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2008/10/12のBlog
ノーベル賞の話題ついでに俗にアカデミックな世界で「41番目の席」という言葉があるが、今年のノーベル物理学賞と化学賞にはこの席についてしまった人々が何人かいて、海外では非常に大きな問題となっているようだ。

「41番目の席」とは、重要な式典のパーティーの席が40席しかなく、それにもれてしまった人は41番目の席につく、すなわちパーティーには招かれない、というような意味である。

このことを比喩に使って、本来ノーベル賞をもらえるほどの実績や資格があるにもかかわらず賞を逃してしまった人を指して「41番目の席」に座ったというのである。それもノーベル賞には「1年で3人までの受賞、1分野で3人まで」と人数制限がついているからである。したがって、4人目の人物は「41番目の席」に座らざるを得ない。これがしばしば不平不満や不公正と将来に禍根を残す結果となる。

かつて朝永振一郎博士がノーベル物理学賞をもらった時、同時受賞者はアメリカのジュリアン・シュウィンガー博士と有名なリチャード・ファインマン博士であった。しかし、これら3人の研究を総合し集大成として「量子電磁力学」という形にまとめたのはイギリス人のフリーマン・ダイソン博士であった。ダイソン博士なくしては朝永の仕事もなかった(戦後まもなかったために西洋に知られることもなかった)が、控えめでフェアなダイソン博士の性格のおかげで朝永博士に優先権が与えられ、結局朝永、シュウィンガーそしてファインマンの3人の同時受賞となったわけである。したがって、ダイソン博士は「41番目の席」に座ってしまったのである。

ノーベル賞では時としてこういうことが起こる。今回のノーベル物理学賞でもこういうことが起こったようだ。

さて今回のノーベル物理学賞は、南部陽一郎博士と小林・益川両博士がそれぞれ異なるテーマで同時受賞した。つまり、通常の2回分のノーベル賞を一度に出したのである。ここに問題が生じたのである。

南部博士は「素粒子の質量の起源」に関しての「自発的対称性の破れ」で受賞した。このテーマでは、南部博士の同僚であったイタリア人のヨナ-ラシニアオ(G. Jona-Lasiniao)博士がいる。

一方、小林・益川博士は「CP対称性」に関する「自発的対称性の破れ」で受賞した。このテーマでは、またもやイタリア人にカビボ(N. Cabibbo)博士がいる。

今回、この2つのテーマが同時となってしまったために、これら2人のイタリア人が「41番目の席」につかされてしまったのである。ノーベル賞2個分をいっぺんに損したのである。しかも、ダイソン博士の場合のように、そのテーマで4人目であったわけでもない。これでは、イタリア人が怒るのも無理はない。もし同じことが日本人に対して行われたとすれば、我々はどう思うだろうか? もっとも我々はすでに何度もそういう経験をしてきたのだが。

さて、もう一方のノーベル化学賞も同じようなことが起こったようだ。しかしこっちの場合にはもっとダイソン博士のケースに近いが、さらに”悲劇的”であった。(例えば、「Douglas Prasher博士のケース、ノーベル化学賞の裏側で、日本の科学」参照)

実は、すでに7年前の2001年に一度下村博士の研究特集がアメリカのフォーブスによって行われ、ノーベル賞の期待が高まった時期があったようだ。この時の特集を最近偶然見つけたのでここに紹介しておこう。

Biotech's Glowing Breakthrough

というものだ。

ちょっと中身を読んだところ、この記事は非常にフェアに書かれている。それを要約すればこうなる。

40年前に下村博士がGFP(=緑色蛍光蛋白質)を発見、そしてアメリカの海洋生物研究所で研究した。そこにいた若い研究者のプラシャー(Douglas Prasher)博士が目をつけ、この蛋白質の遺伝子配列を決定した。しかし、この若き優秀なプラシャー博士はこの研究がまだ世に知られる前でその価値も分からない時期だったために職無しの危機に瀕した。そこでこの物質に目を付けていたチャルフィー博士に遺伝子配列を教えたのである。チャルフィー博士は最初に現実の蛋白質や生物細胞にこの遺伝子を導入して緑色に光るタンパク質や生物を作ることに成功した。さまざまな色へ拡張することにティエン博士が成功。そしてその後は莫大な応用研究が行われ、今や常識的な手法となっていった。

まあ、ざっとこんな歴史的ストーリーがあるようだ。

こういう場合にだれにノーベル賞をやるべきか?

