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TTS 旅の思い出
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2008/06/14のBlog
[ 09:57 ] [ ラーメン ]
和歌山から思いつきで南海フェリーに乗って徳島へ渡ったものの、目当てもなく、とりあえず徳島ラーメンだけでも食べることにした。
それも店の見当が付いていたわけではなく、駅前の徳島CITYという商業ビルにでかでかと垂れ幕を出していた「いわた」というラーメン屋にとりあえず入ってみることにした。

ゲームセンターの一角にあって、ドリンク飲み放題とかもあるから高校生とかがだべり場としても使っているのではないかと思うが、雰囲気で言うとハズレかなと思った。
それでも、店の前のメニューを見てみると「ご飯のおかずとして食べて欲しい」などと、大喜みたいな能書きが書いてある。

メニューを開いて豪華にチャーシュー麺を頼んでみた。
能書きどおり、スープは濃い目の味でこってりとしている。色も焦げちゃ色だ。チャーシューもトロリとしている。なるほど、徳島ラーメンはこんな感じであったかと思う。
徳島ラーメンライスセット+チャーシュートッピングで900円
おいしい。☆☆☆
2008/06/01のBlog
漁港
漁港の片隅にフェリー待合用の小屋がある。小屋の中には郵便ポストが設置されている。収集は1日に1回。
漁港の西側の高台に今福小学校の飛島分校跡がある。
廃校の記念碑によると、沿革は次の通り。
明治30年8月 今福尋常小学校の飛島分校として開校
昭和30年4月15日 市制施行に伴い松浦市立今福小学校飛分校と改称
昭和31年4月1日 松浦市立飛島小学校として独立校となる
昭和44年2月17日 飛島炭鉱閉鉱
平成12年4月1日 松浦市立今福小学校飛島分校となる
平成17年3月31日 廃校となる

炭鉱が栄えた昭和30年代には独立校となるくらい生徒数がいたということだ。島の人口も2000人を超えたという。島の盛衰をそのまま反映して、平成17年にはとうとう閉校している。
今は子供がいない島になってしまったのだろうか。
[ 03:00 ] [ 旅行(スナップ) ]
炭住の跡
廃墟となっている炭住の中の様子を見てみた。竈が切ってあり、煉瓦が赤く焼けた跡がある。その上に板を渡してガスコンロが置いてある。
炭住のあたりでは強かった海からの風も、集落の方に戻ってきたらいくぶん弱くなった。偶然かもしれないが、古くからの集落は風除けになるところに発生し、後から付け加わった炭住は風の強いところに無理やり作ったのかもしれないなと思う。
[ 02:57 ] [ 旅行(スナップ) ]
山側にも廃墟がある。
ベルトコンベアでも懸垂していたのだろうか。コンクリートの柱が並んでいる。
ホッパーの跡も残っている。
[ 01:55 ] [ 旅行(スナップ) ]
飛島は伊万里湾に浮かぶ島で、玄界灘との間には鷹島が横たわっている。面積は0.5平方kmの小さな島で、人口は80人ほどである。
飛島といえば島そのものだから住所は要らないようなものだが、長崎県松浦市今福町飛島免というのが正式な住所になる。島全体で飛島免という字名になっている。地名に「免」を付けて集落単位とするのは平戸藩の慣わしで、壱岐などにも見られる。

飛島に行こうと思ったのは、単に今福から鷹島へ行くフェリーが途中立ち寄るからであった。船の便も程よく1時間ほどの滞在時間を確保して、次の便で鷹島へ渡ることができるダイヤが組めた。
はじめは対して興味もなかった飛島だが、調べてみると、この島にはかつて炭鉱がありその遺構が残されているという。特にボタ山は、島の地形にもはっきりと小さな半島を作っている。観光地とは呼べないが、幾分見るべきものがありそうな島である。

