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2008/03/02のBlog
[ 14:01 ]
[ 蕎麦 ]
『信州そば紀行』(金子万平、信濃毎日新聞社、2004年)を読んでみた。信濃は蕎麦処として有名だが、谷ごと、村ごとに、個性のある蕎麦の食べ方が残されている。そうした蕎麦文化をどうやって残して、伝承していくかという問題意識がにじみ出ている良い本だ。特に「とうじ」「おにかけ」という食方法への考察があるが、多様性を紹介しながら、それらを貫く共通項を提示していて、食文化を通じて信濃という地域性を読み解くことができる。単なる紹介本以上のものになっている。
このような本が長野の地元の出版社(新聞社)から出されるのを、実は待っていたところがあった。
『信州そば紀行』同様に、蕎麦を通じて地域性をうまくあぶりだしている本に、『北のそば屋さん』(渡辺克己、北海道新聞社、1998年)がある。
この本は「そばの耕作面積、生産量は北海道が日本一なのに消費者の口に入る段階では『北海道産』の名が消えてしまう」という問題意識で、消費地、食文化としての北海道の蕎麦を見つめなおそうという目的で書かれている。信濃とは全く異なるアプローチながら、やはり地元に根付く蕎麦の食文化を丹念に見つめている。
長野と北海道、それぞれ歴史も風土も異なる両道県だが、共に蕎麦への親しみ、蕎麦の食文化を大切にしているところがあり、読み比べることで蕎麦と地域性のかかわりの深さをよりよく感じることができる。
このような本が長野の地元の出版社(新聞社)から出されるのを、実は待っていたところがあった。
『信州そば紀行』同様に、蕎麦を通じて地域性をうまくあぶりだしている本に、『北のそば屋さん』(渡辺克己、北海道新聞社、1998年)がある。
この本は「そばの耕作面積、生産量は北海道が日本一なのに消費者の口に入る段階では『北海道産』の名が消えてしまう」という問題意識で、消費地、食文化としての北海道の蕎麦を見つめなおそうという目的で書かれている。信濃とは全く異なるアプローチながら、やはり地元に根付く蕎麦の食文化を丹念に見つめている。
長野と北海道、それぞれ歴史も風土も異なる両道県だが、共に蕎麦への親しみ、蕎麦の食文化を大切にしているところがあり、読み比べることで蕎麦と地域性のかかわりの深さをよりよく感じることができる。
[ 04:23 ]
[ 日常 ]
[ 04:19 ]
[ スポーツ観戦 ]
普段サッカーはそんなに見ているわけではないのですが、会社でチケットをもらって国立競技場に観戦に行ってきました。昨年に引き続いての観戦です。昨年は浦和レッズ対ガンバ大阪で、ガンバの動きの良さが印象に残った好試合でした。アウェイの自由席でガンバサポと一緒に楽しめました。
さて今年は割り当てられたのがメインのSS席で、大出世です。座席に背もたれがついていて、ドリンクのカップホルダーがあって、やっぱり自由席とは違いました。VIP席の鹿島側よりという位置なので、ホームということもあって、鹿島寄りのスタンスでの応援です。
さて試合内容。審判が名物審判らしく、カードは出まくるは、両チームともに退場者が出て10対10の試合になるは、PKは何度もやり直しになるは、ごたごたした感じでした。鹿島のゴールで絶妙にボールがつながった!と思ったら、オフサイドというのもあって、これが得点になってたら試合の流れは変わってたかもしれません。
とはいえ、プロの試合なので、それなりに見せ場というのはありました。印象に残ったのは、鹿島・野沢のミドルシュートと、広島・佐藤寿人が押し込んだゴール。野沢のはほぼ正面で見れたということもあって、胸をすくような、豪快さが感じられたシュートでした。こういうのを見たかったんだよ。佐藤寿人のは服部があげたクロスにタイミングよく入ってきたもので、動きのよさというか、ボールがつながる快感がありました。この2場面が見られたので良しとしましょう。
鹿島が2点先取した時点で試合が決まったなと思ったのですが、それがあっという間に同点に追いつかれてしまって、もろさが印象に残りました。
かといって広島にいけ行け的な勢いがあるかというと、前半の動きとか見ているとそこまで言えないかな。昨シーズンの天皇杯の広島の勢いというのを期待しています。