非常に悲劇的なのは、自分の貢献のために世の中がフィーバーしたにもかかわらずそのタイムラグ(時間的ずれ)のために研究職に就けなかった(つまり時代が早すぎた)プラシャー博士である。現在は、バスの運転手をして生計を立てているらしい。

結局、ノーベル賞は、ずっと研究者で居続けられた、下村博士、チャルフィー博士とティエン博士がこの記事の7年後にノーベル賞を受賞したというわけである(2008年度ノーベル化学賞は、下村脩博士らに)。

果たして皆さんはこういう歴史を見てどう思うだろうか?

自問自答してみるがいいだろうヨ。
三浦元社長、拘置施設で首つり自殺…移送先のロスで
ロス移送の三浦元社長「自由を得るため闘い続ける」

いやはや、もはやアメリカには20年前の「自由の国アメリカ」は存在しないのだろうか。

この2つの相矛盾する記事の内容からすると、ロス市警によって「自殺に見せ掛けて」殺されたのだろう。カリフォルニアの白人というのも恐ろしい種族であるということだ。ロサンジェルスにいる日本人も気を付けないと同じような目に会うかも知れない。

どうしてこの時期に三浦氏に執着するのか良く分からないところがあったが、この人物に生きていられると困る何かをロス市警は握られていたのだろう。それが何であったかはもはや分からなくなってしまったわけだ。

犯人の不自然な死で事件をうやむやに終わらせるというのも実に白人的で面白い。

ついでに書けば、死刑執行する相手の頭に何やら三角頭巾やら象徴的な帽子を被せたがるのもルシファー信仰の白人至上主義者の典型的手口であると言われている。これはイラク人捕虜やアフガン人捕虜への虐待行為でも良く知られていることである(キューバの米軍基地グアンタナモから5年)。三浦氏の頭にあった変な文字の入った帽子が、「これからこいつを死刑執行する」というメッセージであったわけである。三浦被告の後ろにいたつるっぱげのおっちゃんは見るからに悪そうな刑事である。確かマイケルジャクソンとか、OJシンプソンとか、”黒人狩り”をしているのがこのオヤジだったと思うが。

外務省がこの事件を日本人への迫害事件として調査する必要があるはずだが、おそらく根性のない日本の外務省はアメリカの言うなりで終わるのだろう。


一方、欧米人は、皇居のお堀で裸で泳いでも(「皇居のお濠で「大捕物」、外国人男性が裸で泳ぐ」)、電車にスプレーで落書きしても(「地下鉄車両にスプレーで落書き、ハンガリー人容疑者ら逮捕」)、何しても許されるらしい。もっとも日本人女性をレイプしても、殺人しても許されるわけだから言うまでもないが。

”外国人は日本で何しても許される”

ということのようですナ。完全に日本人をなめているのだろうヨ。

いずれにせよ、あとは超能力者のマクモニーグルにでも調査依頼しないと分からないのかも知れない。
2008/10/11のBlog
ここ最近は日本人がイグ・ノーベル賞を取ったり、4人もノーベル賞を取ったという話題満載で、いろんな話題に尽きない。

それゆえここにメモしておきたいことも多すぎるが、今回は今年のイグ・ノーベル賞に関してここに紹介しておこう。実はイグ・ノーベル賞にもまた非常に”奇妙な”ことが見隠れするからである。

一般に「真の大きな陰謀を隠すためには偽の小粒な陰謀を売って出る」というのが、情報操作の鉄則の1つと考えられている。普通の人には大きな陰謀(やウソ)には正しく反応できないが、小さな陰謀(やウソ)にはそれなりに反応(見破ることが)できるからである。

アドルフ・ヒットラーは「大衆には大ウソほどもっともらしく聞こえ、小ウソほどウソらしく聞こえる」というようなことを言って大衆操作にたけていたと言われているように、我々”人”という種は、自分のちっぽけな頭脳の枠を大きくはみ出るような事実は感知できず、事実でもそれを受け付けない。逆に自分の頭脳の範囲で許容できる事実にはそれなりに受け付けることができるように出来ているらしい。

そこで、ある真実が暴かれそうになる時、暴かれる前にその真実を大衆の目から遠ざけるため、別の場所に誘導したり、その真実をウソであるかのように欺くために別の真実をあてがって笑い者にしたりする。これがいわゆる「大衆操作」の鉄則なのである。日本のマスコミでこの技術の達人が、デーブ・スペクターである。彼は、日本の芸能界にいつの間にか入り込んで来て、日本人の目をハリウッドに向けるようにし続けて来ているからである。