残念ながら飛島へ渡る日は雨になった。前の晩から夜通し降り続けて、朝になってもやむ気配がない。時折、雨足が強くなる。フェリーの中にいるときは気がつかなかったが、飛島に上陸してみると、島なので風もあり横殴りの雨になる。
目指すボタ山は集落から外れたところにあり、足元はぬかるみ状態である。そこをとぼとぼ歩いて行く。粘土質の泥が靴について、三歩歩くと泥で重くなってくる。そういうところを歩いて、ようやくボタ山が目に入ってきた。
ボタ山と並んで、海には出炭に使われたと思われる施設の遺構が見えてきた。天気が良ければ、往時に思いを馳せることのできる景色なのだが、海からの風に傘を煽られながら、写真を写すので必死だ。
海へ向かって伸びている出炭用設備の遺構。
2008/05/31のBlog
[ 15:41 ] [ 鉄道 ]
吉祥寺→西国分寺→武蔵野線→常磐線→水戸線→東北本線→川越線→八高線→青梅線→立川→西国分寺
実キロ305.9km、運賃計算キロ308km、経路通りに運賃を計算すると5250円のところ、特例で210円で大回り。

新しく盗れた国は、小平・東村山、西東京、所沢、蕨・朝霞、浦和、鳩ヶ谷・安行、越谷、草加・春日部、野田・流山、松戸、柏、我孫子、取手、龍ヶ崎・牛久、土浦、鹿嶋、筑西、古河・結城、小山、久喜、川越、坂戸・飯能、青梅、あきるの・福生の24ヶ国。計71国。
水戸線は国盗りとしてはメリットがなかった。
[ 13:51 ] [ 航空業界・空港 ]
鶴丸の写真を探していたら、同じ日にニューヨークのJFK空港で見かけたコンコルドの写真が出てきた。

夢の超音速旅客機も今はもう引退してしまっている。
2000年の墜落事故からもう8年。1976年の定期運行開始から30年以上経ってしまっているし、昨今の燃料費高騰や環境意識の高まりを考えると、2000年の事故がなくてももう飛んではいないだろう。

手前に写っているのは日本航空のB747-400のウイングレット。
日本航空が鶴丸だとしたら、全日空はレオナルド・ダ・ビンチのヘリコプター。
子供の頃、このへんてこなデザインは最初は何かわからなかったが、レオナルド・ダ・ビンチが描いたヘリコプターのデッサンだと知り、さらに、全日空の前身の日本ヘリコプターとのつながりがあると知り、やはりあの頃は何かイメージを伝えるにも具体的なモチーフを選んでいたわけだ。
斜めに青線を引いたり、半欠けの赤丸だけで、飛行機会社をイメージしろというのは乱暴だよなあ。結局違いが、赤か青か、1タミか2タミかでしかなくなっていく。

レオナルド・ダ・ビンチのヘリコプターだが、なくなった時期が早かったこともあって尾翼に描かれていた頃の写真を持っていない。写真はたまたま八丈島空港で見かけたもの。
[ 12:58 ] [ 航空業界・空港 ]
日本航空の鶴のマーク、鶴丸が、今日限りで飛行機の尾翼から姿を消す。わざわざ最終フライトを見に行くほどの興味もないが、それでも寂しさみたいなものはある。飛行機会社のマークといえば、鶴丸と、レオナルド・ダ・ビンチのヘリコプターという世代。空への憧れがあったな。その両方ともがなくなってしまう。
あれからえらく安っぽいデザインになってしまったものだ。ライジング・サンなんて、ハリウッドの、ステレオタイプに日本人ワーカーを描いた3流映画のタイトルっぽい。

それはさておき、写真アーカイブを探してみたら、意外と鶴丸の写真は撮っていなかった。ようやく見つけ出したのが、ニューヨークのJFK空港で撮影したもの。このときはやはり印象深かったんだろうな。
航空自由化で、ナショナル・フラッグ・キャリアなんて言葉も死語になってしまったけど、もう伝統とか懐かしさだけで飛行機が飛ぶような時代でもなくなってしまったんだなあ。

