンボがやってきてそのタオルにとまった。鼻を近付けるとやはり柔軟剤フローラルハミングの”若い女性のような匂い”がしていた。トンボですら花の匂いと間違えるのだから、私が間違えるのも無理はないと納得する。
ある時、市内の喫茶ルームでコーヒーを飲んでいると、何やら近くに実に”好い匂い”、それも”若い女の子の匂い”がした。その”好い匂い”があまりに自分の近くでするので、後ろに女性がいるのかとまわりをきょろきょろ見るが誰もいない。また強烈に匂ったので周りを見るが誰もいない。何度も同じことをくり返す。さすがにおかしいなと思ってクンクン嗅いでいると、実は自分についていた”柔軟剤の匂い”だと分かる。
我が家では子供や私がスポーツをするので、その汗の匂いを取るためによく柔軟剤を入れて洗濯をする。たまに洗濯の際に自分の手にその柔軟剤がちょっとついていることがある。たまたま私がそれを知らずにいてそんなことが起こったというわけである。
今日、同じように洗濯をしてタオルを干すと、どこからともなくトンボがやってきてそのタオルにとまった。鼻を近付けるとやはり柔軟剤フローラルハミングの”若い女性のような匂い”がしていた。トンボですら花の匂いと間違えるのだから、私が間違えるのも無理はないと納得する。
2008/07/17のBlog
[ 00:15 ]
[ ジョーク ]
以下は皮肉ないしはブラックジョークである。
大分県教委汚職
いやはや、「何で今頃?」というのが、私の正直な疑問である。
県庁や市役所などの地方公務員、小中高の地方の学校の先生、こういった職業につくためには
「いくら公務員試験や教員採用試験に合格しても無駄である。コネがなくちゃだめだ」
というのは、少なくとも私が大学を卒業した1980年代には常識になっていたことではなかったか?
あれから28年。
約30年後の今になって、何で突然にそれが悪いことになってしまったのか?
ちょっと理解できない。
私は30年前にそういう「コネ社会」が嫌いだから、
「俺は研究者になって大学に職取る」。
そう思って大学院に進み、博士を目指したわけだが、いざ博士になってみれば、
「大学の職を取るのもコネしかない」
という現実があるわけだ。
そんなわけで、私は拙著「何が科学をつぶすのか?」を書いたわけだ。
”日本”という「コネ社会」という現実がある以上、大分県だけが特別ということはあり得ない。ましてや小中高だけが特別ということもあり得ない。大学だって全く同じ構造があるからだ。(もっともアメリカであろうがどこでも基本的には全く同じなのだが。というのも、そもそもどこかの職を取るのにだれかの推薦状がいるということ自体、推薦者の”口利き”を狙っているのと同じことだからである。本来一番フェアなのは、採用者がだれの意見も参考にせず自らの判断で採用することだからである。)
たしかに「口利き料」で金銭授受があったことは問題だろうが、そんなことは大昔からある「日本のお家芸」であろう。
なぜなら、あなたが結婚式で仲人さん夫婦を選べば、その仲人さんに相場いくらの金銭をあげるのが日本の習わしだ。数十万円はするだろう。葬式代ですら何百万もする国だ。裁判で弁護士に相談すれば「30分で5000円」はかかる。こういうことをしないのははしたないことで「礼儀作法に反する」とする国だからである。
だから、就職口を紹介すれば「紹介料」を支払い、就職を決めるための「口利き」をしてもらえば「口利き料」を支払う。
そんなことは”当たり前”ではないか。それが”礼儀”というわけだ。
「これが日本なのだ! 日本の文化なのだ!」
まあ、そう言って開き直ってみるだけの器量は、大分県の教育委員長にはなかったようだ。
自分の不倫を暴かれた時、
「不倫は日本の文化だ!」
と石田純一は言い、フランスのミッテラン大統領は
「それがどうした? みんなを幸せにしている」
と切り捨てたらしいが、リーダーにはある意味”度量”が必要である。
かつてアドルフ・ヒットラーは
「小さいウソはすぐにばれるが、大きいウソほど見破られにくい」
というような考えを持っていて、大衆の前で雄弁を振るって人々を煽動したと言われる。昨今、これと同じことをやってきたのは、アメリカではジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領であり、日本では小泉純一郎だ。
果たしてマスコミは日本文化に挑戦しているのだろうか?
そういうマスコミだって、女優を探すのもコネ、仕事を取るのもコネ。時には仕事を取るために身体さえ売る。マスコミもまた「コネ社会」、「口利き社会」そのものなのだ。
同じ穴のムジナのはずなのだが。
だとすれば、だれかが裏でこういうことを”演出”している黒幕がいるはずである。そうやって日本を混乱させて喜んでいる輩がいるはずである。
いったい誰なのだろうか?
いずれにせよ、困ったものですナ。
大分県教委汚職
いやはや、「何で今頃?」というのが、私の正直な疑問である。
県庁や市役所などの地方公務員、小中高の地方の学校の先生、こういった職業につくためには
「いくら公務員試験や教員採用試験に合格しても無駄である。コネがなくちゃだめだ」
というのは、少なくとも私が大学を卒業した1980年代には常識になっていたことではなかったか?
あれから28年。
約30年後の今になって、何で突然にそれが悪いことになってしまったのか?
ちょっと理解できない。
私は30年前にそういう「コネ社会」が嫌いだから、
「俺は研究者になって大学に職取る」。
そう思って大学院に進み、博士を目指したわけだが、いざ博士になってみれば、
「大学の職を取るのもコネしかない」
という現実があるわけだ。
そんなわけで、私は拙著「何が科学をつぶすのか?」を書いたわけだ。
”日本”という「コネ社会」という現実がある以上、大分県だけが特別ということはあり得ない。ましてや小中高だけが特別ということもあり得ない。大学だって全く同じ構造があるからだ。(もっともアメリカであろうがどこでも基本的には全く同じなのだが。というのも、そもそもどこかの職を取るのにだれかの推薦状がいるということ自体、推薦者の”口利き”を狙っているのと同じことだからである。本来一番フェアなのは、採用者がだれの意見も参考にせず自らの判断で採用することだからである。)
たしかに「口利き料」で金銭授受があったことは問題だろうが、そんなことは大昔からある「日本のお家芸」であろう。
なぜなら、あなたが結婚式で仲人さん夫婦を選べば、その仲人さんに相場いくらの金銭をあげるのが日本の習わしだ。数十万円はするだろう。葬式代ですら何百万もする国だ。裁判で弁護士に相談すれば「30分で5000円」はかかる。こういうことをしないのははしたないことで「礼儀作法に反する」とする国だからである。
だから、就職口を紹介すれば「紹介料」を支払い、就職を決めるための「口利き」をしてもらえば「口利き料」を支払う。
そんなことは”当たり前”ではないか。それが”礼儀”というわけだ。
「これが日本なのだ! 日本の文化なのだ!」
まあ、そう言って開き直ってみるだけの器量は、大分県の教育委員長にはなかったようだ。
自分の不倫を暴かれた時、
「不倫は日本の文化だ!」
と石田純一は言い、フランスのミッテラン大統領は
「それがどうした? みんなを幸せにしている」
と切り捨てたらしいが、リーダーにはある意味”度量”が必要である。
かつてアドルフ・ヒットラーは
「小さいウソはすぐにばれるが、大きいウソほど見破られにくい」
というような考えを持っていて、大衆の前で雄弁を振るって人々を煽動したと言われる。昨今、これと同じことをやってきたのは、アメリカではジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領であり、日本では小泉純一郎だ。
果たしてマスコミは日本文化に挑戦しているのだろうか?
そういうマスコミだって、女優を探すのもコネ、仕事を取るのもコネ。時には仕事を取るために身体さえ売る。マスコミもまた「コネ社会」、「口利き社会」そのものなのだ。
同じ穴のムジナのはずなのだが。
だとすれば、だれかが裏でこういうことを”演出”している黒幕がいるはずである。そうやって日本を混乱させて喜んでいる輩がいるはずである。
いったい誰なのだろうか?
いずれにせよ、困ったものですナ。
2008/07/14のBlog
[ 12:23 ]
[ 徳島サッカー ]
2008年度県中学総体サッカー1回戦が、12日13日に徳島市球技場で行われた。
結果は以下の通り。
【徳島市球技場12日】
藍住6一3(3一0、3一3)石井
羽ノ浦5一0(3一0、2一0)三好
半田・貞光6一1(3一1、3一0)海南
坂野5一1(2一1、3一0)土成
【徳島市球技場13日】
城東5一1(3一0、2一1)吉野
北島5一0(3一0、2一0)阿南
美馬2一0(1一0、1一0)富田
鴨島一3一2(3一0、0一2)川内
井川(三好市1位)──┐ーーーーーーーーーーーーーー┌──山川(吉野川1位)
ーーーーーーーーーーー│ーーーーーーーーーーーーーー│
吉野(阿波1位)─1┐├──┐ーーーーーーーー┌──┤┌0富田(徳島4位)
ーーーーーーーーーー┏┘ーー│ーーーーーーーー│ーー└┓
城東(徳島2位)━5┛ーーー│ーーーーーーーー│ーーー┗2美馬(美馬1位)
ーーーーーーーーーーーーーー├──┐ーー┌──┤
石井(石井1位)─3┐ーーー│ーー│ーー│ーー│ーーー┌1海南(海南1位)
ーーーーーーーーーー┏┐ーー│ーー│ーー│ーー│ーー┌┓
藍住(板野2位)━6┛├──┘ーー│ーー│ーー└──┤┗6貞光・半田
ーーーーーーーーーーー│ーーーーー│ーー│ーーーーー│
勝浦(勝浦1位)───┘ーーーーー│ーー│ーーーーー└──鳴門ニ(鳴門1位)
ーーーーーーーーーーーーーーーーー├──┤
三野(三好市3位)──┐ーーーーー│ーー│ーーーーー┌──城西(徳島3位)
ーーーーーーーーーーー│ーーーーー│ーー│ーーーーー│
三好(三好郡1位)0┐├──┐ーー│ーー│ーー┌──┤┌1土成(阿波2位)
ーーーーーーーーーー┏┘ーー│ーー│ーー│ーー│ーー└┓
羽ノ浦(阿南1位)5┛ーーー│ーー│ーー│ーー│ーーー┗5坂野(小松島1位)
ーーーーーーーーーーーーーー├──┘ーー└──┤
川内(徳島5位)─2┐ーーー│ーーーーーーーー│ーーー┏5北島(板野1位)
ーーーーーーーーーー┏┐ーー│ーーーーーーーー│ーー┌┛
鴨島一(吉野川2位)┛├──┘ーーーーーーーー└──┤└0阿南(阿南2位)
ーーーーーーーーー3ー│ーーーーーーーーーーーーーー│
徳島(徳島1位)───┘ーーーーーーーーーーーーーー└──池田(三好市2位)
昨日13日の試合は私は全部見たので一応総評をしておこう。
【第1試合 城東vs吉野】
上中下が黄色の城東対上中下が水色の吉野の戦い。非常に似たチーム同士の戦いに見えた。しかし、城東の左サイドからの攻撃でいくつもチャンスを作られ失点を食らった。左サイドウィングに足の早い選手がいて、そこから良いセンタリングが右のフォワードに渡り、絵に書いたようなサイド攻撃が見事であった。2点目までは見たが、その後は次の試合のアップに行ったので見る事ができなかった。
結果は以下の通り。
【徳島市球技場12日】
藍住6一3(3一0、3一3)石井
羽ノ浦5一0(3一0、2一0)三好
半田・貞光6一1(3一1、3一0)海南
坂野5一1(2一1、3一0)土成
【徳島市球技場13日】
城東5一1(3一0、2一1)吉野
北島5一0(3一0、2一0)阿南
美馬2一0(1一0、1一0)富田
鴨島一3一2(3一0、0一2)川内
井川(三好市1位)──┐ーーーーーーーーーーーーーー┌──山川(吉野川1位)
ーーーーーーーーーーー│ーーーーーーーーーーーーーー│
吉野(阿波1位)─1┐├──┐ーーーーーーーー┌──┤┌0富田(徳島4位)