さて今年は割り当てられたのがメインのSS席で、大出世です。座席に背もたれがついていて、ドリンクのカップホルダーがあって、やっぱり自由席とは違いました。VIP席の鹿島側よりという位置なので、ホームということもあって、鹿島寄りのスタンスでの応援です。
さて試合内容。審判が名物審判らしく、カードは出まくるは、両チームともに退場者が出て10対10の試合になるは、PKは何度もやり直しになるは、ごたごたした感じでした。鹿島のゴールで絶妙にボールがつながった!と思ったら、オフサイドというのもあって、これが得点になってたら試合の流れは変わってたかもしれません。
とはいえ、プロの試合なので、それなりに見せ場というのはありました。印象に残ったのは、鹿島・野沢のミドルシュートと、広島・佐藤寿人が押し込んだゴール。野沢のはほぼ正面で見れたということもあって、胸をすくような、豪快さが感じられたシュートでした。こういうのを見たかったんだよ。佐藤寿人のは服部があげたクロスにタイミングよく入ってきたもので、動きのよさというか、ボールがつながる快感がありました。この2場面が見られたので良しとしましょう。
鹿島が2点先取した時点で試合が決まったなと思ったのですが、それがあっという間に同点に追いつかれてしまって、もろさが印象に残りました。
かといって広島にいけ行け的な勢いがあるかというと、前半の動きとか見ているとそこまで言えないかな。昨シーズンの天皇杯の広島の勢いというのを期待しています。
2008/03/01のBlog
[ 09:25 ]
[ おいしいもの ]
世の中、メガバーガーがはやりだが、そんなのとは比べ物にならないハンバーガーを見つけた。
その名も「200Gバーガー」
200ギガバーガー
メガバーガーの実に200,000倍です。
とは読まずに、200グラムバーガーらしいです。JR東日本系列のBeckersというハンバーガー屋で売ってます。これまたメタボなハンバーガーです。
単品で670円。セットで980円とかなり高いけど、思い切って頼んでみました。
カウンターで頼むと、調理場のスタッフが「ありがとうございます~」「ありがとうございます~」と口々に繰り返して、これはかなり恥ずかしかったのです。ブックオフの「いらっしゃいませ」よりも、庄屋の「よろこんで」よりも、恥ずかしかったです。これから焼くとのことで「10分ぐらい待ってもよいですか」と聞かれました。
待っていると届きました。
200Gのでかいやつ。
半分に分けた、アメリカのダイナー形式でもってきます。
自分で重ねてラップでくるんで食べることもできます。
その名も「200Gバーガー」
200ギガバーガー
メガバーガーの実に200,000倍です。
とは読まずに、200グラムバーガーらしいです。JR東日本系列のBeckersというハンバーガー屋で売ってます。これまたメタボなハンバーガーです。
単品で670円。セットで980円とかなり高いけど、思い切って頼んでみました。
カウンターで頼むと、調理場のスタッフが「ありがとうございます~」「ありがとうございます~」と口々に繰り返して、これはかなり恥ずかしかったのです。ブックオフの「いらっしゃいませ」よりも、庄屋の「よろこんで」よりも、恥ずかしかったです。これから焼くとのことで「10分ぐらい待ってもよいですか」と聞かれました。
待っていると届きました。
200Gのでかいやつ。
半分に分けた、アメリカのダイナー形式でもってきます。
自分で重ねてラップでくるんで食べることもできます。
2008/02/28のBlog
[ 00:22 ]
[ おいしいもの ]
新橋のスタジオでの収録も首尾よく終わり、時刻は午後1時。
お昼ごはんをどうしようか女性陣と相談したところ、「(新橋)おやじランチ」よりも「おしゃれランチ」の方がいいということで、汐留の方へ。電通ビルのところまで行けば店がいくつかあったなと思いながら行くと、「カレッタ汐留」という名前がついてました。覚えておきます。
いろいろ悩んで入ったのが、Silom Soi 9というタイ料理のお店。
1品頼むと、スープと、サラダと、ご飯と、タピオカココナッツ食べ放題(サラダバーがついている)というシステム。
タイヌードル「クェッティオ・ナーム」(980円)を選んだところ、ボリュームたっぷりで、メタボツアー・タイ編としても納得のいくところ。おいしいしあわせ腹いっぱい☆☆☆