2002/12/23(現地時間)JA8916
2008/05/26のBlog
1964年(昭和39年)に放送された作品。謡曲の語りが入っているが、それも寺山修治の作詞だという。
ストーリーは「姥捨て山」を模しているが、喜劇仕立てになっていて、エンターテインメントとして楽しめるようになっている。結末は、老婆を山へ再び送りひとりさびしく過ごすという、全てを語らない昔話の終わり方をしている。現代風の昔話として聞くことができる。

NHKラジオ・アーカイブスとして再放送。
2008/05/25のBlog
[ 00:27 ] [ おいしいもの ]
ひところはよく行っていた、東京・新宿にある広島県のアンテナショップ。特に冬場は牡蠣尽くしを堪能しに通うように行っていたこともあった。最近は足が遠のいてしまったが、ふと新宿でお昼時になったことがあって、行ってみた。
醤油つけめんセット1000円+麺大盛り100円

ピリ辛でなかなかおいしかった。辛さが苦手な人は辛くなくしてもらうか、以前食べたゴマたれの方がマイルドな感じだったので、そちらにするといいかもしれない。
セットのジャコ飯も、ジャコがふんだんに載っていて、海の香りを楽しむことができる。一緒に入っている小梅がアクセントになっているが、個人的にはなくてもよいと思った。
2008/05/24のBlog
[ 23:50 ] [ 日常 ]
成海璃子は割と好きな女優だ。今時珍しく、影を持った雰囲気をかもし出せる女優で、テレビドラマ「瑠璃の島」での子役の印象が強い。ちなみにまだ15歳。

その成海璃子がNTTドコモのメインキャラクターに起用された。会社ロゴも、DoCoMoからdocomoへ変更になり、それにあわせてのことらしい。
カタログにも「もしもし。ケータイから、新しい話です。」で始まるページがあり、堤防に腰掛けて携帯電話を操作している成海璃子は、「瑠璃の島」での瑠璃役を思い出させるような清純さが漂っている。

でも、カタログ表紙の写真は、個人的には嫌いではないが、携帯電話のカタログとしてはどうだろう・・・微笑んでいるのではなく微笑む一歩手前、ともすると泣き出しそうな憂いも見て取れるような表情だ。なんとなく硬さもあり、迷いもあるような感じがする。女優としてそういう感情を表情にたたえることができるのは、彼女の個性だと思っているが、docomoの表紙にふさわしいかは別のような気がする。
なにかメッセージをはっきり伝えようとするには、彼女は複雑すぎるんだろうな。

auのカタログと比較してみた。偶然でもないだろうが、こちらも女優のピンの写真。しかも同じくロングヘア。携帯電話のマーケティングってそんな感じなんだ。
でもauの仲間由紀絵は、先入主もあるが、元気印のお姉さん。しかも携帯電話を持ってストレートにアピールしている。仲間は個人的にはあまり好きではないが、宣伝ということを考えるとこれくらいわかりやすい方がいいのかもしれない。
ふとしたことで、建築用語の「枠の内(ワクノウチ)」という言葉が気になり、調べてみた。インターネット上ではあまり明確な説明はなかったが、だいたいはわかった。

枠の内とは、文字通り枠の内側、つまり、(多くの場合は長方形の)コア・パートをもった家の造りのことである。
そして富山県に特有(少なくとも北陸に特有)の造りのようである。

この先は、インターネット上にはほとんど説明がない。おそらく生活感がないと説明は難しいだろう。

枠の内と呼ばれるコア・パートが必要になるかといえば、それは、部屋の仕切り方にある。
伝統的な富山県の家には、居間、仏間、床の間(あるいは客間)と呼ばれる3つの生活空間(部屋)がある。それぞれ6畳ほどずつで、これが横に並ぶ。この3つの生活空間を形作っているのが、家の中でのコア・パートである枠の内である。結婚式や法事などの行事の際には部屋と部屋の仕切りを取り払い、枠の内が、この場合だと18畳の広間として活用する。
家の中央にコア・パートの枠の内を置くので、回りに廊下をめぐらし、玄関や台所、風呂場、便所などは外郭に配置される。
こうした生活様式とセットにして、初めて枠の内とはどんな建築様式なのか理解できる。

