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TTS 旅の思い出
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2008/01/27のBlog
[ 21:58 ] [ 日常 ]
中学2年のとき、初めてインドネシアを訪れたときの大統領。そのときは東チモール問題など何も知らなかった。高校2年のとき、2度目に訪れたときもまだスハルトだった。
あれからインドネシアへは行ってないけど、今はどんな国になっているのだろ?

スハルト 2008年1月27日死去86歳。インドネシア第2代大統領(1968年 - 1998年)。
[ 21:32 ] [ 日常 ]
分倍河原から京王線の電車に乗ったら、府中でその電車が駅進入時に人を巻き込んで止まってしまった。タイホンを鳴らしながらちょっと強めのブレーキがかかったように思ったが、特に衝撃もなく、最初は人身事故とは思わなかった。
1両目に乗っていたのだが、どうやら、ちょうど座っている真下あたりにそのけが人だかホトケサンだかがいたらしい。隣のドアから見ると、救助隊や警官が、真下を覗き込んでいる。もしこの場所だとしたら、2つ目の台車の位置なので、完全に轢いてしまっているだろう。
アナウンスがあり、救助活動のために車内電気がとめられてしまった。
やがて車掌(女性だった)がやってきて、救助活動のために1両目の乗客は全員降りるように指示をした。ホームに出ると、ジャッキアップするらしく、機材をもった救助隊員が走っていった。

まだ時間がかかりそうな状況だったので振替輸送を使おうと改札に行くと、既に50人くらいが長蛇の列を作っていた。ちょうど下り電車が安全確認が出来次第発車するというアナウンスがあったので、下りホームに移動して、発車をまった。
5分ほどで電車は動いて、また分倍河原に戻ってきた。

分倍河原ではひと悶着あった。
Suicaで入っていたので振替乗車の措置はできない(全部実費で払わないといけない)と言われたので、とりあえず改札を出してくれというと、それは同じ駅なのでタダで出ることができた。Suicaで切符を買いなおして振替乗車票をもらって、今度は何の文句もなくスムーズにいった。南武線、登戸乗換えで、小田急線で新宿へ出ることができた。

取り置きの本をピックアップしたり、知り合いと会ったりして、家に帰ろうとすると、今度は御茶ノ水駅を出たところで急ブレーキがかかってしまった。防護無線を受信したらしい。これはすぐに安全確認ができて運転再開となったが、もう勘弁して欲しい。

【写真は救助活動のため電気の消えた車内と、反対のホームから現場を覗き込んでいるやじ馬】
[ 18:49 ] [ 旅行(スナップ) ]
神保町を通りかかったら、雪だるまフェアをやっていた。雪国でもなんでもないところで雪だるまとは、道楽の極みでいけ好かないが、くまの雪だるまはかわいかった。
2008/01/16のBlog
[ 23:41 ] [ 鉄道 ]
向市場駅から飯田線の電車に乗った。
車両の一部が区切られ荷物室となっていた。駅名を書いた封筒が床に並べられ、係員が駅に着くと封筒を受け渡ししていた。
水窪駅からは、日本郵政の配達員が乗り込んできた。飯田線の駅には道路では到達できないような立地にあるものがあり、それでも駅がある以上はその駅を利用する家が山道の先にあったりする。そうした家には、郵便配達も飯田線を利用すると聞いたことがある。本当に列車を利用した郵便配達である。
どこで降りるのだろうか興味津々でいたが、水窪駅の隣の大嵐駅で降りていった。大嵐自体は自動車でたどり着ける駅だが、水窪とは山を越えなければならない。飯田線こそ佐久間ダム建設に伴なう付け替え工事で、大原トンネル(5,063m)が貫いているが、道路だけで行こうとすると大回りをしなければならない。そうした理由からこの区間も飯田線を使った郵便配達が行なわれているのだろう。
[ 22:36 ] [ 鉄道 ]
静岡県浜松市水窪町(旧磐田郡水窪町)。
【写真】西鹿島駅にて
【写真】水窪町に到着した
2008/01/13のBlog
[ 23:42 ] [ 道路・道路交通 ]
大正国道の名残が、静岡県掛川市に残っていました。
伊達方(だてかた)集落の滑川橋の銘板として設置されたもので、見にくいですが「紀元二五九○年十二月竣工」という記載もあります。これは皇紀2590年、つまり昭和5年ということで、年代も明確にわかる史料として意味のあるものです。
【写真】紀元二五九○年十二月竣工
【写真】静岡県掛川市伊達方(だてかた)にかかる滑川橋
2007/12/22のBlog
今日開通の首都高中央環状新宿線。知り合いの運転で行ってきました。ルートは、西新宿JCTから入って熊野町JCTへ抜けて、そのまま板橋JCTからC2方向へ向かいました。
地上3層まで駆け上がった後、地下35mまで下り、さらに高架まで登るジェットコースターみたいな路線です。山手トンネルは、西新宿JCTから熊野町JCTまではちょうど6,000mの長さだそうです。
先週大橋の工事現場を見学したせいか、シールド部分と掘割部分の違いが気になりました。