さて、話を元に戻して、今回のイグ・ノーベル賞に移すと、実は今回のイグ・ノーベル賞の受賞者には、まさに上で述べたような問題があるように見えるのである。

イグ・ノーベル賞の全受賞者を掲載している新聞は今回どういうわけかほとんどなかった。例年は全部を掲載するものがほとんどだったので不思議な感じがする。私が見た中では唯一のものがCNNであった。

「コカ・コーラの避妊効果」研究にイグ・ノーベル化学賞

この記事もすぐに消えるだろうので、全受賞者をここに紹介させてもらおう。

今年の受賞一覧は以下の通り。

○栄養学賞:「同じ食べ物でも、名前の聞こえが良い方がおいしく感じる」ことを示したイタリア・トレント大学のマッシミリアーノ・ザンピーニ氏と英オックスフォード大学のチャールズ・スペンス氏に授与。

○平和賞:「植物にも人間と同様に尊厳がある」ことを法的に定めた、スイスの人間以外の生物工学に関する連邦倫理委員会とスイス国民に授与。

○考古学賞:考古学の発掘現場付近に生息するアルマジロが、発掘品をより深く埋めたり持ち去ったりすることで、発掘現場がメチャクチャになるだけではなく、歴史が変わってしまう可能性があることを示した、ブラジル・サンパウロ大学のアストルフォ・ゴメス・デ・メロ・アラウージョ氏とジョゼ・カルロス・マルセリーノ氏に授与。

○生物学賞:「イヌに寄生するノミは、ネコに寄生する個体よりも、より高く飛ぶことができる」ことを発見した、フランス国立トゥールーズ獣医大学のマリークリスティーヌ・カディエルジュ、クリステル・ジョベール、ミシェル・フランの3氏に授与。

○医学賞:「高価な偽薬(プラセボ)は安価な偽薬よりも効果が高い」ことを確認した米デューク大学のダン・アリエリー行動経済学教授に授与。

○認知科学賞:脳を持たない単細胞生物の真正粘菌が、迷路の最短経路を見つけることを発見した、中垣俊之・北海道大准教授、小林亮・広島大教授、石黒章夫・東北大教授、ハンガリー・セゲド大学のアゴタ・トス氏ら6人に授与。

○経済学賞:プロのストリッパーの排卵周期が、チップ収入に影響を与えることを発見した米ニューメキシコ大学のジェフリー・ミラー、ジョシュア・タイバー、ブレント・ジョーダンの3氏に授与。3氏らによると、ストリッパーが最も稼ぐのは、生殖能力が最も高い時期であるという。

○物理学賞:大量の糸や髪の毛は、外部要因がなくとも必ず絡まることを数学的に証明した、スクリップス海洋研究所のドリアン・ライマー氏と、米カリフォルニア大学サンディエゴ校のダグラス・スミス氏に授与。

○化学賞:「コカ・コーラの避妊効果」についての研究で、ボストン大学医学部のデボラ・アンダーソン教授、ならびに台湾の台北医科大学の研究グループに授与。アンダーソン教授らの研究は「避妊効果がある」で、台北医科大学の研究は「効果がない」と、全く正反対の結果となっている。

○文学賞:「バカ野郎:物語的手法を用いた、組織内で経験した憤慨についての分析」研究で、英カス・ビジネス・スクールのデイビッド・シムズ氏に授与。

「イグ・ノーベル賞」は、「笑えるとしか言いようがなく、しかも記憶に残り、人々を考えさせる業績」に贈られるという賞であると考えられているが、デービッド・アイクやジョン・コールマン博士のいう「イルミナティー」の”総本山”であるハーバード大学で始まったものである。

今回の受賞研究もその大半はたわい無いものである。多くは「笑えるとしか言いようがなく、しかも記憶に残り、人々を考えさせる業績」であるから問題ない。

しかし、ここで特に面白いのは、「イグ・ノーベル化学賞」の「コカ・コーラの避妊効果」についての研究である。

これに対して、記事にあるように正反対の結論を出した2つのグループが受賞している。これにより、「コカ・コーラの避妊効果」という実に重大な研究テーマに対して(これがいかに重大で深刻であるかは世界中でどれだけ子供達や人々によって飲まれているか考えれば明白である)、「イグ・ノーベル賞」を両者に与えて「笑い飛ばしてしまった」のである。

これでこの研究テーマは”一種の冗談”と見なされて真面目な研究テーマではない、とハーバード大学が”認定”したということになる。

ところが、しばらく前に私が
”ラミパス、ラミパス、アスパルテーム”
(「「馬鹿は死ななきゃ直らない」?」)
などでここで紹介したように、「コカ・コーラ」やスポーツ飲料水やサプリメントやガムやアメやクッキーなど多くに使われている人工甘味料の主成分はアスパルテームなのである。