ーーーーーーーーーー┏┘ーー│ーーーーーーーー│ーー└┓
城東(徳島2位)━5┛ーーー│ーーーーーーーー│ーーー┗2美馬(美馬1位)
ーーーーーーーーーーーーーー├──┐ーー┌──┤
石井(石井1位)─3┐ーーー│ーー│ーー│ーー│ーーー┌1海南(海南1位)
ーーーーーーーーーー┏┐ーー│ーー│ーー│ーー│ーー┌┓
藍住(板野2位)━6┛├──┘ーー│ーー│ーー└──┤┗6貞光・半田
ーーーーーーーーーーー│ーーーーー│ーー│ーーーーー│
勝浦(勝浦1位)───┘ーーーーー│ーー│ーーーーー└──鳴門ニ(鳴門1位)
ーーーーーーーーーーーーーーーーー├──┤
三野(三好市3位)──┐ーーーーー│ーー│ーーーーー┌──城西(徳島3位)
ーーーーーーーーーーー│ーーーーー│ーー│ーーーーー│
三好(三好郡1位)0┐├──┐ーー│ーー│ーー┌──┤┌1土成(阿波2位)
ーーーーーーーーーー┏┘ーー│ーー│ーー│ーー│ーー└┓
羽ノ浦(阿南1位)5┛ーーー│ーー│ーー│ーー│ーーー┗5坂野(小松島1位)
ーーーーーーーーーーーーーー├──┘ーー└──┤
川内(徳島5位)─2┐ーーー│ーーーーーーーー│ーーー┏5北島(板野1位)
ーーーーーーーーーー┏┐ーー│ーーーーーーーー│ーー┌┛
鴨島一(吉野川2位)┛├──┘ーーーーーーーー└──┤└0阿南(阿南2位)
ーーーーーーーーー3ー│ーーーーーーーーーーーーーー│
徳島(徳島1位)───┘ーーーーーーーーーーーーーー└──池田(三好市2位)
昨日13日の試合は私は全部見たので一応総評をしておこう。
【第1試合 城東vs吉野】
上中下が黄色の城東対上中下が水色の吉野の戦い。非常に似たチーム同士の戦いに見えた。しかし、城東の左サイドからの攻撃でいくつもチャンスを作られ失点を食らった。左サイドウィングに足の早い選手がいて、そこから良いセンタリングが右のフォワードに渡り、絵に書いたようなサイド攻撃が見事であった。2点目までは見たが、その後は次の試合のアップに行ったので見る事ができなかった。
【第2試合 北島vs阿南】
上中下が白赤赤の北島と上中下が赤紺紺の阿南の戦い。同じ中学生ながら戦力に2ランクの差があるチームの試合となった。というのも、可哀想なことにこの年代にちょうど重なって阿南市には阿南FC(県大会準優勝)が出来たために、富岡小学校のサッカー部の大半が優れたコーチのいる阿南FCや徳島ヴォルティスユースに進み、わずか7人程度が1年新入部員として入った世代である。中学からサッカーを始めたのが2人、キーパーから転向が1人という状況から始まった。しかも1人を除いて皆小柄。阿南中学の”谷間の世代”である。昨年までの人材豊富な状況と異なり、下級生だのみのチームとして出発した。幸い下級生(現2年生)が人数的に若干多く入って来たが状況としては阿南FCなどに救われ、大半が津乃峰小や見能林小から入学した選手のみという状況は変わらない(だから最近の阿南中のチームカラーはこの地域の子供の性格が強く反映している。一方、阿南FCには富岡地区の子供の性格が強い)。前任監督から「カス」や「ゴミ」のように罵倒され蹴られ殴られ泣かされて2年を過ごしてしまった可哀想な世代なのである。今春このチームに監督交代があり、新任監督赴任までの春休みのごく短期間に私がこの世代に「心掛け」、「練習方法」などを指導、そして息子を通じて伝授した。それがチームのコア練習となった。その成果が多少出て県大会進出できたというのが現実である。従来の練習法だけではこのチームでは県大会進出はできなかっただろう。この意味ではここまで子供達だけでよくやってきたと言えるだろう。阿南中学の先生たちはこの子たちを褒めてやるべきだ。誇りにしてもいいと思う。しかし「ローマは一日にしてならず」。ベスト4や優勝を狙える北島レベルと勝負するにはまだまだ実力差がある。北島は昨年までのチームとはかなり変わり非常にハイレベルのチームであった。昨年には北島には転んだ選手の腕をわざと踏み付けて骨折させるというような不届きものがいたからだ。今回はそういうばか者がいない良いチームだった。右サイドハーフ4番の突破、中盤の15番のボールタッチとキープ力はすばらしく、この選手中心によく引き締まっていた。その意味で、とても現在の阿南中で太刀打ちできるレベルではなかった。強いて言えば、徳島の選手は「気が弱く」、当たりが弱い上にスライディングタックルをしない(できない)ために、いつも相手を自由にやらせてしまうという傾向がある。阿南中にもこれが色濃い。阿南市でも見能林小や津乃峰小あたりの選手は特に気が弱くまったくチャージしない。また基本がまったく教えられていない。将来選手として障害となるような過った技術なら下手に教えない方がまだましである。だから、これらの小学校のサッカー指導者の資質が問われるところである。もちろん、阿南中学の前任者の責任が一番大きいわけだがな。まあ、こんな状況だから同じ中学生チームで体格ではそう大差はないチームどうしなのだが、いざ試合をしてみれば、大人と子供(高校生と小学生)のチームの戦いに見えたという試合であった。阿南に勝ち目はなかった。しかし、昨年までの阿南なら勝敗にこだわるあまり監督選手ともども挨拶もろくに出来ずそそくさと立ち去るという感じだったが、今回は相手ベンチへの挨拶、自軍ベンチへの挨拶、そして観客の父兄への挨拶もきちんと行われ、非常にさわやかで好感の持てる良いチームになった。これは大きな成長を遂げたと言えるだろう。「心掛け」は昨年までより数段良くなったように見えた。
【第3試合 美馬vs富田】
上中下がバルセロナと同じ赤青ストライプ青青の美馬と上中下が紺にエンジの袖紺紺の富田の戦い。ここもかなり似た感じのチームどうしで良い試合をしていたが、美馬の中盤14番のヘッドをキーパーがうまくクリアできなかったのが敗因。キーパーの差で勝負がついてしまった。美馬の方が若干試合巧者だったように見えた。14番のプレースタイルは、北島の15番と非常に似ている感じがした。
上中下が白赤赤の北島と上中下が赤紺紺の阿南の戦い。同じ中学生ながら戦力に2ランクの差があるチームの試合となった。というのも、可哀想なことにこの年代にちょうど重なって阿南市には阿南FC(県大会準優勝)が出来たために、富岡小学校のサッカー部の大半が優れたコーチのいる阿南FCや徳島ヴォルティスユースに進み、わずか7人程度が1年新入部員として入った世代である。中学からサッカーを始めたのが2人、キーパーから転向が1人という状況から始まった。しかも1人を除いて皆小柄。阿南中学の”谷間の世代”である。昨年までの人材豊富な状況と異なり、下級生だのみのチームとして出発した。幸い下級生(現2年生)が人数的に若干多く入って来たが状況としては阿南FCなどに救われ、大半が津乃峰小や見能林小から入学した選手のみという状況は変わらない(だから最近の阿南中のチームカラーはこの地域の子供の性格が強く反映している。一方、阿南FCには富岡地区の子供の性格が強い)。前任監督から「カス」や「ゴミ」のように罵倒され蹴られ殴られ泣かされて2年を過ごしてしまった可哀想な世代なのである。今春このチームに監督交代があり、新任監督赴任までの春休みのごく短期間に私がこの世代に「心掛け」、「練習方法」などを指導、そして息子を通じて伝授した。それがチームのコア練習となった。その成果が多少出て県大会進出できたというのが現実である。従来の練習法だけではこのチームでは県大会進出はできなかっただろう。この意味ではここまで子供達だけでよくやってきたと言えるだろう。阿南中学の先生たちはこの子たちを褒めてやるべきだ。誇りにしてもいいと思う。しかし「ローマは一日にしてならず」。ベスト4や優勝を狙える北島レベルと勝負するにはまだまだ実力差がある。北島は昨年までのチームとはかなり変わり非常にハイレベルのチームであった。昨年には北島には転んだ選手の腕をわざと踏み付けて骨折させるというような不届きものがいたからだ。今回はそういうばか者がいない良いチームだった。右サイドハーフ4番の突破、中盤の15番のボールタッチとキープ力はすばらしく、この選手中心によく引き締まっていた。その意味で、とても現在の阿南中で太刀打ちできるレベルではなかった。強いて言えば、徳島の選手は「気が弱く」、当たりが弱い上にスライディングタックルをしない(できない)ために、いつも相手を自由にやらせてしまうという傾向がある。阿南中にもこれが色濃い。阿南市でも見能林小や津乃峰小あたりの選手は特に気が弱くまったくチャージしない。また基本がまったく教えられていない。将来選手として障害となるような過った技術なら下手に教えない方がまだましである。だから、これらの小学校のサッカー指導者の資質が問われるところである。もちろん、阿南中学の前任者の責任が一番大きいわけだがな。まあ、こんな状況だから同じ中学生チームで体格ではそう大差はないチームどうしなのだが、いざ試合をしてみれば、大人と子供(高校生と小学生)のチームの戦いに見えたという試合であった。阿南に勝ち目はなかった。しかし、昨年までの阿南なら勝敗にこだわるあまり監督選手ともども挨拶もろくに出来ずそそくさと立ち去るという感じだったが、今回は相手ベンチへの挨拶、自軍ベンチへの挨拶、そして観客の父兄への挨拶もきちんと行われ、非常にさわやかで好感の持てる良いチームになった。これは大きな成長を遂げたと言えるだろう。「心掛け」は昨年までより数段良くなったように見えた。
【第3試合 美馬vs富田】
上中下がバルセロナと同じ赤青ストライプ青青の美馬と上中下が紺にエンジの袖紺紺の富田の戦い。ここもかなり似た感じのチームどうしで良い試合をしていたが、美馬の中盤14番のヘッドをキーパーがうまくクリアできなかったのが敗因。キーパーの差で勝負がついてしまった。美馬の方が若干試合巧者だったように見えた。14番のプレースタイルは、北島の15番と非常に似ている感じがした。
【第4試合 鴨島一vs川内】
上中下が赤黒ストライプ黒赤の鴨島一と上中下が青の川内の戦い。前半の最初、川内は相手の様子を見る作戦に出たように見えたが、これが裏目に出た。中盤の7番、6番が不用意なミスを連発して、鴨島一の10番の突破を許して2失点してしまった。そして前半で3一0となってしまった。これで試合はあっさり決まってしまった。しかしそう見えたのだが、後半に川内の左サイドハーフに入った8番が非常に面白い選手だった。それほど柔軟でうまいようには見えないのだが、適格なボールコントロールと突破で左から何度もくずしていった。ガンバ大阪の安田のようなタイプの選手である。それに連れて、チームのリズムが良くなり、後半は川内の圧倒的ボール支配率となって、1点、2点と追い上げた。あと1点というところで、鴨島一のキーパーのマリーシアでゲームのリズムを分散させ、うまいこと時間かせぎして何とか逃げ切ったという試合だった。非常に良かったのは、川内の太鼓入り応援団であった。Jリーグばりの川内ソングの応援は実に良かったと思う。ここ数年見て来たが、川内応援団が一番サッカーの応援らしい。その次が城之内高だろう。この応援あって後半怒濤の攻撃が出たがそれが最後に実らなかったのは残念だった。悔やまれるのは、どうしてあの8番を前半から使わなかったのかということである。監督采配ミスで負けた観ありの試合だった。実力的にはまったく互角であった。試合後号泣していた8番の顔が特に印象に残る試合だった。また、この試合の次の対戦相手である徳島中の選手たちが観客席でじっと見ている姿は印象的だった。
【補足】