詳しくは下記のページを参照
http://explorer.road.jp/expressway/yamate_tn/index.html
2007/12/16のBlog
[ 13:00 ] [ 道路・道路交通 ]
知り合いから、現在建設中の首都高速中央環状線大橋ジャンクションの工事現場見学会が開かれていることを教えてもらった。日本地図センターのイベント開催に合わせて、「ご近所さん」の大橋ジャンクション工事事務所が協賛する形で見学会が実現したらしい。
(2007年)12月14日と15日の2日間、1日3回それぞれ先着30人を、日本地図センターで受け付けるとのこと。件の知り合いが先に行って名前を記入しておいてくれたおかげで、12月15日の13時からの会に参加することができた。
大橋ランプウェイは住宅密集地の中に作るので、騒音や排ガス対策のために車道はすべて建物の中に収納するとのこと(覆蓋方式)。
このように密閉化してしまう代償として、建物の中に排ガスがこもらないように大規模な換気施設が必要になり、ランプウェイの中の空間を利用して建設している。
地下30m付近を通る中央環状線から高架の3号線に接続するためには、高低差が70mほどある。大橋ジャンクションのランプウェイは、ちょうど1周400mの円形トラックになっていて、これを2周、800mで、高低差70mを登る。これだけだと9%の勾配になってしまうが、本線から分かれる部分の延長が加わるので、実際には6~7%ぐらいの勾配になっているようである。
徐々に登っていく形になっていて、最高所では35mに達する。

2方向4層の円形ランプウェイのうち、地上部の3層が見えている。
現在は、シールドマシーンの方向転換が終わり、松見坂方向へ向けて再度発進するための準備が進められている段階である。再発進するために立坑のコンクリート壁に穴を開ける「鏡切り」の作業が進められていて、その後、シールドマシーンを横に移動する「横移動工」の工程に移る。

大橋立坑は深さ35m、トンネルの直径は1つ当たり直径(外径)12.65m
2007/12/09のBlog
[ 00:11 ] [ クリスマスツリー・デコレーション ]
円形階段状の広場の真ん中にすくっと大きなクリスマスツリーが据えられている。
2007/12/08のBlog
[ 01:31 ] [ 旅行(スナップ) ]
仕事で行った会場が10階だったので、見下ろすといちょう並木がきれいでした。
降りて正面から見通す並木もきれいでした。
2007/12/05のBlog
[ 00:01 ] [ 道路・道路交通 ]
2007年12月22日に開通する首都高中央環状新宿線の西新宿ジャンクションを見に行ってきた。
西側から分岐部を見上げる。
分岐部
北側から分岐部を望む
2007/12/02のBlog
[ 10:57 ] [ 旅行(スナップ) ]
道の駅みので見つけた、獅子頭のブロンズ像。郵便ポストの上に据えられていた。
それにしてもこの獅子頭、犬のシーズーにそっくり。やっぱり獅子の元はシーズーなんだなと思う。
なんかかわいい。思わず写真撮ってしまいました。
2007/12/01のBlog
満濃池
堰堤脇の岩盤をくりぬいて非常時用の吐水口が作られている。
満濃池の堰堤は洪水時の崩壊の歴史を繰り返していて、現代では非常時用の安全策もきちんと設計されている。
貯水池側。明治100年記念で石碑が立てられている。
四国の水がめとして知られる早明浦ダム。堰堤にはローラーゲートの支柱がそびえたっている。
堰堤上からローラーゲートの支柱を見上げてみた。
ダム湖側から堰堤を眺めてみる。
新宮ダム
柳瀬ダム
富郷ダム