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TTS 旅の思い出
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2008/07/12のBlog
[ 23:16 ] [ 道路・道路交通 ]
滋賀県の県道で見かけました。暇ですね。
[ 23:02 ] [ 道路・道路交通 ]
三河川合駅前で見つけた旧式標識「徐行」。
駅前の道路と旧国道との三叉路に立っています。

近くを走っているときに、某MLでいしぐろさんから教えてもらいました。
http://www1.big.or.jp/~ishiguro/index.htm
浜松市引佐町の山間の県道を走っていると、ふと目に飛び込んできた「行基橋」という標識。
行基と言えば、奈良時代に民衆救済を行ない、日本各地に土木事業、温泉発見、湧水発見といった足跡を残している僧のことであろう。こんな地方にまでも伝承を残していたのか。
獺淵川(おそふちかわ)の支流にかかる10mほどの小さな橋。県道にもなっているように、この地域にとって往古からの道筋であったに違いない。
そういう場所に「行基」という名前が残されていることに、なんらかの因縁を感じる。調べてみると、旧引佐町内には龍潭寺という行基開基の縁起を持つ寺があるようだ。となれば、この地に行基の足跡があることも納得がいく。
2008/07/06のBlog
[ 22:38 ] [ 遺跡・史跡 ]
東京都調布市仙川の旧甲州街道に、明治3年に建てられた新一里塚が残されている。内藤新宿(現在の新宿)を起点として、三里目の一里塚だ。
この一里塚にはもっと貴重な歴史が刻まれている。銘文の一番下に刻まれている「品川縣」という文字である。明治2年の廃藩置県によって設置され、2年半後の明治5年には東京府に統合されてしまった、歴史の狭間に埋もれてしまっている県名である。それでも、こうして石碑に刻まれて衆目に晒されていたことを思うと、ご一新が確実に人々の間に浸透して行った当時の雰囲気を思い浮かべることができる。
講談社のモーニングという雑誌で連載している「宇宙兄弟」(小山宙哉)という漫画がある。宇宙飛行士を目指す主人公たちの人間模様の描き方にリアリティがあり、今一押しの漫画だ。
その中に、展示してある宇宙服に自分の顔を写して、「顔出し看板」よろしく、宇宙飛行士になった気分を味わおうとする場面がある。なかなか印象深い場面なのだが、そんなバカなことをしたのは、南波六太と伊東せりかと伊東せりかの父の3名。

で、遅ればせながら4人目としてやってみたのがこの写真。

しかし、こういう写り込みまできちんと観察してネタにしているあたり、さらに期待が持てるな。>「宇宙兄弟」
人工衛星打ち上げの一連の流れの中でも、「フェアリング分離」というのは最終段階にあたる。
フェアリングとは、衛星を覆っているカバーのことであり、ロケットの先端のとんがった部分である。中身の人工衛星を保護し、空気抵抗を少なくする役割を持つ。これを「分離」するということは、既に人工衛星を切り離す用意が出来たということであり、そうなるとロケットは既に燃焼を終えて人工衛星を宇宙空間まで運ふという使命を終えたことを意味する。
そういうわけで「フェアリング分離に成功」と聞くと、打ち上げももう9分方成功したなという感慨が涌いてくる。

さて、かかみがはら航空宇宙科学博物館を訪れて、「ニクい」演出だと思ったのが、H2ロケットのフェアリングの展示の仕方。これがちょうど割れる形で展示してあり、まさに「フェアリング分離」の場面なのだ。
これはね、航空宇宙ファンにはたまらないですよ。
前日の夜から千葉の外房に行く予定にしていたのだが、目的そのものがなくなってしまったので、予定はキャンセル。日曜日がぽっかり空いてしまった。これはこれでなんか幸せな気分。
2008/07/05のBlog
[ 22:24 ] [ 旅行(スナップ) ]
仕事で、愛知県犬山市にある京都大学霊長類研究所を訪れた。
チンパンジーの学習(勉強)の様子を身近で見学させてもらった後、所長の松沢哲郎先生へのインタビューを収録させてもらった。