この大会は、中学のサッカー選手にとっては実質上最後の試合。これに負けたら即引退して受験に備えるという試合なのである。この意味では、年に1度の重要な大会である。そして下級生にとっては来年の今日今度は対決するかも知れないチームが目の前で試合をしている大会なのである。そういう意味では、自分達の次のライバルを見ることができる大切な試合なわけだ。だから、年に一度せっかくこの場に出場できたのであれば、自分の試合相手とはちがったとしても試合が終わって負けたからバイバイというのではなく、全部他の試合を見て行く必要があるのである。たった4試合なのだからだ。少なくともこの空気や雰囲気を味わって行くべきなのである。残念ながら敗退した多くのチームはすぐに帰ってしまった。これでは来年には生きないのではないかと私は思う。こうしたところにも、「徳島県人は本当にサッカーが好きなのか?」といつも私は疑問に感じるのである。将来徳島を代表するようになるかも知れないサッカー選手の中学生時代を歴史の生き証人として今見る事ができるのかもしれないのに、どうしてせっかく遠路はるばるやって来た以上最後まで見ていかないのかと私は不思議に思うのである。自分の子が出るサッカーだけでなく、他人の子のするサッカーであろうがサッカー自体を楽しむという文化が育ってこそ、本物のサッカー選手が誕生し育つサッカー文化にまで昇華することができると思うからだ。この意味では、徳島にはまだサッカーは根付いてはいない。
上中下が赤黒ストライプ黒赤の鴨島一と上中下が青の川内の戦い。前半の最初、川内は相手の様子を見る作戦に出たように見えたが、これが裏目に出た。中盤の7番、6番が不用意なミスを連発して、鴨島一の10番の突破を許して2失点してしまった。そして前半で3一0となってしまった。これで試合はあっさり決まってしまった。しかしそう見えたのだが、後半に川内の左サイドハーフに入った8番が非常に面白い選手だった。それほど柔軟でうまいようには見えないのだが、適格なボールコントロールと突破で左から何度もくずしていった。ガンバ大阪の安田のようなタイプの選手である。それに連れて、チームのリズムが良くなり、後半は川内の圧倒的ボール支配率となって、1点、2点と追い上げた。あと1点というところで、鴨島一のキーパーのマリーシアでゲームのリズムを分散させ、うまいこと時間かせぎして何とか逃げ切ったという試合だった。非常に良かったのは、川内の太鼓入り応援団であった。Jリーグばりの川内ソングの応援は実に良かったと思う。ここ数年見て来たが、川内応援団が一番サッカーの応援らしい。その次が城之内高だろう。この応援あって後半怒濤の攻撃が出たがそれが最後に実らなかったのは残念だった。悔やまれるのは、どうしてあの8番を前半から使わなかったのかということである。監督采配ミスで負けた観ありの試合だった。実力的にはまったく互角であった。試合後号泣していた8番の顔が特に印象に残る試合だった。また、この試合の次の対戦相手である徳島中の選手たちが観客席でじっと見ている姿は印象的だった。
【補足】
この大会は、中学のサッカー選手にとっては実質上最後の試合。これに負けたら即引退して受験に備えるという試合なのである。この意味では、年に1度の重要な大会である。そして下級生にとっては来年の今日今度は対決するかも知れないチームが目の前で試合をしている大会なのである。そういう意味では、自分達の次のライバルを見ることができる大切な試合なわけだ。だから、年に一度せっかくこの場に出場できたのであれば、自分の試合相手とはちがったとしても試合が終わって負けたからバイバイというのではなく、全部他の試合を見て行く必要があるのである。たった4試合なのだからだ。少なくともこの空気や雰囲気を味わって行くべきなのである。残念ながら敗退した多くのチームはすぐに帰ってしまった。これでは来年には生きないのではないかと私は思う。こうしたところにも、「徳島県人は本当にサッカーが好きなのか?」といつも私は疑問に感じるのである。将来徳島を代表するようになるかも知れないサッカー選手の中学生時代を歴史の生き証人として今見る事ができるのかもしれないのに、どうしてせっかく遠路はるばるやって来た以上最後まで見ていかないのかと私は不思議に思うのである。自分の子が出るサッカーだけでなく、他人の子のするサッカーであろうがサッカー自体を楽しむという文化が育ってこそ、本物のサッカー選手が誕生し育つサッカー文化にまで昇華することができると思うからだ。この意味では、徳島にはまだサッカーは根付いてはいない。
2008/07/12のBlog
[ 17:53 ]
[ 徳島サッカー ]
ついでに書いておけば、それにしても徳島には「不思議な構造的問題」がある。
例えば、海南、貞光・半田、勝浦などのように、市町村の地区予選1、2チームしかなく、無条件に県大会出場ができる地区、あるいは地区予選の3チーム全部が地区代表となる三好市のような地区があるかと思えば、徳島市の南部中のように十分ベスト8に残る力があるのにもかかわらず、厳しい市予選のために県大会出場できないチームもある。阿南市の那賀川中や阿南ニ中も同様に十分に県大会に出場できるチーム力があるにもかかわらず、出場を逃してしまった。
この問題は、徳島特有の”奇妙な”サッカー協会の運営方法や徳島県教育委員会の受験制度が影響しているといえるだろう。
徳島県というのは、他の都道府県と違って非常に”変わった”受験体制を持っている。他の地方の人はよく憶えておくと面白いだろう。
ここ徳島では、高校受験には3種類存在する。
1つ目は、「一芸入試」のような「特待生制度」がスポーツでとられている。抜群の運動能力を中学時代に発揮したものがこれで高校に進学する。
一方、学力による普通の入試だが、これがどういうわけか「前期」、「後期」と2種類に分かれている。2つ目の「前期入試」は「学力と一芸の両方を見る」というふれこみになっているが、その実「英数国」のたった3教科しかみない。つまり、私立学校的な見方を行う。そしてそれに落ちた生徒や受けなかった生徒たちが、3つ目の「一般入試」という「英数国理社」の5教科で学力だけを見る普通の入試を受ける。
こういうふうな非常に変わったやり方である。かなり非常識なやり方に見えるだろう。
さらに驚くのは、私が育った山梨や首都圏などでは、高校入試はどこの高校を何校受けようがそれはその家庭とその受験者本人の希望次第である。受かれば入学できるし落ちればそれまで。だから、普通は本命校から滑り止めなど複数校受験し、受かった中で本人や家庭の事情に合わせて進学するというのが普通である。
こういうものが、普通の話、常識なのだが、ここ徳島では、未だに「学域」が存在するのである。
例えば、阿南市に住む生徒は徳島市の高校を受験できない。両方を平行して受験できないように徳島県教育委員会は”非公式のルール”を先生や生徒や親に”独裁的に”強要しているのである。
だれがいつからこういうことを強制し始めたのかだれも知らないが、いつからかそうなってしまったようである。(東京のマスコミはこの辺は今の大分の教育委員会の不正と同じで、結構面白いから調べてみるべきだろう)
このため、中学生は高校受験の場合、したがって、阿南市の高校を受験すれば、阿南市の中でしか高校を受けられず、徳島市を選べば徳島市内の高校からしか選べないということになる。
そこで、問題が生じる。
というのは、徳島県は首都圏と違って有名私立高校がほとんどない。徳島市内ならまだ少しあるが、阿南市など他の周辺地区には私立校がない。だからいわゆる「滑り止め校」が存在しない。
そこで、「進学調整」というものを中学校の先生たちが行うのである。これは、周辺地区の中学校の先生たちが受験の前夜まで前もって、一種の”談合”を行って、夏頃の実力試験の成績を基準にして、だれそれはこの高校に進学、別のだれそれはこっちの高校に進学と生徒全員を割り振るのである。そうやってそれぞれの高校が出している定員数に合わせて受験者数を割り振っておくのである。
(誤解なきように補足しておけば、この方式を県教育委員会から押し付けられて実践している受験生担当の先生たちの苦労は尋常ではない。調整期に入ると連日の徹夜で心身疲労困ぱい状態となるのである。なぜなら子や親は自分の子はぜひこの高校へ行きたいと希望するし、一方では先生が君はこの高校へは行けないと双方で対立するからである。さらには、高校間の定員数もあるのでそれに合わせて双方の先生がこの子をこっちに入れるのならこっちの子をそっちに入れろというようなわけの分からない交渉をし対立するからだ。こういう調整が受験申し込みの最終日の早朝まで続く。だから、父兄も平日早朝2時3時に学校へ呼び出されることもしばしばである。先生も大変なら父兄も大変だ。良く眠るのは県教育委員会のお偉方だけだ。ほんとにふざけている。落ちたら浪人すれば良いわけだし、学校ごとに受験が重ならないように受験日をずらせば好いだけのことだ。好きなところを受験し受かったなら好きなところへ進学すれば好い。ただそれだけのはずなのだ。)
これにより、実際の受験の時には、すでにほとんど定員どおりが受験するのである。だから、実際にはほとんど受験で落ちる者はいない。一種の「共産主義」である。
じゃ、実際にはどうやってその”割り振り”を行うのか?
というと、そこにそれぞれの生徒の中学時代に見せたスポーツなどのクラブ活動の実績が加味されるのである。
例えば、サッカーを例に取れば、ある生徒が徳島ヴォルティスのサッカー部員であれば、これだけでもステータスとなり、「特待生」でサッカーの有名高校に入ることができる。また、あるサッカー部員が県大会で活躍したチームに所属すれば、今度は「前期入試」でそこそこのサッカーの有名高校に入ることができる。しかし、また別のサッカー選手はいくらうまくてもチームが活躍できなかったり、(監督とうまがあわず)県トレセンなどに選出されていなければ、この場合は普通の中学生と見なされて今度は「後期入試」しかチャンスがないということになるのである。
こうやって、「特待生」、「前期入試」、「後期入試」で高校のクラブレベルが分類されて生徒が分別されてしまっているために高校のサッカー部のレベルは学校ごとにレベルに差がつくという「格差社会」となってしまうというわけである。
一方、中学生たちは、それゆえ、県大会に必死で出ようとする。なぜなら、それが自分の高校入試に直結するわけだからだ。
ここで、最初の問題に繋がるのだ。つまり、簡単に県大会に出ることができる地区と激戦地区のために県大会に出られない地区が共存するという問題である。
県大会の活躍が県の公立高校の「受験条件」として公になっているわけだから、生徒である選手たちにとってはこれは「生徒の一生を左右しかねない問題」のはずである。なぜなら、サッカーの場合なら、もし県大会に出られれば、そこで活躍して名を馳せ、それによって徳島商業や鳴門高校などの有名高校へ進学する道があるかも知れないからである。それが、たまたま親がどこに住んでいるかによってその道が閉ざされたとすれば、これは”悲劇”である。
こういうふうに、徳島県ではこういう方式を強要する教育委員会のお偉方とそれに協力し自分の意向に従わない生徒(やその親)を推薦しない中学校の先生の”やりたい放題”の県というわけだ。だから、実際、父兄や親御さんたちは学校の先生たちに嫌われないように毎日びくびくしながら生きているというのが現実なのだ。一旦、サッカー部の監督に嫌われたらその生徒の人生はそれでお釈迦だ。こういうことがすべてのスポーツ、すべてのクラブにおいて行われているのが徳島県の教育委員会方式なのだ。
実は、私の息子の中学在学や高校受験を通じて、こういう”馬鹿げた”徳島流を拝見することになったわけだが、私が知る限り、サッカー部員などに限ってみても、人生の帰路に立ってかなりの中学生が”泣き”を見ている。心に一生の傷(トラウマ)を作ってしまっている子供も多く存在する。「もうサッカーなんかやりたくもない」と高校で止めてしまった子供も少なからずいる。じゃ、なんのために中学で3年間もサッカーしたんだ、これまでどれだけサッカー用品や遠征費などにお金を注ぎ込んできたんだということになる。
中学生の心に一生の大きな傷を生んで喜んでいる徳島県教育委員会の人々とはいったいどんな連中なのだろうか?