記事には

『米ボストン大学医学部のデボラ・アンダーソン教授が1985年に、米医学誌の権威ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに発表したもの。コカ・コーラの中でも、特にダイエット・コークの避妊効果が最も高かったという。

同様の研究は台湾の研究グループも行っており、同時受賞となった。しかし、台湾のグループは、コカ・コーラならびに他のソフトドリンクには「避妊効果がない」ことを確認している。

一方、清涼飲料水大手コカ・コーラは、イグ・ノーベル化学賞についての問い合わせに、回答を拒否している。 』

とあるが、特に「ダイエット・コーク」の甘味料の主成分がアスパルテームなのである(ビンの表示を読めば分かるヨ。)

だから、当然、「ダイエット・コーク」の方が普通のコカ・コーラより避妊率が高くなる。

アスパルテーム」に

『動物実験
----------------
ただし、マウス実験で、動物に影響がないとされているレベルの1/1000の量でマウスの精子に障碍を起こしたという実験結果もある。

ヒトでも恐らく、アスパルテームの摂り過ぎは精子数に影響があると見られる。』

と書かれているように、このアスパルテームの取り過ぎは、女性の場合には妊婦で何らかの障害を引き起し、男性の場合には精子の数を減らす。要するに、人類の「生殖作用に作用する」という可能性が高い物質の1つなのである。

この記事の研究と一致する結果をデボラ・アンダーソン教授が確認したに過ぎない。すなわち、

”アスパルテームは生殖作用を阻害する。”

ということである。

したがって、コカ・コーラ(ダイエット・コーク)愛用者とそうでないものの成人男女を10万人ほど別々に取って来て、無精子症や不妊症の患者の確率を調べればすぐに確定できるはずであろう。

まあ、しかしコカ・コーラ社やラムズフェルドのアスパルテーム会社はそういうことをして欲しくはない。

適当に冗談っぽく笑い飛ばして欲しいわけだ。

それにイグ・ノーベル賞も手を貸した、ということなのだナ。いろんな「笑える研究」といっしょにそういった類いのお話として笑い飛ばしたというわけですナ。

実に見事な情報操作である。
2008/10/10のBlog
さて話題は国内の研究者の話に戻る。

今回のノーベル賞のように、国籍が日本であろうがなかろうが、日本人がノーベル賞を取ると、国民はこれまた間違った印象を受ける。言い換えると、「日本人の研究者によって間違った印象をかもし出されることになる。」

要するにこれはこういうことである。これをここでメモしておこう。

日本人の研究者の中にも大きく分けて2種類ある、ということである。このことは、ほとんど日本人には理解されていないだろう。

この種類というのは、普通の日本人の中にも存在する、いわゆる「お公家さん」と「サムライ」の違いである。

ノーベル賞を取るような日本人の研究者は、どちらかと言えば「サムライ型」である。あまり秀才的ではなく、故柘植俊一博士が言った「反秀才型」に近い。

ところが、日本国内(海外組でない)の研究者の大半は残念ながら「お公家さん型」である。

だから、この言葉から彷佛されるように、彼ら「お公家さん型」研究者にとっては研究テーマや研究内容よりむしろ研究生活や地位や名誉の方が先に立つ。それゆえ、教授になれば月給100万円もらえるとか、助教授、助手(助教)や秘書がもらえる。研究室が手に入る。こういったことが魅力となる。

また自分の地位や名誉のためにやっているわけだから、それは手っ取り早く得られるに越したことはない。だから、いつも誰より先に海外で流行り始めた研究を見つけ、誰より先に日本に紹介して「日本の第一人者」になることを目指す。

「お公家さん型」研究者とはこういう人々のことである。(「現代の「お公家さん」とは?」、「柳田vs生駒2」、「安倍退陣:”お公家さん”政治の断末魔?」)

しかしこういう研究者ばかりを馬鹿には出来ない。

ラップミュージシャンにしろ、ブレイクダンサーにしろ、日本の第一人者を気取っている連中はまったく同じような連中だからである。国内の誰より先に日本に導入すればそれで儲かるわけだから、誰より先に海外から新情報を得てそれを国内に導入しただけで地位や名誉やお金が得られるからだ。ラップにせよ、ブレイクダンスにせよ、ブルースにせよ、アメリカの黒人が発明したものである。しかし、それを日本に導入して「日本のビヨンセ」、「和製マイケル・ジャクソン」となれば日本で食っていけるわけだ。