ちなみに「おやじランチ」の場合は、新橋の駅前ビルに行く予定でした。
お昼ごはんをどうしようか女性陣と相談したところ、「(新橋)おやじランチ」よりも「おしゃれランチ」の方がいいということで、汐留の方へ。電通ビルのところまで行けば店がいくつかあったなと思いながら行くと、「カレッタ汐留」という名前がついてました。覚えておきます。
いろいろ悩んで入ったのが、Silom Soi 9というタイ料理のお店。
1品頼むと、スープと、サラダと、ご飯と、タピオカココナッツ食べ放題(サラダバーがついている)というシステム。
タイヌードル「クェッティオ・ナーム」(980円)を選んだところ、ボリュームたっぷりで、メタボツアー・タイ編としても納得のいくところ。おいしいしあわせ腹いっぱい☆☆☆
ちなみに「おやじランチ」の場合は、新橋の駅前ビルに行く予定でした。
[ 00:19 ]
[ おいしいもの ]
仕事で、新橋に朝9:30に集合ということになった。新橋にこの時刻なら、少し早く出かけて築地で朝ごはんというのも悪くない。収録のスタッフの人たちにも声をかけて、早朝メタボツアーを開催することになった。
早起きして朝7:30に築地駅に集合。
さあ、おいしいものを食べるぞと築地市場のほうに行ってみると、場外、場内を問わず、店がことごとく閉まっている。人気がない。なんと、張り切って出かけた日に限って休場日だったようだ。
とはいえせっかく来たので、場外でやってたまぐろ丼の店に入ることにした。
又こい家 築地店(築地の仲買卸の直営店のようです)
大トロ丼
おいしいしあわせはらいっぱい☆☆☆
今度来るときはちゃんと休場日を調べてから来ます(日曜祝日だけじゃなかったのね)。
早起きして朝7:30に築地駅に集合。
さあ、おいしいものを食べるぞと築地市場のほうに行ってみると、場外、場内を問わず、店がことごとく閉まっている。人気がない。なんと、張り切って出かけた日に限って休場日だったようだ。
とはいえせっかく来たので、場外でやってたまぐろ丼の店に入ることにした。
又こい家 築地店(築地の仲買卸の直営店のようです)
大トロ丼
おいしいしあわせはらいっぱい☆☆☆
今度来るときはちゃんと休場日を調べてから来ます(日曜祝日だけじゃなかったのね)。
2008/02/24のBlog
[ 04:45 ]
[ 道路・道路交通 ]
日本の国道全体を見渡してその中で一番標高の高い場所と言えば、国道292号の渋峠(2,172m)である。現地には「日本国道最高地点」という石碑も立てられている。この国道最高地点も時代によって変化し、渋峠の有料道路「志賀草津道路」が1992年に無料開放されて国道に組み入れられる前は、国道299号の麦草峠(2,127m)が国道の最高地点だった。
では国道最高地点を一番昔まで遡ると、いつの時代までたどり着くのか。
国道と言っているからには国道という制度ができていないといけないが、少し概念的に、ある道路網を想定してその中で比較するという作業の来歴について考えてみたいと思う。
江戸時代には幕府が直接管理する五街道をはじめ脇街道が全国に広がっていたが、こうした街道を集めて一括りにして、「諸街道の中での最高地点はどこか」という思索はおこなわれただろうか。もしかしたら史料が知られていないだけかもしれないが、少なくとも江戸時代の街道を扱った本には「ある街道の中での最高所」や「道中の難所」という説明はあるが、日本諸街道中の最高地点を記したものはないと思われる。つまり道路網全体を眺めてその中で最高地点を探し出すという作業は、近代国道制度ができてからのものではないだろうか。
日本における近代国道制度は、明治9年(1876年)の国道、県道、里道の制度に始まるが、国道網として整備されるのは明治18年(1885年)内務省告示第6号「国道表」による。この国道網の中で最高地点はいつ頃から意識されていたか。
手元に絵葉書がある。和田峠(長野県)の茶屋を写した写真で、その説明に「信州和田峠 本邦最高國道にして海抜千幾百尺古来難所と称せらる」とある。「本邦最高國道として」というのは、その後に海抜標高が続いていることからも、日本の国道最高地点という主張である。和田峠は江戸時代の中山道の難所として知られ、中山道を引き継ぐ形で明治18年の「国道表」では国道7号に指定されている。標高は1531mである。「尺」という単位を使っているが、数字から考えるとメートルのことを指していると思われる。