一度顔を見てみたいものだ。
こんなことを血眼になって喜んでしている徳島県の国体での成績は”2年連続で最下位”だ。また、高校駅伝でもいつも最下位近辺を行ったり来たりしている。さらには、Jリーグ2部の徳島ヴォルティスも最下位。四国九州アイランドリーグの徳島インディゴソックスもダントツの最下位である。
だれが考えたってそうなることは明白だろう。なぜなら、スポーツや芸術の裾野を広げるのではなく、若者の可能性を閉ざしてしまっているからだ。
Jリーグであれば、こんな成績の監督は即解雇である。江戸時代なら「切腹」。
こんな運営してても、「徳島県教育委員会」はだれも解雇されないから不思議だ。
ほんと摩訶不思議な地方である。
例えば、海南、貞光・半田、勝浦などのように、市町村の地区予選1、2チームしかなく、無条件に県大会出場ができる地区、あるいは地区予選の3チーム全部が地区代表となる三好市のような地区があるかと思えば、徳島市の南部中のように十分ベスト8に残る力があるのにもかかわらず、厳しい市予選のために県大会出場できないチームもある。阿南市の那賀川中や阿南ニ中も同様に十分に県大会に出場できるチーム力があるにもかかわらず、出場を逃してしまった。
この問題は、徳島特有の”奇妙な”サッカー協会の運営方法や徳島県教育委員会の受験制度が影響しているといえるだろう。
徳島県というのは、他の都道府県と違って非常に”変わった”受験体制を持っている。他の地方の人はよく憶えておくと面白いだろう。
ここ徳島では、高校受験には3種類存在する。
1つ目は、「一芸入試」のような「特待生制度」がスポーツでとられている。抜群の運動能力を中学時代に発揮したものがこれで高校に進学する。
一方、学力による普通の入試だが、これがどういうわけか「前期」、「後期」と2種類に分かれている。2つ目の「前期入試」は「学力と一芸の両方を見る」というふれこみになっているが、その実「英数国」のたった3教科しかみない。つまり、私立学校的な見方を行う。そしてそれに落ちた生徒や受けなかった生徒たちが、3つ目の「一般入試」という「英数国理社」の5教科で学力だけを見る普通の入試を受ける。
こういうふうな非常に変わったやり方である。かなり非常識なやり方に見えるだろう。
さらに驚くのは、私が育った山梨や首都圏などでは、高校入試はどこの高校を何校受けようがそれはその家庭とその受験者本人の希望次第である。受かれば入学できるし落ちればそれまで。だから、普通は本命校から滑り止めなど複数校受験し、受かった中で本人や家庭の事情に合わせて進学するというのが普通である。
こういうものが、普通の話、常識なのだが、ここ徳島では、未だに「学域」が存在するのである。
例えば、阿南市に住む生徒は徳島市の高校を受験できない。両方を平行して受験できないように徳島県教育委員会は”非公式のルール”を先生や生徒や親に”独裁的に”強要しているのである。
だれがいつからこういうことを強制し始めたのかだれも知らないが、いつからかそうなってしまったようである。(東京のマスコミはこの辺は今の大分の教育委員会の不正と同じで、結構面白いから調べてみるべきだろう)
このため、中学生は高校受験の場合、したがって、阿南市の高校を受験すれば、阿南市の中でしか高校を受けられず、徳島市を選べば徳島市内の高校からしか選べないということになる。
そこで、問題が生じる。
というのは、徳島県は首都圏と違って有名私立高校がほとんどない。徳島市内ならまだ少しあるが、阿南市など他の周辺地区には私立校がない。だからいわゆる「滑り止め校」が存在しない。
そこで、「進学調整」というものを中学校の先生たちが行うのである。これは、周辺地区の中学校の先生たちが受験の前夜まで前もって、一種の”談合”を行って、夏頃の実力試験の成績を基準にして、だれそれはこの高校に進学、別のだれそれはこっちの高校に進学と生徒全員を割り振るのである。そうやってそれぞれの高校が出している定員数に合わせて受験者数を割り振っておくのである。
(誤解なきように補足しておけば、この方式を県教育委員会から押し付けられて実践している受験生担当の先生たちの苦労は尋常ではない。調整期に入ると連日の徹夜で心身疲労困ぱい状態となるのである。なぜなら子や親は自分の子はぜひこの高校へ行きたいと希望するし、一方では先生が君はこの高校へは行けないと双方で対立するからである。さらには、高校間の定員数もあるのでそれに合わせて双方の先生がこの子をこっちに入れるのならこっちの子をそっちに入れろというようなわけの分からない交渉をし対立するからだ。こういう調整が受験申し込みの最終日の早朝まで続く。だから、父兄も平日早朝2時3時に学校へ呼び出されることもしばしばである。先生も大変なら父兄も大変だ。良く眠るのは県教育委員会のお偉方だけだ。ほんとにふざけている。落ちたら浪人すれば良いわけだし、学校ごとに受験が重ならないように受験日をずらせば好いだけのことだ。好きなところを受験し受かったなら好きなところへ進学すれば好い。ただそれだけのはずなのだ。)
これにより、実際の受験の時には、すでにほとんど定員どおりが受験するのである。だから、実際にはほとんど受験で落ちる者はいない。一種の「共産主義」である。
じゃ、実際にはどうやってその”割り振り”を行うのか?
というと、そこにそれぞれの生徒の中学時代に見せたスポーツなどのクラブ活動の実績が加味されるのである。
例えば、サッカーを例に取れば、ある生徒が徳島ヴォルティスのサッカー部員であれば、これだけでもステータスとなり、「特待生」でサッカーの有名高校に入ることができる。また、あるサッカー部員が県大会で活躍したチームに所属すれば、今度は「前期入試」でそこそこのサッカーの有名高校に入ることができる。しかし、また別のサッカー選手はいくらうまくてもチームが活躍できなかったり、(監督とうまがあわず)県トレセンなどに選出されていなければ、この場合は普通の中学生と見なされて今度は「後期入試」しかチャンスがないということになるのである。
こうやって、「特待生」、「前期入試」、「後期入試」で高校のクラブレベルが分類されて生徒が分別されてしまっているために高校のサッカー部のレベルは学校ごとにレベルに差がつくという「格差社会」となってしまうというわけである。
一方、中学生たちは、それゆえ、県大会に必死で出ようとする。なぜなら、それが自分の高校入試に直結するわけだからだ。
ここで、最初の問題に繋がるのだ。つまり、簡単に県大会に出ることができる地区と激戦地区のために県大会に出られない地区が共存するという問題である。
県大会の活躍が県の公立高校の「受験条件」として公になっているわけだから、生徒である選手たちにとってはこれは「生徒の一生を左右しかねない問題」のはずである。なぜなら、サッカーの場合なら、もし県大会に出られれば、そこで活躍して名を馳せ、それによって徳島商業や鳴門高校などの有名高校へ進学する道があるかも知れないからである。それが、たまたま親がどこに住んでいるかによってその道が閉ざされたとすれば、これは”悲劇”である。
こういうふうに、徳島県ではこういう方式を強要する教育委員会のお偉方とそれに協力し自分の意向に従わない生徒(やその親)を推薦しない中学校の先生の”やりたい放題”の県というわけだ。だから、実際、父兄や親御さんたちは学校の先生たちに嫌われないように毎日びくびくしながら生きているというのが現実なのだ。一旦、サッカー部の監督に嫌われたらその生徒の人生はそれでお釈迦だ。こういうことがすべてのスポーツ、すべてのクラブにおいて行われているのが徳島県の教育委員会方式なのだ。
実は、私の息子の中学在学や高校受験を通じて、こういう”馬鹿げた”徳島流を拝見することになったわけだが、私が知る限り、サッカー部員などに限ってみても、人生の帰路に立ってかなりの中学生が”泣き”を見ている。心に一生の傷(トラウマ)を作ってしまっている子供も多く存在する。「もうサッカーなんかやりたくもない」と高校で止めてしまった子供も少なからずいる。じゃ、なんのために中学で3年間もサッカーしたんだ、これまでどれだけサッカー用品や遠征費などにお金を注ぎ込んできたんだということになる。
中学生の心に一生の大きな傷を生んで喜んでいる徳島県教育委員会の人々とはいったいどんな連中なのだろうか?
一度顔を見てみたいものだ。
こんなことを血眼になって喜んでしている徳島県の国体での成績は”2年連続で最下位”だ。また、高校駅伝でもいつも最下位近辺を行ったり来たりしている。さらには、Jリーグ2部の徳島ヴォルティスも最下位。四国九州アイランドリーグの徳島インディゴソックスもダントツの最下位である。
だれが考えたってそうなることは明白だろう。なぜなら、スポーツや芸術の裾野を広げるのではなく、若者の可能性を閉ざしてしまっているからだ。
Jリーグであれば、こんな成績の監督は即解雇である。江戸時代なら「切腹」。
こんな運営してても、「徳島県教育委員会」はだれも解雇されないから不思議だ。
ほんと摩訶不思議な地方である。
[ 11:27 ]
[ 徳島サッカー ]
【2008年徳島県中学総体サッカー】
2008年度県中学総体サッカーが今日開幕。
対戦は以下の通り。
井川(三好市1位)──┐ーーーーーーーーーーーーーー┌──山川(吉野川1位)
ーーーーーーーーーーー│ーーーーーーーーーーーーーー│
吉野(阿波1位)──┐├──┐ーーーーーーーー┌──┤┌─富田(徳島4位)
ーーーーーーーーーー├┘ーー│ーーーーーーーー│ーー└┤
城東(徳島2位)──┘ーーー│ーーーーーーーー│ーーー└─美馬(美馬1位)
ーーーーーーーーーーーーーー├──┐ーー┌──┤
石井(石井1位)──┐ーーー│ーー│ーー│ーー│ーーー┌─海南(海南1位)
ーーーーーーーーーー├┐ーー│ーー│ーー│ーー│ーー┌┤
藍住(板野2位)──┘├──┘ーー│ーー│ーー└──┤└─貞光・半田
ーーーーーーーーーーー│ーーーーー│ーー│ーーーーー│
勝浦(勝浦1位)───┘ーーーーー│ーー│ーーーーー└──鳴門ニ(鳴門1位)
ーーーーーーーーーーーーーーーーー├──┤
三野(三好市3位)──┐ーーーーー│ーー│ーーーーー┌──城西(徳島3位)
ーーーーーーーーーーー│ーーーーー│ーー│ーーーーー│
三好(三好郡1位)─┐├──┐ーー│ーー│ーー┌──┤┌─土成(阿波2位)
ーーーーーーーーーー├┘ーー│ーー│ーー│ーー│ーー└┤
羽ノ浦(阿南1位)─┘ーーー│ーー│ーー│ーー│ーーー└─坂野(小松島1位)
ーーーーーーーーーーーーーー├──┘ーー└──┤
川内(徳島5位)──┐ーーー│ーーーーーーーー│ーーー┌─北島(板野1位)
ーーーーーーーーーー├┐ーー│ーーーーーーーー│ーー┌┤
鴨島一(吉野川2位)┘├──┘ーーーーーーーー└──┤└─阿南(阿南2位)
ーーーーーーーーーーー│ーーーーーーーーーーーーーー│
徳島(徳島1位)───┘ーーーーーーーーーーーーーー└──池田(三好市2位)
優勝候補の筆頭は、昨年優勝、県選手権準優勝の井川中、その次が最大のライバルの池田中。そして徳島市で圧倒的に力の差を見せつけた徳島中。U15ディビジョン2でも圧倒的だった。その次が北島中。
この北島中と池田中がベスト16であたるのは実に残念。また井川中と徳島中もおそらく準決勝であたるのは残念。
私の予想では、ベスト8は、井川一勝浦、羽ノ浦一徳島、山川一鳴門ニ、城西一池田ではないかと見ている。そして準決勝は、井川一徳島、山川一池田。決勝は、徳島一池田となり、徳島が優勝する。
これが私の予想だが、果たしてどうなるか?
いずれにせよ、良いプレーをして良い思い出を作って欲しいものである。
良い試合になること必至である。
2008年度県中学総体サッカーが今日開幕。
対戦は以下の通り。
井川(三好市1位)──┐ーーーーーーーーーーーーーー┌──山川(吉野川1位)
ーーーーーーーーーーー│ーーーーーーーーーーーーーー│
吉野(阿波1位)──┐├──┐ーーーーーーーー┌──┤┌─富田(徳島4位)
ーーーーーーーーーー├┘ーー│ーーーーーーーー│ーー└┤
城東(徳島2位)──┘ーーー│ーーーーーーーー│ーーー└─美馬(美馬1位)
ーーーーーーーーーーーーーー├──┐ーー┌──┤
石井(石井1位)──┐ーーー│ーー│ーー│ーー│ーーー┌─海南(海南1位)
ーーーーーーーーーー├┐ーー│ーー│ーー│ーー│ーー┌┤
藍住(板野2位)──┘├──┘ーー│ーー│ーー└──┤└─貞光・半田
ーーーーーーーーーーー│ーーーーー│ーー│ーーーーー│
勝浦(勝浦1位)───┘ーーーーー│ーー│ーーーーー└──鳴門ニ(鳴門1位)
ーーーーーーーーーーーーーーーーー├──┤
三野(三好市3位)──┐ーーーーー│ーー│ーーーーー┌──城西(徳島3位)
ーーーーーーーーーーー│ーーーーー│ーー│ーーーーー│
三好(三好郡1位)─┐├──┐ーー│ーー│ーー┌──┤┌─土成(阿波2位)
ーーーーーーーーーー├┘ーー│ーー│ーー│ーー│ーー└┤
羽ノ浦(阿南1位)─┘ーーー│ーー│ーー│ーー│ーーー└─坂野(小松島1位)
ーーーーーーーーーーーーーー├──┘ーー└──┤
川内(徳島5位)──┐ーーー│ーーーーーーーー│ーーー┌─北島(板野1位)
ーーーーーーーーーー├┐ーー│ーーーーーーーー│ーー┌┤
鴨島一(吉野川2位)┘├──┘ーーーーーーーー└──┤└─阿南(阿南2位)
ーーーーーーーーーーー│ーーーーーーーーーーーーーー│
徳島(徳島1位)───┘ーーーーーーーーーーーーーー└──池田(三好市2位)
優勝候補の筆頭は、昨年優勝、県選手権準優勝の井川中、その次が最大のライバルの池田中。そして徳島市で圧倒的に力の差を見せつけた徳島中。U15ディビジョン2でも圧倒的だった。その次が北島中。
この北島中と池田中がベスト16であたるのは実に残念。また井川中と徳島中もおそらく準決勝であたるのは残念。
私の予想では、ベスト8は、井川一勝浦、羽ノ浦一徳島、山川一鳴門ニ、城西一池田ではないかと見ている。そして準決勝は、井川一徳島、山川一池田。決勝は、徳島一池田となり、徳島が優勝する。
これが私の予想だが、果たしてどうなるか?