枠の内の家屋には大黒柱とか心柱に相当するものが(構造上)ない。
逆に、枠の内の構造体が家全体を支える。どちらの構造が過重に耐えれるのか、詳しいことはわからないが、少なくとも富山県の豪雪に耐えるだけの構造をもっていることは確かである。
枠の内は家全体の過重を支える主構造であり、しかも内に広い空間を持つだけに、その構造はしっかりしていなければならない。それゆえ梁のめぐらし方は緻密になり、イマドキの建築家が見ると材料をふんだんに使った精巧な造りのように見えるようである。

北海道に残される開拓時代の家屋には、富山県からの入植者が多いことから、この枠の内造りの民家が多い。
枠の内の回りに廊下をめぐらしその外側を雨戸で囲ってしまうと、コア・パートである枠の内は2重の層で囲まれていることになる。だが、障子や雨戸程度を2重、3重に巡らしたところで北海道の寒さをしのげるはずはなく、2重になっているがゆえに風通しの悪い住居ではなかったかと思われる。
もっとも、日本の建築様式ではどの地方のものでも北海道の厳冬を過ごすには不十分で、暖炉やオンドルのような暖気をめぐらすような仕組みか、今日のように気密性の高い建材を使うしかなかっただろう。

今日はこのあたりまで。

北海道に残る枠の内造りの家屋
・旧濱野家住宅(中札内村・道の駅なかさつない隣接の開拓記念館)
・旧樋口家住宅(札幌市厚別区北海道開拓の村)
2008/05/18のBlog
店頭で衝動買いしてから1ヶ月ほど経つらしい。そこそこ使い込めているので使用感を書いてみる。

通常の概念にしたがって携帯音楽プレイヤーと書いておくが、通勤電車の中で音楽シャカシャカ♪やってるわけではないので、「携帯」とも「音楽プレイヤー」とも違った使い方がメインになっている。
言うならば「デジタル-アナログ音源変換連携器」といったところか。

まず当初の目的のアナログ(カセットテープ)→デジタル化(mp3)だが、これは大満足。ミュート自動検出機能がついているとは思っていなかったが、これがすごく役立っている。
このダイレクト録音の応用で、auのLismoで購入した着うたフルをスピーカー出力してそれをデジタル録音するという使い方もできて、重宝している。これで携帯電話端末をキー・デバイスにしなければならないという制限がなくなった。音質は全く気にならないが、レベルのばらつきが出てしまうのをどう調整するかが次の課題といったところか。

あと、意外と便利なのがFMトランスミッタ機能。部屋で聞くときはラジカセから音を出して、BGMに使える。ドッキングステーションなどの物理的な接触が要らないという点もすごく自由でいい。

電池も持ちも、そんなに持ち歩いているわけではないので、今のところ気になっていない。電源はUSB経由のみだがこれも不自由さはない。旅行などで何日も外に出ているというような場合は、AC電源アダプターが必要にはなるだろうが。

店頭で衝動買いしてしまった東芝のMEU407だが、やっぱり自分のスタイルにあったものを直感的に選んでいたようで、かなり使いこなせている感がある。
ふと「こんなにできて8000円ぐらいだっけ」と思ったのだが、実際は倍の15,700円払っていたらしい。そんなにしたっけ。

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おそらく、唐津から多久にかけての地域はかつての産炭地であり、ちょうど二級国道として指定された頃には整備が重点的に進み、橋や路盤がきちんとしたものが作られたが、その後の炭鉱の閉山にあわせてそのままにされているという、歴史的な経緯も考えられる。