インタビューの中身を詳しく書くわけには行かないが、霊長類の研究を積み重ねてきた年月がにじみ出ているような、一人で(スタッフだけで)聞いているにはもったいないと思われるような充実した内容だった。
お土産に絵葉書をいただいたりして、大満足でした。
[ 22:08 ] [ 旅行(スナップ) ]
観音堂と言ってしまうことに違和感を感じるほどに、信仰が身近なところにある。御堂というよりは、村の集会場であり、おばあさんが縁側に腰を下ろして日長一日おしゃべりをしている東屋である。そうした村人たちのごくありふれた生活を、これまたごく自然に観音様が見守っている。それだけのことである。
ちょうど観音堂の前が町営バスの終点になっていて、折り返しのスペースになっている。これも、わざわざ観音堂の前に土地を作ったというよりは、村の共同作業や、もしかしたら盆踊りなどもここで行われているのかもしれない、そうした共同体が持つ広場が昔からごく自然に観音堂の前にあり、たまたま町からバス路線の相談があったときに「それなら観音堂の前の広場がよかろう」ということに落着した。そんな想像をするのになんら苦労はいらない。
まこと慈しむべき風景のように思われる。

地図を見ると、東栄町月として載っているが、引田とも呼ばれているらしい。小字であろうか。そして、観音様は鈴谷観音と呼称するらしい。
御堂の横に建つ石碑群。
手前の大きな石碑には「水路竣工記念」とある。村にとっての一大インフラが整ったことを記念する石碑である。
[ 21:41 ] [ おいしいもの ]
有楽町駅前の交通会館地下にある、長崎チャンポンのお店。
メニューは4、5種類、チャンポンとか皿うどんとか、長崎らしいものが並ぶ。食券(というか丸いプラスチックの札)を先に買う形式。
ぱっと見て、錦糸玉子の黄色が鮮やか。鳥のから揚げが1切れ入っているのも珍しい。
味は正統派の長崎チャンポンで、きちんとアサリが入っている。逆にイカが入っていないが、それは私もイカはあまり好きではないので、むしろありがたかった。
おいしい。幸せ。☆☆☆
2008/06/23のBlog
[ 23:11 ] [ 日常 ]
やばい。今日も3000円ぐらい使ってしまった。週末からあわせて8000円ぐらいは使っている。
Suicaで決済できる本屋が増えているのも、つい買っちゃう理由だな。
地方出版社の本が多いのも、ここんところの傾向。どっか行きたい病かな。
2008/06/22のBlog
Soulja feat.青山テルマの「ココにいるよ」

「言いたいことわかるでしょ?あなたのこと待ってるよ」
「言いたいことわかるんだったら言わなくてもいいだろ」なんて無粋なことを思っちゃいけないわけで、ここまで踏み込んで歌ってるところが受け入れられているんだろうな。
もどかしさと、ちょっとした不安と、それを口にしちゃった勇気と。
初々しいなぁ。
2008/06/21のBlog
東京丸の内に用事があった折、ビルの壁面に「電話交換創始之地」というプレートがはめ込んであるのを見つけた。東京電話交換局の跡地らしいが、注目すべきは顕彰したのが戦前の逓信省であり、紀元二千六百年(皇紀2600年=昭和15年)という年号で記されているということである。
電話交換が始められたのが明治23年とのことで、50周年の記念碑ということがわかる。だがそれだけではなく、おそらく紀元二千六百年の記念事業として顕彰したものであり、当時既に社会生活に欠くべからずものになっていた電話事業を日本近代化の偉業としてとらえる風潮があったのではないだろうか。
東京・丸の内にあり、今は三菱UFJ信託銀行本店ビルとなっている。

所在地:東京都千代田区丸の内1丁目4番5号
[ 08:03 ] [ 日常 ]
組合で理事会制をとっているところの代表者の肩書きって、こうなるのね。代表取締役社長というのは慣れてるけど、他にも「応用」可能っていうのは案外気がつかないもの。
ひさしぶりに記念硬貨を引き換えてみた。
昔はつくば万博記念とか、青函トンネル開通記念とか、内閣制度百年記念とか、いろいろな記念硬貨を集めてたのに、いつの間にか興味がなくなった。実家の机の引き出しの中に今も入っているはずだ。
[ 06:51 ] [ 鉄道 ]
「この地下駅は 次代をめざし 鉄道100年の技術を結集して完成した」
東京駅の総武線地下駅(丸の内)に掲げられている銘である。
蒸気機関車C62の動輪が展示されている「動輪の広場」に、こんな銘板があるとは知らなかった。ここも、喫煙室が設けられてからは遠ざけていたからなぁ。
それにしても、なんと大仰な。1972年という時代の雰囲気なのか、それとも国鉄という組織の独特のものであったか。
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