いずれにせよ、良いプレーをして良い思い出を作って欲しいものである。
良い試合になること必至である。
[ 09:59 ]
[ 訃報・追悼 ]
ミスター「ニュートリノ」、「スーパーカミオカンデ」の創始者の1人、文化勲章の受賞者、戸塚洋二博士死去。享年66歳。癌と闘病の末力つきた。
戸塚洋二博士は、小柴昌俊博士のお弟子さんで、小柴博士の次にノーベル賞を取る可能性の高い日本人の第一番と予想されていた。日本の飯塚澄男博士(カーボンナノチューブの創始者)、サンタバーバラの中村修二博士(青色発光ダイオードの創始者)などと並び称された日本の英雄的かつ神話的科学者であった。
戸塚洋二博士は、小柴昌俊博士のお弟子さんで、小柴博士の次にノーベル賞を取る可能性の高い日本人の第一番と予想されていた。日本の飯塚澄男博士(カーボンナノチューブの創始者)、サンタバーバラの中村修二博士(青色発光ダイオードの創始者)などと並び称された日本の英雄的かつ神話的科学者であった。
ニュートリノに質量があるのかないのか、ニュートリノ振動が起こるのかいなか、
こういった問題にかっこうと挑戦し、”その答え”を出して行ったつわものであった。答えは、イエス、イエス。ニュートリノには質量がわずかながら存在し、ニュートリノ振動も起こる。
このように、「宇宙線物理学」という分野のパイオニアであった。
アメリカのフランクリンメダル、日本の文化勲章などなど数多くの諸外国の賞を受賞し、あとはノーベル物理学賞のみと目されていた矢先の早世であった。
これは日本にとっては大変残念なことで、「ソル一ゲル相転移」の田中豊一博士(MIT)、「共形場理論」の梁成吉(ヤン・ソンキル)博士(筑波大) 、「X線天文学」の小田稔博士(理研)、「中性子散乱」の白根元博士(アメリカ、ブルックヘブン研)、「能勢一フーバー法」の能勢修一博士(慶応大)などに続く、”ノーベル賞級”物理学者の早世であると言える。
こういった方々の死亡原因はさまざまで、心筋梗塞、心不全、癌、脳内出血などがある。ヘビースモーカーだった人も多々いる。だから、タバコが命を縮めたと言えるかもしれないが、ストレスによる血中コルチゾールの増加が最大の原因といえるだろう。
通常、科学者は長寿の部類に入る。なぜなら、人の寿命、特に男性の寿命はほぼ地位や名誉に比例するからである。「地位の低い人ほど早死にする」というのがこの世の常なのである。だから、地位も名誉もお金もある科学者で早世するというのは、本来ならあり得ないはずなのである。私のような”主夫”が先に死ぬはずのものなのである(アット・ホーム・ダッドは一番短命なの? )。それゆえ、そこにはタバコなどの外因の影響を見る事ができる。
この意味では、日本の場合、今や良い研究を行った科学者の”奥様方への教育”が必要な時なのかも知れない。妻が地位や名誉やお金の上にあぐらをかき、娘や息子とブランドやグルメをあさるばかりではいけない。最低限、自分の亭主の健康管理や長生きに気を配るのもそういう奥様方の勤めであろう。そういう責任があると私は考える。
早世の科学者にはお気の毒だが、彼らの残した真実の知識は永遠である。
御冥福を祈りたい。
参考:
戸塚洋二元所長が文化勲章を受章
こういった問題にかっこうと挑戦し、”その答え”を出して行ったつわものであった。答えは、イエス、イエス。ニュートリノには質量がわずかながら存在し、ニュートリノ振動も起こる。
このように、「宇宙線物理学」という分野のパイオニアであった。
アメリカのフランクリンメダル、日本の文化勲章などなど数多くの諸外国の賞を受賞し、あとはノーベル物理学賞のみと目されていた矢先の早世であった。
これは日本にとっては大変残念なことで、「ソル一ゲル相転移」の田中豊一博士(MIT)、「共形場理論」の梁成吉(ヤン・ソンキル)博士(筑波大) 、「X線天文学」の小田稔博士(理研)、「中性子散乱」の白根元博士(アメリカ、ブルックヘブン研)、「能勢一フーバー法」の能勢修一博士(慶応大)などに続く、”ノーベル賞級”物理学者の早世であると言える。
こういった方々の死亡原因はさまざまで、心筋梗塞、心不全、癌、脳内出血などがある。ヘビースモーカーだった人も多々いる。だから、タバコが命を縮めたと言えるかもしれないが、ストレスによる血中コルチゾールの増加が最大の原因といえるだろう。
通常、科学者は長寿の部類に入る。なぜなら、人の寿命、特に男性の寿命はほぼ地位や名誉に比例するからである。「地位の低い人ほど早死にする」というのがこの世の常なのである。だから、地位も名誉もお金もある科学者で早世するというのは、本来ならあり得ないはずなのである。私のような”主夫”が先に死ぬはずのものなのである(アット・ホーム・ダッドは一番短命なの? )。それゆえ、そこにはタバコなどの外因の影響を見る事ができる。
この意味では、日本の場合、今や良い研究を行った科学者の”奥様方への教育”が必要な時なのかも知れない。妻が地位や名誉やお金の上にあぐらをかき、娘や息子とブランドやグルメをあさるばかりではいけない。最低限、自分の亭主の健康管理や長生きに気を配るのもそういう奥様方の勤めであろう。そういう責任があると私は考える。
早世の科学者にはお気の毒だが、彼らの残した真実の知識は永遠である。
御冥福を祈りたい。
参考:
戸塚洋二元所長が文化勲章を受章
2008/07/10のBlog
[ 12:26 ]
[ ハワイ ]
このブログの記事はいつも”即興”であっという間に書いている。そのために、「日本人とアメリカ人の違い」について書いているうちにあらぬ方向へ行ってしまった。
が、実は最初に書こうとしていたのは、俗に言う「独り遊び」のことであった。この「独り遊び」の問題を日米の文化の違いから書こうとするうちに、住宅と育児の話に飛んでしまったというわけだ。住宅と育児のアトラクターに引き込まれてしまった。
さて、本題の「独り遊び」というのは何かと言えば、「人が1人で(つまり独りで)いても寂しがらずに自分の時間を過ごすことができる」ということである。
一般にアメリカ人は大人になっても「独り遊び」が好きだが、日本人は子供から大人に至まで「独り遊び」が苦手である。
だから、この差はどこから来るか?
実は、この違いは日本人とアメリカ人の育児の違いや家の違いから来るのだ。これを言いたかったのである。
前述のように、アメリカ人の子供は赤ん坊の頃から個室をもらい、夜泣きも無視され、常に「独り遊び」をして育つ。親がいようがいまいがいつも自分独りで時をすごすことを学ばさせられる。これが、自立心や自律心を生むとアメリカ人は考えている。
それゆえ、アメリカ人は大人になっても「独り遊び」が好きで、毎日日課として”1人で”スイミングプールで泳いだり、ジムに通ったり、外を走ったりする人々が多い。
それと比べると、日本人の場合は、ジョギングするにも道をウォーキングするにも2人づれ、3人づれと”連れ”あうのが好きな人種である。俗に”連れション”というのがあるように、トイレに行くにも1人では行けないというような者も多い。
この差は、親といっしょの部屋、親といっしょの布団で寝て育った人間と完全個室で赤ん坊の頃から育った人間の差と言えるのかも知れないというわけだ。
この差が、実は科学者や研究者や学者などにおいても、あるいは会社員や公務員などの職場においても仕事のやり方に影響を与えるのだろうと私は見ている。
私は親が非常に貧乏な時に生まれ、非常に狭い部屋で育ったが、親が仕事で忙しく世話をかなりほったらかしにされた状態で幼児期を過ごしたため、そして1歳未満から保育園にいれられたために、「独り遊び」はかなり好きな方である。まわりに人がいない方が気が楽な質である。
「だから」というわけではなかろうが、今は結局フリーの研究者として自由にやっている。つまり、今もって「独り遊び」しているわけである。この意味では”アメリカ人的”と言っても好いだろう。
しかし、多くの日本人の科学者の場合、研究においてもこういう意味で「独り遊び」は好きではないように見えるから面白い。たいていは「連れあって」いる。つまり、実際の作業という意味の仕事はもちろん独立して行うのだが、精神的にお互いに”依存”しているのである。これは、欧米人のように、実際の作業は協力して行うのだが精神的には独立しているというのとは逆なのである。
不思議なことは、ここ徳島の阿南にもアンジェラ・アキのように外国人と結婚して生まれたハーフ(混血)の子供達がいるが、そういうハーフの子供達や、ハーフの丹羽多聞アンドリウが好きなテレビに出てくるようなハーフの子供達がみな共通して「独り遊び」が得意であるかのように見えることである。
こうして考えると、「育児と家」の問題で考えたように、「独り遊び」の問題も育児から来ているとばかり言えず、やはり遺伝的要因もかなり大きなものが潜んでいるように見える。つまり、白人は「独り遊び」が好きだが、日本人は「独り遊び」が苦手、というようなことがあるということである。
実際、徳島には板東俘虜収容所があったせいか、先祖にドイツ人の血が混じったのではないか、あるいはポルトガル人のモラエスが住んだせいか、そのためにその血筋が入ったのではないか、というように見えるかなり西洋人顔の人物がたまにいるのだが、こういう人々はハワイの白人のおばさんと同じように結構「独り遊び」が好きのようである。
足げくスイミングプールに通い、毎日自分のノルマをこなしてはまた帰るというような人物は結構こういうタイプの白人型おばさまであることが多い。
それに比べると、同じように日課として外をウォーキングするという人でもいつも”連れ”といっしょというのは、日本人型のおばさまである。
「行動の違い」というのは、たいていはその社会の「文化的な違い」から来ると考えがちだが、ハエで「行動遺伝子」というものが発見されて以来、遺伝子の異常は行動異常を引き起こすと理解されて久しいように、おそらく人の場合も「行動の違い」は「遺伝子の違い」から来ていると考えてみる事もできるだろう。
進化分子工学者の鉄則にこういうものがある。
「大腸菌で正しいことはゾウでも正しい」
同様に分子生物学者の鉄則は
「ハエで正しいことは人間でも正しい」
である。
まあ、おそらく、実際には、
「DNAが蛋白質を作り、蛋白質がDNAを作る」
という自己言及的仕組が必須のように、
「遺伝子が行動を制御し、行動が遺伝子を制御する」
というようなメカニズムが存在するのだろう。つまり、「情報が構造を制御し、構造が情報を制御する」のである。「鶏が卵を生み、卵が鶏に孵る」というわけだ。
「独り遊び」は遺伝か文化か? 「独り遊び」は氏か育ちか?
こんなところにも、日本人とアメリカ人には差があるというわけである。短い期間だが、ハワイを旅する間にもこういった面白い問題を一考させられたという話である。
が、実は最初に書こうとしていたのは、俗に言う「独り遊び」のことであった。この「独り遊び」の問題を日米の文化の違いから書こうとするうちに、住宅と育児の話に飛んでしまったというわけだ。住宅と育児のアトラクターに引き込まれてしまった。
さて、本題の「独り遊び」というのは何かと言えば、「人が1人で(つまり独りで)いても寂しがらずに自分の時間を過ごすことができる」ということである。
一般にアメリカ人は大人になっても「独り遊び」が好きだが、日本人は子供から大人に至まで「独り遊び」が苦手である。
だから、この差はどこから来るか?