年代は直接書かれていないが、絵葉書の様式から明治40年4月~大正7年3月までのものと推定され得る。
この絵葉書から、少なくとも明治末~大正の初めの頃には、明治期の国道網をもとに国道最高地点という概念が成立していたことがわかる。
以下は、国道最高地点が現われた歴史的な背景についての考察である。
国道最高地点を割り出すには測量が必要になる。日本の近代測量技術も、国道の制度と同様に明治期に始まり、明治16年(1883年)に三角点・水準点様式を制定して以降、順次日本全国の測量に取り掛かっている。特に標高を知る水準点は国道沿いに設けられていったため、明治後期には国道路線の標高が知れるようになっていたと思われる。
また国道最高地点が仮に求められたとして、それが絵葉書に記されているというのも興味あるところである。つまり「一番」とか「最高」とか言うものへの関心というのはいつの時代も変わっておらず、ゆえに新しい概念であったはずの「本邦最高國道」がこうした絵葉書にまで記されているわけである。
そもそもはヤフオクで見かけた1枚の絵葉書。「本邦最高國道」という一言から近代国道の成立、さらには測量のこと、民俗のことまで、思索が広がった。又愉しからずや。
では国道最高地点を一番昔まで遡ると、いつの時代までたどり着くのか。
国道と言っているからには国道という制度ができていないといけないが、少し概念的に、ある道路網を想定してその中で比較するという作業の来歴について考えてみたいと思う。
江戸時代には幕府が直接管理する五街道をはじめ脇街道が全国に広がっていたが、こうした街道を集めて一括りにして、「諸街道の中での最高地点はどこか」という思索はおこなわれただろうか。もしかしたら史料が知られていないだけかもしれないが、少なくとも江戸時代の街道を扱った本には「ある街道の中での最高所」や「道中の難所」という説明はあるが、日本諸街道中の最高地点を記したものはないと思われる。つまり道路網全体を眺めてその中で最高地点を探し出すという作業は、近代国道制度ができてからのものではないだろうか。
日本における近代国道制度は、明治9年(1876年)の国道、県道、里道の制度に始まるが、国道網として整備されるのは明治18年(1885年)内務省告示第6号「国道表」による。この国道網の中で最高地点はいつ頃から意識されていたか。
手元に絵葉書がある。和田峠(長野県)の茶屋を写した写真で、その説明に「信州和田峠 本邦最高國道にして海抜千幾百尺古来難所と称せらる」とある。「本邦最高國道として」というのは、その後に海抜標高が続いていることからも、日本の国道最高地点という主張である。和田峠は江戸時代の中山道の難所として知られ、中山道を引き継ぐ形で明治18年の「国道表」では国道7号に指定されている。標高は1531mである。「尺」という単位を使っているが、数字から考えるとメートルのことを指していると思われる。
年代は直接書かれていないが、絵葉書の様式から明治40年4月~大正7年3月までのものと推定され得る。
この絵葉書から、少なくとも明治末~大正の初めの頃には、明治期の国道網をもとに国道最高地点という概念が成立していたことがわかる。
以下は、国道最高地点が現われた歴史的な背景についての考察である。
国道最高地点を割り出すには測量が必要になる。日本の近代測量技術も、国道の制度と同様に明治期に始まり、明治16年(1883年)に三角点・水準点様式を制定して以降、順次日本全国の測量に取り掛かっている。特に標高を知る水準点は国道沿いに設けられていったため、明治後期には国道路線の標高が知れるようになっていたと思われる。
また国道最高地点が仮に求められたとして、それが絵葉書に記されているというのも興味あるところである。つまり「一番」とか「最高」とか言うものへの関心というのはいつの時代も変わっておらず、ゆえに新しい概念であったはずの「本邦最高國道」がこうした絵葉書にまで記されているわけである。
そもそもはヤフオクで見かけた1枚の絵葉書。「本邦最高國道」という一言から近代国道の成立、さらには測量のこと、民俗のことまで、思索が広がった。又愉しからずや。
[ 00:23 ]
[ 地名 ]