科学の世界にもこういう人々が今も日本には存在するのである。

ついでに書けば、「化学賞の下村さん、江崎さんと野依さんと電話座談会」の中で、江崎玲於奈博士が

「仮定の質問ですが、日本にいたらGFPの発見はできたでしょうか。」

と尋ねると、下村博士が

「日本、名古屋にいたら、はっきり言ってイクオリンの研究は成功しなかったと思います。米国には自由さがありました。」

というように答えているが、ここにある「日本の不自由さ」というものが、どこから出てくるのかというと、これこそ今ここで問題にしている日本の大学の大半が「お公家さん型」研究者であるということのために出てくるのである。要するに、「お公家さん型」研究者が権力や政治力や人事を握るために、「サムライ型」研究者の評価が低くなり、住むべき場所がなくなってしまうからである。「流行を追うのが王道であり、独自の道を進むものは邪道だ」というふうに過って見なされてしまうのだ。

ところが、科学者の世界においては欧米は比較的自由でオープンマインドであるために、偏屈な研究者であろうが、一風変わった研究者であろうが、やるべきことをやっていればそこそこに暮らしていけるという自由がある(あったと言うべきかも知れないが)のである。

それゆえ、日本では問題が生じるのである。

それは何かというと、日本人ノーベル賞学者が出ると、マスコミがこぞってそういう偉大な日本人学者たちに「日本の若者たちに何かメッセージを」というようなことをいう。そしてノーベル賞学者たちが「もっと日本の基礎科学に理解を」とか「もっと基礎科学に援助が必要」というような意見を述べる。

確かに次のノーベル賞学者を生み出すためには基礎科学への援助が必要なのだが、実際には次にノーベル賞を取るような「サムライ的科学者」は非常に少なく、むしろ大半は「お公家さん的科学者」たちである。だから、本来はもっと減って欲しい、絶滅すべき「お公家さん的科学者」たちが社会に居座り、温存され、生き延びてしまいかねないという問題が生じるのである。

国内の科学分野に投資すればするほど、逆に「お公家さん的科学者」たちが増殖してのさばってしまうのだ。小林・益川が日本物理学会に助成を叫べば叫ぶほど、実は日本物理学会に住んでいる官僚的な「お公家さん的物理学者」たちがのさばる、ということになる。

まあ、こういう事情が「日本の特殊事情」として存在する。

小林・益川や下村や南部のような科学者たちを援助するならいい。またそういう本当の科学者になろうとする若者を援助できるのであればすばらしい。

がしかし、日本の事情ではそうならず、国内の科学分野に援助すれば、研究などろくにせず、その援助金でパソコンを買い、一日中「2ちゃんねる」や自分の作った掲示板やブログなどに書き込んで遊んでいるというような科学者たちをも温存することになってしまうということなのである。

ここが日本の科学界の知られざる「もどかしい」ところなのである。

科学を援助する側はこういうところに目を向けなくてはならないのだ。
ノーベル賞に沸くが…日本の大学、トップ10入りなし

この記事のように(これは典型的なものだが)、日本のマスコミにいる”インテリ”でもあまり日本(や欧米)の大学の内状まで良く通じているものはいない。これが日本社会を間違った方向へといつも導くのである。

大学の「世界ランキング」で日本の大学が比較的下位に来るのにはいくつかの理由がる。

まず、「世界ランキング」といっても、大学の職員(つまり研究者やその実績)を評価するものと大学の施設や環境や学生の質を評価するものがある。これを忘れてはならない。これらを分かりやすく区別するために、仮にここでは、前者を「大学研究世界ランキング」、後者を「大学環境世界ランキング」とでも呼んでおくことにしよう。

今回の記事のイギリスのランキングは、前者の「大学研究世界ランキング」に相当するものだろう。それに対して、アメリカから出されるものは後者の「大学環境世界ランキング」である。

「大学環境世界ランキング」の場合、大学内の物理的な生活環境や研究環境や学習環境が考慮されるために、100年近く前の日本の生活水準と相対的にリッチに作られた日本の大学の多くは、現在の生活環境レベルで見ると、空間的に手狭であるためにかなりランキングが下がる。アメリカの大学のように、広大な敷地と施設を持ち、まるで公園の中に大学の学部群が設置されているというような大学のランキングが上位に入る。そのため、東大でも上位100に入ればいい方だという結果になる。