実は、この違いは日本人とアメリカ人の育児の違いや家の違いから来るのだ。これを言いたかったのである。
前述のように、アメリカ人の子供は赤ん坊の頃から個室をもらい、夜泣きも無視され、常に「独り遊び」をして育つ。親がいようがいまいがいつも自分独りで時をすごすことを学ばさせられる。これが、自立心や自律心を生むとアメリカ人は考えている。
それゆえ、アメリカ人は大人になっても「独り遊び」が好きで、毎日日課として”1人で”スイミングプールで泳いだり、ジムに通ったり、外を走ったりする人々が多い。
それと比べると、日本人の場合は、ジョギングするにも道をウォーキングするにも2人づれ、3人づれと”連れ”あうのが好きな人種である。俗に”連れション”というのがあるように、トイレに行くにも1人では行けないというような者も多い。
この差は、親といっしょの部屋、親といっしょの布団で寝て育った人間と完全個室で赤ん坊の頃から育った人間の差と言えるのかも知れないというわけだ。
この差が、実は科学者や研究者や学者などにおいても、あるいは会社員や公務員などの職場においても仕事のやり方に影響を与えるのだろうと私は見ている。
私は親が非常に貧乏な時に生まれ、非常に狭い部屋で育ったが、親が仕事で忙しく世話をかなりほったらかしにされた状態で幼児期を過ごしたため、そして1歳未満から保育園にいれられたために、「独り遊び」はかなり好きな方である。まわりに人がいない方が気が楽な質である。
「だから」というわけではなかろうが、今は結局フリーの研究者として自由にやっている。つまり、今もって「独り遊び」しているわけである。この意味では”アメリカ人的”と言っても好いだろう。
しかし、多くの日本人の科学者の場合、研究においてもこういう意味で「独り遊び」は好きではないように見えるから面白い。たいていは「連れあって」いる。つまり、実際の作業という意味の仕事はもちろん独立して行うのだが、精神的にお互いに”依存”しているのである。これは、欧米人のように、実際の作業は協力して行うのだが精神的には独立しているというのとは逆なのである。
不思議なことは、ここ徳島の阿南にもアンジェラ・アキのように外国人と結婚して生まれたハーフ(混血)の子供達がいるが、そういうハーフの子供達や、ハーフの丹羽多聞アンドリウが好きなテレビに出てくるようなハーフの子供達がみな共通して「独り遊び」が得意であるかのように見えることである。
こうして考えると、「育児と家」の問題で考えたように、「独り遊び」の問題も育児から来ているとばかり言えず、やはり遺伝的要因もかなり大きなものが潜んでいるように見える。つまり、白人は「独り遊び」が好きだが、日本人は「独り遊び」が苦手、というようなことがあるということである。
実際、徳島には板東俘虜収容所があったせいか、先祖にドイツ人の血が混じったのではないか、あるいはポルトガル人のモラエスが住んだせいか、そのためにその血筋が入ったのではないか、というように見えるかなり西洋人顔の人物がたまにいるのだが、こういう人々はハワイの白人のおばさんと同じように結構「独り遊び」が好きのようである。
足げくスイミングプールに通い、毎日自分のノルマをこなしてはまた帰るというような人物は結構こういうタイプの白人型おばさまであることが多い。
それに比べると、同じように日課として外をウォーキングするという人でもいつも”連れ”といっしょというのは、日本人型のおばさまである。
「行動の違い」というのは、たいていはその社会の「文化的な違い」から来ると考えがちだが、ハエで「行動遺伝子」というものが発見されて以来、遺伝子の異常は行動異常を引き起こすと理解されて久しいように、おそらく人の場合も「行動の違い」は「遺伝子の違い」から来ていると考えてみる事もできるだろう。
進化分子工学者の鉄則にこういうものがある。
「大腸菌で正しいことはゾウでも正しい」
同様に分子生物学者の鉄則は
「ハエで正しいことは人間でも正しい」
である。
まあ、おそらく、実際には、
「DNAが蛋白質を作り、蛋白質がDNAを作る」
という自己言及的仕組が必須のように、
「遺伝子が行動を制御し、行動が遺伝子を制御する」
というようなメカニズムが存在するのだろう。つまり、「情報が構造を制御し、構造が情報を制御する」のである。「鶏が卵を生み、卵が鶏に孵る」というわけだ。
「独り遊び」は遺伝か文化か? 「独り遊び」は氏か育ちか?
こんなところにも、日本人とアメリカ人には差があるというわけである。短い期間だが、ハワイを旅する間にもこういった面白い問題を一考させられたという話である。
[ 11:18 ]
[ ハワイ ]
アメリカ人と日本人には結構文化的に似ているようで違ったところがある。
アメリカ人と言っても千差万別。ヨーロッパ系白人からアメリカ生まれの白人、アフリカ系の黒人、インド系、中国人、極東アジア系東洋人、そしてアメリカインディアンに至までさまざまである。
しかし、アメリカのモダニゼーションを起こしたのは善かれ悪しかれアメリカの白人であるから、現在のアメリカ文明にはその影響が強く出ている。
おそらく私がこれまで体感した中では、それが一番出ているのは、「育児のしかた」と「ハウスの作り方」だろうと思う。
(あ)まず、アメリカ人の育児について。
アメリカ人の育児についてはさまざなハリウッド映画にも描かれている。だから日本人にもある程度は知られるようになったと思う。おそらく、一番の違いは、赤ん坊にも”個室”を与えることである。
もちろん、これは日米の住宅事情の違いが色濃く影響している。要するに、アメリカの家の方が部屋数も多く、家が広いことに由来する。日本は”兎小屋”と呼ばれるように部屋も狭く部屋数も少ない。だから、新生児の赤ん坊にまで1部屋を与える余裕がない。
サブプライムローン問題で有名になったように、下層階級のもっとも貧乏な人々に提供する家でさえ、日本の田園調布のような高級住宅街の物件より高級の家である。だから、論理的に考えて破たんするのは当たり前の話だが、そういう高級な家に住みたいとアメリカ人は最低クラスの人間でも考えているのである。
こんな広い家に住むと赤ん坊1人1人にまで個室が与えることができるというわけだ。
だから、赤ちゃんを個室のベッドの上に寝かせ、その赤ん坊をカメラやトランシーバーでモニターしながら、親たちは別の部屋で寝る。ハリウッド映画にもこういうシーンは良く現れる。
また、アメリカの育児書にも、こういうふうにすることが勧められている。仮に赤ちゃんが夜泣きをしてもそれをあやすようなことをするなとあるのだ。親が夜泣きの度にあやせば、その赤ん坊はそれを求めるようになりますます夜泣きする。だから泣かせておけ、そうすれば赤ん坊は夜泣いても無駄だと覚える。そしてまた朝になれば親が来ることを学ぶようになるというわけである。何か大きな異常だけに注意し、それ以外はほおっておくべきだという発想である。
長らく私はこう考えて来た。しかし、どうやら事情は必ずしもそうとは限らないと最近は考えるようになった。
つまり、今度は親の側からの見方だが、実は赤ん坊と離れていないと親の方が良く眠れずにいらいらし、子供にとっても良くない。だから、赤ん坊と親は別々に寝た方がアメリカ人の場合にはよろしいのではないか、ということである。
もし我々日本人がアメリカに住んだとしよう。果たしてアメリカの広い家に住んだ場合でも日本人は赤ん坊を個室に入れて別々の部屋で眠ることができるだろうか?
おそらく、日本人の場合は、アメリカ人とは逆で赤ん坊が心配で心配で良く眠れなくなるのではないだろうか。
要するに、赤ん坊といっしょの部屋で寝るかどうか、というのは、住宅事情もさることながら、やはり民族としての遺伝的気質の違いによることもかなり大きいのではないか。そう私は考えるようになったというわけだ。それが、次第に”文化的違い”のように見えるまでに至ったということだろう。
日本人の親は赤ん坊といっしょに入浴する(つまり、同じ湯舟に入る)が、アメリカ人はそういうことは絶対にしない。子は子、親は親で風呂に入る。もちろん、夫と妻も別々に入り、日本人のように夫婦で風呂に入るということもアメリカ人は普通はしないことである。
こんなふうに、非常に日常的なことであれ、日米ではかなり異なっている。実は、この違いが日米の社会的な事柄にまで繋がってきているように見えるから実に面白い。それが、住宅事情にまで関係するのである。
アメリカ人と言っても千差万別。ヨーロッパ系白人からアメリカ生まれの白人、アフリカ系の黒人、インド系、中国人、極東アジア系東洋人、そしてアメリカインディアンに至までさまざまである。
しかし、アメリカのモダニゼーションを起こしたのは善かれ悪しかれアメリカの白人であるから、現在のアメリカ文明にはその影響が強く出ている。
おそらく私がこれまで体感した中では、それが一番出ているのは、「育児のしかた」と「ハウスの作り方」だろうと思う。
(あ)まず、アメリカ人の育児について。
アメリカ人の育児についてはさまざなハリウッド映画にも描かれている。だから日本人にもある程度は知られるようになったと思う。おそらく、一番の違いは、赤ん坊にも”個室”を与えることである。
もちろん、これは日米の住宅事情の違いが色濃く影響している。要するに、アメリカの家の方が部屋数も多く、家が広いことに由来する。日本は”兎小屋”と呼ばれるように部屋も狭く部屋数も少ない。だから、新生児の赤ん坊にまで1部屋を与える余裕がない。
サブプライムローン問題で有名になったように、下層階級のもっとも貧乏な人々に提供する家でさえ、日本の田園調布のような高級住宅街の物件より高級の家である。だから、論理的に考えて破たんするのは当たり前の話だが、そういう高級な家に住みたいとアメリカ人は最低クラスの人間でも考えているのである。
こんな広い家に住むと赤ん坊1人1人にまで個室が与えることができるというわけだ。
だから、赤ちゃんを個室のベッドの上に寝かせ、その赤ん坊をカメラやトランシーバーでモニターしながら、親たちは別の部屋で寝る。ハリウッド映画にもこういうシーンは良く現れる。
また、アメリカの育児書にも、こういうふうにすることが勧められている。仮に赤ちゃんが夜泣きをしてもそれをあやすようなことをするなとあるのだ。親が夜泣きの度にあやせば、その赤ん坊はそれを求めるようになりますます夜泣きする。だから泣かせておけ、そうすれば赤ん坊は夜泣いても無駄だと覚える。そしてまた朝になれば親が来ることを学ぶようになるというわけである。何か大きな異常だけに注意し、それ以外はほおっておくべきだという発想である。
長らく私はこう考えて来た。しかし、どうやら事情は必ずしもそうとは限らないと最近は考えるようになった。
つまり、今度は親の側からの見方だが、実は赤ん坊と離れていないと親の方が良く眠れずにいらいらし、子供にとっても良くない。だから、赤ん坊と親は別々に寝た方がアメリカ人の場合にはよろしいのではないか、ということである。
もし我々日本人がアメリカに住んだとしよう。果たしてアメリカの広い家に住んだ場合でも日本人は赤ん坊を個室に入れて別々の部屋で眠ることができるだろうか?
おそらく、日本人の場合は、アメリカ人とは逆で赤ん坊が心配で心配で良く眠れなくなるのではないだろうか。
要するに、赤ん坊といっしょの部屋で寝るかどうか、というのは、住宅事情もさることながら、やはり民族としての遺伝的気質の違いによることもかなり大きいのではないか。そう私は考えるようになったというわけだ。それが、次第に”文化的違い”のように見えるまでに至ったということだろう。
日本人の親は赤ん坊といっしょに入浴する(つまり、同じ湯舟に入る)が、アメリカ人はそういうことは絶対にしない。子は子、親は親で風呂に入る。もちろん、夫と妻も別々に入り、日本人のように夫婦で風呂に入るということもアメリカ人は普通はしないことである。
こんなふうに、非常に日常的なことであれ、日米ではかなり異なっている。実は、この違いが日米の社会的な事柄にまで繋がってきているように見えるから実に面白い。それが、住宅事情にまで関係するのである。
(い)住宅事情について
アメリカの家の方が部屋数が多く広さも広いのは良く知られている。しかし、あまり知られていないのは、アメリカの家の作り方として、必ず玄関の当たりにテラスというのか、ちょっと広い空間がいっしょに存在するということである。
よくアメリカの映画で、家の住人が玄関あたりでたむろす姿を見る事があるだろう。バック・トゥー・ザ・フューチャーでもマーティーの彼女は玄関にあるブランコの中で眠っている。玄関にブランコ? そもそも玄関にブランコがあるというのも日本ではおかしな話であろう。
しかし、アメリカの家は、たいてい玄関に広いスペースがあり、まるで船のデッキのような感じになっている。だから、家にいる時、外を眺めながら玄関先でくつろぐというような風景はごくごく一般的である。
きっと日本人にとっての縁側のようなものだろう。日本人が縁側でお茶でも飲みながらくつろぐように、アメリカ人は玄関先でくつろぐ。玄関先で編み物をしているおばあさんというのも時々見かける。玄関先でビールを飲んでいる人などもよく見る風景である。
そんなわけで、アメリカ人は自分の家の玄関先で人目にさらされようがお構いなしである。
また、アメリカ人と日本人を比べた場合、不思議なことはアメリカ人というのは窓の外から中を見られることをあまり気にしないのに、日本人はそれを極度に嫌がるという気質の違いがあることである。
アメリカ人の白人の場合、どういうわけか、あまり窓のカーテンを閉めない。中で何をしてようがお構いなく窓はオープンである。外に人がいても気にしない。平気である。しかし、日本人は外に人の気配があればすぐにカーテンを閉める。
こんな気質の違いは時として非常に意外なところでも見る事ができる。
ここ阿南にも市民体育館があるが、時に学校のスポーツ大会が開催される。剣道や体操、バスケットボールやバレーボール、こうした大会が開かれる。体育館の中には、もちろん観客席があり、大勢の関係者や一般客が入って見ることができる。だから、外の一般人や道路を行き交う通行人が体育館の外側についている窓から試合を見る事ができるのが自然だと思うが、こういう場合、決まって窓のカーテンを閉めるのである。だから、外からは試合が見る事が出来ない。”密室”の試合となるわけだ。
まずアメリカ人の場合にはこういうことはない。公式戦なのだから、外の窓という窓はオープンとなる。
こんな感じで日本人は外から見られることを嫌う人種なのである。
考えてみれば、縁側というのも、家の中庭の中にあるもので、家の外から人目にさらされているわけではない。だから、昔から日本人は人目に出ることは苦手なのだろう。人前に出ると顔が赤くなるという赤面症の人も日本人にはかなりの率でいる。
ニートやオタクでも部屋に隠るのは日本人で、ニートやオタク(あるいはナーズ)でもどうどうと大学の図書館にあるコンピュータルームで騒いでいるのはアメリカ人である。
最近行ったアラモアナショッピングセンターの2階にMacの店が出来ていたが、そこで最新のMacで最新のゲームを人目も気にせず遊んでいたのはハワイの子供たちであった。
はたしてこういう性質の差はどこから来るのだろうか?