千葉県松戸市に馬橋(まばし)という地名がある。JR常磐線の駅にもなっている。かつての水戸街道の「間の宿」(正式な宿場と宿場の間にある、補助的な宿場)だった街である。
馬橋の地名の由来として、馬橋という橋があるという話を聞いた。もっと言うと、その橋に「國道六号」という旧国道を示す銘があると聞いたので、現地の調査に行ってきた。
馬橋の地名の由来として、馬橋という橋があるという話を聞いた。もっと言うと、その橋に「國道六号」という旧国道を示す銘があると聞いたので、現地の調査に行ってきた。
2008/02/18のBlog
[ 00:07 ]
[ 行事・祭 ]
この前の連休だが、舟見の山神祭り(富山県下新川郡入善町)を見に行ってきた。山の神に今年の山の幸の豊かなことを祈る行事で、山神のお堂で神事と仏事が行われることが特徴である。神仏習合時代の名残と言われている。
2008/02/17のBlog
[ 23:55 ]
[ 行事・祭 ]
[ 00:10 ]
[ 日常 ]
中国が気象情報を国家機密として、外国への提供を拒否しているらしい。調べてみると、2006年11月に「渉外気象探測・資料管理弁法(気象局13号令)」が施行されている。1年以上もたってようやく気がついたが、信じられない政策である。
気象観測に国境の壁があっては正確な予報ができない。特に偏西風が卓越している日本周辺は、黄砂や大気汚染、酸性雨の発生解明に、風上の中国の気象情報が欠かせない。中国は無用な秘密主義はやめて、一級文明国として真の国際協調を考えて欲しい。
---
中国は気象も国家機密? 外国人の観測など禁止に
中国政府は今月から外国人が許可なく中国国内で気象観測を行ったり、気象台を設置したりすることを禁止する「気象探測・資料管理規定」を施行した。中国の国家機関での勤務者、外国人双方に適用され、違反者は、秘密漏えいやスパイなどとして処罰される可能性がある。
同規定は「中国保守国家秘密法」「中国国家安全法」などに基づいており、違反者は国家安全部門などにより刑事責任を追及される。規定によると、外国の組織または個人は、中国の領土または直轄する海域で気象観測したり、気象資料を譲渡したりする際は、規定を順守する必要がある。ただ、直轄海域の範囲は不明だ。
外国の組織などに提供する際も批准が必要。中国と外国の両組織が気象観測する際は厳格な要件を満たす必要がある。(北京 野口東秀)
(2007/01/13 10:22 産経新聞)
---
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黄砂予報精度かすむ、国家機密と中国がデータ提供拒否
2月16日14時34分配信 読売新聞
春になると、中国大陸から飛来する黄砂を日本、中国、韓国、モンゴルの4か国で観測し、環境省のホームページ(HP)で飛来状況を公表したり、予測したりする計画が、当初協力を約束していた中国が「離脱」したため、精度を確保できない見通しになっている。
中国側が「気象情報は国家機密」として、データの提供を拒否したためで、HPは、肝心の発生源の情報がないまま今月下旬の本格運用を迎える。
黄砂が飛来することで、中国や韓国では、住民の呼吸器系の健康被害が相次ぎ、日本では、九州を中心に洗濯物が汚れたり、精密機器の工場で不良品の発生率が上がったりするなどの実害が出ている。福岡県保健環境研究所(太宰府市)によると、昨年4月初めに観測した黄砂では、同県内で大気が薄い褐色に変わり、粉じん濃度も一斉に基準値を超えた。
気象庁では現在、黄砂の飛来状況について、全国85地点で観測した情報を発表しているが、目視確認のため国内に飛来した時点の情報しかなく、正確な飛来量も予測できない。
このため環境省では昨年春、HP上で「黄砂飛来情報ページ」の試験運用を始め、今年2月下旬から、中国と韓国の各1か所、モンゴルの3か所、それに日本の10か所の観測地点のデータをもとに、地上から上空6キロまでの実際の飛来量や、黄砂の予想分布図を公表する予定だった。
中でも、中国の観測地点は、日本への飛来ルート上の首都・北京にあるため、日本への飛来量について精度の高い予測を出すには不可欠だったが、試験運用を始める直前の昨年4月、中国側から突然、データ提供をストップすることを通告された。