一方、「大学研究世界ランキング」の場合、今度はこういう大学生活環境面はあまり重要ではなくなり、どれだけ世界にインパクトを与えたか、どれだけ世界に影響を与えたかの研究開発や研究公表の数などが考慮されるわけである。こうなると、日本の大学の手狭で劣悪な環境であっても、そこで孤軍奮闘したり、頑張っている研究者の貢献というものが考慮されて、かなりランキングがあがる。東大の場合、トップ10のオリンピック決勝は無理でもオリンピックの準決勝レベルには残ることになる。

今回の公表では、
東京(19)、京都(25)、大阪(44)、
東京工業(61)、東北(112)、名古屋(120)、
九州(158)、北海道(174)、早稲田(180)、
神戸(199)
ということだが、これが好い結果かどうか判断するのは個人の主観が入るだろう。私個人の見方では、日本の大学は結構”頑張っている”と思うが、まだまだイギリス人が好意的に見てくれているのではないかという気もする。実際には、もっと低いのではないかと思う。

ところで、英米の大学が上位に入るのはこれまたかなり”作為的”で当然と言える。なぜなら、こういったランキング会社が考慮するのは公表された研究雑誌のインパクトファクターというものである。(Google Scholarと研究者の”被引用数”

中でも特にインパクトファクターが高い雑誌は、イギリスのネイチャーやアメリカのサイエンスである。この科学の世界では、こういった雑誌に自分の研究論文が掲載されることは非常に名誉のこととされ、それによって教授職が取れるとさえ言われている。

しかしながら、ネイチャーはイギリスの雑誌であるために、基本的にはイギリス(やアメリカ人)の研究者の論文は「電話1本」で掲載されるという場合もある。要するに、イギリス人の”適当な論文”でも載ることがあるが、それ以外の国々の”非常に優れた論文”でも掲載拒否される場合もあるのである。ましてイギリスのネイチャーは「研究者の所属に非常にこだわる」雑誌として有名で、「これまで一度も所属のない研究者の論文を掲載したことがない」ということを自負しているという話である。

同様に、アメリカのサイエンスはアメリカの雑誌であり、同じようなことがアメリカ人に行われている。ここに日本発の欧文誌の必要性がある。(林・益川両氏も論文発表、伝統の学術誌が赤字で廃刊危機

そんなわけで、日本人の研究者が自分の名誉のためとネイチャーやサイエンスに投稿すると、研究内容が欧米に筒抜けになるが、結局論文公表には至らず、逆に”似たような論文”が英米人の手によって出されて苦い思いをするという場合も多々あるわけである。

まあ、こんな事情があるわけだから、英米人の研究者が有利となるのは当たり前である。さらには、アメリカのハーバード大やイェール大、イギリスのケンブリッジ大などの研究者が有利なのは、日本の研究者世界で東大や京大の研究者が社会的に有利となっているのとまったく同じような事情にあるからなのである。

かつて私は1つ論文をネイチャーに送ったことがあったが、所属無しということで即座に送り返されて来た。かたや、ネットワーク理論の創始者とされるアルバート・バラバシは、ネイチャーに送った論文で優先権を得るために、即座に掲載してもらうための”裏技”を使ったと自分の本「新ネットワーク思考」に書いている。要するに、ネイチャーのお偉方に電話で「重要だから出してくれ」と直談判したのだ!しかし一度出れば、そのインパクトは大きい。この論文はすでに何千もの引用をされる論文となったのである。

科学者の世界と言えども、人間のやる世界である。政治力学、人間関係、人間心理など、それがフェアであろうがなかろうが、あらゆる手を使う。これが欧米人というものである。サッカーと同じことである。

こういうところを理解しないと、本質を誤るのである。
2008/10/09のBlog
ところで、「日本物理学会」を見ても未だにノーベル物理学賞受賞のニュースが入っていない。

これと比べるとアメリカは早い。シカゴ大学のホームページでも最初から南部博士の写真入りである。

私が、日本物理学会ほど「官僚的な組織はない」というのがこういう意味なのである。(「”提案”vs”提言”」)

とにかく何ごとに対しても「対応が遅い」のである。英語でいうところの「責任」とは「応答の仕方」のことであるから、応答の出来不出来は責任のあるなしとほぼ等価なのである。

もっとも、いずれ完璧なものを掲載しようと考えて、対応が遅れているのかも知れないが、いきなり完全なものをという精神だとすべてに後手に回る。最初は不完全でも速報して、次第により完全なものに目指せばいいわけである。

いずれにせよ、私は物理学会員ではないから、どうでもいいことなのだが。(この記事を書いてから、しばらくして日本物理学会のホームページにもノーベル賞記事が出たようだネ。)
2008/10/08のBlog
The Nobel Prize in Chemistry 2008