まあ、一見ジョークのような1つの考えだが、きっとアメリカ人の場合は、赤ん坊の頃から広い個室に赤ちゃんベッドが置かれ、それを自分のハウスのようにあてがわれ、外から両親や人々に見られながらずっとその中で育つからだ、というものがあるかも知れない。それと比べたら、日本人の場合は、狭い家の中で人目に触れないように赤ん坊時代から育てられる。
言い換えれば、アメリカ人はオープンスペースで育つが、日本人は密室で育つ。これが後々の個性の違いや精神状態の違い、そして気質の違いにまで発展する。
要するに、住宅事情の違いが気質の違いを生むが、今度は気質の違いが住宅事情の違いを生む。家は住む人の気質を変え、人の気質は住む家を変える。卵が先か、鶏が先かと同じような問題がそこにあると言えるだろう。
ハワイはアメリカに属するがアメリカではないというが、しかしハワイに行く度にやはりハワイもアメリカだなと思わさせられる。日系ハワイ人しかり。普通の日本人とはかなり違う。
育児法から持ち家まで、やはりそれぞれの文化や人種的気質にみあうように出来ているのである。
アメリカの家の方が部屋数が多く広さも広いのは良く知られている。しかし、あまり知られていないのは、アメリカの家の作り方として、必ず玄関の当たりにテラスというのか、ちょっと広い空間がいっしょに存在するということである。
よくアメリカの映画で、家の住人が玄関あたりでたむろす姿を見る事があるだろう。バック・トゥー・ザ・フューチャーでもマーティーの彼女は玄関にあるブランコの中で眠っている。玄関にブランコ? そもそも玄関にブランコがあるというのも日本ではおかしな話であろう。
しかし、アメリカの家は、たいてい玄関に広いスペースがあり、まるで船のデッキのような感じになっている。だから、家にいる時、外を眺めながら玄関先でくつろぐというような風景はごくごく一般的である。
きっと日本人にとっての縁側のようなものだろう。日本人が縁側でお茶でも飲みながらくつろぐように、アメリカ人は玄関先でくつろぐ。玄関先で編み物をしているおばあさんというのも時々見かける。玄関先でビールを飲んでいる人などもよく見る風景である。
そんなわけで、アメリカ人は自分の家の玄関先で人目にさらされようがお構いなしである。
また、アメリカ人と日本人を比べた場合、不思議なことはアメリカ人というのは窓の外から中を見られることをあまり気にしないのに、日本人はそれを極度に嫌がるという気質の違いがあることである。
アメリカ人の白人の場合、どういうわけか、あまり窓のカーテンを閉めない。中で何をしてようがお構いなく窓はオープンである。外に人がいても気にしない。平気である。しかし、日本人は外に人の気配があればすぐにカーテンを閉める。
こんな気質の違いは時として非常に意外なところでも見る事ができる。
ここ阿南にも市民体育館があるが、時に学校のスポーツ大会が開催される。剣道や体操、バスケットボールやバレーボール、こうした大会が開かれる。体育館の中には、もちろん観客席があり、大勢の関係者や一般客が入って見ることができる。だから、外の一般人や道路を行き交う通行人が体育館の外側についている窓から試合を見る事ができるのが自然だと思うが、こういう場合、決まって窓のカーテンを閉めるのである。だから、外からは試合が見る事が出来ない。”密室”の試合となるわけだ。
まずアメリカ人の場合にはこういうことはない。公式戦なのだから、外の窓という窓はオープンとなる。
こんな感じで日本人は外から見られることを嫌う人種なのである。
考えてみれば、縁側というのも、家の中庭の中にあるもので、家の外から人目にさらされているわけではない。だから、昔から日本人は人目に出ることは苦手なのだろう。人前に出ると顔が赤くなるという赤面症の人も日本人にはかなりの率でいる。
ニートやオタクでも部屋に隠るのは日本人で、ニートやオタク(あるいはナーズ)でもどうどうと大学の図書館にあるコンピュータルームで騒いでいるのはアメリカ人である。
最近行ったアラモアナショッピングセンターの2階にMacの店が出来ていたが、そこで最新のMacで最新のゲームを人目も気にせず遊んでいたのはハワイの子供たちであった。
はたしてこういう性質の差はどこから来るのだろうか?
まあ、一見ジョークのような1つの考えだが、きっとアメリカ人の場合は、赤ん坊の頃から広い個室に赤ちゃんベッドが置かれ、それを自分のハウスのようにあてがわれ、外から両親や人々に見られながらずっとその中で育つからだ、というものがあるかも知れない。それと比べたら、日本人の場合は、狭い家の中で人目に触れないように赤ん坊時代から育てられる。
言い換えれば、アメリカ人はオープンスペースで育つが、日本人は密室で育つ。これが後々の個性の違いや精神状態の違い、そして気質の違いにまで発展する。
要するに、住宅事情の違いが気質の違いを生むが、今度は気質の違いが住宅事情の違いを生む。家は住む人の気質を変え、人の気質は住む家を変える。卵が先か、鶏が先かと同じような問題がそこにあると言えるだろう。
ハワイはアメリカに属するがアメリカではないというが、しかしハワイに行く度にやはりハワイもアメリカだなと思わさせられる。日系ハワイ人しかり。普通の日本人とはかなり違う。
育児法から持ち家まで、やはりそれぞれの文化や人種的気質にみあうように出来ているのである。
2008/07/08のBlog
[ 14:36 ]
[ ハワイ ]
ハワイのオアフ島といえばマツモトのシェーブアイス。シェーブアイスと言えばマツモト、というほどマツモトのシェーブアイスは超有名である。
シェーブアイスとは、日本のかき氷のようなものである。しかしもうちょっと氷りのキメが細かい。
世界中から毎日このシェーブアイスを食べるためにやってくる。いつ見ても何十人もの人々が行列を作って待っている。それがマツモトのシェーブアイスである。
今回の私のオアフの旅の最大の目的はこのマツモトのシェーブアイスを食べることだった。わざわざハワイまでこのシェーブアイスを食べるためにやって来た、そうい言っても過言ではなかったのである。
シェーブアイスとは、日本のかき氷のようなものである。しかしもうちょっと氷りのキメが細かい。
世界中から毎日このシェーブアイスを食べるためにやってくる。いつ見ても何十人もの人々が行列を作って待っている。それがマツモトのシェーブアイスである。
今回の私のオアフの旅の最大の目的はこのマツモトのシェーブアイスを食べることだった。わざわざハワイまでこのシェーブアイスを食べるためにやって来た、そうい言っても過言ではなかったのである。
マツモトのシェーブアイスを食べるにはどうやって行くか?
というと、実に簡単。ホノルルのアラモアナショッピングセンターから出る市バス(TheBus)のルート52あるいはルート55、あるいはルート88Aに乗れば良い。
今回、私は数時間を覚悟して、アラモアナからルート55カネオヘサークルアイランドバスに乗った。まずはパリハイウェーから始まり、カイルア、カネオヘ経由でハレイワにあるマツモトに向かった。
約2時間ずっと各駅停車でバスを乗り続けると、見える見える。いわゆるノースショアと呼ばれる地方の有名な海岸の数々が。
カネオヘベイからワイアホールビーチ、クアロアビーチ、カナハベイビーチ、プナルウ、ハウウラ、ライエビーチ、
驚くべきことにここライエビーチにはモルモン寺院とBYUハワイ校がある。私はユタ大出身なのでソルートレークはモルモンテンプルの本拠地、隣街のプロボにはモルモン教の大学BYUがある。インディー・ジョーンズが教えている大学がおそらくここではないかと私は見ている。このモルモンの支部がオアフ島にもあるというわけだ。お金のあるところモルモン教徒が集う。
そして、カフクシュガーミル、そしてタートルベイリゾート。ここでドライバーがちょっと一服。乗車している我々も外へ出てちょっと休憩。とはいっても、すでに乗客は数人の観光客のみ。
再び乗車して今度は、有名なサンセットビーチ、エフカイビーチ、ワイメアビーチ、そしてハレイワアリイビーチと見て、ハレイワに到着。
女性運転手の”マツモト”という大声で一同ここで降りた。ゴーーーール。ついにマツモトのほぼ真ん前で降りた。
というと、実に簡単。ホノルルのアラモアナショッピングセンターから出る市バス(TheBus)のルート52あるいはルート55、あるいはルート88Aに乗れば良い。
今回、私は数時間を覚悟して、アラモアナからルート55カネオヘサークルアイランドバスに乗った。まずはパリハイウェーから始まり、カイルア、カネオヘ経由でハレイワにあるマツモトに向かった。
約2時間ずっと各駅停車でバスを乗り続けると、見える見える。いわゆるノースショアと呼ばれる地方の有名な海岸の数々が。
カネオヘベイからワイアホールビーチ、クアロアビーチ、カナハベイビーチ、プナルウ、ハウウラ、ライエビーチ、
驚くべきことにここライエビーチにはモルモン寺院とBYUハワイ校がある。私はユタ大出身なのでソルートレークはモルモンテンプルの本拠地、隣街のプロボにはモルモン教の大学BYUがある。インディー・ジョーンズが教えている大学がおそらくここではないかと私は見ている。このモルモンの支部がオアフ島にもあるというわけだ。お金のあるところモルモン教徒が集う。
そして、カフクシュガーミル、そしてタートルベイリゾート。ここでドライバーがちょっと一服。乗車している我々も外へ出てちょっと休憩。とはいっても、すでに乗客は数人の観光客のみ。
再び乗車して今度は、有名なサンセットビーチ、エフカイビーチ、ワイメアビーチ、そしてハレイワアリイビーチと見て、ハレイワに到着。
女性運転手の”マツモト”という大声で一同ここで降りた。ゴーーーール。ついにマツモトのほぼ真ん前で降りた。
店を見るとすでに大勢の人の山。やっとの思いで来たにもかかわらず、「やっぱり食うの止めて帰るか」と思わされる。そこで、しばらく客が少なくなるまで近所を散歩。しかしさすがに2時間以上もかけて来たのだからと、客が少なめになったころあいを見計らって、行列も一興と私も列に並ぶことにした。
待つこと10分私の番が来た。
「マツモトレインボーシェーブアイス、プリーズ! ウィズビーンズ」
すると、あずき入りの3色レインボーシェーブアイスが来た。2ドル50セント。
ついに念願のシェーブアイスをゲット。
ベンチに座って食べている時、確か日本人のだれかが写真を撮ってくれた。あまりのうれしさと疲労のためか、この場面の記憶がない。とにかく、撮ってくれた人にありがとうと言いたい。
待つこと10分私の番が来た。
「マツモトレインボーシェーブアイス、プリーズ! ウィズビーンズ」
すると、あずき入りの3色レインボーシェーブアイスが来た。2ドル50セント。
ついに念願のシェーブアイスをゲット。
ベンチに座って食べている時、確か日本人のだれかが写真を撮ってくれた。あまりのうれしさと疲労のためか、この場面の記憶がない。とにかく、撮ってくれた人にありがとうと言いたい。
写真:こんな綺麗な若い女性がマツモトの看板娘
念願のシェーブアイスをついに食べたから、土産でも買って後は帰路に着こうかと思っていたところ、お昼を過ぎていたことに気付いた。そこでちょっとぶらぶらするとその間、確か隣のアオキアイスとの間あたりにバーベキューの店、それもアメリカ人の白人一家でやっている感じのするお店があったので、その手作りそのもののバーベキューセットを食べることにした。
店の奥によく日本の祭りの出店にあるテーブルのようなものがあったので、そこで1人で食べることにした。先客には4人ほど中国人か韓国人のグループがいただけだった。
まず写真をと思い、食事を写真に撮っていると、すぐに日本人のカップルが隣に座った。そこで、
「新婚さんですか?」
と私が尋ねたのだが、そこから話がはずみ、ハワイの四方山話をしながらのんびりと昼食を取った。どうやらバイクのツーリングでここまでやってきたという。
「若い2人はお先にどうぞ」
と私が言って、そこで別れたのだが、
「1人旅ですか? いいですね」
といったその可愛い女の子の一言が胸に残った。
念願のシェーブアイスをついに食べたから、土産でも買って後は帰路に着こうかと思っていたところ、お昼を過ぎていたことに気付いた。そこでちょっとぶらぶらするとその間、確か隣のアオキアイスとの間あたりにバーベキューの店、それもアメリカ人の白人一家でやっている感じのするお店があったので、その手作りそのもののバーベキューセットを食べることにした。