気象観測データは国の安全と利益にかかわる機密情報として、あらゆる気象観測データを国外に持ち出すことを禁じた法律「気象局13号令」を施行したことが理由だった。この状況は現在も続いており、今月下旬から始める本格運用でも、中国でどれぐらいの量の黄砂が発生しているのか、発生源のデータがないまま、飛来量を予測することを余儀なくされる。
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気象観測に国境の壁があっては正確な予報ができない。特に偏西風が卓越している日本周辺は、黄砂や大気汚染、酸性雨の発生解明に、風上の中国の気象情報が欠かせない。中国は無用な秘密主義はやめて、一級文明国として真の国際協調を考えて欲しい。
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中国は気象も国家機密? 外国人の観測など禁止に
中国政府は今月から外国人が許可なく中国国内で気象観測を行ったり、気象台を設置したりすることを禁止する「気象探測・資料管理規定」を施行した。中国の国家機関での勤務者、外国人双方に適用され、違反者は、秘密漏えいやスパイなどとして処罰される可能性がある。
同規定は「中国保守国家秘密法」「中国国家安全法」などに基づいており、違反者は国家安全部門などにより刑事責任を追及される。規定によると、外国の組織または個人は、中国の領土または直轄する海域で気象観測したり、気象資料を譲渡したりする際は、規定を順守する必要がある。ただ、直轄海域の範囲は不明だ。
外国の組織などに提供する際も批准が必要。中国と外国の両組織が気象観測する際は厳格な要件を満たす必要がある。(北京 野口東秀)
(2007/01/13 10:22 産経新聞)
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黄砂予報精度かすむ、国家機密と中国がデータ提供拒否
2月16日14時34分配信 読売新聞
春になると、中国大陸から飛来する黄砂を日本、中国、韓国、モンゴルの4か国で観測し、環境省のホームページ(HP)で飛来状況を公表したり、予測したりする計画が、当初協力を約束していた中国が「離脱」したため、精度を確保できない見通しになっている。
中国側が「気象情報は国家機密」として、データの提供を拒否したためで、HPは、肝心の発生源の情報がないまま今月下旬の本格運用を迎える。
黄砂が飛来することで、中国や韓国では、住民の呼吸器系の健康被害が相次ぎ、日本では、九州を中心に洗濯物が汚れたり、精密機器の工場で不良品の発生率が上がったりするなどの実害が出ている。福岡県保健環境研究所(太宰府市)によると、昨年4月初めに観測した黄砂では、同県内で大気が薄い褐色に変わり、粉じん濃度も一斉に基準値を超えた。
気象庁では現在、黄砂の飛来状況について、全国85地点で観測した情報を発表しているが、目視確認のため国内に飛来した時点の情報しかなく、正確な飛来量も予測できない。
このため環境省では昨年春、HP上で「黄砂飛来情報ページ」の試験運用を始め、今年2月下旬から、中国と韓国の各1か所、モンゴルの3か所、それに日本の10か所の観測地点のデータをもとに、地上から上空6キロまでの実際の飛来量や、黄砂の予想分布図を公表する予定だった。
中でも、中国の観測地点は、日本への飛来ルート上の首都・北京にあるため、日本への飛来量について精度の高い予測を出すには不可欠だったが、試験運用を始める直前の昨年4月、中国側から突然、データ提供をストップすることを通告された。
気象観測データは国の安全と利益にかかわる機密情報として、あらゆる気象観測データを国外に持ち出すことを禁じた法律「気象局13号令」を施行したことが理由だった。この状況は現在も続いており、今月下旬から始める本格運用でも、中国でどれぐらいの量の黄砂が発生しているのか、発生源のデータがないまま、飛来量を予測することを余儀なくされる。
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2008/02/16のBlog
[ 14:22 ]
[ 旅行(スナップ) ]
[ 08:38 ]
[ 旅行(スナップ) ]
[ 07:39 ]
[ 駅前日通 ]
2008/02/13のBlog
[ 02:00 ]
[ 駅前日通 ]
2008/02/03のBlog
[ 22:03 ]
[ 日常 ]