今年のノーベル化学賞は、「緑色発光蛋白質の発見と発展に対して」、アメリカ人の3人、下村脩博士(80)、マーチン・チャルフィー博士(61)、ロバート・Y・ティエン博士(56)の3人に送られた。

マーチン・チャルフィー博士(61)


ロバート・Y・ティエン博士(56)
ノーベル物理学賞3人受賞の知らせから一夜明けて、朝からずっとテレビバラエティーでどう取り上げられるか見ていたところ、いやはや、みのもんたの「朝ズバ」から、小倉の「特ダネ」から、「ミヤネ屋」といい、山本の番組といい、まったくの科学音痴でお話にならなかった。

ミヤネ屋に至っては、ノーベル賞とイグノーベル賞を同列に扱う始末だった。昨夜の「ZERO」のとりあげ方もどうしようもなかった。

こういった状況を見ていると、どうやらそろそろこの辺で、「科学解説士」という国が認めた職業を作り、

『「科学解説士」の資格がないと、テレビ番組で科学解説はしてはならない』

という法律を作るべき時なのかも知れない。

これは、ちょうど天気予報における「気象予報士」のようなものである。「気象予報士」という職業は、気象学者とは違って特別な学位が必要ということではない。しかし、気象に関するごく一般的知識を持ったものでないと、天気予報できないというようなものである。なぜなら、「気象予報士」は気象の研究者である必要はないが、正しい知識に基づいて正確に予報できないと災害や遭難など人命に関わるからである。

今回の科学報道のしかたを見ていると、小倉の「お茶を濁す」、女性キャスターやタレントの「おばかな質問」、デーブ・スペクターの「研究者を愚ろうするようなコメント」(今度は宇宙人でも発見してもらいましょうかとスペクターは言った)で時間が過ぎ、まったく解説にもなっていない。にもかかわらず、参加者たちは時給100万円以上もスポンサーからもらうのである。

一方、取材された方のノーベル賞学者は、30年40年と待っても、せいぜい7000万円か3500万円程度の賞金、すなわち1年には8760時間あるから、30年で262800時間。つまり、時給300円程度ということになる。まあ、もちろん教授の場合には他に職場からの月給もあるから結構もらっているのかも知れないが、芸能人と比べれば微々たるものである。最近では、「科学コミュニケーター」という職業も作られつつあるが、まだまだそれで食べていけるほどの職ではない。

そんなわけで、テレビの科学解説は「科学解説士」の資格がないとできないというような制約を付けることができれば、みのもんたや小倉やみやねなどのばか者がノーベル賞解説番組を作って時間を潰してしまうというような状況は避けることができるはずである。番組のスポンサーもこの辺はしっかり考えるべきである。

いずれにせよ、ノーベル賞学者にインタビューするのは良いが、その時そこでノーベル賞学者がマスコミの質問に答えて今話したことと真っ向から反することをその次の瞬間にタレントが披露するという実にお馬鹿な状況が生まれるのでは困る。

もし子供達がこれを見ていれば、ますます科学者よりお馬鹿キャラのタレントの方が「楽していい生活できる」から好い、僕は「馬鹿芸能人を目指す」という結末になってしまうだろう。

大人たちの再考を期待したい。
2008/10/07のBlog
ノーベル賞日本人3氏、うち2人は関西の大学から

2008年度ノーベル物理学賞は、3人の日本人理論物理学者に送られた。

南部陽一郎(シカゴ大学名誉教授)は、「自発的対称性の破れ」で素粒子が質量を持つという理論を生み出した。

益川敏英博士(京都産業大学教授)と小林誠博士は、「CP対称性の破れ」の理論を生み出し、素粒子の「標準理論」を完成させた。


日本人のノーベル物理学賞学者が一気に3人も増える快挙。おめでとうと言いたい。
2008/10/06のBlog
エイズウイルス発見の2博士らにノーベル医学生理学賞

今年のノーベル生理学・医学賞は、「性感染症」のウィルス発見者たちであった。

「人パピローマウィルス」のハラルド・ツアハウゼン博士(72)


「エイズウィルス」発見者のリュック・モンタニエ博士(76)


フランソワーズ・バレシヌシ博士(61)。


まあついでに書いておくと、最近のノーベル賞はどの分野においても「大企業を儲けさせた科学者」が「国際的貢献」とみなされてきているということだ。最近の物理のノーベル賞のLSI(集積回路)にしてもそうだった。科学的には分かりきったことで特に目新しいことはないからだ。

この抗エイズウィルス薬やパピローマウィルスワクチンにしても、犠牲者は一般人であり、科学者の貢献は大企業を儲けさせたにすぎない。もし本当に国際貢献として一般人犠牲を防ぐのであれば、薬より「性教育」の方がより重要である。