店の奥によく日本の祭りの出店にあるテーブルのようなものがあったので、そこで1人で食べることにした。先客には4人ほど中国人か韓国人のグループがいただけだった。
まず写真をと思い、食事を写真に撮っていると、すぐに日本人のカップルが隣に座った。そこで、
「新婚さんですか?」
と私が尋ねたのだが、そこから話がはずみ、ハワイの四方山話をしながらのんびりと昼食を取った。どうやらバイクのツーリングでここまでやってきたという。
「若い2人はお先にどうぞ」
と私が言って、そこで別れたのだが、
「1人旅ですか? いいですね」
といったその可愛い女の子の一言が胸に残った。
さて、腹も満ちて近所の店で土産を見てまわり、奥さん用のドレスを買った。その店員がきれいな若い女性だったので、思わず「メイ アイ テイク ユア ピクチャー?」と了承を得て写真を一枚。それを見せると、非常に喜んでくれた。
帰路を目指してその子に帰りのバスストップはどこかと聞くと、ちょうど店の道路を超えた目の前のベンチだという。
そこで、1人でずっと待っていると、大きな身体をしたハワイアンがやってきて、隣に座った。その彼は茶色をしたシェーブアイスを食っていた。その人はシェーブアイスを食べる度に
「オー、ノー。オーーー」
と大声をあげる。そして暫くすると
「アイム バック」
と言った。これを繰り返しながら食べていた。おい大丈夫かと思って見ているとどうやら、あまりの冷たさが脳天に来て、オーとうなっていたわけだ。そこで、
「それは何のシェーブアイスか?」
と私が物欲しげに聞くと、
「これはな、ブラウンベリーのシェーブアイスさ。食ってみるか?」
とその彼は答えた。さすがに身も知らずの人の食ってるものを食うわけにもいかず、ノーサンキューだったが、実にうまそうな代物だった。今度食う時はこれも食うかと思っていると、
「お前はジャパニーズか?」
と今度は向こうが聞いて来た。「そうだ」と答えると、彼は横綱曙とは一家ぐるみの友だちだという。曙とその家族の話、日本へ渡ったハワイアン力士の話などをしながら彼と2人でバスを待った。
そして打ち解けて来たので、この辺で写真を1枚とらせてもらおうか、とカメラを出した取ろうとした瞬間にバスが到着。そんなわけで残念ながらシャッターチャンスを逸してしまった。バスの中でとも思ったが、今度は意外に込んでいてそれっきりとなってしまった。
バスに乗る際に、そのハワイアンがアロハのシグナルをしたのが最後となってしまった。
そして、ついに帰路。今度は山と山の谷間を走るカメハメハハイウェーで帰る。
ワイアルア、ワヒアワ。ここには有名なドールの大農場園がある。
そして、ワイピオと来て、とうとうパールハーバーの一帯に来る。あとは目と鼻の先。フリーウェーのH1に乗り、アッと言う間にホノルルに到着。
いやはや、目的はマツモトのシェーブアイスだけだったのだが、やはり
「旅は道連れ、世は情け」
というのはいずこの世界でも真実であるということを考えさせられた良い旅であった。せいぜいバス代は4ドル、昼食代が12ドル、マツモトシェーブアイスが3ドル程度でこれだけの体験が出来たのだから、すばらしいボーナスをもらったようなものだ。
何ごとも面倒くさがってはいけない。「打てされば開かれん」ということだろう。
ということで、ここにもボーナスとしていくつか写真を紹介しておくことにしよう。
帰路を目指してその子に帰りのバスストップはどこかと聞くと、ちょうど店の道路を超えた目の前のベンチだという。
そこで、1人でずっと待っていると、大きな身体をしたハワイアンがやってきて、隣に座った。その彼は茶色をしたシェーブアイスを食っていた。その人はシェーブアイスを食べる度に
「オー、ノー。オーーー」
と大声をあげる。そして暫くすると
「アイム バック」
と言った。これを繰り返しながら食べていた。おい大丈夫かと思って見ているとどうやら、あまりの冷たさが脳天に来て、オーとうなっていたわけだ。そこで、
「それは何のシェーブアイスか?」
と私が物欲しげに聞くと、
「これはな、ブラウンベリーのシェーブアイスさ。食ってみるか?」
とその彼は答えた。さすがに身も知らずの人の食ってるものを食うわけにもいかず、ノーサンキューだったが、実にうまそうな代物だった。今度食う時はこれも食うかと思っていると、
「お前はジャパニーズか?」
と今度は向こうが聞いて来た。「そうだ」と答えると、彼は横綱曙とは一家ぐるみの友だちだという。曙とその家族の話、日本へ渡ったハワイアン力士の話などをしながら彼と2人でバスを待った。
そして打ち解けて来たので、この辺で写真を1枚とらせてもらおうか、とカメラを出した取ろうとした瞬間にバスが到着。そんなわけで残念ながらシャッターチャンスを逸してしまった。バスの中でとも思ったが、今度は意外に込んでいてそれっきりとなってしまった。
バスに乗る際に、そのハワイアンがアロハのシグナルをしたのが最後となってしまった。
そして、ついに帰路。今度は山と山の谷間を走るカメハメハハイウェーで帰る。
ワイアルア、ワヒアワ。ここには有名なドールの大農場園がある。
そして、ワイピオと来て、とうとうパールハーバーの一帯に来る。あとは目と鼻の先。フリーウェーのH1に乗り、アッと言う間にホノルルに到着。
いやはや、目的はマツモトのシェーブアイスだけだったのだが、やはり
「旅は道連れ、世は情け」
というのはいずこの世界でも真実であるということを考えさせられた良い旅であった。せいぜいバス代は4ドル、昼食代が12ドル、マツモトシェーブアイスが3ドル程度でこれだけの体験が出来たのだから、すばらしいボーナスをもらったようなものだ。
何ごとも面倒くさがってはいけない。「打てされば開かれん」ということだろう。
ということで、ここにもボーナスとしていくつか写真を紹介しておくことにしよう。
2008/07/06のBlog
[ 11:12 ]
[ ハワイ ]
アラモアナホテルの真正面にセントラルYMCAホノルルがある。
ここは、幼児のための託児所や小学生のための遠足やレクリエーション、スイミングクラブなどがある。大人には、アスレチックジムや25mスイミングプールがある。体育館や道場もあって、そこではバスケットボールや柔道や合気道なども教えられている。エアロビクスやヨガのクラスもあった。
外から眺めると、この狭い空間にこれほどのスポーツ施設がどうやって納まっているのか不思議に思うが、それぞれ日本の感覚からすればかなり広いから驚く。
その上、宿泊施設もある。
この施設は、お向かいにあるアラモアナホテルなどと違い、特に事前に予約する必要はない。直接出向いて、部屋が空いていれば即日で泊まることができる。部屋は一応個室だが、もちろんバス、トイレ共同である。身も知らずの人々と裸のつき合いをすることになる。部屋の中にはテレビもラジオも何もない。だから、ホテルというよりは、むしろ寮という感じである。日本の刑務所の方が居心地が良いかも知れない。当然、男女は別々の階に宿泊する。
今回、私は18年振りでここに泊まった。ここは、私にとって思い出の場所だからである。
1990年春、私はユタ大でPhDの最終ディフェンスを無事終え、ほぼPhD取得が決まった。それでちょうどきりが良いので、その2年前にユタのソルトレークで出会った女性にプロポーズするために、今は亡き親友の吉田美穂子さんに1000ドル借りてホノルルまで行くことにしたのだった。高額ホテルに泊まる余裕はなかったので、ホテル街のまっただ中にあり、予約もいらないYMCAに泊まった。当時1泊25ドル。
そこを拠点にホノルルに住む姉のところに遊びに来ている彼女と再会し、プロポーズしたのである。それが現在の奥さんである。当時、フロントには日系人のおじいさんがいて、彼女が尋ねてくる度に、私に親切に知らせてくれたものだった。現在もスタッフの大半は日系人である。親切なところは少しも昔と変わらない。現在では1泊40ドル。
YMCAはアラモアナショッピングセンターとすぐ隣接しているためにショッピングもまったく問題ない。アラモアナビーチは目の前だから海岸へも非常に近く大変便利である。交通の便は市バスの拠点がアラモアナショッピングセンターのためこれまたオアフどこへもバスで行ける。4日間フリーパスは20ドルなのでこれを買えば、何回でもバスを乗り降りできる。
YMCAは、朝4時半から夜10時まで開いている。それは、仕事へ行く前にここのジムで一汗かいてから勤務しようとする人々や、あるいは、仕事が終わってから一汗かいて帰ろうという人々がいるからである。だから、YMCAの朝は非常に早い。さらには、日中に子供をスイミングスクールに連れて来たり、託児所に預けたりして日中を過ごす若い親たちがいる。こういうさまざまなアクティビティーを通じて会員を募ってYMCAの維持費にしているらしい。
日本ではあまり一般には知られていないが(もちろん、欧米に住んだことのある日本人なら多少は知っている人はいるようだが)、俗にいう「白人」という人種は非常に朝が早い。早起きなのである。どんなに昨晩遊び歩いて寝る時間が遅くなろうが、早朝にはちゃんと元気に起き上がる。こういう遺伝的性質を持っている
ここは、幼児のための託児所や小学生のための遠足やレクリエーション、スイミングクラブなどがある。大人には、アスレチックジムや25mスイミングプールがある。体育館や道場もあって、そこではバスケットボールや柔道や合気道なども教えられている。エアロビクスやヨガのクラスもあった。
外から眺めると、この狭い空間にこれほどのスポーツ施設がどうやって納まっているのか不思議に思うが、それぞれ日本の感覚からすればかなり広いから驚く。
その上、宿泊施設もある。
この施設は、お向かいにあるアラモアナホテルなどと違い、特に事前に予約する必要はない。直接出向いて、部屋が空いていれば即日で泊まることができる。部屋は一応個室だが、もちろんバス、トイレ共同である。身も知らずの人々と裸のつき合いをすることになる。部屋の中にはテレビもラジオも何もない。だから、ホテルというよりは、むしろ寮という感じである。日本の刑務所の方が居心地が良いかも知れない。当然、男女は別々の階に宿泊する。
今回、私は18年振りでここに泊まった。ここは、私にとって思い出の場所だからである。
1990年春、私はユタ大でPhDの最終ディフェンスを無事終え、ほぼPhD取得が決まった。それでちょうどきりが良いので、その2年前にユタのソルトレークで出会った女性にプロポーズするために、今は亡き親友の吉田美穂子さんに1000ドル借りてホノルルまで行くことにしたのだった。高額ホテルに泊まる余裕はなかったので、ホテル街のまっただ中にあり、予約もいらないYMCAに泊まった。当時1泊25ドル。
そこを拠点にホノルルに住む姉のところに遊びに来ている彼女と再会し、プロポーズしたのである。それが現在の奥さんである。当時、フロントには日系人のおじいさんがいて、彼女が尋ねてくる度に、私に親切に知らせてくれたものだった。現在もスタッフの大半は日系人である。親切なところは少しも昔と変わらない。現在では1泊40ドル。
YMCAはアラモアナショッピングセンターとすぐ隣接しているためにショッピングもまったく問題ない。アラモアナビーチは目の前だから海岸へも非常に近く大変便利である。交通の便は市バスの拠点がアラモアナショッピングセンターのためこれまたオアフどこへもバスで行ける。4日間フリーパスは20ドルなのでこれを買えば、何回でもバスを乗り降りできる。
YMCAは、朝4時半から夜10時まで開いている。それは、仕事へ行く前にここのジムで一汗かいてから勤務しようとする人々や、あるいは、仕事が終わってから一汗かいて帰ろうという人々がいるからである。だから、YMCAの朝は非常に早い。さらには、日中に子供をスイミングスクールに連れて来たり、託児所に預けたりして日中を過ごす若い親たちがいる。こういうさまざまなアクティビティーを通じて会員を募ってYMCAの維持費にしているらしい。
日本ではあまり一般には知られていないが(もちろん、欧米に住んだことのある日本人なら多少は知っている人はいるようだが)、俗にいう「白人」という人種は非常に朝が早い。早起きなのである。どんなに昨晩遊び歩いて寝る時間が遅くなろうが、早朝にはちゃんと元気に起き上がる。こういう遺伝的性質を持っている