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2007/05/16のBlog
[ 01:58 ]
[ 廃線跡 ]
今年の3月で廃止になったくりはら田園鉄道の沢辺駅跡を訪ねてみた。
沢辺駅は、金成町の中心部の駅であると同時、くりはら田園鉄道に3つあった途中の交換(すれ違い)可能駅で、その駅業務をこなすために駅員が配置されていた駅である。
沢辺駅は、金成町の中心部の駅であると同時、くりはら田園鉄道に3つあった途中の交換(すれ違い)可能駅で、その駅業務をこなすために駅員が配置されていた駅である。
2007/05/14のBlog
[ 00:20 ]
[ 遺跡・史跡 ]
2007/05/13のBlog
[ 20:49 ]
[ バス車庫 ]
2007/03/21のBlog
[ 19:08 ]
[ おいしいもの ]
会社帰りに知り合いと、茅場町の八島に行きました。
ラーメン屋としても紹介されることが多いですが、締めに頼むラーメンがこれまたおいしい中華料理屋という印象です。ジャンルも「おいしいもの」にしておきました。
中国の一般的な料理「家常豆腐」
ラーメン屋としても紹介されることが多いですが、締めに頼むラーメンがこれまたおいしい中華料理屋という印象です。ジャンルも「おいしいもの」にしておきました。
中国の一般的な料理「家常豆腐」
2007/03/18のBlog
[ 16:42 ]
[ ICカード ]
[ 16:40 ]
[ ICカード ]
[ 16:34 ]
[ ICカード ]
[ 15:37 ]
[ ラーメン ]
[ 15:23 ]
[ おいしいもの ]
[ 15:12 ]
[ ラーメン ]
2007/03/17のBlog
[ 20:56 ]
[ 日常 ]
2007/03/11のBlog
[ 17:18 ]
[ ケータイ ]
会社の携帯がauからDocomoに変わったので、個人の携帯をこれまでvodafoneとDocomoの組み合わせだったのを、softbankとauの組み合わせに変更してみた。
試算だと、現在は年額93,510円かかっているものが、softbankのプランをホワイトプランに変更したのでauのパケット使い放題のW定額の上限まで使ったとしても89,592円にすることができそうだ。
ただDocomoで使っていたSA700iSは個人的に名機だと思ってるので、これが現役引退というのはちょっと寂しい気がする。
試算だと、現在は年額93,510円かかっているものが、softbankのプランをホワイトプランに変更したのでauのパケット使い放題のW定額の上限まで使ったとしても89,592円にすることができそうだ。
ただDocomoで使っていたSA700iSは個人的に名機だと思ってるので、これが現役引退というのはちょっと寂しい気がする。
2007/03/10のBlog
[ 23:50 ]
[ 道路・道路交通 ]
2007/03/02のBlog
[ 11:42 ]
[ 旅行(スナップ) ]
(山口旅行2007/3/2-3/4)
大嶺駅にはちょうど10年前に来たことがある。大嶺~南大嶺間の1駅だけの支線が廃止になるというので、乗りにきたのだ。大嶺炭田の開発にあわせて建設された路線で、その当時まだマイル制だった証の「12M15CH」(12マイルと15チェーン(※))という数字が、ホーム下の石に刻まれていた。
その当時から寂れていたが、趣のある駅だった。
※1マイルを計測するのに一定の長さのチェーンで長さを測って行った。1マイル=80チェーン
大嶺駅にはちょうど10年前に来たことがある。大嶺~南大嶺間の1駅だけの支線が廃止になるというので、乗りにきたのだ。大嶺炭田の開発にあわせて建設された路線で、その当時まだマイル制だった証の「12M15CH」(12マイルと15チェーン(※))という数字が、ホーム下の石に刻まれていた。
その当時から寂れていたが、趣のある駅だった。
※1マイルを計測するのに一定の長さのチェーンで長さを測って行った。1マイル=80チェーン
[ 10:44 ]
[ 旅行(スナップ) ]
(山口旅行2007/3/2-3/4)
時の首相は安倍晋三。生まれは東京だが、本籍は山口県大津郡油谷町(現在は長門市)であり、選挙区も山口4区である。
さて、この安倍家の由来をさかのぼると東北にたどり着くという伝承がある。平安時代末の前九年の役で破れた安倍一族の三男・季任が筑紫に配流となり、松浦党になったとされるが、その松浦党が源平の合戦で平氏方についたためまたもや敗者の側にまわり、山口県の油谷に配流になったという。その子孫が安倍晋三というわけである。
ことの真相はともかくとして、安倍という名字の由来を、かつて東北の俘囚の長であった安倍一族に求めようというところが面白い。
時の首相は安倍晋三。生まれは東京だが、本籍は山口県大津郡油谷町(現在は長門市)であり、選挙区も山口4区である。
さて、この安倍家の由来をさかのぼると東北にたどり着くという伝承がある。平安時代末の前九年の役で破れた安倍一族の三男・季任が筑紫に配流となり、松浦党になったとされるが、その松浦党が源平の合戦で平氏方についたためまたもや敗者の側にまわり、山口県の油谷に配流になったという。その子孫が安倍晋三というわけである。
ことの真相はともかくとして、安倍という名字の由来を、かつて東北の俘囚の長であった安倍一族に求めようというところが面白い。
さて、こうした伝承のひとつであろう、安倍貞任の墓が山口県山陽町にあるというので、訪ねてみた。
安倍貞任こそ前九年の役の主役ともいえる人物である。衣川の戦いでは源義家の「衣の館はほころびにけり」に対して、「年を経し糸の乱れの苦しさに」と上の句を継いだという伝承もあり、教養の高さでも知られる。
結局、厨川の戦いに敗れて斬首された。
斬首された首が京に届けられることはあったかもしれないが、その墓がなぜ山口県にあるのか。それは謎だ。
だが、山口県と東北の安倍一族との結びつき(が、もしあるとして)を考えると、その中の一支族が祖先を偲んで立てたということも十分に考えられる。
安倍貞任こそ前九年の役の主役ともいえる人物である。衣川の戦いでは源義家の「衣の館はほころびにけり」に対して、「年を経し糸の乱れの苦しさに」と上の句を継いだという伝承もあり、教養の高さでも知られる。
結局、厨川の戦いに敗れて斬首された。
斬首された首が京に届けられることはあったかもしれないが、その墓がなぜ山口県にあるのか。それは謎だ。
だが、山口県と東北の安倍一族との結びつき(が、もしあるとして)を考えると、その中の一支族が祖先を偲んで立てたということも十分に考えられる。
[ 09:31 ]
[ 旅行(スナップ) ]
(山口旅行2007/3/2-3/4)
山口県には、大岩郷という奇妙な景観の場所がある。
石材屋の裏庭を連想させるような、岩がごろごろ転がっている景色である。
これが大したことないと思っていると、さにあらず、どうやってこれだけの岩を集めてきたのか(集まったのか)気になって仕方がない。規模が大きかったり、量が多かったりすると、人はそれだけで言葉が出なくなってしまうが、大岩郷はまさにそんな場所である。
【吉部の大岩郷:天然記念物】
山口県には、大岩郷という奇妙な景観の場所がある。
石材屋の裏庭を連想させるような、岩がごろごろ転がっている景色である。
これが大したことないと思っていると、さにあらず、どうやってこれだけの岩を集めてきたのか(集まったのか)気になって仕方がない。規模が大きかったり、量が多かったりすると、人はそれだけで言葉が出なくなってしまうが、大岩郷はまさにそんな場所である。
【吉部の大岩郷:天然記念物】