また、エイズにしてもパピローマウィルスにしても、その蔓延をもたらしたのは、比較的性的に保守的な文化を持つ国々に対して「フリーセックス神話」をハリウッド映画やエロ雑誌やエロサイトで流行らした欧米社会にある。

つまり、エイズもパピローマ(=イボウィルス)も流行らせたのも欧米の白人(普通の下層階級の白人)、それを発見させたのも欧米の白人(上層部の資本家の白人)、それを発見したのも欧米の白人(教育を受けた科学者の白人)、そして影からこういったことを指揮しているのも白人(イルミナティーや300人委員会の白人)。

要するに、「自分で放火して自分で消火して英雄になる」という、日本でいう「マッチポンプ」である。

私が心配しているのは「ノーベル賞のマッチポンプ化」である。最近はかなりこの傾向が高い。

ノーベル平和賞もこの色が濃い。ヨーロッパ人が世界で紛争を起こさせておいて、その国の活動家に「ノーベル平和賞」を与える。これなどもまさしく「マッチポンプ」であろう。

これと比べれば、「イグノーベル賞」の方がはるかにアカデミックで本来の「ノーベルの精神」に近いようにすら感じられる昨今である。

”脳なし”の細菌集団ですら「迷路問題」を解くことができるという研究などもっともアカデミックで面白い。もちろん大企業が儲かるはずもない。しかし、細菌よりずっと高級な人間はもっとすごいことを目指すべきだという「人間再考」を促す。

この意味では、もはや「ノーベル賞にはノーベルの精神は存在しない」。

そんなことをここ最近のノーベル賞は教えてくれている。

参考:
キンゼイ博士の忘れ物:”子宮頸(けい)がん”
スケールフリーネットワークとエイズ禍
エイズ禍の問題:若者を蝕むエイズ
留学生政策 30万人受け入れへ議論深めよ

正直、こういう無知で無思慮で無遠慮な記事を読むとがく然とする。

「留学生30万人化計画」という政策は確か”おとぼけ首相”で無責任に首相を辞めて未だに国会議員として”居座っている”福田さんか、あるいはその前任者の安倍さんの時に出て来たものだと記憶している。

もしこういう計画が30年前か20年前に出されていたのだったら、おそらくうまくいっただろう。しかし、今現在では100%うまく行くはずがない。

ところが、あえてそれを唱えるところに悪名高いJPモルガンに株を買われて今や広告塔に成り下がってしまって久しい読売や日本テレビの困ったところである。

元文部科学大臣の有馬朗人氏が13年前に「ポスドク1万人化計画」を出して以来、今現在ではアカデミックポスト(大学職や研究職)に就職できない博士でごったがえしているといわれる御時世である。

そんな職場に「30万人」も外国人を入れたら何が起こるか?

想像するだけでも恐ろしいと言えるだろう。

ましてや、20年前の1980年代のような「バブル全盛期」ならいざ知らず、今では「世界同時不況」、これから「大恐慌」へといつ変化しないとも限らない時期である。

ところで、実はこの計画を日本より先走って行った国々がある。それは、JPモルガン発祥の地イギリスである。イギリスがこの分野ではもっとも世界の最先端を走っている。

そのイギリスが今どうなっているか? おそらく、読売の社説の匿名記者は知らなかったのだろう。もし知っているのにこういう記事を出したとすれば、かなり「確信犯」的犯罪者のようなものであろう。

生っ粋のイギリス人のジャーナリストであるデービッド・アイク氏の次の記事が、この問題で何が起こったか、何が真実かを見極める上で一番参考になる。

世界中をまたぎ、流入する大量の移民・・・この戦いの謀略は果たして・・・?

今やイギリスは、右翼と左翼とリベラル派の間で一触即発の危機にあるという。留学生や移民どころの騒ぎではない、不穏な国に様変わりしたというのである。おそらく、これが911の直後にアルカイーダと間違われて射殺されたブラジル人がいたという原因であろう。(父ちゃん、何をやってたの?… 世界がファシスト国家になったら..?

日本をそういう「不穏な国」、「緊張の国」にしたいのなら、どんどん移民や留学生を入れたら良いだろう。

今は1980年代とは違うのだ!

これを忘れてはならない。
鳴門工、PK戦制す 全国高校サッカー徳島大会

昨日10月5日に全国高校サッカー選手権徳島県大会1回戦残りの5試合が
徳島スポーツビレッジと鳴門球技場で行われ、ベスト16